00:04
はい、毎度おシンバです。この放送は、シャモニーに憧れる野良トレランナーのシンバが、トレランのオモロさんについて喋ってくる番組です。
放送を聞いて、トレランオモロになと思っていただける番組を目指して頑張ってますよ。
はい、ということで、今日はね、日付としては4月20日月曜日になりますけれども、
まだあのレースのね、ロスが終わってませんね。
1週間前にあった広島トレイル、1週間前、約もう2週間、週としては2週間前になるのかな。
やりました、広島トレイルがね。まだね、抜けきってませんでですね。
いや、楽しかったですね。やっぱね、久しぶりのミドルというかロングというかでレースで、
比較的にキラキラの大会です。すごく面白くてですね。
ちょっとそのロスをね、これを時間をもっともっと埋めたいなという気持ちが続きましてですね。
またですね、広島のトレイルに出た方をゲストでお呼びさせていただきましたね。
しかもですね、今回はもう僕がね、ちょっと何ですかね、毎年出ている観戦の大会で大活躍をね、された。
ちょっとね、僕からすると、その時はちょっと声をかけるのも恐れ多くて、声をかけられなかったというか、
お友達になれ損ねた方なのですけども、今回広島でちょっとね、仲良くさせていただいたので、
今回ポッドキャストにゲストに来ていただけることになりました。
結構ね、びっくりしますよきっとね。この人が来てくれたんだみたいなね。
しんばラジオにみたいな感じになると思いますので、ぜひお楽しみにということで早速登場してもらいましょうか。
はい、もう笑顔笑顔のトレイルランナー、谷川照樹さんです。
谷川 こんばんは。
おだしょー こんばんは。
谷川 谷川です。
おだしょー お疲れ様でございます。こんばんは。よろしくお願いします。
谷川 はい。
おだしょー 遊びに来てくださいましてありがとうございます。
谷川 こちらこそお招きいただきましてありがとうございます。
おだしょー すみませんね、本当にね。谷川さんといえば、いきなり西山紹介になりますけども、
やっぱりね、2024年のエイクビアの印象がすごい強くって。
谷川 あの時のね、ゴールシーンは当然僕走ってたから見てないんですけど。
いいですよ、いいですよ。
その時にね、インタビューを聞いてたんですけど。
本当に笑顔で楽しそうに喋ってたのが印象的で。
だからね、そこの部分で憧れがあった方と今回一緒に走らせていただいたので、
03:05
とても嬉しかったなと思って。
やっぱりそんな楽しみがあったから、やっぱり広島ロスがね、なかなか抜けないんですよね。
ということで谷川さん、また広島の話もそうですけど、
それ以外のレースのこともぜひ色々とお話を聞かせていただけたらと思いますので、
今日はよろしくお願いします。
谷川 はい、お願いします。
おだしょー まず先ちょっと聞きましたけど、どうですか?
広島の後ね、もう一週間ちょっと過ぎましたけど、体調とかそこら辺はどうでしたか?
谷川 そうですね、結構僕ちょっと故障があって、
広島トレイルが復帰戦みたいな位置づけで走らせていただいたんですけど、
ちょっとやっぱり出るからにはレースしたいと思って走って、
結構そのレース感覚をちょっと忘れてたんですけど、
ちょっとちゃんと上げるところを上げたりして走って、
調子がまた戻ってきましたね。
おだしょー それはいいきっかけになった感じですね。
この土日でも結構身の入った練習はできたってさっき言ってありましたけど、
なんかどんな感じの山行ったりとかしたんですか?
広島 本当に僕が住んでる愛知県鹿津貝市ってところに住んでるんですけど、
東海自然保護の山がすぐ近くにあって、
鹿津貝山山って3つ小さい山が並んであるんですけど、
そこの中の道寿山っていう山が、
1キロで250メーターぐらい標高を稼げる山があって、
おだしょー 結構な。1キロですよね。
おだしょー それ結構すごいな。
山本 正確に言うと1.1とか2とかぐらいなんですけど、
そこで累積稼ぎたいなと思って、
8回登って2000メーター稼ぎました。
おだしょー マジっすか。
山本 はい。
おだしょー パワフルなことやってるのはずっとピストンとかそういうことでしょ?
山本 そうですね。ちょっと下りは沢筋、谷筋の道を使ったりして、
気分転換しながらみたいな。
おだしょー これでもすごいな。
どうですか?その感じで動きの綺麗みたいなのも聞いたんじゃないですか?
山本 そうです。股関節をちょっと故障して、ちょっと負荷がかけられなかったんですよね。
06:10
おだしょー なるほど。
山本 ぐっと踏み込むことができなくて、
っていうのがずっと去年の、本当言ったら去年の6月、
5月ぐらいから悪くなって、
去年のレースみんなそんな状態で頑張っちゃったんですけど、
全然ダメだったのかな。
おだしょー 今ね、何が起こってるかパーソナリティー以外わからないと思いますけど、
おだしょー どうもこんばんは。
山本 こんばんは。
おだしょー 谷川家のご長男とご長女ですかね。
山本 そうです。
おだしょー あら、かわいらしい。
これをビデオというかPodcastでは伝えられにくいのはちょっと残念なぐらいかわいらしいですね。
どうですか?
おだしょー そうだよ。
おだしょー そうだよ。
お友達と言っていいのかな。
お友達ということにさせてください。
どうも。
どうですか。
でもよかったですね。
股関節の動きがちょっとよくて。
ちょまど お父さんが見えないな。
おだしょー そうだね。
山本 大丈夫。
これ音だけだから大丈夫。
おだしょー 比較的だからあれですよね。
踏み込んで走れるようになったときは大きいですよね。
山本 大きいですね。
やっとここまで来たって感じです。
おだしょー よかったですね。なるほどね。
おだしょー こんばんは。
おだしょー こんばんは。
おだしょー はい、どう?
おだしょー はい、こんばんは。
おだしょー かわいい。いいね。
おだしょー そうです。
おだしょー 今もだよ。
おだしょー リラックスしてるんだよね。
リラックスモードよ、リラックスモード。
おだしょー 違うよ。
山本 起きるのはそんなに好きじゃないんだよね。
おだしょー 何してるの。
おだしょー 今?
おだしょー 何してるの。
おだしょー マイクでいろいろとお父さんのインタビューしてるんだよ。
おだしょー ちょっとね、録音中だからね。
山本 録音してるの?
おだしょー そう、録音してるんだよ。
全国放送でお二人の可愛らしい声がオープンになるんだよ。
山本 ラジオで映ってるんですよ。
おだしょー 映ってはないけどね。
おだしょー 顔は映らないんだよね。ラジオの声だから。
おだしょー 大丈夫ですよ。うちもね、三女がこういうのがあったら、わざと来てね、いたずらしていくよ。
09:06
山本 バイバーイ。
おだしょー バイバーイ。またね。
おだしょー まあでもそうですね、ちょっとトレイルの話戻しますと、調子も少し出てきたということで。
山本 そうですね。
おだしょー それまでも股関節の怪我とかあった、2025年の5月までとか。
おだしょー 結構いろんなレースで、特に海外とかですよね。日本のレースもそうですけど。
おだしょー どうですかね、やっぱ長いレースを中心に走ってたと思うんですよね、最近はね。
山本 そうですね。
おだしょー でもいきなり長いレースを始めたってことはないかなと思うから。
おだしょー ちょっとまず谷川さんのランのきっかけというか、トレイルをやり始めたスタートのところからお伺いしたいんですけど。
谷川 そうですね。僕は24歳で就職したんですよ。愛知県職員をやってるんですけど。
おだしょー なるほど。職員さんなんですね。
谷川 そうなんですよ。僕ちょっと不真面目な。
おだしょー 不真面目に見えないけど不真面目な。
谷川 いやいや、ほんとほんと。就職するときに仕事だけの人生にして止まるかみたいな。
おだしょー いいですね。
谷川 仕事は当然するんですけど、人生それだけには絶対したくないぞみたいな漠然とした思いがあって、
別に今それが仕事以外の何かがトレイルランニングになってるんですけど、
就職して、最初走ることじゃなくて、職場にいろいろ部活動があるんですよ。
おだしょー 面白いですね。
おだしょー そうなんですよ。昔僕高校生の頃、球道をやってて、弓ですね。
で、球道をもう1回楽しかったからもう1回やろうと思って、職場の球道会に入ったんですね。
で、そこからですね、だんだん道を外れていくんですよ。
おだしょー 道を外れていくんですか。球道に行くわけじゃなくて。
谷川 そうなんですよ。弓の道を行くつもりだったんですけど、
球道部入って、球道部のちょっと上の先輩の方が、
とにかく球道もいいけど、自転車やろうよって言って。
おだしょー 自転車ですか。
で、「あ、いいですね。」って言って。
もともとアウトドアスポーツみたいなことも、山歩きはやってたんですよね。
12:02
で、旅みたいなことが好きだったんで、
おだしょー いいですね。
谷川 自転車いいですねって言って、ロードバイクを始めたんですよね。
で、そしたらその方が、山走ってる人がいるんだよって言って、
また同じ職場のトレイルランニングをやってる細田さんって方がいらっしゃって、
細田さん、後にですね、トランスジャパンを2分前、制限時間2分前完走をした方なんですけど、
すごい方がいて。
おだしょー それがアクティブ職員の同僚の方でいらっしゃったってこと?
