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【ふつうの人インタビュー#5】ライフデザイナーあっこ(髙橋あやか)さん
2026-08-21 53:46

【ふつうの人インタビュー#5】ライフデザイナーあっこ(髙橋あやか)さん

私の周りの人のすごい人のお話を伺う『ふつうの人インタビュー』
決してふつうではない方々のお話を聴いています。

5回目の『ふつうの人インタビュー』は
スタエフでも配信されているあっこさんこと髙橋あやかさん。ライフデザイナー、モデルでもあるあっこさんの
会社員時代、その葛藤、退職から現在のことなど伺いました。

🎧タイムスタンプ作成中

📖あっこさん関連スタエフ
#522 退職理由は「自分株式会社への転職」
https://stand.fm/episodes/67e53c75e1bf5593f1351769

【速報】モデル事務所オーディション結果...
https://stand.fm/episodes/688c5b694f1d65b9411203cd


#コラボ収録 #ふつうの人インタビュー #
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00:05
こんにちは、こちらはアウトプット雑談プログラムとして、書くことで穏やかに暮らして私がジャーナリングのように雑談をするラジオです。
本日は久々のふつうの人インタビューということで、あっこさんこと髙橋あやかさんですね、スタイフで配信もすでにされていて、
バンソン会だったりとか、コミュニティだったりとか、いろいろ運営されていて、ご自身はモデルさんだったりとかね、
スタイフで人生を変えたという話もたくさん、もうすでにされているので、ご存知の方もたくさんいらっしゃると思うんですが、そんなあっこさんのお話を聞きましたので、ぜひ、ちょっと長いんですが最後までお聞きいただけますと嬉しいです。
では本編どうぞ。
さて今日は、ふつうの人インタビューです。久々です。2ヶ月ぶりぐらいになりました。
今日はですね、私もスタイフでとてもお世話になっているあっこさんと、今日は呼ばせていただきますけれども、あっこさんとのインタビューを送りたいと思います。
そんなわけであっこさんお願いします。
はい、よろしくお願いします。
ぜひ自己紹介をお願いします。
はい、つい最近ですね、あっこからですね、高橋彩香、なんかカンカンカンって大丈夫かな。
高橋彩香っていう本名を出しまして、ただ引き続きあっこって呼んでもらっても大丈夫ですっていうことで活動しています、高橋彩香です。
えっと自己紹介か、なんかどこから言おうかな。
じゃあ、お住まいと、あと何ですか言いたいのは、お住まいとか迷わないのかな、わかんないけど。
あと基本的な家族構成とか、今の仕事とか。
そうですね、基本情報はですね、今38歳で宮城県仙台市に住んでます。
子供、夫と、あと子供が6歳の男の子、あと3歳の女の子と4人で暮らしています。
仕事は、えっとね、2025年の6月末までは、大学で事務のお仕事をずっと支援社会人の時から14年間やっていて、
そこからは辞めて、今はフリーランスっていうのかな、個人事業主としてフリーでなんかいろいろやってます。
すごいですよね、まだ辞めて1年ちょっとなんですね。
そうですね、青春期に辞めてからはそうそう、1年ちょっとですね。
辞めてからやってるから、大学職員って言ってよかったのかな?
大学職員時代のあっこさんっていうのをあまりこう、配信で古い配信とかで聞くことはあっても、リアルではその時には聞いてないからあまりわかんないんですけど、すごい転身ですよね。
03:09
そうですね、なんか本当にいわゆる普通の人、今ね、普通の人インタビューってありますけど、ザ普通の人として37年間か、生きてきて、ちょっと今変わった人みたいな感じになってます。
でもですよ、なんか普通じゃないですよね、もともと。変な話普通じゃないっていうか、なんか願望みたいなのはずっと持ってらした感じじゃないですか。
そうそう、なんかね、子供の頃から歌ったり踊ったりみたいな、なんか表現活動がすごくなんか好きでやってたんですよね。
人前に出るのも別に嫌いじゃないし、みたいな感じで割となんだろうな、クラスの目立つ人みたいな感じのポジションで来てて、
で、なんだろう、どっからかな、でも普通になんだろうな、思考的には安定思考なんですよね、割と。
だから、高校も新学校行って、勉強もそれなりにできたんで、なんかそれなりの学校行って、それなりの就職してみたいな、
なんかあんまりこう、周りとそんなに離れた選択はしないっていうか、なんか冒険はあんまりしないっていう感じで、子供の頃から来てて、
でもなんか内側にはなんか、なんかなんだろうな、好奇心みたいなのは持ってたと思う、ずっと。
なんか今の話聞いてると、お母さんから見たらね、お母さん目線で見たらすごい王道じゃないですか。
新学校行って、成績優秀で、そのまま大学もいいとこ行って、いいとこ就職して、もう万歳みたいな感じだけど、なんかちょっとあっこさん的には違うかな、みたいな感じだった。
でもね、なんかね、本当にそれこそこのスタイフをやる前までは、なんか違うかなーまでは言ってないっていうか、なんだろうな、
こんなもんだろうな、私の人生みたいな。
なんかね、普通に就職もできて、まあまあ潰れないでしょう、みたいなところに入れたし、給料そんな高くないけど、激務でもないし、それなりに福利厚生もいいし、安定してるし、
家も買ったし、子供も2人生まれて、まあまあこの先このまま行けば困ることはないでしょう、みたいな。
なんかそこがこう、まあ心地いいと思っていた。
まあ私の人生はこんなもんだろう、この延長線上で続いていくんだろうって、なんかこう思ってるんだけど、
でもこのままで本当にいいのかな、みたいなのはうっすらずっとあったって感じかな。
06:05
それはもういくつぐらいからとかわかります?
