自己紹介と今回のテーマについて
おはようございます。このチャンネルは、子どもが巣立った後のぽっかり感を抜けて、第二の人生を味わい尽くしながら、日々の気づきや心の動きを言葉にしていく、私、えみの声の記録です。
前回の配信でですね、私は夫と結婚できたことと息子が生まれたことを人生で言うと宝くじに当たったようなものだっていうねお話をしました。
それに対してすごい思ってた以上に反響があって、すごく嬉しかったんですよね。
同時に、19歳で夫と出会って、24歳で結婚するその間のエピソードを聞いてみたいと言ってくださる方がいらっしゃったので、もう恥ずかしい地語になってしまうんですけど、今日は出会いから20歳ぐらいまでの話をしてみようと思います。
タイトルをつけるとするなら、そうですね、一目惚れで始まり、別れて覚悟が決まった恋っていう感じですね。
これ言ってても自分で恥ずかしいわ。大丈夫かな。もう本当に全部地語です。
具体と抽象の意義はありません。もう恥ずかしいほどの過去の歴史です。
もし本当に興味持ってくださる方はお付き合いいただけたら嬉しいです。
1話2話に分けることになりました。結構長くて。それなのに1話も相当長いです。
なんかのね、片手間に聞いていただけたらいいなと思ってお話しします。
大学でのスポーツ経験とラクロス部への入部
私は、これ大学の辺りから始まりますね。それまで本格的な運動部に入ったことがなかったんで、大学に入ったらスポーツをしっかりやりたいという気持ちがまずありました。
中学の時も、あのすでに身長が163くらいあったし、1年の時の担任の先生がバレー部の顧問だったのもあって、
もうなんかずっとねバレー部に入りませんかっていう、なんかすごい勧誘があったんですけど、私も団体球技が本当に苦手で失敗すると落ち込んじゃうんですよ。
だから絶対球技はやりたくないっていう気持ちがすごく強くて、運動部には入りませんでした。
高校に入ったのが、まあ進学校だったっていうのもあって、スポーツ推薦の子以外は、なんか積極的にね部活をやってない学校だったんですよ。
っていうこともあったり、私あと高1の夏から高2の夏までアメリカに留学していたっていうこともあって、なお学校にいる時間が短かったっていうこともあってね、高校でも部活に入らずじまいでした。
だからなんかこう、青春をね満喫したみたいな気持ちがちょっと足りないっていうか、あのスポコンに憧れてですね、大学に入ったらもう今度こそ本気でスポーツやりたいみたいな気持ちで意欲満々に行ったわけですね。
で、もうすごく単純な気持ちで選んだのがラクロス部でした。
ラクロスってほとんどの人が中高とかでやらないじゃないですか。
大学から始めることがほとんどなんで、みんななんか一斉にスタートできるかなって思って選んだんですけど、そんな理由じゃダメですね。
なんかラクロスって皆さんご存知かもしれませんけど、クロスっていう棒の先に網がついた道具を使ってボールを拾ったり、それで投げたり、受けたりってするスポーツなんですね。
で、私あのもう大学の頃には身長が168センチで割と高い方だったし、走ることは全然苦手じゃなかったんですよ。短距離もそこそこ長距離も走れるみたいな方だったんで、体力面ではなんとかなるかなって思ってたんですね。
でもねこれ本当に読みが甘かったです。
っていうのもラクロス自体は初めてでも、それまでに球技をゴリゴリにやってる人っていうのはやっぱりボールに対する感度が全然違うんですよ。
中でもアウトボールとかテニスとかバトミントンみたいな道具を使うスポーツをやってきた人っていうのは、そのラクロスのクロスな扱いがねうまいんですね。
ボールの芯を食う感じっていうんですかね、それも感覚として体に入ってるっていうそういう感じがありました。
特にソフトボールやってる子はめっちゃ上手だったっていうこともあって、だから性能で始めたって思ってたけど全然性能じゃなくて、結構私はね、これ考え甘かったなって、もう初期の初期に思いましたね。
体の使い方もボールへの反応も、あと真夏にどれだけ追い込んできたかっていう経験もメンタルも、もう全部違う感じありました。
でも私はね、スポコンに憧れて入ったぐらいだから、絶対やってやるみたいな気持ちで、すごく頑張ってやってたんですよ。
でも夏にですね、いろんな大学が集まってやる合同合宿みたいなのがあって、そこで朝から晩まで練習練習で、練習の合間に試合もあって。
楽しいは楽しいんだけど、本当に疲れて、体が休む間もなく次の運動があってっていう、その合宿で無理がたたって腰を痛めたんですよね。
ラクロスって持ってるクロスで、地面にあるボールを中腰で拾っていくっていう動きが多いんですね。
その中腰っていう状態がすごい腰に負担がかかるんですよ。
痛いんだけど、だましだましやってはいたんだけど、だんだんね、普段の生活にも支障が出るみたいなようになってしまって、
もうこれは運動を続けるのは無理ってなって、最終的に結局10月にそのラクロス部を辞めることにしました。