細田 そうなんですよ。
で、そのトレイルランニングっていうことを山連れてってもらって、
これ面白いなってなったんですよね。
で、それが始めたきっかけですね。
おだしょー 細田さんみたいな方がおったらば、面白いですよね。
おだしょー ちょっと上の方ですかね、歳は。
細田 そうですね、ちょっと上ですけど、4つか5つぐらい上だったと思います。
おだしょー でも出られたときは、TJRの多分2018ですよね。
細田 ですね。
おだしょー 結構若いタイミングでチャレンジされたイメージですよね。
おだしょー ちょっと見てると、靴ひもを結びながら寝ちゃったとか書いてますね。
細田 いやーでも、あのとき僕応援行ったんですよ。
終盤のところで。
もうあんなにボロボロな人見たことないってくらいボロボロで。
おだしょー そうですか。
細田 そうなんですよ。
でもそれでもゴールに向かって進む姿が本当にかっこよくて。
おだしょー なんか睡眠がうまくいかなかったって書いてますけど。
細田 いや、あのときの細田さんは、トランスジャパンの方が楽だったっていうぐらい仕事が激無だったんですよ。
だから本当に調整とか全然できなくて。
おだしょー なるほどね。
細田 でもゴールして本当ボロボロだったんですけど。
15:04
僕ゴールも行ってて、そのボロボロの細田さんを連れて帰ったんですよね。
で、なんかこんな話していいのかな。
ちょっとダメかもしれないですけど。
おだしょー いいですよ。じゃあここは切るかもしれません。
細田 それで家帰ろうと思ったら、家の鍵が確か無くて。
おだしょー 家の鍵が無くて。
おだしょー 無くしたんじゃなくて。
おだしょー どこにあるか分からなかった感じ。
おだしょー 後からなんとかなったんですけど、なんか家に入れなくて。
しょうがないんで僕の家で逮捕して、めっちゃ疲れてるんでめっちゃ寝てたんですよね。
次の日になって、夜帰ったんですよ。
当然深夜ゴールだったんで。
次の日の午前中に職場から電話が入って、いっと出勤するんだみたいな。
おだしょー 寝坊しちゃったっていうか、もう無理やもんね。
しょうがないんですけど、足の裏の革とか結構剥けちゃってたから。
おだしょー そうですよね、そもそも歩いたりできないんですよね。
しょうがないんですけど、でも出勤するよって言って、ボロボロの状態で。
おだしょー 行き渡ったんですか。
しょうがないんですけど、それぐらいちょっとその時の工事の仕事が大変だったなって。
おだしょー かなり立て込んでたんでしょうね。
おだしょー だから仕事ばっかりでも眠れることもできない状態で、無理やり出たっていうことですよね。
しょうがないんですけど、それも含めて本当にすごいなって。今でもすごいです。
おだしょー 確かにね。出るからにはもちろん感想をもぎ取ったっていうのが多分あったと思うから。
おだしょー もともと実力がすごい高い方だったと思うんですけど、やっぱりね。
それだけたくさん堪能されたというか、ギリギリまで堪能されて。
おだしょー そうですね。
おだしょー ああいうのはね、大変ですね。
なるほど。でもここに書いてますよ。
月に一度は大遅刻してしまいますって書いてましたね。
たぶん練習とかで使われてるんでしょうね、これね。
これはそういうブログを今見てるんですけどね。
18:03
1日だけのレースなら早いんですけどねって大坪選手が言ってると。
そんな情報も出てる。
書いてますね。なんかね、TJAR界の長島茂雄って書いてましたね。
たしかに。
なんとなくそのイメージなんだね。
そうです。
なるほど。というわけでございました。
ちょっと場所を移動しますけど。
充電が切れそうになったんで、充電器を持ちまして。
ということもありましてですね。
職場の中でね、大山に誘われる方もいて、
ちょっと宮道から道を外れて山の道にちょっと行ったってことですけど、
どんな感じなんでしょうかね。
そうですね、やっぱ。
僕もあれなんですよ、トランスジャパンに出たくなっちゃったんですよね。
そうなんですね。
ちょうど、細田さんにトレラン連れてってもらう少し前に、
たまたま2012年のトランスジャパンのテレビ見ちゃって。
たまたまね。
で、わけわかんないじゃないですか。
わけわかんない、たしかに。
この2012だと飯島さん、今実行委員長されてる。
まさにね、今の一番ね。
飯島さんが選手で出られてて、
なんか突然道端の草むしりを始めるんですよ。
なんか有名な話ですね、なんかね。
はい、そうです。
草むしりを始めて。
幻覚見ちゃってて、
なんかわけわからんほどしちゃってる。
なんだこの世界はと思って。
そうやん、すごい世界ですよね、ほんまに。
2012って言ったらほんまに聡明期の時やから。
いや、そうですね。
ね。
なんか、まだ今ほど洗練されてないというか。
はい、そうですよね。
そんな感じで、面白かったですね、あれは。
へー。
で、それをなんか自分ごとにはとても捉えられなかったんですけど、
え、人間ってこんなことできるんだ、みたいな。
はいはいはいはい。
いやー、すげーなー、みたいな。
ただインパクトだけはすごく残ってて。
はい。
で、この後にそのトレーラーに連れてってもらったら、
はい。
あ、これの先にあれか、みたいな。
あー、なるほどね。
はいはい。
そうですよ。
これちょっと頑張ったら、あれできるんじゃないかな、みたいに思っちゃった。
なるほど、はいはいはい。
一番最初にそのやっぱTJの印象というか、イメージがどんっとあって、ビジョンというかね。
21:03
そうですね。
それがあって、そのトレーラーがそこに繋がってるような感じがして。
あ、そうそうそうそう、そんな感じですね。
で、ちょっとまずはやってみようっていう感じになったんでしょうかね。
そんな感じですね、はい。
どうか。
それが結構、若い時からやってる感じがするんですけど、何年ぐらいか。
そうですね、もうだから就職して今15年目になったんでね。
で、本当だから14、本当トレーラー始めたのも就職した年の、いつからだろうあれ。
秋とか。
2010年、そうですね、12年。
2012、はい、2012の秋とかぐらいから始めた感じですね。
だから結構長いです、乱歴は。
そうですね、だから職歴が15年で、乱歴が14年ぐらいあるってことですよね。
そうです。
いやー、大先輩でございまして。
いやいやいや。
いやー、そうだったんだ、なるほどね。
で、どうですか、そのキャリアの中でレースの出始めとかってどういう感じだったのかなっていうのを聞きたいんですけど。
そうですね、デビュー戦は新城トレイグ32キロで。
お、一発目からもちろんね、地元といえば地元なんだけど、すげー大会出ますね。
いやもう、新城がそういう大会とか知らなくて。
ええええ。
もう何時間だったかな、忘れちゃったけど、なんか7時間とかかかったんじゃないですか。
ああ、そう。
めっちゃボロボロでゴールして、もうこれで僕は引退しようかなとか。
いきなり山の戦慄を浴び。
いきなり辛すぎて。
そりゃそうだよな。
でもやっぱり、今もずっとそうなんですけど、大体その辛かった思い出が楽しい思い出に塗り替えられて。
トレイルランナーあるある思いですよね。
そうなんですよ。
いやでもあれ、僕感想できたじゃんみたいな。
楽しかったなあ、嬉しかったなあ、みたいになってしまって、また続けてみたいな。
なるほどね。でも、いきなりと言ったらですけど、労働を結構長く続けててトレランとか、
登山も結構本格的にやっててトレランとかっていうわけじゃなくて、
谷川さんの場合、結構そのトレイルランとして入った感じが結構珍しいかもしれないですね。
そうですね。歩く山は、父親が結構山歩き好きだったんで。
24:08
じゃあ、お若い時から結構山には行ってたんですね。
そうですそうです。小学校ぐらいからは。
多分もっと小さい時も背負って連れて帰ったりとかしてたと思うんですけど。
じゃあ山自体に馴染みは実はあって。
そうですそうです。
どちらかと言うたらそうですね、だから登山からトレランに入った感じなのかな、どっちか言うたら。
そうですね。またちょっと今日広島トレイルっていうレースをネタにしようっていう話なんですけど。
大学生の頃に僕は広島にいまして、そのときに僕大学生の頃はワンダーフォーゲルムっていう。
いわゆるワンゲルス。
ワンゲルスに入ってたんですよ。
そうなんや。
そうかそうか。
だから話がちょっとごめんなさいね。結構時系列が。
大丈夫。全然大丈夫。そういうの大好きなんで。
本当ですか。
どんどん外れてください。
了解です。
全然大丈夫。
だから大学の頃に結構広島のいくつかの山は歩いたことがあって。
そうなんだ。
今回のレースでも前半のゴサソウ山とか白木山とか。
鬼ヶ城とかセットであったやつとかも。
鬼ヶ城、白木山。
昔登ってた。
そうなんや。
ちょっと馴染みはあったんですね。
馴染みはありましたね。
なるほどなるほど。
じゃあ今回の広島ってちょっと外戦なんじゃないけど。
そうですね。
そういうところもあったんですね。
ありましたね。
いいですね。
学生時代の懐かしさとかありました?
