ロジックとしての正しさが、必ずしも正しい解ではない場面ってしばしばありますよね。
そもそも正しさとは、とかはさておき。
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サマリー
今回のエピソードでは、「正しいことが必ずしも正しいとは限らない」というテーマについて、パーソナリティのバーティさんとエラさんが議論を深めます。バーティさんは、論理的に整合性が取れていることや一般論が、必ずしもその状況や相手に必要とされていることとは限らないという自身の経験を語ります。特に、仕事で精神的に追い詰められていた際に、周囲が「辞めるな」と言う中で、現地の友人からの一言「やめろ」が大きな救いとなったエピソードを紹介します。この経験から、相手の将来やキャリアを考慮した一般的な「正しい」アドバイスよりも、その時の本人が求めている言葉や行動が重要であることを強調します。 一方、エラさんは、対人関係や夫婦喧嘩など、論理や常識だけでは割り切れない感情的な側面がコミュニケーションにおいて重要であることを指摘します。例えば、喧嘩の際に論理的にどちらが正しいかを追求するよりも、まずは謝罪することが関係修復につながる場合があることを例に挙げます。また、プレゼント選びや、夫が妻に休息を提案するつもりが逆に不快感を与えてしまうケースなど、善意からくる「正しい」行動が必ずしも相手に受け入れられない現実を共有します。SNSでの論理的な正しさが勝利する風潮や、公務員がマニュアル通りの対応をせざるを得ない状況にも触れ、状況や相手の感情に合わせた柔軟な対応の重要性を改めて確認し合いました。
冒頭の挨拶とリスナーからのコメント紹介
はいどうもお疲れ様です。お疲れ様です。 脱線おじさんズバーティーです。
エラです。 よろしくお願いします。お願いします。
はい。 ということで今回から、以前の冒頭にね、コメントを読み上げスタイルに戻していきたいと。
そうですね。 情報が新鮮なうちに。覚えてなかったんでね。
我々がちゃんとね、記憶を保ってられるうちに。
記憶を保ってられないとしたら聞き直せよって話なんですけど。
そうなんですよね。
それもまあちょっと、あの、あれなんで。
まあとか、言ったらね、過去回にね、めちゃくちゃ昔のにコメントを頂けるとかもあると思うんで。
そうですね。ちょっと。はい。
それはその都度覚えてるか大会を。
はい。
開催する感じで。
はい。
はい。
じゃあ、キンキンのもの紹介していきます。
はい。
じゃあまずはXの方で。
はい。
おかじゅんさん。
はい。
嬉しい。爆笑しながら聞きました。バーティーさんが話してくださった私の番組の内容、私も覚えていません。
お二人の笑いって誰も傷つけないタイプの面白さだから安心して身を預けられる。
おっと、この話はまた今度。ということで。
第2回リアクションにリアクションに対してのコメントですね。
冒頭に戻してまた言うのもあれなんですけど、この第2回リアクションにリアクションの回の内容も、もうあんまり覚えてなくて。
この中でも以前のおかじゅんさんのコメントを紹介して、僕がエラ君からお話聞いていたのでおかじゅんさんの番組を聞いてみましたみたいなくだりですね。
ああ、それで声が素晴らしい素敵とか聞き手として素晴らしいみたいなお話をしたんですかね。
うん、だったと思います。
最近また最新エピソードが配信されてたみたいなのでまた聞きたいなと思うんですけど。
それにまつわるリアクションもいただいてまして、同じエピソードに対してSpotifyの方に山村さん。