だから4月に始めて10月に終えたので、半年か。
短いですよね、今思うと。
美術部への入部と夫との出会い
10月に辞めて、まだまだ大学生活がまるっと3年以上あるのに、このまま何の部活もしない、サークルにも入らないってなんかすごい寂しいなと思ったので、
なんか入ろうと考えたわけですね。
でももうね、それこそ半年ぐらい経ってるから、なんか全てのそういう活動ってもう人間関係ができちゃってますよね。
だからそこに途中で入るのはなんかすごいどうなのかなってやっぱり抵抗もあったし、だいぶ勇気もいりました。
だからそういう人間関係が強固な、そこを中心に楽しんでいくっていうコミュニティよりは、
なんか自分の趣味を磨くっていうかな、スキルアップするみたいな、そういうところにしようと思って文化部を見て回ることにしました。
例えばで言うと、作動部、稼働部、書道部、あと写真部、この辺にターゲットを絞って見学に行きましたね。
で、作動部、稼働部、書道部って見て、次は写真部行こうって思って移動してた途中に、その写真部の手前に美術部があったんですよ。
で、その日はたまたま美術部の中の陶器班が活動してたんですね。
で、その瞬間に、あ、私陶芸やりたいなって思ったんですね。
というのも、私の父方の祖父がもともと家具職人で、その家具職人引退した後ずっと陶芸をやってたんですよ。
で、祖父が作った器が、食器として食卓に並んでたりとか、あと作動で使うお茶碗を作ってたりとか、花を飾る柿も作ってたし、
ていうこともあって、私もね、いつか陶芸やってみたいなっていう気持ちが結構幼い頃からありましたね。
ただ美術部に入ろうってすると、前にもお話ししたことがあるんですけど、私本当に壊滅的に絵心がないんですね。
本当に絵が下手くそで、でも手先は器用だなって思ってます。
手を動かして何か作るっていうことは好きで、だから陶芸は興味があるんだけど、絵は描けませんっていうね、大きい態度で見学に行きました。
そしたらその陶芸班の人が、陶芸だったら全然絵描けなくても大丈夫だよって言ってくれたので、
また大学の中にも窯があって、なおかつ1年に1回銀座で展示会もしているっていうのも聞いて、
すごく楽しそうだなと思ったので、写真部を見に行く手前の美術部で入部を決めました。
正式に美術部に入ったのは、だから1年の11月頃だったと思います。
10月にラクロス辞めて、11月に美術部に入部したかな。
11月ってもうそれこそ半年以上経ってて、もうみんなが既に関係が作られている、終わっているところですね。
そこに途中から入っていくっていうのは、さっきも言ったけど、めっちゃ勇気がいったんですよ。
なおかつ12月がちょうど部活動の大変わり期っていうんですか、3年生から2年生に部長とかが変わる時期だったんですね。
で、その部長交代のタイミングで私はそこに入っていくことになりました。
美術部には他にもね、陶芸班のほかに絵画班っていう油絵を描く班と、デザイン班というポスカとか使ったりする絵を描く班と、
あと私が入った陶芸班と、あと木工革材工班っていうのもありましたね。
それぞれの活動日っていうのが何曜日って決まってて、その活動日以外は他の班の活動の邪魔にならない範囲で部活で、
部室で制作ができるっていう、そういう感じでした。
11月に入部して、その代替わりの12月ぐらいまでの間、私は陶芸班の人だけ交流して、
土の練り方を教わったり、道具の使い方を聞いたり、美術部室の使い方を伝授してもらったりとかして、
少しずつ慣れていったっていう感じでしたね。
陶芸班の人の名前は覚えたんだけど、他の班の人は全然会ったこともないし、名前も知らないっていう。
クリスマスコンパでの一目惚れと交際開始
そんな中で、12月24日に美術部の盛大な飲み会っていうかコンパがありました。
これを美術部では、ご苦労様クリスマスコンパっていうので、ごくりこんって呼んでたんですけど、
3年生の引退をねぎらうご苦労様っていうのと、クリスマス会を合わせた部活全体の宴会ですよね。
この日は普段、引退のさらに先の全然活動でも見かけない4年生もいらしたし、
すでに卒業しているOBとかOGでも都合がつく人が来てたりとか、すごい大状態なんですね。
そこで初めて美術部全体の人たちと私初めて顔合わせをしました。
もちろん知らない人ばっかりだし、端っこにこじんまりと座ってたわけです。体はでかいけど。
だけどね、新入部員なので、転校生みたいに周りの人とかがいろいろ話しかけてくれるんで、
全然なんかポツっていう感じではなかったんですけど、控えめに座ってました。
それでちょっとねしばらくしてた頃に、なんかワイワイガヤガヤみたいな感じでなんか人がやってきて、
それが3年生の幹部って言われている部長、副部長、会計の3人ですね。
それの人たちがやってきて、そのうちの1人の部長なんですけど、いわゆる私の今の夫ですよが、
私の目の前のたまたま空いてた席に座ったんですよ。
それで、私その時も初めてその夫とご対面したわけなんですけど、
もう見た瞬間に、なんだろう、ビビビってくる?