ありましたね。
やっぱり。
そうか。話僕から飛ばして申し訳ないけど。
街で、最近って汁なし担々麺有名やったりしてるじゃないですか。
学生の時ってどうでした?実際。
お好み焼き以外汁なし担々麺とかありました?
B級ですか。
なんか爆弾屋っていうお店が。
なんだっけあれ爆弾屋って。つけ麺だったっけな。
はいはいはい。
なんかそんなのありましたね。
じゃあ最近やっぱ汁なし担々が有名だったって。
多分。
多分ね。
あんまり名物で行ってなかったような気がしますね。
なんかよくね、最近あるいわゆるB級グルメ会からちょっと観光に使おうみたいなね。
27:01
はいはいはいはい。
あるかもしれないなと思ったんだけど。
そうかね。
4年間ですか?6年間行ってたんですか?大学。
僕、大学院まで行ったんで。
6年。
あーもう。わかります。でも6年おったらもうなんかね、大理のふるさとみたいになりますよね。
なりますね。
なりますよね。
あの近くに下宿されてたんですか?街中っていうか。
僕の大学が東広島市西条って言って。
東広島の方だったんでしょうかね。
そっちにキャンパスがあったんですね。
なるほど。
で、僕は研究室がまたちょっと本学のキャンパスからちょっと離れてて。
あるあるっすよね。そういうのね。
宮島あるじゃないですか。
あーありますね。
島神社がある。
ありますね。
あそこの島の中に研究室があったんですよ。
えーすご。
そんなとこにあるの?
あるんですよ。
僕、植物の関係の研究をやってたんですけど、
そこの島の研究室に大学の4年と中止課程の2年、3年そっちの研究室を中心で行ってたので、
なので最初の学部の4年間は西条に住んでて、
その後ちょっと西条より研究室の方がいる時間が長いなってなって、
八日市市っていう、今回レースした広島市の西側ですね。
西隣の市に住んでましたね。
あーなるほど。でも最後の山も架からん感じかな?
架からないんですけど、竹田山飛山とか行ったじゃないですか。
ありましたね。
あの辺はですね、とこちょこ、大学生の頃じゃなくて、大学卒業してから、
僕妻がですね、広島で出会って、結婚しちゃったって言っちゃいけないからね、結婚したんですよ。
へー。
あのー、まあ時々ちょっと広島には帰ってて、
あーいいですね。
そん時にちょっと時間があったら、そっちの方もたまに走りに行ったりしてました。
へー、なるほど。
あーちょっと、見つけちゃったってわけじゃないですけど、あれですね、
なんかその共同研究センター、国際共同研究センターっていうのが八島にあるんですけど、
多分これのことですよね。
あ、いや、そんな名前じゃないです。
え、ほんと?自然植物実験所って書いてるけど。
30:00
あ、八島自然植物実験所?
そう、それそれ。
あ、それです。
あ、やっぱこれか。
はい。
えー、これキャンパスとかじゃなくないですか?
ないですよ。
そんな名前になってるんですか?
今僕、大学の名前言っても大丈夫ですか?
あー、大丈夫ですよ。
はい、広島大学瀬戸内CN国際共同研究センター、八島自然植物実験所って書いてる。
おー。
はい。
すいません、ちょっと自分の研究してながら、今そんな前置きがついてんだって。
うちのキャンパスも最近新しくなったんですけど、
あーそうですか。
なんかわけわからんくなってきたりとか、学部もなんか統合したりとか、なんか離れたりとか、いろいろ変わるんで、ようわからん。
そんなもんです。
はい。
あーそうですか。
そうなんです。
でも奥様も、それから大学も、広島に結構なじみがあるってことを考えると、
今回の大会は結構、地元の大会とはちょっと違うかもしれないですけど、近いところがありますよね。
そうですね。帰ってきたな感は。
ありますよね。
ありましたね。
はいはいはい。
面白いな、なるほどね。そこら辺もレースの展開の時には聞こうかなと思います。
ちょっと経歴の話に戻りますけれども、結構今は谷川さんと呼ばれるロングで、海外もいっぱいっていうイメージがありますけど、
自分の中でトレイルランで32キロでヒーヒー言ってたところからですね。
そうですね。
どんな感じで積み上げていったのかみたいな、なんかちょっと印象があるレースを振り返ってもらいながら、ちょっと紹介してもらえたらなと思うんですけど、どうでしょう。
そうですね、やっぱ最初、そうですね、32キロでヒーヒー言ってたのに、目指すところはトランスジャパン415キロなんですよね。
もう10倍以上のね。
そのギャップをどうやって埋めようかっていう。
なので、だから練習で距離を踏むっていうことを、やっぱり早く走るとかはそんなに意識はしてなかったけど、
でもとにかく長い距離走るようにならなきゃって思って、
だからレースもちょっとずつ距離を伸ばしていったんですよね。
なるほど、ステップも踏まわったんですね。
そうですね、思い出のレースっていくと、何年だったかな。2014か13か。
はい。
OSJの票の選定。
あー、票の選。
33:00
あれが。
ありますね。
はい、あったと思うんですよね。
今は多分。
今はファミとかいう名前にしてるんですかね。
あのレースが結構思い出深いですね。
確か距離70キロぐらいでしたっけ。
あ、そうです。OSJ票の選のときは70キロで。
それぐらいでしたよね。
そうですそうです。
なんか初めて挑む距離で、なんか結構ビビりまくってて。
あー、いやそうでしょう。だってフルマラソンよりも長いんだからね。
そうなんですよ。
しかも山で。
そうですそうです。
もしかしたら夜というかね、ライトを使ってやらんとあかんみたいな感じの。
はいはいはい。
ですよね、レースになりますよね。
そうですね。
あれ、確かでもギリギリ減って疲れて済むぐらいで帰れたというような気がする。
おーすごい。
なんか結構そのとき、なんか呼吸ミスったり、緊張しすぎてレース前に食べすぎて。
おーおー。
食べすぎて気持ち悪くて、30キロぐらいまでもう全然走れないみたいな。
なるほど。最初にね、ちょっとやりすぎてしまったんですね。食事の方で。
そうなんです。
珍しいですね。なんか緊張しすぎて食べすぎるって結構初めて聞いたかもしれないね。
本当ですか。
いやもう距離が長すぎるから。
入れとこうと。
入れといた方がいいんじゃないかみたいな。
そっちか、なるほど。
はいはいはい。
ここで気持ち悪くなっちゃったというか、早く走ったら出てきそうな感じになってしまって。
あーそうそうそう。
上げられへんみたいな。
はいはいはい。
逆に30キロぐらいまで抑えたからあれじゃないですか、後半結構いい感じで行けたりとかしなかったですか。
あーどうなんだろうなー。なんかあんまりいい感じで行けたっていう記憶はないんですけど。
あーそうなんだ。
なんか結構このレースでなんかいろんな出会いがあったんですよ。
おーいいですね。どんな出会いがありました?