どうですかね、新社会人の頃はたぶん慣れるのに必死みたいになってて。
そうだね、結婚、子供を産んだぐらいからかな、育休とか、なんかそういうちょっと立ち止まるっていうんですか、そのあたりからかなっていう気はするんですよね、うっすらですよ。
お坊ちゃんが6歳だから、7年ぐらい前ぐらいってことですね、単純に計算すると。
そうそう、コロナ禍で最前線だったんですよ、コロナ禍の本当に外に出ると危ないみたいな、そういう時期で妊婦だったときが。
当時私大学の病院のジムにしてたんで、大きい病院だったんで、コロナの患者とか運ばれてくるようなところだったから、
もうすごい、とりあえずそのときは自分の将来とかっていうより、今が冷やかされるみたいな感覚だったから、
一人目の育休のときはもうコロナがあったことで、どっちかっていうと、そこまで将来っていう感じじゃなかったんだけど、復帰してからかな、育休から復帰して、
ワーママとして働き始めたときに、時短勤務を選ぶわけで、そのあたりでなんか、だんだんうっすら、たぶんもっと前からうっすらあったんだけど、このままでいいのかな?は、たぶん。
高校大学ぐらいからうっすらあったのが濃くなった感じ。このまま私この組織で何十年も働くんかな?みたいな。
ワーママとしてみたいな感じかな。
そうよね、だって忙しいですもんね。働きながら子育てするって、これって何の罰ゲームって感じですよね。
そうなんですよ、結局組織が大きいってのもあるけど、何だろうな、いろんな人いるじゃないですか。
いるよね、大学って。
いろんな人いるんですよね。自分はそれなりにテキパキやるほうだから、どんどん気になってくるんですよね。自分が時短勤務の中で、いろいろ効率的に考えてやってる中で、まったり仕事してる人とかを見るとやられたりとか。
そうですよね、いますよね、そういう人もね。
そうそう、この人のほうが私より給料もらってるのなんだみたいに不便が募ったりとか、ですよね。
で、たぶん子供いる間ってこのまま時短だよなとか、ちょっと物理的に距離もあったりとかして、フルタイムもどんどん厳しいよなとか思ったときに、
でもそもそもこの組織の中で上に行きたいのか私はっていう疑問もあったし、
09:03
そもそも別に好きと思ってあまり働いてなかったっていうのがあって、
ライスワークみたいなのがあんまないって感じですか?
ライスワークとして張り切ってやってた部分があったけど、
結局ライスワークと育児と家事とかで終わっちゃう一日がっていう人生になんか疑問が出てきたっていうか、
ちょうどそのお子さんで復帰したぐらい。
そうですね、そっからちょっとなんかこのままでいいのかなが強くなってきた感じ。
そっから特にスタッフまではまだもうちょっと時間ありますよね。
一人目の育休のときにボイシーに出会ったんですよ、まず。
そこで耳活は一人目の育休から始めてて、
いっぱいこうインプットしていくと、
けいに今のこの現状となんか自分がどんどんこうアップデートしていくと、
なんかズレが感じる?
またもやもやしてきたりとかして、
なんか自分でもやりたいなみたいな気持ちはずっとあったんですよね。
だけど忙しすぎて、発信しようっていうところまではなかなか行かなくって。
インスタとかは特に魅力的にやってたわけじゃないってことですか?
ないですね。ただね、発信活動としてはやってないんだけど、
多分発信好きなんですね、私。
だからリアルの私、あやかとしての鍵付きのインスタのアカウントはあって、もともと。
知り合い向けにただ思い出に載せたりとか、
日々の思ったこととか載せるのは結構普通に。
それはね、割と知ってたかな。
結構頻繁に更新してるタイプでした。
はいはい。
発散するみたいな感じでやってました。
近況報告も兼ねて。
そうそう、とか普通に子育てしんどい!みたいな。
子が寝なくてしんどいとか、すごいすごい。
でも素直に言えるのって、
ストーリーズでね、めちゃめちゃね、子育ての悩みは吐き出しまくってました。
そうですよね。
私とかはやっぱ10歳ぐらいだから、
どのくらいそういうことがまだちょっとできなかったなと思っていて、今。
なんかちょっと恥ずかしいことみたいな、そういうの思っちゃいけない世代。
しんどいけどしんどいって言っちゃいけない世代みたいな。
ですよね。
そう、だから親とかにはちょっと言えなかったかな。
そうですね、きっとね。
ですかね。
3年でしょ。
3年って言っても3つ違いだから、2年ぐらい働くとまた育休とかに入ったりする感じなのかな。
それで、結局だから育休のタイミングで、ちょっと本格的に発信してみようって言ってスタイフ始めたんですよね。
12:01
そこからもうスタイフが楽しすぎて、
元々の高橋彩香のアカウントに全く触んなくなったんですよ、私。
みんな私がね、育休に入った瞬間からパタッと触んなくなったから、
逆に心配になるよね。
逆に一部の友達は、彩香、大丈夫?病み落ちしたみたいな。
なんかあったんじゃないかって思われて。
心配してたっていうのはね、後日談で聞きましたね。
そっか、そこからスタイフに切り替えるっていうか、やってみようみたいな感じになったのって何かきっかけあるんですか?
