1. 野良トレランナー シンバの冒険
  2. #158「3歩で捻挫」から世界へ..
2026-02-15 2:00:04

#158「3歩で捻挫」から世界へ!中谷亮太さん登場!

(AI翻訳)
今回のゲストは、トレイルランナーなら誰もが知るトップアスリートであり、「世界一過酷」と言われる丹波100の主催者、中谷亮太さんが登場!

「最初から強かったんでしょ?」と思いきや、実は下りが苦手すぎて**「3歩で捻挫」**というあだ名をつけられていた衝撃の過去が発覚!? 野球少年がどうやって山の猛者になったのか、師匠・田口さんとの運命的な出会いから、そのルーツを紐解きます。

そして話題は、中谷さんのキャリアを決定づけた「2022年のどん底」へ。
全てを懸けたUTMFでの挫折、引退の危機…。そこから這い上がるために彼が選んだ手段は、「毎日30km走って脳の感覚をバグらせる」という常人離れした荒療治でした。

330kmの旅「トルデジアン」で優勝するためのマインドセット

なぜ丹波100はあんなに過酷なのか?主催者の「愛あるS心」

コーチとしての顔、そしてこれからの超過密スケジュール

「感覚をバグらせるのが正解」と言い切る中谷さんの言葉には、ランナーだけでなく、何かに挑戦する全ての人の背中を押すパワーがあります。
聴き終わった後、あなたもきっと走り出したくなる(あるいは丹波100にエントリーしたくなる!?)こと間違いなし!

ぜひ最後までお楽しみください!

#トレイルランニング #中谷亮太 #丹波100 #トルデジアン #トレラン
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00:04
はい、毎度はシンバです。この放送は、社森に憧れる野良トレランナーのシンバが、トレランのおもろさについて喋ってくる番組です。
放送を聞いて、トレランおもろいやんけと思っていただける放送を目指して、頑張ってますよ。
いうことで、今日はですね、2月の14日か、土曜日に収録してまして、
明日、2月中旬ってなるとマラソンのシーズンがいっぱいあると思うんですけど、
ちなみに僕もですね、明日、京都マラソン走ってきます。
そうなのよ。そうなのよ。逆にそれでゆっくりできるっていうのもあってですね、
ちょっと今回でですね、たくさんゲストを来ていただいて、話したいなと思ってたところでですね、
ちょっと前に声をかけさせてもらっては、めっちゃ、今回すごいですよ、めっちゃビッグなゲストがですね、
出てきてくれました。笑ってくれてるんですけど、
そうなのよ。本当にね、たぶんパフォーマンスインデックスは今までのゲストで一番高いんちゃうかなと思ってまして、
それがね、原因というか、呼びたい目的とか目標ではないんだけど、
やってることがね、すげーもう、なんていうか羨ましいっていうかね、
僕がね、若くてね、こんだけ強かったりやりたいなっていうことを全部やり尽くしてるような彼なので、
ぜひちょっとゲストに呼んで話を聞きたいなと思っていた彼を呼びたいと思います。
早速登場していただきましょう。中谷亮太さんです。どうぞ。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。亮太くん、ありがとうございます。来ていただきまして。
すげーなんかブリッジかけていただいて。
どうなの。
よろしくなんですけど、吉佳里さん。
いえいえいえいえいえいえ。でもそれはもう、もっと本当は盛り上げた方がええぐらいなんですよね。
いえいえ、そんなの。全然全然。
あ、そうですか。いや謙虚でとてもあれですけれども、
中谷亮太さんはですね、もうご存知の方の方が多いかもしれないですけど、トリルランナーであればですね、
経歴というか代表で言うとね、いろいろ持ってはりますけれども、
主催者としての一面もあれば、やっぱりトップアスリートの一面もあって、
私も含めて今マイラーズっていうチームやってて、
それのコーチっていう一面もあって、
3つの顔を持つ、結構いろんなことをやってるアスリートの方でございます。
ということで、中谷さんからちょっといろいろと経歴伺いましょうかね。
はい、経歴。
うん、経歴。肩書き?
はい。
1個目、あんまり僕知らないから聞きたいんだけど、
今代表されてるチームというか、あれがあるじゃないですか、
走る栄養研究所RNって、
03:02
これはどういったことをやってるのか、まず聞きたいなと思って。
これね、何もやってない。
あ、何もやってないの?知ってないの?
本当にメンバーに恵まれてて、
とりあえず一緒に大会に行ってもらったり話したり、
チームで飲み会行ったり、大会とか飲み会したり、
そこでたまにそんな感じです。そんな感じ。
いいね、なるほど。
コアなコミュニティっていうだけで、他にも特になくて、
僕はもうちょっと本当はするべきなんだけど、
肩振りがね。
全然何もしなくて、みんながめっちゃよくしてくれてるだけ。
濃いコミュニティみたいな感じか。
ただ確かに繋がりはコアでめっちゃ濃い。
すごい仲間意識みたいな。
仲間意識ってお互い応援してるみたいなのが
めちゃくちゃあるかなっていう感じなんだけど。
参加してる人自体も結構トップアスリートじゃないけど、
そんなんないよ。
そういうことでもないよ。
表に出てるのがそのだけだから。
一緒に楽しんで応援してる人たちも中には結構いるし。
サンバ100に繋がってるコミュニティっていうのが大きい。
サンバ100のことを目指すってなったときに、
教えてじゃないけど、どうやってやるかみたいなところで、
僕は聞かれたら全部答えるんですよ。何でも答えるし、
プログラムを組んでくれと言われればすぐ組むし、
自由に全部使っていただけるっていう、
何でも僕を自由に使い倒してくださいって感じなんですけど、
みんなそんなあんまり言ってくる人じゃない。
でもUTMB出るときとかに、
メニューどうしたらいいですかって話で、
自分が山だったらこういうルートが取れるんだったら
こういう風にやった方がいいよねみたいなこととかをやって、
そういうふうに感想した人とかもいるし。
そうですか。
そんな人が中にいます。
それも一応コーチとしてのポジションなんだね。
そうですね。もともとオンラインサロンということで始めたんですけど、
コロナ禍ですよね。僕は独立して最初に立ち上げたのが、
最初。
なるほど。
何も自分もできないし、とりあえずそこからスタートして、
今はもちろん移り変わりいろいろあるんだけど、
いるメンバーはとにかくコミュニティにいるっていう感じかな。
なるほど。
でもその居心地とか、それから実際に
効果もあるようなコミュニティやから、
みんな長く続けてるような感じって感じかな。
そうですね。でも一番は飲み会とか、
みんなでメンバーで飲んだり、いろいろ話をするのが好きみたいな。
なるほど。
それはよう分かるよ。
ラジオも半分以上そうかもしれない。
06:01
話聞いて、フォアの人と実際に目的があって話さなくても、
どんどん出てくるじゃない、情報って。
それを収集してるだけでもむちゃくちゃいい時間になるから。
確かにそうっすね。
確かにそういう意味でも、コミュニティとして飲み会が定期的にあるだけで、
人生としてはプラスになる側が繋がっていくみたいな感じ。
分かんないけど、もっと頑張って提供できればいいなと思いながら、
できてないという気持ちもあるけど、
みんなそんな風にいてくれてるっていう感じですね。
なるほどね。ありがとうございます。
面白いコミュニティを見つけてしまいましたけど、
それから競技者としてはどういうことかということで、
まずトレイルランニングを主軸として活動されてらっしゃいますよね。
そうですね。
トレイルランニングってちなみにどういうきっかけでスタートしたのかなっていうのは聞きたくて。
そこから?
そうそう。ここの2個目は結構長いかも。
乱暴が謎なのよ、りょうたくん。
そうですか。
なんか気づいたら、ショップをやってて、
そうっすね。
急激に強くなった感じがして。
いやいやいや。そんなことない。
本当?
いやいや。
そこら辺はどんな?
うまくずっといったわけじゃ全然なくて。
そうなんだ。
ちょっと結果が出たしたかなぐらいで、僕が目指してるところにはまだまだ程遠いです。
目指してるところがもしかしたらむちゃくちゃ高いかもしれないけど、
乱のきっかけとしてはどんな感じだったんですか?
まずね、僕は田口稔という男との出会いですよ。
そうですよね。
僕が走り始めたのは。
はいはい。
当時大学生でした。大学3回生の時に田口稔という男と出会いまして、
実は僕の今も実家ですけど家から600mぐらいの位置にタグチスポーツというお店があるんですよ。
そうですか。なるほど。
僕は実は大学卒業した後社会人になってからも草野球2年ぐらいやってまして、
ずっと野球をやってきた。
なるほどね。野球股だったんだね。
で、その野球の専門ショップがタグチスポーツなんですよ。
弟さんがやってる?
弟さんがやってる。
はいはい。当時はお父さんがやってたのかな?
そうそう。で、僕は常連だったんですよ。
で、タグチスポーツの常連さんだったんですね。
で、大学もやってたから、当然定期的に帰ってきたりする度に行ったりとかしたわけです。
なるほど。
ある時ですね、大学3回戦の時にタグチスポーツに行くとですね、タグチスポーツが一気に変わったんですよ。
何が変わったかというと、まず外装だったりとか、商品ラインナップだったりとかが一気に変わって、何が起こったのかなって。
09:11
で、お店もむちゃくちゃ綺麗になってめっちゃかっこよくなって、どんどんアップデートされていったんですけど、何が起こったかなっていうと、ちょうどタグチ・ミノリという男がですね。
タグチ・ミノリという男が。
これはこの人のブリッジを話するとめちゃくちゃ長くて。
いいよ、じゃあ短めの方で。
この人はですね、実は東京で飲食店を経営してたんですね、当時。
あ、そうだったんですね。
あんまりタグチさんも自分の話しないから。
当時はですね、日本一の飲食店を作るっていうのを目標に掲げてですね。
いわゆる、もう名前言っちゃうけど、わたみっていうところで、アドバイザーぐらいまでたぶんやったんじゃないかな。
なんかこういろいろと。
1か月で休みはもう1日あるかないかぐらい。
3、4時間ぐらいしか寝ないみたいなぐらい働いてた。
人生そこにかけるぐらい働いてたみたいなんですが。
それで自分がこれから飲食店絶対やっていくぞって自分の店を持ち始めて、鉄板屋とかいろいろやってたみたいですけど。
そこも見る人がね、そういうのも見る人もいるみたいですけど、当時だけ。
で、タイミングで帰ってきてくれと。
お前が帰ってこーへんやったら、物を畳むと。
10秒の話になって、こうなったらしいんですよ。
えー、はいはいはい。
で、別々が変って思ってたらしいんですけど。
昔は。
そうやったらしょうがないかなっていうことで、なくなく帰ってきたのが、タクシーさんが帰ってきた。
えー、そうだったんだ。
そうじゃなかったら、もしかしたらずっと東京で飲食店やってたかもしれない。
東京市っていうのが、飲食店の事業でもずっと、いまだに頭にあるぐらい。
そういう飲食店をやるっていうのも、どっかの片隅にはあるとは思う。
でも今は時代の流れ的にやらないと思いますけど。
はいはいはい。
でもそれぐらい、一回京都でもトレイルセンターを立て上げた後に、スローハイフカフェっていう飲食店を立ち上げたりとかもしてましたから。
それぐらい飲食っていうのが思い入れは強いみたいではある。
なるほどね。確かにね、中枢中核になるのが飲食のスタートやからそうなるかもしれないね。
それで帰ってきました。
はいはいはい。
帰ってきて、あの人、やっぱり頭がすごく良くて。
はいはい。
いろんなことを、もちろん努力もむちゃくちゃするし、いろんな知識も社会的なこと、経済的なこともすごく分かっておられる方なので。
12:00
はいはい。
これからの時代に、この一個人のスポーツ店がどのように生き残っていくかっていうことを、最初から考えてたみたいで。
で、やり方を一気に変えるというスタート。
で、竹内スポーツが大変革したと。
そうなんやね。
そう、僕は見て、うまいなーって思った。
はいはい。
その男の仕業でして。
なるほどね。
話を聞くほど、この人は面白い人だなと。
はいはいはい。
好きだなとめちゃくちゃ思いまして。
野球やってた関係もあるし、竹内スポーツ。
で、それでちょっとこう、なんていうんですかね、近づきたいなというか。
おー、なるほどね。
いろいろ関わっていると得があるんじゃないかな、じゃないですけど。
学べることが多そうだなというところから話を聞いたら、
中田彦バイトする?みたいな話になって。
で、バイトさせてもらうっていうのが。
はー。
そこからこうね。
でも住んでたの?もともと丹波だったけど、
大学とかそういうのは全部、社会人とかは京都だったわけ?
