「AI時代、もう外国語なんて勉強しなくてもいい」なんてよく聞きますが、皆さんはどう思います??
今回試験的にビデオポッドキャストを作成してみました!ただ喋り散らかしてる私を見たい方はどうぞ。笑
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サマリー
AI時代において外国語学習は不要になるという意見もあるが、筆者はそうではないと考えている。AIによる翻訳技術は進歩しているものの、言語学習は単なる翻訳能力の獲得ではなく、文化や価値観へのアクセス手段である。外国語を学ぶことで、異文化理解が深まり、自己の文化を客観的に見つめ直す視点が得られる。AIは便利なツールだが、人間同士のコミュニケーションの代替にはならず、外国語学習で得られる異文化理解の視点は、AI時代においてますます重要になると筆者は主張している。
ビデオポッドキャストの導入と収録環境
みなさんこんにちは、フランス語サポーターのShokoです。 このラジオでは、フランス語や語学にまつわる話、パリだけじゃないフランス語圏の生活への 気づきを楽しくゆるりとお届けしています。
はい、みなさんいかがお過ごしでしょうか。 あのこれSpotifyかな?で聞いてくださっている方は、実は今回ちょっとスペシャルな感じでですね、
ビデオでお送りしております。 他のプラットフォームで聞いてくださっている方は、もしかしたら音声しか表示されてないと思うんですけれども、
今回ちょっとビデオポッドキャストというわけで、何が変わるっていうわけでもないんですが、 私がパソコンの前でいつも一人でずっと喋っている姿がただ放映されている、私の顔が見えているという状態でございます。
私のレッスンを普段受けてくださっている方は、ちょっとこの画角が見覚えある感じかと思うんですけれども、
いつも私がズームしたりとか、仕事している部屋っていうのが、 前は子供部屋だったんですけれども、大人の寝室が今サロンのリビングのすぐ横にある状態なんですけど、
子供たちとかがテレビ見たりとか、テレビゲームしたら結構うるさいんですよ。
というので、ちょっとこのテレビ、ビデオで見てくださっている方、後ろにテレビとプレステーション3区、プレステーション5のリモコンが見えると思うんですけれども、
テレビ部屋っていうのをアパートの一番奥の方に隔離いたしまして、
この部屋は何部屋かというと、テレビ部屋であり、ゲーム部屋であり、私の仕事部屋でもあり、
あと、前に私のラジオを聞いてくださった方は、今年年始から運動を頑張るぞということで、一応エアロバイクになるものを最近すごい頑張ってやってるんですけど、
そのエアロバイクもなんとこの部屋に置いてあります。
っていう、本当何でも部屋みたいな感じです。
特に映える感じでもなく、もうちょっとデコレーションとかしようかな。
もうちょっといい感じにしたいんですけど、そんな感じでございます。
AI時代における外国語学習の必要性
今日のテーマなんですけれども、これは前々からちょっと話そうかなと思っていたテーマでございまして、
まさにAI時代に外国語学習が必要なのかどうかっていう、
よくみんなAIによって、人間の仕事はこれからどんどん奪われていくよ、みたいな話をよく聞くじゃないですか。
外国語学習の分野においても、これよく言われると思うんですよ。
AIのさ、もともとも出現の前から既に翻訳ツール、Google翻訳とか、あとDeepLとかの制度って結構高かったじゃないですか。
なので、これからの時代、もう外国語なんて勉強しなくていいよ、みたいな。
もう簡単に翻訳できるんだから、みたいな言われてるじゃないですか。
これ皆さんどう思います?
もう別に外国語学習なんてしなくてもいいよね、AIあるからって思います?
