#1273   あれから13年経って
2024-03-11 08:43

#1273 あれから13年経って


---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/5f959b6237dc4cc7e1169118

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:03
はい、フォーニチュウヤマレディオ 小山です。
いつもですね、東方のレディオを聴いただきまして、ありがとうございます。
はい、今回の放送ですけども、今回の放送はですね、
本日がですね、3月の11日ということで、
13年前にね、東日本大震災が発生した日なんですよね。
振り返ってみるとですね、もう13年も経つのかなということで、
本当に時の経つのがね、早いなということをね、思います。
その当時ね、私はですね、ゼネコンに勤務しておりまして、
神奈川県内のね、ある大きい企業の、大きい工場の中でね、
改修工事に従事しておりまして、ちょうど震災が起きた当時ですね、
非常に仮設の事務所、ハウスの中に、事務作業というかね、
内業をちょっとやってまして、非常に大きな揺れで、
慌てて外に、何事かなと思って外に出たら、工場の各所がですね、
縦どえが倒れたり来たりとか、非常にちょっとね、惨憺たる状況でしたね。
その後にね、私は震災の影響でね、福島第一原発が、皆さんご存知のような形でね、
放射能ということで、そのですね、災害の影響で復旧工事にね、
1ヶ月か2ヶ月経ってですね、2週間ほどですね、その現地の方に行きました。
ニュースとかでね、見てますような福島第一原発のね、屋根の飛んだね、
破損した1号機とかね、3号機とか、ありましたけど、
現状を目の当たりにしたんですね。
除染作業とか、周りでもやっている方がたくさんいらして、
その当時でね、1日どれぐらいの作業員の方が入られていましたかね。
私が勤めているゼネコンはもとよりですね、全国からそういった作業に従事される方、
プラントの業者さんとかいろいろいたと思うんですけど、というのがありましたね。
福島の第一原発のですね、二葉町ですかね、
あちらの方に行くのにも、Jビリッジってね、もともとサッカーのために、
03:08
サッカー協会がね、日本サッカー協会が作ったグランドというか施設を拠点にですね、
そこでタイベックスーツを着て、マスクとかね、保護眼鏡とか全部そういうのをつけてですね、
福島第一原発に向かっていくんですけど、
車の中でね、毎日見てたのが、本当につい今しがたまでね、
日常の生活があったところに一人一人誰もいなくなっているわけですね。
保護者の関係でそういうのがあって、
例えばそのコンビニエンスストアですとか、パチンコ屋さんとかいろいろね、
本当にもう誰か人が出てくるんじゃないかと、
そういうような雰囲気のところから、誰一人といないということで、そういうことがありました。
で、走行しているうちにね、野生化しているね、家畜の牛とか、
そういうものが外に出てですね、その辺をうろちょろ歩いているというような状況があってですね、
本当にこう、何ですかね、映画の世界のようなね、
そういったある種異様なね、そういう状況をですね、目の当たりにして、
今こちらにね、もともと住まれてた方ってね、避難されて、
どういう生活を送られているかなというのがね、
本当に気になって気になってしょうがないというのがね、その当時ありましたよね。
そういうね、ことも非常に記憶に残っておりますし、
その当時ですね、13年前になりますので、
うちのね、次男が、今高校2年生、今度ね、4月から高校3年生になりますけれども、
まだその時はね、5歳ということで幼稚園生だったんですけど、
東日本大震災のね、津波のニュースの映像を見て、
大きな船が座礁しているようなね、そういうようなニュースの報道を見て、
その当時ですね、子供をどこか車に乗せてね、あちこち行く時に、
パパ、ここ津波来るみたいな感じでね、言ってたんですね。
5歳のね、本当に次男坊、5歳、4歳かな、それぐらいのね、
小さい子の脳裏にね、非常にその津波の映像がですね、
津波が押し寄せてくる映像と、それに対して避難するね、
する人々の、そういう映像をですね、インパクトが強すぎて、
06:02
しばらくね、そういうことをちょっと言ってたのを、本当に記憶してますね。
本当にその当時ね、被災された方ですね、また避難されたり、
もしくはお亡くなりになられた方もたくさんいらっしゃるということで、
13年経つんですけども、改めてですね、ご冥福をお祈り、心よりお祈りします。
ということで、今日の放送はね、まったく不動産にも何も関係ありませんけれども、
13年前の今日、どういう状況で、どういう心境だったかということをね、ちょっと振り返ってみました。
本当に時が経つのあっという間で、私阪神大震災もですね、被災しておりまして、
その時のこともね、もう30年近く経つわけですけども、
いまだにね、鮮明にそのことって思い出しますし、1月17日になるとね、
必ずそこの部分で記憶がね、戻ってきたりとか、蘇ったりとか、そういうことがあります。
なかなかね、本当に被災されている方のことを思いますとですね、
あまり軽々しく発言するのもどうかなというところもあるんですけども、
やっぱりそういうのってね、長く期間経ってしまうと、記憶から薄れていくようなところがありますけれども、
そういうのっていうのはね、時間が経っても、長い時間が経っても、やっぱ忘れちゃいけないのかなというふうに思いますよね。
特にね、日本って今、今年もね、石川県の方で震災がありましたけれども、
どこでね、本当にいつどこでどういうことが起こるかというのはね、本当にわからないなというのを本当感じますし、
日々ね、1日1日をね、やっぱり大事に生きていかなきゃいけないのかなというふうに、
そういう時にね、やっぱり改めて感じるわけですよね。
今日はね、ちょっと取り留めもないお話だったんですけど、
今日はね、この辺で終了とさせていただきます。
いつもですね、徒歩のレイリーをお聞きいただきましてありがとうございます。
またですね、コメントやいいねもですね、頂戴しましてありがとうございます。
それではね、今回はこちらので失礼します。ありがとうございました。
08:43

コメント

スクロール