シンプルに三角関係の話みたいな風になったりとか。
まあ時代を経ていくとある意味四角関係みたいになっていくんですけど、お弟子が生まれてきてみたいなところがあったりするんですけど。
いやーなみなみならぬ思いが、なんかそれぞれ思惑があって、みたいなのがやっぱあるんですよね。そこがこう、ままならないなというか。
っていう部分がやっぱしっかり描かれてて、いやすごかったですね。映像もすごい迫力たっぷりでしたし、見事でしたやっぱり。
映画の側が寄り添わないのがやっぱ痺れるんですよね。
そうですね、もう本当に突き放してるというか。そこも国宝と違うところかなと思いますけど。
なるほど。
でもう一本が、私たちが光と思うすべてっていうインド映画なんですけど、
これも多分ベストに入るかなっていうレベルのすごい映画でした。
めちゃくちゃ思い出したんですけど見ながら。あの子は貴族を見た時の感動を思い出しましたね僕は。
これどんな話かっていうと、インドのムンバイが舞台で、3人主人公と呼ばれるような人がいるんですけど、
そのうちの2人がムンバイの病院で働く看護師で、2人でルームシェアして暮らしてる。
でもう一人がその病院で働く、食堂で働いてる人かな。が仲良くしてるっていう感じなんですけど。
でその看護師2人のうちの1人が、結婚してるんですけど、ただ旦那さんがドイツに働きに行っていて、
最初は連絡とか取れてたんだけど、だんだん音信不通というか連絡が全然できなくなってっていう状態。
お見合いで決まった相手なんですけどその人。でだんだん距離が遠く感じられるようになっていくみたいな。
でもう一人の看護師は結構若い人で、彼氏がいるんですけど、彼氏はイスラム教でして、
インドってヒンドゥー教の国ですんで、かなりちょっとそのどうせ家族に行っても受け入れてもらえないだろうっていう。
なんかそんな諦めとかもある中でも2人の愛はすごく燃え上がっててというか。だからと言って別れようみたいには全然なってない。
愛し合ってるみたいな。でもその食堂で働いている方の女性っていうのが、家に住んでるんですけど、自分の家というか持ち家があるんですけど、
その持ち家の土地を奪われそうになってて、でもそのなんかそれを証明する書類とかも全然なくてっていう状態で困窮してるみたいな女性になってて。
まあそのムンバイという場所で生きる人々のそのなんというか、インドの社会ですよね。
問題というかなんか壁みたいなものっていうのがそこはがとなく描かれていくっていう映画で、一方でそのそれぞれの人生がどうなっていくのかっていうのが、
映画を見ていくとすごくわかっていくんですけど、その彼女たちのままならなさっていうのを描きつつ、
それぞれが世界規模と言ったらとても小さな決断というか決意というのを迎えて、この映画が収束していくっていう感じになってて、
その中小さな決意というか、一人一人の合わさっていうのが本当に光のようで、
その淡い光が重なって重なって一つ大きなものを作り出しているような映画だったなっていう感じで、
本当に光も美しいですし、あとムンバイという町自体の、これも本当はあの子は貴族の描かれた東京と同じようにいろんな人生がそこにあるなっていうのがすごい感じられるような映画にもなってて、
これは本当に見事でしたね。
僕もこれ見てて、今週。
見てるんですけど、まずムンバイっていう土地をああいうふうに描いた映画って見たことなかったなというか。
そうですね。
その都市としてのムンバイっていう、そこの視点で見れたのがまず本当に新鮮でしたし、
女性性を抑えるとかあるんだとか。
そうですね、なんかあんまり知らなかったですよね。
そうそうそうそう。
インドの大都市ってどんな感じなんだろうみたいなのがよくわかる映画にもなってましたよね。
そうなんですよね。
で、なんとなくこの映画、夜のシーンが結構印象的だなってずっと思って見てたんですけど、
