2025-11-24 14:52

EP804【女性を容姿で順位付け】ミスコンが批判される本当の理由

元動画:https://www.youtube.com/watch?v=gBj3YwU8Px8

サマリー

ミスコンは女性の美貌に順位をつけるイベントであり、その批判には美貌が生まれつきのものであり不公平だという意見があります。また、スポーツや学業のように努力によって得られないという考え方が、ミスコンへの批判を強めています。ミスコンにおける女性の容姿評価とその背後にある才能や努力の関係が議論されます。このような競争が自己認識や将来の成功にどのように影響を与えるかが掘り下げられています。

ミスコンの批判
はい、こんにちは。今回なんですけれども、ミスコンは何で批判されるのかというテーマで、僕の意見をお話しさせていただこうと思うんですが
ミスコン、ミス大学とか、ミスユニバースとか色々あるんですけれど、それって女性の美貌に対して
順位をつけているわけですよね。見た目に対して順位をつけているわけで、一応、見た目だけじゃなくて品位とか
佇まいとか喋り方とかも審査の基準なんかに入っているとは思うんですけど、現実的にはほとんど見た目、美貌で
ランキングしているわけですよね。そういうミスコンに対して時々一部の人たちが
女性を見た目でランキングするなんてとんでもない。ミスコンは廃止すべきだってね。ミスコン批判する人が一定数いるわけなんですけど
もちろんみんながみんな批判するわけじゃなくて、男性でも女性でも別にミスコンいいじゃん
見た目で順位つけてもいいじゃないっていう人もいるわけなんですけど、じゃあ
ミスコン以外で世の中で順位をつけることっていっぱいあるじゃないですか。ほとんどのことは順位つけてると思うんですけれど
例えば学校の成績、成績順に名前出して発表したりとか、全ての学校がそういうことをやってるわけじゃないんだけど
まあ僕の時なんかそういうのはあったんですよ、大学の時でもね。別にそれ嫌じゃなかったんですよ
あとは大学偏差値とかでもね、ランキングつけるじゃないですか。ということは自分の出身大学のランキングがあるから
それで順位付けをしてることになるんですよ。そこの学生さんとかそこの出身大学の人もね。あとがさ
スポーツだよね。運動会なんかは順位つけるわけじゃないですか。
都競争でもリレーでも勝ち負けとか1,2,3位ってつけるわけであって、まあほとんどのスポーツって順位付けするわけですよ
オリンピックだってインターハイだってね、プロスポーツだって野球、サッカー、ボクシング、パワーリフティングとかね
あとはボディビルとかフィジークとか、あとは女性でもね。フィットネスビキニとか女性でも
ボディビルディングあるわけなんですけど、ボディビルはほぼね、見た目で順位付けしてるわけですよね
女性もフィットネスビキニとかボディビルとかで順位付けしてるわけですよね。そういうのって
ほとんど批判されないんですよ。一部順位付けるのは良くない。小学校でも運動会で都競争でみんなが手を繋いで
1-2ゴールするとかね、わざと競争させないのがいいみたいなね。まあそういう教育の仕方もあるんですけれど、僕はそれは否定的なんですけれど
まあなんでミスコンばっかり否定されるのか?他のことは順位付けしてもね、否定されないのに
それはね、学業とかスポーツっていうのはおそらく世の中の人は努力によって勝ち得たものだと
勉強頑張った人とかスポーツも練習、稽古頑張った人が上に行くから
努力すれば誰でも上に行けるから、平等なんだと。条件は一緒なんだと。だから努力することは素晴らしい。努力すれば上に行ける。
なので学業とかスポーツで順位付ける、するのは悪くないっていうことだと思うんですよ。
で、ミスコンはおそらく批判する人は美貌、見た目っていうのは生まれつきのものであると。
もう遺伝子レベルで決まると。これは不公平であると。要するに運、ガチャとかで決まるわけですよね。
顔がちっちゃいとか身長とかスタイルがいいとか顔が綺麗とかっていうのは運、遺伝子レベルで決めるから不公平だからと。
