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2026-01-21 36:26

#121-2 「ここじゃない」なら旅に出ろ!わたしを待ち受ける「やりたいこと」との出会い方【VAN LIFE! ゲスト:旅するコーチ 愛波理恵子さん】

▼番組のnote:
Dialogue cafe | note

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▼内容:
最初の仕事はニューヨークのホテル/会議で発言したら怒られた件/ブラジルに行くんで会社辞めます/あてなき旅の最後に出会ったもの/偶然が必然を連れてくる/「やりたいこと」の見つけ方/「役に立つ」に飛びつかない勇気/たとえ先が見えなくても

▼出演:
ゲスト
愛波理恵子さん(旅するコーチ)
YOU MOVE YOU

MC
田中優子(映画プロデューサー、元クラウドワークス取締役、ビジネスアドバイザー、社外取締役、アントレプレナーシップ推進大使、1児の母)
岡澤陽子(ブランディングコンサルタント、組織支援アドバイザー、ビジネスメンター、戦略インサイトリサーチャー、2児の母)


▼関連エピソード:
#8-3 瞬発力と行動力、ゆるさと明るさ!かおりさんのドラマチックストーリー
#9-3 最強の自己効力感!躊躇なく切り拓く未経験ジャングル
#11 ぼくらを成長させるのはそう、いつだって旅だ!
#75-1 実家はサンバが聴こえるシェアハウス!石山アンジュは「シェア」の申し子
#85-1 「お手本」に向けて走ってきた。その花はまだ咲き場所を知らない

サマリー

愛波理恵子さんは、VAN LIFEの旅を通じて広告代理店でのキャリアやクリエイティブな仕事の達成感について探求しています。彼女の経験は、組織文化や思考の違いが人生に与える影響という重要なテーマを浮き彫りにしています。このエピソードでは、旅を通じてやりたいことを見つける方法について話されています。愛波理恵子さんは、広告業界からの転職を経てコーチングに至り、自身の経験を基に「ここじゃない」状態からの脱却について考察しています。また、エピソードでは「ここじゃない」状態を理解し、旅を通じてやりたいことを探求する方法についても語られています。自分の方向性を見極めることで、より充実した人生を送るためのヒントが提供されています。

VAN LIFEとキャリアの始まり
スピーカー 2
愛波理恵子さんのね、VANでお話をするダイアログVAN。
ダイアログVAN。ダイアログVANだね。快適。
第2回ですね。
コーヒー頂きながらね。
コーヒー頂きながら、すごく居心地がいいんですが、
このVAN LIFEに至るのに、恵子さんは10年かかったと。
スピーカー 1
もともと、新卒で広告代理店に入ったの?
なんかこう、就職活動的なことはしてなくて、海外の大学に行っていて、
もともとは広告専攻というか、コミュニケーション。
なので広告代理店は目指してたんですけど、
その時アメリカに行って、一番最初の仕事は、
ホテルで宴会場セールスをしていました。
911の後で、結構広告業界がなかなか入れないっていうところもあって、
あと経験もなかったし、ビザ的なところもあったので、
一番その時入りやすかったというか、宿ってくれたところが、
日本のホテル、ニューヨークにあるホテルで、
そこでスペースをお客さんに売っていくっていうお仕事のアシスタント的なことをやらせてもらって、
でもそれがめちゃめちゃ面白くて、
真っ白なものを、それが結婚式になったりとか、
パーティーになったり、会議室になったりっていう風に、
お客さんのニーズを聞きながら作っていくっていうところはすごく面白かったし、
その時まだ広告業界は体験していなかったけど、
なんか似てるんじゃないかなっていう風に思ってたんですよね。
お客さんのニーズを何か形にしていくっていうところ。
だから、宴会場セールスは意外と楽しくて、
そういう皆さんのお祝いの場をサポートするとか、
何か大切な会議の準備をするとか、
そこに向けていろんな人たちがその日のために準備していくみたいなところが、
ちょっと文化祭的な感じもあって、
自分これ結構好きなんだなって思って、
家族の事情で日本に帰ってくることになるものがなかったら、
そのまま行ってたのかなっていう風に思ったりもしますけど、
その後日本に戻ってきて、最初映画会社に入ったんですけど、
その後やっぱり入りたいと思って広告代理店に、
スピーカー 2
20代の前半くらいかな、真ん中くらいに広告代理店に入りました。
スピーカー 1
なるほど。新卒ではなかったのね。第二新卒って言うんですかね。
スピーカー 2
そっかそっか。
そこが私たちが出会った代理店?
