お疲れ様です。たくです。今回はですね、まあ二百一回ということでですね、ちょっとね、まあ新規って言うわけじゃないですけども、こう、二百回も続いたし、再度ね、自分のこう、まあルーツというか、自己紹介って
ほどでもないんですけれども、こう、どういう状況でゲーム買ったかみたいな話を、ゲーム機を買ったか、
っていうね、こう、自分史っていうのかな、そのゲームとの出会いのね、ゲームっていうよりゲーム機との出会いみたいな感じで喋ってます。だから、今回はね、二百一回目は、あれですね、ファミコンから始まって、おそ
らくPCエンジンぐらいで止まっちゃってるんですよね。ちょっとね、いろいろ喋り始めるとね、
あっち行きこっち行きしちゃって、今回と次回とで続けてやっていこうと思うんですけども、まあそれでも実のところで喋りきってない感じもあるんで、ですけども、まあね、どうなんですかね、まあ僕だけじゃなくて、
まあ誰しもがね、多分持ってる、何かしらね、ゲームを買ってもらった時の思い出とかも忘れちゃってる人もいるかもしれませんけども、
まあそういうのをね、僕もね、ただ喋ってるだけなんですよ。本当に自分史というか、そういう感じで、自分自身もね、ちょっと忘れちゃってた思い出というのを、今回これをやるにあたって、意外といろんなところから
ね、いろんなところっていうか、自分の記憶からね、引っ張り出してきて喋っております。
まあそんな感じでね、長々と52歳になるおっちゃんが、この約ね、42年間にわたって、ゲームを購入してきた人生みたいなのを喋ってるだけなんですよ、だからどうなんでしょうね、まあ面白いか面白くないかわから
ないですし、聞けるのかな、
聞いていただける方は本当によかったら聞いてくださいぐらいの感じなんですよ。という感じでね、ちょっとまあまあ、面白いのかどうかも僕もわかんないんですけども、自分はね、自分では過去の自分を記録に残しと
こうとか思ったのかな、自己紹介っていうところから発展して結局、自己紹介にすらなってないような気もするんでしょうね。
実はこれオープニング撮ってる時点で、今回201回というか202回も撮り終わった後なんですよね。今シャワーやってるんですけども、まあよかったらね、結構長いですよ。長い感じになるんですけども、よかったら聞
いてください。よろしくお願いします。
はい、というわけでですね、今回はですね、まあ201回目ですよ。前回が川崎さんね、ゲストにお迎えして、まあモンハンの話してたんですけども、今回201回目何しようかなと思った時に、まあ201回かな、201
回かなというか、今回201回目で、これまでにね200回ぐらい喋ってきてるわけですよ。
で、まあね、あのうちの番組ね、過去回に行けば行くほどつまんないというか、どうなんだろうな、音質も悪かったりするし、あんまり僕もね、おすすめしないんですよ、実は。
まあ、うーん、まあね、今と多分いろいろと喋り方も違ってんのかな、まあそれよりもまあ、うーん、なんか雰囲気も違うと思うぞ、番組全体のね。
で、まあね、それもあって、所々で話してた部分ってのもあると思うんで、ここでね、今一度、まあ僕のね、自己紹介的なことを喋っておこうかなと、しかもゲームに絡めてね。
自己紹介というか、そうですね、僕が今までにどういう感じでゲームやってきたのかっていうので、まあソフトね、一本一本とかね、プレイしたゲームに関して振り返ってみると、まあ時間足りないんですけども、で、ど
ちらかというと、いつ頃ね、このゲームと出会ったか、ゲーム期にしときましょう。
ゲームハードと出会ったかっていうのでね、ゲームハードをベースで喋っていこうかなと思うんですけれども、そうですね、まあそういう感じでね、まあ所々多分ゲームタイトルなんかは喋ると思うんですけども、僕今ね、
目の前にそんなに資料を用意してないんですよ、ゲームソフトに関する資料は、で、まあwikipediaの中にあるファミコンとかね、そういうハードのやつはちょこっと開いてますけども、全部じゃないしな、今まで
持ってる。
まあそんな感じでね、喋っていこうと思うんですけども、まずはですね、ファミコンですよね、やっぱりね。で、ファミコンって言うとですね、実はあの、1983年7月15日発売なんですよね。でですね、僕が
ですね、あ、僕自己紹介も何も忘れてたから、自己紹介やるっつってね、あの僕がですね、まあね、タクって自分で名乗ってるんですけども、まあ、
ミスリル伊藤ことタクですよ。で、僕はですね、1974年生まれなんですよ、まあ5月のね、10日なんですけれども、で、今年でですね、現在ね、2026年現在、僕は52歳になっちゃいましてですね、でまあそんな
僕がね、初めて家に所持したゲームっていうのが自宅というか自分がね、
こう、買ってくれって親にセガンだというか、欲しいってセガンだってゲームが、任天堂のファミコンだったんですね。で、これがね、その先ほど言ったように1983年7月15日発売なんですよね。ただですね、僕実は
意外とファミコンとの出会いが遅くてですね、
なんで遅かったんだろうなって思うんですけど、僕がね、買ったのは丸々この発売日から時過ぎること1年ぐらい後だと思うんですよ。84年の7月、そうですね、多分下旬です。前もなんかで喋ったときに僕気づいた
んですけど、確かね、夏休みに入る前とか直前とかだったと思うんですよ。
だから1984年の当時ね、7月21日ぐらいまで学校はあったんじゃないのかなと思うんですけど、多分その辺近辺に買ってるような気がします。
で、なんでね、僕は1年もね、遅れたのかっていうと、83年当時ってファミコンだけじゃなくて、まあそのいろんなゲーム機が出てたんですよね。
で、僕自身はどっちかっていうと、いわゆるLSIゲームっていうのかな、とかゲームウォッチ的なのとかはちょこっとやるんですけども、テレビゲームっていうものに関してそんなに出会いが少なかったというか、
で、ゲームセンターのゲームは親からお金もらってちょっとやったりとかあるんですけども、そんなにね、自宅でゲームができるっていうことが現実的じゃなかったと思ったんですよね。
要は、あの当時ですらアーケードのゲームはアーケードでしかできないし、そのアーケードに近いクオリティとかっていうのが家では無理だろうって思ってたんでしょうね。
で、事実ね、僕が知ってたそれまでにね、ゲーム、そうだな、83年とか84年の頭ぐらいなのかな、あの、近所の、近所というか同じ学校の同じクラスメイトの子で、カセットビジョンジュニアかなんかを持ってる子の家
に遊びに行ったことがあったんですよ。
そしたらね、アーケードゲームっていうのを知ってる僕からすると、そんな熱心にアーケードゲーム触れてないかったと思うんですよ。
親にお金もらえないとか、親か、っていうのもあったのかな、なんかそんなに、うん、あれだったんですよね、で、だけどアーケードゲームと全然違うっていうのはもうわかるわけですよ、カセットビジョンジュニア
っていうのが。
確かね、本体が5000円で、えーっと、ソフトが4980円みたいな感じだったと思うんですよね、カセットビジョンジュニアは。
カセットビジョンがなんかもうちょっと高いのかな、1万円ぐらいするのかな、エポック社っていう会社が出しててね、で、ああまあこんなもんだろうと思ってたと思うんですよ。
で、それからちょっとしてから、これ84年頃の話なんですけど、ほどなくして別の友達のところに行った時に、あいつはファミコン持ってるって言ってね、そういう感じで僕もなんか一緒に連れて行かれたんですよね。
えーとね、実名あげていいのかどうか、あれですけど、亀山くんっていう子でね、で、僕は亀ちゃん、亀ちゃんって呼んでたんですけど、
亀ちゃんの家に遊びに行ったらですね、まあファミコンが置いてあるわけですよ。
で、ああまあよくあるね、当時ねカセットビジョンだけじゃなかったんですよ、似たようなゲーム機というかテレビゲーム機っていうのがあったんですけども、そんな極端にグラフィックがね、綺麗じゃなかったんですよ。
