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#066 プロポーズはなかったけれど人生万事塞翁が馬
2026-05-26 16:30

#066 プロポーズはなかったけれど人生万事塞翁が馬

夫が社会人になるタイミングで、私の実家近くに引っ越してきたこと。
私も社会人になり、仕事の忙しさや厳しい門限の中で、自然と結婚の話が進んでいったこと。
プロポーズはなかったけれど、振り返ると予定外や窮屈さの先に今の幸せがあった。
まさに人生万事塞翁が馬だと感じる、結婚までの話です。

【目次】
昔話への反応と続きへの導入
人生万事塞翁が馬という今回の軸
元さや後から結婚までを話す前置き
プロポーズなし、でも、人生万事塞翁が馬
大学生と社会人で会う時間が減る覚悟
夫が実家から徒歩5分の所に引っ越してきた
近くに住むことを覚悟として受け取った
距離があったら続かなかったかもしれない
陶芸班の先輩をめぐるトラウマ案件
夫の引っ越しが余計な不安を減らしてくれた
自分も社会人になり会う時間が減っていった
全国大会運営の仕事と出張続きの日々
仕事の消耗で会う余裕がなくなった
厳しい父と門限10時の窮屈さ
一緒に暮らせたらいいという話が出始めた
家探しから結婚の話へ自然に進んでいった
23歳から現実化し、24歳で結婚へ
実家が厳しかったから早く結婚できたのかも
プロポーズがなかったことだけが心残り
今も続く関係を思えばどうでもよくなった
予定外の道の先に幸せがあったという実感
当時は失敗に見ても、後から意味が変わる
当時はうまくいかなかったけれど、今振り返るとあれでよかったと思える出来事はありますか?

#毎日配信 #ジャーナリング #五十代女性 #人生万事塞翁が馬 #夫婦の話 #馴れ初め #結婚までの話 #第二の人生 #声の記録 #人生の振り返り
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おはようございます。このチャンネルは、子どもが巣立った後のぽっかり感を抜けて、第二の人生を味わい尽くしながら、日々の気づきや心の動きを言葉にしていく、私、Emmy の声の記録です。
この数日ですね、かなり個人的な私の昔話にお付き合いいただいて、本当にありがとうございます。
聞いてくださった皆様、コメントをくださっている皆様、いいねしてくださっている皆様、本当にありがとうございます。
その中には、次も楽しみにしているよ、と言ってくださる既得な方もいて、もう重ねてありがとうございます。
今日はその言葉に乗っかって、調子に乗って、続きを話してみようと思います。
まずですね、お伝えしたいのは、人生万事塞翁が馬っていうことわざ、古事成語かな、がありますよね、ご存知でしょうか。
その時はね、悪いことのように見える出来事なんだけど、後から考えるとそれが幸せだったっていうような、
だからその起こった瞬間には良い悪いは決められないという意味のことわざです。
私の多分、昨日お話した内容も、多分今日お話しする内容も、何なら人生全部この言葉に集約されているかなと思いましたので、今日のタイトルに入れてみました。
昨日は私がラクロスを始めたところから、夫と出会ったり、付き合ったり、別れたり、元祭に戻ったりっていうね、その一連のお話をしました。
今日は元祭に戻って、しばらくして、夫が大学を卒業、その辺から結婚くらいまでの間の話をしてみようかなと思います。
昨日同様に恥を恐れず、タイトルをつけてみましょうか。
プロポーズはなかったけれど、人生万事、作業が上手。そんな話をしてみようと思います。
当時ですね、私大学2年の終盤ですね、夫はこれから社会人になろうっていうところあたりですね。
大学生と社会人っていう風になると、どうしても時間が合わなくなると思うんですよ。
大学生は割と時間に余裕がある。バイトしてたりとかして忙しい子はいるけれども、それなりに時間ありますよね。
しかも同じエリアで過ごしてると、バッタリ会うこともあるだろうしっていう、そういうことなんだけど、一方が社会人になると、そういう時間なんか壊滅的に減りませんか。
私はきっとそうなるだろうなっていうのを思ってたんですね。
夫は私より2個目なんで、2年早く大学を卒業することになるじゃないですか。
だからその2年というか、それ以降全部か、あんまりもう会う時間なくなっていくんだろうなっていう、そういう覚悟がありました。
朝早くから仕事に行って、仕事が疲れて、休みの日も学生とは違うスタイルになるのかなって。
03:02
そしたらですね、なんと夫が、私の実家から徒歩5分くらいのところに一人暮らしの部屋を決めたって言ってきたんですよ。
私の家から駅に行く途中の場所です。
本当にそれを聞いたときびっくりして、え、本当って、何度も何度も確認しましたね。
本当だよって言ってたんだけど、実際に引っ越してくるまで逆らと思って本気にしてなかったんですよ。
でもそしたら本当に引っ越してきて、引っ越し完了した部屋を見て、本当に引っ越してきたんだ。
しかもこんなに近いんだと思って、びっくりしましたね。
でもそもそも学生と社会人になって、会える時間減るだろうって思ってたから、