いや、大学大阪で。
大阪で。
大阪で通ってたんですよ、僕。
あ、わざわざ。
まあでも、3回くらいになったら結構友達の家に入り浸ったりしてたから。
あー、そうかそうか。へー。
ですけど、通ってて。
はい。
で、えっと、一応拠点はずっと丹波だったんですけど。
ああ、そう。
卒業してすぐに大阪に住みましたけどね。
はいはいはい。
そうだったんだ。
野球っていうところはなんとなく知ってたけど、
田口さんとの出会いからっていうのは確かに初めて聞いたし、
でもね、田口さんのブルーツを知らんかったから、
なんとかわからんでもないな。
わたみやったんや言うたら、なんかわかる気がするな。
これだけでも結構単行なネタだと思う。
いや、そうね。これだけでもかなりの取れ高が今あったね。
誰も言ってないからね、こんなの。
言ってない言ってない、確かに。
かなりの取れ高があったんじゃないかなと思いますけども。
あー、そうですか。
じゃあそのバイト始まって、
まあ、トレランってところまではまだ行ってないじゃないですか。
そう、行ってないね。
まだね、まだね。
そっから一体競技にどう繋がったんかなと思って。
まず、田口さんは当時その時点でもマラソンを始めてましたと。
あー、なるほどね。
トレランはまだやってませんでしたという状態だったね。
はいはいはい。
で、僕がたぶん大学3回戦、4回戦になったくらいに
田口さんが激走モンブランをたぶん見たんだと思うんですが、
そこからこんな世界があるんだと思って、
いやもうここを知るまでに絶対行きたいと思って、
まあ思ったらあの人はそこをロックオンして絶対それを実現するタイプの人なので、
はいはいはい。
もうそこであの人はスイッチが入ってたんですね、たぶん。
で、その当時から実は走ることの大切さみたいなことは教えられてたんですよ、バイトしてる時に。
なんでかっていうと、これ結構深い話なんですけど、
15:01
僕はずっと野球畑でやってきて、
もちろんすごい人にはそれなりのすごい理由があるし、
めちゃくちゃすごいスポーツなんだけど、
結構運が左右する競技なんですよ。
そうかもしれない。
例えば、たまたまチャンスだったりとか、
大きくなってヒットを打って、
フォームを打ってすれば大逆転してヒーローになったりとか、
この10回座席に立ったうちの3回ヒットを打つことができれば超一流だったと言われるスポーツなのですか。
はいはい。
要はたまたまっていうのが結構あるスポーツなんですよ。
なるほどね。
相手にももちろんよりますが、
マラソンって昨日1キロ4分でしか走れない人が、
今日1キロ3分で走れるようにならないじゃないですか。
ならないね。
結局積み上げた努力が進化されていくスポーツっていうのが、
これは人生においてすごく有益なスポーツなんじゃないかなと。
努力したことが積み上がっていって、
ちゃんと物質として見えていくっていうのは、
すごく大事な感覚だよみたいな話を。
なるほどね。
それで、なるほど確かにそうかもしれないと。
説得というか納得させられるわけですよ。
ファミリーが走ることは素晴らしいことだということが、
なるほどね。
ブリッジがかかるわけですよ。
ブリッジがかかるんだ。
僕は実は時給走とか結構早かったんですよ。
野球一生懸命やりだして筋トレとかむちゃくちゃしだしたから、
やっぱ落ちていって、
休憩よりも瞬発系が早くなったタイプだったから。
あれなんですけど、小学校の頃とかはマラソン大会とか1位だったし、
中学校はでもやっぱり陸上部には勝てなかったりとか、
でも結構得意な方ではあったんですよ。
やっぱり頑張れば頑張るほどちょっと時給走になって、
逆に勝てる人が早くなるみたいな。
僕はずっと1番パッと上がったんだけど、
ああ、そうだったんだ。
瞬発力もかなりありそうな感じですね。
割と学年でも2番とか3番ぐらいのぐらいで早い方ではなかったなって感じだったんだけど、
それで、そもそも運動好きで走ることも別に苦手意識はない。
それで、ランニングするぞみたいな感じで、
やるぞみたいな感じでやれたら、
うん、別にやりますよぐらいなスタートだったんですけど、
それからタイプさんはもうモンブラン目指すわけじゃないですか。
まさやね、マラソンじゃなくてモンブランやね。
急に山に行くわけですよ。
ママ走るってどうなのかみたいな感じだったんだけど、
マラも行くぞみたいな感じで巻き込まれた。
当時バイトが定期的にシフトがあれだからあれですけど、
若い時は僕が結構タグシさんの魅力をトマトさんに語ったりしてたから、
18:04
バイトしてる親友とか後輩とか結構いて、
先輩とかもいたりとかして、
6人、7人ぐらいいたんじゃないかなと思うんですよ。
その人らをみんな引き連れてマラも行くぞみたいな感じで巻き込まれたというのが当時のチャンスでして。
じゃあ別にトレイルランをやるぞじゃなかったんだね。
でも山では行くと。走るのは山だと。
舞台が山で。
山に行くぞって。
ある意味トレイルラン。
確かにそれはトレイルランやな。
山に行くんだけど、僕は上り上がりの心配能力が低くなかったから、
タグシさんにも勝てるぐらい速いんだけど、
上り上がりはね、これ無理やろって思った。
上り上がりは危ないですよ。
僕のあだ名は散歩で念座ってあだ名だったんですよ。
散歩で念座?そんなに?
念座をよく言って、こんなん危ないし、なんで下り飛ばすとかできんのみたいな。
なんでみたいな。
散歩で念座ってあだ名がついてた僕は。
上り上がりで下りはこんな速いと走れるわけないっていう。
なんでそんな飛ばせんのみたいな。
トレイルランはよう分からんわと。難しいなと思って。
なるほど。下りが苦手なイメージ今は全然ないからさ。
今はね。
そうなんやね。散歩で念座してたん。
っていうあだ名。
タグシさんのルーツじゃないけど、ちょっと体育会系なとこあるやんか。
それは確かにりょうた君にも通じるところがあるから。
なんかね、シンパシーみたいなのがあるんだね。
指定関係みたいな感じがね。
僕は。
それで定期的に行く、山走りには。
僕当時はまだ野球やってたから、草野球頑張ってやってて。
大会に行くようなチームだったんですよ。草野球ですけどね。
すごいね。
それのキャプテンとかもしてたから。
野球が絶対的中心で一番で、スポーツの順序で言うと、
前半はサブみたいなのをやってたんですよ。
それがきっかけとしては、のめり込むっていうのは、
タグシさんが誘われていくみたいなのが増えていったんですよ。
結構いろいろいったんだけど、
みのりさんが行くから行くみたいな感じだったんだけど、
僕ちょうどその当時、DJもちょっとやってたけど、
中学校の先生をしてたタイミングで、
それを辞めることになったんですよ。
あ、そうなんだね。
辞めることになったっていうか、いろいろあったんだけど、
辞めようって思って、
21:01
1年半くらいで学校の先生をしてたんですよ。
当時は僕は野球をずっとやってたから、
中学校の先生をしてたんだけど、
高校の教科の試験に向かって高校の先生になって、
高校の野球部を講師に連れていくっていうのが僕の夢だった。
ああ、なるほど。
それがいろんな家庭の環境とかもあるし、
いろんなことが重なって、自分自身のいろんなことも重なって、
ちょっと難しいかな、みたいなこのままやって、
辞めたのよ、先生。
なるほどね。
辞めた時に目標がなくなっちゃったんですよ、僕は。
なるほど。
どっちかというと、僕今でもそうだけど、
夢とか目標とかがあるから頑張れるっていうタイプなんですよ。
自分が夢と思っていた高校野球の監督として、
学生に連れていくという夢が晴れたタイミングで、
これからどうしていけよっかな、みたいな。
ああ、そう。
一瞬ちょっと空っぽ時代があったよね。
辞めてすぐそれで、
で、学校の先生辞める。
普通に工場で勤務する。
パネル生産工場で勤務しまして、
夜深夜はスキー屋でバイトするみたいな。
ちょっと駆け持ちもやって。
駆け持ちもやって。
という状況だったんですよ。
はいはいはい。
で、その時に、
これはしばらくずっと働いて生きるしかないかなとか、
これ自分がやることっていうのは難しいかな、みたいな。
しばらくないんかなと思ってた時に、
取れらんじゃないですけど、この山に自分から行ったんですよ。
初めて自分で山の中に。
自分で行くと。なるほどね。
誘われて、実りに誘われて行くんじゃなくて。
自分で山の中に入って行ったら、
それがすごく心地よかったんですよね。
それはいろんな理由があるんですけど、
まずはやっぱり、そもそも自然の中で運動するということ自体が、
すごく健康にいいですよね、まずが一つ。
そうだよね。
同時に、やっぱり自然ってすごいなってあの時すごく感じたんですけど、
当然マイナスイオンもたくさんあれば、
自然っていうか美しさとかそういうエネルギーが多分あると思うんですけど、
自分っていう人間のちっぽけさみたいなのも感じたんですよ。
悩んでいることとか何も目標がなくなって、
俺どうやって生きていったらいいんやろみたいなことを感じているこの悩みみたいなこと自体が、
大自然からするとすごいちっぽけなことやなと思って、
そこにいると自分がこう、
自分一人の人間として自分でいれるみたいな感覚がなんとなく感じて、
24:02
それで結構山に自分から入っていくみたいなことが増えたんですよね。
じゃあその1回だけじゃなくてその後も何回か自分で入っていったんだね。
実はその辞める1年前の時に初めて俺のレースには出てるのよ。
たくちみどりに誘われて。
それはね、たくちみどりに誘われて。
それは一番初めて、これもだいぶクレイジーだけど、
初めて出たその1年前に出たレースは卒業してすぐの半年後くらいだったかなのレースだったけど、
2月にやったあの表路線、OSJ表路線。
表路線出たんだ。
1発目のレース77キロで。
いやそれすごいで。とんでもないね。
1発目で表路線。
まだマラソン大会も出たことない状態で、
すごいな。
OSJの表路線3Kに出たんですよ。
クレイジーやなそれは確かに。
6個重装とかね。
それこそ、いろいろ話すと長くなっちゃうからあれだけど、
自分の親友が青年海外協力隊に行くっていう話があってね。
その親友が一緒にバイトしてたのよ。
その旅立ちスポーツ。
青年海外協力隊に行く前にみんなで作ろうぜって6個重装とかを一緒にやったりとか。
それで50キロとかは走ってたけど、
レースでやっぱり初めて77キロだったわけ。
すげーなそれ。
一発目とか考えられへん。
当時のこと、たけしさんから聞いたらいっぱい出てたの。
面白いと思うけど、
すげーパックの中に、
ポーズとか不安だからいっぱい入れてた。
あーそうだよな。
走って、レースになったらみんなめっちゃ身軽で、
みのりさんとかもめっちゃ身軽だった。
俺でかいダッグしか持ってねぇから、
手にめっちゃ入れて走るみたいな。
なんかりょうたくんがそんな時代あったんやなってちょっと思った今。
えーそうなんや。確かにな。
40キロぐらいでめっちゃしんどくなって、
やめたい、やばいやろ無理やろって思いながら、
でもまあなんとか後ろから数えた方が早かったけど、
完走したんすよ。
おーすごい。
それはあって、でもその時にトレーラーにはまるってのはなかった。
当時は。全然。
でもまあいい経験だったなとは思うし、
周りに見える70キロも走ったっていうのは、
まあ結構言えることだなと思ったけど、
まあそんな体験だった。
で、その1年後に、
もう一回兵庫の線に出ようってなったわけ。
入校を誘ってもらって、
それが、僕が学校の先生辞めて山に行きなったタイミングと、
兵庫の線お前もうエントリーせえへんのかって連絡来たタイミングが
ちょっとかぶってきて、
それで、じゃあもう一回行くかみたいな感じで思ったわけ。
レースに出る時は全然なかったんだけど、
兵庫に行ってもらったら、
確かにじゃあ出ちゃうかみたいな。
出るってなったら、
山に行くの、もうちょっと楽しくなり始めてるじゃん。
27:02
自分が。
で、じゃあちょっとやれるだけやっちゃうかみたいな感じで、
結構練習したのよ。
仕事まで20キロぐらい山越えて行ったりとか、
これ結構やったりとかしたのよ。
朝4時とか4時半とかに出て、
そのまま山越えて行ってみたいなこと。
11回やったりとか。
やっぱり若いからってのはあると思うんだけど、当時。
練習したら練習しただけで早くなるっていうのが多分あって、
これで実際レース出たら、
総合は確か16位ぐらいだったと思うんだけど、
今は20代の年代別では1位だった。
めっちゃ嬉しくなっちゃって。
ちょっとやったことが認められた感と、
才能あるんじゃね?みたいなのもある。
これを突き詰められたらというか、
こんなことで飯食えるようになったらそんな幸せはないよな、
みたいなことをどっかで思い始めたタイミング。
プロトレーラーランナーの話をちょっと聞いてたから、
たけしさんとかから。
かぶらぎさんのことを調べたりとか。
当時はかぶらぎさんと石川さんもそうだったけど、
松本大輝のスカイラーニュー。
そういうのをいろいろ調べて、
日本にも何人かいるんだと思って、
どうやったらなれるんだろうっていう探求が始まった。
いろんなことを調べて、
実際会って話聞いてみるのがいいなと思って、
表納選終わった次に千葉海岸のレースにエントリーして、
かぶらぎさんに話聞こうと思ってエントリーした。
実際行ってかぶらぎさんに、
僕もプロになりたいんですよみたいな話をかぶらぎさんにするわけ。
すげえな、この能力すげえな。
聞くのよかぶらぎさんとか。
かぶらぎさんが、大変だよみたいな。
すごい難しいよみたいな話を。
難しいんや、何が難しいんや、よくわからんけど、
なんか恥ずかしいって言われたなみたいな。
結構いろいろ。
大さんとかにも。
話とか聞いたら、
あんまりよくわからへん答えが返ってくるっていう。
どうやってなれるかよくわからんなみたいな。
早くなったらなれるのかどうなんやみたいな。
いろいろ考え出したの、その時。
タグチさんがずっと横で言ってくれてたことが、
早くなってもな、
早くだけなっても、
ずっと続くようなことはないぞみたいなことを
ずっと言ってくれたわけ。
自分が選手の第一線を退いた後も、
応援してくれたり、
生き残っていける人になれる。
30:01
知識もそうだし、人間性もそうだし、
そういうものを生きてないと、
何やってもうまくいかんぞみたいなことを
言ってくれって。
どうやったら自分がプロとしてやっていけるのかな
みたいなことをそこからずっと書いてた感じです。
その一つとしてタグチさんがトレーリーフェストが
その後2年ちょっとでできるんだけど、
そこでタグチさんのもとでいろいろ学びながら、
トレードランニングの業界とか、
いろいろなことを学びながら、
どうやったら自分がやっていけるのかな
みたいなことをずっと考えるみたいなのが
スタートしたっていう。
でもトレードランニングにはもとはまにしてて
プロになりたいっていうのは当時からだった。
その時のタイムグレーって大体何歳やったの?