例えばまあ中谷亮太君に会ったのもこのレースなんですよ。
実はね、何個前かわかんないですけど、中谷君もインタビューこのラジオでやっててですね。
あ、そうなんですか。
そうそうそう。ほんで彼のデビューというか、きつめのレースのデビューが標の線なんだよっていうのは私は聞いてたんですよね。
あーそうなんですね。
そうそうそうそう。だから距離とかが僕が詳しいのは彼からちょっといろいろ聞いてた。
なるほど。
そうそうそうそう。
はい、そうなんですよ。
えー中谷君とね、はい。
なんか映像で集合みたいなことがあったんですよ。
えー。
もうまた会ったねみたいな。
あーそういう感じなんよね。
何かでそういうのがあって、その中に僕と中谷君もいてみたいな。
えーそうなんだ。
確かにね。そこでたぶんタンマの話にもつながるんでしょうかね、それもね。
36:06
そうですね。
そうですね。
そうですね。であと、まあもう思い出レースって言ったらいっぱいありますけど。
そうでしょうね。
はい。あとはなんだろうな。
うん。
100キロ越えの大会って、まあ100キロ、100キロあったかな、忘れちゃったけど。
うん。
なんかあの、四国の剣の恵みワイルドホークっていう。
え?俺初めて聞いたそれ。
もう無くなっちゃってる大会なんですけど。
剣のなんて。
剣の恵みワイルドホーク。
えー。
それもなんか長い距離レースで、なんか思い出深いっすね。
えー。結構面白い名前ですね、剣の恵みワイルドホーク。
あ、この前ある。
はい。
えー。だいぶ前。
だいぶ前ですね。
これね、2013から15ぐらいか。
えー。
これ何年に出たんだったかな。
一回やってみようか。
たぶん2014とか、14か、14じゃないかな、たぶん。
あー。
たぶん14ぐらいで出たような気がしますね。
これあれなんですね、距離はわからんけどステージレースみたいになってて。
あ、一泊するんですよ、これ。
あー、へーへー。
そう。
全部って書いてあるから。
で、あのー、なんか一泊ちゃんと宿泊まって、ご飯もついてて、みたいな。
へー。
いい大会でした。
あー、ほんと。
なくなってしまったのが寂しいですけど。
あー。
120キロぐらいありますね。
あ、やっぱり。結構ある。
え、これゼロから剣まで行くってこと?海から。
です、です。中川だっけ?川の河口から山頂まで行くっていう。
ほほほほほほ。
あれですね。
なかなか、なかなかゼロ富士の走りみたいな。
ゼロギバーンみたいな。
あー、そうなんや。
はい。
おー。いや、なんかその標高図あるじゃないですか。
あー。
あれがもう完全にこう、ほら。
そうそうそう。
震えてもって。
登って、登っていくばっかりして。
ゼロ富士みたいやな、みたいな。でも、そうかそうか。
えー、面白いですね。
これも良かったっすね。
ねー。
はい。
なるほどねー。
ま、ちょっとトレランとは違うかもしんないですけど。
うん、そうですね。
で、すごい楽しかったですね。
うん、ロードが結構長かったですけど。
うん。
はい。すごいなんかみんなで。
はい。
行く感じが楽しくて。
あー。
2千メーター上がるってことね。
はい。
なるほど。
39:00
ま、ウォーキング、トレッキング、ジョギングでもいいよって書いてるな。
なるほどね。
でも、でもこれ多分全部ウォーキングだと間に合わないやつなんですよ。
うまいことなってんだ。ちょっと走らないとあかんねや。
そう。
で、なんか結構参加者の中に、あの、歩き、歩きだろうみたいな感じで参加してる人がいて。
うんうん。
うん、これ無理だみたいな。
な、なってました。
なるほど。
えー。
うーん、ま、じゃあちょっと実はトレラン要素が結構ある大会だったね。
あ、そうですそうです。はい。
なんか、はい、ウルトラランダー。
はい。
強い、強いなみたいな。
そうですよね。はいはいはい。
大会でしたね。
えー。
ちょっとこれは初めて聞いて面白かった。
はい。
なんか、なじみのある名前じゃなかったけど、結構面白い大会がある。やっぱ世の中いっぱいあるなと思って。
いやー、そう。はい。これはもうなくなっちゃってるんで。
うんうんうん。
はい。残念ですけどね。
あー、まあ残念だけど。
はい。
他にはどんな感じの大会に。
あ、もうあれだ。たぶん100マイルとかはどうやったんですか?
100マイルは、えーと、どこだろう。最初たぶん、
はい。
あのUTMFが、
あー。
最初だったと思います。
うんうんうん。
はい。
やはりね、日本の。
思いますっていうのは、
はい。
なんか、あの草100マイルが最初だったかもしれないみたいな。
そういうのはあるからね、確かにね。
ちょっと、ごめんなさい。時系列忘れちゃってるんで。
いいえ、全然全然。
はい。
あー、まあUTMF出て、
そうですね、2016ぐらい初めて出たような気がしますね。
おー、すごい。
はい。
大先輩だな。
いえいえいえ。
まだあれ一周してたとき?
いえいえ、一周じゃなくなったぐらいだったよね。
あ、ぴったりなくなったぐらいだったかな。
はい、なくなってすぐぐらいのタイミングだったような気がする。
あー、なるほど。
えー、いや、岡崎言ってたその草100マイルみたいなのも結構あったんですか?
あ、そうですね。あの、なんか、西方くんわかるのか?
はい、はいはい。
西方くんが企画の草100マイルとか。
あー。
はい。
えー、おもしろいな。
はい。
おー、それはやっぱりあれ、長浜っていうか、長浜っていうか。
あー、そうですね、あのー、
静岡のほうで。
そうですね、静岡のほうとかで、
はい。
なんかやってる、やってるっていうか、まあ毎回コースがあるんで。
あー、なるほどね。
毎回コースっていうかなんですけど。
浜松あたりでこう、あるような感じですかね。浜松、確かに。
浜松ですよね、確かね。
そうですね。
あー、そうですね、それとかが、もしかしたら最初だったかもしれないですね。
おー、ねー。
6月先だったかちょっと、忘れちゃったんですけど。
はいはいはいはい。
そうですか。
はい。
うーん、そこからちょっとこう、なんていうか、
42:00
うーん、大会でちょっと上位を、こう、狙ったりとか。
そうそう、もしかしたら上位になったよ、みたいなレースやったらどういうのがありますか。
2016年ぐらいから、ちょっと大会で結果が出だしたんですよ。
おー。
えーと、たぶんジョーシュ・ホタカ、スカイビュー。
はい、スカイビュー。
あれの、あれ100キロぐらいのやつで、
え、130だったっけ、130とか。
130と、はい。
はい。
それで、なんか6位に入れたっていうのが、
はい。
確か2016だったかな。
うんうんうん。
間違ってたらごめんなさい。
いやいや、全然。
そう。
ちょっとあれしましょうか。
はい。
今、調査しましょうか。
いいですよ、僕が調べますんで。
あー本当ですか、そう。
はい。
で、それでちょっと、あ、結構いけるかもしれないなって思ったんですよね。
おー、いいですね。
はい。
で、まあ、そこら辺までは、僕、なんか、給料もやってたんですけど、
ほうほうほう。
まあ、なんか、そこからちょっとバッサリ切り捨てまして。
なるほどね。
はい。
あの、取査選択をしたわけですね。
そうです。
おー。
自家の全部、なんか、トレーラーに使おうって。
おー、リソースを全部付け組むんだと。
そうです。
たまに、いいですね。
じゃあこれで行くぞ、みたいな。
はいはいはいはい。
なんかなってきて。
うんうんうん。
そうですね、その辺からちょっと、結果も意識するように。
はいはいはいはい。
なってきましたね。
うーん。
うん。
あとは、ちょうどたぶんその、それと同じぐらいの歳だったと思うんですけど。
はい。
たぶん2016とか、7、2016だと思うんですけど、それも同じ歳だったと思うんですけど。
はい。
えーと、なんか岡山の。
はい。
えーと、あれだったっけ。
えーと。
あー、出た。
大神忘れた。
新庄ヒルゼン。
あ、これ。
そう、新庄ヒルゼン。