本当ね、もともとやっぱりその発信してみたいなっていうか、
なんか別に、働き方とか人生とかそういう大きく変えようまでは思ってなかったけど、
やっぱりボイシー聞いていろんなインプットしてたら、
やっぱりこれからは個々の発信力大事なんだろうなみたいなことなく思ってて、
何につながるかわかんないけど、やってみたいなっていうのは、
だからもう2人目妊娠したタイミングで、よしじゃあ産休に入ったらもうやろうって決めた、ピン止めしたんですね。
産休の初日からやるって決めたんですよ。
多分ずるずるしちゃうと、また今度産んだら産んだら大変じゃないですか。
だから産む前にちょっと慣れないと多分続けられないと思ったから、
だから産休の初日に発信を取った記憶がした。
すごい、その行動力。
でも絶対大学職員として働いてても絶対違ったはず。
私見たことないけど、
普通じゃなかったはずってことですか?
普通じゃなかったはず。
絶対すごい人って読まれてたはずと思います。
でもね、なんだろう、専門性はめっちゃ低いっていうか、知識の量とかはそんなにないし、
大学の職員って結構その移動でコロコロコロコロ仕事内容変わるので、
だから私直近は会計の経理やってたんですけど、
信じらんないけど。
その前は総務みたいなのやってたし、
前は契約、入札とか、ちょっとかしこまった、結構でかい規模の仕事をしてた。
結構コロコロ変わるから、
なんていうのかな、専門性スキルっていうよりは、
もうなんかコミュニケーション力だけで何とかやってたみたいな感じ。
必要じゃない?あの組織そういうの。
そうそう。
だから下手な人いっぱいいませんだって。
コミュニケーション下手な人が多すぎ問題で、
めちゃめちゃ重宝されてたはず。
でもだいたい純活有的存在みたいな感じで、
そうだね、今思えばそれこそ人と人つなぐとか、
なんか詰まってるところをちょっとみたいなこととかは、
15:01
やってたのかもなっていうのは振り返るとね。
私は分かんないことは割と聞けるタイプなんですよ、素直に。
割と素直に頼れるタイプなので、
なんか知識的に分かんないとか情報が足りないときは、
結構いろんな人に聞いたりとかして、
だからそういう意味では戦力になってたのかもしれない。
いやいや大事ですよ、そういう人は多分。
そう思います。
ああいうなんか組織も大きいし、
偉い人がいつもウロウロしてて、みんなが気使っててみたいな、
っていうのはずっと感じてたんですけど、
そういうモヤモヤする感じ。
ところで、やっぱりあこさんみたいな人がいたら、
職場としてはね、すごい良かったはず。
一人目の育休が終わって、戻った時に課長と面談があったんですけど、
最初に言われたのが、今ちょっと空気悪いから頼むみたいな。
ひどい。課長も分かってて。
育休復帰早々に、ちょっと人間関係ヤバいから、
ちょっとよろしくね、みたいな感じだったから。
それ、一回は復帰するんですもんね。
そうです、一回復帰して。
どのくらい働くんですか、復帰して。
復帰したのが6月だから。
丸一年?
そうですね、丸一年ですね。
働いて、辞めることを決心して。
働いた瞬間は、ちょっとやっていこうかなと思ってるんですか、復帰した時は。
そうそう、これもね、スタイフで収録してるんですけど。
見てなくて。
いやいや、あれなんですよ。
復帰する時は、復帰する前にコーチングとか受けたりして、
辞める気はなかったんですよ、その時は。
そうなんだ。
辞めたい気持ちもありつつ、
でも、今このまま辞めるのもちょっとむずいなって思ってたし、
あとは、今職場で自分がやれることやりきってから、もし辞めるとしても、
やるよ、みたいな気持ちで。
会計業務が向いてないってことは、はっきりわかったんですよ。
だから、自分がもっと楽しく働ける部署に移動するっていうことを、まずはアクションを起こそうと思って、
人材育成とか広報とか、絶対そっちの方が私、活かせるって思ったから、
この育休でつけた発信力を勝てなくて、やったるぜ、みたいな気持ちで復帰したんですよ。
辞めるつもりはなかった、復帰した時は。
ただ、上司との面談の時にも、初日に伝えたんですよ、復帰相談。
実は、育休中にいろいろ考えまして、こういう思いを持ってますっていうのを伝えた時に、
それはちょっと現実的に無理だろう、みたいな感じになってしまって。
18:00
それが、人材育成の部署とか広報の部署って本部なんですね。
大学全体の大きい中の本部ですけど、私が時短職員以上、職員の代わりの場所にしか移動できない、基本的に。
なると、本部には時短の職員ってあんまり配置されてないんですよ。
その状態だよね、たぶん。
そうなんですよ。
はい、すみません。
なって、ガクッて来ちゃったんですよね。
ただ、でも、まだやれることがあるだろうと思った。
人事とかに結構権力がある上司が、前の職場の上司だったんですよ。
そんな仲良くなかったんですけど、ここはと思って、メールをして。
すごい。
私、こうこうこういう状況で復帰したんですけど、今こういう思いを持ってますみたいな感じで、思いを綴ってメールをしたんですよね。
その人から、ズバッと無理だろうみたいな感じに言われなかったけど、そういう思いを持って復帰してくるって、本当に素晴らしいことだと思う。
だから、そういうチャンスがあれば渡したいなって思うけど、現状はやっぱりこういう仕組み。
だから、すぐにっていうのはちょっと難しいかもね、みたいな反応ではあったんですよね。
だけど、まず一旦私の気持ちは伝えられたと思うんで、しばらくは、まず1年ぐらいは、まず自分の今いる部署で
一旦勤務だけど、フルタイムの人と同じかそれ以上、パフォーマンス出せる人材だということを証明しようと。
あるですね、もうこれは。時短あるある。
そうそうそう。そういう気持ちで、やるかって感じで、まず1年はやろうみたいな感じで、復帰しました。
でも、1年後に辞めちゃうんですもんね。
そうですね。
辞めよっかなーみたいなのは、どのあたりで決まるんですか?
