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#127-2 コンフォートゾーンの外に出よう!遠くへ旅して自分に出会う【Just do it! ゲスト:VANデザイナー 宮本芽衣さん】
2026-03-25 51:03

#127-2 コンフォートゾーンの外に出よう!遠くへ旅して自分に出会う【Just do it! ゲスト:VANデザイナー 宮本芽衣さん】

▼番組のnote:
Dialogue cafe | note

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▼内容:
チャレンジする人はいかにして育つのか/習い事の継続判断/子どものデジタル依存問題/「こんなのあるよ」と薦める父/留学するための高校探し/願えば叶うの積み重ね/留学したい!父にプレゼン/スクールカーストへの違和感からの出発/外に出て気づくこと/遠くに行くほど内側に向き合う/子どもといっしょにバンライフ/あえて居心地の悪い場所に身を置く

▼出演:
ゲスト
宮本芽衣(VANデザイナー、株式会社MeiMei代表)
女性のためのおしゃれキャンピングカーを提供するMeiMei

MC
田中優子(元クラウドワークス取締役、ビジネスアドバイザー、社外取締役、アントレプレナーシップ推進大使、1児の母)
岡澤陽子(ブランディングコンサルタント、組織支援アドバイザー、ビジネスメンター、戦略インサイトリサーチャー、2児の母)


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感想

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サマリー

このエピソードでは、VANデザイナーであり株式会社MeiMei代表の宮本芽衣さんをゲストに迎え、彼女の挑戦的な人生観と、それがどのように育まれたのかを探求します。宮本さんは幼少期から父親の「こんなのあるよ」という提案を受け、様々な習い事を体験し、興味を持ったことには積極的に挑戦する姿勢を培いました。習い事では、合わないと感じたら無理なくやめることができた環境が、彼女の軽やかな行動力に繋がったと語ります。また、デジタルデバイスとの付き合い方や、親が子供のデジタル依存に悩む現状についても触れ、外の世界への関心を持つことの重要性を強調します。宮本さんは、高校留学の経験を通じて、スクールカーストへの違和感から自分自身と向き合い、視野を広げた経験を語ります。バンライフを通じて自己と向き合う時間を得て、孤独を受け入れ、内面への探求へと移行した経験も共有されました。最終的に、居心地の悪い場所にあえて身を置くことの重要性を説き、親が子供を成長させるためには、時には困難な状況に立ち向かわせる勇気も必要だと結論づけています。

挑戦する人のルーツ:父親の導きと習い事の経験
宮本芽衣さんをお招きしての2本目です。
VANのデザインっていうのを、学生ならではの勢いと若さ、素晴らしい行動力。
で、ビジネスを始めちゃった。大学生時代に。
で、今は卒業されて3年くらい経ってて。
4期目に入りました。25歳だけど、4期目ですから。
もう社長4年目っていう、そういう芽衣さんなんですけど。
私たちね、親目線からしたらね、この行動するアクティブな、やっぱチャレンジする子供?
チャレンジする人って、私たちにさ、私はまだ子供小学生なんですね。
で、陽子ちゃんはね。
14歳と18歳。
でもやっぱりね、親がね、守っちゃうのね。
いろいろ、整えたくなっちゃうわけ。子供のためにね。
そうなりますよね、きっと。
良くないと思うから、失敗する機会とかを奪ってはいけないところで、
うんって変える時もあれば、ついつい言ってしまったみたいなこともある。
そういう試行錯誤をやっぱりしちゃうんだけれども。
なんかその、芽衣さんがね、一歩目でお伺いしたような、行動の軽やかさみたいなのって、
どこから生まれたのかなっていうのを、ちょっと深掘りしたくて。
お父さんとかお母さんが、例えばその子供の頃とかに、
どんなふうに芽衣さんに接してきたかとか、あとご兄弟がいるのかとか、
ちょっといろいろとパーソナルな話を聞いても大丈夫ですか?
ぜひぜひ。
ちなみに私今妊娠中でして、来月生まれるので、
逆に私がどんな母になったのか、勉強させていただきたいんですけど。
家族構成でいくと、兄と妹がいて、私が真ん中ですね。
で、お父さんが会社経営をしていて、お母さんが、今はパートをやってますけど、
ずっと専業主婦でやっているという家庭で、
家に帰ったら必ず電気がついてて、お菓子とかおやつタイムがあって、
夜ご飯もおいしいご飯が出てきて、っていうような家庭ではありつつ、
行動力のところにつながるのは、やっぱり父がいろいろさせてくれたっていうのがあって、
本当に小さいところからいくと、例えばこういう、今カフェにいますけど、
ちっちゃい頃から注文を自分でさせるとか、店員さんを呼んで、
自分で呼ばせて、自分で注文をさせて、この外部の人との接点を持たせるじゃないですか、
っていうのはすごいちっちゃなエピソードなんですけど、
今日からやろう。
僕がね。
今日から取り入れられる。
そうね、すぐできる。
あとは習い事とか、すごいいろいろやらせてもらったのはありますね。
やりたいといったことは基本的にお金出していただいて。
どんな習い事だったんですか?
いろいろやってましたね。
体験レベルのものもあったんですけど、テニス、水泳、ピアノ、あと面白いのはマジック。
マジック?
それ自分がやりたいって言ったんですか?