24。
24歳の時に?
なるほどね。
レースで活躍したのも24歳で、
考え始めたのが24歳がきっかけって感じか。
23歳の時にレースに出たかな。
24歳か、24歳だ。
23歳の時は一応完走はできたレースで、
24歳のレースで年代別一になったって感じね。
いいね、なんだそうだったんだね。
その後はトレーリーフェストもできて、
ショップ定員をやりながら。
ショップ定員工場で働いてたんだけど、
辞めようかな、どうしようかな、これからどうしようかな
と思ってた時にタグチさんから
いいか?みたいな話をいただいて。
なるほど。
そんなめちゃくちゃ前向きに巻き込んでくれたわけじゃなかったけど
それ時代は。
やっぱり仕事になるといろいろ。
そうだね。
その時に当時しょうじさんが、
しょうじさんと三好さんも実はもともと大学の時から
しょうじさんがつながっていて、
そうなんだね。
店長をしょうじに任せるみたいな話は最初からあったのよ。
なるほどね。
それで、僕も行くかってなるとやっぱり結構人件費もあるから
かかるからどうするかもちろんいろいろ悩んだと思うんだけど
とりあえず手伝いに来るか、仕事辞めるんやったらみたいなところから
トレーリーフェストに行くっていう話。
そうなんや、なるほどね。
25歳の時かな。
多分2年経ちてるから。
26かな。
26の時?
はい。
でもその24から26の間もやっぱり結構レースとかに出まくったりとかしてたの?
出てた出てた。
その間に出たレース、仕事しながらだったからあれだったけど
やっぱそっから100マイルを目指したいなってなんとなく思ってたんだけど
そんなに一気には無理だと思ったのと
みなりさんがスピードがまだあったから
スカイランニングとかそっちからも結構いけるんじゃないみたいなこともあって
結構スカイランニングに力入れてたね。
そうなんだね。
ほんと。じゃあスカイランニングの大先輩やね、中谷君。
33:01
いやいやいやいや。
スカイランニングの、それこそ強がたけバーティカルリミットと
結構バレーっていうこの2つのリミットを結構出て
強がたけでRui君と初めて会って
めっちゃ早くて
そうそうそう。あの時は僕29位とかだったけど
で、その後ビアコバレーで結構練習したら7位かなって
おお、すげえ。
で、それ辺で次でハセツネでよっかとか
結果出なかったけど
ハセツネは3回出た、でも全部で
あ、出た。
で、ジョーシュ・ホタカ、スカイビュー・ウルトラ・トレイル
で、ロングに向けてちょっとずつやっていくみたいなのがスカイランニング
なるほどね。
100マイルはまあその時はまだ
一発での100マイルは
ジョエルフェストに働いたらその1年目の富士ですね
あ、富士か。
まあ昔あったからUTMFっていうんだけどね
2年目やな
2年目ぐらい。MFやから
2028とか7とか8とかそれぐらい?
18じゃないかな
18か。18は雪の時じゃない時
19が雪じゃなかった?
僕もそうやったと思う
18は多分普通にあった気がするな
で、2018は
ニューヒーロー賞取ったんだよ、僕は
すごいよねニューヒーロー賞って
野球で言うたら新人賞やんか
いやいや
今はちょっといろいろ変わっちゃったからあれだけど
でもニューヒーロー賞も結構たまたまというか
しかも
角地さん的には自分が長いのやってるから
別にスタッフが長いのやる必要ないと思ってたと思うんだよ
役割分担みたいな感じのね
実はその富士で僕が結果出さなかったら
もう100マイルは僕やらんでいいって言われてた
あーそうだったんや
もうマイラーズも別にお前おらんでいいやろみたいな
あーそうなんや
マイラーズじゃなくて
もうちょっとミドルショートで勝負しろよみたいな
自分でそういうところを目指してる方がいいんじゃないみたいな感じだった
結局ありがたいことにマイラーズの中にスタッフを入れてもらって
もうレジェンド組じゃないけど
ドイさんとか
ドイさんがコーチで
ドイさんは実は僕が呼んできたの
あーそうなんや
僕が繋いで
コーチだったらドイさんがいいんじゃないですかみたいな話をしてて
圧倒的だし
お人柄の時にもいいんじゃないかみたいな
ドイさんが来てくれて
2年くらいドイさんがコーチやってくれたんですけど
1年くらいの時に
亀中さんとか高橋さんとか今もずっと
36:01
トレーナーとしていてくれる人たちと
出会いがあり
あの辺は立ち上げ当初で
今みたいにきっちり形もなかったから
面白かったっちゃ面白くて
全然形がなかったから
どんな感じだったんだろう
確かに亀さんとかからちょっと話聞いてないけど
ルール無視じゃないけどかなり無茶な
練習を
ゴリゴリゴリゴリ行く感じ
しかもドイさんが来てくれてるのを
ドイさんがわざわざ来てくれてるの邪魔するわけにいかんみたいな感じで
みんな必死でくらいついて練習するみたいな感じが多かった
それが強くなれた一つだとも思う
今はいい意味でもチームとしてまとまってるから
賢くクレバーに感じがあると思う
当時はドイさんをなんとか
来てもらってるのに無駄にしてはいけない
みたいな使命感もメンバーもあって
一本目だけでも亀さんとかよくそういう感じだったけど
食らいついて
ドイさんが陶芸僧とかでも降りてきたら
1分でメンバーが降りてくるみたいな
ハングリー精神じゃないけど
あってそれで強くなった部分もあると思うんだよね
そうだと思いますよ
圧倒的に強い人にどうしたらいいかって言ったら
食らいついていくのが一番早い気がするよね
もちろんまとめる能力も100マイルだとすごく大事だね
せっかく来てる人がいて
ちょっとでも最初の方が後ろから10キロしか無理かもしれないけど
そういうのはすごくあったかな
僕もドイさんの後ろをずっとついていって
最後の方が一撃られるっていう
なるほど
そのこともあって
フジでヒーロー賞取った時は
だいたい何時間でゴールしてたの?