辞めよっかなーはね、復帰して。
すごいモチベーションで、高いモチベーションで行ってたわけじゃないですか。
そうそうそう。やってあるぜ、みたいな感じだったんだけれども、なんかやっぱり日々の業務が本当に興味がなかったんです。
面白くなかった。
なんかやっぱり、この時間もったいないな、みたいな気持ちになってきちゃって。
当時、もうすでにサービス出してたんですよ。
あ、そうなんですね、はい。
復帰する前から、よく小学ではあるけども、有償でモニターみたいなのはやってたので、
お昼休みの12時から1時の間に駐車場に戻って、車の中で限定ライブでセッションしたりとか。
かっこいい。
そう。朝も早く職場に着いて、修行の前の時間に朝ライブしたりとか。
21:06
へー、すご。
ふわふわふわって言っちゃうね。大丈夫かな。
言っちゃう、なんだろう。
そんな感じで、隙間時間でとにかく夜も夜でセッションしたりとか、なんとかかんとかやってたんですけど、
こっちもっとやりたいって気持ちがだんだん増してきて、
この8時間ぐらい、なんかこの仕事してる時間、なんとかそっちに注げたらどうなるのかなみたいなのは、
働きながらだんだん思いが増してきたっていうか。
で、副業禁止だからなおさらですよね。
副業禁止だから、そうそうそう、それもあって、だからもうこれは決めるしかないんだろうなって。
で、そうそうそう。
決めてからは結構早かったですか?
1年じゃあという間じゃないですか。
そうですね、あという間でしたよね。
だから、その副職してから、それこそリアルスタイフ関連のリアルイベントとかも出たりとかして、
ネイルとかもすごい派手なネイル、普段絶対しないようにして、
絶対職場の人にこの人どうしたみたいに思われるだろうなって思いこそこそ、
週末は東京で踊り、帰ってきて普通に平然と出勤して、会社員してみたいなことをして、
でもね、決まったのはいつだったんだろうな心が。
でもじわじわかな。
その時にバンって決まったっていうよりは、
あれなんですよ、仕事辞めようって決めた時に、
来年、当時ね、その次の誕生日までには会社員を辞めるって決めたんですよ。
次の誕生日、2025年の誕生日ってことですか?
そうそう、2025年の8月5日までに会社員を辞めるあっこがっていう枕詞を使い始めたんですね、冒頭の挨拶で。
スタイフでアファミエーションしたんですよ。
決めきれてないよ、決めきれてないんだけど、
はいけど、言ってみるってことですね。
言ってみようと思って、
それを続けてたら、やっぱり脳が騙されて、
辞めるんだな、みたいな。
辞める方向に脳が動き始めて、
そこがじわじわです。
6末で決めるっていうのは、区切りのいいところみたいな感じですか?
決算が、大体5月の終わりにいくぐらいかな、
24:01
ある程度その年次の決算が終わるから、
ちょっとそこまではなんとなく自分の責任が、そこまではやりたいと思ってて、
そしたら、6末で辞めて、その前にね、有給消化して、みたいなイメージでいたんですよね。
で、ただ言えなかったの、ずっとね、上司に。
なんだけど、これもね、スタイフでライブしてるんですけど、
突然ね、上司から呼ばれて、
あやかさんって、来年こういうプロジェクト回そうと思ってて、
それのリーダーやってほしいんだよね、って。
来年っていうのは、2025の話じゃなくて、もっと先の話ってことですか?
来年にまたがるっていうかな、2025年から6年にかけて。
っていうのを、え、時短だけどって思ったんだけど。
そこで時短なのに、そういうでっかい仕事持ってきてねって感じですよね。
だけど、多分そのコミュニケーション力っていうか、
そこら辺で多分適任だと思われたんだと思うんですけど、
それを言われて、ちょっと明日それのミーティングだからみたいなこと言われて、
急だね。
急に。
私辞めるんだけど、と思って、
その日に帰ってきてから、ライブして。
そのライブめっちゃ面白かったですよね。
ほんと?
やばい、どうする?みたいな。
スタッフ上では、もう辞めるって宣言してた。
だけど、課長にこんなこと言われた、どうしよう?みたいなライブをして、
そこにいろんな人来てくれて、
いや、これはもう言わないと、このタイミングでしょ、みたいな。
これは言えってことだ、みたいな感じで。
盛り上がり、どう言う?みたいな。
なんて言おう?みたいな。
起業するとか、
どう?みたいな。
止められそうですよね。
いろいろそこでも、いろんなスタッフの人にも、いろんな意見もらったりとか、
チャッピーとか話したりとかして、
次の日に、ちょっと課長に時間作ってくださいって言って、
打ち明けたんですよね。
辞めようと思ってるんですって。
一応、その時は、
転職って。
仕事したい、みたいな感じで。
決まってる、みたいな。
決まってる?