スピーカー 1
そこではなくて、一番最初に入ったのは割と大きめの、
外資と合併した元々日本の会社っていう広告代理店で、
その時はやっぱり大きい会社だったから、
日本企業での経験
スピーカー 1
日本のお仕事の仕切りとか、
私そういうトレーニングは海外から来て、
ちゃんと就職活動もしてないし、新人トレーニングを受けてないので、
会議では話してはいけないとか、そういうのあんまりなかったし、
最初のメールの書き方とかも全然わかってなくて。
会議では話してはいけないって。
面白いね。そういう会社だったのね。雰囲気的にね。
スピーカー 2
雰囲気的にね。
スピーカー 1
広告代理店に入りたくて、それはみんなクリエイティブになりたいからでしょ、
っていう風にして、営業として雇われて入ったんですけど、
クリエイティブとの会議で私が発言をしたら、
その後こっぴどく上司に怒られて、
あなたがここで話す場所ではないの、っていう風に言われて、
クリエイティブの人たちがこういう役割を持ってて、
クリエイティブに関しては営業は口出ししてはいけないんだ、みたいな。
かつ私はこのランキングの中で言うと一番最下位だから、
話してはいけないんだ、みたいなことを、
こっぴどく叩き込まれたっていう感じが。
スピーカー 2
なんか日本企業。
でも外資と合併した会社なんだよね。
でも母体が日本企業だから、
スピーカー 1
なるほど。
だからなんか急にキュッとなってシュンってなった感じで、
なんかすごいクリエイティブな仕事をしたかったけど、
クリエイティブなことをする人たちがいるんだな、みたいな。
そして私の役割というのは、
この営業という中の一番下のランキングの
ここなんですね、みたいな感じで。
スピーカー 2
そっか。
なるほどね。
スピーカー 1
え、じゃあなんか思ってたのと違うなとか、
スピーカー 2
思いましたね。
スピーカー 1
あんまりいまいちちょっと違うわって。
スピーカー 2
思った。
スピーカー 1
最初の2年間はやっぱり、
そこでやっぱりその時代は、
上司が帰るまで帰っちゃいけないのかなとか、
あとは怒られたりすることがあったから、
その人に確認しないと何もできないとか、
なんか今、20歳の子見たらバンバン質問したりするけど、
なんかその頃自分はやっぱり上を見て
うかがってたなっていう感じだったので、
なんかこれこういう風にしておけば良いのかな、
みたいな感じで、
なんとなく一生懸命は仕事してたし、
すごく深夜残業とかもやっていたけど、
何やってるのかさっぱりわかんないみたいな感じで、
やっぱりそこはふつうとしてましたね。
スピーカー 2
なるほどね。
スピーカー 1
こんなにみんなの調整をして、
クリエイティブなとこには触れないし、
なんか本当は自分クリエイティブなことしたかったんだけど、
そこに行き着く道もよくわかんないし、
何のためにここにいるのかなみたいなのは
すごい結構思っていました。
でもなんか一生懸命学んで、
一生懸命上手になっていけば、
いつかそういう風になるのかなとかやってましたけど、
あんま自分が想像してたスタイルではなかったですね。
スピーカー 2
りここさんって帰国、海外経験長いし、
大学も海外で、
最初の仕事が海外でなった時に、
そのマインドセットとかスタイルが、
ずっと日本にいた人とは、
一人はもう少しオープンというか、
なんじゃないかなと思うんだけれども、
でもそれをぶつけて、
会社から上司からコピドク怒られた時に、
そっち側に合わせようというか、
合わせないといけないっていう風に、
りここさんの中でマインドシフトがあった。
スピーカー 1
ありましたね。
この会議では話してはいけないし、
いろんなものを確認しなければいけないし、
順序があるんだなとか、
今の時代の子の尊重とかそういうのはあんまなくて、
このやり方をちゃんと学んで、
できるようにならなければいけないみたいな感じになったので、
