どうして追い出されたんですかって話をしたら、貝の武田信玄っていうのが異常に強い。
なんであいつはあんなに強い。そして容赦がない。俺の領地も全部奪われてしまった。
強すぎる。何とかしてくれませんか。って頼ってきた。謙信は断らない。断られないんです、彼は絶対に。
ブランドのために。川中島に出陣するんですね。これが武田とウエスリーなんですよ。
断れないんです。治療の効果を揺るがすんですよ、これを断る。
それのおかげで上越は治められてたわけです。
欲しかった正当性もようやく得られたし、ブランディングがうまくいったんですよ。
ここで上杉になるわけね。そういうことです。
謙信というのは最後出家した後の話なので、この時上杉謙信、名前何度も変わってるんですけど、
上杉正虎と名乗ったり、あるいはこの人はやっぱりね、この世の中のあるべき秩序のために上杉謙信という人物が存在しているっていうのが考え方なので、
足利将軍家とかその自分より偉い人に対して従順なんですね。
だから上杉テル虎って名乗った時期もあるんですけど、これは足利義輝さんっていう将軍のテルをもらったり。
武田信玄はね、そこを利用するだけなんですよ。権威なんての。そもそも宗教も権威も利用するだけなんです。
上杉はそれを正当性の担保、これも利用してるんだけど、より従順なんですね。
侵略したいわけじゃないから、人間関係をうまくやってたほうがうまくいくというか。
この世の中のあるべき秩序にとにかく自分は従順。
それを脅かす北条氏や武田信玄なんて訳わかんない侵略者は絶対に許されない。
っていうのがね、この臨泉寺というところに行くと上杉謙信が書いたね、いろいろその精神、ブランドのための物がね、
美車門店の像ももちろん残ってますし、そういった異物がたくさん見られます。
その辺もおぼろげにわかってくると思います。
最後にね、そこから車へゴフゴフと行ったところに、上越市埋蔵文化財センターという資料館があります。
埋蔵文化財があるんだね。
ここがちょっとミソでして、埋蔵文化財っていうとつまり考古学ですよね。
出土品とかをやるので、嘘をつけないところなんですよ。
その当時の人の生活とかがありのまま遺跡として出土してくる。これを集約してるところなんですね。
ここからが上杉謙信の後半戦の話なんですけど、
上杉謙信は川中島の話とかいろいろあるんですけど、
川中島も結局村上義経って武田に負けた人が何とかしてください頼ってきたんだけど、戦いました。
で、めっちゃ激戦繰り広げてすげーってなったけど、土地は武田に奪われたままなんですよ。
だから村上義経も結局自分の望みを果たされてないんです。
上杉信政も村上義経も頼ったんだって頑張って、謙信がめっちゃ頑張ってくれてる。
これはいけるかもと思ったけどいけてないんですよ。
つまり上杉謙信は誰かのために戦う。で、頑張る。派手に戦うんですよ。非常に。派手にセレモニーもする。
で、ブランドめっちゃ高めたんだけど、実際に土地は奪わない。奪えないし奪わないんですよ。
これがね、絶妙なところなんですよ。つまり誰かの期待は裏切らない。期待は裏切らないんだけどやりすぎないんですよ。
一戦を保つんですよ。
だから頼ってくれた人の期待や答え。頑張ったけどでこめにできなかったわっていうことなんですよ。いつも。
そうか。それを続けてると信頼がなくなりそうな気もするけども、まあでもそれでも頼ってもらえてたんだね。
でもじゃあ何を頑張ったかって証を立てるかっていうと、すげええげつないことすると首の数と城の数なんですよ。
土地は奪ってないんだけど、城を一時的に攻め滅ぼして多くの相手の大将を打ち取って、このやっぱ長尾陰虎様、上杉謙信様っていうのはもう神様、戦の神様なんだ。
そして俺たちのために戦ってくれてるんだというモチベーションを高める。
で実際に相手のあの憎たらしかった大将も打ち取った。あの憎たらしかった城も奪えたと。
だけど謙信は関東にも何度も何度も来てるんですよ。小田原の方にも来てるんだけど、そのために城が引いてくるようにサーって帰ってくるんですよ。
ある一定のブランディング力を誇示した後。
なるほど。
それは侵略しないっていうところを守ってるっていう見方もできそうだね。
