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スピーカー 2
ダイアログカフェ。筋書きのない対話から新しいアイディアと自分自身に出会う場所。この番組は様々なテーマで楽しみながらお届けします。
今日もゲストをお招きしてお話をお伺いしたいんですけど、久々のオンライン収録です。
田鹿倫基さんです。よろしくお願いします。
田鹿さんはですね、私がクラウドワークスで働いていた頃に、
宮崎県の日南市と一緒に取り組みをやるっていう機会があって、その時に知り合ったっていう。
10年、あれ2015年、4年とか5年ぐらいですよね。
なのでもう10年前ぐらいなんですけど、私もクラウドワークス辞めましたし、田鹿さんも当時は日南市の一応職員だったわけですよね。
という感じなんですが、今も日南市にお住まいですが、もう行政の人ではないんですよね。
スピーカー 1
そうですね。行政の人ではなくなりました。
スピーカー 2
っていうのもあって、結構久しぶりですよね。
スピーカー 1
ですよね。
10年ぶりぐらいですか?近く?
4年ぶりぐらいですかね。
ここで一回オフィスにお邪魔して雑談をさせていただいたことが。
スピーカー 2
確かに。
田鹿さんは結構、今は減っちゃったかもしれないんですけど、以前は日南と東京を結構行ったり来たりしてましたよね。
スピーカー 1
ですね。
スピーカー 2
スタートアップ界隈では、いろいろとネットワークが広く、
クラウドワークだけじゃなくて、いろんな企業と連携して、めちゃめちゃ積極的な自治体っていう感じで、
その顔として、田鹿さんがハブになってらっしゃったというか、そういう感じの方なので。
もともと田鹿さんを紹介してくれたのは、私今スペースマーケットの社外取りもやってるんですけど、
スペースマーケットの社長のしげまつさんが、
私がクラウドワークスに入って、まだ上場前でPRをクラウドソーシングっていう世の中に広げるために、
自治体とやりたいなと思ってるんだけど、どうしたらいいのかなって。
スペースマーケットが結構自治体と一緒にPRをやってたので、それで相談したんですよ。
そしたら、あ、じゃあ日ランとやるといいよって。日ランは何でもやってくれるって。
スピーカー 1
何でもやります。
スピーカー 2
そうなの?って。そんな自治体フットワークの軽い自治体あるんだと思って。
それ以前、私全然自治体の方とのネットワークはなかったんで、
しげまつさんに紹介してもらって、たじかさんにお会いしたら、
お、やります、やります、みたいな感じで、めっちゃ軽い感じで、
一緒にやりましょうって言ってくださったんで、
クラウドワークスのPRに関わるというか、クラウドソーシングを活用して地方で働くっていう、
そういう取り組み事例を自治体と一緒にやるっていう、
そういうのをトライアルというか、一番最初のパイロット版みたいな感じでやらせてもらったっていうのが、
それが10年前のことですね。
スピーカー 1
ですね。懐かしい。
スピーカー 2
懐かしいです。本当にたじかさんにそこで突破口を開いていただいたことによって、
その後、ガイアの夜明けも日蘭市との取り組みっていうので扱っていただきましたし、
そこから、日蘭とこんなんやってるんですっていろんな自治体に話をしに行って、
結果同じようなパターンで、それがさらに進化したようなものを全国ずつ裏裏やるようになったんで、
本当に最初の事例を作っていただくところに一緒にやれたのはすごい嬉しかったです。
スピーカー 1
こちらこそありがとうございます。
でもあれからクラウドソーシングと自治体がクラウドソーシングに積極的に関わり出したのは、
たぶん我々の取り組みからですよね。
そうですね。
行政は基本横並び主義なので、他のところがやってるってなると倫理も通りやすくなるし、
それでどんどん他がいっぱいやってくると、
スピーカー 2
大きいですよね。
スピーカー 1
そうなんですよね。