お父さんがこんなのあるらしいよって言ってくれて、やってみたいかも。
それぞれの習い事でやっぱり発表会みたいなのがあるので、
そこに向けてマジックも練習したものを地域のお祭りでちょっと披露したりとか。
理由はたくさんありました。
そういうのに一個一個割とノリノリでやるタイプだったんですか?
はい、最初は。
興味は持ちやすいんだ、いろんなものに。
そうですね、でもやっていく中ですぐ飽きるものとそうでないものがあって、
っていうのを結構入り口が入りやすくって、そこやっていって、
なんか違うで見切りをやめるのは今まで結構鍛えるものでもないですけど、
違うなと思ったらやめられる環境というか。
それも別に何か無理に、いや1回始めたんだから続けなさいとかもなくて、
まあいいよみたいな。
そう。
なるほど、ご兄弟3人って3人とも同じような感じですか?
いいえ、お兄ちゃんはもうずっとサッカーやっていて、
で妹はなんか習い事やってたっけなっていうくらい印象はないですね。
割れてやっぱり3兄弟いたら真ん中がいろいろ興味持ちやすいっていうのはありますね。
そうなんだ。
習い事をさ、やめるのもちょっと考えちゃう。
私なんか合わないものとか好きじゃないものを無理に長く続ける必要はないと思うんだけども、
なんかこうポンポンポンポン変えるのもとか思っちゃう。
それで、ジーナがやってたのは毎年続けるか続けないかは確認をして、
本人続けたいって言ったらやるんだけど、
途中でもういいやめたいみたいになった時に、
でもここで続けるって決めたんだから1年は続けましょう。
1年更新ってことなんですね。
1回やるって言ったら1年はやらなきゃいけない。
そうなんだ。
だからそれも含めてやりたいのかやりたくないのかとかも考えて判断してねって。
1回決めたんだったらそこは貫きましょうみたいな感じの更新にしてて、
息子ちゃんピアノね、小学校1年生くらいのやつだったら途中から苦しくなっちゃって。
でもその話をしたら、11月ぐらいに、
僕は3月で辞めるんだって自分で言ってたんだけど、
辞めるのもどういう声かけするかって結構悩ましいなって思ったりしてました。
確かに難しそう。
それでいくと、確かにほとんど1年以上は続けていて、
行きたくない日ももちろんたくさんあって、
そこはお母さんにお尻叩いてもらっていってはいましたね。
だからある程度自分の中でやりきるスピードが満足するのが早いのもあるんですけど。
それが大体1年くらいは確かにあったかも。
ちょっと別の話になるんですけど、今妊娠してるじゃないですか。
4月に生まれることをイメージすると、
自分の人生がここで1回終わる感覚があるなって。
一区切りと言いますか。
けど自分が1回終わるような感じがあって、
それを他の人に言った時に、
それは今まで一生懸命やってきたから感じられることじゃないかなって言われて、
それがすごい嬉しいこともあったんですけど。
習い事もそれなりにその瞬間は打ち込んでやるんですけど。
だからこそ辞めれる。
辞めるっていうのもめちゃくちゃエネルギー入るじゃないですか。
それは全然関係なく。
パートナーとお別れするとか、
学校辞めるとかもいっぱいやってるとか。
でもなんか、ちゃんと向き合ってるっていうか、
やった感があるから合わないとか、
ちょっとこれは自分とは違うなみたいな感覚も持てるし、
辞めるっていうのも区切りつけやすいんですかね。
習い事とかにしても。
わりと合わなかったら、
もうそれでさよならしてきたみたいな話ね。
ある程度やるけど、一緒の上にも1年くらい。
3年は流すよ。
なるほどね。
勉強とかに対しては?
勉強はあんまり言われてこなかったですね。
宿題やったのくらいかな。
でも宿題やらなくて怒られるのは私、学校で。
私、前の日に持ち物準備しないで、
何か忘れ物して、学校で怒られるのも私なので。
特にすごい言われることはない。
ランドセル早く2回持ってきなさいとかはありましたけど、
勉強しなさいはあんまりなかったですね。
それはすごい今考えればよかったかもしれない。
デジタル時代の子育ての悩みと外の世界の重要性
まだお子さんのときそこまでタブレットとか、
そういうのはなかったですかね。
スマホは何歳から持ってました?
携帯は中学校から持ってました。
スマホでした?
途中から。
でも中学生から携帯を持つ世代ってことだよね。
完全にそれそうですよ。
デジタルネイティブな感じ。
スマホじゃなければそこまで中毒性とかはないかもしれないんだけれども、
今ね、中学生以上のお子さんを持ってるとこ、
スマホ依存とか、
YouTube、TikTokばっか見てるとか、
こういうのがだいたい親の悩みのひとつなんだけど、
そういうのはちょっと上だからないのかな。
ありました。
中学校のときにはガラケー持ってて、
寝るときもガラケー見てたし、
明らかに視力もガーッと落ちて。
それは友達とやりとりをしてる?
それともコンテンツを見てる?
どっちもですね。
それは親からはちょっとやめなさいとか言われなかった?
