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#33【3.11に想いを馳せる】|今を生きているということ
2026-03-11 14:31

#33【3.11に想いを馳せる】|今を生きているということ

3.11の日私は大学2年生でした。
あの日に想いを馳せて
今を生きることについて
語りました❤️‍🔥

今日も元気に行ってらっしゃい!
#未来を編むホームルーム
#エミコラボ

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🌿学びのウィーバー🌿
飯嶋絵美子 ----Emiko Iijima----
元小学校教員✖️4児の母
🎖️国家資格キャリアコンサルタント
🎖️銀座コーチングスクール認定コーチ
🎖️16Typeトレーナー

ユングの心理学やキャリア心理学、
教育現場での経験や知識を活かした専門的なアプローチで、あなたの自己肯定感を高めながら自分軸を整える【emi-coaching】や 【16タイプ性格診断】をご提供🌱💫
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そんな方は一度、お気軽にお問い合わせください🌈😊

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00:09
おはようございます。今日は3月11日、水曜日。 未来を編むホームルーム、学びのウィーバー絵美子です。
ウィーバーとは、糸を紡ぎ編む人のこと、そんな思いを重ねて名乗っております。
このチャンネルでは、ママ・子ども・学校地域をつなぐ視点から、日々の気づきや学びをお届けしています。
ママの笑顔は子どもの笑顔、全国のママたちへ、今日もパワーを送ります。
はい、ということで、今日はね、東京、めっちゃ昨日と、昨日は寒かったんですけど、
夕方は晴れてたか、ね、今日はすごく冬晴れというか、春っぽい朝の香りがしたなぁと思って、
今日今ね、送り、保育園に送って帰ってきたところです。
はい、皆さんの地域はいかがでしょうか。
今日はね、何の話をするかというと、やっぱり3.11っていうところで、東日本大震災があった日だなと思って、
今日はそこにちょっと思いを馳せて過ごしたいなというふうに思っています。
はい、朝から報道でね、3.11のニュースとかがあって、もうあれから15年経つんですね。
私、あの時は20歳くらいですか、大学2年生だったと思うんですよね。
で、当時振り返る、あの日のことを振り返ると、午後ですよね、確かね。
大学はもう春休みだったのかな。
塾講師をしてまして、大学を4年間。大学1年の時からもう塾講師やってたんですけど、
夕方から塾講師のバイトだからっていうところで、塾のバイト先をじいちゃんばーちゃん家の近くにしてたんですよね。
会えるの大学生のうちが一番時間があるから、じじばばにまた会いたいなと思って、週に2,3回はいけるから、
そんな風に、沿線は同じで、最寄り駅の沿線は同じで、自分の自宅の最寄りから5個ぐらい駅が違うけど、沿線は同じっていう場所のところで塾講師をしてたんですけれども、
夕方の塾のバイトがあるからって言って、
あの時間2時過ぎですよね。じいちゃんばーちゃん家に私はいて、なんかのんびりバイトまでお茶飲んでるみたいな時間を過ごしてました。
で、地震が起きて、
あの時に初めてなのかな、初めてじゃないかもしれないんですけど、
03:06
今までじいちゃんばーちゃんに守ってきてもらってたけど、私がじいちゃんばーちゃん守らなきゃっていう風に感じた日だったなって思いますね。
今祖父はね、その祖父はもう天国に行って、まだ祖母は何歳4歳かな、今まだ元気にいるんですけれども、
なんかじいちゃんはね、あのね、食器玉とかを打たれ始めて、
あの、いや違う、じいちゃんその命のが大事だからとか言ってね、じいちゃんを守ったりとか、
なんか、そうばーちゃんのことをテーブルの下に入れて、なんか頭守らせたりとか、本当に、
あのなんだか、そうじいちゃんばーちゃんを始めて私が守らないといけないって思った日だったように思います。
で、そうそう、その後ね、あのじいちゃんばーちゃんと一緒に津波の映像をテレビで見て、
なんか、そう信じられないことが東北で起きてるっていうのを目の当たりにして、
あのやっぱり言葉が出なかったんですね。
で、そう、なんかあの時の映像ってやっぱり今も焼き付いて、ノリに焼き付いてるなっていうふうに思うし、
今日もニュース見てもやっぱ当時に思い出し、その時の気持ちに思い出し、
気持ちを思い出して涙が溢れてくるっていうそんな朝でした。
で、あのうちの子たちにも、大学生でねって、そうじいちゃんばーちゃん家にいてねって話を朝して、
で、小学生たちがちょうど下校、高学年下校で、低学年も下校してたかなぐらいの時だったんだよって話をしながら、
東北のね、三陸沖の、東北の津波のあった地域の子どもたちっていうところでも、ちょっと我が子にも話をしてた。
すごい怖い思いした子たちがいっぱいいたし、それで亡くなった命がたくさんあったんだよっていう話をして、
だから避難訓練やってるんだし、やっぱ自分の命やっぱ自分で、いざとなったら自分で守るのが本当に大事だよっていうことを朝は伝えましたね。
もう絶対に迎えに行くから、ちゃんと自分の命自分で守れっていう話をね、しました。
なんかこう、そうやっぱりちゃんと思い出して、そこに何ですかね、思いを馳せて生きていくってすごく大事だなって思うし、
06:10