決まってるっちゃ決まってるよね。
そこで、自分の中で嘘をつくって思うと、すごい罪悪感があるから、
私は自分株式会社に就職する、転職するっていうストーリーを作ったんですよ。
チャッピーとコミュニティして。
自分株式会社というPR会社に、
発信とかね、こういうことをメインでやるような、発信とか広報とかをやるPR会社に、
知人のご縁があって、
転職することになってて、
決まってるんだけど、今決算が終わるまではっていうことで待ってもらってる。
27:04
なるほど。
っていう、嘘じゃないじゃないですか。
嘘じゃないよ。
嘘じゃない。
全然嘘じゃないから、
それを伝えて。
納得してるんですか?課長はそれで。
おーってなるんですか?
決まってんなら仕方ないな、みたいな。
嘘?すごい良い人。
だってもう相手って。
決まってるからね。
そうそうそうそう。
それ多分企業って言ったら分かんなかったですけど。
そうだね。会社は決まってるからね。
相手があるからね。
うんうん。
っていう感じで、
そうそうそう。
あ、そうなの?みたいな。
困ったな、みたいな感じで。
もうね、おっしゃってるから。
課長としても、
あやかさんやれますよってことで。
そういうモチベーションできてるから。
でも、
個人的には、
辞める時まででいいからやってほしいって言われたんですよ。
それいつ頃言われてるんですか?
それはね、
3月ぐらいかな。
3月ぐらいかな。
うん。
じゃあもう3月の段階で
あやっこさんはもう辞めるって決まってるってことですよね。
そうそうそう。
そういう時点では。
ですです。
で、とりあえず、
通勤してる間はやりますと。
出勤してる間は、
やっぱり引き継ぐっていうことにはなったんですよ。
全うすると。
で、そこから徐々に係長とか他の人たちに伝えて、
引き継ぎをしながら、
これで3ヶ月あたりにはもう、
入居許可に入ったかな。
すごい、計画的。
っていう感じでした。
すごい。
すごいね、周りはやっぱりざわつきましたね。
自分株式会社に転職するアコースについて。
リアル会社としか言ってないんですけど、
一番直近の直属の係長がポカーンってしてて、
え?みたいな。
ネミミニ水だから。
PR会社って何する?
大丈夫なの?みたいなね。
そこにもめちゃくちゃストーリーがあるし。
そこから1年後か、
ほんとちょうど1年後ぐらいなんですけど、
あれなんですよね、
今年に入ってから、
大学に行きまして。
それ聞きました、私。
聞きました?
あれは嘘っていうか、
転職ではありませんでした。
って言ってメールを渡してきました。
かっこいい。
やっぱり本当のことを言いたいっていう気持ち。
騙したままではね。
嘘ではないんだけどさ、
堂々とやっぱり伝えたいっていう気持ちになったので、
当時の課長はもう移動していなかったんだけど、
30:01
部下課長とか一緒に働いてた人たちは残ってたので、
名刺渡してこんなことをしておりますって。
かっこいい。
またそれはそれでざわついて。
羨ましいのあるわけよ。
やめるって言って挨拶回りしたときは、
みんなにいいなって言われました。
やめたいんだよって言い方変ですけど、
ちょっとそっちの世界を覗いてみたいみたいな気持ちもあるじゃないですか。
そうなんですよ。
やっぱり大きい大学の安定みたいなところなので、
潰れないだろうって思ってる。
手放すって言う勇気はみんな、
やめたいけど手放す勇気はないみたいな感じ?
分からんけどないですね。
変な話、座ってたらお金もらえるじゃないですか。
本当そんな感じ。
それがいい人もいるもんね。
そうそう、それがいいって言う人もいるから。
前の職場でお世話になった上司とかに挨拶言ってても、
なんで有能な人からどんどんやめていくんだろうみたいなこと言って。
本当で、やっぱりそうなんですよ。
そうなんだよね。
なんでやめていくというかね。
やっぱ行動力とか、先を見たりとか。
自分でやりたいことが結構はっきりしてる人が多いじゃないですか。
そういう方って。
今まで培ったスキルを別のところでみたいな。
パッていけるから。
本当にそういう人からお辞めになる。
やっぱそうなんだ。
あの人も辞めちゃうんだとか。
怒るの。えぇ?っていうのは結構あります。
それは大学に限らずですけど。
今ちょっと私聞いてて、モデルさんも今やってるでしょ?
そのモデル業はここからスタートするんですか?
辞めてから?
辞めてから、正式に言うとまだ6月になってなかったから、
5月だったから始めたのは。
もう辞めるって決めて、救急症科に入ってた時に、
これもスタイフなんですけど、
ずっとスタイフが絡んでるんですけど。
スタイフすごいよね。
あこさんの話聞いてると。
本当にスタイフで何気なくライブしてた時に、
モデル?写真撮る?被写体みたいなのもやりたいんだよな、
辞めるし好きなことやりたいな、みたいな。
言ってた時に、モデルとか応募してみたら?みたいな感じで。
それさらって言ってくれた方がいるんですね。
何人かからね、ポンポンポンって。
やれるよ!できるできる!みたいな。
確かに応募するだけただだしな、と思って。
しないことには何も始まらないですからね。
やっぱり願望あったんですよね、子供の頃から。
33:03
小学校?中学校ぐらいかな?
ミコラとか、知ってます?
知ってます。
ああいう雑誌は見てて憧れはあったんですよね。
子供の時に読者モデルとかもやって応募したいなって思った時あったんですよ。
相談もしたことあったんですよ。
ただしなかったんですよね。
応募してほしくて相談したんだけど、背中押されなかったからやらなかったみたいなんですけど。
やられちゃったパターン。やめないよって。
やめないとは言われてないの。
ああ、そういうのあるんだ、みたいな。
でもやっぱりこんなどいなかだと難しいよな、みたいなニュアンスで、
たぶん私が喋って、まあそうだよね、みたいな。
やってみなよ、みたいに言われたらやってたかもしれないんだけど。
でも今思えばね、そこに私の意思がね、やっぱり親に委ねてる部分があった。
そこで私の行動力はそこで出なかったんだよね。
なるほどね。
なんかちょっと残ってたり、東京でもスカウトされたことあったんですよ。
何それ?