だしそれができないとやっぱり思ってたと思う。
つまりやっぱり長尾家、上杉謙の力っていうのはそこまでの域に達してないっていうのは誰よりも分かってたと思う。
なるほどね。
自分個人のカリスマ性とブランディングってものがあるから今強くいられるけど、非常に脆弱だっていうのを誰よりも知ってたと思う。
まあそうか。地元が危ういっていうところもあるだろうしね。
そもそも生徒の国首じゃないんだもん。長尾家なんて。
っていうのが前半戦だったんです。
ただ後半戦になってくるとややこれが違ってくる。
つまり組織としてやはり静粛し始めた。
カリスマ一本ってなってた上杉家というものがだんだん武将たちも慣れてきて謙信のやり方。
武田二十四将じゃないけれどもそういったのも育ってきたんですね。
上杉謙信というのは人助けをしていて侵略してないっていう思われがちなんだけど、これは違うんです。
後半戦においてはこの人は立派な侵略者をやるんです。
これがねブランドの転換点であり彼の実装だったと思うんです。
上杉謙信は武田信玄との戦いを終えた後に北陸へ進行します。
富山県に攻め行って富山を滅多滅多にするんです。
前富山の時に富山城というのが神保という人がいたけれどもそれが上杉謙信に防衛されて富山は大荒らされたと。
あと青山さん日赤寺って魔害物のすごかったとこあると思うんですけど、あれも上杉謙信の陛下にかかって魔害物以外は焼損したりしてるんです。
それも名分では人助けみたいになってるんだけど、初めて越後の国外に本格的に自分から攻めて領地を取っていくんです。
それが西に西に行って越後、越中、富山ですね。そして香川、野都、石川県に呼んで攻めていくんです。
この辺も要は上杉の領土にしていくんです。
だから彼は後半戦においては自分の土地を増やしに行ってるんです。明確に。
土地として成熟したのを見たらブランドよりも実利を彼も取り始めるんです。
そうすると当然ブランド既存じゃないかってこともあり得るので、そこが上手いところは彼は常に誰かを敵に仕立てるんです。
天罰をくざすべき相手がいるっていうことを言い始める。
それは武田信玄、北条治安がまずその筆頭ですけど、次に上がってきたのが織田信長。
織田信長は室町幕府の足利義明様を追放した。許されない。こんなことは世の中にあったらいけない。天罰を下しに行くって言って、そのための足掛かりには土地が必要だって言い始めて富山を攻め滅ぼす。
香川、野都も攻め滅ぼして、実際香川で織田軍を打ち破るんです。
北陸から要は西農に攻め入ろうという気配を見せる。
何だろうね、その裏にあるのはやっぱりもっと豊かにしたいみたいなところなのかな。
ここがね、僕もわからないんです。なぜ上杉謙信は侵略戦争を始めたのかが、ちょっとわからないんです。正直。
だからそれだけキャラを作ってると、その裏の真意はもう誰もわかんないよね。
難しい。上杉謙信というのはね、すごい難しいんです。この人は本当に。
掴みどころがない感じですよね。
上杉謙信はすごく賢い人だったから、組織が成熟するまでの、そのためのブランドだった。
それが終わったら、もう侵略戦争に行く準備ができたって思ってたと思う。
実際やるんですよ、後半戦に。
そうか、だからそれをずっと見据えてやってきてた可能性もある。
あると思います。やってきてたと思います。原理それは成功していたのです。
なるほど。
埋蔵文化財センターに行くと、そういった実像の上杉謙信というのが見えてくる。
つまり、ヴィシャモンテンの美を描いて高らかにブランディングするじゃなくて、
かすが山城と上杉家というものが使っていた遺物がたくさん出てくる。
そうすると、実は上杉謙信というのは非常に経済感覚の敏感な人で、
越後の産業を京都に、今では北前部での走りみたいなことを日本海を使ってやって、
莫大な履歴をもげている。
アオソという異類の原料を大量輸出している。
その痕跡も見られて、実際に豊かな国を実現している。
だから仏に使える人が金儲けなんてちょっとあれなんだけど、
金儲けをしっかりしている。
だから金は全然、現実感覚にすごく優れた人。
ブランディングのためにそれを離れたように見せているだけだったと思う。