おかじゅんさんの番組は自分のチームが始める際のお手伝いをしました。面白いから聞いてねというコメントですね。
本当にね。実はそこも繋がってたっていう話で。
そうですね。それもそのリアクションにリアクション会で、僕が何個か聞いてたら2話ぐらいでゲストで山村さん出て、その番組の立ち上げを手伝ってもらってみたいな話をされてたんで。
すごい山村さん本当なんかポッドキャストめちゃくちゃ精力的にやっぱりやられてて。
しかもなんかあのちょっと拝見したんですけどなんかこのノートの方でもなんか結構そのAIを使った農業的な。
なんか書いてましたね。
書かれててなんか本当なんかいろいろ精力的にやられててすごいなと思って。農業ね本業やられながらなんで。
近づいてきましたけどあの僕がやってる遊び会議で開催される。
ヒグチさんを呼んでのポッドキャスト初心者講座ですけど。
なんかあの差し入れを送ってくれようとしてて。
懇親会より。
すごいな。
もう全然ねなんかお忙しいみたいなんでもう無理はなさらずということで言ってるんですけども。
いやーもうなんかあの気遣いの人というかね。
なんか毎回こうやってコメントもくださるし聞いてくださってなんか本当にありがたいなと。
なんかポッドキャスト界隈を翻訳してますよ。
いや本当そうですよね。
もうなんかこう重要人物にこう接触してる感じはありますね。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
岡次郎さんもありがとうございます。
そしてもう一件ですね。
ながれぎさん。
プラネテスDMMTVで見れますね。
無料体験で一気見可能なようですっていうね。
耳寄り情報をくださってるんで。
これはもうながれぎさんありがとうございます。
僕もちょっとね改めて見たかったので。
無料体験で見れるならね。
まあおそらくエラ君の話を聞いて
はみ出し図の皆さんの中にも興味が湧いてる方もいるだろうから。
いや本当にね。
バーティさんもちろんですけど。
ぜひね。
ながれぎさんもせっかく教えてくださったので。
僕もちょっと今まだねいろいろバタバタしてるんで。
落ち着いたタイミングで見ようかなと思いますので。
はみ出し図の皆さんも気になってる方はチェックしてみましょう。
はい。
ということで。
今のところいただいてるリアクションこれくらいですかね。
はい。
じゃあ本編の方をやっていきましょう。
テーマ「正しいことが正しいとは限らない」
はい。
今回私バーティからのテーマで。
はい。
正しいことが正しいとは限らないよねっていう話をしてみたいなと。
いやーこれはもうあれですか。
稀に見ぬ真面目回ですか。
そうですね。
なるかもしれんし。
なるんかもしれんし。
僕ちょっとずっとなんかこう謝りたいなって思ってたことがあって。
多分本当に第1回とか第2回とか。
その後もちょくちょくバーティさんおっしゃられてるんですけど。
この脱線おじさんズという番組をやるにあたって。
ファニーの面白いじゃなくて。
インターレスティングの方の面白いの方もちょっとやっていきたいなみたいな。
そうですね。
当初から言ってらっしゃると思うんですけど。
どうも僕が思うにですよ。
僕がテーマを出した回は。
インターレスティングなんてもう程遠い感じになっちゃってるので。
バーティさんが当初思ってた方向性とはちょっとずれてきちゃってるのかな。
僕のせいでっていうのはちょっと。
どこかで謝りたいな。
120回もやってきて。
120回もやってちょっと最近聞いてて。
これなんか俺の回の時全然インターレスティングというか。
なんかバカみたいだなって思って。
別にどっちのテーマの時でもなってるくない?
本当ですか?
