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2026-10-15 06:17

教科の垣根を越えて学び合うと何が育つのか?

アメリカのミドルウェブの記事から、ニューヨーク州の小学5年生の担任の先生が、教科の枠を越えて子どもたちに協働させる実践を紹介します。社会では家族のルーツを紹介し合い、国語では小説の背景をグループで調べてから読み、算数では解き方の道筋を比べ、理科では主張と証拠をチームで確かめます。さらに1つのテーマで教科をつなぐ単元を組み、教科を別々の箱ではなく、世界を理解するための道具一式として使わせます。日本の小学校と中学校で、どこまでまねできるかを考えます。

感想

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こんにちは、教育カフェテラス進行役の水野太一です。 この番組では、国内外の教育の記事を1本ずつ取り上げて、教室で生かせる考え方を探しています。
アシスタントの高橋紗友香です。よろしくお願いします。
紗友香さんは、小学生の頃、一番好きだった教科は何でしたか?
社会です。でも念法を覚えるのは苦手で、好きなのにテストになると点が取れない教科でした。
社会が好きなのに念法が苦手というのは、今日の話にぴったりです。
え、そうなのですか?念法と今日の話はどうつながるのか気になります。
アメリカの教育サイト、ミドルウェブの10月4日の記事です。 ミューヨーク州で小学5年生を担任している先生が書いています。
テーマは、教科の枠を越えて子どもたちが共同して学ぶことです。
共同というと、ファンで話し合う活動のことでしょうか。 実習先でもよくありましたが、時々入れる活動という印象でした。
弊社はそこから一歩進めています。 共同は時々のグループ活動ではなく、毎日使う学び方であるべきだと言います。
子どもたちは一緒に取り組むと、ただ受け取るのではなく、自分たちで知識を組み立てて始めるからです。
その上で、共同を教科の垣根を越えて広げようと提案しています。
弊社自身も野心的な目標だと認めています。
教科を越えるというのがまだうまく想像できません。 社会の時間に算数をするということでしょうか。
それも一つの形です。 まず社会や国語の側から見てみます。
知理や文化を学ぶとき、弊社のクラスでは子どもたちが自分の家族のルーツや習慣を紹介し合います。
世界のいろいろな地域の記事を一緒に読み、中心となる考えとそれを支える細かい情報をみんなで見つけていきます。
アメリカのクラスだと家族のルーツも様々なので、それだけで世界地図ができそうです。
そう言っていいでしょう。国語では歴史を題材にした小説を読む前に背景の知識をみんなで作ります。
例えばアメリカの先住民を扱う前にグループで何本かの記事を読み、気づいたことと不思議に思ったことを書き出して持ち寄ります。
そうすると全員が物語の時代を立体的につかんでから小説を読み始められます。
それならメモを覚えるのではなくその時代の人の暮らしから入っていけそうです。私が欲しかったのはこの授業かもしれません。
さやかさんが社会を苦手に感じた理由が少し見えてきました。次は算数と理科です。
算数では壁に立てたホワイトボードや手元の小さなホワイトボード、デジタルの道具を使ってグループで問題に取り組みます。
正解か不正解かという見方から離れて同じ問題を友達がどんな道筋で解いたかを見て学ぶのが狙いです。
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算数は答えが一つなので話し合う必要があるのかなと思っていました。でも解き方は人によって違います。家庭教師の生徒も私が思いつかない解き方をすることがあります。
答えは一つでも道筋はいくつもあります。理科では有料の教材サービスを使ってまず謎めいた問いから始めます。
子どもたちはチームで主張を立て、調べながら証拠を集め、その証拠が主張を支えているかどうかを一緒に考えます。
ここまではそれぞれの教科の中での共同に聞こえます。教科を超えるのはこの先のお話でしょうか。
よく聞いています。筆者は一つのテーマのもとにいくつかの教科をまとめる単元を進めています。
社会と国語を組み合わせると、メキシがバラバラの事実の集まりではなくなります。
理科と算数を組み合わせると、子どもたちは公式をただ練習するのではなく、理科の謎を解くために数字を使います。
実験のデータをホワイトボードに書き出して、傾向を見つけ、解き方を比べ合うのです。
算数が理科の道具になると聞いて、計算の意味が急にわかる子もいそうだと思いました。
教科は別々の箱ではなく、一つの道具箱になる、というイメージでしょうか。
筆者の言葉にかなり近いです。教科を別々の入れ物と見るのをやめて、
読み書きも、歴史も、科学的な探究も、算数も、世界を理解するためにつながった道具一式として使う、と書いています。
日本でも、総合的な学習の時間は教科をつなげる時間だと習いました。
でも実習先では、教授の準備で終わってしまっているように見えました。
そこは日本の課題の一つです。
それから、日本の小学校は学級担任がほとんどの教科を教えるので、筆者と同じように教科をつなげやすい立場にあります。
一方で中学校は教科ごとに先生が違うので、つなげるには先生同士の相談が欠かせません。
その時間をどう確保するかが、理想と現実のずれになります。
共同には話す子だけが話して、他の子がのっかるだけになる心配もあります。
以前この番組で運動会の競争と共同の話をした時にも、そういう場面が出てきました。
大事な点です。
共同は、うまく組み立てないと一部の子に任せきりになります。
筆者が一人一人の解き方の道筋を比べることを強調しているのは、そのためでもあるでしょう。
全員が自分の解き方を書き出す場面があれば、のっかるだけでは済まなくなります。
今日の話を聞いて、社会が苦手だったのは、年号を一人で覚えようとしていたからなのかもしれないと思いました。
誰かと一緒に時代を覗いていたら、もっと好きになれていた気がします。
教科の枠を外すのは、大がかりな改革でなくてもかまいません。
理科の時間に算数の解き方を比べてみる、そんな小さな端から始められます。
共同は、子供が学校を出た後も使い続ける力になるはずです。
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最後までお聞きいただきありがとうございました。
次はどんな教室を覗けるのか楽しみにしています。また次回もお付き合いください。
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コメント

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