1. 受験生ママに贈る、偏差値以外の学びの話。
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#43 「それ、私も言ったのに…」。なぜ親よりも、先生の言葉は響くのか?
2026-05-25 17:22

#43 「それ、私も言ったのに…」。なぜ親よりも、先生の言葉は響くのか?

「それ、私も言ったのに…」

⌛️タイムスタンプ作成中。

同じことを言っているはずなのに、
なぜか塾の先生の言葉は素直に聞く。

家では反発するのに、
先生に言われると動く。

そんな経験、ありませんか?

今回の配信では、
音声発信の添削会や、
家族の実体験を通して、

“なぜ人は、ある人の言葉は受け取れて、ある人の言葉は受け取れないのか?”

についてお話ししました。

フィードバックって、
ただ「正しいことを伝える技術」ではなくて、

「この人は自分を否定したいわけじゃない」

という安心感や信頼関係の上に、
初めて成り立つものなんだなと感じています。

✔︎言ってることは正しいはずなのに伝わらない
✔︎子どもに何度も同じことを言ってしまう
✔︎“子どものため”のはずなのに苦しくなる
✔︎つい正論で動かそうとしてしまう
✔︎「なんでわかってくれないの?」が増えている

そんな方に、
ぜひ聴いていただきたい回です。

安心感があると、
人は変われる。

最近、
本当にそう感じています。

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サマリー

同じことを伝えても、親の言葉より先生の言葉の方が子供に響くのはなぜか。それは、相手が自分を否定せず、可能性を信じてくれているという安心感や信頼関係があるからだと筆者は語る。音声配信の添削会や自身の弟の経験を通して、人は安心できる相手の言葉しか受け取れないことを実感。子育てや夫婦関係においても、正しさよりもまず「味方だ」という安心感を伝えることが、相手を変え、成長を促す鍵となる。

