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2026-01-15 10:16

ちはるってこんな人⑥別居と離婚とジャーナリング

自己紹介文が作りたくて、自分のこれまでを振り返っています。
今回は人生で一番しんどかった時期、夫との別居、離婚について。ジャーナリングにもこのしんどい時期に出会っています。
今の私をつくる大事な出来事だったなぁと今なら思えますが。

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#自己紹介 #離婚 #ジャーナリング
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サマリー

このエピソードでは、離婚と別居の経験を経て、ジャーナリングと出会うまでの過程が語られます。特に、夫の介護を目的とした別居がもたらした影響や、自己理解を深めるためのジャーナリングの重要性が述べられています。

00:06
おはようございます。1月15日の木曜日になります。こちらでは、アウトプット雑談プログラムとして、私が日々感じたことや思ったことをお話ししています。
少し前から自分の人生を振り返って、自己紹介文を書きたいなと思って振り返っているんですけれども、昨日までに、今の仕事に就職するまでのお話をしました。
離婚と別居の影響
今日は、就職するきっかけにもなった、私が2年半くらい前に離婚をしているんですが、その前後についてお話ししようと思います。
今から2年半くらい前に夫とは離婚をしています。さらにその2年半くらい前、今から5年くらい前から別居を開始しています。
この別居については、夫のお母さんが介護が必要そうだ、みたいな局面になるんですね。
お父さんが亡くなって一人で暮らしていて、その時の自宅から高速道路で1時間くらいのところに夫の実家はあるんですけれども、そちらで一人でお母さんが暮らしていて、
夫としてはそういう時が来たら自分は戻るんだと決めていたし、私ともそういう約束をしたと言って、話を切り出すわけですね。
だけど、確かに娘が小さい時にそういう話は出ている、2歳くらいの時に出ているんですけど、長女が2歳くらいの時にね。
だけどそこから8年くらい全くそういう話は出ないまま来ていて、ある突然そういう時が来たから、俺は年明けから向こうに行くんだって始まるんですよ。
先に行くから、3人は後から来てくれればいいから、タイミングのいい時に、みたいな。
当時上の娘が小学校5年生で、下の娘が小学校入ったばかり、1年生の秋だったと思います。
私は私で10年間ここで地盤を固めてきたというか、当時は契約職員だったけど仕事もしていたし、自分なりのこういう関係というか、そういうのもここで作っていた。
急に車で1時間くらいかかるところに引っ越すって始まるんですよね。申し訳ないけどそれはすぐには決断できないっていう話をします。
夫としては約束してたのになんでだって話になって、そこがその間にもいろいろあるんですけれども、ある突然荷物をまとめて離婚届を置いて出ていくっていうドラマみたいなことが起こってしまうんですね。
話し合いらしい話し合いもしてはいないんですけれども、私当時正社員でない仕事をしていて、ちょうど子どもが小学校1年生になったし、契約職員の任期も切れるという年で正職員転換の試験を受けてみようかなって思っていたりとか、
今の自分の仕事を、もう少しまた仕事をバリバリとまでいかなくてもちゃんとやりたいなって思っていた時期だったので、夫にそういうことも話してもいなかった。
私も悪いんですけど、仕事をどうするのって一応聞いていたんですよね、私の。私も仕事してるんだけどって。そしたら、夫はいとも簡単に、やめてもらうしかないよねって言うんです。
そうなんだと思って。夫と私はもともと職場で出会っていて、上司と部下だったんですけど、私の仕事の仕方とか、私が仕事している様子とかを知っているから、知っているし、評価してもらえていたと当時は感じていたので、
その仕事をやめてもらうしかないよねって。こんな簡単に自分の親の介護のことで言うんだっていうショックみたいなのもあったと思うんですよね。