結構窮屈に、知らず知らずのうちに、
窮屈になっていたのかなって。
スピーカー 2
しかしそこが合わせようってなったのが、
不思議だなって思ったの。
ずっとね、私とか日本の小中高生に来てて、
合わせなきゃと思うし、
ここで自分の役割っていうか、
みたいなのもある程度見えるっていうか、
それこそ空気を読むっていうか、
でもあえて読まない時もあるんだけど、
やる時はあえて読まないっていうか、
でもなんかこう求められてるんだろうなってのはわかる。
みたいなのがあって、
でも例えばそれを、
みんながみんなじゃないけど、
帰国の人とか海外で育ってきた人とかは、
やっぱりそれが受け入れられないっていうか、
そういう日本企業側がおかしいって思って、
愛入れない場合とかっていうのもよく私も目にしたりとかもしたから、
そこでまず一旦なんかその、
自分が入った会社のこのルールっていうか、
を学ぼうっていうか、
合わせようっていう風にシフトしたのが、
すごいなんか面白いなって思ったんです。
すごいなんかぶつからずに。
スピーカー 1
なんかそうですね、あまりにも組織が大きいから、
ここでやっていくには合わせていく。
自分がその中で有能であるっていう風に見なされなければいけないと思って、
合わせていったけど、
多分心のどっかでは、
例えば休みのために海外とかに行って、
いやなんか本当これでいいのかなとか、
本当にこういう働き方なのかなとか、
広告業界は深夜までやるっていうようなイメージがあったから、
深夜1時2時のタクシーに乗って帰るみたいなことを毎日してたけど、
なんかおかしいと思うっていうのはちょっとあって、
多分2年間ぐらい経った時に、
結構辛くなってきたというか、
その時に辞めました。
辞めてその大きい会社っていうところから、
もうちょっと外資のちっちゃい会社で、
陽子さんと出会ったとこは、
そこのサーチ&サーチっていうところだったんですけど、
そこの方が自分と同じように海外経験があるとか、
外国人がいるとか、経営者が外国人であるとか、
そういう流れがあるようなところなので、
こっちの方がもしかしたら行きやすいかもしれない。
こっちの方が役割にはまりましょうみたいなところは少ないかもしれないって言って、
多分その選択を自分はしたんだと思います。
大きいところを経験したから、ちょっとちっちゃいところ。
もうちょっとなんかこう羽伸ばせそうなところないかなみたいなところで行ったら、
やっぱりそっちの方がクリエイティブの話とか、
口出しちゃいけないとかではなくて、
一人なんだからどう思う?みたいなことが許されるというか、
スピーカー 2
ウェルカムされるような環境により自分で近づいていったのかなと思いましたけどね。
でも本当そんなクリエイティブじゃなかったら口出しちゃいけないなんてあったんですね。
スピーカー 1
大きい代理店ってそうじゃないかなって今でもちょっと思ったりしてますけど。
スピーカー 2
絵に描いたような。
絵に描いたようなね。
スピーカー 1
なんかちょっとダメなJTCっていう、
なんかそういう印象のあるエピソードばっかり出てきたなと思って、
なんか若い人たちが、だから嫌だみたいに。
会社員の辛い会社員生活として早期されるようなエピソードがたくさん出てきたから。
クリエイティブな環境への移行
スピーカー 1
多分自分の中でそのフェーズをそういうふうに自分で思っちゃってるのかもしれないですね。
きっとそればっかりじゃなかったと思うんですけど、やっぱりそれは結構強烈に残っていて、
スピーカー 2
しっかりと部署が分かれていて、
そこで営業としてお伺いを立てていくみたいなところとか。
スピーカー 1
でもなんか想像できるもん。そういう組織全然あると思うっていうか、
スピーカー 2
そんなに珍しくももしかしたらないのかなっていうふうには思うけど。
サーチ&サーチはね、その後変わった?