まあもうドット絵っていうのもどうなんだろうっていうぐらいな。
そんな中ですよ、ファミコンですよ、ああどうせまたあれだろうって思ってて、画面に映し出されたのが、当時ね、僕が最初にびっくりしたのは多分ドンキーコングとかかな、見せてもらったんですよ。
これゲームセンターであるやつと全く同じだっていう風に僕は見えて、で、プラスその後マリオブラザーズっていうゲームをね、あのスーパーじゃないですよ、それをやって、
驚いたんですよ。いや、こと細かに言ってしまえばアーケードとは違うよっていう感じなんですけど、当時の僕にはゲームセンターと同じものが亀ちゃん家の子供部屋のテレビに映っとるみたいなぐらいの感動だったんです
よ。
あの、視覚を合わせて、単色の視覚を合わせてキャラクターって言ってるだけのカセットビジョンみたいなのに比べると雲泥の差なんですよ、ファミコンって。全然綺麗に見えたんですよ。
で、それが動かせるっていう、なんかその時にテレビに映ってるものが自分の意思でこのキャラクターが動かせてるっていうことの凄さに感動したんですよ。
それまでのカセットビジョンとか、もうそうなんですよ、親戚のお兄ちゃんの家に遊びに行った時にあった、その任天堂が昔出してたね、テレビブロック崩しみたいな感じのやつとかね、なんかそういうのがあったと思
うんですけど、ああいうのもちろん自分の意思で動かせてるっていう感じはあるんですけども、
よりね、当時ドンキーコングに出てくるマリオだったりマリオブラザーズのマリオだったり、本当に今の子供とかね、今の人からするとどうかは分からないんですけど、アニメのキャラ、漫画のキャラが動いてるみたいな
ね、しかも自分の意思で、操作する僕の意思でテレビ画面の映像を動かせるみたいなぐらいの感動があった。
初めてやった時はね、びっくりして、そうすると、僕がびっくりしてるのが嬉しかったんですよね、亀ちゃんね。これもあるぜ、あれもあるぜって言ってね、自慢したがるわけですよ。
で結構ね、亀山くんの家はね、まあまあゲームソフト、ファミコンのカセットがね、揃ってるっていうか結構あったんですよ、複数本。
で、何だろう、当時ね、ドンキーコングでしょ、ドンキーコングジュニアでしょ、ベースボールもあったし、なんか他にもあったなぁ結構、10本くらいあったんじゃないのかな、それまでに出てたファミコンの、
ニンデンドーのファミコンのタイトル、結構ほぼほぼ持ってるんじゃないかぐらいの勢いで持ってましたね。ピンボールとかね。
いやーで、僕は、当時ね、ナムコのゲームとか、それこそブロック崩しもちょっと古いな、あとギャラクシアンとかインベーダーとかはやってるんですけど、毎日させてもらえないんですよ、小学校4年生ぐらいだと。
で、そういうのもあって、それが、家だとお金入れるわけにもいかないじゃないですか、それでずっとできるっていう、これがね、まず驚異的に僕は当時はね、びっくりした覚えがあります。
そして、お金も入れなくていいし、好きなだけできるっていう、何だこの環境は?って思ってね、確かね、それで、
1年経って、ファミコン持ってる、僕が行ってた、通ってた小学校のクラスメイトで持ってる人間が、神山くん含めて何人ぐらいいたのかな、5人もいたのかな、みたいな感じだったんですよ、実は。
結構少なかったですよね。
で、神山くんからすると、お前も仲間になれ、みたいなノリだったと思うんですよ、神ちゃんからしたらね、マシンロボ買ってる場合じゃねえぞと、
お前はロボットのおもちゃばっかり買ってるけど、そんなもん買ってる場合じゃねえぞと、ガンプラとか、マクロスのプラモとか、ロボダッチとか、そういうのばっかり買ってるけど違うぞと、
そういう感じで、何か教えてもらった覚えがあります。
で、そうですね、当時ね、セガの、それこそSG1000とか、あの辺を持ってた友達も何人いたかな、ぐらいなんですけども、
ただもう僕はね、セガの良さはわからなくて、どっちよりプレイしたことがなかったので、当時は。
で、ファミコンが欲しいと思って、これがね、87年の4月とか、そんなもんだったと思うんですよ、初めて。
カメちゃんの家にたまたま遊びに行った時にさしてもらって、そっから僕はずっと、カメちゃんの家に遊びに行き、ファミコンをさしてもらってたんですよ。
で、まああの、
何なんでしょうね、僕の家がですね、当時商売してたんですよ、母親が。
まあ個人商店みたいな、学校の近くなんですよね、しかも僕の家っていうのが、学校の門出て隣の隣が僕の家なんですよ。
そこでね、まあ今で言うとパンとかお菓子とか売ってる、あの、もう今で言うと、今ないな、もうそういうお店も。
なんか個人商店のね、なんか山崎パンを取り扱ってるね。
山崎パンとか四季島パンとかの看板つけたあの、昔はね、タバコとかお菓子とかね、ジュースとか売ってるお店あったと思うんですけど、コンビニじゃなくてね。
で、そういう感じのお店をやってたんですよ、学校の横だから売れる売れるものがね。
で、まあ僕もね、あの、
なんて言うんですかね、そこの息子の、そこの、まあ店を経営してるところの息子だっていう風に、まあちょっとした有名人っていうのが、そこの学校ではなっちゃってて。
で、それがわざわざ、亀山くんっていうのはちょっとまた違うところの地域なんですけども、遊びに行っとる、亀山くんのお母さんとかもね、なんか喜んでくれてたんですけどね。
そうこうしてるうちに僕は親にそれをせがむんですよ。ただ、店の手伝いをしろとか、でもお駄賃ですよね、お手伝いしたらね。
お駄賃をやるから、それで買えとかね、言われてたんで、まあ当時ね、14,800円っていう、あの本体の価格っていうのは、どうなんでしょうね。
うちの親にとっても、破格の金額だったと思うんですよ。
その、それまでね、小学校3年生とか4年になるまでとかの、子供が欲しがってた超大きいのおもちゃとかにしても、14,800円は超えてないわけですよ。
えーとね、あの覚えてんのは、当時アニメでダイラガー15っていうアニメがあったんですよ。
それが、15だけに、確かね全部で15個のマシンが合体してできるロボットなんですよね。
これが超合金というか、これでも確かね、9980円みたいな値段だったと思うんですよ。
ゴッドマーズも6芯合体で、それなりに立派なロボットが6体合体してできるアニメなんです。
あれの超合金もそれぐらいちゃうんかと思ったんですよ。
これがまあまあ天井だったんですよ、当時。1万円超えないんですよ、簡単に言ったら。
で、ほとんどの超合金のロボットなんかは、合体する戦隊もののあれとかなら6,000円とかになるのかもしれないですけど、
下手したら5,000円切るやつも結構あったんですよね。
そんな中、1万4,800円ですよ、本体だけで。
で、カセットを買うと、当時ね、僕が知ってる時っていうのは最初はね、3800円スタートだったんですよ、ゲームソフトっていうのは。
ファミコンとかね。
で、どうでしょうね、皆さんがどういう記憶をお持ちなのかはわかんないですけど、
昔のファミコンってね、紙箱開けるとプラスチックのケースに入ってたと思うんですよ、トレイというか。
そのファミコンになると4,500円とかになってたんじゃないかな。
あれね、実は元々は紙箱の中にファミコンのカセットの大きさと同じ大きさの紙箱に入ってたんですよね。
ナムコがね、ずっとハードケースに変わるまでその仕様だったんですけども、
その時はね、確か3800円だったと思うんですよ。
一部ね、4,500円とかのものもありましたけど、
でも最初はね、安かったんですよね、3800円ってね。
で、まあその3800円足してもですよ、本体と合わせると18,600円するわけですよ。
これはね、今となってはね、安って思うんですけど、
当時はね、どうなんでしょうね、やっぱり高かったと思います。
物価がどうのこうのってね、そんなに認識としては変わってないようでちょっと変わってると思うんですけど、