だからその突破口を田中さんと二人で作れてよかったなと、今10年前を思い出しました。
スピーカー 2
思い出しました。
スピーカー 1
いやーよかった、よかった。
スピーカー 2
よかった、そうなんですよ。
田塚さんは日蘭市の職員だったという話をしたんですけれども、
ちょっと独特のキャリアと言いますか、
普通の公務員として日蘭市に就職したとかっていうのでは元々なくて、
ずっと民間のキャリアを歩んでこられて、
マーケティング専門家というポジションで、
日蘭市にジョブチェンジしたっていう経緯があるんですけど、
その辺のキャリアの話を今回は聞いていきたいなと思っております。
スピーカー 1
もともとはリクルートに就職をして、
その後は中国のベンチャー企業に転職をしてきてまして、
業務の領域としてはインターネット広告をずっとやってきたんですけど、
そこまでいくと、当時イケイケの中国でウェブマーケットっていうと、
すごいウェイウェイ系な感じだと思うんですけど、
でも大学が宮崎だったということもあり、
将来は宮崎の街づくりに携わってみたいなっていうのはずっと思っていて、
大学時代からボランティアという形で、
商店街の発生家のチームでやったりとか、
そういう取り組みをしてたんですけど、
やっぱりもうちょっとパワーアップしてからじゃないとダメだなっていうふうに思って、
一番パワーアップできて、かついつでも辞めれるっていうところはどこだろうと、
考えたときにリクルートだったりとか、
これから中国との関係、特に九州は強くなるということで、
中国での経験も積んでおこうということで、
中国のベンチャーに転職をしたりとか、
そんなキャリアを歩んでました。
その後、日南市マーケティング専門館ということで、
人口5万人の小さな市役所に働くことになったんですけど、
そのきっかけは、前日南市長の佐久田強平さんという方がいらっしゃって、
彼とは飲み友達だったんですね。大学時代から飲み友達で。
ある日佐久田さんから連絡があって、
スピーカー 1
お前ちょっと中国でバブルを謳歌して遊んでんじゃねえと。
そんなことしてるんじゃなくて、いい加減宮崎のために働けとお叱りをいただきまして、
どうやったらいいんすかって言ってると、
俺が市長選挙に出るから、通ったらお前日南市役所で働けって言われまして、
民間の感覚だと、社長が来いって言ってるから普通に採用されるもんだと思っていたら、
行政はそれを誤発答なんですね。
市長と仲がいいから市の直委になるとかはそういう話じゃないので、
で、なぜか議会も通りまして。
スピーカー 2
議会?
スピーカー 1
議会でひともんちゃくあったんですよ。
市長の友達だからこいつを入れるってどういうことだみたいな。
ちゃんと書類を整え、入ったというような。そんな感じですね。
スピーカー 2
佐久田さんってもともと宮崎の人じゃないんですか。
スピーカー 1
もともとは京都生まれ滋賀育ちなので、全然宮崎じゃない。
スピーカー 2
あ、じゃあ宮崎じゃないんですね。
スピーカー 1
はい、そうなんです。
スピーカー 2
大学は宮崎?
スピーカー 1
はい、宮崎大学だったんで。
スピーカー 2
たまたまなんですか?大学を選ばれたのは。
スピーカー 1
両親が宮崎出身だったので、お盆とか正月の帰省では帰ってたっていうぐらいですかね。
スピーカー 2
ここにちょっと馴染みというか、子どものころからの欠点はあったんですね。
スピーカー 1
はい、それはありましたね。
スピーカー 2
いずれ宮崎で働きたいって気持ちは、大学時代からあったんですね。
スピーカー 1
大学のときに地域の活動をやっていく中で、普通にかっこいいなと思って。
自分の仕事もやりつつ、町の仕事もやる。
っていう二足のわらじをやってらっしゃる大人の人たちはかっこいいなと思って、
スピーカー 2
自分も将来そこに肩を並べてやりたいなと思ってましたね。
町のことをやるっていうのは、それは仕事としてやってらっしゃる方ってことですか?