ラフォーレ原宿近くを旅行してて、歩いてたら、タレント事務所みたいなところから声かけられて、名刺渡されたんですよ。
怪しくないところ?
たぶんね、怪しくはなかったと思うんだけど、私怖くって田舎者だから。
怖いですよね、急に名刺渡してきたらね。
捨てちゃったんだよね。
だからちゃんと調べるってない。
みたいなこととか、チャンスあったのに逃してきたなみたいなのは、なんとなくしこりとして残ってて。
今日それこそインスタにあげたんですけど、
うん、見た見た。
社会人になったときに、たぶんそういう思いがずっとあったから、
みくしってやってて、
難しい。
そこでコミュニティみたいなのあったじゃないですか。
そこに仙台で写真を撮りたい、撮られたいみたいなコミュニティがあって、
そこにピンと私のアンテナ反応して、
なんかちょっとやってみようかなと思って、別にお金もかかんないしなと思って、
20代の25とかの若いときに、3回くらいかな、同じ方だったんですけど、
撮影一緒に行って撮るみたいなのをやったときにめっちゃ楽しかったんですよ。
でも恥ずかしくて誰にも見せてなかったんですよね。
ずっと自分の中にしまっといたんです。
友達には何してんのとか言われそうだし、
しばらく見せれなかったかな。
ちょっと時が経ってから仲良い子にだけチラッと見せたぐらいで、
そのときは全然恥ずかしくて見せられなかった。
自己満って感じ。
っていうのがあって、
なんかやっぱりやりたいんだなって思ったから、
36:00
それをスタイフでちょっとぽろっと喋ったらやってみなよってなって、
じゃあどこに応募しようってなったときに、
これもスタイフなんですけど、
私のスター友さんで伊藤優子さんっていう三重県でコーチングされてる方がいるんですけど、
この方がそれこそインタビューですよ。
インタビューしてた配信で、
しばらく前にエピアンドカンパニーっていうモデル事務所の社長と対談してたのを、
私ずっと記憶に残ってたんですよ。聞いてて。
その人パリコレで歩いてたんですけど、
そのインタビューを聞いたときもすごい私のアンテナに引っかかってて、
コメントもしたし、
しばらく時間経ってたんですけど、そこからは。
でもモデル事務所どこを応募しようってなったときに、
ピンってそれ思い出したんですよ。
あ、あそこにしようって思って、
すごいそのときに社長の話も聞いてて、
この人素敵だなって思ってたし、
どうせ応募するんだったらやっぱり、
いいって思う人のやってるところに行きたいじゃないですか。
と思ってそこから調べて、
普通に申し込むのもなぁと思って、
それこそ伊藤優子さんと最初ランチ行ったんですよ。
誘って。
で、私ここの対談してたこの方の事務所に応募してみようかなみたいな話をしたんですよね。
そしたら優子さんが、え、じゃあ一回直接DMしてみたらって言ってくれて。
すごい。
え、あーまあ確かにでも伊藤優子さんから紹介してもらってって言っていえばね。
うんうん、ちょっとね、あれですね。
インタビューも聞きましたって。
熱意伝わるかもと思って普通に応募フォームからやるより。
と思ってDMしたんですよ、その日のうちに。
すごい。
で、じゃあ分かりましたってなって、まず一旦普通の申し込みフォームから最終的には応募することにはなったんですけど、
そこで1対1で面接みたいなのがあって、合格したっていう。
もうそれは辞める前?
辞め、合格したのは辞めてからかな。
動き出してはいたけど。
動き出したのは辞める前から動き出してて、
でも合格のね、メールが来た時も速攻ライブしたんですけど。
すごいね。
全部スタッフに還元している。
私のこの高揚感そのままにライブしたりとか、
それも全然知らない人が来てくれて、
おめでとうございますみたいに一緒にお迎えしてくれてみたいな。
すごい人数来たんですよね、その時。
タイトルにモデル事務所合格みたいな。
気になりますね、それは。
だから、そうそうそう、みたいなこともありましたね。
すごい。
やっぱりこう、内側にあるすごいお堅いね、
たぶん仕事されたかもしれないけど、
やっぱり内側にたぎってるものがね。
39:00
そうなんですよね。
それを行動力に、行動に変える力みたいなのがすごい、
終わりなんだなと思って、今聞いてました。
そうですね。
声に出して発信していくことの大切さみたいな。
それはすっごいね。
スタッフ始めてからですよ、でもこうやってできるようになったの。
だってさ、普通に冷静に考えたらここ1,2年ぐらいがすごいじゃないですか、特に。
そうそうそう。
むしろ全然走ってなかったんで。
ねえ、だから違う人になっちゃうよね、周りの人見たらわかんなくなっちゃう。
そうですね、なんか頭おかしくなったんじゃないかって思う。
違うけど、いやすごいなと思って、
やっぱり人生の、なんだろう、急にスピード感が速くなったようなイメージ。
私の中で聞いてた。
思いとかは多分ずっとあったんですよ。
こんなことやってみたいなとか、興味あるなとか多分あったけど、
それを外に出すっていうことは本当に発信するまでやってなかったんですよね。
だからなんか、人がそういうのをやってるのを見るともやもやしてたんですよ、逆に。
なるほどね。
なんかいいよな、あの人はこうでこうで。
結構人の、自分がやりたいことを人がやってると羨ましいって思うじゃないですか。
そうですね。
そういう気持ちで、なんかただでも自分は何もできないみたいな感じでずっと過ごしてきたし、
自分はそういうことする人じゃないって何かを決めつけちゃって。
そういうのあるあるですよね。
いますよね。
今思えばね、いやいやそういう人でしょって思うんですけど。
いやいや違うと思うけど。
誰しもそうなんでしょう、違うところもあると思うんですけど、出せるか出せないかみたいなのはその人次第というか。
そうですね。
本当に一番最初の多分人生動き出したきっかけはスタイフで声を出したことが全て。
もう集約されてる、そこ。
そこにね。
人生がここで動いたなっていうタイミング振り返ると全部スタイフ出てくるんですよね。
ね、今お話ししてて、またそして加速しているって感じがしますよね、だから。
3年ぐらい。
一番大きかったのは入院かな。
なんかそんな話もちらっと。
春さんとね、まだ出会ってない頃全然だけど、それこそ育休中に、まだ下の子が5ヶ月とか6ヶ月になるかないかぐらいの。
まだかんぼで育ててたときに急にね、お腹痛くなって入院したんですよ。
で、緊急入院して3泊4日ぐらいして、その後いろんな検査させられて、お腹の中に脳法っていう、あ、袋?
