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#2351  【実話】会社の肩書きを捨てた瞬間
2026-04-19 09:09

#2351 【実話】会社の肩書きを捨てた瞬間

〜毎回10分あれば聴ける、聴けば経営、不動産に強くなる〜
『お金を増やす残す radio』

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こちらでは、不動産賃貸業の「数字と財務とCF経営」についてお話ししています。

不動産投資の書籍では書かれない内容を、実体験ベースに私の考えを収録。

派手な成功話ではなく、退場すること無く、地に足をつけた賃貸経営の配信になります。

また事業承継も考え、現在取り組む事も、個人の経験・考えに基づき話しております。

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JLT神奈川大家塾長
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00:08
はい、こんにちは、ラディオ。
大山です。
いつもですね、当のラディオを聴いただきまして、ありがとうございます。
はい、こちらの番組ですけれども、これから不動産賃貸経営をね、始められる皆様、
それとですね、将来事業処刑をね、行う予定の息子に残す、
音声の記録ということで、収録ですね、させていただきたいと思います。
はい、今回のね、内容ですけれども、今回の内容はですね、
私が独立する頃のね、お話をちょっとしたいかなと思いますね。
はい、今回のテーマですけどね。
もうかれこれね、2015年になりますので、11年ぐらい経つんですけども、
あの私がね、賃貸業で独立するのが11年前なんですね。
で、その時のことをふっとね、思い出すと、結構記憶がね、ちょっと薄らいできてるところが本当にあるんですけども、
実はですね、私は計画的に会社を辞めて、独立したというわけでは正直なくてですね、
本当にお恥ずかしい話なんですけども、2015年のですね、たしか8月か9月ぐらい、9月かな、
会社でですね、毎年毎年人事効果とかいろいろ勤務先とかね、
そういったところの希望を取ったりとか、希望調査みたいなそういうのってありますけどね。
上司と面談してというのがあるんですけども、
その時にね、まだその時点では2年か3年先かなというふうに思ってたんですよ。
ただまあ、そのタイミングでね、何も考えずに私はね、
ああ、辞めようと思ったんですよね。
本当にその時の心境だけで決めてしまったというね、非常に計画性もないし、お恥ずかしい限りなんですよね。
私はですね、図書一部の上場している純大というのをゼネコンに勤めてまして、
それで軽く20年ぐらい勤めてたんですね。
で、その9月の面談の時に何を思ったかね、
なんか面談するにあたって何か言うことがあればみたいな感じで、
ちょっとその面談の1日2日前に何か考えてた時に、
03:04
何を思ったのかですね、ああ、もうここでいいかなと思ったわけですね。
その当時と言いますとですね、私、不動産はね、2008年から始めてまして、
まあ7年、8年こうやってましたけども、
7棟の77室だったんですね。ほぼアパートマンションという形でやってまして、
まあその当時は税引き後のキャッシュローとかっていうのはね、ちょっと出してなかったんで、
税引き前でね、大体今私が42歳の時に退職しましたけど、
まあその年収を超えたぐらいが家賃年収だったんですね。
家賃年収じゃない、税引き前のキャッシュローだったんですね。
まあよく法人とかね、そういうのもよく経営とか分かっておらずね、
勢いだけで辞めちまったんですね。
その当時は、うちの長男がまだ中学1年生でしたしね、
で、まだよっとしたの次男はいたってはね、小学校の中学年という形で、
まあこれから本当にお金もかかるだろうという、そういう状況の中でね、辞めたんです。
で、まあその当時はね、不動産の融資とかっていうのも、
まあ私はね、以前お話したと思うんですけど、パンパンに借り切ったんですよね。
まあ属性をフルに活かしたというか、活かせてたのか分かんないですけど、
まあそれに近い形でやってました。
で、まあそれ以上ね、融資のね、その時点ではね、融資の可能性がかなり低かったんですよね。
で、まあ私もね、神奈川県の県大地区に住んでますけども、
まあ東京の中央の方にね、4年間ぐらいずっと、2時間ぐらいかけてね、通勤してまして、
それもね、結構しんどかったんですよね。
で、だったらね、まあもう辞めて。
まあ20年という区切りもあるので、というのでね、
まあ別に、あのそのね、いた会社にずっといなきゃいけないということもないのかなと。
で、まあ建設部、建築の仕事をしてましたんで、
まあぶっちゃけ言うと、地元のね、まあ小さい規模の小さい業務店とか行っても、
まあ仕事はできるだろうと。
まあそんな感じでね、まあ小さいけど食っていけなければ、
あと子供もね、これから大きくなってお金がかかるのであれば、
まあ最悪はね、まあそんな感じで公務店とか、まあそういうものに建設会社にね、
まあ勤めればいいかなという感じで、もう思い切ったんですよね。
まあいいか悪いかは別として、
これあの会社辞めるときって結構思い切らないとなかなか難しいですよね。
06:04
まあかといってね、あの全く他に収入の当てがないのに、
まあ辞めるというのがあるとね、ちょっとなかなかまた家族のね、
あの反対とかいろいろあるかと思いますけど。
で、うちのですね、家内は、あの実家がね、長野でリンゴ園やってますんで、
まあいわゆるサラリーマン家庭に生まれてないので、
まああまりそのサラリーマンとしての給与の部分ですよね。
まあここに何かこう執着というか、何かそういうものはなくて、
別に食っていければいいよねみたいな、そんな感じだったんですね。
まあそれがちょっと一つは良かったのかなと、
まあ理解されてたかどうかは分かりませんけど、
まあ食っていければいいよみたいな、そんな感じだったんでね。
多分一般サラリーマンの家庭の奥さんだったらちょっとね、
本当に大丈夫?と、もう不安しか先に立たないというようなね、
まあ状況だったと思うんですよね。
まあ恥ずかしながらね、税引き前のキャッシュローも、
まあサラリーマンの給与を超えたぐらいだったので、
まあその後がね、非常に大変だったんですよね。
まあちょっと長くなりそうなので、
まあその辞めた当時のね、お話を今回させていただいてますけど、
ただね、まあ今、今私がね、こう考えると、
そのタイミングで良かったのかなと思うことがあって、
やっぱり年齢ですよね。その当時私42歳だったんですね。
で、まだまだこう、頑張る気力とか、
なんか次の新しいことをやろうという、
まあそういう気力がね、まだあって体力もあったというところですね。
で、今の私の11年後のね、今の私で、
じゃあそういうところで言うと、新たに何かやろうかというと、
ちょっとね、なかなかね、体力的にもきつくなってきたかなというのもあるので、
というのがありますね。
まあ今回のお話というのはですね、
私が会社を辞めるときにどういう状況で辞めたかということでね、
ちょっと今、ふーっと思い出したことをね、
まあお話しさせていただきました。
決してね、計画的でもありませんし、
まあその後が非常に大変だった部分もあって、
何が良くて何が悪いかというのはね、
結局その後の人生をどうやってその人が過ごすかという部分も、
まあ過ごし方というかね、生き方というか、
まあそういうのも結構あるのかなと思いますけどね。
まあまたね、その後の話はちょっと別の放送会で収録してみようかなと思いますね。
ということで今回はね、こちらの方で失礼いたします。
いつもお聞きいただきましてありがとうございます。
09:00
それではね、ここで失礼いたします。ありがとうございました。
09:09

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