あの子は貴族の僕の方にこの作品を連想したんですよ。
強固なシスターフッドであるこの緩いシスターフッドというか、
女性たちだからこそできる緩い連帯みたいなものを描いてるっていう意味でそうでも思ったんですけど、
もう一個、夜明けのすべてもちょっと近い感じの作品だなっていうのは見てて思ったところで、
まさにその都市の夜っていうところ、まさに光ですよね。
その光の一つずつに暮らしがあるわけですけど、
なんかその暮らしのレベルのお話をここではやってますよっていうことを描いてるし、
あと思ったのが、夜こそその人のある種自由な人生なんだっていう風な描き方をしてる気がしていて、
昼間っていうのはある程度仕事があったりとか何かの使命で働いていたりするんだけど、
夜になるとそこから解き放たれて自由になれるっていう。
だからこそなんかこの映画はすごい夜を印象的に描いてるし、
そこにある社会から一瞬断絶されることでよって生まれる夜の自由みたいなものを綺麗に描いてるような気がして、
なんか夜明けのすべてとかでもそういうふうなことが描かれている場面があったようにも思うので、
そういう意味ですごい綺麗な映画だなって思いながら見てました。
めちゃくちゃ好みの映画な気がするなっていう。
絶対好きだと思いますんで。
見てほしいですし、これは多分いろんな人のベスト10とかに入ってきそうな映画だなっていうレベルの作品です。
もう終わった後、僕はサントラ聞いちゃいましたよね。最後のね、あれね。
ちょっと変わってるんですよね、あのサントラね。
うん、そうですよね、ちょっと変わってますよね。
あのラストはちょっと忘れられないなって言いましたね。
印象的なというか、もうラストの絵だけでポスターにしてほしいというか。
そうですね、本当に絵も美しいんですよね、本当に。
なるほどな。
で、あともう1本がメルトっていう映画を見たんですけど、
これあんまり深くは言わないんですけど、めちゃくちゃきつかったです。
これ予告編ご覧になられたら、大体何を描いてるのかわかるんですけど、
端的に言うと聖火街を描いてる映画になるんですけど、
とても辛いです。
プロミシング・ヤング・ウーマンとかが可愛く見えるレベルのその辛さというのを、
ど正面から描くみたいな映画でしたね。
で、監督さんも女性なんですけど、
結構ちょっとこれどうやって撮ってるのかなみたいな、
かなりちょっと役者側が心配になるみたいな、
これ大丈夫ですかみたいなこともしっかり描いてしまって、ある意味やりきってる。
けど、ちゃんとそこは計算されてちゃんと撮られてるなっていうのもすごいよくわかるみたいな、
映画になってました。
本当にメルトって溶けるっていう意味ですけど、
本当に溶け出してしまったが最後なんですよねっていうのが、
だんだんわかるんですけど、映画を見ていくと。
もう戻らないんだなっていうことをすごく思い知らされる。
そのまま帰っていただくみたいな映画になってて、
本当に辛いというかかなりきつい映画でしたけど、
すごい映画でした。
すごい映画だと思うんですけど、なかなかちょっとお勧めですとはちょっと言いにくいなみたいな、
タイプの映画ではありましたけど。
ちょっと見てない立場であんまり見たこと言えないな。
こういう映画かなみたいなのを今想像して喋ろうとしたんですけど、
それをしない方がいいだろうなと思って今ちょっと喋るのやめました。
そうですね。
もしご覧になられたらちょっとそういう話できたらいいかなと思うんですけど、
僕からはこのぐらいで話はとどめとこうかなと思うんですけど、
でもすごい映画でした。
映画としてはすごいと思いましたけど、
とてもきつかったですという映画でした。
なるほど。
今週はこんな感じです。
はい、では大井さんいかがでしたか。
僕も私たちが惹かれたものすべて見て、
先ほどちょっとマリオさんのところで感想喋ったのがあるのと、
あと旧作というか配信できてたので、