もう今じゃ古い表現だけど、そんな感じでしたね。
簡単に言えば一目惚れですね。今でもその時の感覚は覚えているんですけど、
身長がすごい高くて、184cm、体大きくて、顔もめっちゃタイプでかっこいいなって思って、
一目惚れでした。
でもね、その一目惚れの余韻に浸る間もなく、その次の瞬間っていうんですか、すごいことが起こったんですよ。
それぞれのテーブルにあるビール瓶がバラバラバラって集まってきて、4,5本?
なんだこれ?って思っている間もなく、どうしたんだって思ってたら、
どうやら夫はすごいお酒が強くて、部長ならこのくらい普通に飲むでしょうみたいな感じで、
各テーブルの飲みかけのっていうか、とりあえず次の注文して新しいのが来るまでのつなぎとして、
これを飲んでくださいみたいな感じで集まってきたんですね。
私もともと運動部のラクロス部にいたので、運動部のコンパっていうのも経験していて、
体育会のバカ騒ぎっていうのも知ってましたから、
そういうすごい飲むんですねっていうのは、すぐ瞬間的にスイッチが入るみたいなのはわかったんですけど、
まさか文化部でこんなに飲むっていうことは驚きました。
ただね、運動部とは違ってお行儀がいいというか、バカ騒ぎはしてなかったですね。
無理に飲まされるようなこともなかったし、だから私は自分のペースで過ごしてたんですよ。
ただね、本当に夫はお酒の強い人で、水でもそんなに飲めないんじゃないかっていうくらいもうカパカパ開けてましたね。
私はどんどん注ぐし、夫はどんどん飲むし、みたいな。
その間に話もすごい弾むし、みたいな。
初めて会ったのにすっごく楽しかったし、
だからお互いなんとなく好印象だったような気はしています。
多分私あの時ね、入部したばっかりなんですけどよろしくお願いしますみたいなことを言ったと思いますよね。
で、夫はそうなんだ、みたいな。
自分はこれから引退だけど、まだ文化部の部室がある文化棟っていうところにはいるから、
よく会うと思う、よろしくっていう話をしたなっていう記憶があります。
で、その一次会が終わって、二次会に移動する時にですね、
陶芸班の女性の先輩からあの人気をつけて、みたいなことを言われたんです。
で、あー、彼女いるのかな、みたいなね。
そういうなんかこう、ちょっと感じ取ったので、
じゃあこれはもういくらね、気が合ったように思っても深追いは厳禁だなと思って、
その警戒心がね、すごいパッて芽生えました。
二次会行った時もね、警戒してよしじゃあ近づかないようにしよう、みたいに思ってたんだけど、
なんとなくなんだろう、結局席が近くなっちゃって、結局盛り上がっちゃうみたいな、
そんな感じで話していたから、
私思い切って、なんか付き合っている人いるんですか、みたいな話を聞くんだけど、
なんかはぐらかされるから、彼女がいるって聞いたんですよ、みたいなことを言ったら、
その返事ちょっと待ってて、みたいに言われた。
いるんだなって、やっぱりいるんだなって思って、
だからその日以降ね、私はもう踏み込まないようにしてました。
ここまでだなと思って。
その日でね、もちろん夫は美術部を引退しますね。
その後、文化会っていう、美術部の上の文化部を取り仕切る会みたいな組織の役員をすることになってたみたいで、
例えば文化祭の運営をしたりとかもするみたい。
文化部全体を取りまとめて文化祭の運営もする。
なんか高校でいう生徒会みたいなやつですね。
体育会と文化会があって、その文化会の役員として、
その文化棟っていうところに出入りするっていう、そういうスタイルでいたので、
美術部は引退したけど、ちょくちょくね、部室周辺で会うわけですよ。
顔は会わせるんだけど、私はもう深追いしないと決めてたんで、
こんにちはぐらいな感じで過ごしてました。
で、当時はね、今のようにスマホなんてないから、連絡先って言ってもね、
家電しかないような時代ですよね。
あとはもうね、懐かしのポケベルですね。
そんな感じで過ごしてたら、2月ぐらいだったかな。
夫から電話が来て、話があるからご飯行こうって誘われたんですよね。
でも彼女がいるんじゃないのかなって思ったんだけど、
分かりましたって言って、ご飯に行ったら、付き合いはないって言われたんで、