これならね、わりと頻繁に、長い時間じゃなくても細切れでも隙間時間で会えそうだなと思って、ラッキーぐらいに私は思ってたわけです。
でも今に考えると、その後のいろんなフェーズの中で彼なりの覚悟を見せてくれてるのかなっていう、そんな取り方も正直ちょっとは思いましたね。
一人暮らしって言ってもね、身軽な本当に一人暮らしワンルームだし、
もし私と関係がうまくいかなくなっちゃっても、別にそんなに大げさに取らずに引っ越してしまえばいいという考えもできると思うんですけど、
とはいえですよ、なんとなく私に対して真摯な気持ちあるよ、みたいなことを言ってくれてるように私は受け取りました、ということですね。
もしこれで夫が全く違う場所に住んでたら、すれ違いはきっとあっただろうなって思うし、
その後の関係もね、今みたいな感じでは続いてないかなとも思うんですね。
そして昨日の配信にしてくださったコメントに、漫画みたいな恋愛だとかね、ドラマみたいって言ってくださる方がいたんですけど、
本当にね、現実は小説より気なりみたいな、本当に恐ろしいような件もあります。
ちなみにご紹介してみたいと思うんですが、学生の恋愛ってね、本当にいろんな問題があるんですよ。
昨日の話に出てきた陶芸班の女性の先輩のことを覚えてらっしゃるでしょうか。
私が美術部に入った直後の美術部全員が集まる、3年生引退をご苦労様っていうのとクリスマスを合わせて宴会するっていうね、
ご苦労様クリスマスコンパっていうのに初めて夫に会って息統合して、二次会に行く途中ですよ。
私にあの先輩気をつけてって言ってきた方です。私の一個上の陶芸班の先輩でした、女性ですね。
実はその方、めちゃくちゃ夫のことを狙ってて、私がいい感じで息統合してる前も、付き合い始めた後も何度もアプローチしてる人なんです。
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なんと夫が卒業した後も接触してきて、えみさんと別れて私と付き合ってみたいなことを言ってきたくらい、本当に私にはなかなかなトラウマ案件です。
だからそういうこともあって、夫が私の実家の近くに住んでくれたのは、余計な心配をなるべく減らすみたいなことも思ってたのかな、みたいなね。
ちょっとそれは考えすぎかもしれないけど、そんな風に思いました。
そんな修羅場もありつつ、走行してるうちに私も22歳、大学を卒業して社会人になります。
今までは学生と社会人っていうね、そういうスタイル。
だけど学生の私の方が時間に余裕があるので、私は夫に合わせていく感じで、なるべく時間を持って過ごしてましたよね。
だけど私も社会人になると、なかなかそんな風にはいかなかったんですね。
新卒で入った最初の会社は、とあるスポーツの財団で、私はトラウマ問題で働いてました。
春から夏まで全国大会っていうのを開催していて、その大会運営をする競技課っていう部署で働いてました。
最初の1年目は、全国大会がいろんな全国の各地であるので、そこに向かって準備をして、大会の1週間前くらいから前乗りして、
撤収して帰ってくる、その期間ずっとその現地に出張になっているので、本当に春から夏までめちゃくちゃ忙しい。
2年目は、世界大会をハワイでやるという年だったので、ハワイにも出張がありましたね。
仕事の内容は楽しかったんですけど、本当に肉体的にめちゃくちゃしんどくて、
夏に稼働してるっていうのもあるし、外だし、どんどん忙しくなっていくし、
学生の時とは実感の使い方がまるで違うので、朝起きて会社行って仕事して帰ってくる。
もうそれだけでね、消耗するわけですよ。
例えばその日、平日の後で夫に会うとか、全然考えられない。
会えるとしても週末なんだけど、週末は疲労困敗で、
なかなか例えばデート行くとかいう気になれないんですよね。
ということで、会える時間がどんどん減っていきました。
私の家庭ではね、父がめちゃくちゃ厳しい昭和の頑固親父っていう感じでね、
女の子は壊るべきみたいな考えがね、すごい強い人なんですよ。
20歳を過ぎて成人になろうが、社会人になろうが、
実家にいる間は文言を守ってもらうっていう、文言十字っていうね、
09:04
何それっていう感じじゃないですか。
私ね、無理だって思ってました。
でも仕事で残業になって、まだ会社に十字でいる時もあるんですよ。
そういう時は、もちろん家に電話するんですけど、
玄関先にね、赤鬼が尿立ちしたみたいに待ってる時とかもあったりして、
もう怖いみたいな。
今思い出しても、本当に窮屈でした。
ただでさえ疲れてるし、時間ないし、
家の締め付けが耐えがたいほどに厳しいし、
親はもちろん心配してくれてやってるんだろうとは思うんですよ。
親の考えもあったと思うんですよ。
でも本当に私には苦しいしかなかった。
そんな中で、どっちが言い出しっぺなのかっていうのは、
私もちょっと記憶にないんだけど、
なんとなく、一緒の子と一緒に暮らせたらいいよねっていう話になっていきました。
同じ家に帰れるんだったら、会うために予定合わせなくていいじゃないですか。
会社とか仕事が忙しくても、生活が一緒だったら別にもう、
疲れてても一緒に過ごしてる感じになるし。
ということで、だんだん話が進んで、
私も相当思い立ったが吉日っていうタイプの人なんですけど、