実は一回劇場で見てるんですけど、
公開当時体力的でも精神的でも限界でほぼ見たことになってないというか、
3シーンぐらいしか覚えてない映画があって、
それを改めて見たんですが、
ザ・バイクライダーズを見てきました。
ああ。
めちゃくちゃ傑作でしたねっていう。
すげえ良かったです。
なんていうんですかね、
そもそも加害性のない集団というか、
単純に本当にクラブとして、
遊びとしてのクラブとして出来上がってきたものが、
徐々に徐々に犯罪集団になってしまうまでの、
一連の流れを描いてる、
本当に実在したファイトクラブって言っていいと思ったんですけど。
そのホモソーシャル的な癒やさみたいなものの方が結構中心にあるのかなって、
多分復興会当時うつらうつら見てた時はそういうふうに思ってたんですけど、
見直してみると、どっちかっていうとこれ哀愁の方が勝つんですよ。
うんうん。
で、というのも、ザ・バイクライダーズって、
内側にある男性的な視点から語られるんじゃなくて、
それを冷静に見る女性の視点で語られるところが多分ポイントなんだろうなと思っていて、
オスティン・バトラーが演じる主人公の妻になる人の視点から、
ずっと彼らの歴史というのが語られていくわけですよ。
だからちょっと外野というか、ちょっとメタ視点というか。
だから映画の構造的に、
その内側からファイトクラブ的にフラッとくるような厚さみたいなものが描かれていくことよりも、
すごく一歩引いた、批評的な視点である種歴史を語るかのように、
男性的な集団が生まれて、
そしてそれが悪しきものになっていくまで、
トキシックになっていくまでを、
なんかただただ遠くから眺めているような感覚。
うん。
なんかそれはちょっとそれこそ、
鎌倉の十三輪って大河ドラマもありましたけど、
あれに近いなというか、
本当に歴史物的な視点で見てるからこそ、
嫌さよりも哀愁が勝つっていうバランスで描けてるんだろうなと思って。
そういう意味でもすごいいい映画だなって思いました。
いや、僕も大好きなんですけど。
僕も喋った覚えがあるんですけど。
大石さんがおっしゃられたように、
観測する女性の視点から語られるっていうのは本当そう。
しかもそれをやっているのが、
最後の決闘裁判のジョディ・カマーっていうのもすごい重なるっていう感じありますよね。
そうなんですよね。
まさに最後の決闘裁判でも語る側というか、
ある最後の語り手としてのポジションでしたけど。
うん。
そう、まさにその感じで。
そのジョディ・カマー演じる妻の視点も、
なんていうか、なんだかんだ嫌いじゃないぐらいのバランスで描けてるのもまた絶妙にいいんですよ。
そうですね。
分かります分かります。
嫌いな部分もしっかり描いて、
時々の部分もすっげー嫌なシーンとかあるんですけど、
とはいえなっていう視点もしっかり留めてるあたりが、
この映画上手いところで。
だから悪しきもの、もちろん悪しきものなんだけど、
その悪さの手前にはすごく良かったものというか、
輝かしいものもあったはずだよねっていうバランスで描かれてる。
なんかそこに、だからこそ虚しさとか哀愁がすごいグッときちゃうというか、
切なさというか、そういうものが染み入ってくるんですけど、
なんかその良さがこの映画にはしっかりあるなぁと思って、
めちゃくちゃ良かったですね。
なんかすごい、なんでしょうね、
多分世の中の不良と呼ばれる人達って、
あの寂しさをかなり共有しているんじゃないかなっていうのは思うんですよね。
いやでもそんなことね、
俺たちって最高だぜっていう感じを摂取したくて、
多分クローズとかっていうのを摂取したりすると思うんですよ。
ワーストとかクローズとかだと思うんですけど、
いやでもそれ本当にその表面の皮を一枚剥いだ瞬間に、
めちゃくちゃ寂しいものがそこにあるとは思うんですよね。
結構不良者でもそういうのを描いている作品もあるじゃないですか。