26時間くらいじゃないか
26早いね
早くないよ全然
もっと狙ってた
24時間はやっぱり目標にした
サーゲットだったよね
全然狙わなくて
2018年はめちゃくちゃ暑かったのよ
コートにも出てたんだけど
コートにも熱中症になって
なんとかゴールしたけど
っていう感じだったね
はいはいはい
しかもみんな分かってないんだけど
実はフジって
あの年が人数がまだ少ない
たぶんギリギリくらいだったんじゃないかな
2019あたり
そこから一気に人数が増えたから
もともと少ないくらい
いないくらい900名くらいの規模だったよフジって
そうなんやね
そこから2500人っていうか
実はこれは運営事情もあるんだけど
リカさんもそういうの言われてるけど
そうだね
そうそうそう
千葉さんに入ってもらってとか
体制が変わっていったタイミングでは
当時はそんな感じで
なかなかだからメンバーも
39:01
11人くらいたぶん
マイラーズのメンバーいたんだけど
風船通った人いなくて
高い人しか通らなかったのよ
で僕とたぐしさんは
そのメーカー枠とかで
ちょっと出てただけだったから
だから3人しか出れなくて
この3人とも50以内に入るっていう実績は
すごいよね
そうそうそう
確かに
たぐしさんの順位とかタイムを見たけど
めちゃくちゃ早かったし
そう
バリバリやったときすごいよね
本当ね
そうですか
確かに僕がまだどれらに出会ったか
出会ってないかぐらいのタイミングのときやから
それのときの皆さんの活躍みたいなのが
あんまり知らへんっていうかね
いうのがあった
ちょっとこれは今回聞けて
すごい良かったなと思いますね
流れた流れた
あんまり喋ったことない
ないないないないよね
2個目のでかい取れ高がもらえましたけども
そうですか
でもこれで100マイルに対しても
ちょっと自信がついてね
でも2018年でニューヒーロー取ったから
翌年はトップ10を狙ったんだけど
絶対上がっていかなくて2019年
そうだったんだ
結局29位でやっぱ終わっちゃって
でも完走はしたってこと
完走はした
すごいね
一部の人でしょ本当に
いやいやいや
最後まで行ったんで
ユキであれだったから
そうそうそうそう
だからいつも荒川純さんも出てて
結局20曲りまでしか行けなかったんですよ
石川ひろきさんに止められてやめたって言ってたから
それの前に
そうそう前に行ってたんだから
すごいな
いやいや全然全然よ
自分の中では悔しい思いしかなくて
あーそうなんや
もっと行けたのにっていうね
だから結局富士は一回も振るわなかったのよね
あーそう
一応今年出る予定にしてるんだけど
はいはいはい
もう富士は本当にいい印象が一個もない
上手くいった試しがね
両端な方にとはいえ
富士で上手いこといったことが一個もない
だからニューヒーローも結構ぶっ潰れて苦しんで
人はもらったけど
あのコースで出たことが一度もないのよ僕は
だから今年本当大丈夫なんかなみたいな
本当に不安しかなくて
別に狙えないと思ってる
そもそも
あーなるほどね
なんか流れ的にはすごいいいなと思うんだけどね
トルデジアン完走後1ヶ月でレイクビア制覇して
ほんで石部隊も
疲労のある中でタフなレースできてるし
流れ的には結構いいんじゃないかなと思ってるんだけど
どうなんだろう
自信は全くない
ない
暑さとかなんか違う要因で開かなくなって
42:00
ロードが多いからですよ単純に
やっぱウルトラののがきつい
そう
山がやっぱ得意だから
そうだね
富士の疲労っていうのはやっぱ独特で
必ず高速ペースでかなり進むので
それが結構やっぱしんどい
山で復活するっていうのがあんまりないから
ずっと走らないといけないコースなので
上位で勝負すればするほどそれは如実にやっぱ出てくるから
それこそね一昨日も東京の練習会で
水曜日かもう峠草だったんだけど
前の練習会でやっぱりねきついね
きつい
峠草とかでやっぱこう足がめちゃくちゃ重くなるから
ペースを落としたりとか山を復活するんだけど
そのペースでやっぱ押し切り続けないといけないから
かなり難しいなって
押しようと思ったら落とすことはできひんわけよね
めちゃくちゃ速いのよ富士って本当に
だってキロロクよもうトップ
タイム逆さっきはキロロクやんか
尺子も点子も入れてのキロロクやから
6分半以内でもう行っちゃってるから
6分20秒トップ10秒とかでしょ
もうとんでもないのよ
とんでもないね本当にね
そんな走りが通ってくるとは自分で覚えなくて
でももちろん組み込みたいけど
今まで一度もうまく走ってたことがないから
強調するね本当に
一度もうまく走ってない
だからとにかく入賞とかはなんとかしたいかなとは思ってる
自信はない
苦手レース
苦手なのかなとは思ってる
与太くんはドルデジャンとかじゃないけれども
山岳系はめちゃくちゃ強いイメージがあるから
それとは少しサーフェイスとか全体的なレイアウトは違いますからね
富士はね
富士のベースは絶対ウルトラマラソンなのよ
そうだと思う同じ
ウルトラマラソンが速い人が絶対に富士は速いから
めちゃくちゃ苦手なのよ僕ウルトラマラソン多分
そうか
それだったらまだフルマラソンの方が
スピードとギリギリ押しき
まあしんどいけどフルが一番しんどいけど
ウルトラになると結構難しいかなと
ずっとこうし続けるっていうのが
そうだねほぼ同じ場所をずっと痛めつける感じだしね
僕の筋肉の感覚としても
労働省エネで走れるタイプではないから
45:04
山入ると効力発揮できるんだけど
ずっと同じ筋肉を使い続けるのは結構しんどい
そうですよね
なるほどね
こう言ったら別にそんなこと言うなって思うかもしれないけど
ちょっとね体型的にりょうた君と似てる気がしてて
スタイルも結構近くて
長いロードめっちゃ苦手なんですよ
山はりょうた君ほどじゃないけど
同じ例えばサブスリーとかサブ映画ぐらいの
マラソンの人たちに比べたらちょっとマシなんですよね
でもロード走らせたら結局サブスリーとか
サブ映画ぐらいしかできなくて
っていうような感じで
でウルトラとかやったら全然ダメ
なんかちょっと親近感が実はあってですね
マジっすか
ちょっとね
知らなかった
山の方が
なんでやっぱりスタイルあるじゃない
目指す方向とか
りょうた君が得意になってるものって結構興味があるから
そういう意味で今日はね
結局トルデジアンにつなげたいんだけど
それを聞きたいなと思ったのもあります
きっかけとしてはね
そうなんですよ
なるほどね
富士は出るからあれですけれども
実際の本命レース自体はやっぱり
この後のトルデジアンになってくるんで
そこはね話は絶対聞こうと思ってます
でも最後まで話聞きたいのは
戦歴経歴のところで
ロードがっていうのはあるかもしれないですけど
結構FKTとかもやってるじゃないですか
そうそう
この中でだってレースなかったから
自分で企画されてやってたじゃないですか
東海道自然歩道と広島湾岸
他にもやってるのかもしれないですけど
そこら辺のエピソードみたいなのがあれば教えてほしい
なんでそれをやろうとしたか
先でコロナやからっていうのもあるかもしれへんけど
もともと興味はずっとあったんですよ
長いのに対して
トレイルフェストで働いていた時は
クリスさんがやっぱり長いことやってるし
スタッフで同じ領域に行く機会もないっていうのもあったし
自分がその可能性に挑戦するみたいなのは
なかなかなかった
ちょうど2020年の時に独立して
トレイルフェスト辞めて独立して
自分でアスリートとして
やっぱり本当にやりたいことやっていきたいって思ったのに
自分が目指していく方向っていうのは
100マイルの当時はUTMPでしょっていうのを
してたわけだけど
やっぱその時にソルデジアンだったりとか
長い距離に対するレースもすごく興味があったっていうのがあって
自分が長いのにどれぐらい適性があるのかっていうのも
やっぱり見たかったのもあったし
やり始めたのがそういう挑戦だったんですよね
48:00
この中でレースがなかったから
今しかできない面白いことやろうかなみたいなこともあって
最初にやったのはスマウラ公園から
スマウラ公園までのFKT400キロのFKTみたいな
あれは当時115時間くらいで行ったんだけど
イリエさんって結構速い人いるんだけど
イリエさんに抜かれたねその後
そうなんだでも当時はFKT達成
あれは結構すごい自分の中では感動的で大きいストーリーなんだけど
その後だから広島ワーガントレールと東海自然保護をやるっていう感じになったんだけど
東海自然保護は結構の集大成じゃないけど
自分の中の一番大きなFKTの一番大きなことだったなと思うんだけど
2019年ですねあれは確か
2021年
達成してブースト
正直でも今思ってもあれは人生最大の挑戦だったかもしれない
FKTというカテゴリーの中だけど
それはやっぱり相当自分にとっては大きい挑戦だったなと思うし
苦しかったしきつかったしでもいろんな人に支えられたという
大きな体験でもあったかなとは思ってますね
なるほどね
あれはスタートからゴールまでは休憩含めて連続ですよね
だからどっちかというともちろん走行の速さそれも大事だけど
休憩だったりリカバリだったりとか食事みたいなそこらへんも結構重要な要素じゃないですか
なんかこう定格
首都さんがインナーファクトの首都さんが当時はサポート全部してくれてて
フルでサポート入ってもらったんですよ
それで僕はもうめちゃくちゃ食うから本当に
毎エイド到着するごとにめっちゃ食うって際でとにかく生き続けたって感じ
それすごいな
なるほど
むちゃくちゃ食ったから
エイド滞在時間は30分とかじゃないもっとあったかもしれない
そうなんや
空間は結構ハイペースで全部行ってる
空間の間の移動距離時間はかなり短いけど
早い早いと思う
スイマがあった時もあったけど
僕的にはむちゃくちゃ早かったと思う
そうなんやな
なるほど
首都さんってめっちゃ確かにエイドの質がすげえ高いって言ったらやばいけど
ちょっとしたイベントに行ったことはあるんだけど
もうなんか俺ら欲しかったんだよねこれみたいなのが出てくるのよ
エイドのプロですよスペシャリスト
そうだよねそうな気がしたわ
あれははっきり言って首都さんのおかげで達成した
本当にそういう経験ができるようになったと思います
51:02
なるほどね
ただその時にやっぱりロングに対する適性
俺行ってるなみたいなのはむちゃくちゃ感じたのよ
そうですよだって
実際今も守られてるでしょ
守られてない
それがすごい13日の8時間19分っていうタイムは
まだね日本世界一のタイムなんですよこれね
みなみさんがやるとかいう噂だけど
そうなんやみなみさんこの前ピレネやったっけ
トルデジアム出てるしピレネのGTね
そうそうGTGR10
GR10とか1000キロのFKTとかやってるじゃん
みなみさんがひょっとしたら超えるかもしんないけど
なかなかでもあれ越すの大変だと思う
いやと思うねこのタイムね
前までのやつって14日とかだったんじゃない
1日くらい前いたんじゃない
15日
15日か
いいのさんが持ってた
かなりのスピードだったと思う
だから15日と10何時間とかだったと思う
じゃあもう丸々2日間ってことか
すごいな
はいはいはい
ちょっと前の広島はちなみにどれくらいの距離
広島は280キロで65時間くらいだったような気がする
多分そんなものだったね
そうすると約200マイルくらいの距離感が続いて
もうそれから全然違うじゃないですか
800マイルとかそれくらいの距離にガンとなったから
それはかなり不安だったと思うけど
そうね
それよくチャレンジして感想したねすごいね
あれはやっぱり
しかもいろいろあったねあれ大変だったよ
途中で蜂に刺されたりとかさ
そうなの
3ヶ月くらい刺されてさ
時期的には何月から何月に行ったの
9月にやったねあれ
9月かじゃあ蜂が一番元気な時やね確かにね
蜂ってやばかったよあれもう本当に
スズメバチ?ジバチ?どっち?
スズメバチ
スズメバチやべえな確かにな
スズメバチに3ヶ所くらい刺されて
この辺パンパンになってもう本当に
うーわほんま
なんか落ち着くかなって言いながら
それが460キロくらいの地点に立ったんじゃないかな
まだ460キロくらい
うーわあそう
めっちゃきつかったねあれ
そうでしょ
自然というか虫というかそういうのに襲われながら
達成した記録やから確かにそういう意味では
体力的なところ以外のいろんなトラブルに
打ち勝ったっていうような自信は結構大きいんじゃない
そうですね
結構まあまあもう割と人が
ブレイクするというか割といけるんじゃないかなって思って
次の年ですよUTMDを目指し
なるほど
優勝宣言をして
いいですね
潰れるという
54:01
これがもうね僕実は
ここに実は僕の人生で一番大きなターニングポイントがあって
あそうなの
22年のMDが
UTMFかな
MFで
UTMF優勝宣言して海外選手がコロナ明けで来れなかったから
そうだったね谷下さんが優勝したときのやつだね
僕はまあ結局また30位くらいでゴールすることになったんだけど
あー十分早いけどさ
ペッキーがねもう僕トレランやめようと思ったのよ
えそうなったの
これガチの話
えそうなの
もうすげえ練習したのよあのとき
それこそ大見隆之介と一緒にかなり練習をした
なんかバイク乗ってクロストレーラーチャリとかしてたね
モードバイクやったし結構強度の高い練習をガンガン入れて
隆之介も初めての100マイルだったけど
ここはやっぱり5上位を狙うっていう感じで
だいぶ練習してロングの経験値もあるから僕は
はいはいそうですよね
いってると思ったんだけど
アムデはね全然やっぱあのハイペースに
まあずっといってたねっていうか
はいはいはいはい
ダメだったね
ダメだったんだ
そうそれでなんかもうなんか応援もしてもらってるしね
僕もいろんなこうやっぱ世界一目指すとかその当時から言ってたから
いいリードをするとか当時は言ってたんだけど
はいはいはい
それであのなんていうのかな
まあ俺には無理やなと思ったねあの時は
あそう打ちのめされてしまったってことそのエフェクト
正直今でもそうだけどこう
世界一とか簡単じゃないじゃないですか当たり前だけど
僕はめちゃくちゃ言いまくってるから
みんななんか本当になんかこう簡単に思ってると思われてるかもしれないけど
そんなことじゃなくてめちゃくちゃ大変なことよく分かってるんですよ
でも自分は可能性はあるなと信じ続けてきたものが
あの時はこういう感じだったんですよね
もう俺が届く世界ではないなって正直めちゃくちゃ感じた
なんかもうだったら競技続ける意味あるのかなみたいな
それぐらい結構落ちたタイミングだったんですよ2020年の
本当にもうやめようかなって結構1週間ぐらいずっと考えてた感じ
そうだったんだ
そうそうそうそう
それでしかもねその後コーチのペーサーとかもやったんだけど
うんうんうん
2022そうだ大市街地の前の唯一行われた一周のペーサーとかもね
フルペーサーする予定だったんだけど
はいはい
9時の1週間後だったんだよね
よーやったねほんと
それもなんかやるかどうかも迷うぐらい
ああそうなんやガラっと本当に落ちてしまったよね気持ちが
でまあそれまたやったんだけど
57:01
250キロぐらいでもう初めてだねあれは人生で初めて大きな感動というか
前傾骨がもう全く動かないとか張りまくって
それでね結構半年くらい苦しむことになるんだけど
ああそうなんだあら
今日は疲労がすごくあって富士でぶっ潰れて
その時大市で250キロぐらいまで行ったんだけど
250キロぐらいでもう全く動かなくなって
それすごい
それでもう足がかなりやばかった感じで
っていうような時があったので
でまあその富士の時もそうだしその後ももうなんかそういう体もボロボロになるしで
結構あの時は大変だった年だなと
2022年はね
富士に全部賭けてたからしかもこれ言ったらぶっちゃけ言っちゃうけど
富士で入賞したらスポンサーしますみたいな結構あったのよあの時
ああなるほどね
資金提供結構しますみたいな
だからいろんな自分のすべてのリソースをそこに割こうという気持ちで
したから
まあいろんなものがね崩れた感じ
なんか俺の人生もう終わったみたいな
なんか何がどうできるのやろうみたいな感じがもう結構あって
あの時かな
UTMBを出るって決めてたからもうエントリー
2月でエントリーしてた
1月で
それね出るのにもスポンサーの話が結構あって
そのUTMB出していくってなった時に
この富士の結果が出たら
ああなるほどね
それも全部無しの話になっちゃったから
そんなの回ってもどうしようかなみたいな感じ
なった感じ
でもやめようかなと思った
UTMBもそんな富士で結果出ないのにUTMBなんか当然無理だし
思ってたけど
組みとどまったのは
俺はね本当に冗談抜きでねやっぱりね
みんなのコメントとかね
言ってくれる周りの
それこそオンラインスタグラムのメンバーとかもそうだと思う
この本当に自分が一番しんどい時に
支えてくれた人が
僕のまだ先を見たいってことをめっちゃ言ってくれたね
これ本当にね泣きながらコメントをずっと見てたけど
あの時
そっかなんかもうちょっと頑張ってみるかっていう時に
思いっきりなったって感じ
でもやっぱり故障もしたし
UTMBに対して万全の状態で行けたわけじゃなかったよね
あの時は
だから最低限100マイルをいい走りをするっていうのを目標に切り替えて
UTMBに行ったって感じだったね
なるほどねちょっと怪我も大きかったしね
なかなかすぐ治んなかったから
そう練習も詰めなかったでしょそういう意味ではね
それでディープジャパンとかも招待選手に呼んでもらって出たんだけど
1:00:00
それを100振ってリタイアするっていう
あの時はもうリタイアがいっぱい続いてその後は
でUTMBはなんとか行って
だからもう本当に大きなタイミングポイント2022年
でUTMBで完走したのよ59位くらいで確か
その時に自分の
まんばーはじめ君とかが29位20位くらいかな
同じねオンラインサーロインに入ってくれてるんだけど
僕よりも全然ぶち抜いてるし
結構複雑な心境ではあったけど
でも彼はすごかったじゃないですか
富士でも3位に注目が浴びて
僕は一方こう全く真逆の感じで
いろんなことが重なった年だったんだけど
でもUTMBで最低限の走りができて
26時間20分か30分ぐらいでゴールしたんだけど
その時にまだもうちょっといけそうだなっていう感覚が
やっぱり出てきたのと
自分がどこまでできるか
もうちょっとチャレンジしてみたいなっていう気持ち
世界の現実を知った
どれだけ選手がすごいのかっていうことも
分かったし
そんなことをいろいろ実感した年だったのよね2022年
そのUTMBから僕は
世界で本当に戦うためには
感覚が圧倒的に変わらないといけないなと思って
そこから毎日30キロ走るっていうのをやったのよ
あの時
UTMB終わってから
108日ぐらいかな
毎日30キロ以上走るっていうのを決めて
どんなフォームに30キロ以上走る
レースの時
だから実はレイクビアンの前日も30キロ走って
レイクビアンも30キロ走ったのよ
あの時は
ほんまに?