はいはいはい。
スーパートレイル。
はい、フォレストレイル。
はいはいはい。
今フォレストレイルって名前でしたっけ。
なんか大神。
うん、なんていう名前だったっけ。
新庄ヒルゼンスーパートレイルだったっけな。
なんかあの。
この当時のやつはスーパートレイルって名前だね。
あ、じゃあたぶんそんなにですね。
はい。
それ、なんか初めて僕が優勝できた。
おー。
なんですよね。
あ、すごい。
はい。
なんかあの、ゲストランナーで小川壮太さんが。
あ、おー、小川さん。
あのー、コーシュアルプスのね。
あ、そうです。
そうです。
うんうん。
はい。
で、なんか最初僕、初対面で。
はいはい。
あのー、小川壮太さんだって言って最初気づかなくて。
なるほど、はい。
この人めっちゃ早いなみたいなね。
うんうんうん。
気づかないままで。
あ、そう、気づかないまでちょっと行って。
45:00
うん。
あれ、え、もしかして小川さんですかって言ったら、あ、そうですって言って。
あ、ですね、道理で早いですね。
早いわけだ。
そう。
えー。
で、なんか結構この大会の時は。
はい。
あのー、なんか小川さんと僕で独走するみたいな。
あー、そうだった。
感じになって。
うんうん。
はい。
えー。
で、小川さんゲストランナーなんで。
はい。
あ、なんか僕順位入らないからって。
あー、そうなんや、もともとね。
はい。
はいはい。
そうですそうです。
おー。
で、まあでもなんかすごい、なんかいい機会だなと。
うん。
こんな、こんな人と一緒に走れるなんてまたとしてないぞと思って。
そうだよなー、確かに。
はい。
うん。
なんかもう、なんか贅沢な。
はい。
マンツーマントレーニングみたいな。
おー。
ほんと、まあ小川壮太さんとね。
はい。
マンツーで走れるなんて、確かにトレイルランナーからすると結構憧れの時間ですよね。
いや、ほんとに。
えー。
いろいろなんか学ばさせていただきましたね。
あー、ほんま。
はい。
えー。
下り方とか。
はいはいはい。
はい。
なんかスピードは歩数で調節すればいいよとか。
へー。
はい。
えー。
それもだからちょっと丁寧に、なんかこうレースしながら教えてくれはったんですね。
レースしながら。
はい。
はい。
あのー、なんか他の距離のカテゴリーの人とかもいたんですけどね。
あー、そうかそうか。
はい。
で、小川さんと僕で、すいません横通りますーって言って。
うんうん。
結構な休憩車を。
はい。
なんか結構、こんなスピードで行くの?みたいな。
おー。
感じで行っちゃうんで。
はいはい。
途中で食らいついて連れてって。
はいはいはい。
うんうんうん。
はい。
あーなるほどね。
ちょっと後ろ下方とか、まあ見ながら。
あーそうですね。
こんな感じで行くんだーみたいな感じで。
あーそうですね。
あーそれちょっと贅沢な時間ですねー。
はい、本当に。
あーはいはい。面白い。
はい。
まあこれ見てると、その時に1番になって。
はい。
で、ちょっとその前もやっぱり結構そのー、ランクインはいっぱいしてますね。
あーはいはい。
スカイルーはさっきね、6位っておっしゃってましたけど、
はい。
西山調べたと4位ですね。
あ、4位でしたか。
はい。
すいませんすいません。
いえいえ大丈夫です。
間違えました。
間違えました。
で、奥三河パワートレイルが6位ですね。
あーはいはいはい。
奥三河パワーが。
他にもね、あの2025年、2015年にはあのー熊野古道。
あーはいはい。
熊野古道で5位入ったりとか。
はい、そうですね。
いうことできてまして、
お、2018年もですね、あのー、ナギピークスありますね。
あーナギピークスね。
はい、ガフトレイル。
はい。
これの48キロの部で優勝されてますね。
あ、はい。
おーすごい。
どんどんと、あ、奥三河も3位ですね。
あ、そうですね。奥三河は地元なんで、
はい。
結構連れてきてます。
48:00
あ、ほんまですか。
あ、じゃあ板垣なぎさ君とかとは。
うんうんうん。
結構あのーお友達っていうか知り合ったりします?
あーそうですね、はい。
レイラとか。
はい。
パワートレイルで一緒だったんで。
あーそうかそうか、はいはい。
どうですか、はいはい。
あとは、あ、もうあとはこれすごいですね。
ナギピークスも2019年も2位で。
あ、はいはい。
おー。あ、おそらかん。あ、広島ね。
そうですね。
おそらかんってもないんでしたっけ?
おそらかん…あ、10位ですか?
いや、レイズが。
レイズ自体が。
レイズ自体…
あ、ないですか。
おそらかんってもうなくなったんでしたっけ。
はい。
もう無くなっちゃった?
無くなってないなーと思って最近おそらく
あー
無くなっちゃったんですかあれ
あれスカイランニングの大会でしたよねあれ
あー
あ、2023はねある
2023はあるけどな
おー
あ、もうじゃあ
2023ぐらいがね
はい
最後っぽい感じするなー
あ、ほんとですね
うん
いやもう名前がねすごかったから
あー確かに
怖くもってその
出たい
名前がね
大丈夫かなみたいな印象があって
僕もだからトレーニングやり始めたときに
はいはいはい
まあいい距離やしいい名前とか思ってたときってあって
うんうん
いつか出ようと思ってたんですけど
最近聞かへんのは戻ったんで
はいはいはい
まあねーなるほど
おそらかんはあるですね
あの長男を
里街隆史さんさんです
原島で長男が生まれて
であの妻と長男を迎えに行くついでに走った
あはは
さすが
いいですね
はい
そして結果も残し
そうですね
素晴らしい
なぎもある意味ね
土中っていうかね
あ、そうですね。なぎはですね、ちなみに僕のおじいちゃんおばあちゃん家が
あ、そうなんすか
はい。母方のおじいちゃんおばあちゃんが津山氏
あー、津山
はい。で、ちょっと顔を見るついでに走るみたいな
あ、なるほどね
はい
そうなんです
稲葉さんの
あー、よくお存じですね
そうそうそう
はい
はい、ビーズの稲葉さんのね、自己出身の場所で
そうですね
あー、そうですか。ちょっとこれ見始めるとね、僕がねどんどんとね、勝手に話してしまうんで
あの印象の残った話を、ほんま谷川さんから引き出さなあかんへんのにね
はい
すいません
いやいやいや
で、これで言うと結構いろいろな大会、うわーちょっと待ってこれ
2022年のUTMF出てはるんすね
あ、2022、あれですか、雪の時ですか
2022はね、あの天使が雨で勝ったところ
51:00
あー、はいはい
僕言ったら最後のUTMFかな
そうそう、最後のUTMF
最後かもしれないですね
あの
西村さんが勝ったとき
あー、なるほど
覚えてあります?
覚えてます
あの、なんか西村って誰だみたいな
そうそうそうそう
出すやつですね
関西のね、そう関西の強い、あの土井さんをね任して
うん
勝ったんですね
これがですね、実は僕のあの100マイルデビューなんですよ実は
だから谷川さんとは僕のときに走ってますね一緒にね
そうですね
あーそうですかー、まあもちろんね全然タイムが違って
谷川さんは22時間、えー38分ですね
22時間
早いなーもうすげーなー
いやいや
ほんでですね、僕はもう27時間かかったんで
あーなるほど
はい
それでも初めてにしたら結構頑張ったなと思ったんですけどね
いやすごいですね、初めはそんなに
聞いてください、ほんでね、あれなんですよ、その1個前が
はい
あのタイムで、あのーえっとー奥宮さんだったんですよ
あーそうなんですね
はい、あでもこれで見たら違うな
でその後ろが株主さんだったんですよ
その間に挟まれてるって言いたかったんですけどなんかこれで見たら
すいませんちょっと僕の記憶があれやったのかしれないですけど
あー
2個、2個ずつ違いました
えー
僕の2個前と2個後ろがあれですね
あ、奥宮さんと
はい、そうそう
株主さん
株主さん
へー
レジェンドに挟まれるというね
すごーい
うん、奥宮さんがあの睡眠不足というぶっ倒れて
はい
で、株主さんは一番後ろからみんなでハイタッチしながらゆっくり