サーチ&サーチほんと外国人がね。
スピーカー 1
特に私たちが最後にお仕事させていただいたところはね、
いろんな国籍の人たちが出てきたと思いますけど、
うちのチーム8カ国とかいたと思って。
スピーカー 2
私がレクサス時代に広告大展さん、それこそ大手も含めて何社かあって、
外資系、レクサスチームも外国人多かったから、
やっぱり英語で、しかも海外じゃなくて日本に拠点があって、
お願いできるところっていうのは結構重要で、
それでサーチ&サーチとお仕事をしてて。
スピーカー 1
私たちとしても自分たちがこの市場の中でどうやったらユニークになれるのかって考えたときに、
大手とはコンピートできない。
だから私たちは小さくグローバルのノウレッジを日本で持ちながら、
海外のリソースを持ってますっていうところと、
あと人数はいないけど機敏に動きますとか、
そういうところをやっぱり強みにして、
ジャイアントではないけど、
こういうところにいてくれたら嬉しいみたいな、
そういうような動き方をしていく、
そんなエージェンシーになるっていうところを意識してたかもしれないですね。
そこに何年くらいいたんですか?
結局何年いたんだろう。
その会社も、もともと私はファロンっていう会社に入ったんだけど、
すぐサーチ&サーチに入って、
その後サーチ&サーチになり、そしてまた合併してみたいな。
広告業界がどんどんどんどん合併していくので、
そういうブランド名を囲われつつも、
そらく全部で6年?もっとかな。
全部で8年くらいかな。
途中で私1年間辞めて、旅をして戻ってくるみたいなところもあった。
同じ会社に戻ったのね。
旅に出る決意
スピーカー 1
その旅をしてたっていうのが、
スピーカー 2
完全に一回退職をしたんですか?
退職しました。サバティカルみたいなことではなくて、
スピーカー 1
もう帰ってこないかもね、バイバイみたいな感じで考えていて、
その時はやっぱり広告業界じゃないと思うっていう気持ちがあったけど、
でもじゃあ、変職をしてまた違うところに行きたいのかって言うと、そうでもない。
先がわからないところに行きたい。
なので、1年間ちょっといろいろ旅をしながら探して、
最後にコーチング見つかった。
コーチングっていうのをやりたいけど、いきなりできないので、
その時にちょうど前の上司がロスに来てて、
戻ってくるって言ってくれたから、
コーチングをやりたいって言って、
コーチングをやりたいって言って、
でも1年会社辞めて旅に出るっていうのも結構勇気ある選択な気もするんですけど、
そこは迷いはなく。
スピーカー 2
もうその時は、緊急性を感じていたんですけど、
その時は、
今までずっと航空代理店でいて、
スピーカー 1
このまま一生懸命頑張って、
くらいが上がっていくとか、違う役割を持てるっていう先に、
自分の未来があんまりあると思えなくて、
転職もそんなにやりたくなくて、
常に出航して来てもらってて、
1人、2人、今1人かな。
来てもらったんですよ。
1年間旅をしてきて、
2年間旅をしてきて、
3年間旅をしてきて、
4年間旅をしてきて、
スピーカー 2
5年間旅をしてきて、
6年間旅をしてきて、
2年間旅をしてきて、
スピーカー 1
もう1人、2人、今1人かな。
