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2024-03-12 10:37

正社員だった頃の方が夫婦で子育てしていたかもしれないお話

最後まで聴いていただきありがとうございます!
パートになって私の時間は出来たけれど、正社員で時間がない頃の方が
夫婦で子育てしていたかもしれない。そんなお話です。

3.11黙祷のお話
本題

#3.11 #東日本大震災 #ワーママ #子育て #夫婦 #正社員 #働き方
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おはようございます。いとうゆうこです。
今日はですね、正社員で時間がないそんな中子育てをしていた時の方が
夫と協力して子育てをしていたなぁ、そんな話をしていこうかなと思っております。
今、働き方についてね、いろいろ悩んでいらっしゃる方、子育て、仕事、家事の両立とかでね、大変そんな理由で悩んでいる方も多いんじゃないかなと思うんですが、
一つの私の事例というかね、そんなお話を聞いていただいて何か参考になったらいいなぁなって思っております。
本題に入る前に、今日は雑談からなんですが、昨日は3月11日、東日本大震災から13年目の日でしたが、皆さんはどんな1日を過ごされたでしょうかね。
私は今、宮城県仙台市に住んでいて、昨日はですね、ちょうどあの
息子が通っている保育園のね、今日卒園式なんですけれども、その謝恩会の準備の係になっていて、幼稚園でね、ずっと準備をしておりました。
でも、地震が当時起きた2時46分には、幼稚園でもね、あのアナウンスが流れて、黙祷しますということで、みんなで黙祷をしたんですよね。
今も多分そうだと思うんですけれども、仙台市の方では、あの街中とかね、アーケード街っていうところとかもあるんですけれども、3月11日2時46分になったら、あの警報みたいなのが流れてね、皆さん本当に普通にショッピングとかしている最中でも、その場に立って黙祷を捧げ、捧げるっていうような状態になるので、
あの時間はですね、本当に一瞬、わーっと、街全体が無音になる、そんな印象があります。
昨日も、幼稚園の中でもね、子どもたちの大騒ぎしている声が、そーっと静かになって、無音になって、一人一人が当時に思いを馳せたり、祈りを捧げたり、そんな時間になったんじゃないかなと思っていて、私は3.11、もう13年前になりますのでね、それぞれ、毎日毎日、あのことを思い出すってことはないんじゃないかな、
まあ人によってはね、毎日思い出す方もいらっしゃると思うんだけれども、私自身はそんな毎日思い出すっていうような状態ではないんですが、それでも毎年、あの3月11日を思い出す、その日はね、やっぱり特に2時46分になると、街中が静かになって思いを馳せるっていうのは、なかなか感慨深い時間になりました。
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皆さんはどういう1日を過ごされたでしょうか。また1年素敵な1年になるように、それぞれがそれぞれのペースで前に進んでいってほしいなと思っております。
ということで、すみません。前置きが長くなってしまったんですが、ここから本題に入ろうかと思うんですけれども、
さっきもね、言った通り、今日はいよいよ我が息子、6歳の息子の幼稚園卒園式になります。
今から、これを撮ってるのは前日のね、夜なんだけれども、泣くかな、どうだろう。
もうむしろね、泣きたいです。どうせなら、もう息子の成長を振り返って泣きたいなぁなんて思ってるけれどもね。
夫とね、いろいろと感慨深いねなんて、ちらっと話をしてました。
で、うちの息子は0歳の時から保育園に預けて、年少まで、年少3まで新潟の保育園に預けて、
そこから仙台に戻ってきて、年中年長と2年間、今の幼稚園にお世話になりました。
で、夫とも話をしたんですけれども、やっぱり新潟の子育ての時が、どうしても私たちの時、私たち夫婦にとっては忘れられない子育てで、
やっぱり私も時短勤務とはいえ、最終的に私の家から職場っていうのがね、途中で職場が、場所が移転したっていうこともあって、
渋滞とかも考えると、結構1時間ぐらいかけて車で移動するような場所になってしまったので、