努力は関係ないから。だからこういうのは良くないって考えている人多いと思います。
努力と生まれつきの才能
あとはミスコン自体が女性別資になるから批判するっていう人もいますよね。
女性を見た目でランク付けするっていうのは女性を外見でしか見てないと。中身だって大事なのに外見だけでランキングするっていうのは女性別資だよねって。
そんなこと言ったらボディビルダーって男性を見た目でランキングするんだからそれはどうなのってことになるんだけれど、
やっぱり女性の方が差別っていうことに対してより敏感っていうのはあるわけですよね。
なんですけれど現実的にはですね、遺伝子の研究っていうのが進んで
学業とかスポーツもかなりの部分が遺伝的要素によって多くのものが決まっているっていうのは分かってきたんですよ。
そういう研究の情報もインターネット、YouTubeとかXとかいろんなメディアで皆さん情報を得るようになったので
世の中の優劣というのは多くのものが遺伝子要素によって決まっているんだと。
例えばIQ、知能指数ですよね。あとは計算能力とか音楽の才能とか論理的思考能力とかっていうのは結構遺伝子レベルでもう生まれつき決まってますよと。
あとは身体能力ですよね。瞬発力とかあとは持久力とか反射神経とか野球とかサッカーとかも
才能のある人の方が才能のない人よりも上に行く。それがある程度生まれつき決まっているっていうのが遺伝子の研究によって分かってきたんですよ。
そういう才能って昔からなんとなくそういうのあるよねっていうのは分かってたんだけど
昔はそういうのが曖昧だったんですよね。インターネットの情報で誰でも仕入れることができなかったわけなので。
なので昔は勉強とかスポーツっていうのは努力で克服できるんだと。多少生まれつきの才能の差はあるんだけど、そんなのは努力で克服できるんだと。
ちょっと根性論的なものがあって、例えば巨人の星とかロッキーとかね、あとジャッキーチェンの映画とかでも努力して敵に勝つ、上に行くのが美しいっていうね。
だから努力は必ず報われるっていう風潮だったんだけど、実際現実的にはもちろん努力は大事なんですけれど、やっぱり生まれ持った遺伝子レベルの才能っていうものの方が結構重要であって、
それはね、上に行けば行くだけ才能がより重要になるわけですよ。
例えばオリンピックで金メダル取るんだったら、やっぱりある程度の才能を持ってないと、いくら努力しても金メダルは取れないですよ。
だって世界中から才能のある人、なおかつ努力してる人たちがうじゃうじゃいて、その中で勝ち上がるんで、才能がなくて努力だけで金メダル取るって無理なんで。
だけど高校生の県大会の1回戦、2回戦、3回戦とか、そういうレベルだったらそんなに努力してない人も多いし、すごい才能あふれる人ばっかりいるわけじゃないので、ある程度努力すれば才能がなくても県大会で優勝するぐらいはできたりとかするんですけど、
インターハイの決勝とか世界大会とかになったら、もう才能がないと勝ち上がれませんよっていう世界なんですよね。
なので本当は学業とかスポーツでも順位をつけるのは不平等なんですよ。だって努力だけで
克服できないわけだから。じゃあミスコンはどうかっていうと、ミスコンもやっぱり見た目、生まれつきの才能ですよね。これ大事なんだけど、だけどある程度努力も必要なわけですよ。
というのは例えばね、暴飲暴食してね、好きなものも何でも食べて、お酒も飲んで、お菓子もバクバク食べれば、ちょっと肥満になったり太ったりとかして、ミスコンでは勝てないわけですよね。
あとはスタイルを維持するために、油酸素運動をしたりとか筋トレしたりとかもね、頑張ってるわけですよ。
あとは姿勢を正す練習とか、佇まいとか、歩き方とか、表情の作り方とか、話し方とか、あとお肌のケアとか、紫外線予防して、
なんでもかんでもね、スキーとかスノボーとかさ、マリンスポーツとかやれるわけじゃないと思うんですよね。
あとは保湿するとか、それなりに努力は必要なわけであって、努力しないでミスコンで優勝するのって無理だと思うんですよね。
ミスコンと才能の比率