そうじゃなくてボランティアが?
スピーカー 1
そうそう、ボランティアでみなさんやってて。
スピーカー 2
その時代からそういう方たちが結構いらっしゃったってことなんですか?
スピーカー 1
そうですね、いらっしゃって。
宮崎に限らず、わりとどこでもいらっしゃるんですよね。
ただそういうのは地元じゃないとそういう人たちと出会わないんで、
なかなか現地に行ってボランティア活動とかやってないと出会わないですね。
スピーカー 2
そうですよね。
じゃあそこに、大学時代からそういう地域の活動に支援するようなことをやってらっしゃったんですか?
スピーカー 1
ですです。
スピーカー 2
具体的にどんなことを大学にしてらっしゃったんですか?
スピーカー 1
普通にイベントをやるとか。
スピーカー 2
地域のイベント。
スピーカー 1
そうですね。商店街の活性化イベントとか、年間のスケジュールみたいなのがあるんですよね。
そういったのって基本ボランティアでやってらっしゃるんで、みなさん。
そこに何かの拍子で関わることになって、
街の人たちも変な大学生が来たなと。
おもろいからって受け入れてくれてやってました。
スピーカー 2
そのまま宮崎で就職しようとは思わなかったんですか?
スピーカー 1
そうですね。そこは思わなくて、できることがなかったっていうか、
何かしらのスキルとかがないとだめだなと。
それを得るためには一回外に出たほうがいいだろうなと。
やっぱり10年ぐらい、30年働いて35歳ぐらいのときにまた帰ってこようというような計画でしたね。
スピーカー 2
計画どおりじゃないですか。
スピーカー 1
でも思ったより早く28歳のときに宮崎に帰ってきたので。
ちょっと早かったんですけど。
スピーカー 2
28歳のときだったんですね。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
さきたさんと知り合ったのはいつなんですか?
スピーカー 1
大学のときですね。大学生時代。
そうなんですね。
スピーカー 2
じゃあもう大学時代から一緒にいろんな活動をされてたんですね。
スピーカー 1
そうですね。さきたさんも地域活動とかよくやってらっしゃったんで。
当時は県庁職員で、県庁で働きながら地域のボランティアとかイベントのお手伝いとかやってて。
そこで繋がってました。
スピーカー 1
それはあったと思います。
東京の若い世代の経営者のネットワークって、ほとんど首長、市長さんとかって持ってないんで、
スピーカー 2
なのでそこと一緒に制作をできたっていうのは、他の自治体との違ったポイントかなと思いますね。
とはいえ、それこそ自治体ってさっきの話じゃないですけど、前例がないとなかなか不安になるというか、みたいな性質もやっぱりあるじゃないですか。
あとはスタートアップ側もどこまでできるのかとか、何をやりたいのかみたいなところも実績もないから、
未実数×未実数みたいな感じのところもあると思うんですけど、
そこに対して、いやいやでもなんかやってみようみたいな感じになったんでしょうか。
それともいろいろ葛藤があったりとか、反発があったりとか、どんな形で組んでいくのか。
スタートアップ側の葛藤は後で田中ゆう子さんに伺えればなと。
スピーカー 1
日南市側の葛藤は全然なくて、
っていうのも、先ほど現職とトップ統制の県議に、ボットでの無名な県庁職員が挑むみたいな構図になってたと伝えてましたけど、
結果ですね、選挙をやると、だいたい割合的には、現職さん、県議さん、佐伯さん4、
スピーカー 2
佐伯さんが一番多く取ったんだけれども過半数は取れてないっていう構図になるんですね。
スピーカー 1
この構図になると何が起こるかっていうと、守るものがなくて攻めるしかないっていう状況になると。
例えば、支持団体とかをつけて7割ぐらい取ってやると、そこに絵の配慮みたいなのがあるんで、