彼女がいるんじゃないんですかって聞いたら、別れたって言われて、それで付き合い始めました。
ということで、私19歳、大学1年生の2月ですね。
夫は2つ上なので、21歳の3年生のことでしたね。
で、この辺のことの詳細を私はこの後知ることになります。
元カノとの関係と誤解の解消
で、実はっていう話でいくと、その時、夫は同じ美術部の絵画班っていうね、
夫が入ってた油絵を描く班のことを付き合ってたらしいんですね。
私はもう本当に入ったばっかりで、そういう背景をね、全然知らないから、
後でそれを知った時、正直だいぶ肩身狭かったんですよ。
で、その絵画班の元カノっていうか彼女とか、
その彼女の友達であるその班の他の子からしたら、
私完全に悪女じゃないですか、なんだこいつみたいな。
だから特にその絵画班の人たちがね、すごい怖かったです。
もちろん嫌われてるだろうなぁとも思ってたし、
ただね、活動日が違うので顔を合わせることもなくて過ごしてました。
私もね、そんなになんか悪いことしてるっていう認識がなかったので、
普通に過ごしてました。
夏が来て、夏はね、恒例の美術部のスケッチ合宿っていうのがあるんですよ。
どの班の人も全員一緒に合宿に出かけて行って、
とにかくひたすらスケッチするんですね。
で、何度も言うんですけど、私は快密的に絵が下手じゃないですか。
だからもうスケッチ練習っていうのは苦行でしかないんですけど、
もうしょうがない、腹くくっていて、下手でも下手なりに一生懸命絵を描くわけですよ。
で、そしたら、なんとなく嫌な予感はするんだけど、
その合宿中に絵画班の女の子たちに捕まって、
話があるからね、一緒に描こうって誘われたんですね。
で、もう私めっちゃ怖くて、
でもしょうがないから、気もそぞろになりながら絵を描いてる。
で、そしたら質問攻めに会うんですよ、その女の子。
3人いたんだけど、きっとこの3人のうちのお一人が元カノなのかなって思いながら話を聞いていて、
どういう経緯で付き合うことになったかっていうのを、
アリバイを取るみたいに日にちまで詳しく詳しく聞かれたんですよね。
で、私も覚えている範囲で真摯に答えました。
で、そこで全員に判明したのが、
夫が付き合ってた人と完全に別れてから私に行ってきたこと、付き合おうと行ってきたってことがそこで判明したりとか、
あと私自身も誰とどうやって付き合ってるみたいなことを全く知らなかったこととか、
本当にコンパで初めて会って、なんとなくそこで一気統合したけど、
普通にフェードアウトしていたと思ったら、突然連絡きたみたいな判明して、
そしたら元カノも周りのお友達たちも分かってくれたみたいな感じになって、
で、ちょっとこじれそうだった女子関係みたいなのがね、やっと落ち着いたかなみたいな、そんな感じがしました。
そこで私も本当にほっとして、肩の力が抜けた記憶がありますね。
もうその開放感で、私その日の飲み会で判明を外して、ワイン一本ラッパ飲みして盛大に記憶を飛ばしましたっていうね、オチがあります。
これって大学生らしいっていうかね、苦い経験じゃないですか。今となってはもう二度とできない、もう本当そんな青い春ですよ。
別れと復縁、そして覚悟を決める
ただね、こんな風に自分の中では一応誠実にって言って接してきたつもりだけど、結果的に見たらね、完全に横取りみたいな感じあるじゃないですか。
だから、自分の行った経験は結局自分に降りかかるみたいなこともね、この後経験することになります。
夫を巡るね、いろんな噂が立つわけですよ。
夫はとにかくね、モテる人で、私は付き合いだしてからも、なんか先輩とか後輩から好意を寄せられてるって話がね、耳に入ることがね、ちょくちょくありました。
夫自身はちゃんと断ってるって言ってるんですけど、信用ならないみたいな感じで、何が本当だろうみたいな感じになってたし。
で、私自身ももともと彼女がいたのに、その彼女と別れてから付き合ってるっていう経緯もあったじゃないですか。
だから、もうそういうね、空気感にもうすごい疲れちゃったんですよね。
なんかいつも誰かと競ってるみたいな感じがあったりとか、あとなんか常に自分が選ばれなきゃいけないみたいなそういう気持ちとか、なんかもうそういう恋愛のヒリヒリ感みたいなのが本当にしんどくなっちゃって。