多少は言われてましたけど、
自分の部屋で寝る時間になってからずっと布団の中で見てたから、
親もわかんないですけど、
これどうしたらいいんですかね。
これですよ。
今の自分が子供の頃とか若いときとの大きな違いは、
やっぱそれがあるかないか。
ほっとくとやっぱり親も忙しいと、
本当に子供がちっちゃいときにスマホとかタブレットで動画見せて、
そしたらおとなしくなってるから、
それに慣れすぎてどんどん行って、
かつ中学生以上とかになるとSNSで、
グループチャットでもとか、
延々しゃべれちゃうからね。
その中で、それこそLINEの中での人間関係みたいなので、
ちょっと病んじゃったりとか、
子供の狭い世界の中でいじめがあったりとか、
悪い大人がとか、
いろいろ悩みが深いんだよね。
でもさ、
れいさんとかもそういうのを経て、
でもなんていうのかな、
携帯の世界だけに閉じずに、
外に関心を持って動いていってるから、
大丈夫なのかな?
ちょっと安心する部分はあるんだけど。
言ってもTikTokとかインスタってここ数年じゃないですか、
あんまそこが青春時代になかったっていうのもありますけど、
友達とのやりとりが携帯で多いのはまだいいと思う。
その社会だから。
やばいのはあれですよね、
SNSの見すぎ。
TikTokとかインスタのショート動画をパンパンパンって、
あれちゃんと感情、
私も発信してる側ですけど、
感情が揺さぶられるように作ってくるから、
感情が安定しないようになっちゃうし、
自分もそうだったし、
だから最近あんまりSNS見ないようにしてるんですけど、
そうすると、今まで全く同じ?
毎朝コーヒー飲むっていう1個のことにしても、
幸福度がすごく違うっていうか、
感じる感覚もまた違ってきたり。
なるほどね。
それリアルなものにね、
まさにバンライフとかって対極にあるよね。
本当にそうですよね。
SNSのこの狭い世界の中と、
だってこんなメイさんでさえ、
ネットの中でコロナ禍で、
ネットを通じてのコミュニケーションしかない中では、
自分の考え方がすごく狭くなった時期があるって言ってたじゃないですか、
学歴とか就活とか、
そこから受ける狭い人と自分を比べちゃったり、
こうじゃなきゃいけないんじゃないかとか、
そこから解放されるのってやっぱり、
SNSから出ないと、
旅に出ないと、
かもっていう気もするね。
確かに。
車を通して体験できる物理的な移動っていうのは、
なんか違いますよね。
実際この世界が本当に空間として広いんだっていうのを体感できる。
SNSはこんなに小さいんだって。
SNSで見てると、
子供たちが知った気分になるっていうか、
いろんなことを知った気分になってるんだけど、
でもアルゴリズムの中で、
本当は狭い世界の中にいるのに、
それに気づけないみたいな。
なんかそういうのもありそうな気はする。
確かにね。
とどまってるんだけど、
本人の感覚としてはとどまってない。
ちゃんと知ってるみたいな。
陰謀論とかに。
うちの子とかも絶対嘘だろってことで、
本当だよって誰かが言ってたんだよって。
何チャンネルよって言ったことを、
さも本当のことかのように言うから。
なるほどね。
そっかそっか。
確かにデジタルに接してるかどうかと、
SNSの世界が、
もうすぐそばにある世界かって、
またなんかフェーズが違う感じは。
違うかもね。
留学への道:自己探求と親との対話
旅はどうでした?
家族でお父さんが結構連れてくれたとか。
キャンプによく連れてってたりしてね。
旅行というかは。
じゃあやっぱり車で、
ちょっと自然の中に行くみたいなのは、
よくやってた?
よくやってましたね。
富士山のあたりとか。
テント建てて、
私は片付けが苦手なので、
片付けが汚くて怒られるから、
あんまり行きたくないと思うんですけど。
でもやっぱりその自然の中にはよく行ってましたね。
なるほどね。
そうなんですね。
もうそれちっちゃい時から?
そうですね。
もう小学校、幼稚園。
そうですね。
割とちっちゃい頃から行ってましたね。
後、高校でアメリカに行ってたのは、
それは自分から行きたいって言ったんですか?
高校に留学行くきっかけになったのが、
CAさんになりたいっていう、
そのためには英語が必要なんだ、
英語を勉強してたら、
海外に行けるとこんなに世界が広がりそうなんだ、
っていうので、
そういう順番だったんですけど、
もともとCAになりたいと思ったのは、
お父さんがテレビの特集で、
航空会社を希望する学生たちが通う、
専門の寮、学校があるよっていうので、
これやってるよっていうのを教えてくれて、
寮の学校楽しそうっていうところからでした。
結局、自分で最後選んでますけど、
割と親が、これあるよ、これあるよ、
って教えてくれていたっていうのがあります。
話かかってると、
さっきのマジックもそうだけども、
お父さんがさらさらっとこんなのあるよって、
割と紹介をすごいして、
お母さんよりもお父さんのほうが多かったんですか?
そこはもう完全にお父さんでしたね。
お父さんには教育哲学があるのかな?
それとも、ただ天然でいろいろ進めてくれる人なのかな?
校舎だと思う。
楽しそうなことシェアしたいって。
そっかそっかそっか。
やりたいと思うことにはやったらいいんじゃない?
っていつも後押ししてくれましたけど。
そっか。
ちなみに、中学は中学受験とかされました?
そのまま。
しました。
中学受験したの?
落ちました。
でも塾に小学校の時は通ってた?