出航で今回はシニアの人がいいって言われてたので、
私かもう1人、どちらかみたいな話が振られてきて、
確かクライアントさんに行くタクシーの中で、
それを上司が言ってきたんだけど、
その時に私
もうない、ごめんなさいもうないですという風に思ってて、
分かんないっていう悩みを数年抱えていたんだろうなと思って
その時に理由が思いつかないなと思ったんですよね
これを断る理由
会社としても別に行きたくないから行かないみたいな理由ってあんまないなって思って
自分がもしかしたら責任かもしれないし
自分のキャリアにとってもいいし
どうやったら断れるかな
転職するっていうのも違うなって思って
その時自分の口の中から
なんか私ブラジルに行くんで
ブラジルに行くんでそれ受けられないわっていう風に言ったんですよね
ちょっと冗談のつもり
ブラジルにはずっと行きたかった
だけどそれぐらいしか思いつかなくて
面白い
I'm going to Brazilって
その時に言って
は?みたいな感じだったんですけど
その後なんかやっぱ
後から見て思うと
あの時自分の中に他の良い答えがなかったけど
自分が唯一やりたいものは
ブラジルに行くってことしかなかったんですよね
それを理由にしてやめるってちょっと
びっくりされますけど
でもなんか本当に自分の体と心が
悲鳴を上げてたんじゃないかなって思う
もうここじゃないから
何かこう自分のやりたいことをちょっとやりなさいみたいな
感じでブラジルっていう言葉が出てきて
自分でもびっくりしましたけど
ブラジルへの想い
スピーカー 1
その後あれは冗談だったけどとは言いつつ
でも私はずっと行きたかったし
これからまた行けない年数が
重ねていくのが怖いなって
スピーカー 2
ここじゃないっていうのは
でもそのサーチ&サーチに転職して
前の環境よりも
自分の意見も通るし
会社でも認められて
仕事自体は
面白かったんじゃないかっていう気もするんだけれども
ここじゃないっていうのは
スピーカー 1
どういう
面白い仕事もあれば
面白くないと感じる仕事もあったなって思って
広告代理店って基本的にはクライアントさんの課題があって
それに対して提案をしていく
そしてそれを一緒に作り上げていくっていうところ自体は
面白いんですけど
毎年毎年繰り返していっている自分がいて
これが本当に自分がやりたいことなのかっていうのが
もはやわからない
と思っていて
言語化が難しいんですけど
自分らしくできるものがあるんじゃないかとか
自分の特徴だったり
それこそクリエイティブな仕事がしたかった
みたいなところがあって
今一生懸命営業の仕事を身につけたりとか
デジタルとかソーシャルメディアが来た時に
それを一生懸命身につけている
この方向性で自分はいいんだろうかっていうところに疑問があって
確かにこれは役立つんだけど
自分がどこに行きたいのか
どんな人なのかっていうところを見てきてなかったから
なんか違う気がするっていうのだけがあって
あの時は誰にも上手には言えなかったと思って
ブラジルに組んでて
ただ言って
チームとかクライアントさんも理解してくれたというか
応援してくれて送り出してくれたから
すごく幸いだったんですけど
上手には言えてなかったと思うし
スピーカー 2
南米は行ったことあったんですか?