なんかこう、そうですよね、なかなか普段話を、友人とかともね、こんな話することないけれども、
今日っていう日だからこそ、この話を風化させないって大事なんだなっていうふうに思いました。
同様にね、なんかこう、だからって終戦記念日に戦争の話できるかっていうと、やっぱりできてないなとかね、阪神淡路とかね、関東大震災の日に同じようにできてるか、
原爆投下された日に同じようにできてるかって、やっぱり私できてないなって思って、
風化させないことって覚えてる人が語っていくしかないんだなっていうことも思いました。
当時、大学生だったので、教育学部だったので、教員の道を目指して、志していたんですけど、
そこから1年ぐらい経った後かな、少し東北が落ち着いてきてから、父がね、先生になるんだったら一回見とけっていうことで旅行に行ったんですよね、宮城に。
そこでお金使っていこうっていうのが、現地の応援にもなるからっていうところで、行ったんですよね、あの時の、なんかすごいなって今も思うんですけど、
海も見て、松の木とかもね、奇跡の一本松とかも見に行ったり、柿がね、今死んでしまったっていう当時のね、今はだいぶ復興してきてるみたいなんですけど、
そういった様子も、父から、お前は教師になるんだから、ちゃんと見とく責任があるって言って、伝える責任があるんだぞっていうふうに言われたのを覚えていますね。
何だかよく分からないけど、でも本当に大変なことが起きちゃったっていうことは、当時も私も分かっていて、一緒に家族旅行で行ったんですけど、楽しくおいしく過ごさせてもらったんですけど、やっぱりこう海を、海に行った時にね、同じように海を眺めてる親子がいたり、
温泉で一緒になった女性の方とお話しさせていただいて、1年半ぐらい経ってたのかなと思うんですけど、いろんなリアルなお話とか風景を見てね、あの匂いっていうか、自分が心に感じたものっていうのは忘れられないなっていうふうに思っています。
09:10
自分が母親になって今こういうニュースを見て振り返ると、やっぱり小川小学校のニュースとかね、どんな気持ちで子どもたちはいたんだろうとか、
どんな思いで親は待ってた、今も待ってるんだろうっていうふうに思うと、なんか涙が止まらないなっていう感じですね。
皆さんはどうやってね、その日過ごしたかなって思いますけど、なんか当時私国立大だったんですけど、いろんな東北からも結構出てきてて、こっちにね。
だから地元が宮城福島あたりですっていう同期や先輩後輩がいて、だからそういう話もリアルに、家族とか親戚とかそういう話も聞いて、
いやー人事じゃなかったけど、やっぱり当事者よりは多分人事なのかもしれないみたいな、こうなんだろう、なんかそんな感じで過ごしてたなっていうふうに思います。
こういう日だからこそね、あの日に思いを馳せて、やっぱり自分が親になったからこそ子どもたちに伝えていく命の尊さとか、生きてることの奇跡とか、なんかそういったところに思いを向けていきたいなっていうふうに思う朝です。
はい。
ね、あのー、そうそうそう、だからやっぱ自然って偉大だなーっていうのは昔から思ってて、自然には逆らえないし、こうやってね、すっごい美しい地球だけど、
時にこうやって牙を剥けるというか、残酷なことをするっていうのがこう、自然なんだなーっていうのも思い知らされる自然災害だなって思うので、やっぱりそこを伝えていくのも、まあまあ原点に戻ると教育だなって思うし、
私は理科専門なので、理科っていうところも自然科学を伝えていきたいんですよね。自然の力ってすごいんだよっていうこととかね、自然とともに人間は生きてるんだぞってことを、私はなんか伝えていきたいなっていうふうに思ってますし、そうそうそう。
12:03
で、なんか怖い面だけじゃなくて、やっぱりベースはね、自然に生かされてるんですよね。そこをね、なんかこう感じて、だから大事に自然もね、地球もね、人も大事にしていける子どもたちを見守っていきたいなっていうふうな価値観で、はい、思っております。
なんかそんなね、じいちゃんもそんな後天国に、コロナ禍に行ったんですけど、やっぱりね、ばあちゃんにもまた会わなきゃね、そろそろ会いに行かなきゃって今日ね、今喋ってて思いましたけど、やっぱり今生きてる命とかね、今会える人には会っておくとか、会いたい人には会っておくこともね、大事だなって思います。
今日行ってらっしゃいとか行ってきますとかね、お帰りとかいただきますって言えることが幸せなんだよっていうことを思い出させてくれる今日っていう日だなっていうふうに思います。
今日はこの後ね、そうそう保護連ね、地域の保育園のやつの保護者の組織の会に出た後に、友人と会うんですけど、大切な友人の誕生日でもあるんですね。
なのでちょっとお祝いしていこうかなと思いつつ、今日もいい日になりそうだなっていうふうに思ってますし、昨日ね、江戸川の企業ビジネスプランコンテストに一応ポチって来ましたね。
3月7日の好評を受けてちょっとブラッシュアップして、ポチって来ました。
一時審査ね、どうなるかわからないんですけど、とりあえずやってみる精神で今を生きております。
こんな感じかな。
今日は、53.11っていうことで東日本大震災のことと、今を生きている奇跡っていうところでね、ちょっと語ってみました。
皆さんもぜひ、今日を生きていることに感謝して、大切な人と今日も仲良く楽しく、笑顔で過ごしてほしいと思います。
では、今日も元気にいってらっしゃい。
14:31

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