授業アイデアの重要性
デジタル時代の国語教育を語ろうにようこそ、パーソナリティーのKasaharaです。
この番組では、ICTを活用した国語の授業実践に関する話題を中心に、
Google for Education認定トレーナーと認定コーチの資格を持つ、
私、Kasaharaが教育にまつわる様々な話を配信していきます。
職員室のスタッフ同士で行われる教育談議のようなものだと思って、ゆるっと聞いてください。
授業のアイデアがないと追い詰められることってありませんか?
自分はしょっちゅうです。授業が始まるギリギリまで、単元のアイデアが出てこないで、
明日からの授業をどうしようかなと、その日の夜まで悩むことが結構多いのですよね。
だから、他の先生の授業アイデアの集め方は非常に気になっているところです。
ちょうどクロス先生のポッドキャスト、今日も明日も授業堂、国語教育をゆるっと語るの227回、
単元構想のヒントをどうやって得ているのかで、そういう話をされていたので、
おお、こういう話が聞きたかったんだよなぁと思って、とても刺激を受けました。
そこで今回は自分もクロス先生のポッドキャストのテーマをTTP、徹底的にパクってってやつですね。
自分の授業アイデアをどうやって見つけているのかということについて話をしてみようと思います。
でもなぁ、冒頭で話した通り、自分は授業作りにいつも追い詰められている感じがするので、
それほど良いアイデアを持っているわけでもないかもしれません。
話してみないとわかりませんが、結果的にはグダグダになってしまったらごめんなさい。
概要欄にクロス先生のポッドキャストのリンクを貼っておくので、
本気で国語科の授業について考えたい方はクロス先生の放送をぜひお聞きください。
ノッケから足利本願ですが、一生懸命言語化するので、ぜひ感想などあれば教えてくださいね。
子どもたちの実態の把握
さて、ここからが本題です。
授業作りのために、そもそも授業のアイデアをどのように見つけているかということについてですが、
基本的には大学の頃に教えてもらった訓練したことをずっと愚直に続けている感じですね。
クロス先生のポッドキャストの1月1日の配信会でも話したのですが、
自分は基本的に伝統的な国語科の単元学習の授業作りをやってきているつもりなんですよね。
とにかく一番最初スタートラインにあるものは子どもの実態なんですよね。
初めに子どもの実態があって、そこからどういう授業にしようかなというのをいつも考えています。
子どもたちの興味関心はどこにあるだろうとか、言語生活の実態が一体どんな感じに今なっているのかなみたいなことを考えています。
だからその意味で、新しい生徒を教える新年度っていうのが一番結構大変なんですよ、自分は授業作りとしては。
今年に関して言うと、去年まで教えていた生徒が卒業してしまったので、
全て受け持った子どもたちが今年から初めて教える生徒たちばかりになっているので、授業のアイデアに関してはものすごく苦戦しています。
前回の放送で解説した大福町なんですけれども、大福町も子どもたちの実態を把握するためにやっている一つの工夫ではあるんですよね。
結構大福町に子どもたちが日常の生活の話だとか、どういう本が好きだ、どういうジャンルの話題を今ハマっているのかみたいなそういうことを書いてくれているので、
そういう実態から子どもたちの興味を引く題材を探していくみたいなことは結構やってますね。
なので子どもたちがこういうアイドルが好きなんだとか、子どもたちの間でこういう漫画が今流行っているんだみたいな情報を得ると、
結構頻繁に買っちゃうし、実際に自分もそれをやってみたりっていうのはよくやりますね。
で、やってみるとやっぱりそこから教材のアイデアが出てくることもあります。
まあ大体空振るんですけどね。
なので結構不真面目と言われると不真面目なのかもしれないですけれども、
国語の何か専門的なものをじっくりと読むということよりも、実はもっと他のところからアイデアが持ってこられることの方が体感としては多い感じがしますね。
授業のアイデアに関しても、国語の授業の生徒の様子だけだとやっぱりちょっと上手くいかないなって思ってます。