それでレイクビアンも優勝したのよ
初めて
で、ちょっとあそこでね
やっぱ変わったから
レイクビアンでも優勝したしね
レイクビアンって
2022年?
23で2025っていう感じ
そうそう、235
235だね
じゃあその後
MBからレイクビアンっていうと
2ヶ月しかなかったじゃない
そこでもずっと30キロやってたってこと?
そうそう
はぁー
それはすごいな
変わってきたからね、感覚が
そうか、2022の時
2022の時は応援で行ってたんだよね、僕
あ、そうなの?
そう
レイクビアン?
レイクビアン
で、ユダくんが1位取っているっていうのも知ってたし
その時からやっぱり
関東にはいながら
僕関東だったんですけど
やっぱりずっと
マンバさんも
リョウダくんも
ずっと
アクスはできないけどね
直接コメントとかじゃなくて
ずっと見てましたね
1:03:00
だからまあその2022の時は
すごいなと
やっぱりこう
確かに富士の時
MBはあればあんまり知らなかったんですけど
富士でだいぶ苦しんでたけど
ちゃんと美輪で勝ってるし
やっぱりすげえじゃんっていう風に思ってたのが
あの時は
あの年は
そうね
本当にジェットコースターみたいな感じの年だったんだね
その時に
それこそ青木のトレーナーのハイヤルさんとの出会いだったり
はいはいはい
今の
石骨院の先生ね
美輪先生との出会いとか
いろんなことがなってね
そこから僕はちょっといろいろ人生がやっぱ
変わったかなっていう風に思って
なるほどなるほど
それで
京都グレートラウンドの100マイルも優勝するのよ
その次
うんうん
2022年ですね
はいはい
それでやっぱこうちょっとこう自分の流れが
こうなってきたっていう感じ
2年ぐらいからちょっと
うんうん
って感じでしたね
なるほど
春にちょっとね
いろいろあったけれども
MBをきっかけなのかわからないですけども
秋冬とかけては
徐々になんかこう
上り調子になったというか
そうですね
やっていった感じですよね
2023年は実はその後ですね
げんざに苦しみ続けた年だったのよこれまた
そうなんや
だから2023年
実績って僕レイクビア100の優勝しかないのよ実績
そうなんだ
これはまたねすごいちょっと大変でね
実はそこまでうまくいったんだけど
そのKGRの100マイルも
KGR
石部隊もダメで
そう
でその後やっぱ僕冬場はね
いつも冬場ダメなのよ
コンディション
そうなんだ
良くない
そもそも寒いのが嫌いで
で走る量が減るのと
あと食べるから体重がめっちゃ増えるっていう
そうかなるほどね
いつもね冬場コンディションがガタ下がる
今年はだからその最低限下がってるラインでも
割と悪くない位置を保ってるから
これでじゃあ下手くそで
悪くない状態ではあるかなと思うんだけど
なるほどね
いつもそんな感じで
2023年が
鬼ヶ城ピークストリアルって4月にいつも出てるの
年座しちゃって
あらはいはいはい
富士も途中でだからリタイアして
年座がやっぱり1週間しか間がなかったから
出たけどダメでやめて
で6月ディープジャパンもまた
年座してダメで
でもこれはねこの年も年座に苦しめられた
でレイクベアも1週間前にもまた
アルピス重装してる時に年座するのよ
レイクベアも年座したままでたのよあれ
えーようやったねそれ
もうその時に今だからさっき言った上村先生っていう
先生と出会いとく
いける気がしたのよあの時は
年座してるけどいやでも俺いけるよみたいなのが
1:06:02
結構あの時はで直してもらったのもあって
割とはいはいはい
そうでそれでレコード結構なレコードじゃないですか
あれそうですよ
めちゃめちゃ速かったの
20
25
50回だったかな
見ようか
今見ておくとねほんならね
そうなんや年座の中であのタイムってすごいな
25時間19分28秒ちゃうかな
58秒か
なるほどすごいな
25時間
いやこれ今年か
25時間12分38秒今日か今年か
25時間19分58
すごいタイムやね
はいはい
それをだからあの時出して
でもあの年に逆に
年座で苦しいの年だったけど
レイクビアでまた勝たなかったら
僕の名前は一回消えてたかもしんないね
あーそう
あの年は本当に何もできなかった年だったから
しかもその後
2023年
レイクビア終わった後で
またこれまあまあ
お金のことも結構あったからあれなんだけど
あとまあ僕
トヨタに
行ったのよ一回
トヨタで機関工的なのちょっと
仕事してた時で
全然走れなくなったのよそれで
そしたらKGRの
やっぱり出るんだけど
完走できなかったの12月は
ああそうだったんだ
全然ダメでっていう
2002年のこれスタートも
やっぱり競技無理だなと思って
辞めてまた帰ってくるんだけど
そんなのもいろいろあった
その年はだからなんでそんなことしたかというと
もうペルーに行くっていうのも決めたから
次の年
グレートレースが入る
ペルーに行くのと
ソルベジアに行くのも決めてたから
金も結構かかるのも
目に見えたわけだったわけや
結構抑えたというか
それでもしょうがないなと思って
レイクビア終わってすぐに
そういう計画を立て
でまあちょっと
そういうサラリーマンじゃないけど
そういうやつでやっぱり
やった方がいいのかなとかいろいろ悩んだりもして
やったんだけど
やっぱりパフォーマンスは全然
格下がりしちゃったやん
そうだね機関庫は言っても全然あるでしょ
自由時間ないんじゃない
ないない
金は儲かるかもしんないけどね
そう
いろいろ苦しみながら
いろんな経験してるんだけど僕も
それでそんな感じで
でまあその2024年は
でも
まあいろいろな人にもお世話になってくる
ファンとかもして
でトルデジアンの
あの330に出たかったんだけど
出れなくて130に
っていう感じですよね
で実はその2022年の
1:09:01
UTMB終わってからしばらく
もう1回UTMB目指すか
何を目指すかみたいなこと考えたんだけど
やっぱりもう肌で感じて
このUTMBで優勝
っていうのは僕今
簡単にはもう言えないと思ってるのよ
本当に冗談
これはね目指す人がいても別にいいとは思うけど
はっきり言ってそんな簡単じゃない
というかもうね
本当に世界が違うの
もうあのスピードが
で僕トルデジアンの優勝は
本気で狙えると思ってるのよまだ
自分は
でもUTMBのスピードは
やっぱり
かなりやばい
あのスピード感っていうのは
トルデジアンでもめちゃくちゃ速いんだけど
UTMBのね
やっぱね
Q5とか冒頭やばいのよ
もう
だってインデックスで言うと
900点超えないと
入れないの絶対
そんなレベルか
日本人ででき得る人が
今こう考えるとコマが
ほぼないっていうぐらいのレベル
まあ黒川くんが今本気で狙ってるから
1年後かな
2027年で目指すって言ってるけど
本当に
ちゃんと世界で戦って
走ってみれば分かるけど
こんな簡単な話では
本当になくて
目指すことを
否定は全然しないけど
軽々しく言える
世界ではないっていうのは
ものすごい感じででもトルデジアンは
本当に僕は
自分自身には可能性あると思ったのよ
それでやっぱ一番見たい
景色でもあったし
実際トルデジアンエントリーしたんだけど
やっぱり330は当時中で
外れて2020年
もともとから最初から
トルデジアン狙ってたんやけど
130だったっていう経緯なんだね
ああそうかそうか
でまあ130走ってみて
それで
そこで自分もさらに
いろいろ感じたことがあるんだけど
トルデジアンという
レースが好きになったの僕は
なるほどそういうのを聞きたい
何です
UTMBっていうのは
確かに世界で一番大きな大会で
超人気のレースで
誰もが知ってる本当に
知名度のあるレースなんだけど
トルデジアンってめっちゃ有名
めっちゃ有名なんだけど
ローカルとメジャーの両方を
兼ね詰めたレースなんだよね
いいですねなるほど
何が一番僕はすごい良かったかっていうと
30に出たんだけど
表彰式
でそうすると330と450の選手とかを
見るわけですね
その時に
トルデジアンのレースがなぜ生まれて
なんでこういう
感じになったのかっていうのがなんとなく
ストーリーが見えたんだけど
そもそも
このフーガのここにも書いてあるんだけど
フーガのね
It's not a raceって書いてあるんだけど
It's not a raceだね書いてる書いてる
結局
1:12:00
まず
単なるレースではないし
いろんなニュアンスが
捉えられるんだけど
130キロっていうこの距離っていうのは
そもそもが
チャレンジングな世界であるし
そもそもトルデジアンの大会自体が
この選手の感想に対する
リスペクトが半端じゃないのよ
入賞者をもちろん称えるんだけど
入賞した人全員をステージの前に呼んで
全員で
お写真を撮るっていうのがあるんだけど
あのストーリーを見たときに
僕はめちゃくちゃ感動して
そこにやっぱこの街とか地域とかが
絡んでることとか
みんなで
リスペクトして
人と人とが繋がってるのを
感じる瞬間っていうのがあって
それで僕トルデジアンっていうレースが
大好きになった
それで余計に
このレースを
撮りたいって思ったし
自分がやってるタンバ100っていうレースとかも
やっぱり
こういう世界にしたいなっていう
具体的なものをそこで感じたから
だから僕は
トルデジアンっていう風にそこから一気に
トルデジアンで優勝っていうのに
明確に
決まったって感じになる
2024年の
トルデジアンちなみに
ちゃんと言ってなかったんですけど
大いに優勝だったんですかね
トルデジアンで大いに優勝して
表彰台にも上がったし
いろんなことを感じたのよ
そこのやっぱり
経験が一気に
価値観を
固めて
まじで人生の価値観が変わって
変わってね
そうかそうか
そういう意味でもトルデジアンは
めちゃくちゃおすすめです
UTMBももちろん
みんなが出たいと思うところだから
出たらいいと思うんだけど
僕は
日常駅でもあるんだけどね
330って時点で
対これはやっぱみんな
僕が絶対に進めたいレースとして
トルデジアンはあるかなと
なるほどね
人生観が変わるってなかなかないと思うから
そうだな
これぐらいいいレースだと
思います
やっぱりね
りょうたくんにそこまで押されたら
僕も一回やっぱり
見ないといけない景色だなと
思いますね
本当にね
あったかいのよいろんな人
それがすごく感じるかな
レースの中の
エイドとかそういうのも含めてあったかい
っていう感じ
330の
メインヒートとかは
結構せかせかしてる部分は
あるんだけど
でも地域ぐるみで
山小屋をね
山小屋がエイドになってるから
しかもね
全然英語とか喋れない
本当に現地の人とかが
1:15:02
めっちゃエイドとかしてるのよ
へー
このローカル感っていうかね
この規模をこういう感じでやってるっていうのが
結構すごいなと思う
あーそうかそうか
なるほどね
この辺はすごいやっぱトルデジアンはいいな
と思います
さらに450のトルデグラシエ
グラシエね
さらにあったかいらしい
山小屋とかのウェルカム感がやばい
あれはエイドが
やばいらしい
だからグラシエもいつか
出たいな
まずはやっぱり
トルデジアンで結果を出したいっていう
330っていうのがメインだから
ここでやっぱり
優勝するっていうことに
コミットしているし
何だったらやっぱりこう
5回ぐらい優勝したいと正直思ってる
あーそう
おー
レジェンドじゃないけど
ミスタートルデジアンみたいな
人間になりたいなって思うぐらい
このレースのことは僕はすごい好き
おーいいね
まだ1回も優勝してないのでそんなこと言えないから
全然これ初めて言ったけど
それは
感覚ではあるかなっていう
