1. コース管理の現場
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2026-02-12 23:37

第20回|畑さんは何者か(前編)育てられた20代、葛藤した30代

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畑
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畑さんは、どんな現場を通って今に至ったのか。
今回は、これまであまり語ってこなかった畑さんの経歴と原点を掘り下げる回です。

トーナメントコースで育てられた20代。
同世代がひしめく環境で叩き込まれた、職人気質と仕事への誇り。

一方で、初めてキーパーとして現場を任された30代には、
理想と現実のギャップに悩み、葛藤し、
一度はゴルフ場の仕事から離れる決断も経験します。

名門コースでの学びや、
大きな失敗と、それを支えてくれた人たちの存在。

今の畑さんの考え方や、
「ダメになったものを良くするのがキーパー」という言葉の背景が、
少しずつ見えてくる回です。

※話が長くなったため、この回は前編。
続きは次回に持ち越します。

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サマリー

ゴルフコース管理の現場について、元キーパーの畑さんと事務員の田村さんが話しています。滋賀県の信楽カントリークラブでの経験や茨木カントリークラブの詳細が紹介され、コース管理の重要性や苦労が明らかになります。ゴルフコースに関する思い出や経験が語られ、特に茨木カントリーと関西クラシックゴルフ場での出来事が取り上げられています。新たな挑戦や苦い経験を通じて、キーパーとしての気持ちや仲間の大切さに触れながら、サポートし合うことの重要性が強調されています。