あんまりどっちが出したとき。
今もねわからないってまだこの時点でわからないじゃないですか。
今回のテーマがどう転がるか。
っていうとねそのテーマだけとりあえず共有して。
このテーマでっていう感じで行くんで。
なんかその多分お互いにこれはインターレスティングな話になるテーマかなと思って出したのが。
思いのほかファニーにふざける話になったりとか。
そうですね。
逆もあるじゃないですか。
これ気軽な感じでファニーテーマと思って出したら。
意外と深掘りが測ったりとか。
あるかなそうですね。
だから必ずしもってことではないと思うし。
いいんですかね。
そうあれですよ。
ファニーの面白さではなくというか。
に限らずっていう感じなんで僕のイメージとして。
それもあるよっていう。
含みますよっていうことで。
ちょっとあの多めに見てもらう。
今回のもねちょっとこんなとどうフォローかわかりませんので。
そうですね。
ちょっとごめんなさいもう一回テーマというか。
もう忘れた。
いやちょっとそれちゃったですごめんなさい。
一応正しいことが正しいとは限らないよねみたいな。
はいはいはい。
一応ここで言う正しいを。
はい。
まあ論理的に整合性が取れている状態とか。
はいはいはい。
僕もね日頃から。
ながら僕それが一番大事にしていることだったりはするんで。
自分の中でというか。
ロジックとして破綻していないとかっていうことに結構こだわりがあったりはするんですけど。
はい。
まあでも。
論理的に正しいことがそのシチュエーションだったり。
その時に必要とされていることかというと必ずしもそうではないみたいなことがあるじゃないですか。
はいはいはい。
今は正論が欲しいわけじゃないとか。
うんうん。
まあみたいなことをふわっとちょっと。
最近でもまあ自分自身もだし人に対しても思う場面がちょくちょくあったりしたんで。
はいはいはい。
まあちょっとそういう話をしてみようかなっていうぐらいなんですけど。
なんかこう結構それかなって思うエピソードというか。
バーティさんの留学時代の経験談
うん。
ちょっと話がまあ一つありまして。
うん。
あのまあ僕がちょっとあのとある国に大学生時代留学をしていた時に。
うん。
こう知り合ったまあその現地の友達がいるんですよ。
うん。
でまあそいつとずっと仲良くて。
でなんか日本のそのアニメとか。
うん。
音楽がめちゃくちゃ好きなやつで。
うんうん。
なんかこう定期的に日本にやってきては僕とまあその他の友達と遊んで。
うん。
で僕んちにもナンパクかして泊まってみたいなやつなんですよ。
うん。
でまあ今でもやりとりしてるんですけど。
うん。
あのちょっと僕がそのサラリーマン時代に。
うん。
こうメンタル的にちょっとしんどい時があって。
うん。
まあ会社を辞めたいという話をになった時に。
うん。
いろんな人に相談したんですけど。
うん。
いろんな人辞めるなって言いますよねまず。
まあそうだね。
当初まあ僕結婚したばっかりだったし。
はいはいはい。
そのもうこれから収入どうすんだとか。
そうね。
あのその入ってすぐね。
うん。
少なくとも3年経つまでは我慢しないとみたいな。
うん。
まあこれいわば正しいこと。
まあ一般論的なことですよね。
でまあこれまあ今思い返しても正しいアドバイスだと思うし。
うーん。
もう我慢できるんならやった方がもちろんいいと思います。
まあできるんならですよ。
そうね。
でまあその時にそのたまたまそのさっき言ったその国の友達に今こんなことがあってしんどくてって話をした時に。
うん。
まあその現地の言葉そのままで一言。
うん。
僕にメッセージで。
うん。
やめろって返ってきたんですよ。
へー。
誰も言わなかったですよ。
その僕親にも多分やめるなって近いこと言われたし。
うん。
あのまあ近い友達とかにも言われたんですけど。
うん。
まあそいつだけがもうほんまにただ一言やめろって返ってきて。
へー。
でこれってその多分様々な状況今後の将来のこと。
うん。
キャリアのこと収入のこといろんなこと考えたらやめるなっていうのが多分世間一般で言うと正しい。
まあそうね。
あの一般的には正しい意見だと思うんですけど。
うん。
もうただお前の命の健康のためにもうやめろっていう一言だけ。
うんうん。
返ってきた時にまさにその正しいことが正しいわけじゃないというか。
そうねー。
その時の僕にとってはその一言がめちゃくちゃ救いだったので。
うん。
まあ実際その後やめちゃうんですけど。
うん。
なんかそいつにやめろって言われたからもちろんやめたわけじゃないですけど。