夫は私以上にもっと爆速の人なんですね。
よしってなったら、どんどん進んでいくんですよ。
だからその話が出た途端に、住宅雑誌とかどんどん買ってきたりして、
住まいのカタログも見たりとか、
モデルハウスの資料取り寄せとかしていて、
すごい勢いで進んでいくなみたいな。
それをそばで見ながら、でも待てよと。
私の父は厳しい父なので、同棲は無理だよって思ってたんですね。
もちろん夫もその頃には父の怖さをじゅうじゅう知ってるんですね。
だから一緒に暮らすんだったらまず結婚だよなみたいな。
それももう分かってたと思います。
だからその家を見始めるのと同じ流れで、自然に結婚の話にもなって、
家を見ていくのと並行して、結婚式どんな風にしようかみたいな話も出てきて、
自分らの結婚式こんな風にしたいねみたいなところから、
じゃあ式場も見に行ってみようかみたいな話になって、
徐々に徐々に話が現実化していくみたいな感じですね。
それがだから私23歳。
卒業して就職して1年目ぐらいが進んだ頃ぐらいからそういう話がだんだん出てきました。
実際に結婚したのは24歳。
早い方だと思います。
大学卒業して2年目には結婚してたわけですからね。
今本当に思うのは、私の実家がそこまで厳しくなかったら、
もっと結婚は遅かったと思うんですよ。
12:02
もっと自由に会えたりとか、自由に旅行に行けるとかね。
そういう状況だったら全然まだ結婚しなくていいかとなってた可能性がだいぶあります。
だけど相互しているうちに関係が変わって結婚できてなかったって可能性も大いにありますよね。
だから今となって私は結果的にですけど、厳しい家でよかったなって思ってます。
勢いで早く結婚してよかったなとも思ってます。
ただね、さっきも言った通り、なんとなく家を探すようになって、
一緒に暮らすならまず結婚だねって感じで。
自然なくらいに結婚が普通に会話に昇っていたわけなので、
一つ負に落ちない点があるとするならですけど、
私プロポーズされてないなっていうところが唯一と言っていいかな、心残りです。
当然プロポーズに憧れがないわけじゃないですよね。
結婚してくださいと言われたらもうそれだけで心温まると思うんですよ。
だけど実際私はそれなんかズバリは言われてないわけです。
だから不思議だなって。
私がそういうふうに仕向けたのか、夫がそういう流れを作ったのか、
多分お互いの熱量が同じ感じだったのは間違いないかなと思うんですけど、
どっちがどっちを囲い込んだかっていうのは今でもよく分かりませんね。
でも今更夫にあの時どういうつもりだったのって聞くのも変じゃないですか。
だからもうこれ確認する術がないなっていう、
ちょっとそれが本当に残念ポイントと言えるかな。
でも今も50も過ぎて、
エミさんと結婚して本当に良かったよなんて言ってもらえるようなありがたい関係が
現在も続いているってことを思うと、
プロポーズがなかったことくらいどうでもいいかって今は思います。
そんなわけでね、振り返ると皆さん人生ってそんなもんじゃないですか。
予定通り行くことの方が稀ですよね。
私のケースでいけば、
あのままラクロし続けてたら美術部には入ってないし、
絵が描けないことにこだわってたら美術部にも入ってないし、
一度別れた後に自分がもう一回お願いしますって言ってなかったら、
もちろんこの関係ないし、
夫も私の実家の近くに引っ越してきてなかったら、
もうたぶんすれ違いでおじゃんですよね。
私の家が厳しくなかったら、そんなに若く結婚することもなかったし、
言葉座、最初に言った人生万事最悪が馬っていう、
まさに実感しているところです。
その時々はね、うまくいかないなとか、残念だなとか窮屈だなとか、仕方ないかとかね、
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そういうふうに選んだものの中に、
後で振り返るとそこに大きな幸せが捕まえてるみたいな、そういうことがあるなって思います。
でも当時はね、予定通りに進むことがいいことだって思ってましたから、
自分が決めた道をまっすぐ行ってる人がすごいって思ってたし、
途中で辞めたり、違う方向に行ったりするのは負けっていう感じもありました。
でも今思うとね、予定通りに行かなくたって全然大丈夫。
予定通りに行ったらそりゃオールオッケー。
だけどダメでもね、その時予定外の道に入ってからこそ出会う人もいるし、
そこ行ったから見える景色もあるし。
そんなわけで今日はね、プロポーズにはならなかったけれども、
人生万事最悪が馬って思えるという私の人生の話をしてみました。
皆さんもね、当時はうまくいかなかったけど、今振り返ると、
あれでよかったかもしれないなって思うような出来事はありますか?
もしよかったらコメントやレターで教えてください。
今日のエピソードへのコメントやレターも、もちろん大募集中です。
いいねやフォローもとても励みになります。
最後までお聞きくださってありがとうございました。
また次回お耳にかかりましょう。
素敵な一日をお過ごしください。
エミでした。
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