でも変わってるって言ったらそんなでもないんですよ。
っていうか、やっぱりね、子供のおもちゃに18,000円とかを使うっていうのが、
当時、僕の周りとかの大人だったりとか、うちの両親にしてもありえなかったみたいなんですよね。
だからね、何言ってんだくらいの感じで僕、おかんとおとんには言われた覚えがありますね。
でもね、店番を10分したら10円だとか、
いろいろね、閉店の手伝いやったら50円だとかね。
僕毎日ね、当時ね、どうだろう、
子供の1日のお小遣いが相場50円ぐらいだったんじゃないかな。
うちね、そこはね、なぜかね、親を僕が説得したというよりも100円だったんですよ。
それもあって、
なんかそういうのを貯めてたんですよね。
ただですね、こっからね、別に、これ前もこの話してたと思うんですよ、ファミコンの出会いみたいな感じは。
うちの親がですね、父親と母親がですね、ふなかで、ふなかっていうか、
実はこの84年っていうのは、うちの両親が喧嘩ばっかりもしてる時だったんですよね。
喧嘩ばっかりってことはないんですけど、いよいよもう離婚するんじゃないかみたいな話だったんですね。
ほんとに離婚するって言い始めたんですよ。
で、それを、まあ寝てる僕に言うわけですよ。
起こして、まあ僕には弟がいるんですけど、弟はちょっとまだだいぶ小さかったんでわからないんですけど、
僕は小学校4年生だったんで、わかってくれるだろうと思って、
母親と父親がね、夜中に僕を起こしてですね、
お父さんとお母さんはもう離婚するんだと、
だからわかってくれるよなみたいな話をされるんですよ。
そうそうそうですね、親が離婚、当時の僕はですね、
実はその数日前ね、もう離婚するって親たちが話し合っている、それよりも数日前に、
僕結構お金貯めてたんですよ、そのおだち貰ったらお小遣いやったりとかで、
そうしてるうちに、1万円超えてたと思うんですよ、確か。
1万2千円くらいまでお金貯めてたんですよ。
そしたらそれを、それまでね、貰ったらすぐお金使うって言われてた僕がですよ、
たくが珍しく貯金してるぞ、1万2千円貯めてると。
それで、うちの父親がですね、その時はご機嫌だったんですよ、父親と母親がね。
もう分かったと、今度買ってやるからなってて、
もうお前そこまで貯めたんだ、分かったと。じゃあ買ってやると言われたんですよ。
で、まあまあタイミングいい時に買いに行くっていう話までしてたんですよ。
ただそれから数日後ですよ、うちの父親と母親は離婚するとか言い始めてるんですよね。
で、それ叩き起こされて僕はね、お父さんとお母さんはもうやってられないから離婚するわみたいなこと言ったと思うんですよ。
ここね、全然悲しい話じゃないんですよ、僕にとっては。
あの本当に、今も昔もかは悲しいと当時も思ってなかったんで、
しゃーねーよなって思ってたぐらいなんですよ。
なんだろうな、擦れた小学生だったのかな。
いやもうむしろね、両親がね、自分の見えるところで夫婦喧嘩してることの方が鬱陶しかったんで、
だから全然そっちの方がいいよなと思ってて。
それは良かったんですけど、
いや、分かったってこと。
じゃあファミコンはどうなんのって僕言いましたからね、お母さんにね。
ファミコン買ってくれるっていう約束はどうなんのって言ってね。
多分ね、僕がその一言を言ったことで、それまでもう離婚してやる。
明日にも、明日朝空いたら市役所に行って離婚届を取ってきて、
離婚してやるって思ってたんですよ。
うちの母親も父親も。
急にトーンダウンしたみたいで。
で、それは買ってやるって。
なんかね、不思議そうな顔されて父親にね、言われましたよ。
多分ね、父親は後からも聞いたことあるんですけど、
あの時お前は俺たちの離婚よりもファミコンが大事だったんだなっていうのを
あの時初めて知ったって言われて。
親のことなんかよりもゲームだったんだなお前はって言われて。
ねちねちその後もね、親父が死ぬまで言われた覚えがありますね。
ぐらい僕はね、入れ込んでたんですよ。
実際ね、1983年の
84年か、7月のその言ってたようにね。
夏休み前ぐらいかな。
買ってもらったんですけど、うちの両親がですね。
実際に離婚したのはですね。
その後ね、2年ぐらい後かな。
いや、1年後か。
85年の3月ぐらいだけど、1年ちょっともったんですよね。
で、その後離婚したんですよね。
で、そうですね、僕はね。
まあいろいろあるんですけど、まああまり詳細に話しても面白くない話なんで。
僕は結局親父の方についたんですよ。
で、弟は母親に連れて行かれたんですね。
で、ここもね、たぶんゲームがやれるっていうところが
大きなところだったとは思うんですよね。
で、僕はですね。
まあちょっとね、話がファミコンから
ちょっとそれるんですけど。
当時ね、離婚してる家庭っていうのがどれぐらいあったのかわからないんですけども。
うちの親父が建設業を営んでおりまして。
で、うちの親父がやってる建設業の会社の社員さんだったりとか。
あと、その周りのね、出入りしてる業者さんの人たちっていうのも
まあまあ夫婦円満な人が多かったんですよ。
で、それは周りもね、含めて僕のクラスメイトだったりしても。
そうすると、僕には結構ね。
タクは、タクっていうかタクちゃんとか言われてたんですけど。
タク君とかね。
気の毒だと。お母さんがいなくなって気の毒だと。
かわいそうに、みたいなね。
なんていうのかな、いわゆるもう。
本当にね、かわいそうな子を見るみたいな感じで
同情をね、すごいしてくれるんですよ。
そうするとですね、これがまたね、いいように働くんですよ、僕にとってはね。
あの、僕結構そこへこまなかったんですよね、あんまりね。
本当に、なんでかっていうと、たぶんね。
これはね、母親ってやっぱり父親よりも家にいる時間が長いから
やれ掃除しなさい、宿題しなさいとかいろいろ言うじゃないですか。
これうるさいなぁと思うわけじゃないですか、子供の頃はね。
これが一切なくなるんですよ。
だからですね、結構これが快適になるわけですよ。
その代償はありますよ、もちろん。
親が宿題宿題って言わなくなる分、宿題しないで学校行くと怒られるわけですよ、担任にね。
そういうのはあるんですけども。
ただ、そういうのもあって、僕はそんなにでも快適だったんですよね。
もう一つ言うと、周りが同情してくれる人がいっぱい出てきてて。
うちの味が会社の社長だったっていうこともあるのかな、分かんないですけど。
やれ小遣いくれるおじさんがいたりとかね、周りの人がね、そうやって僕を気にかけてくれる人が結構いたりもして。
結構そうなんですよ、おかげさまでね、なんか気がついたらね、結構なんかそうですね。
なんか欲しいのあるのか?みたいな感じで言われるわけですよ。
そうすると、いやもう今ファミコンが好きだからファミコンのカセットが欲しいって言ったらね、みんな買ってくれるんですよね。
言ったらね、なんか聞かれるとね、これで買っておいでとかね、お金くれたりするわけですよ。
いやーね、もうしたたかですけど、あの頃ね、こんなにね、親が離婚したっていうのを逆手にとってね、
あのゲームソフトをね、バンバン増やしていった小僧は世の中に何人くらいいたんだろうなぁと。
少なくとも俺はひどいやつだなぁってね、当時も思ってましたけどね、後々ね、ほんとひどいなぁと思いますよ。
やっぱり、僕はね、そんなにへこんでもないし、母親がいなくなったから、夜な夜なね、枕を涙で濡らすなんてこともなかったわけですよ。
もう既に、別に家保護でもなかったし、僕も母親に甘えるっていうことでもなかったんですよ。
それは弟がね、僕より5つぐらい年離れてるんで、既にね、母親とかはやっぱり弟の方に手をかけてたんで、
僕の方にはあんまり手をかけてくれなくなってたんですよ。
で、僕もね、別にそれを寂しいとかっていうのも思わなかったんですよね、実は当時。
まあね、それをね、母親はこの子は感情がないんじゃないかとか言われてるんですけど、