行って
あー
その間に挟まれたっていうね
そうそうそうどうでもいい話でございまして
いやいやいや
そのやっぱタイミングでも一緒に出てはる、ちょっとあれですね
ここで実は
知らず知らず
知らず知らずそうそうそう
ちょっとだけオーバーラップをしてたということが今わかりました
はい
ちょっと話があるけどその中でやっぱどうやっぱりこう
あのーまあ100キロ級とか100、まあ100マイル級で
うんうん
あのーこうこれはいったなーみたいな気持ちになったレースとかってあります
あーそうですね
なんかまだこの2022のUTMFは
はい
なんか全然うまく走れないなーっていう感じだったんですよ
あ、そうだったんですか
なんかそうなんか僕なんだろうな、なんかこんなスポーツしててあれなんですけど
あのなんかしんどいとかつらいのとか嫌いなんですよね
そうなんや
はい
しんどいのもつらいのも嫌いなんやな
そうなんや
まあまあそれはまあ普通の人はそうかもしれないですけど
はい
そうなんですよ僕も普通の人のんだと思うんですけど
あーそう
なんかそうですねなんかなんだろうな余力を残して走りたいみたいなのが
54:04
なんかなんかあるんですよ
はいはいはい
常になんかちょっと楽しめる心の余裕を持って最後まで行きたいなーみたいな
はいはいはい
でまだこの時のUTMFだと
はい
全然余裕がなくて
あ、そうですか
そうあーなんかもうつらいなーみたいなのが出てきちゃって
はい
ゴールしてたんで
うんうんうん
いやーまだまだ足りないなーみたいな
はいはいはいはい
でなんかそうですね100マイルがちょっとあ自分うまく走れるかもってなったのは
はい
なんかそれこそ本当あの2024年あのレイクベアで
うん
優勝できたんですけど
そう
えーそれはもう
その時そのレイクベアの前に
はい
あのツールド桃太郎っていう
ツールド桃太郎ねはいはいはいまさに地元ですもんね
ご存知ですか
もちろんはい
はいもちろんでございます
地元の地元ですね多分国内屈指の
そうですよね
大移動の
めっちゃむずいでしょだって感想者ほとんどいないでしょ
いや今年は
今年は特にね
今年中止ですね
今年はね途中でね
雪でね
はい
真っ白だからしゃーないけど
そうですよはい
いやー本当きつい草100マイルがあるんですけど
はい
大変
聞きますよ
はい
あれをなんか楽しく走れたんですよ初めて
あー
おーすごいな楽しかったんですね
はい最初から最後まで
はい
あーなんか楽しいなーみたいな
うわーすご
まあなんかきつきついんですけど
うんうん
なんか本当にあのサポートのメンバーが
はい
めちゃくちゃ優しくしてくれる大会なんですよね
あーそうなんですね
はいそうなんですよで
はいはい
まあ地元だっていうのもあるし
はいはいはい
なんかみんなが優しくしてくれて
うんうん
いい雰囲気でずっとやってて
あーこれ100マイルが初めて楽しく走れたって
その時に思えて
おーえーと
その時はどうでした
はい
楽しかったプラス結構進み具合進捗というか速さというか
それも結構いい感じにはまったんですか
そうですねなんか
あんまりその早く早く
はい
なんかタイムを目指してみたいな
うん
大会でもないなって僕は
そうだと思います確かに
そんなあの
はい
あの大会じゃないのはもちろん分かってるんですけど
うまくいけたっていうのが
57:02
あーそうそうそう
そうそうそうそう
ちょっとタイムにも影響があったかなと思ったんですけど
あーそうですね
まあ住民的にはちゃんと一番で帰ってくれる
なるほどさすが
あんまりそれもタイムを気にしてもなかったんですけど
はい
ただとにかく僕は速さとかよりも
なんか楽しく走れたかどうかっていうのが
なるほど
あの判断機能なんですよ
えーなるほどね
そういう意味ではめちゃくちゃ良かったな
楽しく100マイル
100マイルじゃないですけどね
ちょっとオーバーしてますよね
そうですよね
ちょっと10キロぐらいオーバーするぐらい
そうですね
はい
えーなるほど
それでちょっとこううまく走れる気がすると
100マイルも楽しく走れる距離もっていう風に思えたってことですね
そうですそうです
はい
えー
じゃあそこから
じゃあ2023年もねレイクビュアで出られてて
はいはいはい
しかもあのトップ5までね表彰で
まあ4位の入賞っていうことで
はいはい
僕からするとうまく走れたんじゃないかと思うけど
うんうんうん
それよりもその後のモーダロウの方が手応えというか
あーそうですねそうですね
レイクビュア初めて出たレイクビュアも
はい
うん楽しかったし
はい
なんかやっぱすごい良い大会だなって
うん
あの出て思いましたね
あーほんとですか
いやほんとにほんとに
うんうんうん
なんと
そうでまあでも
はい
なんかやっぱり苦しい局面
まあ当然苦しいのが当たり前なんですけど
まあね苦しいことしに行ってるからね
そうそうそう当たり前なんだけど
僕はなんかそういうの無しにしたいって思っちゃうんですよ
あははは
そうそれくらいなんか自分を高めて
うん
うんその全部を楽しんで走れるっていうことが
はい
僕の求める理想のトレイルラーニングが
あーなるほど
はい
えーいやこれねでもあれですよタニックさんね
はい
結構奥深いですよね
あそう
100マイルを楽しんで走れるようにするって
結構難易度高いじゃないですか
いやーそうそう
そんであのこんなこと言ったらやけど
まあそのねダラダラダラダラの100マイルではやっぱ
あ違う
ちゃうと思うから
はい
だからえーっとなんていうんかな
まあそのきつい瞬間に立ち合わないようにするには
うんうん
多分結構ちゃんとしたそのまあマネジメントの
ノウハウとか
あーそうですね
準備と
そう
日々ねあの毎日のきちっとしたトレーニングが
多分ね
あそうですね
積み上げさせて初めてできることだと思うんですよね
1:00:00
そうですね
ですよねうんわかるんですよだからそのタニカさんの
楽しむ100マイルって言ってるのは
うん
まあちょっとね実は普通のあの難易度じゃないな
っていうのはちょっと僕今思ってて
そうですね
だって僕もねタニカさんほどじゃなくて
あの気持ちあのきついのも好きなタイプかもしれないんだけど
あー
やっぱりうまいこと走りたい
ずっと思ってて
いやーそうですよね
難しいんですよねほんとにね
うん
それがうまくはまる言うたら
うんうん
だからタニカさんのねおっしゃることよくわかるし
まあそれがだから桃太郎でうまいこと言って
まあその延長で
レイクビュアも
あですねですね
でトントンといけたっていうので
いけた感じですね
あー
2020年はほんとに
うん
なんか全然なんか疲れてるけど
はい
なんか全然走れるなみたいな
おー
状態で
はい
最後までいけちゃったんですよね
その後のあれではどうでした体調とかもゴール後とか
あゴール後も全然良かったですね
いやーやっぱこう
なんか次の日も
はい
なんかあの応援団で
おー
ちょっとジョブで
マジで
やってるぐらいだったしね
うんうん
そううまくいった時って
ゴール後も結構元気あたりしますよね
あそうですそうですそうです
それはありそう
しかもねタイムも多分ある程度納得できるものになると思うんですよ
最後ちょっと上げれるしね
あそうそうそうそう
これはよー分かりました
種川さんの目指すところが
実はすっごく難しくって
ありみ糸通すような
結構ね
はいはい
繊細な作業やっていくのがね僕分かってましたよね
はいはい
確かによくよく分かりました
なるほどねー
はい
そうゴール後もね元気なんですようまくいった時ってね
いやほんとに
理想ですよねほんとにねそれがね
いやほんとそうなんですよ
あー分かるわー
あーそうか
はい
いやーでもこの時は海外もねチャレンジされてて
あー
あのフォルモサードレールですね
あそうですねそうですね
うん
これはなんとあの海外レースで優勝されてますね
あーそうですよね
はいすごいわ
この時はどうでした?