はじめに:親の言葉と先生の言葉の響きの違い
こんにちは、こはるです。今日も聞きに来てくださってありがとうございます。 こんにちは、こはるです。きょうもききにきてくださって ありがとうございます。
突然ですが、それ私も言ったのに…。 同じことを言っているはずなのに、なぜか学校や塾の先生の言葉は素直に聞く。
家では反発するのに、先生に言われると、うんって動く。 そんな経験はありませんか?
ちゃんと伝えているつもりなのに伝わらない。 言っていることは正しいはずなのに、子供が動かない。
なんでわかってくれないんだろう。 私自身、子育ての中でも、教育の現場でも、何度も何度も感じてきました。
でも、最近音声発信の添削会やコーチングの学びの中であることをすごく体感しました。
それは、人は安心できる相手の言葉しか本当には受け取れないということです。
少し耳が痛い話かもしれませんが、よかったら最後まで聞いてください。 この番組は受験の現場で指導経験を持つ
ボンディングコーチ小春が受験生ママに向けてお届けするチャンネルです。 原職である教育リサーチとコーチングの視点から、学歴や偏差値以外の子供の本当の力の
育て方についてお話をしています。 今日は、安心感があると人は変われる、人は成長できる
といったお話をしたいと思います。
安心感とフィードバック:音声配信添削会の経験
そうですね。まず、私、先週の金曜日にちょうど 私、トラストコーチングといってTCSに所属しているんですね。
所属していて、そこの自主勉強会がありました。 そこでのテーマがちょうどね、フィードバックっていうことだったんです。
どれだったら多くの人からフィードバックをもらえるか。 どうしたら
的確なフィードバックができるかっていうテーマだったんですね。 そこでもいろいろ考えることがありましたし、ちょうどセッションしていただいた
コーチ、すごく憧れのコーチだったんですけども、 その人からの
一言がすごく刺さってですね、
私、ちゃんと進んでるんだっていう、すごく自信になったんです。 その次の日に、実は
株式会社リフロールの江原志佳林さんの今、 音声力発信プラスっていう講座を受けておりまして、
これを私、なぜ受けようかって思ったのかというと、 結構伝えたいこと、伝えたい思いっていうのはたくさんたくさん積み上がってきてるんだけども、
どうしても言葉でうまく伝えられないもどかしさとか、 もっともっと、なんて言うんでしょう、ちゃんと届けたいな、
っていうところがあって、今回この講座を受講することに決めたんですね。
まさにこれです。ちゃんと伝えたいけど、 伝わっていない感覚っていうのが、生徒だったり、子供だったり、
あるいは保護者の方にあるなっていうのを感じていたので、 音プラを受けることにしたんですね。
実は最初私は、 添削がついていない
コースだったんですけども、 今回から添削付きに変更しました。
つまり、これグループ添削なので、 同じグループというか、メンバーの人も見てる中で自分の添削をしてもらうっていう形なんですよね。
でもこれ、 実を言うと、数年前の私だったら、多分絶対に添削付きに
できなかったんじゃないかなって思います。 なぜかっていうと、みんなの前で自分の発信にフィードバックをもらうことになりますよね。
というのも、私は昔、このフィードバックっていうのが、 ものすごく怖さみたいなものがあったんです。
変に思われたらどうしようとか、ずれたこと言ってたらどうしよう、 なんかできない人って思われたら嫌だなっていう気持ちが、
自分が成長したいっていう気持ちより勝ってたんですよね。 今思うと、グループワークとかディスカッションが苦手だったっていうのも、同じ理由な気がします。
本来、考えを深める場なのに、私はずっと、 そういったところを評価される場として見ていたんですよね。
だから正しいことを言わなきゃとか、指摘されないようにしなきゃって、 ずっと意識が自分側に向いていました。
でも今回の添削会では、不思議なくらいにそういう感覚は全くなくなっていたんですね。 もちろん緊張がします。
でも怖いよりも、ちゃんと受け取りたいっていう方が強かったんです。 それってなんでだったんだろうって終わった後に、ずっと考えていたんですよね。
そこで思ったのが、人ってやっぱり安心感があると成長できるんだよな。 これに尽きると思いました。
今回、かりんさんからいただいたフィードバックの中で、 ターゲットというか、私受験生ママという属性を切り口に発信しているんですけども、
伝えたいことが結構大きくたくさんになりすぎてしまって、 ターゲットがぼやけてしまうのがもったいないよね。
本来は個別感の人なんだけども、みんなでっていう包含性も混ざり合ってるから、 そこをうまくバランスとっていくのが大事だよねっていうお話がありました。
これは私もぼやぼやって抱えているところだったので、 適格なフィードバックだなと思って、他にもたくさん添削をしていただきました。
でもね、かりんさんの言葉って、誰に対しての添削を見ていてもそうなんですけども、 否定された感じっていうのが全く残らないんです。
むしろ、確かに、だから最近ぼやぼやってしていたのか、みたいな形で、 自分の中でもそうですし、他の人のものを聞いていても、自分の中で整理が進むんですよね。
で、これなんでこんなふうに私受け取れたんだろうって考えたときに、 かりんさんのフィードバックって、私を評価するためじゃないんです。
誰かに良いとか悪いとか、こうした方が良いとかってそういうことじゃなくて、 私がもっと良くなる可能性、他の人がもっと良くなる可能性っていうのを信じてくれていて、
それを大前提にお話をしてくれるんですよね。