そこまでやっぱり
うんうん
なんか一つのレースだったりか
価値観に
グッと行くっていうのは
かなりこう
うらやましいところでもあるし
そこまで
一本好きになるって
多分人間なかなかないと思うんだよね
そこにまず行けるのがすごいな
っていうのもあるし
それを中谷亮という人間を
そこまで思わせたトルデジアン
やっぱちょっと興味があるかな
ぜひ行きましょう
まずはエントリーしないといけないから
ぜひエントリーしましょう
一応
計画だったらだいぶ先だったんですよ
45歳の時に
行こうかなと思ったんで
いやいやもうやったほうがいいっすよ
今日までよ今日まで多分
今日までよ多分
登録
登録
登録はしょうがないからね
当たったら
当たったとき考えたらいいのよ
そもそも今マジで
トルデジアン当たらないから
今PAXっていう
トルデジアン参加レースに出てないと
当たんないのよもう
それも聞いたことがあって
とりあえず興味があるんだったら
登録してクリックしておくほうがいいっすよ
一応
前の
MVの話に戻ると
僕も黒川さんとして
2027年に出たいなと思って
MV出たいなと思って
でそれを
一番最初に一応シャモリンに憧れる
なんたらとか言いながら
シャモリンに通り越して車夜行ったら
変な話になるから
いいの
その人結構いるから
昔U10Pって
当たらなくて
U10Pって当たらなくなってきてたから
先にトルデジアンに行っちゃった人
一応何人かいますよ
1:18:00
そうなんだね
確かに
どっちか言うたら
今の興味はトルデジアンのほう
割合としては
行きましょう
とりあえずこの後の
登録はあるかもしれないし
来年だから別にMVじゃなくて
そっち側行ってもいいかもね
同じ休み撮るんやったらね
おすすめ
前は急げで考えておきます
ありがとうございます
ということで
MVじゃなくてトルデジアンの話も
先に
突き詰めましょうかね
トルデジアンの思いとしては
やっぱり表彰台
ということですけど
これはトップ10までが表彰台
トップ3
5位なんだ
それがハードルがあるね
そうなんだよ
じゃあそこで
今のところ
今年の2025年
2025年は18位
男子18位だから
前に女子が結構4人も
いちゃったっていう状態
マジで女子
4人もおんの
クレイジーな世界だね
全員抜いて
ぐだぐだしてる間に全員抜かれた
そうなんや
本当に2025年のトルデジアンは
正直
大失敗レースで
もうちょっと最後
詰めれたらもうちょっといけたってことか
詰めるとかじゃなくて
違う
経験したから今だから
分かるけど
怖かった
そうなんや
山小屋出れなかった
雨が結構あって
寒くて
コンソメスープが合わなくて
途中で大量に
食欲もあげれないのに
出ていくのがすごい
早く明るくならないかな
っていうただただの時間を待つ
めっちゃ無駄な時間が
本当に10時間ぐらい
トータルであったんじゃないかなと思うぐらい
無駄にした時間が結構あって
普通に走れば
多分12時間は絶対縮められるのよ
今の状況
自分がもう一個
パフォーマンス上げてもちろん70時間は絶対
切るっていう目標に
65ぐらいを狙える
と思ってるの本当に
レコードなんだけど65って
自分の中では最終的には
63時間と設定していて
60時間プラス
3時間は睡眠とかを取ったとしても
いけるっていう
63っていうのは
最終的な自分の到達したい
タイムではあるから
それぐらいまでイメージが
めちゃめちゃ頑張ったらいけるんじゃないかな
っていうのがあって
最低限70時間
まず切ってとりあえず優勝っていうのは
今年はちょっと優勝にコミット
1:21:01
して
仮に崩れても絶対的に
3位以内に入るとか
最近本当にめちゃくちゃ
スピード化が激しくなってるから
ここまでの日本人のタイム
825にもかかんないのよ
今までの日本人やったら
大体何時間ぐらいでいったら
最速タイムが
小野さんの80時間
80時間50分ぐらいかな
確か
まだいないのは日本人で
入賞タイムは72時間ぐらいじゃないと
入賞できない
80時間のときもそうだし
83時間ぐらい小野さんが走ったときも
5位に入賞2回してたよ
今はもう
そんなレベルではない
ないんだ
じゃあそういう意味でも
70時間ギリっていうところが
70時間で走れないと
入賞は無理っていう
感覚がいないと
去年は比較的ちょっと
気候も安定してて
早かったっていう話も
聞いたんだけど
それでも
どんな気候であったとしても
ある程度タイムの差は
イメージしてて
70時間ってところを
目指すのがやっぱり一つかなっていう感じ
そうですね
ちょうど徳本純子さんの
話聞いてて
徳本さんは100時間来たじゃないですか
95時間かな
僕の思ってたのが
ちょうど100時間ぐらいかな
ってところがあって
それでもすごいなと思ったんだけど
マイナス30時間の世界って
どうなってんのか訳分からんね
だから
僕はボイシーとかでも何回か
言ったと思うけど
プロレジアンのトップの感覚は
50キロレースかける7回っすね
あーそんな感じなんや
そうそう
100マイレース200キロレース
という感覚というよりも
50キロレースを7回やるみたいな
感覚のスピード感でいっちゃうから
えー
50キロを7時間
10分ぐらいで7時間ちょっとかな
ぐらいで通過してるんだけど
6時間50何分とかで通過するから
比例は50キロで
3800でしょ
これよりもちょっと厳しい
50キロ4000を7時間切るペースで
いやーほんま
いやーちょっとこれは
どんなマインドセットにいってるんですか
って聞こうかなと思ったけど
ちょっととんでもないマインドセットやったね
なるほどね
距離の
距離の恐怖っていう感じじゃないね
だからね
もうね
距離の恐怖は
もうだいぶ
絶対来るんだけど
もう突っ込んでいって
それでも生き残れるかみたいな
世界の
突破そうなのね
なるほどなるほど
それもあって石部隊もそうだし
AKBはもそうだけど
結構突っ込んだりとか
先に走ったりとか
1:24:01
した状態で自分がどこまで
残っていけるかみたいなこと
結構やってる
意図して
KJRの時も前の日に30キロのレース結構出て
あそうだった
中国のね30キロのレース出て
そのままKJR行く
そういうだから
結構負荷をかけて
高速の
高速のレースの中で
どれだけ
最低限残していけるかみたいなこと
今すでに想定して結構やってる
なるほどそれがあって
石部隊も
インタビューじゃないけどね
走ってきたときにちょっと話したときに
前日に一周まるまる
試走してそれで挑んでると
つまり100マイロになりますよね
2日連続やったら
そうそうそう
何でそんなことやってるのかなってことを
考えたら全ては
トルジェシアに通じる道だったと
そうですね
ちょっとずつ感覚が良くなってきてると思ってて
距離に対する感覚
この前もだから
KRTも参加したんだけど
今日トルペスのイベントの
100キロ
僕のハンダキ117キロで
コンプリートしたんだけど
距離ってもうやっぱ
そんなに疲れる感じはなくなってきた
あーそうなんだ
ペースがやっぱり早くなれば
当然疲労は来るんだけど
この感覚値はやっぱり
200マイル当たり前の基準値にして
いかないといけないから
330当然走りますよっていう
ところまで
9月までには
当然持っていかないといけないし
それを高速スピードでガーンって攻め続けても
俺は生き残れるっていう
感覚までやっぱいかないといけないから
それをちょっとずつ今作っていってるような
フェーズだなと思ってますね
なるほど
じゃあレースとかね
KRTみたいなロングのイベントレースと
組み合わせてちょっと練習をやって
できる限りそういう
それはもう
バックとバックっていうレベルで
いいのか正直わからないけれども
そういう練習で
やっていってるって感じ
正直だから一般的に世の中で出てる
練習方法とか
論文になってるような
練習方法ではちょっともう
語られないような
そんな世界にいってるね
初めてやってみます
みたいな感じになってくる
それはそうだと
取れるなんてそもそも結構
エビデンスとかって難しいと思うんだけど
そもそも
要は
これでいけますって確実なものだと
言い切れるものは
正直ないと思う
いろんな議論があるけど
それがまた面白いところではあると思うし
でも最低限こういうことはやった方がいいよね
っていうことはもちろんあるじゃないですか
ありますね
参考にしてやっていくべきなんだけど
この200マイルでトップを取るっていうのは
そんな枠にはまってたら
全然無理だなっていうのは
めちゃくちゃ感じていて
当然のようにやっぱり
1:27:00
僕のイメージでは理想はやっぱり
毎週100マイルレース走れるぐらい
感覚は
毎週100マイルのレース1本
走るぐらいの感覚が
なんかないと
それが全然こなせるぐらいの状態ではないと
難しいの
なんか人間のメカニズム的にそもそも
それっていけるんかなみたいなのはあるんだけど
回復期ってあるでしょ
絶対にね
疲労とか筋肉が修復するスピードって
絶対にあるので
だけどもなんか確かに
人間そういう
なんていうんですかね
50キロのレース7回するみたいな
もう前代未聞というか
そういうことにやろうと思ったら
一般的な常識に
捉えられてたらですね
多分達成できひんなと思うんですよね
それはもうりょうたくんが
いろんな多分
アドバイスやってくれる専門家もいるやろうし
りょうたくん自体もかなり
栄養学とかに
詳しいからさ
そういうのをやってですね
ぜひちょっとある意味
ニュー中谷理論みたいなものを立ち上げていただいて
どこまでいっても
この長い距離に対しては
特になんですけど
感覚をバグらせていくっていうのは
これも一つの答えなのよ
絶対に
感覚をバグらすね脳みそを溜ますというか
当たり前のレベルっていうのを
どこまで引き上げられるかっていうのは
めちゃくちゃ必要だと思う
これは100マイルでもそうですよ
それのために
環境っていうのも
当たり前の基準値を
どこまで高く持っていけるかっていうところは
やっぱあると思うんですよね
なるほどね
普通に職場で100マイル走ってる人って言ったら
ああ私なら
でも当然のように
100マイル走ってる人たちがいる中で行くと
この会話のレベル感っていうのが育ってくるじゃないですか
そうね確かに確かに
そういう意味ではやっぱり
その感覚がバグっていくとか
当たり前の基準値を高くしていくっていうのが
すごく大切だと
常に思っている
なるほど
めちゃくちゃそれは納得感あるし
同じ意見ですね
周りの環境からバグらせていくっていうのが
大事なかもしれないですね
なるほど
面白いこと聞かせるんだったな
その中ではどうでしょうかね
実施部隊の話は
もしかしたら
練習みたいな感覚になっちゃうかもしれないんだけど
今回
18時間で優勝されましたよね
120キロ
どんな感じで進められたのかな
振り返りだなと思って
練習っすよ
そうなんだね
さっきも言った通り
前日は普通に試走したって感じですか
そう試走した
試走して
これ実はでも
レースだから勝ちたいってのはあるじゃないですか
ありますね
実は迷って
そのまま向こうに滞在して
お風呂とか入ってリカバリーして
しっかり出てレースを迎える
方法もあった
でも勝ちたいってなったときに
1:30:00
やっぱり僕は信頼を受ける
福知山の山瀬小杉という先生が
施術してもらおうかなと思って
帰ったのよ
僕石部隊から
1回
福知山に施術受けて
当然めっちゃ時間かかるよね
確かにかかるかかる
施術受けて結構長い時間施術受けました
家に帰ってきました
夜中です
夜中だね