本来あるものじゃない袋みたいな。
ものが直径5センチぐらいののがあると。
結構大きいですね。
42:01
悪性かどうかはわかんないけど、取っておいたほうが安心だよねっていうことになって、取ることにして手術をしたんですよね。
そうそう。
で、1週間に入院したのかな。
そうなんだ。
そういうことがあったときも、不安みたいなのをずっとスタイフでトロしてて、いろんな人に応援してもらったり支えてもらったりして、
そのタイミングが結構スタイフでの心が通った発信っていうか、ただ情報を送るだけの発信じゃなくて、人と人が本当にハートでつながるみたいなSNSなんだなってスタイフってすごい実感したんですけど。
距離感は近いですよね。他のやつよりも。
あと温度感みたいなのも、やっぱり文字だけでは写真だけでは見えてこないが出るなっていうのと、やっぱり切り取られた世界ですから、インスタとか。
そんな話、あそこの枠だけ綺麗だったら、あとはもしかしたらすごいかもしれない人っていっぱいいるじゃないですか。
そうそうそう。
そういうのがあんまり出ないのかなっていうのが発信かなっていうふうに私は思いますね。
視覚情報何も一切むしろないんだけど、一番伝わるみたいなね。
知事ですよね。
本当そうですね。だからそこの入院の時に、やっぱり自分と向き合う時間ができるじゃないですか。一人になって。
その時に、やっぱり自分の人生って本当にいつ終わるかわかんないなって直面して、やっぱりこのままじゃ嫌だなみたいな。
気持ちが強くなったのは一番そこかな。
全部が繋がってるというかね、怒るべくして怒ってる気がしますよね。
そう、なんか怒るべくしてだったんだろうなって今は思います。
今は思えるんですよね。当時はそんなとんでもないじゃないですか。
そう、そう、そう。
挙句の子抱えて、2週間も入院するだなんてね。
そのね、1年後というか、私が育休復帰して、会社辞めるって決めてからか。
もうすぐで有給症化に入るみたいなタイミングで、今度夫が脳の手術することになる。
3週間に入院するっていうことがあったんですよ。
そうそうそうそう、その時もね、なんでこの夫婦で立て続けに手術、入院って。
何?って思ったんですけど。
でもその時も本当なんか皆さんに支えてもらって。
スタイルなかったらね、多分盛り切れてない。
なるほどね。
ワンオペツライブめっちゃしまくったし。
45:03
ねえ。
アッコさんもちろんすごいんだけど、原動力というか、すごい私は感じた。
かっこいいな。
かっこいいのかな?泥臭い。泥臭いです。
そこがね、いいんだって思うんですよ。
これ、写真だけ見ちゃうと、ただ綺麗な人じゃんって思いわれがち。
確かにね。
だけど、なんかその裏にあるやっぱりアッコさんの泥臭さみたいなのとか、黒いものみたいなのがチラチラ見えるところがまた人間味があっていいんだろうなと思って。
そうですね。確かにインスタでそこ見せるの難しいですね。
私インスタからアッコさん入ってたら絶対お近づきになってない。
なってないですよ、確かに。
なってない。だから最初にその石織さんにいつも出させてもらう石織さんのインスタのスタイルをたまたま聞いて、え?って飛びついたけど、なんか写真だけ見たらなんかすげー人じゃんと思って。
すげー人だけど、なんか声とか話聞くとあれなんかちょっと普通の人って言い方変ですけど、そういう感覚もお持ちの人なのかなっていう。
すごい高飛車なわけでもなく、っていうところが、私なんかがちょっとやってみてもいいんでしょうかみたいな感じではあったかなと思いますね。
嬉しい。いやでもほんとそのご縁がなかったら絶対繋がってないですからね。
ありがたいご縁ですね。
そこの千春さんのキャッチ力がすごいなと思って。ご縁のキャッチ力みたいな。
ありがとうございます。私もちょっとそういうのを文字化したい。
思うんですよ。だから私もスタイフで、なんか簡単にねスタイフで人生変わったとかって言ってるんですけど、なんかそれこそご縁のキャッチ力なんじゃないかっていうのも。
確かに。なんかその、さっきアンテナを立ててって話があったと思うんですけど、引っかかる感度みたいな。
こんなことなんでもないやって思っちゃうのか。
これがあったからって思うのかとか、これなんか良さそうみたいな。
なんかそういうのって、その人の感度みたいなのがあると思うんですけど、そういうとこが敏感じゃないと大事な時に波に乗れないし、
今だっていうタイミングで地面蹴れないみたいなのがあるかなと思ってて。
そうだと思います。だからなんだろう、たぶんそういうボールっていっぱい転がってるんですよね。きっと。
だけどそれをいかにキャッチできるか、投げ返せるかみたいな。瞬発力みたいなのがたまには必要になりますよね。
間違うとから詐欺とかに引っかかっちゃうからさ。見極めは必要なんですけど。