通いましたね。
けどやっぱり勉強得意じゃないので、
塾が楽しかったのと、
私立の学校って留学というか楽しそうっていうのがあって、
落ちたんですけど。
そっかそっか。
それって中学受験って、もちろんみんなが受験して、
みんなが受かるわけでもないし、
仮に受かっても第一志望じゃなかったりすると、
公立に行くとかっていうケースもよくあると思うけど、
落ちた時の気持ちって、しょうがないなーみたいな感じだったのか、
それなりに頑張ってやってたから、
結構ショックとかあったかと思う。
ショックでしたね。
ショックだったけど、もう番号があると思って行ってるから。
自信はあったんだ。
そうですね。
いつも失敗するっていう想定が頭の中で。
それも元々あんまりないね。
落ちたっていうショックと、今でも覚えてるのは、
落ちた時にも家族もいたんですけど、
私の横では言わなかったですけど、
兄とお母さんが、ここでなんか泣いたら、
かっこよかったねじゃないけれども、
もっと感情をあらわにしていいのにね、
みたいな話があったっていうのがすごい印象的で、
その時は泣けなかったので、
まだそのショックを受け入れられなかったケースでしたね。
なるほどね。
そっか。
なんか気持ちの切り替わりとか、
それで公立に行こうって話になったわけですかね、その後。
そうですね、その後公立に行って。
そしたら中学生活始まったら、
別にあんまり気にならなくて、
全然楽しいみたいな、
でも高校受験あるけどね、次はっていう。
やっぱ中学ももちろん部活に参加して、
いろんな感情が芽生えるじゃないですか、
悔しい、嬉しい、楽しい。
そういうのが割と人生の中でいっぱいあったかもですね。
受験もそうですし。
そっかそっか、悔しいみたいな気持ちが、
ひとつまた次頑張ろうみたいな気持ちに繋がるサイクルみたいなのは感じる?
というよりかは、自分の中でいろんな感情を何回も体験できるきっかけがたくさんあったっていう。
そっかそっかそっか。
なるほどね。
だから何か始めても、なんか違うと思ったらすぐその感覚が反応して、
いい意味で言うとシフトできた。
なるほどね。
割と自分の感情、今自分はこう感じてるんだみたいなこととかを、
割と見つめるサイクルっていうか、
なんかそういう自分の習慣があるんですかね。
当時はそこまで考える手はなかったけど、なくはなかったと思います。
なるほどね。
心が動くってのは大事だね。
そういう意味でね。
確かに。
なんかね、だってうかがってると、
基本的に自分が欲しいとか知りたいとか、
そういうところがすごく指針になってますよね。
なんかめいさんの選択の中での。
そうですね。好奇心はいつもあって何かが始まるって感じですね。
なるほどね。
高校受験をされるときに、
高校選びっていうのは、ご自分でいろいろ調べて。
調べました。
床から腰の高さまでの分厚い資料をたくさん家に請求して、
本当に日本中の高校を調べました。
それは日本だけじゃなくて海外も含めて。
そうなんだ。
結構幅広く。
学校がここだからこことかそういうんじゃなくてってことですね。
じゃなくてですね。
もちろん高校留学したいっていうのがあったので、
それ関係なのと、
あとは中学校が公立で男女どっちもいたんですけど、
やっぱり目立ちたいことをやりたいとき、
体育祭の団長やりたいとかっていうときに、
やっぱり男子が先に手を挙げると、
誰も手を挙げてない状態だと先生が男子、
何よりくんやんなよみたいなとか、
なんか女子がやってもそれがやっぱり選ばれづらかったりとか、
っていうのがあって、
なんか男子がいると自分がやりたいことできないなっていう。
それ一般的にもよく言われることじゃないですか、
女子校の方が女子は結構生き生きと積極的になりがち、
教学だとちょっと後ろに回りがちだからっていうのって、
一般的に言われるけど、
当時の子供だった自分自身でもそれを感じてたってことですか、中学校。
感じてましたね。
そうなんだ。
男子に全部取られるって思ってました。
そうなんだね。
姉さんの世代でもまだ。
そうなんだね。
じゃあやっぱり女子校に行こうって思ったってこと?
女子校ちょっと興味あるなくらいでしたけど、
だからこそ、
行ったらやっぱりみんな、私だけじゃなくて、
みんな生き生きしてたし、
男子いるともっと可愛くしなきゃとか、
可愛い女の子になっちゃうからですけど、
そこがないので、
ただただ同性の子たちと楽しくやってるみたいな感じで、
性別に関係なく挑戦権が与えられているっていうような感覚でした。
そうなんだ。
自発的にここの学校だっていうのをいろいろ調べて、
女子校だとか留学のチャンスがあるとか、
そういうことを本当に自分の中で条件を作って、
すごい調べたんですね。
そうです。
その時はまだ多分親に留学行きたいは言ってなかったんですけど、
留学ができるところを選んで。
留学はもう中学生の頃から絶対したいって気持ちがあったんですね。
できたらいいなくらいですけどね。
自分で調べてほしい。
そうだね。
高校選びに関して、
お母さんとかお父さんとかは特に何も言わずに、
めいさんは自分から資料請求して、
情報収集してって動かれてたってこと?