まあでもね、救いというか背中を押されるみたいなのはね。
そうですね。
だから心のどっかでそれをしちゃいけないんだって。
だから頑張んなきゃって思ってたところをバーンと打開してくれたというか。
うん。
それって全然多分相手の将来の責任とか。
うん。
いろんなこと考えたらそれは正しくないんだとは思うんですけど。
でもその時の僕にとっては結構正しい言葉だったというか。
うん。
僕が欲しかった言葉だったので。
なんかやっぱり一般的に見て正しいことがいつも正しいわけじゃないんだなっていうのはその時結構思ったかなというのは一つ。
ちょっと長くなっちゃいましたけど。
エラさんの視点:感情と対人関係
ただでもそれに関しては僕はむしろ正しい気がするんですけどね。
まあね。
だけどそれは一般論の観点で鑑みたにしてもじゃあもう本当に健康を損なうぐらいっていうラインだったら
多分そんな環境下で働くのはやめた方がいいはむしろ正しい気はするんですけどね。
そうですね。
これ本当に辞め時とか逃げ時みたいな話はあると思うんですけど。
本当にこれを聞いてくださってる方の中でもし同じような立場の方がいるとすれば
僕は個人的には一つ回答があって
本当にそれを続けることで消えてしまいたいみたいな
もういなくなっちゃいたいぐらいまで
命の危険が迫るぐらい追い込まれていることだったらやめた方がいいよって僕は思うんですけど
絶対にそうな気がしますけどね。それはさすがに。
その他のことについてはもし耐えられるんだったら耐えた方がいい時もあるし
さっさと撤退した方がいい時もあるし
これは結構様々なんですけど
その辺ちょっと前回のテーマでもそういうくだりになりましたけど
少なくともそういう時はもうやめた方がいいなって
そうですね。目的とかそういうことにもよるけど
全ての目的だったりゴールだったりも
原点はそもそも当たり前に健康で生きていることが
何においてもベストっていうのは多分揺るぎないと思うんですけどね
そんなこんなでそんな感じで
正しい、世間一般で言う正しいことが正解というか
そうじゃない時ってあるなっていうのは僕も過去に何度か思ったことはある
あと今もちょっと触れたけど
世間一般の基準がもちろん子に当てはまらないケースって全然あると思うし
今ので言うとエラ君にとってで言うと
辞めるの方が正しかったんじゃないかみたいな
子に対してもおそらくこれが正しいであろうの時もあるじゃないですか
ただそれですら内容によってはとか状況によっては
その正しさを追求させようとしなくてもいいのではとか思ったりするんですよ
それすらってことですか?
エラ君とかで言うと体調とかもろにそういうところなんで
そこに関しては全然悩む余地ないかなと思って
健康だったり心身の安全みたいなところは最優先事項だと思うんですけど
別にその体に不調がとかそういうことではないけど
例えばその仕事を変えようと思うであったりとか
恋愛でもいいですよ
対人関係においてどうみたいな時に
例えばロジックとしてこうこうだからこうするのがいいよねっていうのすら
必要ではない場面もあるとか
そういう時って
例えば論理的整合性とか世間の常識と照らし合わせてとかが
判断基準じゃない場合って何が代わりに判断基準になるんですかね
例えば誰かと揉めているとか意見の衝突があるみたいな時に
事情を聞いたとして
じゃあここの部分がこっちの人が悪いよね
この部分はこっちの人は非はないよね
じゃあここの部分をそれぞれ認めて
こっちの人が謝罪して
こっちの人が受け入れたらそれでいいよね
みたいなことが正しかったりするじゃないですか
論理としては
そこに言い分とか事象を分解するとそうなんだけど
それで謝るのはちょっと尺だっていう感情のところだったりとか
それで謝られても許せるかというとそれはまたみたいなところだったりとか
例えば泣かすとかが理由かなと思って
究極全部の揉め事とかをゴールとして仲直りする意思があるとか
仕事にしても何か自分のベストの仕事を見つけるみたいなゴールがあるとすれば
多分状況整理したらじゃあこれが正解じゃないみたいなのって
多分ある程度はあると思うんですけど
ただそれを突きつけるのすら場面もあったりするなとか思うわけですよ
まあそうっすね
結局正しい方法論を提示して選択したとして
それも考え方によっては失敗の機会を奪うっていうことにもなりうるしとか
全てをそうやって正しさ
論理的に正しいっていうので適当な対応を取ってきたら
じゃあ生涯誰とも揉めないのかとかいうとそうでもないし
たまに中には感情の部分で理不尽な何かが起きたりもするしとか考えると
経験値として失敗の機会を奪うのもどうかと思うし
仮にその正しいと思う