番組の紹介と背景
田村
コース管理の現場。この番組は、トーナメントコースをはじめ、数々のコースを渡り歩いた元キーパーの畑さんと、コース管理の事務員の私、田村が、現場で見えることをいろいろと語る番組です。
はい、よろしくお願いします。
田村
年末にさ、私たちは録り溜めしたでしょ。
うん。
田村
だから、私たちの時間軸では、これが新年一発目になります。
はい。
田村
で、私、この収録がなかった時間の間考えてたんだけど、これさ、もうちょっとさ、畑さんの経歴とか、しゃべった方がいいんじゃないの?って。
うん。
田村
思ってる。
今のゴルフ場の話とか、例えばゴルフ場が特定できるような形で何か行ったりするのは、もしかするとよくないのかなって思うんだけど、ここにいましたよぐらいは言ってもいいんじゃないの?
かもね。
田村
そうしないと、ただの本当におじさんとおばさんの会話なのかなと。
なんか、信頼できるのかどうかも分からないしさ、どう思いますか?
そうだね。
その、いたゴルフ場、いたゴルフ場で何をやってたとか、具体的なことはなかなかね、言えないかもしれないけど、ある程度のことは別にいいのかなと思うけどね。
田村
なんかね、そうしないとちょっとあまり分からなすぎて、誰この人みたいな感じだからさ。
そうだね。
なんか、いらぬことを言いそうな気がするけど。
田村
いやいや、そこは気をつけてしゃべって。
そうだよね。
うん。
田村
例えば、いくつか名門コースにいたけど、それが特定されない形で、名門コースってこんなことがあるよみたいな話とかぐらいだったら大丈夫じゃん。
いや、それもやめたほうがいいのかな、分かんないけど。
具体的なゴルフ場名は出さない。
田村
いやいや、出す。
出して。
田村
いや、出しても大丈夫でしょ。だってさ、雑誌とかに寄稿するときとかさ、その経歴とかある程度書いてあったりとかするじゃない。
大丈夫よ。
田村
そう、大丈夫だよ。だから私はそれを今日は掘りたい。
例えば、写真を出したり資料を出したりするのはよくないけど。
田村
そう、あとなんかそのときに会ったお客様の話とか。
個人のこととか。
うん。
田村
ということで、畑さんの経歴を掘り下げる回です。
信楽カントリークラブの経験
どうぞ。
田村
まず、一番最初その研修生としていたゴルフ場の名前はどこですか。
具体的に言うと、滋賀県の信楽カントリークラブ、田代コースっていう。
信楽カントリークラブっていうのは、信楽の奥、山奥のほうにあって、
27ホールの杉山コースっていうのがあるのと、
18ホールの田代コースっていう、この2つのコースがあって、
これは同じ系列のゴルフ場で、そこに研修生をやりたくって入りました。
で、一番最初に入ったのが田代コースに入った。
そこっていうのは、私が入った当初は、
アコムダブルストーナメントっていう、男子のトーナメントをやってたのね。
女子。
それと女子のプロテストの最終選考会を田代コースでやってました。
それでずっとトーナメントとプロテストには携わってきたかな。
田村
すごいね。いきなりそのとこから始まる。
そうなんですよ。
で、それもそんなに長い年数はやってなくって、
だいたい1年足らずやったかな。
2年ぐらいやったかな。2年ぐらい従業員として働いて、
その研修生枠が開くのを待ってた。
田村
うんうん、言ってたね。
その当時、研修生枠が少なくって、現行の研修生もいたから、
なかなかその人数があふれてしまって、入れなかったと。
で、それを待つ2年間があって、その後に杉山コースに転属っていうのか。
田村
えー、なんで?
それはまあ、人数配分の関係だろうと思うけど。
たまたま田代コースは人があったし、杉山コースに行ってくれみたいな。
けどまあ同じ敷地にあるから、なんか転勤っていう感じじゃなかったけど。
田村
うん。
で、杉山コースっていうのは、トーナメントはやってないんだけど、
男性の競技をいっぱいやってた。
で、男子のプロテストの最終選考会は杉山コースであった。
うん、そこでもう研修生になれるんじゃないかって、
うすうす期待をしながら待ってたんだけど、
結局なれずに、ゴルフの練習はしてたんだけど、
なんかこう、コース管理が板についちゃって、
で、なんか認めてもらえて働きを。
で、サブキーパーになっちゃった。
そこで競技を結構いろいろ受けてた。
そういうなんか恵まれた環境で育ててもらった。
田村
その最初、初期の時っていうのは、なんていうのかな。
畑さん見てるとさ、職人気質な感じ。
だけどさ、そういう教わり方したの。
なんていうの、どういう言い方すればいい?
あの、自分はどちらかといえば、細かい性格ではあるんよね、自分は。
田村
そうね、それは。