いや感情あるんですよ、ちゃんと笑ったりとかも普通にするし、ドリフ見たら笑うしね、ちゃんとあるんですけど。
なんかね、そういうこと言われてたぐらいでね。
で、ファミコンですよ。ファミコンやりにやりまくってね。
そのうちですね、86年になりますと、ある友達の家に行くんですね。
その友達の家に行くと、お兄ちゃんが持ってるっていう手で、セガのマーク3を見せてもらったんですよ。
僕はですね、ファミコンのソフトにはいっぱい買うわけですよ。
買ったり借りたりとかするんですけども、他のゲーム機の存在をあんまり意識してなかったんですよ。
というのも、カセットビジョンを出してたエポック社はですね、
そのうちスーパーカセットビジョンって出すんですよね。
で、まあはっきり言ってファミコンと比べるとやっぱりファミコンの方が上だなって僕は当時ね、思ってたんですよ。
で、次にセガもですね、セガマーク2っていうのがあったんですね。
これがですね、やっぱり今一つまだファミコンと比べるとっていう気がしてたんですよね。
で、僕はそれぐらいしか知らなかったんですよ。
で、実際ね、CMとか見たはずなんですけど、あんまりピンときてなかったんでしょうね。
ただその友達の家に行って、兄貴が持ってるんだよってセガマーク3を初めて見せてもらったんですよ。
たまたまセガマーク3を見たいがために行ったわけじゃなくて、そいつの家に遊びに行ったんですよね。
そいつもファミコン持ってるからね。
そしたらファミコンと一緒にセガマーク3も置いてあって、
これは兄貴のもんだから触るなって言われてんだみたいな感じで言ってたんですけど、
ちょうどそのお兄ちゃんがですね、帰ってきて、
僕はお兄ちゃんもね、僕のことを知ってるんですよね。
で、「おお元気してた?」みたいな感じで、
久しぶりみたいな感じで、
で、僕が言った時に、
これ何?って聞いたら、これ気になるだろうみたいな感じで、
これセガが出してる、セガマーク3だよ。
僕もまた言い返しするんですよ、その時に。
セガってあれじゃねえの?って。
ファミコンよりまだ絵綺麗じゃないよな、みたいなことを僕は言っちゃったんですよ。
SG1000とかね、その後のSG1000Ⅱっていうね、
セガマークⅡって言われるやつね。
とかを僕は引き合いに出したんだけどね。
そのお兄ちゃんはね、すっごい嬉しそうに、
分かってねえなあみたいな感じで、これ見せてやるよって言ってね。
その時に初めて見せてもらったのが、
マークⅢ版北斗の剣だったんですよ。
確かねえ、僕が知ってる限りだと、
当時すでにファミコンで東映動画って会社から、
北斗の剣出てたような気がするなあ。
で、これがね、
知る人ぞ知るっていうことにしときましょう。
僕はあれを知ってたんで、
ああ、北斗の剣ねえって思ってたんですよ。
テレビとかではね、アニメ見てた時し、
ジャンプも読んでたけど、
ああ、所詮キャラゲーねって思ってた。
キャラゲーがあんまり上手くいってない時代の話ですよ。
で、マークⅢっていう得体の知れないハードで、
あの、北斗の剣があると。
そしたらですね、もうタイトル画面からグラフィックのレベルが違うっていうのが分かるんですよ。
タイトル画面にケンシロウがね、映ってるんですけどね。
で、そしてプレイしたらですね、
ファミコンよりも色数が多いんですよ。
で、あの、その兄ちゃんがですね、
あの、まあちょっとやってるのを見せてくれたんですね。
それは一面のボスはですね、シンなんですよ。
で、まあ簡単に言うと、
ある一定のダメージを与えると、そっからはデモ画面に変わるんですよね。
しかもですね、あの、言うの忘れてた。
通常は横スクロールのアクションなんですけれども、
あの、ボスのところになるとキャラクターが急にデカくね。
デカキャラってほどではないんですけども、
ちょっとキャラクターのね、サイズがデカくなるんですよ。
で、そこでボスとの一騎打ちっていう設定になってるんですけども、
ここのね、グラフィックのね、レベルが全然ファミコンとは違ってたんですよね。
しかもある一定のダメージをやるとですね、
まあ自動で、自動っていうかデモみたいにね、
あの、ケンシロウが勝手に動くんですよね。
そしてあの、シンに向かって北斗百烈拳をやるんですよね。
まあ何なんでしょう、あの、いわゆるそういう格闘技ゲームとかである、
あの、入力し終わった後すごい連撃が入るみたいなのを、
格闘技ゲームが出てくるよりも何年も前に僕は見せてもらったんで、
まあもうビビるわけですよ、それで。
そして僕はその時、これはセガだって思ったんですよね。
そっから僕はですね、86年ですけども、そっからですよ。
父親と僕しかいないんですけど、僕は親父に言ったんですよね。
俺はセガマーク3が欲しいと。
そしたらですね、親父もですね、馬鹿こくなみたいな感じでだったんですけど、
じゃあもう俺はゲームを売るよ、全部売るよって言って、売りに行こうとするんですよ。
売れるもんなら売ってみろよ、大した金にならないぞって言ってね。
多分ね、半信半疑だったと思うんですよ。
そしたら当時僕の学校の同級生で、
古本屋さんの店員をやってる人がいたんですよ、お母さんがね。
それでそのクラスメイトのところに持ち込んだらですね、そこがね、
1個500円、買取は500円で売り値は1000円みたいな、
もう本当に迷路を描いてるような中古ソフトウェアだったんですよ。
もう本当にね、中古ゲームショップっていうのが、
もう黎明期過ぎた時代の話なんですけど、
っていうこともあって、そうなんですよ、そこに全部売ったんですよ。
で本体とか買い取ってくれなかったんですよ。
でそしたら、
まあなんて言うんですかね、それでどれぐらいになったんだっけな。
3万ぐらいになったのかな、全部で。
でこれで買えるわって思って、しめしめと思って、
僕は帰ってきたんですよ、それを親父に言ったらですね、
まあ親父に僕が言う前に、親父が怒ってるんですよ。
お前本当に売りに行ったのかよって言って。
でプラスですね、さすがにそのクラスメイトのお母さんも、
これは危ないんじゃないかなって思って、
うちに電話かけたらしいんですよ。
で当時はね、
その後ね、
法律なのかなんなのかわかんないんですけども、
ちゃんとしたワンパク小僧とかああいうのができてからは、
親の同意書なしに中古ゲーム売れないみたいなね、
小学生とか未成年はね、みたいな感じだったと思うんですけども、
僕が売りに行った頃っていうのは、
そういうルールすらまだ整備される前だったんですけど、
さすがにそのクラスメイトのお母さんが買い取ってくれたんですけど、
その古本屋さんがね。
オーナーは別の人なんですけどね。
何ですかね、あまりにも大量だったし、
当時ね、僕でしょ、
売りに行った時、そのクラスメイト女の子なんですけども、
クラスメイトっていうのが。
その女の子もいたんですよ、たまたま。
で、他の人もちょっとびっくりするぐらいの量もだし、
これこの前出たばっかりのゲームじゃないのっていうのも、
僕持ち込んだんですよ。
それはね、さすがにちょっとびっくりされたんで、
僕がお金をもらって帰っていく頃に、
そのおばさん怖くなったらしくて、
うちの親に電話かけたんですよ、
自宅に。そしたら親父がいて、
親父がちょっと待ってくれみたいな、
待ったをかけたみたいで、
息子に返しに行かせるんで、みたいな感じで。
お金返しに行かせるんで、
ちょっとなかったことにしてくれみたいな感じになっちゃったんですよね。
僕は古本屋からルンルン気分で家に帰ったんですよ。
親父にちょっとたしなめられて、
めちゃくちゃ怒られたわけではないんですけど、
もう一回回収してこいと。
俺がもう話つけてやるからって言われて、
何の話なのかわかんないんですけど、
そうまでしてお前がそれ欲しいって言うんだったらわかったからと。
悪いようにはしないからとか言われて、
どうすんのかなと思ったんですよ。
そしたら、遠く離れた九州にですね、