スピーカー 1
ないです
ブラジル人の友達がいるわけでもないけど
ただ行きたかったんだ
毎年いろんな人に行こうよって言って
そうするとその人たちが
2週間くらい休みを取らなきゃいけないじゃないですか
いつもそういう人たちを誰かいないかなと思って待ってて
その時のパートナーとか
早く行けるように
でもそれってその人が辞めるとかしない限り
なかなか取れない
割とその時の私たちには
現実的ではない選択だったのかなって思ったので
いろんな人の都合を待ってるうちに
5年間経っちゃったみたいなことがあって
また5年間経ったらそれは怖いなって思ったので
その時も
じゃあ一人で行くか
ブラジルに行きたいのは私だもんなみたいな感じで
言っちゃった後は色々考えて
でも方法を見つければ行けるはず
っていうところでそれだけを頼りに行きました
スピーカー 2
それは知り合いがいるわけでもないって言った中で
そのブラジル旅は
どこから始めたんですか
どういう風にまずどこに行ってとか
スピーカー 1
まずブラジルとしか思ってなかったから
1年間行くかどうかも分からなかったけど
でも1年間くらい生き延びれる予算は確保していて
あとは
リオに降り立つ
っていうところだけがあって
スピーカー 2
そこは決めてなかった
スピーカー 1
帰りのチケットは取ってなかった
帰りがなかったら入れさせてくれないと思うので
多分どっかに行くチケットを持ってたんでしょうね
確かに最初のリオは
昔の会社の先輩が一緒に行きたいって言ったから
最初は一緒に行って
その人がいなくなってそこからいろんな人に
聞きながら旅をして
ブラジルからパラグアイとかペルーとか
エクアドルとかいろんなところに行って
最終的にロスまで行って
コーチングとの出会い
スピーカー 1
最後ブラジルに戻ろうと思ってたんですよね
だけどビザが取れなくて
コーチに出会って
全然計画なく一年間やって
一年間終わったからっていうことよりは
お金そろそろやばいなとかって思っていて
なのでそろそろ辞めるときかもしれないっていう感じで
スピーカー 2
コーチに出会ったっていうのは
もともとそういうことに興味があったとか
スピーカー 1
そういう人の話を聞くとか
スピーカー 2
そういうことが好きだったとか
スピーカー 1
自分がなぜコーチに出会ったときに
スピーカー 2
響いたのかって思い当たるものはありますか?
スピーカー 1
そうですね
最初の代理店に入って辞めたって言ったときに
自分何やりたいのかなって思って
そのときに28歳とか27歳くらいだったと思うんですけど
そのときに自分の中から出てきた
やりたいことはパーティープランナーか
ライフカウンセリングみたいなのをやりたいって思っていて
それは他の人の人生を
その人がやりたいって言ってるのにやってないのを
応援したいみたいなのがあったんですね
具体的に思い浮かんでる友人が
海外の大学に行って
こんなことを学びたいって言ってるんだけど
なかなかやらないみたいな
多分両親に言うのがお金が
っていう話は聞いてたから
もうだったら私が計画立ててあげるよみたいな
そういうことするのはすごい好きだったんですよね
他の人が夢を持っていることに対して
動き出せないことを
やる気だけは結構あるのでできるよみたいなこととか
一緒に両親に話しに行こうよとか
そういうのはやりたくて
その時はライフカウンセラーなのかなとか
思っていて
それを持ちつつ
実はそういう仕事が存在していて
アメリカではもう企業とかに入ってるらしいっていうのが
やっと10年前くらい情報としてきて
ロスでいろんな
コーチング会社に会いに行ったりとかしたんですよね
そしたら業界としてめっちゃいいらしい
これは自分は人を応援していきたいというところは
もともと持ってたなって思うし
企業を経験して
自分自身も30代になった時に
自分がどこに住みたいのかわからなくて
わからない逆にブラジルとか行ってきちゃった
だけどもっとそういうのをきちんと整理する
助けになる相手がいてもいいんじゃないかとか
そういうことを整理した上で仕事をする
大切なんじゃないかっていうところ
旅の中でもすごい思ってたんですよね
リーダーとして足りなかったんじゃないかとか
どうしてやりたいことがわからないんだろうとか
人の夢を応援していきたいと思ったけど
自分の夢自身はあんまなかったんですよね