むしろ探求の授業で子どもたちの様子を見ていると、
ああなるほど、言語の力でこういうところが今足りてないのかもしれないなみたいなことに気づきやすい気がしています。
自分は校内だと探求学習を統括する立場にあるので、
自分の教室もたないで全ての教室をちょっと見学させてもらって子どもたちがどういうふうに取り組んでいるかっていうのを見てるんですね。
だから子どもたちが実際に活動するときにどれだけ言語の力を持っているのか、
どれだけ言語の力が武器になっているのか、もしくは全然身についてないのかっていうのを結構リアルに打ってみることが多いんですよね。
なので探求学習の様子から、国語の授業でこういうことをやったら探求の方に戻せるんじゃないかなみたいなことはかなり考えて、
AIと指導書の活用
カリキュラムマネジメントみたいなことに関しては考えています。
あと、やっぱり生徒の情報を得るのに一番いいのは、授業の時間よりも休み時間の様子をよく見ていることですね。
自分は授業が終わって休み時間になると、割と早めに教室に行って次の授業の準備しているみたいな感じなんですよね。
生徒にとっては迷惑かもしれないですけど。
休み時間中も教室にいるようにして、子どもたちがどんなことを話しているのかなとか、どんなことをやっているのかなっていうのを結構ぼんやりと見てるんですよ。
そのぼんやりと見ているところで、なんか生徒が変わっていることをやっているなと見つけると、それをちょっとリサーチしてみて、そこから授業のアイデアにつながることがないかなみたいなことは考えていたりはします。
今年卒業させた卒業生の様子なんかを見ていて思ったのは、やっぱりスマートフォンの使い方みたいなところが結構気になっていたりとかしたので、
デジタルスクリーンタイムの授業についていろいろ話し合うみたいな単元だとかを考えたことなんかもあったりはします。
やっぱりベースとしては子どもたちの様子をどうにかして何とかして見とって、そこから授業ができないかなっていうのは常に考えている感じがします。
話は変わりますが、よく授業作りで指導書を使うかどうかということが話題になりますよね。
自分は指導書を使うことはあまり得意ではないんですよね。
自分も指導書を書いたことがあるので、いろいろな事情があるのはなんとなくわかるのですが、やっぱり最大公約数的なことしか書かれていないので、それをそのままやろうと思うと自分がもやもやしちゃうんですよね。
勘違いしてほしくないのは、指導書ってやっぱりよくできていますよ。指導書が悪いんじゃないんですよね。
自分の個人的な好みとして、先に言った通り子どもたちの実態からスタートしたいなというのを考えたときに、指導書の授業のアイディアだと既製品を買ってくるような感じで、オーダーメイドのスーツに比べると着心地が悪いみたいなそんな感じになっちゃうんですよね。
なので、指導書に書いてあるアイディアを何とか参考にして授業を作ろうとしようとすると、かえって指導書のアイディアと自分のアイディアが干渉してしまって遠回りになってしまうなぁみたいなことが結構多いというのが自分の感覚なんですよね。
ただ、指導書の中で紹介されている参考資料集などに関しては、授業作りとしてはめっちゃ役に立つんですよね。自分でゼロからいろんなものを探してくるよりは、参考にある資料を教えてもらえるっていうのはやっぱり非常に時間のショートカットとなるので助かっています。
指導書に書いてある授業はやらないんですけれども、指導書はちゃんと読み込むようにはしてるかなっていうところですね。文字があれば読んじゃうっていうのは国語の先生の佐賀みたいなものですから。
またワークシートなどの補助教材に関しては、探検構成を考えて使えるときにはもうガンガンと使いますね。使えるものは何でも使うっていうそういう根性で生きてます。
こういう話をすると意外に思われる方は結構いるかもしれないですね。自分がわりと何か教科書に書いてないような変な授業ばっかりやってるようなイメージを持たれているので、
全然教科書使って授業やってないんじゃないですかみたいなことを言われるんですが、全然そんなことないですね。自分はわりと教科書に関しては生徒にかなり読み込んでもらっている方だとは思いますね。
