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2025-06-22 07:17

M-1グランプリの審査員はもっと得点幅を広げるべき

いまや年末の風物詩となったM-1グランプリだが、
どうにも審査員の付ける点数が90点台ばかりで
100点満点という得点幅が意味をなしていないように思う。これだと100点満点にも関わらず
90~99点あたりの10段階で評価しているのと変わらなくなる。

https://mclover.hateblo.jp/entry/20250113/1736735400

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さて、今回はですね、年末恒例のお笑いの祭典、M-1グランプリ。
その審査方法に一石を投じるブログ記事がありまして、
M-1グランプリの審査員はもっと得点幅を広げるべき、というタイトルのものです。
これを今日は深く掘り下げていきたいなと。
この記事、筆者の方が指摘しているのは、今の審査員の点数の付け方ですかね。
ここに、何かちょっとした歪みみたいなものがあるんじゃないか、と。
えぇ、具体的にはその点数の付け方はですね、
ほとんどの審査員が90点台にかなり集中して点を付けていると。
そうなんです。結果として、100点満点という評価のスケールが、
何かこう、実質的には機能してないんじゃないの?っていう、そういう問題提起ですよね。
なぜそれが問題なのか、そして、筆者がどう改善すべきだと考えているのか、
その辺りをちょっと一緒に見ていけたらなと。
M1班なら、あなたもきっと気になるところじゃないかなと思います。
まず、この記事で注目されている2024年の実際のデータ、ここから見てみましょうか。
9人の審査員の方々の採点、これ見てみると、確かにごく稀に80点台後半というのは見られるんですけど、
大半がもう90点以上なんですよね。
そうですね。
最終的な合計点、これも最高が861点、最低が812点、その差がたったの49点に収まっちゃってるんです。
49点ですか。なるほど。
そして、この49点差という数字が、また考えさせられるところでして、
100点満点のスケールのはずなのに、出場者全員の最高点と最低点の差がですね、
たった1人の審査員が理論上つけられる点数の幅、0点から100点までありますよね。
はい、ありますね。
それよりも小さいっていう。
あー、なるほど。
それはつまりどういうことかというと、もし1人の審査員がですよ、
皆さんと大きく異なる極端な点数を、例えばすごく低い点数をつけたとすると、
それだけで全体の順位がガラッと変動してしまう可能性がある。
そういう危うさを示唆してるんじゃないかなと。
なるほど。1点の重みが見た目以上に実は大きいかもしれないってことですね。
そういうことです。
そして記事では、その危うさをより具体的に示すために、かなり衝撃的なシムレーションもやってますよね。
そうなんです。やってましたね。
あれは仮にですけど、ある審査員Xさんだけが、他の審査員とも全く違う極端な採点をした場合っていう想定で。
例えば、もともと1位だったコンビAにあえてすごく低い40点とか、中くらいの順位のコンビには76点、そして最下位だったコンビJに逆に98点をつけるとか、そういうことをするとどうなるか。
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なんと、元の順位がもう完全にひっくり返ってしまう。
最下位だったコンビが優勝してしまったり、逆にトップだったコンビが下位に沈んでしまう、なんていう結果も計算上は起こり得るっていうことなんですよね。
うーん、それはなかなか考えさせられますね。
9人も審査員がいるのに、たった1人のある種極端な判断で結果がこれほどまでに変わってしまう可能性があるというのは、審査の意味そのものをちょっと問い直すことにもなりかねないですよね。
まさに、この記事が浮き彫りにしているのは、そのM-1の接戦という見た目、その裏に隠れているかもしれない、たった1人の判断で評価がおぶるかもしれないという、ある種の無労さなんじゃないかと。
無労さですか。
ええ。もちろん、他の審査員がみんな90点台をつけるっていう中で、1人だけこう突出して低い点数をつけるっていうのは、これは相当な心理的な抵抗があるでしょうし。
まあ、そうでしょうね。
いわゆる空気を読むっていう側面は、これは無視できないとは思います。
確かに、あの人だけ低い点数をみたいには、ちょっとなりにくい雰囲気はありますよね。
ただ、その空気に頼るっていうのは、非常に不安定なわけです。
逆に言えばですよ、その空気を読まずにというか、あるいは独自の基準で点数幅を広く使う審査員がもし現れた場合、その1人の審査員の影響力が不均衡に大きくなりすぎてしまうという。
ああ、なるほど。
筆者はこの現在の90点以上での僅差の勝負っていう、この状況そのものに何か構造的な問題が潜んでるんじゃないかと指摘してるわけですね。
なるほどな。いや、決勝に残るコンビはみんなレベルが高いんだから、それ90点台になるのは自然でしょっていう意見もありそうですけど、それに対して筆者はどう考えてるんでしたっけ?
その点も触れられてますね。レベルが高いのはもう大前提として、それはそれとしてですよ、この決勝という一つの土俵の中で改めて0点から100点までの評価軸をもっとこうしっかりと使うべきじゃないかというのが筆者の主張なんです。
つまり最高レベルの戦いの中での相対評価としてもっと点数に差をつけるべきだと。
なるほど、最高峰の戦いだからこそ、その中での差をより明確にするために評価の幅を最大限に活用すべきだということですね。
まさにその通りです。現状の採点方法だと視聴者には非常に近差の手に汗握る勝負に見えているかもしれないけれども、その実態としてはもしかしたら一人の審査員のちょっとした気まぐれというか得意な評価基準によって結果が大きく左右されかねない。
より公正で審査員全員の評価がちゃんとバランスよく反映されるような安定したシステムのためには、この点数幅の活用法というのを見直す必要があるんじゃないでしょうかというのがこの記事の確認的なメッセージかなと。
というわけで今回はM1グランプリの審査員の採点についてもっと点数の幅を広く使うべきだと主張するブログ記事を深く掘り下げてきました。
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審査の勝負を演出しやすいという側面もある一方で、特定の審査員の影響力がちょっと過度に大きくなるリスクもあるんじゃないかという非常に興味深い指摘でしたね。
そこで最後にですね、あなたに一つちょっと考えてみてほしい問いがあるんです。
あ、何でしょう。
このように点数、それも特にこう非常に狭い範囲での点数の上下にどうしても注目が集まってしまうことでですね、点数だけではなかなか捉えちれないようなお笑いの質的な違いであるとか、あるいはその多様なスタイルの持つ独自の価値みたいなものが、かえってこう見えにくくなってしまう、そういう可能性はないでしょうか。
ああ、なるほど。点数にとらわれすぎる弊害みたいなことですかね。
そうですね。フィギュアスケートとか他の採点競技なんかでも、やっぱりトップレベルの競争になると、その評価の差をどうつけるかっていうのは常に難しい問題じゃないですか。
確かに。
点数というまあわかりやすい指標と、その評価されるものの本質的な価値、あなたならこの関係性どう考えますか。
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