僕当時大阪に住んでたんですけど、九州にですね、
僕から見ると老いっ子にあたる子がいるんですよ。
で、その子が当時小学校…
いや俺が小6の時だから、
小学校1年になったのが幼稚園ぐらいの頃なんですけど、
その子ももうファミコンが欲しくてたまんないって言ってるから、
そこに俺がもう、
うちの親父からしても、
確か親父の姉貴にあたる人なんですけどね、
話つけてやるからって言ってね。
それで3万円ぐらいになるのを色付けてね、
4万か5万になったのかな。
だけどちょっとそれは取りすぎだろうって話になって、
結局ね、4万ぐらいで手を打ってあんまり変わんねえなみたいな。
しかもファミコン本体込みでね。
あんまり状態変わってない気がするけど、
僕はね、ファミコン全部1回売却して、
でもマークスレイ欲しいって思ってたんで、
全然それは良かったんですけどね。
それで九州の親戚の家に渡ることになったんですね。
実のところ言うと、この親戚っていうのが、
うちの父方の実家の離れに住んでる人なんですよ。
ちょっといやみったらしく言うと、
うちの父方の実家っていうのがまあまあな大きなお家で、
おもやと離れがあるような家なんですよ。
離れに住んでるそのおばさん。
おばさんは実はご主人がちょっとした仕事中の事故で
他界されたんで、実家に戻ってきてて子供を育ててると。
女の子2人と男の子1人とともに
父方の実家の離れに住んでたんですけどね。
離れって言っても離れにある家なんですよ。
離れてるのはおもやの近くにある家なんですけどね。
一軒家なんですけどね。
まあまあそういうところに住んでるこのところに渡ったと。
で僕はそこからねマスターシステムじゃないマークスリーを買いました。
もちろん最初に買ったのはね。
あのあれでしたね。
何だったっけ。
北斗の剣ね。買ったんですよ。
でまあねしこたましゃぶり尽くして遊びましたね。
まあねファミコンの時に話せなかったんですけども
ファミコンでも僕それなりにね
ファミコンのゲームも実はちゃんと
しこたましゃぶり尽くして遊んだゲームっていっぱいあります。
スーパーマリオ、マリオブラザーズ、ドンキーコング、ドンキーコングジュニア。
ちなみに恥ずかしいんですけども恥ずかしいって言うたらあれだけど
僕が最初に買ったのはドンキーコング3です。
あ、話前後して申し訳ないです。
俺がファミコン買ってくれるようになった親父がね
もうファミコン買ったるわって言われたのは
あの辛抱たまらなくて僕お金貯めてたっていうの以上に
本体買う前にドンキーコング3のソフトを先に買っちゃったんですよ。
友達の家でできるからっていうのに。
ドンキーコングがね、ドンキーコング、ドンキーコングジュニアってあるわけですよ。
そしたら3作目が出るって言われたら期待するわけじゃないですか。
ドンキーコング3って言うんですよ。しかもタイトルが。
ドンキーコング来て2と言わずにジュニア、そして3っていうね
このネーミングが渋いと思って僕が買ったんですよ。
中身も何も知らずにね、お店におもちゃ屋さんに並んでるのを見かけてね
そしたら全然普通のドンキーコングともジュニアとも違う
また別のゲームシステムでびっくりしたんですけどね。
そこで以降、それを見てもう
呆れかえられてそしたら親父が僕にファミコン買ったるわそしたらって言って約束してくれた
2日後か3日後ぐらいに離婚の話になったっていう話でした。
ご訂正でこんな感じです。
で僕はマスターシステムも買いましたし
マスターシステムじゃないマーク3か。マーク3買って
マーク3では何やってたかな、スペースハリアーもやってたし
逆にね、マーク3でスペースハリアーをやってしまったがために
アーケードのスペースハリアーを見ることがなかったんですよね。
こういうゲームの綺麗になっているアーケード版なんだろうなと思って
全然違うっていうのは後々だいぶ経ってから僕は知るんですけどね。
そんな感じで結構長く喋ったのはここまででね。
ファミコンとマスターシステムじゃないマーク3だマスターシステムの話を言っていないしない。
この後ですよ。もうちょっとね。
でもねファミコンはねやっぱり
あの頃86年
その後もずっとやるんですけども
スーパーファミコンが出るまでね
息の長いハードだったとは思います僕にとっても
最初は1画面でしかないゲームが
僕ねスーパーマリオもそうなんですけども
衝撃を受けたのはやっぱり
どうなんだろう
ファミコンソフトで言うと
ゼビウスかな
実はお恥ずかしながら
ゼビウスを僕はアーケードで見るよりも先に
ファミコン版のゼビウスを買っちゃったんですよ
なんかねナムコのギャラクシアンから始まるゲームを
ギャラクシアンでしょパックマンでしょ
ここまではねゲームセンターでもやってたんですよ
次がゼビウスっていうゲームが出る
その時にね得体も知らないんですよ
だから僕にとっては
ブームになってるとかも当時知らなくて
なんかね覚えてんのは
まだ当時離婚してなかったんですけども
うちの弟と僕で
それをねお年玉かなんかで
お正月かなんかで買ったような覚えがあるんですけども
ゼビウスをね
面白すぎて
でもなんか
お正月といえば東映漫画祭りなんですよ
僕もなんですけど弟も見に行きたいって言って
なんか筋肉マンの映画かなんかやってたんじゃないかな
で他にもいくつかのね
なんかアニメとかやってるわけですよ
で僕ねあまりにやりたすぎて
その当時やってた筋肉マンの映画はもういいから
俺は帰るって言ってね
映画館で母親に言って
弟と一緒に見ときなよ
俺は帰ってゲームするわって言って
あのね当時筋肉マンすごい人気作品だったんですよ
東映漫画祭りですらやっぱり人気だったと思うんですよ
ですけどもうそれどころじゃないと思う
あの何でかっていうと
僕にとってゼビウスって
初めてスクロールしたゲームだったんですよ
僕の中でもね
出会いとして
出会いとしてだったのかな
それぐらいインパクトが強くて
なんかその
なんていうのかな
ナツカの地上絵が出てくるとか
ムー的なもんじゃないんですけど
今までのインベーダーゲームとか
ギャラクシアンとかともまた違った
独特のその当時の子供が持つ
オカルティックというかミステリアスなものを
ゲームに落とし込んだようなイメージはあった
なんとも言えないね
僕にとっても言語化難しいんですけど
そしてソルバルーっていう時期は
空中の敵と地上の敵を撃つっていうのが
打ち分けることができるっていうね
あのシステムもね初めて見てびっくりして
それをやりたくて仕方がなくて
大して進めないんですけどね
であの巨大なね
まさか空中に浮いてると僕は当時は思わなかったんですけど
ファミコン版だとね
地上にああいう基地があるんだと思ってたぐらいですからね
あれが実はアーケード版を初めてやった時に
あれ浮遊してるんだっていうのは後々になって
親戚の兄ちゃんに教えられて
ゲームセンターで初めて見た時
こういうもんだったんだと思って
それでもねファミコン版で出た時は
ある一定のところまで行くと
すごい基地が出てくるんだって思ってたぐらいだったんですけど
それでもインパクト強かったんですよ
だからスーパーマリオよりも以前にあれを見せつけられて
やっぱりすごいなって思って
あとそうですね
スターラスターね
そうですね86年ぐらいになるとスターラスターかな
僕ね今も手元に何もないんですけども
当時ね
スターラスターのアンケートハガキを送ったら
ナムコに送ったんですよアンケートハガキで
そしたらですね
いわゆる今で言うと同人誌のコピー本みたいな感じで
ホッチキスで止めた程度のやつをコピーしてね
なんですけどもスターラスターの設定資料書みたいな
なんか字もいっぱい書いてあって
そうですそうです
そういうのを送ってきてて
僕当時あんまりカツ字とか読まない
カツ字っていうか手書きだったと思う
ですけどこれがね
ある人の目を奪うんですよ
すげえもん持ってんなって言われて
それがね先ほど話してた