私たち3人の生活よりも、変な話、どちらを優先するって話ではないと思うんですけど、当時の夫としては、残りの人生が少ないであろうお母さんの方にフォーカスしていて、自分はいずれ戻るつもりだった。
そういう時が来たら戻るつもりだったから戻るんだと、いつも当たり前におっしゃるわけですね。だから何だろうな、すごい残念だったっていうのと、私の人生はこうやって誰かによってある一つで左右されるものなのかって思ったりとか、
夫の言葉を借りれば家族なんだから、そういう大変な局面があったら協力し合うものでしょっていう風に言われたような気もする。言われたのかな、LINEに来たのかな、わからないけど言われたような気がするんですけど、
何か納得できなかったですよね。もちろん引っ越しするっていうこともそうだし、自宅を手放すということもそうですし、いつ帰ってこれるかわからないし、後から来ていいよ、タイミングのいいときにって言うけど、タイミングのいいときってじゃあいつなのっていうのもわからないし、
これから中学校、高校とこの地で暮らしていく子どもが例えば通学しやすいようにって思ってここに家を建ててるのに、今からそれが発揮するじゃんっていうときに、何年かわからないし、またタイミング、戻ってくるときのタイミングとかもあると思うのに、
この人はなんでこんな気やすく言えるんだろうっていうのがすごくそのときの心に残っています。
ジャーナリングとの出会い
それから別教開始して、朝廷とかいろいろあって離婚が成立するんですけど、別教開始して1年後ぐらいにジャーナリングに出会うわけなんですよね。
たまたま友人がブログで紹介していた、ずっとやりたかったことをやりなさいっていう本を紹介していたブログを読んで、なんだこれと思って、本をその日のうちに借りに行って、
モーニングノートっていうのを書き始めるんです。これがおそらくジャーナリングになるのかなと思うんですけど、
当時はね、別教開始してとても不安定な時期で、この生活が長く続くはずはないと思っていたし、金銭的な面とか、
あとはね、ここどうしていったらいいのかわからないとか、なんで今の状況こういう風になっちゃってるんだろうっていうのを、
すごい悶々と考えていた時期だったので、書き出すことで、ものすごくクリアになるまではいかないんですけど、
今の自分の不安な気持ちとか、何を恐れているのかとか、そういうことが少しずつわかるような気がしたんですね。
もともと書くこととか、好きだったので、すごいフィットしたんじゃないかなと思うんです。
それがすごい良かったので、続けていて、それを続けていたからって何かが解決したわけではないんですけれども、
ものすごいその時の自分のモヤモヤとか不安感とか、ちょっと寂しいとか悲しいとか、焦りとか、
そういうのが目に見えてわかったことによって、じゃあ次どうしていったらいいんだろうっていうのが導き出せた気がします。
このままではいけないってなって、ひとまずお金が必要。今の契約職員の時給で働いている年収では、子ども2人を育てていくことはもちろんできない。
そうすると、大変かもしれないけど、正社員の転換ね、ちょうど考えた時期でもあったし、それをもうちょっとちゃんとやらなきゃいけないっていうことに気がついて、
そこから就職活動を開始するっていうことになるんですが、きっと夫と別居してなければ、このジャーナリングに出会うこともなかったんじゃないかなって今思えば思うんです。
新たな安定を求めて
そしてそれをもとに発信しようと思ったりとか、今こうやってスタイフやろうみたいなことには絶対になってなかったと思うんで、
そういう点では本当に本当に感謝しています。おかげで正社員の仕事に就くこともできて、今は安定してサラリーマンとして働いているので、毎月お給料が入ってくる仕事に就けてますし、
それによって子どもたちとも生活していくことに安定が生まれているので、あの夫と別居と離婚がなければ今の私はなかったって今はとても言い切れる状況にいます。
いろいろありますけれども、離婚とジャーナリングに出会うまでを今日はお話しさせていただきました。
またその間を埋めるようなお話は別の機会でしていければなと思います。
お聞きくださりありがとうございました。今日も良き日になりますように。ではまた。
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