資料請求までは自分でして、
高校の見学とかはお母さんが一緒に行ってくれましたね。
すごい、どうやったら自分で動いてくれるのか。
本当だよね。
そこからなんだけど。
そうなんだよね。
それで中2くらい?
中3ですね。
中3で?
そっかそっか。
確かに高校受験だと中3とかでもまだ間に合うか。
資料請求とかね。
今は中2なので、
今度中3ね。
今度中3なんですよ。
めっちゃ個人的関心で聞いてるんだけど。
みんながほっといてもそういう風になるわけじゃないから、
ならなくて親は野気もきちゃうんだけど。
でもなんか逆算できるのがすごいなって思うのは、
CAになりたい。
CAになるためには英語力も必要ってこういうことで。
じゃあ留学したい。
あるいは留学ができる高校に行きたいみたいな風に
逆算をもう中学の時にすでにできるっていうのも
結構大人っぽいと思うし。
そうだね。
そういう風に考えられたらいいなと思うけど、
なかなかそこがつながらなかったり、
やりたいってことはあるんだけど、
やっぱり日々の楽しさに流れてなかなか動けないみたいな。
人も結構多いと思うんだけど、
その辺がごめんさんの中で目標っていうかパンとできたら、
なんで動ける?
多分すごい自然にやられてるから、
なんでって言われても難しいかもしれないんだけど、
どうして自然に考えられたり動けたりすると思うんですか?
中学校の頃ですか?
高校とか何でも。
でもやりたいと思うことがまず出てくるのはすごいラッキーなことでしたけど、
それが出てきた中で、
本当にかすかな記憶ですけど、
じゃあこれやったらそこ実現できるんじゃない?
みたいな一言が父からあったんだと思います。
ちっちゃい頃から。
これやってみたいんだったら、
じゃあ一回体験会行ってみたら?
これ欲しいんだったら、
じゃあお手伝いしてちゃんとお小遣い稼いだら?
なるほどね。
確かにね、ほんの小さい時ってちょっとあんまり深く考えずに、
何やりしたいとかいう口にする気がするんだけど、
そういう時に何言ってんのって終わらせるんじゃなくて、
一個一個じゃあやってみる?とか、
きっかけを言ってみれば、
願えば、これやりたいって言ってみれば、
ちょっとやれるんだみたいな。
試して自分が本当にやりたかったかやりたくなかったかは、
やってみて気づくわけでしょ?
チャレンジしたら、別にそんなやりたくなかったなとか、
もっとやりたいことが見つかったなとか、
これめっちゃやりたいわとか、
やってみないとわかんないよねみたいな、
小さい体験、経験が、
実は些細なところから積み重なってるのかな?
そういうのも自己肯定感の一つのような気がするけどね。
あと、条件っていうと言葉があるんだけれども、
でも何かプロセスっていうか、
減ったらそれに近づくっていうか、
みたいなことを認識する?
これをやったらわかる?とか、
これやったらこっちに入れる?とか、
そういうプロセスがあるものなんだ?みたいな。
そんな感じですね。
そういうふうに認識セットを自然にされるのもいいのかなって今思いました。
なるほどね。
勉強になるわ。
だから、いろんな行動とかチャレンジする中で
異文化体験と自己成長:アメリカ留学とバンライフ
失敗するっていう認識概念があんまり自分の中でなかったかもしれない。
留学したいっていう話をどのタイミングで親には言ったんですか?
お母さんには言ってましたけど、
お父さんには多分高校入ってからだと思いますね。
今までそういう家庭じゃなかったので、
別に特別お金持ちなわけでもなかったから、
何言ってるんだ?ダメに決まってるだろう。
って言われたんだ。
危ないし。
そこはそう言われたんだ。
それで?
そこからお母さんがちゃんとプレゼンして、
お父さん説得しない限り行けないよねってなって、
資料か何か作って何度か説得した気がしますね。
資料を作ったんだ。
資料を何か作りました。
どんな資料を作ったんですか?
ちょっと覚えてないですけど、
そんなパソコンも使えなかったら、
たぶん紙に書いて、
費用だったり、
行きたい理由とか、
父はとにかく危ないっていうのがずっとあった。
何かあったとき何もできないから、
というところに対して解決策を提案したような、
かすかな記憶ですけど、
とにかくプレゼンを3回くらいしたのかな。
一発では取らなかった?
一発では取らなかったですね。
で、資料がないときもあったんですけど、
行きたいという思いを伝え続けて、
結局は行かせてもらえてっていう感じでした。
何年生のときに行ったんですか?
高2ですね。
高2の夏から1年間くらい。
これはもう高校は3年で卒業できたんですか?
それはもう学校のプログラム?
学校のに応募するっていう感じですね。
高校、大学が付属?
別です。
大学受験はまたしてる?
別で、そっちも女子大です。
それは一般受験ですか?
AOだったと思います。
それは中学生のときの思いがあって、
女子大がいいっていうのがあったんですか?
そうですね。
割と女子大のほうがいいかなくらいですけど、
ありましたね。
あと、やっぱり語学に力を入れても、
結構女子大多かったですね。
そっかそっか。
やっぱりなんか語学が、
キャビンアテンダントっていうのもあったんだろうけど、
音楽は好きだったんですか?