性格的にはね。
田村
わかる。
けども、職人がどういうものなのかっていう認識は全くない状態で、
教えていただいたグリーンキーパーが、その26歳の後半までで4人おられたの。
その方たちが、皆さんが、今考えてみたらものすごく職人気質で、
それがかなり恵まれてたのかな。
田村
そうだね。
例えば、何か物事に対して背景まで教えてくれるとか、
お客様のことも教えてくれたりとか、
全体を見るとか、そういうのも。
しかも、ゴルフがものすごく上手い方たちばっかりだったんで、
ゴルフを軸にして、全部説明してくれる。
田村
なるほどね。
で、自分もゴルフやってたし、だから余計に入ってきたんだね。
そうだね。
だから、ゴルフとコース管理っていうのは、切り離せない存在として教育されてきた。
改めて何か教えてあげるよとじゃなくて、
自然な環境の中で教育してもらった感じがあったね。
だから恵まれてたのかなって。
田村
畑さん見てると、コース管理に対するプライドみたいなのがすごくあるでしょ?
でも、他のコース管理の人たちと話してると、
意外とそうでもないっていうか、そういうのを感じていて、
その違いって何なんだろうって思ったりしてたんだけど。
それはやっぱり性格もあるんだろうけど、
性格は大きいと思うけど、やっぱり育った環境だと思う。
自分が杉山コースでやってる時っていう環境っていうのは、
やっぱり20代の、同年代の社員が10人ぐらいいたのよね。
田村
コース管理の人?
コース管理の人。
そうそう、そういう時代だったのよ。
だから、血気盛んな、血の気の多い、やる気満々の若者が集まってたの。
田村
時代的にもさ、今のゴルフ環境よりも、
もっとゴルフ業界が熱い時代だったから。
そうだね。だからね、正義感は強いから、
正義感が強すぎて、全員がね、
キーパー大変やったと思う。
それはね、もうキーパーにつっかかっていってなんぼぐらいに、
みんなが思ってたから。
田村
時代だよね。スクールウォーズの時代?
そうそう、まさしくそんな感じ。
それでキーパーとも仲が悪くはないの。
けども、遠慮しない。
もうダメって思ったら、もう勢いに任せていく。若さに任せて。
おかしいもおかしいでしょ、みたいな。
無知なのに、無謀にもいっちゃう。
そんな感じだったね。
だから、仕事も楽しかったし、ゴルフも楽しかった。
両立できてたもんね。
田村
で、次キーパーとしてどっかに抜擢されるの?
それで、そこの同じ会社の同系列の
田代杉山コースの1キロ先ぐらいにある
滋賀カントリークラブっていうのがあるよね。
それは18ホール単体のコースなんだけど、
そこで初めてキーパーに抜擢されて、27歳の時。
っていうのが自分のキーパー経験の経歴の始まり。
始まり始まりですよ。
田村
どうだった?
キーパーをやってみて初めて分かったんだけど、
杉山田代で決起盛んに、無謀にもガンガンいってた時とは
真逆になっちゃって、
逆に自分がそれを考えて受ける立場になっちゃったもんだから、
そういう経験ってやっぱりしたことがないから、
自分の体の中でのキャップができちゃって、
ものすごく葛藤したっていう
田村
キーパー経験の一幕が開いたって感じ。
試行錯誤でね。
だから何も面白くなかった。
田村
そうなんだ。その経験から何が生み出されたの?
今に生きてる。
けどその時は分からなかった。
何が良かったとかない。
もう苦痛でしかなかった。
それで私の上司に食いついたりして、
けどキーパーが食いつく相手っていうのは、
グリーンキーパーでもなく、
経営層の人に食いつくっていうことになるから、
結局そこでも意見が合わずに、
34歳の時までは頑張ったんだけど、
田村
でも結構頑張ったね、畑さんにしては。
頑張った。頑張ったけど、
やっぱりもうチグハグになっちゃって、自分の気持ちの中で。
それで会社を辞めました。
そこまでが一番最初から勤めだした、
ゴルフ場の最後になったかな。
それが34歳だったと思う。
それで辞めて、
何かもうどうしたらいいのかな、みたいな。
田村
その時はもう管理も辞めようと思って辞めた感じ?
そう。一切ゴルフ場には携わりたくないと思って辞めた。
田村
大きな決断。
それは大きかったね。
辞めた時にいろいろ考えることがあって、
失業保険をもらいながらね、半年ぐらいかな。
半年ぐらいは辞めた状態で、
私の知り合いの人に助けられながら、
人生経験の話を聞きながらね、
なんとなく自分の中が落ち着いてきた。
その時にまたゴルフ場の知り合いから連絡をもらって、
大阪府のゴルフ場でちょっと困ってるところがあるんで、
行くことができるかなっていう相談を受けた。
その時にはあんまりゴルフ場にはもう二度と携わらないって思ってたから、