論理的に正しいと思われる方法論をやったとして
ことがうまく運ぶかというとそうとも限らないしとか
とかを考え出すとなんか
何が正しくてみたいな
コミュニケーションのズレとプレゼントの例
そこにもなっちゃうんだけど
それってやっぱりさっきの話で言うと
論理的にはこうが正しいって分かるんだけど
みたいなところがやっぱり入ってきたりとか
例えばこれもよく
世間で例えば夫婦喧嘩とかでよく例に出されるじゃないですか
言い分がどうとかっていうよりも
ごめんなさいって言った方が円滑にいくっていう関係性の人たちもいたりするじゃないですか
本当にそうですね
それは本当人ごとに違うとは思うけど
僕は結構それやっぱりやりがちな方なんで
論理でその場の最適解をしがちな方ではあるんで
僕もそうなんですよね
自分でもよくないなと思う場面がチラホラあったりするわけですよ
これ男性がやりがちなのかなどっちかというと
夫婦とか男女のお目ごと意見の衝突とかで言うと
男子がそうしがちな感じはありますね
そうなんですよね
でもそうじゃない
これまさにその話ですよね
論理で言うと正しいこと言ってるんだけど
そういうことじゃないんだよなっていうことはありますからね
お悩み相談だってそうだったりするじゃないですか
例えば不倫をしているとか浮気をしているとかで
それはもうちょっと方法的にも問題あるし
不抵抗意なんでよくないし
放置国家としての正しさでバッサリ行くことは全然簡単だけども
そんなことはね
多分当人だって分かった上でらしいとかなると
そうなんだよな
それを言うことが論理としてとか方法論としてとかではなく
状況として正しいのかで言うと正しくないことも結構あったりするわけで
そうなんですよね
その話でちょっと思い出したことが一つあって
僕の高校ぐらいからの付き合いの友達が
大学に入って彼女ができたんですよ
その彼女がデートに行くたびに
歩いて足が痛い足が痛いと言っていたと
そこで僕の友達は考えました
足が痛いってずっと言ってるから
誕生日プレゼント足に負担の少ないスニーカーをあげよう
あげたところものすごい微妙な反応
これってまさに論理的に考えたら
足が痛いんだったら足に負担の少ない靴履きゃいいでしょって
これまさに友達は悪気なく相手のことを思ってあげたんですけど
解放としては正しいからな
彼女としてはそうじゃないんだよなみたいな
それって多分今になったら僕の友達ももう分かってると思います
その答えはスニーカーじゃないぞと
でもその時の純粋な彼にとっては
高校卒業したでねとかね
論理的に考え相手のことをまっすぐ思いスニーカーをあげた
でも受け取る方にとっては正しいけどそうじゃないんだよみたいな
これって多分本当にこういうコミュニケーションのズレが
いろんなところで起きると思っていて
ありますね
それがまさに正しいことがいつも正しいと限らないみたいな
もしかしたら恋愛とか夫婦関係で特に起こりうるかもしれない
そうですねやっぱ対人人間関係が一番顕著にあるなとは思いますけどね
そうなんすよね
家庭内の「正しさ」と寂しがり屋な一面
このはみ出し図の中で奥さん側の立場の人って結構いらっしゃいましたっけ
でもユミさんとかまさに
うちのユミちゃんはわかりやすく
ユミさんをはみ出し図って言っていいんでしたっけ
まあいいでしょうそれは全然
いいんでしたっけ
聞いてる人は漏れなきゃはみ出し図なんで
これもよく僕も妻とそういう話になるんですけど
いつも家事とか僕ももちろんやるものはやりますけど
仕事に家事に大変そうなので
じゃあ一度解放されたらどうみたいな
じゃあ俺が子供たち連れて
うちの地元のじいちゃんばあちゃんのところに帰るから
一人でゆっくりしたらいいじゃんって
これいやらしいんですよ
そうなんだ
そうなんですよ
これって論理的に正しくないですか
いやし全然心遣いというか
何の悪意も感じないけどね
これはいやらしいんですよ
なんで
やっぱりどうしても旦那の親っていうのは
いくら家族と言うえども
ちょっと取られたくないっていう気持ちが
最後には多分奥にはあって
私の知らないとこでそっちだけで仲良くなっちゃうの
嫌だなみたいなのが多分
そういうことか
なんですよ
だからこれ違うんだっていうね
決してうちの妻とうちの親が仲悪いわけじゃなくて
むしろ仲良いんですけど
そういう関係でもやっぱりなんか嫌だなっていうのは
まあそうね理屈じゃない
そうそうなんか嫌だなみたいな
だからやきもちとかに近い感覚ですよね
多分そうです
僕もそうだな
友人関係とかで言うと僕も
なんとも言えないそれに近い感情は
寂しがりやゆえにっていう
そうかお?