それを知ると、国を豊かにしようとしていたのかなという感じがするね。
それが自分に使える家臣たちのために豊かにしていた。
これは武田家と一緒なんですよ。
あるいは何かもっと僕が破壊しれない深い精神的なモチベーションがあったのか。
本当に何かが乗り移ったのか。
ただ歴史的史実として、上杉家は越中、加賀の音というのを自分のものにしている。
それで織田軍を打ち破って、いよいよ京都に攻めくるんじゃないか。
北陸から攻めてくるんじゃないかという時に、笠ヶ山城に戻って。
病気になくなったのは間違いないんですけど。
一般的に言われていたのは、河谷で突然死したと言われている。脳卒中みたいな。
この人ね、めちゃくちゃ酒飲んだの。上杉家の人って。
馬場入ってえげつないものが残ってて。
要はショットみたいなものがあるんですよ。
彼専用の。馬の上で戦しながら酒を飲んだって言われている。
しかも酒が強かったらしい。
そこもなんか、やっぱすげえ、違うんだなみたいな。
なんかね、ちょっと戦神っぽいよね。
ブランディングだと思うんですよ。キャラ付けなんですよ。派手なんだよね。
一時してやることが。
武田信玄は実利の面において、歯車に歯止めが効かなくなった侵略戦争。
上杉謙信はブランディングに歯止めが効かなくなってた部分があったような気がするんですよ。
だから彼は関東に並邦して北条をやっつけるなんて無理だって絶対分かってたんですよ。
ただパフォーマンスのために何回も行かなきゃいけない。
だって彼のブランドを肯定するためには絶対断れないから。
断れない無駄な戦いを何度もしてるんですよ。
ただそのために派手なパフォーマンスをして帰っていって、土地は全然得てない。
なるほどね。
けどそれをやることで信用はどんどん増えていくっていうことですね。
そしてようやく他国へ攻めることができたっていうのが最晩年。
ただその途中でも彼の寿命というのは、その組織を成熟させて他国に侵略できるところまでで尽きてしまった。
49歳って今から見れば若いんだけど、健康状態もあんまり良いような人じゃなかったようなので。
それもある意味だから仏道に仕えて、日に夜にこんな祈りを捧げてっていうストイックな生活なのに酒は飲むし戦はするしで。
健康を返したのも最もでしょ。
突然死をしてしまったと言われて。
というのが上杉天子の生涯なんです。
という文化財センターではそういった経済感覚には非常に機敏だった上杉天子の政治家としてのやり手。
だから決して愚道者ではないこの人と僕は思うんです。
っていうのを学び取れます。
わりと生活、その当時の生活を見れるっていう感じかな。
そういうことですね。
なるほどね。
串揚げとかね。
そう。
まあ割と居酒屋飯っていう感じがするけど。
そうそうそう。上質な居酒屋飯です。
美味しそうだね。
もちろんこの雰囲気なので、どんちゃん騒ぎというわけでは決してない、本当に静かな居酒屋ですね。
けどね、個室も結構あったりもして、僕はカウンターにもちろん一人だったのでカウンターに行きましたけれど。
こういった上質な雰囲気の中で、地魚、地野菜、この二つは特に夏野菜が美味しかった印象がありますね。
いいっすね。
そして新潟の飲み物といえば。
日本酒でしょう。
これなんですよね。
なるほど。
ここもちろんご主人とね。
料理はご主人がやってらっしゃって、お酒はむしろお上さんの方が選ばれてたんですけど。
その方がお上さんが詳しいって自分でおっしゃってました。
お上さんを呼んできて、お上さんが選んでくれたんですけど。
それもやっぱり今の季節のもので、あんまり東京に出回ってないものとかで色々選んでくれて、本当に飲みました。
一人でしょ。
一人でめちゃくちゃ飲みました。
美味しくて。
いやでもこれはなんか長いし、そんな感じするね。
雰囲気もいいからね。落ち着けて腰を落ち着けてね。
いいっすね。
私カウンター席はそんなに多くなくて、6席くらいしかなかったので。
そこに大将が常にいらっしゃる感じなので、結構会話が弾む。
なるほど。
だから隣にいたご夫婦は明日佐渡に、尚越の港から佐渡に行くんだっていう世界遺産になりましたけど。
そうだね。
あと地元の方もいましたし、っていう感じだったんですね。