そんなことを思いながら来た上で
コーチっていう人に出会ったので
ピッタリしかも業界として伸びてるらしい
スピーカー 2
なるほどね
それはたまたまで会ったんですかアメリカで
スピーカー 1
友達の友達が夕食に呼んでくれて
その人はどちらかというと
スピリチャルな感じでもあり
元々弁護士なんだけど
弁護士からコーチになるっていう話を聞かせてもらって
でもやってることはめちゃめちゃ
ライフカウンセリングでやりたかったことに近いな
たまたま
スピーカー 2
どうやって人に会っていくのかっていうのが
すごい面白いなと思って
1年の旅行も最初リオに降り立つっていうところしか
決まってないところから
でもいろんな人に会って
おすすめとかを聞いたり
また友達に会って
たまたまコーチを連れてくるっていうのも
なんでデコさんのその場に
その友達を連れてきたのか
その偶発が必然な感じで
すごい面白い
スピーカー 1
人がやりたいことに沿って行ってたら
次のところに出会うみたいなのがあって
リオに先輩が来たいって言ったら
彼女はサーフィンをやってるから
サーフィンスポットに行きたい
最初サーフィンやるわけじゃないんだけど
サーフィンスポットに行って
自分もサーフィンやったみたいな
その人が帰った後は他の人たちが行きたいっていうところに
一緒についていったっていう感じ
他の人からの影響に乗っていくっていうのが
ライフカウンセリングって言った時も
自分の夢これやりたいみたいなのあんまなかったけど
他の人の夢があると
ゴーゴーって言ってめっちゃ応援する人だから
そういう流れで
今までの人生は来たし
今もやっぱりそれをやってるなって思うんですよね
企業とか個人の人でも
自分のやりたいことを見つける
スピーカー 1
本当はどうしたいんですかどうなっていきたいんですか
もう100%で応援しますみたいな感じでやるけど
それを見つけてから自分のやりたいってことがだいぶクリアになって
最近はどんどんどんどん自分のやりたいが出てきますけど
それまでは全然出てこなかったですね
自分のやりたいがわかんないから流れに乗っていくみたいな
スピーカー 2
自分のやりたいことがどんどん出てくるようになるっていうのは
結構多くの人がそういう状態になりたい
なりたいよね
なりたいと思ってて
別にないわけじゃないと思うんだけど
でもなんかぼんやりしている
それはなんだろう
何か一つが効いたっていうよりは
すごく大きな流れの中で
玲子さんの場合はそうなっていったって感じがするんだけれども
何がドライバーっていうか
シフトさせたドライバーになっているんだと思いますか
出てくるようになるっていうのは
スピーカー 1
自分の
そうですね
大体みんなやりたいことはあるけど
仕事の方をしなきゃとか整形立てなきゃって思って
やりたいことは趣味程度なのか
やらない老後にやろうみたいな感じで
やってるうちに自分がやりたいことは分からなくなって
仕事に役立つものを学ぼうとか
みんながいいと言ってるものをやろうみたいな感じになってきて
それも私20代30代やってきたから
唯一出た自分の中からの
言葉はブラジルっていうの
そこをたどっていったら
その時は責任も何もないので
自分がどんなもの好きなのかな
人々がみんなお気楽で
家族を第一に考えている
それが好きだなとか
旅していくうちにノマドの人たちに会って
こういうの目指したいなとか
自分の好きとかやりたいっていうところを
東京で仕事をしてた時は
あんまり感じる環境になかった気がしてたので
旅をしながら
自分が反応したものとか
多くの人に日本について聞かれるので
それを説明している自分が
日本をよく言いたいけど
自分が今まで経験した
例えば労働環境とか
そこを振り返りながら言葉を選んで伝えるじゃないですか
日本で働いていることの苦しみとか
後ろ目なさみたいなものを
自分にとっての課題を持ったり
だからその旅の中で
自分が大切にしていることとか
やりたいとか好きを
その1年間の中で結構コレクトしたと思うんですよね
コレクトして戻ってきたら
やりたい方向っていうのが見えて
そこに向けてやっていったらどんどん自分が
たくさんもっともっとやりたいことが出てくるとか
自分がやっぱり方向性が分かって
流れが分かってきているから
生きやすくなったし
それのために資格を取ろうとか