いろいろ悩んだんだけど、その知り合いが後押ししてくれて、
思い切って行った。
それが新たな何か歩みを進める、
歩みを進める。
田村
第2幕だね。
第2幕のきっかけになった。
だからそこまでの人生経験ってすごい経験、自分はしたなと思って。
だいぶ土台になってるね。
そんな感じだね、聞いてるとね。
茨木カントリークラブでの挑戦
で、大阪の茨木カントリークラブっていうところに行くことになった。
田村
私さ、話聞いててもさ、ゴルフがわからなすぎて、
おお!とかそういう反応ができなくてごめんね。
茨木カントリークラブっていうのは、
大阪府の万博記念公園の近くにあるんだよね。
で、茨木カントリークラブっていうのは、
2コースがくっついてる。
東コースと西コースっていうのがくっついてて、
西コースっていうのは、
井上誠一さんっていう設計家が設計された名コースで、
で、トーナメントいくつも受けてる。
田村
あ、またそういうところなんだ。
で、私が携わったコースは、
西コースではなくて東コースの方。
田村
はいはい。
どちらかといえば距離も短いし、
ちょっと横幅もなくて狭いから、
トーナメントには不運気かなっていうことで、
トーナメントは一番最初の、
第一回目だったかな。
その関西オープンが開催された、
由緒あるゴルフコースなの。
で、オープンして今もう100年経ったかな。
私が携わってたときは、
80周年を私いるときやられてました。
だからすごい名門で古いコースだなと。
全国でも古いコースに入る。
まあこのコースが素晴らしくいいコースで、
本当にこんなコースにずっと骨を埋めたいなみたいなぐらいの、
茨木カントリーでの経験
私の歴代大好きなコースのナンバーワンです。
田村
どういうところが素晴らしいっていう。
作り?
やっぱり作り。
雰囲気。
レイアウトっていうのかな。
なんか本当に茨城の街中っていうのが、
あそこにぴったりマッチしてる。
素晴らしいコースだなと思って。
あれが一番好きだね、自分は。
田村
ちょっと全然想像ができないから後で見とく。
まあ何か検索してもらったら。
けど本当ゴルフを知ってる人は、
えー茨木カントリーですかって皆さん口を揃えていい?
田村
ああ、そんなところなんだ。
今年かな、関西オープンを開催するのかな。
節目の年になるはずで、
ちょっとね私も詳しいこと調べてないんでわからないけど、
確か今年あると思うよね。
関西オープン開催から100年目だったかな。
その辺ちょっと詳しくは言えないけど、
記念すべきトーナメントがあると思います。
またテレビで出ると思うので見てください。
見ないか。
田村
見る気がない。
だけどね本当ね、ゴルフ場のキーパーやってて、
あ、ここはいいなって思ったのって、
わずか3コースか4コースぐらいだけど、
あ、やっぱりいいなって思えるコースってなかなかないからね。
田村
じゃあ行ってよかったね、そのいいタイミングでいいところに当たった。
そうそうそう、そうね。
そこではだいぶ鍛えてもらった。
田村
何、どういうこと鍛えてもらうっていうの?
やっぱりコースのメンテナンスに対する概念。
それはメンバーが考えているそのコースの概念。
それからクラブ自体の支配人が考えている概念とか。
田村
ああそういうこと。
設計はそれ以上変えられないけど、
コースのセッティング、メンテナンスの在り方とか、
っていうのが私が言ったときは80年を迎えようとするような、
名門コースにふさわしいメンテナンスってこうなんだよっていうのを、
しっかり持たれているメンバー、支配人、従業員の方がおられたから、
大変だったけど、ものすごく楽しくて有意義な、
約10年近くいたから。
だから一番いい経験させてもらったかな。
茨木カントリーで後継者を作ろうと思って、
女性のキーパーを育て上げて譲って辞めたみたいな感じ。
田村
それ辞めるときはまた新天地に行こうと思って辞めたとか?
新天地を求めて辞めた。
その後に兵庫県の関西クラシックっていうゴルフ場に行ったんよ。
田村
それもお声がかかったの?
それもお声がかかった。
設計家の方に声かけてもらったかな。
それちょっと記憶が曖昧なんだけど。
そこも27ホールで、そこはそんなに名門って言われるコースではないんだけど、
お客さんをそこそこ入れて楽しく回るコース。
そこではね、もうグリーンを枯らしてしまって。
田村
それがそこか。
そこなの。
もうね、あれもそこのオーナーさんも含めてね、ものすごく助けてもらった。
田村
まだ暑いときにコアリングしちゃったってやつ。
暑くなかったからコアリングをした。
田村
戻ってきて。
そこの大失態をしてしまった経験のあるコース。
関西クラシックでの挑戦
田村