年間で扱う学習材の数も多分他の先生よりもかえって多いんじゃないかなという気もしています。
単元作りだとむしろ教科書をもう何十回も読み直すことによって、この教科書のこの文章からだったらどういうことが生まれるんだろうなっていうのに悩まされる時間の方が長いんで。
まあ教科書を使うという意味が解説するという意味なのであれば自分はほとんど解説はしないので、その意味では教科書は使ってない。
いやでも教科書を使うというのは解説するということではないので、自信持ってちゃんと教科書を使ってますよというのは言える気がしています。
あとやはりこれは聞かれるでしょうから先に行ってしまおうかなというふうに思うのですが、生成AIを使った授業作りに関しては指導書と同じ理由であまりうまくいかないですね。
自分の過去の指導案だとか発表資料だとかを食わせて壁打ちの相談相手としては使っているんですが、出てくる授業アイディアに関しては自分にぴったりすぎて気持ち悪いですね。
自分にぴったりすぎて気持ち悪いってまたへその曲がったことを言ってるなと自分でも思いますけど、自分の感覚にはまりすぎている授業って絶対うまくいかないんですよね。
これは自分のジンクスというか経験値というかまあそういう感じのものなんですけど、自分に自信のある時の授業ってあんまりうまくいかなくないですか。
やっぱり余白がなくなっているせいか授業に下ろすと子どもたちの反応がだいたいダメだなあっていうようなそんな感覚があります。
生成AIが出してくれるアイディアっていうのはその意味だともう本当に好きがないものが出てきてるなという気がするので、
たぶんこれこのまま下ろすと自分の感触の良さに対して子どもたちがチーンってなっちゃうなっていう気が結構してます。
まああとそもそも授業作りは自分の趣味なのでAIに任せたくないだけですね。
学習材作りは手伝ってもらいますけど、授業のアイディアは別にいらないなっていうふうに思っている自分もいます。
AIの方が優れている可能性ももうさすがにこの性能だとあり得るかなというふうには思うんですけれども、
ただそこを譲る気はないかなっていうふうに思っています。
授業のアイディア集めに関しては、そうですね、黒瀬先生も話していましたけど、
いろいろな言語材に触れているとアンテナにピンとくることってあるんですよ。
そしてそういうピンときた時のアイディアってやっぱり授業の感触がいいんですよね。
じゃあ様々な言語材って何かっていうと論文や研究書っていうわけでもないんですよね。
堅い真面目な本というわけではないんですよ。
むしろ趣味で読んでいる漫画やアニメだとかの方から、
授業アイデアの発見
これ使えるかもみたいなアイディアが降りてくることも結構多いんですよね。
僕語の先生だからといっていつも難しい評論ばっかり読んでいると疲れちゃいますから、
いろいろなジャンルの文章だとかメディアだとかやっぱり見ますよね。
そういう中で、なるほどこれは授業のアイディアになりそうだなっていうものを
なんとなくストックしていくみたいなそんな感じですかね。
もちろんポッドキャストを聞いているとやっぱりアイディア思いつくことは非常に多いですよね。
あと自分の場合はこうやってアウトプットもいろいろとやっているので、
そのアウトプットのネタ探しの段階で授業のネタになりそうだなっていう風に気づくものも結構あります。
というか普段のアウトプットももうネタ切れ気味なので、
どうしたものかな、いつも頭悩ませてはいるんですけれども、
そのアウトプットをするためにインプットをどうしていくかっていうのを考えている過程で、
そのインプットの内容が授業につながることも結構ありますね。
やっぱりアウトプットやっているとインプット増えますから、
そこが授業につながっていることは結構あるんじゃないかなとは思いますね。
最近はやはりSNSで他の先生の実践から刺激を受けることもかなり増えたなというふうに思いますね。
SNSで特にFacebookですね、自分の場合は。
Facebookでよく知っている先生のああいう実践があるんだみたいなことを見ると、