マークスリーを初めてやらせてくれた
友達の兄ちゃんはですね
そうなんですよ
それがスターラスターの設定資料書
そいつの家もスターラスター持ってるんですけど
それ見せてくれるなら
セガマークスリーやらせてやるよっていう感じだったと思うんですよね
それで僕2回ぐらいやらせてもらった覚えがありますね
その後はね僕はマークスリー買っちゃうんですけどね
そういう思い出も今ふと思い出したな
そうですねファミコンとかね
まあマークスリーはね
マークスリーで思い出あるんですけども
やっぱりファミコンはね
いろいろ僕は
僕だけじゃないんですけどね
そうですね例えばグーニーズ面白かったなとかね
でね僕がやっぱりね
シューティングに目覚めるきっかけを作ったタイトルを
あげろって言われると
後々ね本格的に
本格的っていうか
でもやっぱり僕のそういうシューティングの
気持ちよさっていうのは
実はスターラスターじゃなくて
ゼビウスもそうなんですけども
やっぱりその扉開いたかなと思うのは
例えば弾幕芸とかね
ああいうアッチ方面に近いかな
っていうので考えると
まずはスターソルジャーね
スターソルジャーと僕もう一つあって
これもねお年玉で買った覚えがあるんですけども
タイガーヘリっていうゲームね
これねポニーキャニオンっていうね
レコード会社が出してるんですよ
で当時の僕はこのタイガーヘリっていうゲームが
実はアーケードで稼働してるっていうことを
全く知らなかったんですよ
ちなみにタイガーヘリっていうゲームは
東亜プランになるのかな当時は
あ東亜プランかタイガーヘリは
そうだな東亜プランになるんですけども
東亜プランっていうのはその前に
全新の会社があったんですよね
でそこが企画開発して
アーケードでも出てたと思うんですけど
ファミコンではタイトーが出すんですけども
ジャイロダインっていうゲームを出してたんですよね
でこれの続編というかな
僕の中ではヘリ4部作って思ってるのが
ジャイロダイン、タイガーヘリ、究極タイガー
そして究極タイガー2になるのかな
究極タイガー2実はね
お恥ずかしながらやったことがないんですよね
ですけど僕の中ではヘリ3部作ぐらいの感じで
でジャイロダインも
ジャイロダインはそうだな
皆さんどうでしょう
買ったらタイトーのソフトなんですけど
買ったらファミコインが付いてくるっていうのでも
ちょっと一躍その筋では話題だったゲームかなとも思うんですけどね
で僕はねタイガーヘリがまさかタイトーのジャイロダインと
の続編ってことすらも知らなくて
続編っていうかね
同じ開発スタッフとか
会社が関わってたとかも知らずに
ただそのファミコン版に落とされた
だからアーケードとは見比べると
スケールダウンというか
グラフィック的にもあれなんですけど
なんかじわじわ来るゲームだったんですよ
じわじわ僕ずっとやってたんですよ
すごい気持ちいいとかはないんですけども
スターソルジャーみたいに
スターソルジャーはやっぱりね
アーケードじゃなくてコンシューマーだからこそ
インカムのことを考えないで
作られたシューティングだっていう感じをすごいするんですよね
だから気持ちいいし
ちょっとした努力とジョイカードさえあれば
すごいプレイする時間が伸びるっていうね
あれはね今でもシューティング初心者の人には
まずあれからやってごらんって言いたくなるぐらい
よくできたシューティングゲームだったと思います
それぐらい友達の間でずっとハマってた
僕はねファミコンのこの頃っていうとやっぱり
そうですねスターソルジャーかな
あと地味にね
これ真偽がわからないんですけれども
当時ね
魔界村の続編っぽいゲームだみたいな
前評判とかいろいろ言われてた中に
戦いの番家っていうゲームがあったんですよ
でこれがファミコンに移植されたんですけれども
これね
これ僕はねその回収されたっていう話こそ聞いたことあるんですけども
実際に回収されたって俺の戦いの番家っていうやつを
一人も見たことがなくてそういう噂だけは流れてたんで
真偽がわからないんですけれども
戦いの番家っていうカプコンのアクションゲームがあったんですけども
これがね回収騒ぎが起きたからか
後々ねどこに行ってもないんですよ
しばらくたってから
そういえば昔貸してくれてたやつもなんか売っちゃったとか言う
である時そうですね
戦いの番家やりたいなと思ったら
もう近所の駄菓子屋でね
定価のままで売ってるそれしかないんですよ
で僕ね当時ファミコンのソフト次から次に出てくるし
新しいのが出てくるし
ちょっと時間経ったら安くなるみたいな店もいっぱいあったし
中古もあるっていう時期に
なんか季節外れで戦いの番家を定価で買うぐらい
枯渇してた時期がありましたね
で戦いの番家やってました
実際これが本当に僕知りません
今資料を手元に持ってないんで
わかんないんですけどね実際ね
あれいいゲームだったなと思ってね
ノーミスでファミコン版をクリアできるようになりましたね
結局ずっとやり込んでてね
っていうのはファミコンの思い出かな
他にもいっぱいありますよ思い出っていうか
なんかそうですね
親父がなんか酔った勢いで
あのロボットっていう
あれのねロボット買ってきてくれたら嬉しいじゃないですか
まだね違うんですよ
ロボット対応ソフトのジャイロセットだけを買ってくるっていうね
遊べねえんですけどこれって言って
ロボットがないと遊べないって言って
親父に言ったらあんなもん買えるかって言われてね
このジャイロセットどうすんだよみたいな話をね
覚えてるな
結局なんか一人でやろうかと思ってやったらですね
やっぱりロボットがいないとですね
ゲームとして成り立たないんですよ
結局一回やったけどできないなって思って
箱にまた直したなと思って
あと何してたかなファミコンね
まあねあの時の旅人を発売日に買ったとか
トランスフォーマーコンボの謎も発売日に買ったとか
そうですね
あとねこれちょっとだいぶ後の話になるんですけど
この当時の僕にとって
サンソフトっていう会社が
スーパーアラビアンでしょ
これあんまり良い印象ないんですよ
ルート16ターボ
まあまあ面白かった
一機もまあまあ面白かったけど
あと何だったっけアトランチスの謎
アトランチスの謎がねちょっとよく分かんないけど
あのクソゲーとも言い難いんだけど
じゃあ面白いかって面白いというかね
ステージ数が多くて訳が分かんなくなるなっていう
でねあんまり僕サンソフトの
イメージがそんなに良くなかったんですよ
でサンソフトがすげえなって思ったのは
サンソフトがファミコン版で移植した
ファミコンに移植したファンタジーズを見せつけられた時に
僕あの前にもね話してたようにマーク3持ってるんですよ
でマーク3持ってるから
セガのマーク3持ってるからファンタジーズオン買う
買ってそうなんですけども実は買ってないんですよ
僕よりも別にマーク3持ってる
奴らからそれこそその僕にね
セガマーク3を初めて触らせてくれた
その友達の兄ちゃんもね持ってるんですがあれは良くない
みたいな感じでみんな言うんですよ
でこれからゲーセンでやってた方がいいよとか
色々言ってたんですけどただサンソフトが作った
ファンタジーズオンのデッキはすげえ
僕もねだからそれで買いはしなかったけど
よく友達みんな持ってたんですよね
ファンタジーズオンは好きだったから
貸してもらってやってましたねその頃から
急にサンソフトを見る目が変わってで僕がね
サンソフトの中ですごい好きだったゲームがあるんですけど
今僕ねこれ後々なんで俺売ったかな
っていうのを後悔してる作品なんですけど
バットマンっていうね
ファミコン版のバットマンっていうゲームがあるんですよ
ファミコンのね
バットマン、ティムバートンが監督してる
バットマンは全部で2作だったのかな
バットマンとバットマンリターンズっていうのが確かあったと思うんですけど
このバットマンねそれこそジョーカーが出てくるやつね
プリンスが歌う歌ってたあのバットマンを