確かに確かに。
それを両方描いているものもあれば、
完全一側面に割り切りましたみたいなのもあれば、
本当に本作みたいな、
もうなんか寂しさだけを描き続けるみたいなのも、
結構不良者もバランスってそれぞれだなーってちょっと思ったりはしますね。
確かに確かに。
それこそ不良者のその先にあるギャング映画とかもちょっとね、
アイリッシュマンとかまさに寂しさに振り切った映画だったりしますしね。
いや本当このチームの最後とか見るとすげえ寂しいなって思うんですけどね。
そうなんですよね。
寂しいんだけど、でもそれぞれがそれぞれの中で割り切って生きている感じはまたね。
いや本当にマジで最初はバイク好きだよねーみたいな、
人たちの集まりだったはずだったのになっていうね。
どこから間違えていったのかなーみたいなね。
いうのはありますよね。
廃老の無限とかもろこれですよね。
確かに。
そうか。
ただのバイカーだったはずなのにゴリゴリの暴力集団に満ち溜まりがなってるな。
そっか確かに。
思いっきりバンダルズかもしれないですねそれは。
もうモデルが。
なのでなんかそのホモソーシャルっていうものを考察する意味でもすごい面白い映画なので、
ぜひぜひお勧めですという感じでございます。
はい、腰はこんな感じです。
僕はですね、テーマ作品以外に映画を見てなくって、
特にその映画に関する近況はないんですけど、
ちょっと最近にわかにですね、
古代中国の話にちょっとハマってて、
最近もyoutubeで古代中国の解説動画か、
マジック・ザ・ギャザリングのプレイ動画ばっか見てるっていう。
それしか見てないんですけど。
そのきっかけになったのが漫画なんですけど、
東州英雄伝っていう台湾の作家さんで、
チェンウェイっていう作家さんが書いた90年代の漫画があるんですけど、
もうペンとかスクリーントーンを使わずに、
墨とか手で書いたっていう作品なんですけど、
まず絵が上手すぎてもう漫画じゃないっていう凄みがあるんですけど、
舞台としては東州っていうのが、いわゆる神獣戦国時代のことなんですけど、
その時代にいた英雄たちを描いてる漫画なんですけど、
それを見て、古代中国すげえっていうので、
ちょっと本当にこの1週間ぐらいで急に古代中国面白いってなってて、
ちょうど古典ラジオが今、
幸運と流報なんですよね。タイムリーにも。
聞いております。めちゃくちゃ面白い。
ちなみに、ハオウベッキって幸運とグビ人のことなので、その意味でも。
そっか。四面楚歌の人ですよね。
あってます?
そうですそうです。
漢軍に囲まれた状態で、その歌を歌われて心が折れるっていう。
神獣戦国時代はその手前、だから神が中華統一を成し遂げるまでの、
だいたい500年間ぐらいなんですけど、
もうねスケールでかすぎて一個一個の、
一人の英雄にスポットを当てた単話のエピソードが何個もある漫画なんですけど、
本当にその神獣戦国時代の前後をいろいろザッピングしながら映画を組んで、
一つのエピソードで描かれたエピソードが、別のエピソードでもはや伝説とかしてるみたいな。
なるほど。
スケールでかすぎて意味がわからないんですよね。
そのなんか、まだその時代って日本が山大国もない時代ぐらいなんで。
そうですよね。
本当に中国の時代のスケールって意味わかんねーなっていうのが面白くって、
あと、何でしょうね、本当にその時代の英雄って呼ばれる人たちの起床って、
本当に頭おかしくって、何万人も普通に虐殺とかしまくるんですよね。
そうですよね。しかもイケ夢でとかね、とんでもない方向でやりますよね。
あとまあその倫理観ももはや今の我々からはちょっと理解しがたくて、
もうすごい勢いで自害していくんですよ。
命が軽い。
そうなんですよね。実際その一つのエピソードの中でも、
この頃の男児たちの命は虫のように軽かったからこそ、
みんなその伝説に残ろうと必死で生きたのだみたいなのが語られるエピソードがあって、