エラ君の奥さんもその感じがあったっすね
一人ではできない方とかだった
バーティさんと一緒のタイプなんで
その辺が多分出たのかなっていう感じ
だから僕もねスタッフ同士が
一緒に飲んでる様がインスタに上がっとると
位置情報とか共有してるんで
近場で遊んでんなと
帰りにチラッと寄ったりするのかなとか思いきや
普通に帰宅してたりしたら
俺全然マジでないってなりますからね
言われないけど
寂しがりおじさんですか
自分がそうなこともあるしね
毎日のみに出る度に
全ての知り合いの店を回るとかは不可能なんで
もちろんね
論理では分かってるんですよ
その日行くルートであったり
飲酒量にもよりますし
気分もありますしね
店選びってそういうことでしかないし
逆に他には寄らずに
うちに来てくれる時っていうのは
そういう時だなっていう
そっち側ももちろん分かってるんですよ
今日バーティーさんの顔見たいなとか
話聞いてほしいなとかね
今日は違ったんだなと
他の店行きたいとこがあったんだな
全然ロジックとしてはそうなんですけど
ああ帰ってる
の気持ちとかはちょっと分かりますよ
めんどくさいおじさん
メンヘラおじさんなんでね
僕全くそれ思わないんで
寂しがり屋なのかな
それも言語化は難しいんでしょうけど
分かってるけどなんか嫌だなみたいな
それがたぶん根底あるんでしょうね
例えば今の僕が
SNSの風潮と公務員の対応
ちょっとした余談として
エラ君にするわけじゃないですか
こないだこうやってスタッフが
おじさんのけものにしてさ
よりも顔を見せずに帰っちゃってて
笑い話ぐらいな感じでやったとするじゃないですか
それにエラ君が
でも店選びってそういうことですからね
それはバーティーさんが一騎一遊するようなことではないと思うんですよね
とか言われても
そうだよね
正しい正しいみたいになるし
でも結構そういう人いますよね
いるんですよ
結構いますよね
僕も割と性格的にはそっち勝ちなんで
状況であんまりやらない方ではあるんですけど
お悩み相談とかに対してはそうだけど
でも自分の意見を語るときに
そこに論理的に整合性が取れていたいっていう
思いは強い方ではあるんで
ベストじゃないですかそれは
論理的な整合性なしで来られるのもちょっと
バランス難しいんですよ
めちゃくちゃ論理的だけで来られてもあれだし
そこ破綻したまま来られても
それはそれでちょっとあれなんで
このバランス取れる人って結構
結局バランスの問題ではあるんですけどね
本当にどっちかに偏られると僕は困っちゃいますけどね
どうなんだろう
どっちが嫌か
それはやっぱり状況とか内容によりっきりだったりするでしょう
そうですね
やっぱりいるし
自分もその考え方の癖自体はそうだったりするから
今度それこそバランスを気をつけようとか思って
ここは思うことはあるけど
おじさんが割り込んで口挟むところではないなっていうところでは
そうねって流すとか
そういう選択をしてたりはしますけど
その選択ができるのって結構すごいことだと思うんですよ
おじさんになればなるほど口突っ込みたくなるんで
突っ込みたいタイミング自体は増えたんですよ
それを我慢できてるのはすごいと思います
これも明暗分かれるのか
それこそ正しいことを言って変な空気になったとか
鬱陶しがられたみたいな経験値不足が招くかもしれないじゃないですか
本当にそうなんですよね
僕は若い頃とか論理でねじ伏せたいぐらいだったんで
それゆえのそんなことしても恥をかかせただけだなみたいな
自分の中の反省とかもいろいろ踏まえての今の仕上がりで
思うとこはあるけどここは飲み込もうとかっていうのは
その失敗の経験値ゆえっていうのもあるんで
これね本当そうこれね結構根深いと思ってて
僕気づいたらSNSの悪口ばっか言ってる気がするんですけど
野割れに見ちゃうんですけど
Xとかスレッツとかもそうなんかな