そして今回実は旅の目的地、この1日目はここで終わりなんですよ。珍しく1軒で終わりなんです。
っていうのはなぜかというと、長いしすぎちゃったんです。
なるほどね。
もう2、3軒行く予定だったんですよ。
他行けなかったんだ。
あまりにも美味しいのと、話が弾んじゃったんですけど、弾んだ理由というのがですね。
おかみさんがお酒を選んでくださったので、お客さんがわりと遅めに行ったのでやや吐けてきて、
わりとゆっとりがあるようになって、お店の方も。
で、どこから来たの?みたいな話になって。
これ面白いのが、幸福行った時もそうなんですけど、小田原ですって言うと、なるんですよやっぱり。
あーなるほど。
あの法上の。
まして、越後の上杉謙進化したら、ライバルと言いずりにもう許せないんですよ。
法上というものの存在が。小田原城っていうもの。ってなるんですよね。
あーなんか未だにその空気があるんだ。
でも、敵害心とかないですよ。
まあでも、ちょっとピクッとはなるわけだ。
うん。やっぱ小田原っていう時の通りの良さがちょっと、あ、あの法上の小田原城だよねみたいな。
あー。
蒲鉾だよねっていう風が大体大半なんですけど、他の地域に行くとね。
うんうん。
あ、法上氏康野。
へー。
なるんですよ。やっぱ上杉謙進のもちろん地域努力とかもたくさんあったでしょう。
トチオっていうのはまさに上杉謙信が若い頃にね、
お兄ちゃんに仕えてるときに居たところなんですけれども。
そうなんだ。
あのトチオ揚げをちょっとアレンジ加えて、納豆を詰めたトチオ揚げとか。
あー、いいなー。
めちゃくちゃ美味しかったです、これ。
トチオ揚げ好きなんだよな、俺。
あー、じゃあすごいここいいと思う。
納豆も好きなんで、それいいな。
創作途中わけじゃないけど、やっぱすごい美味しいです。
えー。
で、今ね、言った日本酒ですね。
日本酒ですね。
上越エチゴの日本酒も頂けると。
そこから徒歩5分ほどでホテルに着くので、1日目はこれで終了ということですね。
この番組ではお便りを募集しています。
番組の感想、質問、リクエスト、旅の情報、不走座など何でも結構です。
番組概要欄に記載しているお便りフォームのリンクから投稿をお願いします。
また、YouTubeのチャンネル登録、高評価、コメント、ポッドキャストのフォロー、レビュー、
それから我々の関連SNSアカウントのフォローなどよろしくお願いいたします。
そして、感想つぶやく際は是非、ハッシュタグおとたびポッドキャストを付けて投稿して頂けると嬉しいです。
前回のコースと同様、今回は上杉の生涯を追ったという感じですね。
タイトルの話をしておくと、軍隆無首ということだったんですけど、
要は、わがまま放題の家臣たちをどうまとめるかというのが僕は剣神の本質だったと思うんです。
そうですね。
侵略しなかったんじゃなくて、できなかったんです。
できなかったけど、してないんですよっていうキャラ付けをしてきたっていうことですね。
そのためのカリスマ論、ブランディング論が上杉剣神はそこを見抜く目が非常に長けてた。
だから必要ないと思ったら侵略を始めるんですね。後半戦においては。
なるほどね。
だからビシャモンテン変幻記というのは、彼はあくまでもブランドとしてビシャモンテンを名乗ったけど、
それは徐々にその形を微妙に変容させていく。後半戦においては。
なるほどね。
ただその侵略するところまで組織が成熟させて寿命が尽きた。
なるほどね。
という仮説、僕の見方です。全然違う見方もあると思いますので。
ただやはり上杉剣神というのは僕はすごいと思います。やっぱりこの人は。
そうね。だからやっぱ武田とはまたちょっと違うというか。
根本は似てる感じがするけど、自分の土地を豊かにさせたいのか治めたいのか。
そういうところの違いはあったかもしれないけど。
家臣のために自分をある種犠牲にしてというか。
自分を亡くして2人ともやってきて。
そのルートが違う感じがする。
そういうことですよ。武田信玄はひたすら組織のために動く心のない機械じゃないけどそういうふうになって。
上杉剣神は逆に自分というキャラを強烈にブランディングすることによって組織をまとめた。
カリスマなんです。