この番組でも話したよね。
そうかな。
田村
ちょっと待って。
もう時間がさ、もうこれ第2話行く。
続きに行こうか。
田村
ゆっくり喋れる。
そうやね。
田村
そうしよう。
だから茨木カントリーではある意味、本当にいい経験、いいコースでいい経験させてもらって。
で、兵庫県の関西クラシックでは、本当にいい経験。
これね、本当に真からいい経験させてもらって。
これって本当に、やっぱ人に生かされてるなっていうのを本当に感じた。
数年間だったかな。
ものすごく自分では苦い経験で。
やっぱりね、そこのオーナーさん、それから私の雇い主の方には本当に助けられたけど、
やっぱ従業員の皆さんが私のことを何とか慰めようと。
っていうので事務員さんからみんなが顔色見ながらね、
もう心ここにあらずの私のことをずっと見てくれて、みんなが助けてくれた。
それとやっぱり近隣のゴルフ場のキーパー。
ものすごく私は慕ってたキーパーが何人かおられて、
その中でも運を抜いてすごい、これ言ってもいいかな。
小川ゴルフクラブのキーパー。
もう今はキーパー知りづかれてるんだけど、
その方に本当に助けられた。
もうね、その方に声をかけてもらって、言葉かけてもらって、
ものすごく癒されて、慰められて、自分がそこから立ち直れた瞬間だったかな。
田村
それは何、手法とかを聞いたんじゃなくて。
違う。もう本当にその人なりの声かけをしてくれた。
優しくもなく、別に怒ってるわけでもなく、
田村
それを教えてもらえないの。
それは言っていいかな。
田村
それくらいいいでしょ。
そこまで濁されると聞きたくてしょうがないんだけど。
だから、もうやってしまったことって、
キーパーは維持管理をするのがキーパーではなくって、
ダメなものを良くするのがキーパーであるから、
ダメになることって誰しもあると、そういうことは。
けども、これからが正念場だから。
自分がしでかしたこと、これをちゃんと受け止めて、
良くしようよ、助けてあげるよと。
みんなが助けるから、言ってくれるんです。
田村
なんか、今に生きてる気がする。
本当、本当。本当そうよ。
田村
今そういう考えだもんね。
明日は我が身でね。
いつどういう災難が降りかかるかも分からんし、
何をこう判断ミスでやってしまうかも分からんけども、
判断したことって間違ってないよと。
それだけ。
いいですね。
それをさ、現場で言ってくれて、
その方は本当にそういう声かけてくれたんだけど、
他のキーパーも本当にね、
わざわざ来てくれて、声かけてくれてね。
田村
すごい。横の繋がりがすごい強かったんだね。
それと、今の雇い主のオーナー、従業員の方にもだいぶ世話になった。
枯れた島に対して工事部隊を送ってくれて、
全部張り替える。
そこを今の雇い主の方がやってくれた。
田村
それ、なんかちゃんと説明してないけどさ、
アートソーシング会社にいたんだよね。
そうそうそうそう。
田村
それで、茨木カンツリーの時からどこかの会社にいたってことだよね。
そうそうそうそう。
だから、今の雇い主の方、
それからその時の雇い主の方、
全てに世話になりました。
田村
今の雇い主とその時の雇い主、意味がわからないんだけど。
アウトソーシングの雇い主の方と、
アウトソーシングが依頼した、
下請け会社の雇い主の方。
田村
ああ、そういうことね。わかりづら。
そうそうそうそう。
ゴルフ場の経営者の方。
サポートの重要性
だから、全てに助けられた。
それはもうね、今の肥やしですよ、本当に。
田村
なんか、今の畑さんを作ってる気がすごいします。
やっぱり、つながらないとダメです。
田村
いい話で、今日はおしまいにして、
まさかの、第2弾に次に続きます。
じゃあ、いつものお知らせで、
今日は畑さんの話をしたから、ここはいらなくて、
今日の話を聞いて、
番組を気に入っていただけたら、
フォローやレビューをよろしくお願いします。
質問とか、感想とかは、
Xかインスタグラムで、
ハッシュタグコース管理の現場をつけて、
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概要欄にあるお問い合わせフォームからも、
お送りいただけます。
次の収録の励みとなりますので、
ぜひよろしくお願いします。
あと、畑さんは今、
コース管理のアドバイザーとして活動しています。
番組を聞いて、
畑さんにコースを1回見てもらいたいなと思った方も、
概要欄のお問い合わせフォームから、
お気軽にお連絡ください。
それでは、また次回に続く。
はい、ありがとうございました。
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