時短といえども、朝からね、7時台にはもう出かけなきゃいけない、もうバタバタな毎日で、
夫にも、夫とともに、子供をね、保育園に送り迎えしないと、もうやってられないようなスケジュールでした。
なので、朝は夫が息子を保育園に連れて行って、帰りは私が息子を迎えに行くっていうようなスケジュールで、
もちろんね、急な風邪をひいたら迎えに来てくださいっていうのは、どうしても私が迎えに行くっていうのがほぼ多かったけれども、
でもやっぱり朝、毎朝保育園に送って行ってくれるっていうのは、やっぱり私もとても助かったし、
夫自身も毎日、子供と関わりがある日々だったみたいで、
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あの頃は私たちもね、親になった1年生、2年生っていうような状態だったし、必死だったし、
もう子供もね、イヤイヤ期で激しかったし、激しい時期もあったしね、そういうのもあって、
2人で、今振り返るとね、2人で戦いながら、手をなんていうの、支え合いながら、でもこう、
子供の保育園の出来事を共有しながらね、笑いながら、
支え合いながら、一生懸命過ごせたなぁなんて思っていて、夫もとってもいい保育園時代を過ごしたっていう印象だったそうです。
ところが、この仙台に戻ってきて、私自身がね、もうあの、保育園時代のギリギリな生活は無理だと思って、
働き方を変えて、パートっていう職業になってね、朝も随分とゆっくりになったので、
朝、幼稚園に送るのも、迎えに行くのも全て私がやるっていう形になったら、
夫は、ほとんど、全くと言っていいほど、子育てに参加しなくなったんですよね。
もちろん、家に帰ってきて、子供とちょっと遊んだりとか、お風呂に入れたりとか、
土日のどっちかね、いる場合は関わりはあるけれども、やっぱり夫自身も自分の印象として、
俺は仙台に来てからね、子育てはもう全く関わってないから、幼稚園に対しても、なんかこう、
ちょっとこう、自分ごと、自分も頑張って、あの、息子が幼稚園に通うのを手伝えたな、みたいな感覚はないみたいで、
なんともね、自分の卒園式っていうのは新潟に置いてきた、みたいな、なんかそんな印象があるみたいです。
で、これをね、夫と話した時に、なんかね、ちょっとこう、
うわぁ、そうかーって、まぁ、仕方がない部分はあるとはいえ、
あの、お互いが忙しいからこそ、工夫して、それぞれができることを分担してね、
なんとか2人で一つの力を振り絞って、子供を保育園に通わせていたなぁと思うと、
果たして今のこの子育ての仕方がね、
夫婦で子供を育てるっていう点でうまくいっているのかなぁ、なんてちょっとね、疑問に思うようになりました。
もしかしたら、時間がたくさんあるから、子供に時間をかけられるっていうことでもないのかもしれないですね。
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時間がないからこそ、一瞬、一瞬をこう、なんとか苦面して、子供と関わる努力をするっていうのでね、
なんだかパートになって時間ができたけれども、
私が子供と関わる時間が増えた分、夫はすごく減ってね、良かったのかどうなのか、なんて思ったりもします。
まあただね、これから小学生になって、今度は一人の人間として大人として成長していく息子を、
夫は同性としてね、支えていくっていう面は多々あると思うので、これからまた違うステージに立っていくのかなぁ、なんて思います。
ということで、今日はですね、
まあ卒園式を目前に私と夫が話をした中で、忙しい、あの
正社員としてね、働いていた時の方が、夫も私も子育てを二人で一緒にやれていた感覚があったなぁ、
時間があればいいってことでもないんだなぁ、なんていうのを振り返った、そんな話をさせていただきました。
今日の話がどなたかの何かの参考になったらとても嬉しいです。
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今日も最後まで聞いていただきありがとうございました。
それではまたお会いしましょう。
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