えっと1ヶ月ちょい終わったんかなレイクビュアから
そうですね
うん
フォルモサードレースをですねあのこれ実は家族全員で行ったんですよね
あいいですねはいはいはい
いやもうね
でも僕も頑張りましたね
頑張りましたね
ねえ分かるわ
もうレース会場に到着するまでが
はいはい
大変で
そうですよね分かるすげー分かる
僕もレース
僕も
分かりますよね
2月2月にね2020の2月に
はい
あのニュージーランドのサラウェラウルトラってあるじゃないですか
あー
いたんすか
あれね家族で行ったんですよ
おー
あれ大変やったほんまに
いや移動きついですよね
移動もきついしね
1:03:00
お子さんまだ小さい感じですよ
えっとね一番下の子がデートを出すその時4歳か3歳
あーなるほど
逆にそれぐらいだったから暴れたりはしないというか
うろちょろはしないから
はいはいはい
妻に任せられたけど
でもその真ん中の子も小学校低学年だったし
はいはいはい
上の子もまだ
そうですね
中1小6そんな感じ
はい
結構せいのでみんなで行くっていうのは大変やった覚えがあるなと思って
そうですね
でフォロモサってどこでしたっけ
えっと
あったらですね台中からちょっと何ですかね本当なんか台湾の島の真ん中らへん
あーそうかそうか
はい
っていう感じの場所ですね
時差としては遅れる側ですよね移動した時に
あーそうですね
向こうが
そうそうそう遅れる側ですね
そうそうそうだからえっと西に向かうんで
乳児はね時差の1時間しかないんだけど
東に行くから早くなるんですよ
あー
でねスタートが2時のシャトルバスなんですよね
現地時間の2時にシャトルバスが来て
4時スタートなんです朝の
はい早いですね
だからもう移動してきて宿にやっと家族でついてですね
はい
その日のうちにあのレンタカーで一旦会場行って受付して
夕方とか夜にやっと宿に着いて準備したらもうシャトルバスが来てて
えー
ほぼ寝ずにスタートみたいな
あーそうなんですか
ほんであの途中で2時間ぐらいだからもうあのバッターンて倒れて寝て
いやー大変でしたね
いやそうだからねすっげー分かるんですよそのご家族でね
まあさすがに台湾とはいえですね
あーいやいや
大変やったでしょうというちょっとそのちょっと共感が今ね
うーっと上がってきてうーっと上がってきてね
いやほんとに
でもその中でまあまあ2時間バッタン倒れてあの僕たちがちゃんとね
1位で帰ってくるっていうのは
ご家族あれじゃないですかみんな大喜びやったんちゃいます
あーそうですね喜んでくれましたね
優勝ですもんパパ優勝だよーみたいなね
はい
いやーそのーえーなんかありましたそのえっと表彰式であったり
なんかこのえっとねフォルモサらしい何かもらえたものがすごいよかったとか
あーそうですねフォルモサらしい
あーなんか布でかいのもらえました
布もらったんすか
なんか今部屋にかけてあるんですけどこれ
あこれ
1:06:00
見えますね
赤のね横のストライプのような感じのものになってますね
はい
えー
これなんか民族衣装らしくて
あそうなんや
はいあのこれあのこれを着ました
あーいいですね
あー面白いえー
いやーであとこの朝いいところはゴールゴビール飲み放題
えそうなんやすげえ羨ましい
めっちゃいいっす
あーそう
でーなんかあのーなんかでっかいでっかい中華鍋1個で
はい
なんか揚げ物やら炒め物やら
はいはいはいはい
ハールブックがある料理人の人が出てて
なんかいいっすねそういうのね
はい
それをつまみになんか
えー
あのー一緒に参加した選手たちと
はい
一緒になんか盛り上がるみたいな
うわーめっちゃいい
はい
どうでしたその100位は
めっちゃいいっす
うまいこと言ったからやっぱり
はい
ビールも飲めたし食事も食べれました
あーそうですね
あーほんまに
やっぱり
よかったっすねー
よかったっすねー
出し切れて出し切れたのにもう
もうねービールも飲まれへんし
もう意味何も受け付けへんみたいな状態じゃないし
あそうそうそうそう
あー
はい
この2024っていうのは結構ね
トントンといい感じに
いきましたねー
そうですね
感じがしますねー
はい
はい
えーどうでしょう
2000
その以降のねところは
うん
つまり2025ですかね
はい
はい
うんうん
2025は
はい
なんか結果こそ出してるんじゃ
出してるんですけど
そうですね
いいすごく素晴らしい順位が
はい
はい並んでますけれども
はい
なんですけど
なんか内容は実は良くなって
あーそうですか
なんか
今聞いたのは
うん
その
えーとあれですね
インドネシアのリンジャニー
あーリンジャニーね
はい
そうそうこれは聞いてなかったんですよ
リンジャニー2のやつね
そうですね
うん
うん
リンジャニーは
あのー
なんか
なんか
これもねやっぱ
はい
レイクヴィラの
えー
あのー
うんうん
二羽香里さんが
はい
なんかあのこれこんな大会あるんだけどどうって言って
おー
二羽さんから言われて
はい
おすすめがあって
はいおすすめがあって
うんうん
いやこれ
いや行きますよこれって言って
おーへー
いや面白そうじゃないですかって言って
はいはい
なんか結構
はい
激しいというかきついという噂を聞いて
あーそうですね
距離距離も
はい
距離というか
類石が
うん
そうですね
あのー
えーと
そうですね
リンジャニーは
うん
あのー
ロンボク島っていう
はい
あのー
ジャワ島の
はい
東隣の島なんですけど
はい
そこの島の中に
うん
あのー
太古宝の山で
うん
あの富士山
マイナス50メートルぐらい
そうです
1:09:00
はい
全然
すごいな
はい
その島の中に
はい
そんな山が
火山ってこと
はい
はい
あのーそびえてまして
おー
ね
あのーシートゥーサミットっすね
ほんままたシートゥーサミット
またシートゥーサミット
いやシートゥーサミット暑くていいっすよね
あー
いややっぱロマンがあるな
ロマンはある確かにね
ロマンがある
はいはいはい
であの海岸に
うん
うん
えーとスタート
あーそうボールは
はい
そこが何歩だったかな
1300ぐらいあったような感じだったんですけど
うんうん
まあちょっと高いところなんで
そうですね高台な感じですね
はい
結構その厚いイメージあるかもしれないんですけど
はい
もう5月だとまだ全然暑くなくて涼しくて
えー
もうエアコンもインドネシアってあんまりエアコンついてる宿ないんですけど
全然エアコンなしで過ごしちゃう
あーそうなんや
はい気持ちいい子ですね
えー
はい
でねあのスタートのところ開発ゼロなんで
はいはい
まあちょっと暑い
いやーめちゃくちゃ暑そうな雰囲気はあるけど
ちょっと暑いんだ
30確かあの時30まではギリいかんかったと思うんですけど
あーでも25半
はい25半ぐらいでしたね
あーでもいいね暑いけど
そうそうそう
えー
でそれでまあ上どこまで上がるんですか結構上まで上がるんですか
あーもうだから
完全にサミットまで行くの
完全にサミットまで行けます
えっじゃあ3700mまで行くってこと
行きます
うわーえげつないレースやな
もうそうですねゼロリンジャにやって
ゼロリンジャにするんだ
ゼロリンジャにする間もまあ
アップダウンが
アップダウンが結構あるんですよ
えーすごいそれめっちゃ面白そう
めっちゃ面白いです
めっちゃ面白そうそれ
いや言ってくださいもう
いやちょっと一気に今興味が湧きましたね
はい
えー面白
今年あれですよあの三浦香里さん
あの去年去年のリベンジで行かれてますし
えー
あとトモさん
あっトモさん
いはらとなかのさんも
はい
あのー行ってます
あっそう
もうちょっといつだったかな
5月4月
そうですね5月の中旬
そうそうそう
午前に
午前に行くぐらいですよねたぶん今年
あっそっか時期ずれてるんだ
この2025年は16日から18日って書いてるけど
どうなったかな
でもそれぐらいですね
まあもうあとちょっとってことね
1ヶ月以内に
1:12:00
はいもうすぐあるはずです
面白いね
面白
あー
ちゃんと調べてなかったっすね
いやいやいや
これちょっと
5月13って書いてますね
あーなるほどね前半中の前半っすね
そうですね
あーそう
へー
いやーぜひ
いやちょ
ちゃんと
100マイルもあるし
100マイルは当然
はい
めちゃきついんですけど
そうでしょうねはい
まあでも100キロとか
うん
60キロとか
はい
ありますしね
結構カテゴリーはいっぱいあるんですよ
だって谷川さん2位で41時間47分かかってますもんね
そうです
はっはっはっは
なかなかです
すごい大会やなこれ
はっはっは
タンバぐらいちゃう
タンバもきつかった
タンバもきつかった
タンバ
そうですねそろそろ中谷亮太くんの話に行きますけど
僕どっちかっていうとタンバのほうがきつかったです
あーそうですか
いやまあ一応ね中谷くんの言葉を借りればね
世界1位
1位ね
世界1位温かいレースということで
そうですね
いやーこれでもすごい2位ですけどね
はい
わータンバ今のはタンバ100
えーと忍者にも2位を
そうですね
タンバも2位を取られてるということで
そうですね
はい
でタイムもまあ44時間ということで
うんうん
タンバはそうだろうなっていう感じですね
そうですね
僕が目指してるのは完走ギリギリラインを
出るとしたら行くことになるかなと思うんで
はい
44時間でもめちゃくちゃ早いなっていう風に思うんですけど
早いな
いやーすごいですね
でもどうですかその忍者に言われたけど
はい
タンバはちょっとやっぱりうまくいかなかったですか
そうですね
なんか忍者に今思い返すと
はい
忍者にのちょっと前ぐらいの練習の時から
うん
なんか若干違和感が出てたんですよ
あー
痛みの
痛みではなかったんですけど
うん