5時には家に出ないといけません
3時間ぐらいしか寝れなくて
睡眠を犠牲にするか
睡眠を犠牲にして
体の状態を良くするか
睡眠をしっかりとって
足は重い状態だけど
どっちを選ぶか
悩んだよ
悩んだけど
感覚的にやっぱり
体が動くっていうのは
すごいメンタル的に
大事
眠気くるのは
しょうがないなと
施術受けて
結果的に良かったんだけど
2週目から眠気がきたから
2週目の
早い早い
眠かったのよ結構
3週目は
ぶっちゃけ
体の状態的には
17時間ぐらいでいけたと思う
あと1時間ぐらい
1時間ぐらいでいけそうやった
1時間ぐらいで負けたと思う
最後結構上げれる感じだったのよ
まだ余力があったから
体が動く感じだった
だから2週目も6時間ちょっとで
3週目も6時間かかんないかなぐらい
逆に上げれるぐらいだと思う
上げれるかもなっていうぐらいだって
実はおとお山の登りとか
全部走ったのよ3週目
マジであそこの
山山からのアスファルトの登りも含めて
全部走ったの
えーすげー
結構いい感じいったんだけどやっぱね
寝づけが結構きてね
あーそうだろう
犠牲にしたからそれは
結構きつかったのよ
それでね広瀬さんが
もう真後ろに
来て
目覚めて
ここでいかないやばいってなって
もう
そっからブーストしたから
あーなるほどね
いやもう迫ってるのは分かってたんだけど
なんかね
眠気がパッと晴れなくてずっと
いかないやばいって自分に言い聞かせてるんだけど
結構眠くて眠くて
でもさすがにね
5分差ぐらいまでたぶん縮まってるから
一番やばいとき
なんかそうみたいね
エイド間では一番長かったの13分だったんだけど
ルート間でかなり縮まったらしいね
もうめっちゃ縮まってて
もうたぶん
あの日から広瀬さんちゃうかなぐらいの感じだったのよ
あーそうなんや
これはさすがにやばいやろってなって
はいはいはい
ちょっと目が覚めて
そっから最後までほぼ走りました
なるほどね
じゃああれだね
セイタ君に言わなあかんのあれやな
中谷がちゃんと睡眠とっといたらよかったんじゃ
っていう感じになるな
1:33:02
結局
あのもうアシストしたと
ずっと言われてるよ
あーなるほど
僕が近いから
すげー追いかけるみたいな
そうそうそうそう
広瀬さんあれでなんか目覚めちゃったんだよ
あの広瀬さんも同じく夜眠くなる
タイプの人らしくて
そうそうそう
目の前に中谷君がオラって言って
ちょっと気合い入れれたって言ってたから
でもよかったそれはね
やっぱそうなんや
20分ぐらいは空いたのかな
20分ちょっとぐらい空いてるから
結局最後は大きく話して
25分
25分ぐらいかな多分空いた
そうですね
結構頑張ったよ最後
最後はねやっぱりね
すごいななるほどね
まあそういう意味ではかなり
練習というかね
捉えてるところがやっぱり
トレデジアンってところもあるから
そういう意味で石部大百が
ある意味では
トレーニングレースみたいな感じで
捉えてやってたっていうのはすごいなと思いますね
ちょっと一個前の
GTも聞いていいですか
GTも興味があるレースだから
GTの前もその言ってた通り
中国で30キロ大会出て
30キロってすごいね
30キロ何千ぐらい
35キロ2800
かなりの三角形なんだ
結構走れるんだけど
三角階段が結構きつくて
階段で
そこで走り切った後すぐに
帰国して
確かにドタバタしてる
動画が上がってて
SNSで
すごいな
なんちゅう強行手段で
しかも出るのがGT
っていうそんな感覚やったよね
僕からすると
でもしっかり優勝じゃないですか
GTは正直
ペースも速くないじゃないですか
そうですね
正直中国のレースの披露もあるし
状態もやっぱり
GTよりは
僕のコンディションの状態も良かった
やっぱりコンディション
あんまり保ててなくて
チェンマイもダメだったじゃないですか
チェンマイも全然
上手くいかなかったけど
レース出てたから
出たことでちょっと戻って
出たことで戻る
でGTみたいな
GTも全然
上手くいく自信なかったんだけど
長かったのと
中国のレース走ったりとかして
走って
僕が走ると感覚が良くなったり
先から言うてる感覚が
レースで良くなるってめっちゃ面白いな
そうGT
走って
GTだから最初は
披露あって
後半も別に
中国の
披露があったり
眠気があったり
ずっと寝て
2番目がとにかく眠くて
しんどかったんだけど
GTはそんだけ
1:36:00
パフォーマンスは高くないっすよ
なんとか優勝したって感じ
正直言って
僕GTは
36時間ぐらいでいけると思う
今回40分50分40秒
36時間ぐらいでいけると思う
そう
ちゃんと
仕上げたら
35ぐらいまで狙えそうだけどね
やろうと思ったら
36ギリで35ぐらいのイメージ
いけると思うんだけど
それよりも来年は
来年じゃない
今年か
今年
GTの前に
中国レースの100キロに出ようかなと思って
増やすの
100キロで入賞して
入賞したいと思ってる
ボロボロに
やってる
っていうのはちょっと思ってる
どうなるか分かんないけど
ちょっと分かんないけどね
同じような感じになるかもしれないけど
結局ね
タイラスのレース
基本的には
行かないといけなくて
出場自体は
必要なわけね
分かんないけどね
トルデジアンで優勝とかしたら
無条件で
翌年も出れるから
トルデジアンのレースも
中国の新選のレースも
各レースの100だけ
新選100
もしダイレクトがあるんだったら
あえてね
次の来年は
GTで36時間ぐらいを狙う
っていうのも
ちょっと悩みどころかな
前半の
優勝もしてみたいのは
あれ中国でめちゃめちゃ有名なレースだから
中国で殴れるから
そっちでね
行くのもいいよね
それでGTをギリギリ
なんとか完走でもいいから
あのコースの100km
まぁまぁきついかな
45時間やからさ
まぁまぁきついかなって
僕の総力的には思ってて
GT?
GTはマイナーズで結構きついよ
きついよね
だから
やろうと思ったら結構
今年頑張りたいなぐらいのイメージ
今のGT
マイナーズでGTね
毎年増やしていかないと
だよねだからちょっと興味ある
あっちゃん
マスイさんも興味ある
いいじゃんマスイさんと
ニッシーと2人
いい感じじゃない?
いけるかなぁ
ちょっと考えてるの
将来的にやっぱりさ
ロングレース出たいっていうのもあるし
だからちょっと年末
今年サボらせてもらったわけじゃないけど
スタッフ側で行ったから
そろそろ出ようかな
みたいのは考えてて
100マイルって走ったことある?
1:39:01
100マイルは
同じかな
マスイさんは
あっちゃんと一緒で
一昨年完走してて
そうなんだ
じゃあ行けますよ
ケジュアルの100マイルの完走が
一つの基準だと思う
あれ完走できてないと
GT完走できない正直
うっすいさんも結構ギリギリやって
100マイル結構厳しいじゃないですか
100マイル確か厳しいね
僕の中では
日本で一番厳しい
100マイルレースだと思うのよ
制限時間31かなんかでしょ
あれはだいぶきついよね
あの
だって実際今回ベンさんとかもそうだけど
タンバ完走してる人は完走できてないから
100マイルは
三角が好きで
人はタンバは完走できんだけど
KJRの方がやっぱり
総合的なスピード自体が必要で
そうですね
だからあれの100マイルがまず完走できないと
GTは完走できないから
こういう意味では一つの基準として
100マイル完走できてるんだったら
GTをチャレンジする価値はあると思う
あらほんとそうか
ちょっと考えておきますわありがとうございます
はい
それでもボロボロになって
GT行こうっていう
話聞いてたら
あれGTもしかして簡単なんかなっていう
錯覚があるんだけど
そうじゃないというくらいよく分かりました
はい
ありがとうございます
じゃあちょっと話
ちょろっと変えますけれども
レース
アスリートとしての話は結構ね
深掘りさせてもらったんですけど
プロデューサーとかね
コーチっていうちょっと
選手とは違う一面のところを
どういう風にされてるのかなっていうのと
でもやっぱそのやることできっとね
自分トレイルランナーの中谷亮太に対しても
結構いい
フィードバックがあったりするのかもしれないな
と思ってるから
それをちょっと聞きたいと思って
まずはやっぱりタンバ100の話かな
やっぱこれ
あれって世界一過酷っていうのを目指して
スタートしてるでしょ
目指してっていうか多分100倍の数値上では
世界一過酷なのよタンバ100って
数値上で
数値上でね
17000出したっけ確か累積ね
すごいよねほんとにね
それはどうですかやっぱり
世界一を作るんだっていう
気持ちからスタートしたのですかね
それとも地域的なところを
もっと盛り上げたいなみたいなところから
両方あります正直
両方あるんですけど
タンバ100っていう大会を
スタートさせた時は
なんか
自分がやっぱこう
この地域が好きで
タンバっていう地域が好きで
盛り上げたいっていう気持ちはもちろんあるけれども
トレイルランニングの
世界一過酷っていうのを
作るということ自体に
目的があったかもしれない
なるほどね
盛り上げるっていうのももちろんあるけど
タンバ地域を盛り上げたいっていうのもあるけど
1:42:01
この地域で
自分が
そういうのを作るっていうこと自体
そこにたくさんの人が
走りに来てくれるっていうこと自体が
嬉しいから
そこが目的だった気がするよね最初は
なるほどね
盛り上げたいというか
そこを走ってもらいたいというか
そういう気持ちが
結構強かったかな
と思っていますと
今は
毎年
重ねてきて
当時はね
いろいろ
大変だったこともたくさんあるし
うまくいかなかったこともたくさんあるんだけど
今としては
本当に地域を絡めてきている
っていうところが
僕の中では大きな感覚としてあって
自分が
選手として
同時に2022年
UTMBから始まり
ペルー行ったりイタリア行ったり
ヨーロッパ東南アジアも行ったり
いろんな影響をずっとしていく中で
やっぱり
トレイルランニングっていうもの自体の
魅力と
世界に行ったからこそ分かる
日本の魅力で
そしてこの地域の魅力っていうのを
感じ
てきたわけですよね
そうなった時に
自分が世界一を目指す
理由とか
要は選手として
世界一を目指す理由とか
人生の目的とかっていうことを
ずっとここ数年
2,3年ぐらい考えるようになって
僕は
その目的っていうところ
自分の人生の目的っていうのが
やっぱり
応援し合ったり
人が挑戦する人が挑戦したり
応援し合えるっていう
こういうフィールドを作ることだと
今思ってます
応援が
挑戦と応援っていうのが循環する
社会経済
そのものを作っていって
それがさっきの日本地域が良くなり
日本が良くなって
いうことに繋がる
ということが
自分の人生の目的だな
と思ってます
そういう意味で
ターム100っていう大会は
少なからず地域の人たちのおかげで
どんどんクオリティが上がっていき
地域の人たちが関わってくれるようになって
いきっていうところでいくと
自分がやっぱり
人生かけて
やっていくものの一つだなという風に
感じています
それは自分が選手として
世界に出ていくからこそ
これの意味もより強くなる
逆に大会をやっているからこそ
自分が世界にまた
行って見てくれる人が
またここにフィードバックされる
こういう風に回っていると
思っていて
自分の中では
そもそもが
人生の目的から
スタートして
大会のプロデュース
運営というか
両方ないと
1:45:00
自分が目的としているものは
満たされないという風に
というような
感じになっています
元々さっきから
中谷亮太という人生
人を触れると