好きでしたね。
それを学べば、
もっと広い世界に行けるっていう感覚はありました。
なるほどね。
実際でもアメリカに行ってみて、
結構ミシガンの自然豊かな生活っていうことに
刺激を受けたってことだけど、
やっぱり最初行ったときは、
英語勉強してたって言っても、
まだ高校生だったら、
そんなに流暢だったわけではないですよね、おそらく。
はい、全然。
現地の公立に入ったんですか?私立に入ったんですか?
公立でした。
公立で。
最初行ったときの言葉だったり、文化だったり、
カルチャー色でどんな感じだったのかな?
最初はもちろん全然話せないところからでしたけど、
憧れがあったので、
やっぱりアメリカの高校生の文化というか、
女の子がチェアリーダーでメイクして、
メイク道具買ったり、友達と買いに行ったりとか、
まず行く前に、
現地の学校にどんなクラブがあるのか調べて、
チェアのクラブあるんだって言うので、
テストがあるらしいので、事前にそれの申請のメールだけ送っておいて、
つい入って、
第一群の女の子が来て、
キラキラしたね。
でもやっぱりこの子たちと仲良くなりたいなって言うので、
頑張って話しかけたりとかしているところからでしたね。
割とすぐ?
最初は難しいですね。
最初はアジア人として、
自分を落としてジョーク言うのが受け入るんですよね。
今考えるとあんまり良くないんですけど、
最初そういう自分とかも出してたりしてたので、
自虐的なことを言うと、
仲間になれるじゃないですか。
なるほど。
いわゆるスクールカスト的なものがやっぱりあるってこと?
なんとなくありましたね。
途中から、
偽っている自分も気持ち悪いって気づいたし、
周りにいる友達も、
まだ憧れの友達にはたどり着いてないんですけど、
今いる友達たちも違和感というか、
本当の友達な感じしないなっていうところから、
だんだんホームシックになってきたタイミングもあったり、
もう一回立ち止まって考えて、
私は本当ここで何がしたかったんだっけっていうのを考えるときに、
英語を勉強したかったんだし、
憧れはちゃんと現実にしたいというか、
というところで頑張って勇気を振り絞って、
憧れつった子たちのところに行って、
話しかけたりとかして、
そこからちょくちょく遊べるようになったりとか、
恋バナできるようになっていったりとか。
この経験自体が宝ですね。
宝ですよ、プライスレスですよ。
でもそういう環境に身を置かないと、
感じない気持ちとか、
気づけないことって本当にたくさんあるし、
自虐で入っていってみたいなのも、
多分最初自然にそれをきっとやられたんだと思うんだけど、
やってる自分に違うって気づけてるのも。
でも大人だなって思うっていうか、
その入ってるところをちょっと引いて捉えられてるのが、
すごいメタ認知。
高校生だったらすごいできてるんだなって思うし、
そこで違うって思ったら、
自分何したかったんだっけって立ち止まってるとかっていうのも、
成長だし、してほしい自分の子供たちも。
そういう経験ね、してほしいよね。
ホームステイですよね。
ホストファミリーがって言ってたもんね。
そうか。
なんか洋子ちゃんもね、娘ちゃんはバレエ留学するかも。
留学したいって言ってて。
本人の希望としては。
本人の希望ですよね。留学したいって言ってるんだけど、
応援したいとは思う。応援したいですよ。
留学したいんだったら。できるなら。
できるなら応援したい応援したい。
でもすごい現実的な問題としてめっちゃすごい心配してるのは、
1、すごい部屋が汚いのね。
歩いたところをちょっと振り返ってほしいなとか思うわけ。
洗面所使った後とか部屋とかね。
その状態で輸出していいのかなとか思うわけよ。
それこそホストファミリーとかもご迷惑ですわ、これみたいな感じに思うんだけど、
生活とかできてた?
全然です。歩いたところ全部汚くなりたい。
今でもそうですけど。
それでもホストファミリーの人は人によりますけど、
基本受け入れたいという気持ちでやってるから、
ちゃんと何か生活でうまくいかなかったらコミュニケーションも取るし、
特に怒られることもありましたけど、
ホストシスタート片付けしなかったりとか、
約束の時間に現れなかったりとかありましたけど、
でもそれでもそこも含めて今でも妊娠したらすごい喜んでくれて、
手編みのマフラー作ってくれて、おくるみかん作ってくれて送ってくれたりみたいな、
繋がってるんですね。素敵。
なので、部屋が片付けられないの怒られるっていうのも含めて、
それもまたいい経験なんじゃないですか。
確かに。親以外の人に怒られた方がいいかもね。
どういうことでもなるよ。
そうだね。入室を考える。
全くもって途中でございますけど、成長途中方でございますが。
いやいやいや、もっと成長するんだよ。
そうだね。
親の予想しないところまで羽ばたいてくれるんじゃない?