でもなんか自分の感覚も結構大事ですよね。頭で考えるだけじゃなくて感覚的なセンサーみたいなのっていっぱいありますよね。
48:05
だから磨いてるんだと思います、あっこさんはそういう意味では。そして私もそれを少しおすすめしてもらってるんだと思う。
ありがとうございます。
いい時間になってしまった。なので今後の展望、最後聞いておしまいにしようかなと思いますが。
今後やりたいこととか。
やりたいことがいろいろあるんですけど、一旦ね、でも今ね、ふゆこさんっていう方に1年間今伴奏でコーチングを受けていて、
一旦本当に自分の何がしたいのか、どこに向かいたいのかっていうのを整理しているんですね。
それをまずはやりながらになるんですけど、一旦まず自分がやりたいって思ったことを一つ一つやってみようって思っていて、
それが今、音声配信のサポートとか伴奏だったりもやめないんですけど、それはそれでもやりながら、
あとママスターっていうね、ママ向けのコミュニティも9月末で終わるんだけど、また次もやろうかなと思ってて、
そういう今までやってたことはやりつつも、ちょっともっと今までやってなかったことにもチャレンジしたいなって思ってて、
それがやっぱりモデル業の方だったりとか、今所属している事務所がモデルだけじゃなくて、
MCとか、芸能先輩っていうのかな?いろんなお仕事を取ってくるところなので、社長の近くにいて、ちょっと右腕ポジションを狙いながら。
すごい。営業とかいうわけではなく。
営業とか言わないけど、今度でも社長のカバン持ちさせてもらって、経営者の集まりみたいなところに今度行くんですよ。
かっこいい。
そういう感じで今までの自分だったら絶対してなかったことだけど、それこそアンテナに引っかかることは、ちょっとどんどん体を動かしてやってみて、そこでどう感じるっていうのを自分に問いながら。
そうですね。やってみないと分からないですもんね。
そうそうそう。なので正直ちょっとね、今年はビジネス頑張るっていうよりは、本当に種まきの期間って思って、いろんなことにチャレンジしていった先に、自分の本当にありたい未来を描いてやっていこうっていう感じですね。
素敵。今年まだ4ヶ月くらい今年もまだ残ってますし、今後もすごい楽しみなあっこさん。配信も楽しみにしてますまた。
ありがとうございます。
そんな感じですごいたくさんお話いただきましたけれども、ちょっと私が聞きたいこと聞いちゃったんで。
51:00
全然大丈夫。
メインの方だったかなと思うので、もっと話したいことがもしかしたらあったかもしれないんですけど。
思ったりないですよね。もっともっと喋りたくなりますよ。
あかねさんの人生は、この数十分で語れないんだろうなと思って。
スタイフにいっぱい貯めてあるから、ぜひ気になる方は。
気になる人にスタイフでいろいろ出してますよ。
本当に。
一連の流れも全部出してますし。
聞いてもらいたい。
本当に伝えたいです。この声の力のみんな見くびってる。
本当にすごいことですよね。私もまだまだ半年くらいだから、そんなにいろいろ言える立場じゃないんですけど。
やっぱり思ってるだけと出すだけが、1と1000くらい違うっていうことを、私はもう声を題にして伝え続けたいなってのは思ってますね。
そうですね。楽しみ。これからも。
分かりました。
今日はすいません。長い時間ありがとうございました。
いえいえ。ありがとうございました。
ではこちらで終了します。
ありがとうございました。
というわけで、あっこさんこと高橋彩香さんとの普通の人インタビューということでお話を聞かせていただきました。
あっこさんと私が会ったのは冒頭にも少し言ったように、あっこさんがお仕事を辞められてちょっとしてからご縁があってお話させていただいたりとか、
コミュニティ参加させてもらったりとかしてるので、もうなんかね、既にスタイフとか音声配信ですごい人みたいな印象があったんですけど、
やっぱりこう、そうなるまでの葛藤とか、そうなるまでのプロセスっていうのを今日聞けてね、
なんか私もあっこさんにもそういう時代があったんだなぁとか、
なんかいろいろモヤモヤしたこともあったし、それをなんかスタイフでいい意味で発散したりとか、足掛かりにしたりとか、
それこそご縁をスタイフからあったりとかしてね、今の人生につなげてるんだなぁと思ったし、
もちろんそういうのを相手任せとか誰かに任せてるんじゃなくて、もちろんその舵は自分で切っているっていうのを非常に感じられたインタビューだったなと思います。
これからもね、多分きっと飛躍していくであろう、私なんか言わなくても、もちろん今後どんどんどんどん進んでいかれるんだろうなと思うんですが、
いつまでもちょっと応援していきたいなぁと思わせてくれる方だなぁと思いました。ありがとうございました。
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