あの時に、家出した時に追っかけてきた人でもあります。
いい人だね。
もともと長尾一族の間で仲悪かったりしたんだけど、謙信にすごい仕えた有力な一族の武将の息子を一人養子にしていたんですね。
親戚から来た。何となく分かりますね。老いっ子ですからね。
血も繋がってるんだったらその人がいいんじゃない?って思うけど。
ところがもう一人いたんですね。養子が。
これが何者だったかというと、小田原北条氏の出身、北条氏の息子の影虎という人物がいたんです。
上杉影虎という人物がいたんです。
なんで北条?北条って宿敵ですよ。絶対に許せないんですよ。
だってこの人が北条がいるせいでそもそも関東が乱れてるっていう。上杉謙信がすればね。そういう見方を持ってますね。
ここが謙信の後半戦の転換点なんですけど、謙信というのはブランティングを最初重視してパフォーマンスしたけど、決して一辺倒ではない。
かなりバランス感覚の優れた政治家だったと僕は思う。
それはなぜかというと、ちょっとだいぶ前に話して戻して申し訳ないんですが、武田信玄が今川を攻める話ってしたの覚えてますか?
武田今川・北条という三国同盟が絶対安全権としてつけたけど、武田信玄がそれを裏切って今川を攻め滅ぼしましたよ。
その時に当然北条は怒るわけですよ。
竹田と北条は絶縁するんですね一時的に。その時に北条はこのままだと竹田とも争うことになって、上杉とはそもそも論外なんですよ関係性が。
っていうのはでもまずいと思った北条は上杉と結ぶんです一時的に。
それも上杉はそれを受け入れるんですね謙信は。ここが謙信の政治家だった理由だと思うんです。
決してだからブランディングのために全てを捧げたわけではないんですよ。
あくまでも実利益を取り始めたのがその後半戦なんです。
だって本来北条を結ばないとあっちゃいけないことなんですよ。
まあだからDを通すんであれば突っ跳ねるべきだもんね。
そう、けど突っ跳ねなかった。あくまでも実利益を取ったんです謙信。
この辺りから謙信のやっぱり変わってきたと思うんですね。考え方と事業方針というのが。
確かに北条と繋がれば武田に対するには結構有利な感じになるんですね。
そうなんですよ。だから謙信というのはこの辺りから徐々に事業方針を転換していった。
圧倒的なカリスマ性で人を引き従えて中でそのカリスマとブランディングを徐々に必要としなくなってきたのがこの辺りからだと思うんです。
攻めに転じてきてる。
実利益を持って北条と結んだんです。でもただ北条の方が上杉に泣きついたんですね、はっきり言って。
武田とやり合うことになるから上杉まで敵に回してやばいので。ということで自分の息子を謙信に差し出したんです。
なるほど。
人質として。これが影虎だっていう人物だった。ただ影虎ってそもそも謙信の若い時の名前。
そうだね。
なので上杉謙信はこの人のことすごい可愛がったんです。人質で来たので、本来ならばそんな待遇されなくていいわけですよ。
そうだね。
もしかしたら殺しちゃうかもしれないし、北条が変なことしたら。
そうだね。
上杉謙信はここが難しいところなんですけど、ブランディングのためだったのか、それとも彼のやっぱり精神構造の何かが作用したのかわからないんですけど、
この人質に来た子を自分の養子にしてあげて、まして影虎って名前まであげたんです。それぐらい可愛がったんですよ、この子のことも。
しかも北条っていうのも結構えげつないんで、もともとが下告状の成り上がりだから手段を選ばないところがあって、自分の息子を差し出してるのにですよ。
あとは自分の弟を差し出してるのに裏切るというか、武田と結ぶんですね、その直後に結局。
そうだね、そうだったわ。
なのでもう殺されてもおかしくないんです、この影虎というのは。だって裏切ったんだもんね、北条がそもそも。人質に出してきた北条が。
はいはいはい。