もう見たくても届かないくらい遠くに行っちゃうわけだから。
親はアメリカ行って成長したねみたいな反応だった。
変わったね。
そうなんだ。何が一番変わったところなんだろう。
自我が芽生えた。その言葉は使ってなかったですけど、
自分の考えを持てるようになったとか。
日本の教育を受けてて自分の考えを求められることもないですし。
いろいろと一気に芽生えますよね。
なるほどね。いいね。
いいよ。やっぱりね。
外に行くことで気づくものって本当に多いですよね。
中に行って例えば違和感とか感じても、
それをうまく言語化できなかったり、
じゃあ何がしたいんだみたいな次がそこまで明確に見えなくても、
全然違う環境に行くと、自分が求めてるのはこれなんだとか、
こういう考えもあるんだみたいな、
本当に視野も世界も広がるっていうか、
そういう感じがするお話を伺ってても、
アメリカの留学の経験とか。
そうですね。実際に行くと全然違いますね。
最近流行ってる本で、何でしたっけ、
移動距離が、みたいなのありましたよね。
やっぱり移動距離が自分の成長に比例してるのはすごく感じます。
なるほど。またバンに繋がる。
バンに繋がる。
内面との向き合い方:孤独の受容と新たなフェーズ
バンの話にすると、
バンで動くっていうのは、
もともとめいさんの考えってすごく外に開かれてる感じがするけれども、
さらに広げてくれる感覚っていうのはありますか。
むしろ逆で、ある程度バンライフを日本中で、
冬は沖縄、夏は北海道みたいな暮らしも結構長い間やってて、
いろんなところに行ったんですけど、
そうすると自分の中で欲してた自由みたいなところが一気に解消されたじゃないけど、
実現されたっていうところで、今度は一人旅だったので、
いろんな人には会ってたし、たまにその時のパートナーも一緒に来てたりはするんですけど、
結局孤独と向き合わなきゃいけないタイミングが来るんですね。
一人の時間が多いっていうのもありますけど、
それをしてると、わりと外に外にじゃなくて、
うちにうちに自分がどう感じてるかとか、
本当はどうしたいんだっけとか、
そういうのに向き合わされるというフェーズに、
途中から晩来からなってきました。
なるほどね。
でも確かにそういう時間が生まれるのは、
なんか想像でき、晩の生活の中で。
それはどんなふうにみなさんに影響を与えたんですか?
それは例えばですけど、
東京で私もずっと学校行ってたりしてる中で、
それが一気にパッとなくなって、
情報量も多かった、人間関係もなくなって、
いざ一人になって旅をしていると、
シンプルに寂しいという気持ちになったりとか、
孤独、でも今までそういうネガティブな感情から一切逃げてきたというか、
何が起きてもポジティブにいいよっていうような感じでいたんですけど、
でもある時、他の晩ライフしてる方に言われたのが、
孤独って必ずしも悪いものじゃないんだよっていうのを言われて、
その時はあんまり意味がわかんなかったんですけど、
北海道の山の上の大絶景のところに行った時に、
夕日がすっごい綺麗で、
うわ、綺麗と思って一人ですごいテンションが上がったんですけど、
その夕日が沈んだ瞬間にすっごい気持ちが下がったというか、
なんか虚無感?
なんかすっごい心にポカーンと穴が開いた感覚があって、
で、あの時言われた、
孤独って必ずしも悪いんじゃないんだよっていうのを感じてみようって思ったんです。
初めてその感じるっていうことをしてみて、
目つぶって、なんかこう、ただそこにいるだけなんですけど、
そうすると、スーッて涙が流れて、
あ、寂しかったんだっていうのを初めて受け入れられた。
それはその瞬間だけじゃなくて、
なんか幼少期のいろんな経験も踏まえて、
寂しいとか悲しいとかネガティブなものを見ないでいたので、
それを初めて受け入れられた瞬間だったんですけど、
そこから今までは行動とか結果とか、
誰々がとかどこどこがっていう外の世界ばっかりをフォーカスしてたけれども、
割と内側に意識を向けるようなフェーズにそこから入っていきましたね。
なるほどね。
なんかその寂しいとか孤独とか、
ちょっとそういう感情を認識してあげて、
内包するというか受け入れたときに、
実際にメイさんの行動も変わってくる?
変わってきました。
例えば、ある程度もう試し切ったっていうのもあったんですけど、
その時に求めていた自分の中の豊かさは旅をし続けることっていうよりも、
家族といる時間だったり、その時のパートナーといる時間ということで、
やっぱそれが東京だと実現すること。
その人たちが東京にいるからっていうので、
ずっと旅ではなくて東京にいながら、
たまにタイミングが合えばバンライフするっていうライフスタイルに切り替えましたね。
なるほどね。
でも、来月には新しいちっちゃいパートナーが生まれるじゃないですか、楽しみですね。
楽しみです。
めっちゃ楽しいと思う。子供と一緒に旅するのも。
確かに。
また感じ方が変わる気がします。
そうですね。
バンのインテリアに対しても気づきもあるような気がする。
子連れバンライフ。
それがめちゃくちゃ楽しみです。
お腹にいるだけでも今までなかったお母さんとしての視点が得られるようになったので、
社会、同じ生活をしても子供がいるとなんでこれこうなってんだろうとか、
その仕組みもそうですけど、生まれたらもっとすごいことになりそうなので楽しいです。
確かに。
なるほどね。
いいね。楽しみだね。
でもなんかすごいその、全力で動いてるから、なんかフェーズが早く来てる。
25歳。繰り返すけどまた25歳なんで。
そうなんだよね。経験値が。
経験値がすごい高い気がする。
でもまだまだね。
これだってさ、1回自分が区切りが。
自分が1回終わるみたいな。
その境地なかなかないと思うけど、
でもね、何度でもきっとあると思う。
確かに確かに。
何度でもある。これからまだまだあると思うし。
区切りがね。
ねー。
よーのこ。
なんかでもすごいいいな。
確かに子供ができることで、
1人だった時の身軽さとは違う部分もあるけれども、
でも1人の時に感じたその孤独感とかそういうのとはまた違う、
すごい喜びとか安心感とか幸せみたいなのを子供からも感じるし、
それは本当に旅パートナーになるっていうか、
子供がちっちゃいパートナーになる気がするし、
なんかすごい楽しみですね。
なんかこうしたいみたいなのあるんですか?