お金を投資しようっていうのを全然やりたいことになったけど
それが分かるまでは
どこに投資していいのか
週末学びに行くとかって
それまで全然学び体力とかなくて
自分が何を学びたいのかが分かっていなかったので
戻ってきてからお金をそこに注ぎ込む
週末全然クラスに行く
一気にそこからやりたいを
スピーカー 2
確かにね
自分の体と心が反応する場所
場所とか物を探す
そのためには
とにかく何か出ないとね
自分の普段のパターンを繰り返しているだけだと
スピーカー 1
感じる余裕もないかもしれないし
あとは
月曜日になったら仕事があるから
週末だけとか
結構制限かけてやってしまうと思うんですけど
自分が好きと思ったものに対して
時間とエネルギーとか
そういうのを
どんどん広げていって
自分らしさがやっと分かってくる
そうしたらそれを活かした仕事の方向性ってあるかもしれないし
好きなものに出会うまでが
その時間をゆっくり取らないと
スピーカー 2
そこが何をやりたいか分からないから
その時間を
スピーカー 1
ゆっくり取らないと
なかなか
そこが何をやりたいか分からないから
分からないから手近なところで
スピーカー 2
この資格取るといいよみたいなので
おっしゃったように
役に立つとか便利だとか
これなら稼げるとか
スピーカー 1
そういうものに飛びついちゃう
何やったらいいか分からないから
スピーカー 2
とりあえずこれやっときゃいいよみたいな
スピーカー 1
分からないままだからずっと迷い続けて
結局あんまり本気になれない
スピーカー 2
それで迷い続けるっていうのはあるなって思うし
その1年は大事な1年だったんです
スピーカー 1
確かに勇気のある選択というか
キャリア的に見たらどうなのみたいなところはあるけど
でも本当に自分を褒めたいなって思うのは
随所随所で
ここじゃないとか
スピーカー 2
もっときっとあるはずだみたいなものがあって
スピーカー 1
そこを信じて
1回立ち切るみたいなところをやれたのは
良かったなって思う
すごいみんなに伝えたいのは
先が見えてなかったっていうことがすごい大切だなって思う
普通転職するときはどこ行くのって言われるから
1回目も2回目辞めたときも
言われたんですよねどこ行くのって言われて
特にクライアントさんとかに説明するのが
すごく難しいっていうか
そこは後ろめたい気持ちがあったんだけど
でも本当は人生の中で一番大切なことは
自分の方向性を
ちゃんと見つけた上でそこに対して
仕事でもエネルギーでも使っていく
だからそこを
立ち止まって見極めていくっていうのは
自分への最高の
スピーカー 2
投資というか使い方かなって
なるほど
ここに行くっていうのが見つからなくても
見つかる手前ででもここじゃないっていうことが
分かってるのであれば
一旦ここじゃない場所から抜けてみるっていうのも
勇気はいるけど
あるのかもしれないですよね
多分ここに行きたいが見つからないっていうか
そこにずっと囚われてると
スピーカー 1
本当そうだと思う
ここじゃないもすごく自分を知るために
いい材料で
最初の代理店でここじゃないと思った時は
大きな組織
決まった役割を自分がやっていくっていう
ところじゃないところに行ってみたいと思ったんですよね
より会社のところに行ってみたい
バーベキューとか楽しむような雰囲気のところに行きたい
そこはこれを経験したからこそ分かる
次目指したいところ
そこが自分の夢じゃないかもしれないけど
ここを経験したからこそ次は
こんな会社に行こうかなとか
雰囲気のところに行こうかなとか
そういうところが見つかっていくから
本当にやりたいことを見つけていくっていうワークショップをやってるんですけど
その中でやりたいことが
分からないんですっていう方がいて
今までやってきた業務の中でやりたくないことは分かります
自己理解と成長
スピーカー 1
それはいっぱいあります
だけどやりたいことが分からないっていうのは
めっちゃよくあることだなって思うし
きっと子供の頃とか
今まで来た中で反応したけど
キャッチしてこなかったっていうところなので
今からでも全然掘り起こせると思うよっていう風にして
なるほどね
コーチになりたい
36:26

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