基本的にはバックキャスト的な考え方
目的
人生とは
そこからスタートしているから
分かりやすいと思います
ダンバ100を
目指しているところとかも
すごく
積み上げて
弱から目的になっているものも
いっぱいある中で考えると
亮太くんのトルデジアを目指している
目標に対しても
ダンバ100の理念に対しても
すごく分かりやすくていいなという風に
僕は思います
理念で
共感したのは
確かにチャレンジして
それを応援すると
感動がお金に変わって経済回るみたいな
それって本当に
あるべき姿というか
すごくいい社会だと思っていて
それを
やろうとしているというのを
僕は感じたのは
とても
チャレンジ
やろうとしていること自体
応援したいなと
それうまくいったら
本当に
一つのステージになると思う
日本だけじゃなくて
世界の人も
もしかしたら
同じように
世界で
同じようにあるような
スタイルをまたこっちで
うまく
組み込んで
より精度が上がっていったら
もっと面白くなってくるかもしれない
本当にそう思っています
やっぱり
最終的にめちゃくちゃ思っているのが
そこまで僕が
できるかどうか分からないけど
ということで言うと
日本経済って今マジで
右肩下がりじゃないですか
そう感じるね
はっきり言ってこれって
ずっと今続いちゃってるわけじゃないですか
そうですね
そこまで僕ができるかは分からないけど
日本の精神性とか
僕めちゃめちゃ世界にも通じる
いいものがあると思っている
それが思いやりの文化だったり
とか
福祉さんみたいな
本当に日本の精神性って
僕素晴らしいと思っているんですよ
それの良さを活かしながらやっぱり
世界からちゃんと来て
人が来て外貨を稼げる状態を
作るっていうのは
日本のめちゃくちゃ大事なテーマだと思っているんですよ
トレイルランニングが
その可能性はあると思うし
ターパー100っていうものを通して
地域に来てもらって地域に経済が回る
さらにその輪が
大きくなっていって
日本に海外からちゃんと来て
そう
むちゃくちゃ大事な
方向性だと思っている
そうそうそう確かに
そう目指したいっていうのがあります
いいですね
1:48:00
それは確かに経営者的なっていうか
そのプロデューサーの
思いっていうところがすごくよく分かるし
応援したいなっていう風に思いましたね
なるほど
あとは大会自体では
いい大会めっちゃあるんですけど
なんか木をここまで巻き込めてるっていうのも
結構特徴なのかなと思ってるんですよ
ターバー100は
そうだと思う
なかなかねこれ大変
本当大変だから別にお勧めはできないなかなか人に
そのほうがいいですよって
言いにくいし
ランナーで集まって
持っていくほうが割と簡単だし
うたちはというか
近い価値観の人で
集まるほうが楽は楽やね
運営もうまく回りやすいと思うんだけど
うちの場合はそうじゃなくて
僕の目的ですよねさっきの言ったとこ
自分の目的が
地域経済をやっぱ
発展させたいとか
こういうのがあるから
唯一無二の部分もあるし
その分確かに
行き届いてないこともあるかもしれないけど
成長過程で
ちゃんと組み上げて
本当にでもランナーの人
とか地域のみんなが
応援することでもらう感動もある
そうですよね
それをみんな感じてくれてるから
良くなってるって言ってるんですよね
逆に選手も
地域の全然トレラーしないような
おばちゃんとか
しかも与同してこうやってやってくれる
ってことに対して
この大会の特徴かな
と思ってるんで
ここの部分を
もっともっと良くして強化していきたい
って思ってるところですね
いい理論
ありがとうございます
今年も端部はもちろん開催されて
100マイルが
一つありますけども
今年は50キロの分に
が増えた
もう少し短いのがあるんでしたっけ
50キロと20キロがあって
あと4.5キロと
2.5キロと
なるほど
ここに結構実は力を入れていって
キッズファミリー老若男女誰もが参加できる
なるほど
じゃあちゃんと本当にあれですね
さっき言ってたバックキャストじゃないけど
目的に対して
ステージどころに
コースの
レースの種類も
フィードバックされてる感じがしていいね
そうそう
子供が大人の本気を見るって
めっちゃいい企画なんですよ
分かる分かる
ゴクゴク鳴りながら
ぐしゃぐしゃ鳴りながら
でもちゃんとしてみたいな
こういうのってやっぱすごい一つの
教育じゃないけど
めっちゃ大事だと僕は思ってるから
大事にした
子供が走ってる姿を見るのって
めっちゃ感動するんですよ
そうね
石部隊でもそうじゃん
両田君走ってたじゃん前ね
やっぱああいうの見たら感動するよね
確かに
これは一つのストーリー
分かりました
1:51:00
先に謝っとくと
僕7ウルトラマラソンに出ちゃうことになった
今年はいけないんだけど
なるほどね
出てくれる流れかな
でも約束します
来年かな
出ようかなと
思いますんで
よろしくお願いいたします
ということでございます
最後にですけれども
トルデジアンまで
半年きてるんかな
半年ぐらいちょうどね
この後の予定みたいなんで
差し支えがない範囲で構わないんで
レースとか
やっていくタンバのイベントも含めて
どんな感じで
両田君が過ごすのか
教えてもらってもいいでしょうか
めちゃめちゃ予定は
ほぼ全部になってます私
すごいね
まさに田口みのりの
スケジュールも
パンパンじゃないですか
マイナスの東京の練習会も
全部決まってます
コーチもやってんじゃん
僕を基準に決まってるから
練習会が
普通のレースのスケジュールがあるから
あとは練習会の日って
決まってんすよ全部
映画も全部
スケジュール言いますと
まず2月が28.3月の1日で
山城トレイルのGT
なるほど
どうぞどうぞ
これは企画する側ですね
出場する側
ギフの
山城ね
お城の山城ね
山城に
翌週は
トレイルランナーズカップなら
松永さんがやってる
ゲストで呼んでいただいてます
私の近所で
皆さんよろしくお願いします
いいですね
身近な大会にも
翌週は鉱山寺の
ランズラバース
端場のシリーズ戦の
4日目があるかな
翌週は
マウントフジの合宿があると
ありますね
次の週は
マイナス東京の練習会で
4月の1週目が
端場の足田城
桜木トレイル
めちゃめちゃ桜の
ワンカイの桜の中走るレースがあるんですよ
これは超いいですよ
20キロ
20キロぐらいなんですけど
短い方もありますけど
っていうのがあって
それが4月
自分のレースは
翌週だから19日に鬼ヶ城ピークストレイル
これさちょっと聞いていい?
鬼ヶ城をフジは
フジのピーキングとしては
めちゃくちゃきついんじゃない?
鬼ヶ城ってすげー累積あるじゃん
全然大丈夫ですよ50キロですよ
中谷コーチ失礼しました
1:54:00
50キロは大したことないですね
そうですよね失礼しました
毎日走らなきゃいけない距離です
最低30キロだもんね
はい
フジが翌週ですね
すごいなぁ
本当はエベレストの
135キロに出る予定だったんだけど
5月ゴールデンリー
1位だったもんね
氷河がやっぱ溶けて
まだ開幕祭ができないそうなので
今年は
これなくなりまして
マイラーズのアワードもね
東京のアワードがあるんですよ
ああそうか
両田くんは東京のほうで出たほうが
絶対いいから
23、20
22、23が
5月のTGに
出ようかなと
呼んでいただいて
まだ返事してないんですけど
カテゴリーもね
結構増えてきてるし
いろんなところで
4期はタンバのレースがありました
6月は
2週目
ドロミデエクストリームトレイル
イタリアのレース
イタリアに行くんですね
カイラスのレースで
4期はカガスパか
カガスパも出るの?
もちろん出るとしたら100キロ?
100キロ
ここらへんね
トルデジアンに向けて仕上げる
キーなんですよ
なるほどね
出るか分かんないけど
出る予定一応
その翌週ディープジャパン
うーわ
うーわ
っていう感じですね
7月にもう2週目から
ヨーロッパ行く予定にしますんで
向こうでね
イタリア行きまして
ツイスに行くのが1回
でアイガーに出る
アイガーウルトラトレイル
に出ようかなと
トルデジアン前のは
調整ですかね
7月の3週目
後にこれ出て
8月はちょっとまだ
分かんないんだけど
ETL出ようか迷ってます
もうメンバーおんの
ラオっていう
なるほど
出ないって言われてるけど
へー
2週間しかないんですよトルデジアンまで
ここで迷いどころ
ペーパー無理だから
大丈夫かなと思うんだけど
ちょっと迷いところで
さすがのりょうたくんは
迷うんやね
出ようかなと思ってるけど
トルデジアン8月の14日
1週間
なるほどね
レイクビアがずれたので10月の
10月の後ですね
11月は特に
決まってなくて
チェンマイが12月にあるっていうので
そこまで
カイラスの新戦100と
GTをどうしようかなみたいな感じですね
1:57:01
いやもうちょっとすごいわ
やっぱりちょっと
まずその体力というかあれがすごいね
もう積み上げがすごいわ
いやいや全然っす
全然っすか
ちなみに僕PTLも
あれなんですよ
夢の大会なんです
複数の何人かで
チームで出るのすごく好きで
なるほどね
絶対いいと思うんですよあれは絶対
この時点で
りょうたくんPTLとさ
ネトルデジアン
僕の憧れの2つを
計画に立ててるんやと思ったらさ
いやすげーな
いいなと思いましたね
ちょっと聞きましたか
こんだけやってるんですよコーチはねやっぱすごいっすね
いやいやいや
だから本当に全力で
今日のねもともとやっぱり
中谷よーたさんっていう人間性
いろいろなね
メディアにも出てるから
ちょっとたまに一緒に走ったりもするから
話したっていうのもあるけれども
改めてね
すごさだったりとか
考え方への共感みたいなものがちょっと深まりました
ありがとうございます
なので本当にこれからもちょっと
りょうたくん全力で応援したいなと
思いますので
これからもね
まいらずのコーチ人としてもですね
一緒に頑張って精神高ましたくなって
いただきますのでどうぞよろしくお願いいたしました
ありがとうございます
いやー面白かったな今日
すごいな
たぐちさんのね
ルーツも知れたし
りょうたくの
2022年の大変やった時期のね
乗り越え方とか
そういうのも聞けたし
非常にお腹パンパンなりました
ありがとう
これね面白いな
ポッドキャストっていうのはまた自分で聞いて楽しむことができて
それが結構好きなんで
またちょっとこの回はですね
繰り返し聞いて
ちょっとモチベーション上げるのに
使っていこうかなと思いますので
また何か機会あったらぜひ
いいのは
ちょっとフィードバック
どうですかってあのレース聞いたでしょ
今後のやつね
だからだいたいそろそろ聞きたいなみたいなタイミングに
また来てもらおうかなと思いますので
ぜひぜひ
ぜひまた遊びに来てください
よろしくお願いいたします
今日はですね
トレイルランナーの中谷りょうたさんに
ルーツから
それから
メインレースで考えている
その他もろもろいろいろ聞きました
タンマ100のね
いろいろな考え方とかも
多分聞いた方はね
すごく魅力のある大会だなと思っていただいたと思います
ということで
皆さんもぜひぜひですね
りょうた君集を応援していきましょうよろしくお願いいたします
今日はどうもありがとうございました
ということで
しんばラジオですねこれで今日は終わりたいと思います
また聞いていただけたら嬉しいです
では
明日京都マラソン頑張ってきますよ
しんばでした
バイバイ
02:00:04

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