けどね、殺さなかったどころか養子にしてあげたんですよ。
なるほどね。それは右の部分なのかもしれないね。
上杉謙信のわからないのがこういうところなんですよ。
なるほどね。
ただこれも考えようによっては、ちょっとわからないんですけど、ただ事実として養子にしてあげた。
結果的に謙信が突然死した時には影鰹と影虎という二人の養子が並び立っていて、しかもそのどちらを後継者にするとこの謙信は宣言していなかったんです。
なるほど。でも冷静に考えると影鰹の方が適してるんじゃないのとは思うけどね。
そういうことですそういうことです。本来ならばそうなんです。
そうだよね。
ただ逆に影虎がもし当初になった時にどういうメリットが生じると思いますか。
なるほど。北条と結べるかもしれない。
そう。だって兄弟なんだもん。
そうだね。そういう理はあるね。
そして北条と結ぶと必然的にどことくっつくかわかりますか。
そうか。当時はもう影虎とくっついてるわけだから。それは強力な同盟になるね。
つまりあの三国志、関東三国志と言われたほどの上杉、武田、北条という三国による軍事同盟が成立する可能性があるんです。影虎がなると。
なるほど。それはでかいな。
特に対北条の戦法をやらされていた越後の南の方の人とか群馬の一部の人とかは北条と結ぶと要は戦争がなくなるんですよ。
そうだね。
っていう見方もできる。
なるほどね。じゃあ影虎を応援する人も出てくるわそれは。
これもやはり2009年の天地陣の褒美を記念して作られたものになっています。
名尾江金継というのは何者だったかということなんですけれども、
これは一言で言えば影勝の幼馴染です。
幼馴染です。
上杉影勝は謙信の老いっ子という話はさっきからしていますけど、
要は長尾の本家とは違う文家の出なんですよね。
仲の悪かった文家から出てきたようです。
その文家の領地にいたのが名尾江金継。
二人はこの後話すお寺で一緒に修行をした仲間でもある。
年は5歳確か違ったはずなんです。影勝が上なんですけれども。
その要は影勝の子供の時からずっと付き従っていた幼馴染。
影勝が出世していくのにつれて、この金継も天下の名才賞へと上り詰めていった。
なんか鹿丸みたいだね。
ナルトのね。
あれもね、幼少期から一緒に戦い合ってね。
で、ナルトが穂加減になったら側近としてね。
鹿丸が強いじゃないですか。
確かに三望としてね。
確かに近いかもしれませんね。三望という立ち位置も含めてね。
というのがね、金継で。
ただね、金継というのは名尾江山城の神として功勢言われる人ですけれども。
いまいちね、これもね、何をした人かって多分ね、難しいポイントなんですね。非常にね。
いろんなことをやってるからこうなんか目立つものが難しいみたいな感じかな。
ただ一つ言えるのは上杉家をね、存続させたっていう意味で言うとね。
大きいんですね。
ドラマの中では、天地人のドラマの中では先ほど酒田勝頼に賄賂を渡す話とかもこの人が立案したことになっていますね。
ただそれがあり得るほど知略に優れた、できる人だったということです。
なるほどね。
影勝がね、そういうわけでいろいろ苦労をしながらも、どうにかこうにか上杉の党首になる。
織田信長の攻撃にさらされてたわけなんですけれども。
武田勝頼は滅亡しちゃうんですよね。信長の攻撃にさらされて。
時系列で言うと、1573年に武田信玄が死ぬ。勝頼が継ぐんですね。
信玄の2年後、武田勝頼が長篠の戦いを起こして、これで負ける。
その3年後、上杉謙信が死ぬ。
そして尾立の乱がそのわずか数日後に発生する。
勝頼が来るんだけど。
丸め込まれてね。
帰っちゃう。影虎はそのまま死んでしまってっていう話になる。
その4年後、謙信が死んだ4年後が1582年なんです。
これが武田勝頼が死んだ年です。
3月11日ですね。1582年、天正10年の3月に武田家は滅亡しました。