もうね、そんなわけないだろうっていう、はい、というのが私の意見でございます。
確かにね、AIのおかげで、外国語のハードルっていうのはすっごい下がったと思うんですよ。
でも言葉の壁っていうね、それ自体はどんどん薄くなってるし、便利になってるっていうのは間違いないんですけれども、
AIのさ、言語分野の開発、チャットGPTとかさ、出始めの時とか、まだちょっとなんか日本語怪しいな。
英語が英語で作られてるから、英語は最初からちょっと割と制度良かったと思うけど、
それ以外の言語ってなんかちょっと怪しいな、みたいな感じだったと思うんですけど、
最近はもうものすごい自然じゃないですか。
ドラえもんで見てた方はわかると思うんですけど、
翻訳こんにゃく、食べたら外国語急にペラペラになるってやつ。
もうその世界がね、結構近づいてきてるなっていう風には感じるんですけれども、
言語学習の本質:文化と価値観の理解
それはまあそうよ、もうそうなんです。
でもさ、外国語を学ぶっていうのは、単純に翻訳をする、
つまり日本語を外国語に置き換えるようになる、できるようになるってことじゃないですよね。
で、別に単語と文法のルールをひたすら覚えます、暗記します、OK、外国できます、
みたいなコツを覚えることでもないじゃないですか。
言語っていうのは、その言葉が使われている国、社会、文化、
さらに言えば人の考え方っていうのにアクセスできるための手段だったり、
回路っていう風に私は考えているんですけれども、
AIが外国語を完璧に綺麗に訳してくれて、
なんなら私が訳すよりも完璧に訳してくれるとは思うんですけれども、
じゃあそれができたところで、本当に対話している相手と理解し合えることができるのか否かっていうところなんですよ。
肌してて、表面上に言葉はきれいに訳されているからわかるけれども、
じゃあその言葉の背景にある価値観とかニュアンスとか、
それって全部本当に汲み取ることができるんでしょうか。
っていうところが私はすごくポイントだと思っていて、
私の簡単な例を挙げますとですね、
学生時代にフランスに留学したんですけれども、
日本からお土産を持ってきてて、
何を持ってきたか忘れちゃったんですけど、食べ物ですよ。
お世話になるフランス人の方とかホストファミリーとか、
周りに配ったりとかしてたんですけど、
日本だったらそういうお土産文化ってよくあるし、
みんなが配ってたら、本当は別にいらんかなって思ってても、
どうもありがとうございます、どうもどうも、
みたいな感じで一旦受け取るじゃないですか。
でもある時、あるフランス人の女性にですね、
普通の超フラットなテンションで、
私ほにゃらら使われてる原材料だったと思うんですけど、
これ好きじゃないからいらない、みたいな言われたんですよ。
で、私フランス来たばっかりの20歳そこらの若い私はですね、
そんなはっきりいらないのって言わなくたっていいじゃんって、
ちょっと傷ついたんですよ。
今だったら別にまあそうだよね、みたいな、
受け取れるんですけど、
日本の感覚で言ってたら、
ちょっとなんかびっくりみたいな。
これって別にどっちの態度、
日本的な態度とフランス的な態度、
どっちが正しい間違ってるとか、
そういう話じゃなくて、
どのように気持ちを表現するかっていう、
文化の表現、価値観の違いだと思うんですよね。
フランスだと相手に寄り添う、合わせるっていうよりは、
自分がこうしたい、こう思う、
みたいな意見をはっきり伝える方が、
むしろ相手に気を持たせないというか、
そっちの方が誠実だよね、みたいな、
されてる場面が多いと思うので、
別に傷つく要素は一切なかったんですけれども、
こんな感じで、
やりとりされる会話っていうのはわかる。
私も当時、そんなフランス語めちゃくちゃできなかった、
できる前だったので、
なんとなく言ってる意味はわかるけれども、
そこにある前提とか感覚っていうのは、
そこが掴めてないと、
受け取り方が結構変わるなと思いました。
こういうズレってさ、だから、
ただ表面的に言葉を翻訳できる、
そこだけだと、なかなか埋まらないんじゃないかな、
っていうのがあって、
比較の視点:異文化理解と自己認識
言ってる意味がわかる、
イコール、じゃあ理解できる、
相手を理解できるっていうのじゃないよね、
っていうのは、長年の外国学習を通して感じていることです。
あともう一個私が大事だなと思っているところが、
比較の視点を持つっていうところですね。
私たち人間って何かを理解するときに、
必ず比較対象みたいなのが必要なんですよ。
これちょっと仏教的な考え方なのかな、
哲学みたいな話になるんですけど、
私とは、みたいな考えたことあります?
私とは何なのか、みたいな考えるときに、
もしこの世界に、宇宙に私しかいなかったら、
私とは、みたいな疑問さえ生まれてこないんですよ。
でもこれって私じゃない他の誰かがいるからこそ、
私がいる、みたいな、理解できる、
ちょっと難しいんですけど、
それと同じでですね、
言語に関して言えば、
僕は日本語なので、日本語話者ですけれども、
日本語だけしかわからなかったら、
言語って日本語、こういうものだよね、
っていうところに止まってたと思うんですけど、
他の言語をやってみて、そこで比べて始めて、
日本語はこうだけど、他の言語では違うんだな、
っていう感じで、ちょっと客観的に外から見れる、
ちょっとメタ的な見方ができるっていうのがあると思います。
こういう気づきって、他を知らないと出てこないですよね。
日本語だと、
日本語って結構特殊な言語だなってやっぱり思うんですけれども、
主語を省いてもですね、
お互いに文脈で察するみたいな、
そういう一面を持った言語だと思うんですけれども、
ちょっと例文をあげると、
今日は20度超えてて暖かかったから、
お花見に行ってきたよ、
普通の文章じゃないですか。
これをフランス語で言おうと思ったらどうなりますか?