ファミコンで出したのが
あのサンソフトだったんですけどこれが非常に
よくできてる面白いゲームでアクションゲームとして
これね結構僕やったんですよで
次に作ってるところがコナミだから
っていうところもあってサンソフトじゃないしな
と思ってバットマンリターンズ
は随分経ってからスーパーファミコンでね
やりましたけども
微妙に難易度がおかしい気がするなって思いながらね
あんまりそんなに
ステージ進めなかった覚えがある
サンソフトのバットマンはよくできてた
あれね後々ね
プレミア化しちゃってるんですよね今もそうなんじゃないですかね
よくできたゲームでねあれはね
ファミコンで僕が手放して
後々なんて後悔した
結構そういうゲームいっぱいあるんですけども
うちの1本ですね
ファミコンの思い出ばっかり喋ってるな
そうですね
どうでしょう
マーク3の話で言うと
北都の件とかどっかで話してるし
やっぱりそうだな
僕の中では
ファミコンよりちょっと上っていう感じの
性能だったんですよね
でそれが良かったんですよね
僕の周りのゲームセンターがちょっと独特だったのかな
青春スキャンダルっていうゲームがあったんです
すごいタイトルですけどね
これがやりたかったんで
確か小学校と卒業式の日に買いに行った覚えがあるな
であとですね
あれですねファンタシースターね
セガのね
セガのRPGねファンタシースターね
敵との戦闘も滑らか
ダンジョンも
ダンジョンに入ると3Dダンジョンになるんですけど
これも滑らか
ただ当時の僕はマッピングっていう行為を知らなかったので
まあまあだいぶ
大変でしたけどね
結局クリアできてないんですけどね
あとね
セガのマーク3ぐらいになると
グラフィックも良かったりとか
全部とは言わないですけども
ゲームとしても良くできたゲームも結構あったんで
ファミコンとはまた違って
夢を見せてくれてたかなっていうね
いろいろね僕は持ってて全然後悔してないし
あれ良いゲーム機だったなと思います
みんななんで買わないんだろうって不思議に思うくらいね
まあまあまあ
なんで買わないんだろうというより
ファミコン化って当時の
ご時世というのかな
ゲームが悪だ敵だって言われてた
とかそういう風に思ってた大人も
決して少なくなかったから
2台もゲーム機持つってこと自体が
正気の差だとは思えないみたいな感じの人も
いたでしょうね大人だとね
だから買ってもらえないみたいな
友人もいましたしね
僕はさらにPCエンジンにも手を出しててね
あれはあれで良いマシンだったなと思ってね
あの何なんでしょうね
PCエンジンになると本当にね
びっくりするくらいアーケードに
もちろんアーケードもその後進化しちゃうんで
PCエンジンが全然無理だってことになっちゃうんですけど
PCエンジン買った当時は
やっぱりビックリマンワールドとか
Rタイプなんかは本当に
アーケードと何ら遜色ないように僕には見えたんですよね
というか僕がアーケードにそんな頻繁に
やってたわけでもなかったので
それを買うことによって
ビックリマンワールドを買うことによって
Rタイプを買うことによって
それをアーケードでする必要がないから
そのお金を別のゲームにできるなって言ってね
エイリアンシンドロームとかねセガのね
あとSDIっていうゲームが大好きでね
トラックボールとねちょっと変わったスティックでやるね
あれどうやらミサイルコマンドだったっていうのが
だいぶ後で知るんですけどね
すごい良いゲームだなと思いながらやってましたね
あと何してたかなぁ
そうですねPCエンジンはね僕はCD-ROMに
行き着くのがだいぶ後だったんですよね
PCエンジンは結局僕はDUOかな
高校生くらいの時にバイト代で
DUOを買った覚えがあるんですね
この前ちょっと調べたら5万9800円もしてたってことに
よくあの当時バイト代でそれ買ってたなってね
5万9800円ですよ
Switch2と同じ値段ですよ今の
よくあの時買ったなって思ってね
それはまたね今度話したいと思います
今日はねこの辺ぐらいで
古いゲームの思い出というかゲーム機のね
自己紹介としては1時間20分は喋っておいて
ファミコン?
マスターシステム?マーク3マスターシステム
PCエンジンと3機種しかないということでね
すいません買った時の思い出っていうので
喋ろうと思ったらやっぱり長くなりましたね
またね続きは後日喋りたいと思います
ありがとうございます
はいいかがだったでしょうか
まぁ今回はね
自己紹介っていうか
自分のねゲームのルーツみたいな話を
しようかなと思ってたんですよ
200回も来たしもう1回ね
自分の自己紹介的な感じで
喋れたらなぁとかね
多分ね今回喋った分っていうのも
過去回のどっかに話してるようなネタだったと
思うんですよね
それを集約したりとか新たに話してる部分もあるんですけども
思ったよりもっと先進むと思ったんですけど
あっちに寄り道し
こっちに寄り道しみたいな雑談ばっかりで
そうですね気が付いたらですね
どこまで行ってるのかな
PCエンジンぐらいで止まっちゃってるのかな
ファミコンマーク3マスターシステムPCエンジンぐらいまでなんですよね
話としてはね
ストリートファイターの
映画版が公開されました
実はそれよりも数週間
2週間くらい前からかな
バイオハザードも公開されてたんですよね
ということで意外と
カプコンの作品ってバイオハザードが多いのかな
映画になってたりするじゃないですか
モンスターハンターなんかも映画になりましたけど
ちょくちょく
なんだかんだと映画化されてるかな
と思うカプコンで
1日にカプコンの
ゲームの映画を2本見るっていう
こういう機会って僕も今までにも
なかったんで僕はXでもね
俺のカプコン映画祭
ポストしたんですけれども
バイオハザードとね
ストリートファイターと見てきました
10月16日かな
に見たんですけども
ちょっとね驚いたっていうか
カプコン映画祭ってあれ見る前に上げてたんですけども
実のところを言うとですね
ネタバレとか一切しません
ネタバレは一切しないんで大丈夫です
実はね
バイオハザードっていうのが
それこそポールアンダーソンさん
ポールSWアンダーソンさんっていうんですかね
ミラジョボビッチがやってるバイオハザード
3作ぐらいまでは見たんですけど4作目見たかな
5作目とかも見てない気がするんですけどもね
あれの後に1本か2本できてるんですけど
評判が悪かったのかな僕も見れてないんですけども
今回ですよ
実はね今現在やってるバイオハザードはですね
実はカプコン関係ないみたいなんですよね
カプコンがブランドというか名前は化してるんですよね
だけども実は映画見たらですね
カプコンのロゴなんか一切出てこないですよね
プレイステーションのロゴは出てましたけどね
だからカプコン映画祭と言いながらもね
バイオハザードといえばカプコンなんですけどね
あの映画に関してはカプコンは関与してないみたいですね
ストリートファイターの方はガッツリカプコン関与してるみたいですね
お金も出してるみたいですね
まずバイオハザードの方から言いましょうか
あのねビビるぐらい面白かった
僕
僕一番バイオハザード
全部のバイオハザードを見たわけでもないですよ
おそらく僕が知ってるバイオハザードって
やっぱりミラジョボビッチがやってるバイオハザードだと思うし
そのね
ここ数年前ぐらいに出た
ソニーのね
今回もソニーなんですけどハイキュームと確か
悪評
すごい評判の悪かったバイオハザードとか
僕知らないですけど見てないんでなんとも言えないんですけど
ただね評判悪いってことは
ミラジョボビッチがやってたやつよりもひどかったんでしょうね
ですけど
一番すごいバイオハザードだと僕は思いました
あの面白いバイオハザードだと思いました
ちなみにあの僕吹き替え版を見に行きました
どっちもね
もうおっさんなんでね
もう字幕よりも吹き替えでいいわって思ってね
やりました
それでね吹き替えでも面白かったですよ