そうするしかなかった人たちの本当に2000年以上前のすごいエネルギーを感じるんですよね。
あと同時にすっげえ怖さもあって、
もちろん現在って倫理観がそもそも違うから、
そんな何十万人をイケ夢にしようとかいう人って出てこないとは思うんですけど、
でもその気象を持ってる人って絶対いるじゃないですか。
世界のどこかにいるし、日本にも絶対いると思うんですよ。
世の中のルールが違ったら何十万人をイケ夢にしてたような人がいるんだろうなっていうのに想像を及ばせると、
いかにそういう人と出会わないように生きていくかって結構大事だなってちょっと思って。
なるほどな。
力を発揮してないだけの幸運みたいな人が現代にいるんですよ、きっと。
絶対出会いたくない、本当に。
だから現在だったら幸運はどう生きてるんだろうなとか考えちゃいますよね。
たぶんスタートアップとかやってむちゃくちゃやってるんだろうなって思うんですけど、
さすがに人は殺してないと思うんですよ。
殺してるかもしれないけど。
確かにそういう可能性もあるか。
でもたぶん裏社会にはいないと思うんですよね。
幸運は覇王を目指すから、たぶん表の世界にいると思うんで、
たぶん今ビジネスの一番熱いところでむちゃくちゃをしてる人がたぶん幸運なんだろうなとか。
そうだな。
あの当時は殺すってことで首を取れば勝ったっていうルール設定だったからいいけど、
たぶん現代だったらそれをベンチャーを買い上げたらなのか、
それとも何かの技術を奪い取ったらなのか、
たぶん別の形で倒すっていうことをやる人ですよね。
そうだと思うんですよね。
単に裏社会に行って暴力の世界で生きていくとかでもない気もして、
ちょっと怖えってなって。
あの時代の人たちの話聞いてると、石蹴ってるスピード早すぎてちょっとビビりますよね。
あと、死ぬこと前提でいろんな石蹴ってしてるよなって。
自分も結構な確率で死ぬよなっていうのを前提にしていろんなものを考えてるの、
すごい想像できないですね。やっぱ死なないこと前提でいろんなものを設計してるから、我々。
死ぬことを前提に設計する人たちってちょっと考えが大幅なすぎて、ちょっと面白いなって。
ちょっと言葉遣い難しいんですけど、興味深いなと思って、
いろいろつまみ食いしながら、古代中国のほのかの前方を余掴みしたいなって思いながら、
今は単に勉強というよりはコンテンツをパクパク食べてるぐらいの温度感なんですけど、楽しいなと思いながら。
あと本当にあんま関係ないんですけど、この作者のチェン・ウェンさんのエピソードみたいなのが刊末にあるんですよね。
好きな映画とかっていう中に、陽特集の恐怖分子っていうのがあって、これエドワード・ヤンじゃねえかと思って。
エドワード・ヤンがちょうど世に出始めたぐらいの頃にこの作品を書いてたんで、
なんかこんなとこでリンクするんだみたいな。
たしかに、たしかになー。
そっか、90年代ですもんね。
まだクーリンチェもまだ世に出るか出ないかぐらいのタイミングなんで、
そこも歴史を感じるなって。
すごいですね。
それこそ春秋戦国時代とか、あとは四季あたりのモデルにした映画とかってあんまり僕知らないんですけど。
ないですよね。
でも三国志ぐらいまで来ちゃいますもんね。
そうそうそうそう。
レッドクリフトとかはまさに三国志の戦いですけど、石碑の戦いですけど、
なかなかそこまで遡るって映画として、っていうか映像として見ないなと思って。
それか僕らが知らないだけで、中国本国では普通に作られてるとかっていう可能性も全然あるかなーとはちょっと思ったんですけど。
どうなんでしょうね。
それこそね、四季なんかはおそらく日本でもずっと読み継がれてるものですし、映像化しても日本でも受けられるんじゃないかな。
それこそ古典謎の話聞いてる限りは絶対映像化したらおもろいだろうなって思っちゃうんで。
いやでもあの、やっぱ倫理観理解できないですよ。