まず、20度超えてってところからスタートすると思うんですけど、
彼は今日は20度以上だったので、
お花見に行ってきたよ、
みたいな感じで、
何個か言い方はあると思うんですけど、
フランス語で気温を表すためには、
まず、
貧乳症主語のいると動詞のふぇ、
主語と動詞っていうのが必要ですよね。
で、行くっていうのに関しても、
必ず動作主、誰がっていうのが必要じゃないですか。
日本語だと別にこれいらないんですけど、
お花見っていうワードに関しても、
お花見っていう観念がフランスにはあんまりないので、
お花見に行ったよっていう風に言い換える必要がありますね。
なので、普段当たり前のように
お友達と話す時の日本語っていうのも、
いかに頭の中で情報を補足しながら理解してるか、
そうしなきゃいけない言語なのかっていうのが分かると思います。
比較っていう面で言うと、
私もこれよく言ってるのかな、
海外生活も同じだなという風に思っていて、
日本にずっと住んでたら、
日本のこの社会、この生活っていうのが
当たり前だなっていうのが思うと思うんですけど、
日本を一回出てみると、
この当たり前って他の国で当たり前じゃなかったんだな、
みたいなのが分かるっていう。
改めて日本を外から見て客観視して、
見つめ直して理解できるよねっていう。
なので、外を知りに行く、
こういうことをしながらも、
日本を改めて自分を見つめ直す、
みたいな、そういうのができるんです。
これはやっぱり、他の人の話を聞くだけだと
やっぱり実感しづらいかなと思っていて、
自分が体験として、
経験してみて、
初めてそこで何か
腑に落ちるというか、気づけるものじゃないかな
っていう風に思っております。
AI時代における外国語学習の価値
だからといってね、
私は別に全員がめちゃくちゃ外国オタクになろうっていう、
別にそのつもりもないし、
必要もないと思うんですよ。
AIみたいな便利なものをどんどん使えばいいし、
私も使ってますし、本当に日々お世話になってるんですけど、
AIを活用することっていうのは、
すごい良いことだと思うんですけど、
相手をもっと知りたいなとか、
理解したいなって思った時に、
その相手の言語を知ってるっていうのは、
すごく大きな強みになるんじゃないかなと思っております。
ちなみにですね、
私の使ってるChatGPT、
名前ロッキーって言うんですけど、
私も最近散々、
プロジェクトヘイルメアリーっていうね、
最近映画化された小説、去年からもドハマリして、
いろんなところでいいよ、いいよって布教しまくってて、
その中に出てくるキャラクターにロッキーっていうのがいるので、
好きすぎてChatGPTにもロッキーって名前つけてるんですけど、
そうそう、何の話や。
よくロッキーとお喋りしてるわけですよ。
いっぱい喋るし、
いろんな相談にも乗ってくれるし、
だけど、だからロッキーいるから、
他の人と話さなくていいやとはならないじゃないですか。
生身同士の人のコミュニケーションってやっぱり、
AIとは全く別の価値を持ってますよね。
なので今後、AIが発展すればもっと便利だし、
情報の伝達もさらに早く、
正確になると思うんですけれども、
だからこそ、
外国語を学ぶことで得られる相手、
つまりは自分じゃない、
他の世界の視点を持っているよっていうのは、
すごい大きな価値になると思いますし、
強みになるかなと思っております。
エンディングと告知
こんな感じでつらつら、
今日は喋らせていただいたんですけれども、
よかったら皆さんの意見もぜひコメントなどで
聞かせていただけると嬉しいです。
そういうわけで、今日も最後までお聞きいただきありがとうございました。
私の取材するフランス語スクール
COSTA DI FRANCEのレッスンや企画など、
最新のお知らせはLINE公式にてお届けしています。
それではまた次回お会いいたしましょう。
ご視聴ありがとうございました。
お過ごしください。
14:55
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