論理が正しい奴が勝つみたいなのって結構多くないですか最近
ハイロンパみたいなことですよね雰囲気的には
そうそうめっちゃよく流れてくる方があるんですけど
クレーマーと対決する人みたいな位置づけで
お前こうじゃねえかって文句言われて
お言葉ですがっていうので次のポストに移るんですよ
続きを読ませようとしてね
要は客はこう文句言ってきたけど
店側がめちゃくちゃ論理的に正しい法律なり規則なり
そういうのを持ってきて客が黙って退散するみたいな
そういう方がよく流れてきて
結構そういうのを求めてる人多いのかなと思ってるんですけど
そうですね
ちょっと理不尽とか不快な人に対して
ちょっと成敗してやったみたいな
見とこうもみたいな気持ちじゃないですか
結局昔から言うから完全懲悪のことだと思うんですけど
ただ僕は公務員を10年近くやってきて
そんなことはない
さっきバティさんおっしゃってましたけど
論理で勝つと感情で最後もう相手は
うるせーって
それって公務員としては正しい姿なのかもしれないんですけど
僕ちょっとよくいるじゃないですか
公務員とか店に向かって
お前らマニュアル通りの対応しかできるのか
あれ結構叩かれがちですけど
分かるとこもあるんですよ僕結構
そうね変に
それこそ正論を突き返すよりは
もうマニュアルしかできないんでっていう
無能として流しちゃった方がみたいな
そうそう
もちろん言い方とか
例えば5時までの窓口に
5時1分にやってきたおじさんに対して
何とかこれだけやってくれよって言われて
いやすいません規則で5時までしか受け付けられないんですいません
やるのは正しいんでしょうけど
まあね
正しいことが正しいわけじゃないというか
そうだな
言い方一つの問題で
すいませんあと1分はやがったら
どうしようちょっと待ってもらっていいですかとか
ちょっと上に確認してきますとかね
すいませんやっぱりちょっと無理でしたとか言えば
若干は緩和されるとこがあるけど
最近の風潮としては
規則第何条により受け付けを
それが勝つみたいになっちゃってるから
そうじゃない時の方が多いんだよなみたいな
そうなんですよ
もちろんとんでもないクレーマーもいらっしゃいますよ
いらっしゃるしそれに毅然と対応しないといけない時もあるけど
そうだな
言い方一つでこの人もそんな怒んなかったのになっていう時もあるんですよ
そうだね
その辺がねちょっと難しい問題かなと思いますけどね
まとめとエンディング
結局こうしたがいいって何も出てこなかったけど
そうだよねっていう話だったけど
でも本当に話してて
本当にそうだなって思いました
正しいことが正しいわけじゃないっていうか
そうだなただそれを
共有したかっただけの回にはなりましたよね
別にどうしようって思ってるわけでもないんで
大丈夫そうの結論が出た回ないですから今まで
まあまあそうですね
大抵そうだよねって言って終わる番組なんて
そうですね
この番組はそういうスタンスでやっているので
そういうことを期待されても困りますから
聞いてくださってるはみだしずの皆さんもその辺はご承知の上で聞いていただきたいですし
最後正しい
最後めちゃくちゃ正しい
もう時間の方も結構経ってるんで
僕もお店の準備とかありますしこの後
嫌だわ最後のこの人
もう時間なんで終わりましょう
言い方正しくて嫌だな
最後のジーンかけこれ
やっぱ言い方問題ですよ
言い方問題ですね
すいませんもう
今日は二人のスケジュールの都合上夜撮ってて
僕この後ね店開けなきゃいけないんで
僕もちょっと風呂入れないといけないので
もうぼちぼちこの辺にしときましょう
これも合ってるのか分かんないけど
はいすいません
正しくある必要ないんでね
はいそうですね
適当に終わりたいと思います
ありがとうございました
38:18
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