やるときにすごい慎重になるんですけど、何もやらなかったら次再選できないし、
やるしかないと。気にするものもないってことでやるしかない。
スピーカー 2
新しい前例のないことをむしろやりやすかったっていう、そういう政治的な構図はありましたね。
スピーカー 1
これ結構歴史的にもたびたび起こってて、リンカーンが奴隷を解放したとかありますけど、
当時のアメリカ大統領選挙も何人か候補が出れる仕組みだったらしくて、
リンカーンは確かに過半数取れなかったんですね。
特定の大きな支持母体がない中で政治をやっていたので、
ドラスティックな、もちろんいくつかの理由もあると思うんですけど、
その一つとして奴隷を解放しようぜみたいな大きな決断ができたんじゃないか、
みたいなことがあったりするみたいですね。
スピーカー 2
なるほどね。
過半数ではなかったってことですけど、非常に厳しい選挙戦だったと思うんですけど、最初の条件としては。
でもそれでも佐伯さんが、そんな若い方が地方の自治体で一応当選されたっていうのは、
勝因って何だったんですか。
スピーカー 1
勝因はやっぱり、票を分け合ったっていうのが大きいですね。
既得権益側の人たちがちょうど割れちゃったんで。
これ1対1だとたぶん勝てなかったと思うんですよね。
スピーカー 2
6対5で。
相手方が割れたっていうのが一つ大きい。
スピーカー 1
そのときの日南市ってどういう状態だったんですか。佐伯さんが就任する前っていうのは。
一番大きかったのは、佐伯さんが就任する3、4年前に平成の大合併があって、
旧日南市とあとは2つの町が合併して、新しい日南市になったっていう。
もちろん行政的な話でいくと、合併するとすごく有利な条件で借金ができるとか、
補助金がいっぱいもらえるとかそういうのはあるんですけど、
市民からすると、市役所が遠くなって不便だとか。
あとは、一番大きいのは、町の職員が遠くに行っちゃうとにぎわいがなくなるんですよね。
旧役所周辺のお店たちが、ランチとかの需要がなくなっちゃうんで、
そういうので合併はやるべきじゃなかったんじゃないか、みたいな声がいっぱいありましたね。
そういった、ちょっと世論がまだザワザワしている、ちょうどそういう状態での選挙だったかなと思います。
スピーカー 2
日南って、あれなんですよね、何だっけ、スズメノトシマリ、映画。
あの主人公が住んでる場所が、一応モデル、日南市がモデルになってると言われてるんですよね。
そういう、ちょっと風情のある、歴史のある港みたいなのが少しあったりとか、
思う気はあるんだけれども、ただ全体としては、ちょっと人口も減少してて、消滅可能性とし、
そういう感じの、当時は特に、町としての勢いはあんまりないっていう、
スピーカー 1
そういう状態だったかなっていう記憶があるんですけど、
スピーカー 2
なんか停滞感があるというか。
スピーカー 1
そうですね、停滞感はありましたね、やっぱり。
スピーカー 2
市民の方からしたときには、そこって田舎だからしょうがないみたいな感じなのか、
何とかしたいみたいな記憶があったのか。
なんかわかんないけど、自治体が抱えてるムードって、
スピーカー 1
地方としてどういう感じなのかなって思ったりするんですけど、
スピーカー 2
若い人は仕事ないって言って外へ出て行ったりするかもしれないんだけど、
スピーカー 1
昔からずっと暮らしてる方っていうのは、町に対してどんなテンションなのかな。
やっぱり、大多数の人にとっては、今まででいいよって思っている。
生活は全然困らないですね。
もちろん、もっと活性化してほしいし、にぎわいはほしいけど、
私が望むものじゃなければ嫌だ、みたいな感じですね。
例えば、商店街の再生事業をやってる中で、
にぎわいが少ないからにぎわいを作ってほしいとかいう応募が上がってくるんですね。
それで、例えば宿ができたり、IT級のオフィスができたりすると、
多少なりに人の流れが生まれてくると。