で、もう本人は否定してるんだけど、なんかもう噂が出る度にもう耐えられなくって、結局私から別れをね、切り出しました。
なんだろう、こんな振り回されて、もうメンタルもしんどいと、耐えがたいから別れたいって言って、で、まあその後もね、何度か話し合いをしたんだけど、私は欠如が固いと。
で、まあ夫はね、一生懸命、もう全部心配することないって、全部本当に断ってるからって言ってくれるんだけど、もうあの意思が固くなりすぎちゃって、ああもう無理って思ったのか、まあ最終的には結局わかったって言って、別れることになりました。
で、だけど、これ、この後ですよ。私は別れたら別れたで、やっぱりなんか私の中ですごく大きい存在だったんですよね。
大切な人だったなって、失ってから気づくあれですね。で、結局、ああやっぱり別れたくないって、まあ別れたんですよ。別れたんだけど、別れたくないなって。
自分で別れるって言ったくせに、なんか自分が失恋のどん底みたいな感じになってて、で、まあ2週間ぐらいしてからかな、あの本当に虫のいい話なんだけど、もう一度夫に連絡しました、話があるって言ってね。
で、時間をもらって、で、まあ私の堅い決意で別れたいって言ったんだけど、その話をね、なしにしてほしいと。もう一回付き合ってもらえませんかっていうのをね、伝えました。
で、そしたら夫に、考えさせてって言われたんですよ。で、ああそうだよねって、そんな甘いこといかないよねって思って、もう私があの時、堅くなに別れるって言ったんだから、そりゃすぐにいいよってはならないですよね。
ということで、その日はそれで別れました。なんかどのくらい待ったらね、返事もらえるのかなって思いながら、でもいつ返事してくれるとも言われてないから、いわゆる一日千週っていうんですか、もう本当に言葉通り、なんだろう、もう1分1秒がのんびり過ぎていくみたいな、もうなんだろう、毎秒毎秒ドキドキしながらずっと待ってるみたいな、そういう感じで待ってました。
そしたら次の日、夫から電話が来て、付き合おうって言ってくれました。ということでね、めでたく元さやに収まることができました。
でも私はこの時ね、夫に対して、もう自分から別れようってことは絶対言わないっていう覚悟がね、決まりました。
なんかこう不安になった時とか、相手を試すように別れを持ち出すとかね、不安に負けて関係を切ろうっていうのは、もう絶対やめようっていう、もうここで覚悟が決まったっていう、そんなことですね。
このね、ゴタゴタがなかったら、この後はなんか別のタイミングで別れてたかもしれないですよね。
元さやに戻れたっていうね、ありがたいこともあったし、自分で大事にしようってこの後も思えたのは、このおかげかなって思ってます。
もちろんね、この後付き合っている間も、結婚してから今までの間でも、夫婦の危機みたいなのはね、ありますけど、
でも自分から簡単に別れを口にしないという、この決意はね、だいぶ大きかったなと思います。
若さゆえの青さと恋愛の教訓
そんなわけで、今日はラクロス部を辞めて美術部に入り、そこで夫と出会って、一度別れて戻るとこまでお話ししてみました。
もう本当に、あの頃の私、青いって思います。
青いっていうのは、なんか若いとか未熟とか熟してない、そんな意味がね、あるみたいですよ。
もうその通り、判断甘いし、傷つきやすいし、不安になると極端な方に行くし、
でもその分、感情はまっすぐなのかな。
大切な人を失いそうになって、初めてその大切さに気づくみたいな。
でもその青さがあったからこそ、あの時この人を大事にしようって思って、覚悟が決まったのかなとも思います。
というわけで、お楽しみいただけましたでしょうか。
もし続きが気になるという方がいらっしゃったら、次回、
あの夫が社会人になるタイミングから結婚までっていうお話をね、してみようかなと思います。
皆さんのパートナーさんとの出会いとか経緯もね、ぜひぜひ教えてほしいです。
なんならエピソードとして配信してください。私必ず聞きに行きます。
また今日のこのエピソードに関しても、コメントやレターなどいただけたら嬉しいです。
長いこと地語にお付き合いくださって、最後までありがとうございました。
また次回お耳にかかりましょう。素敵な一日をお過ごしください。
エミでした。