自分でもこれは挑戦してみてもいいかもみたいなことを見つけることができますね。
真面目にちゃんと論文だとか実践報告も読んだりはしますね。
日本国語教育学会の月間国語教育研究には毎月実践報告が載ってますから、
そういうような実践報告を読むことによって影響は受けているのかもしれないなというのは思っています。
ちょっと残念なのが、高校の実践ってあんまり世の中に実践報告の形で出てこないんですよね。
小中学校の実践論文に対して高校の論文の数ってもうかなり数が減っちゃってる気がしています。
なので日本国語教育学会などの研究室を見ていても、
小中の方が数が多くて高校が少なかったりするので、高校の実践が載っていると、
お、これは読まなきゃっていう気持ちになりますよね。
論文読むのもSNSを読むのも自分の中では刺激の受け方としては似ているようなものな感じがしています。
目に入る面白いものがあれば、うちの生徒はどういう反応をするかなというふうに
次の瞬間に考えている自分がいるのに気づきますね。
寝ても覚めても授業をどうするかなみたいなことは結構ぼんやりと心の中に引っかかり続けています。
ご飯食べているときも、例えばカップラーメンの蓋のデザインに書かれているキャッチコピーとか見ながら、
これを何か授業のネタにできないかな、やっぱりカロリー低い方がいいのかな、
じゃあカロリー低いってどういう訴求の仕方の言語表現になっているのかなみたいなことをすごい考えちゃうんですよ。
最近はAIもあるので、思いついたことをその場ですぐにAIに投げてみると、
そこでリアクションダックとかももらえちゃうと、もうラーメン伸びちゃいますよ。
そのぐらい授業について考えていると時間が足りなくなる感じがしています。
なんかこういうと一生懸命ストイックに授業を考えている人みたいなんですけれども、
そうじゃなくて、ただ頭が固いので全然アイデアが出てこないんですよ。
授業作りの方法
いつも時間切れで授業に突入するんですよね。
むね。今回の配信はいかがだったでしょうか。
自分の授業作りの方法を振り返ってきましたが、全く整理されていませんね。
これは毎回授業作りに悩むわけですよ。
授業作りに悩んでいるくせに、指導書に書いてある指導案については、
うーん、なんか違うってほとんど参考にしないんだから、我ながら天のお尺です。
あと自分がこうやって好き勝手に授業作りをしていて、
ギリギリまで粘ってられるのは、勤務校が私立高校で、
自分一人で同じカリキュラムのコースを丸垢へできているからなんですよね。
同じコースを複数の担当者で担当するような場合は、
絶対に今のような授業作りの方法はできないです。
特殊な環境の特殊な方法であることは、
学校の教員でない方でこのポッドキャストを聞いている場合は、
注意していてもらえると良いかと思います。
ちなみに年間の指導計画ですが、
身につけたい能力ベースで年間計画は出しているので、
どの学習剤をやるかということについては、割とざっくりしています。
ただ現実的には学校としては教科書ベースにはなるので、
教科書の配列に近いものにはなっています。
評価や定期テストについても色々聞かれることが多いんですが、
これはまた今度別の機会にしましょうかね。
ちょっとだけ手の内を話すならば、定期講座は全部初見の文章です。
教科書の文章は全く出さないですね。
授業で言語活動をしてもらっているので、
それをちゃんとやっていれば解けるような講座を心がけています。
また生徒の成果物に関しても、
一つ一つ丁寧に見ていくことで成績はつけるようにしています。
授業で途中経過を見ながら最後の成果物を見ているという感じですね。
授業づきは評価を決めることとも密接に関わるので、
これもまた今度深掘りしてみましょう。
ここまでお聞きくださりありがとうございました。
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またアウトプットの一環として、
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この番組は毎週月曜日に1回配信されます。
次回の配信もお楽しみに。
ではまた。