で
僕あんまりホラー見ないんですよ最近
ホラー見ないんです
映画館でホラー見に行ったのはずいぶん久しぶりなんですけど
家でもホラーの映画なんか見ないんですよね
で最近ここ10年ぐらい見た中で
最も好きなホラー映画って何ですか
ブラピがやってるワールドウォーゼットが結構意外と
僕好きだったりするんで
それ以外のホラー映画言うほど見ないんですよ
そんなに怖いんだけど嫌い
嫌いっていうか苦手なんでね
アエリアンの作品とか見るかな
アエリアンロムレスかなんか見たかな
ぐらいなんですけど
あれホラーなのかな
中ではバイオハザード
もしかしたら近年のホラー映画ではお約束っていう人も
いるかもしれないですけどね
ただ我が家は僕と息子と神さんいたんですけど
神さんに至っては
日頃からホラーとかああいうの嫌いだって言ってるんですけど
僕が見に行くからということで
無理やりそれ出したんですけど
めちゃくちゃ怖がってて
映画館のシートに腰が引けてて
びっくりすると声が出るらしくて
一番最初にびくってした時のポイントで
もうすでに声が出たんですよ
だから声が出ないように口を
服の袖でずっと押さえながら
腰が引けてですね
背もたれのところに首が行っちゃってるぐらい
腰引けてるんですよ
僕の家の隣に座ってたんですけどね
結構ビビりながらなんですけど
出てきた時にはやっぱりちょっと
怖かったって言いながらも
でも面白かったって彼女も言ってましたね
うちの息子も面白かったって言ってましたし
僕もミラジョブビッチの作品を
蹴落とすつもりはないんですけど
バイオハザードってずいぶんやってないんですよ
今回の映画見た時に
バイオハザードやりたいって思わせてくれました
実際ね
ネタバレと思われたらあれなんですけど
今回の映画に関しては
ラクーンシティっていう場所
地名は出てきますし
アンブレラっていうところも出てくるんですけど
社名も出てくるんですけれども
ゲームのキャラクターが出てくるとかではないんですよね
まずね
クリスとかね
ああいうの出てこないです
ですけどこういう感じだったな
俺もゲームやってた時って思わせる
見てる人にね
もう何十年もやる
何十年は言い過ぎかな
でも初作のプレステ1で出たね
一番最初のバイオしかやってない人も
それこそ最新作までやった人でも
ああこんな感じだったなっていう共通認識みたいなところって
ゲームの中にあると思うんですけど
それをあの映画の中で
効果的に使ってくれてたりするんで
見た後に僕は
バイオやりたくなったなって思わせてくれました
実のところ言うと
カプコン映画祭って僕がね
自分の中で企画してたんですよ
カプコンのタイトルの映画作品が
1日にまとめて2本見れるなんて
今までになかったってことを
これは記念だと思ってね
ぶっちゃけバイオなんで
そんなに期待しちゃダメだなと思ってたんですけど
それが良かったのか
非常に満足度の高い映画でした
面白かったです
一方ですね
ストリートファイターですね
本当に申し訳ないなと思ったのは
ストリートファイターとバイオハザードの間
1時間ちょっと間があったんですけど
言ってしまえば
バイオハザードが90何分で
ストリートファイターが2時間あるんですよ
ちょっと部分部分寝ちゃったんですよね
後半の方はね
ただうちの息子も神さんも
非常に満足してましたね
特に息子とか神さんもそうなんですけど
ストリートファイターなんか特に神さんなんかも
随分やってないんですよ
もちろんキャラクターは知ってますけどね
昔昔やってたとかね
全体的には
時代が進んだんで
時代だけの問題じゃないと思うんですけど
ジャンクロードバンダムのストリートファイターよりは
だいぶ良いと思いますよ
僕はアニメ版の
スト2が結構好きだったりするんですけれども
アニメ版のスト2はスト2でいいけど
今回のも今回のでよくできてたと思います
途中ポツポツ寝てるんでね
もう一回見た方がいいかなと思いながらね
ただ一点だけ不満というか
言わせてもらうと長い
長いそれは長い
これはね長くなる理由もあるんですよ
結局初期のスト2のキャラクター
ですよね
ストリートファイター2の話
をベースにしてると思っていただいて
いいと思うんですけども
全キャラ出さなくちゃいけないって思ってるんでしょうね
そうなってくるとですね
全キャラが戦うところをやるとですよ
確か12人になったから
結構大変なことになるんですよ
それは長くもなるんですよね
これが結構今賛否両論ある中で
詰め込みすぎとか言われてるみたいなんですよね
どうなんでしょうね
だからといってね
例えばブランカがいませんでしたとか
ダルシムいませんでしたとかガエロいませんでしたとかね
そうなるとそれぞれのキャラクターを当時使ってた人たちからすると
やっぱりちょっと寂しいじゃないですか
そういう意味もあって
物語のベースとしては
龍とか剣とかの話になってはくるんですけれども
そうなるとこれぐらいになっちゃうのかなと思いました
あとやっぱりね
CGとかの力をうまく借りてるっていうこともあって
結構格闘シーンというのかな
戦うシーンがすごい迫力のあるもんにはなってたりもしてて
賛否両論あるみたいなんですけども
僕はそんなに叩くほどでもないと思いますし
良かったかなと思ってます
ジャンクロードバンダムが出てたやつもね
なんかおもろい映画って感じではあるんですけど
叩く人は叩きますしね
10年に1回見れればいいかなぐらいの作品だったりするんですけど
今回は別にそこまでじゃないです
もうちょっと見てもいいかなと思いますしね
あんまり不平不満というか不満を
1個だけあるとすれば
言わない方がいいかまだ
言うか
キャラクターはね大体再現度高かったんですよ
再現度は高いという
大体僕の中では再現度はどれも高いと思ってます
1人を覗いてね
それはね
うちの神様チュンリーにも満足いってない気がするんですけど
いやもうこんな感じじゃないかなって僕は思うんですけど
いいと思うけどな僕は
僕はねやっぱりね
ベガかな
ベガをやられてる俳優さんの顔がでかいのか
そもそも華奢なのか分からないんですけど
肩幅がちっちゃいんですよ
なんとかここしてほしかったかなぐらいが
不満かなと思います
あと僕はね
これはね言っとこうと思ったんですけど
僕らはね日本人としては
ベガ・バルログ・バイソンって
それぞれのキャラクター
あのキャラクターがね
日本だけの名前になっちゃってるじゃないですか
あれずれちゃってるんですよね
今回ね映画版と同じで字幕で見るともしかしたら
やっぱりそうなってるのかもしれないんですけども
僕は吹き替え版を見ましたので
ベガはベガですよボクサーの人はバイソンですし
鉄の爪持ってる人はバルログでしたよ
だからここが良かった
前のね
あれですよね
ジャンクロードバンダムがやってたあれはね
バイソン将軍ってなってましたもんね
ベガのラウル・ジュリアさんがやってた
僕らはベガと思ってるんですけど
ラウル・ジュリアさんがやってたのはバイソンっていうね
名前になってて
これが意外とね
なかなか慣れないもんで
トランスフォーマーのオプティマス・プライムが
コンボイシレイカンって言ってたのから
日本だけそう言われてたのよりも
違和感があるっていう感じになったんですけど
今回は僕吹き替え版で見たからかな
もしかしたらちゃんとベガになってたので
そこが見やすくて良かったかなって思いました
そんな感じです
すみませんなかなかいろいろ喋っちゃいましたけど
こんな感じでね
エンディングトークやっちゃいましたけど
次回はどうしようかな
次はメガドライブとか
から始まると思うんですけど
その辺を喋っていけたらと思うんですけど
もう少しコンパクトに喋っていこうかなと思ってます
という感じでね
今回長々と喋ってしまいましたけど
次回も引き続きますので良かったら聴いてください
長々と聴いていただいてありがとうございます
それではさようなら
おやすみなさい