なので世の中の人はですね、おそらく才能と努力の割合ですよね、で順位つけていいかっていうのが決まると思うんですよ。
昔はミスコンはほとんどが才能で決まってたと思われていて、あとは学業とかスポーツは努力でほとんど順位が決まるって思ってたと思うんだけど、
現実的にはミスコンも学業もスポーツも全部大部分は才能で決まるんですよね。
なので、才能と努力の比率、ミスコンも学業もスポーツもね、
大体7対3とか8対2ぐらいで才能優位だと思うんですよ。それは大会のレベルが高ければ高いほどより才能の比率が重要視されるわけなんで、
ミスコンも学業もスポーツもね、結局世界大会レベルだったら才能と努力の比率同じぐらいだと思うんですよね。
だけどやっぱりね、ミスコンっていうのは見た目で競う部分が大きいんで、肌から見てる人から見ると分かりやすいんですよね。
一目瞭然でこの人綺麗だなーって美人だなーって、生まれつき美人で羨ましいなーって思うわけじゃないですか。
だけど学業とかで上に行く人って結局才能って脳の構造じゃないですか。MRIとかCT取ってもこの脳はいい脳だとか分からないわけなんで、
分かりづらいから努力で上に行ったんだっていう風に思われると思うんですけれど、スポーツだって神経とか脳の構造とか筋肉の構造とかによるものなので、
見た目だけではあんまり分からないわけですよね。という感じで。
だけど僕、順位をつけるってことって大事だと思うんですよね。競争させるっていうことが大事で、
競争して勝負して負ければ悔しくて、それをバネにしてもっと努力する人だっているし、
勝てば嬉しいし、ドパミンが出てまた頑張ろうって思うわけなんで、運動会でも学業でもスポーツでもやっぱり努力させて競い合うっていうことが大事なんで、
ランキング付けするっていうのはある程度大事だと思うんですよね。
だけど何でもかんでもランキング付けして、それで上の方に行く人はいいんですよ。
結局勝ち組と負け組に分かれちゃうんで、負け組の人たちが劣等感感じて卑屈にならないように、
人間誰でも得意分野と苦手分野があるんで、いろんなこと競わせて自分はこれが得意なんだ、これが苦手なんだっていうことを
若いうちに知っておくと、じゃあこの苦手な分野は頑張んないけど、この得意な分野で頑張って、
これで将来成功するために頑張っていこうって、努力する方向性が分かるようになるっていうのはありますんで、
自分の得意分野を見つけるためにも若いうちがいろんなことを競い合うっていうのは大事なんじゃないかなって思いますね。
だけどあんまり卑屈になっちゃって、劣等感感じるとそれで鬱になっちゃったりすることもあるんで、
そういう場合は他人と比べるばっかりじゃなくて、過去の自分と比較して過去の自分に打ち勝って、
それで喜びを得て努力しようっていうことも大事なんですけどね。
という感じでございます。何でもね、勝った時の喜び、負けた時の悔しさって大事なんじゃないかなって思いますけどね。
なんですけれど、最近遺伝子の研究が進んで、努力できるかできないかっていうのも遺伝子である程度決まっちゃうんですよね。
そうしたら努力できる人、努力できない人も生まれつき決まってるんで、
結局学業とかスポーツなんかも結局は大部分が遺伝子で決まるんだなっていうふうに僕は思いますね。
容姿評価の是非
という感じで僕はミスコン否定派じゃなくて、学業とかスポーツでランキング付けるんでミスコンだってありだと思うんですけど、
やっぱり一定数の人たちは女性を見た目でランキング付けするのはけしからんっていう意見の人もいるんで、
そういう人の意見はそれで尊重するんだけど、僕個人の意見としては別に学業とかスポーツランキング付けするんだから、
見た目でランキング付けするのもありだと思うし、それだって努力は含まれてるわけですし、
学業、スポーツも大部分は才能、遺伝子レベルで決まってるわけなんで、別にそれでいいんじゃないかなって思います。
というのが僕の意見です。ご視聴ありがとうございました。
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