あれなんかちょっと変な感じするなーみたいな
そうなんですか
あったんですけど気づけなくって
うん
まあ大丈夫かな走れるしと思って
はいはいはい
でまあ忍者にはまあ走れたんですよね
うん
はい
はい
でその後からちょっとなんかあれやっぱりなんかおかしいなみたいな
あー
なって
はいはい
タンバのときはもう完全にそのちょっと足引きずっちゃうぐらいの
1:15:01
おおだいぶと違いましたね
立ち位だったんですけど
うん
いやそうなんですよでまあ無理はしないでタンバを走ろうと思って
うんうん
走って
はい
でなんかそのとき暑かったんですよね
あー
うんうん
去年のね
そう
うん
であのーなんか割と序盤で
はい
何キロぐらいだったかな
なんかまだ何キロだっけ20キロとか30キロとか
おお
序盤も序盤ぐらいで
はい
なんかなんか全身つっちゃったんですよね僕
あそう
えー
あやばなんか身動き取れないぐらい
すごいなそんなことに
はい
そんなことになっちゃって
あら
はいででその後ちょっとあーでもあのちょっと休んで水分とって
はい
行ってきたから
うん
もうちょっと行ってみようと思って歩いたんすけど
はい
体育しなくて
あー
えーそんな大変な状態になったんだ
そうなんですよでいやもうこれリタイアしようかなと思って
うんうん
もうリタイアの電話したんですよ本当に
あ本部に
はいごめん
はいはい
誰誰が出たんですかそのとき
中谷君
中谷君が出たんだ
ごめん中谷君ごめん
はい
リタイアしますって言って
はいはいはい
とかわかったって言って
うん
なったんですけど
はい
その後の後続の選手の方々から
はい
いや大丈夫だよ時間まだいっぱいあるからって言って
おーはいはいはい
励ましていただいて
はい
いやーそうですかねーって言って
うんうん
なんか試しにちょっと歩いてみて
はい
でも本当に走れなかったんですけど
えー序盤も序盤でね
はい
とりあえず歩き続けようと思って
うん
歩いてみたら
はい
なんかちょっといけるかもみたいな
おー
って
はい
追い上げてって追い上げて2位になったみたいな
こうだったんだ
はい
だから全然レースとしては
はい
あの本当によくなかったし
うーん
なんならちょっと出走した自分を
はい
今なら叱ってやりたいぐらい
あーなるほどねあの時違和感あったの
そうそうそう
気づくチャンスあっただろお前と
そうですそうです
うん
もっとちゃんと休めよって言いたいですね今は
なるほどね
今戻れるんだなはい
まあね
戻れないですよ
リンジャーリナとタンバーってもう1ヶ月ないですからねこれね
そうそうですね
3週間か4週間ですよね
はい
はははは
そりゃそうですよ
あかんです
違和感もねちょっと股関節おかしいとかねあるのに
そうですね
じゃあどうしたのタンバーの後は
はい
なんかこういっぱい詰め込んでたけど何個かやめた
1:18:00
りとかってのもあったんですか
あいやでもなんかその後あんまりレース入れてなかって
はい
うんでなんかでもその対処の仕方が僕は下手くそだったんですよ
ほう対処の仕方が
いや今までずっと
うん
なんかそういうトラブルあってもう走れば治るみたいな
あーなるほどはいはいはい
はい走ってたら馴染んで良くなるよ
なるほどね走りながら治す理論ですね
そうです
はい
でそれでやってみしばらくずっとそれで続けちゃったんですけど
あーはい
はいあれ治らないなみたいな
おーなるほど
で走行してるうちに
うん
あのそうですねあのレークビアが近づいてきてしまったみたいな
はいはい
はいいやーレークビア出たいなーみたいな
うんうんうん
うんだからそうですねそのレークビアの前にちょっとショートレースが
あってえーと小物フォーピークスっていう
あー小物ですねはいはい
はいあの鈴鹿の
そうですよね
レークビアのポストもちょっと被るところでやるレースがあるんですけど
はい
それちょっとまあ試しに走って行けそうだったらレークビア出ようみたいな
はいはいはい
はいでなんか行けちゃったんで出て
あはははは
だからレークビアはもうちょっとあの本当は休むべきだったのかもしれないんですけど
うーん
まあまあなんとかなるかなと思って出て
はい
まあちゃんとなんとかはなったんですけど
うん
でそっからちゃんと休んで
はい
あのいろいろなんかどうやったら治るのかわからなかったんですけど
はい
いろいろやりましたよ
あ本当ですか
はい
どんなことしたんですか針
カイロ
カイロね
あーカイロ
はい
スポーツマッサージ
あースポーツマッサージはい
はいとか行きましたね
あーいっぱい行った
いろいろ行ったんですけど
うん
結局今何に落ち着いてるかっていうと
うん
あの僕の住んでる春日市の
はい
あのスポーツ整形痛みのクリニックっていうところがあって
はい
そこのリハビリ
うん
はいあのptの方から処方された運動を
はい
あのひたすらやってる今も通ってるんですけど
あーなるほど
それが一番あのちゃんと効いてくれて
はい
はいそれがもうほんと今年年明けから行き出したんですけど
うんうん
はいそっからあの回復してくれて
あー
今に至るみたいな
なるほど
はい
あー
いやちょっと今までのもう独自独自のなんか根性論ではダメやった
1:21:05
だめだった
そうです
ちゃんとねファーストオピニオンセカンドオピニオンいろんな意見聞いて
そうですね
ねで結局だからその動き作りを入れ込んだちょっとその手術みたいな
あーそう
そうですよね
はい
最初はほんとになんか片足立ちでバランス取る練習とか
あー
やって
はい
今だとなんかほんとになんか今日も実はリハビリあったんですけど
おーはいはい
もうマジできついなーみたいな
あーそうなんだ
えー
パンパンになるぐらい
あーほんまなんか筋トレに近いような感じですか
筋トレに近いですね今
えー
あーでもそこのフェーズまでようやくいけたなーみたいな
あーそうか
はい
ちょっと前はできひんかったよね
全然できなかった
やっぺっと仕上げするぐらいから積み上げてやっとこう
あーそうです
できる動きになってきたわけですね
そういうことです
おーなるほどまあでもそれはよかったんかなと思いますね
いやーよかったですね
やっぱりそういうことしないとあかんのですなー
そうですね
ダメなときはちゃんと何がいかんのかっていうのを
うん
うんなんか分かる人に見てもらうのが一番だな
あーそうですね
はい
勝手な判断でねこうちゃうかよって自分でやってたらダメですね
あーそうですね
確かに僕もうわーそうっすねやっぱその
しんどくなったらやっぱ第三者にちゃんと聞いてやってましたので
はい
あーそうですか
やっぱ調べてね自分でそのある程度その
筋肉系って言うんですかね筋膜リリースとかストレッチ
そこら辺は一通り勉強したんですけど
はいはいはい
まあでも実際にどこがどうなんて言うんですかね
まあいわゆる固まってしまってるとか左右とかも全然わからへんし
うんうんうん
で動き作りのところまでいったらもうほんまもうパパパっていうか
分かんないですよね難しすぎてね
あーそうですね
筋肉とかねその行動繋がっててとかね
はい
うーんまあそれやっぱりあの第三者に聞くのが一番早いかなと思いますしね
そうですね
しかもやってみて続けてやっと分かるみたいなところもありますもんね
ありますね
うーん一回こっちじゃ分からんかったりするしね
いやそうですねはい
でもそうすると結構長かったですね今4月ですから
いやそうですね
3ヶ月じゃなくて4ヶ月ぐらい
そうですね
でも11月のレイクビュアから考えたらもう半年ぐらいか
いやまあなんならスタートから考えたらもう1年
そっかほんまやね5月ぐらい
ねそうやね
はい
5月から考えたらまあほぼまるまる1年間とかちょっと悩み続けた感じ
そうですねはい
自分の思うベストパフォーマンスじゃないけど
体がしっかり自分の求めてるところに行き着くまでにはやっぱりそれだけ時間がかかったっていうことと
1:24:02
試行錯誤が結構あったってことか
そうですそうです
あーなるほどね
まあでも学びは多かったんで
はい
でそれになんか気づきもたくさんあったんですよね
はいはい
いかに自分がダメな状態になってたかっていうのが
あー
そこでわかったし
そのなんだろうちゃんと普通に速く走るとかじゃなくて
はい
なんかなんだろうなちゃんとその効率よく走るって言ったりとか
うんうん
もうなんですかね着地の時にほんとにブレブレの状態になってたんだなっていうのが
ははは
ラビリをしてもらって初めて気づいたんですよね
あーなるほどね
だからこれはいかんはずだみたいな
あー
むしろこんないかん状態でよく
よう雇ったらと
そうだからなんか今はまた
はい
そのこれをちゃんとやれば
うんうん
いやもっと伸びれるじゃんっていうのが
おなるほど
ついちゃったんで
はいはいはい
はい
じゃあもうそので今までのやりも効率的にね
効率的に
こう理論的にこう走れるようになってるわけですからね
はい
これはあの次結果出してもらわんと変わるってことですね
ハードル上がってしまった
いやちょっと
次のレイクビュアー楽しみだなってレイクビュアー出てます?
出ます出ます
あほんと
はい
じゃあ僕も出るんですけど
はい
はい
じゃあその時にはもう生まれ変わったあの太刀中谷良太ぐらいの
お誕生日が来るかもしれんと思ったらいいのかな
そうですねあとはちょっと仕事ちょっと頑張ります
はい
そうですね
おだしょー コンディショニング タイムには仕事をちゃんとやん
ないとですからね
おだしょー 仕事だっての趣味 ですからね
おだしょー そうです 近づかない といかんすね
おだしょー そうですね ということ で 一応直りかけというか きっかけ
をつかむところまで来た今回の 広島の話をちょっとしてもらおう
かなと思うんですけれども
おだしょー はい