子供とこんなことしたいとか。
まあね、どんな子かわかんないから、
まあそれは出たとこ勝負かもしれないけど、
でもやっぱり首座ったら早くキャンピングカーに旅に行きたいですね。
やっぱりいろんな人に可愛がってもらって、
いろんな価値観というかいろんな世界を見てほしいです。
あとはもう彼女、女の子なんですけど、
彼女が好きなように決めてくれればいいので。
なるほどね。
いやでもさ、こんなお母さんのもとで育った子が、
またどんな価値観というかになるのかみたいなところを
おばちゃん指定で興味津々よね。
興味津々よね。
本当。
いやー。
楽しみだね。
楽しみですね。
でも一般のデザインは今後も続けていくんですよね。
はい、続けていきますけれども、
それもやりつつもうちょっと軸は増やそうかなと。
あ、そうだ。
教育事業とかって。
確かに、ホームページ見ると。
そうですね、そんな大したもの、大それたものではないですけど、
大学生とのプロジェクトをやっていて、
昭和女子大学の卒業生ということもあって、
デザインスクールでいろんな今まで消費者だった視点から、
世の中にも何かを作り出す、デザインするっていう、
想像するっていう側になったときに、
いろんなものを学べたので、
それは大学では学べなかったものだけれども、
大学生のときに学べてすごいよかった。
だからこそ、後輩に対して何かそこができたらなというところで、
プロジェクトをやっています。
なるほどね。
やっぱ無理ゲーですね。
成長のための挑戦:親の勇気と子供の未来
日本の教育で育っていって、
大学生のときに進路決めるとか、
自分が何が好きなんだっけとか、
何を感じるんだっけとか、
そこを育むのは結構無理ゲーかなって思って。
それやっぱり見てる世界が狭いからかな?
狭いし、考えなくても進めちゃう。
それがアメリカだと突きつけられる感じがあるってことですか?
アメリカだとそうですし、別にそれがアメリカじゃなくても、
キャンピングカーとかそういう手段がなくても、
自分と向き合うっていうことは、いろんな手段があると思うので、
そこ?
それはなんかあれかもしれないですね。
別に教育の在り方というよりは、
異文化に行ったり、
そういう環境の中にいたら、
やっぱり考えざるを得ない。
自分は何のためにここに来たんだろうとか、
友達との関係についても、
そこを通じて自分を見る、見ざるを得ないみたいな、
そういう環境だからですよね、きっとね。
居心地悪い環境が必要なんじゃないかな?
確かに。
そこにいるからこそ、感じるものとか、気づくものとか、見れるものがあるから、
思い出した。
昔なんかさ、歳をとると経験値が上がると、ある程度いろいろ分かっちゃったりとか、
居心地よくなるんじゃない?やりやすいし。
どうやればこうなる?みたいなのも分かるから。
でもそれが続くと、やっぱりちょっと飽きが来たりとか、
つまんなくなったりもするし、
なので、数年くらい前からかな、
時より居心地が悪い場所にあえて身を置きたいと思うのね。
で、そこで、なんで良い歳してこんなちょっと辛いんだろう?とか思ったりもするんだけれども、
だけどそこで学んだり、気づいたりすることがすごくあって、
そこですごく広がったり、調整されたりとかがあるから、
常に私も居心地悪いところに身を置きたいの。
でも全部それだと辛いから、居心地良いところもちゃんと持ちつつ、
一部そういう環境も定期的に取り入れるっていうのをやりたいなっていうのはあるんだけど、
結構大事かもしれないですね、そういうの。
そこで学べることって大きいですよね。
特に幼少期とか大きいかもですね。
ぬくぬくさせちゃいけないですね。
かわいい子には旅をさせなければ。
崖から落として。
崖から落として上がってこれないとちょっとね、
でもその親の勇気も必要だね。
親も居心地悪いからね、子供を落とすと。
親も成長するよね。
耐え難いわけ、親も。
助けたいし、苦しんでる状況とかを見るのも親も苦しんでるから、
だから落としたくないんだけど、
でも必要なのよね。
自分は何とかできると思うから落ちてみようかなとか思うんだけど、
子供に対してなかなかそういう目線でやれないのは。
しなきゃいけないんだよ、子供のためにもね。
自分のためにもね。
本当だね。
確かに。
私たちの方も勉強させてもらった。
私もそれ大きな気づきですよね。
子供のつらさを共有するっていうのがね、
親の成長にもつながる。
それは積極的に。
積極的に崖から落とす。
結構忍耐を求められるよね。
強さをね。
確かに。楽しかった。
楽しかったです。
ちょっと皆さんね、元気なお子さんを産んでください。
産みます。
でもほんとせっかくのご縁なので、また赤ちゃんを産みたいです。
ぜひぜひ集まってください。
ありがとうございました。
51:03

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