ここがやっぱり本当にすごいなって思っていて、 かりんさんってもともとスタイフでは本も出されますし、分析力はすごいし、
本当はもっともっと私の配信なんかを見たら、 言いたいこととか指摘事項っていうのはたくさん見えてくると思うんです。
でも、ここが良くないからこうした方がいいよね、 じゃないんですよね。
今その人がどこで悩んでいて、どこを残したらさらにその人らしさが出るのか、 そこを見ながら言葉を返してくれている感じが、私は、なんて言うんでしょうね、そんなふうに受け取りました。
だから、ダメ出しとして残らない、もっと良くなるよねっていう、 自分の可能性も信じてくれているし、私自身ももっと良くできるよなっていう気持ちが残りました。
グループ添削から見えた安心できる場の力
あと今回すごく印象的だったのが、グループ全体の空気感でした。
このコースは4月から始まっていて、 添削会は2回目なんですけども、やはり通常グループ添削って人からどう見られるかって気になるところだと思うんですよね。
でも、今回全然そういったものがない。
もちろん私の中にもね、ちゃんとしたものを出したいとかっていう気持ちはあります。
ありますよ。
でもね、評価される怖さっていうよりかは、みんなで良くなっていこうみたいな空気がすごくあるんですよね。
だから誰かのフィードバックを聞いていても、この視点私にもあるかもって、みんなが自分ごととして受け取っている空気があるんです。
こういう場所って本当に人を成長させるんだなっていうのを体感しました。
弟の受験体験:先生の言葉が響いた理由
これ子育てにおいてもまさにって思っていて、子供って正しいことを言われたから動くわけじゃないんですよね。
この人は自分を否定したいわけじゃない。
自分の可能性を信じてくれているっていうのを感じて受け取れるからこそ、初めて相手の言葉がスッと自分の中に入ってくる。
逆にどれだけ正論でも評価される、責められるって感じがあった瞬間に、人って閉じてしまうんだなと思う。
これ実は私の家族の話でもあったんですよね。
実は私、今年38になるんですけど、一回り下の弟がいるんですね。
弟は高校時代、数学がものすごく苦手でした。
だから一般的に見たら私立文系に進む方が多分安全だし無難だしっていう選択だったと思います。
それから私の父は高校の教員なんですね。
もうリタイアはしてるんですけども、まだ非常勤として働いています。
ある意味大ベテランの人なんですけども、
そうした教員だった父も私立文系を進めていて、ここの大学がいいんじゃないかみたいな形で言っていました。
これ私父の気持ち、今ならすっごくよくわかります。
やっぱり苦労させたくなかったっていう気持ち。
数学がある、例えば国立文系とかに進めば、もう目に見えて苦労する。
だからこそ安排でいけばいいんじゃないかっていう気持ちだったと思うんです。
でも一方で弟の担任で部活の顧問であった先生は、あえて数学を使う国立の道を進めたんですよね。
普通に考えたらそっちの方が大変なのに。
で、弟はどうしたかっていうと、そうなんです。国立、国公立を目指したいっていう方を選びました。
これってすごく面白いなと思っていて、言っていることは真逆なんです。
でも弟に刺さったのは先生の言葉だった。
それってきっと先生がこの子は本当はどうしたいんだろうを見てくれていたからなんじゃないかなって思います。
できる、できないだけじゃなくって可能性を見てくれていた。
だから弟もこの人は自分を信じてくれているって感じたんじゃないかなと思っています。
余談なんですけども、弟はこの後どうなったかっていうと、1年目では合格できず、
総合的な偏差値も言ってしまえば体温ぐらいのところからのスタートだったので一浪をしまして、
でもその後無事に合格をしました。
今はもう誰もがびっくりっていう感じで、実はまだ大学院で言語学の研究をしています。
本当に人生って誰かの言葉でこうやって大きく変わることってあるんですよね。
逆にもし先生がいなかったら、彼は父の言うことを聞いていたかもしれない。
無難な道を選んでいたかもしれない。
そうしたら今の彼は絶対にいなかったと思うんですよね。
夫婦関係と子育てにおける安心感の重要性
それから夫婦関係も実はすごく似ているなと思っていて、
夫婦関係って正しさのぶつかり合いに見えるけど、本当は分かってほしいのすれ違いだったりする。
なんでできなかったの?とか、なんでこうしてくれないの?の奥に、
なんで分かってくれないの?が隠れていたりするんですよね。
だから最近よく思うのは、フィードバックで正しいことを伝える技術じゃない、
関係性そのものなんだなって思います。
そしてこれは受験生ママにもものすごく伝えたいことで、
子供に何か伝えている時って、つい正しいこと、
私たちが経験してきてそっちの方がいいだろう、みたいなことを言いたくなりますよね。
私も全然あります。
でもその時、矢印が子供のためじゃなくて、自分の不安のためになっていることもあります。
だからまず最初に必要なのは、正しさよりも先に、
この人は味方だ、この人は自分のことを信じていてくれる、
伝わることが大事なんじゃないかなと本当に思ってます。
安心感があると人は変われるし成長できる。
逆に言うと、安心できない場所では人は防御してしまう。
だから先にでもやだってが出てきてしまうんですよね。
だから相手を変えようとする前に、関係性がきちっと育っているかどうか、
それを見直せるといいんじゃないかなって思います。
これは子育てでも、夫婦関係でも、教育の場所でも、あるいは職場でも、全部共通している気がします。
今日は安心感があると人は変われる、なぜあの人の言葉は刺さるのか、というテーマでお話をしました。
最後まで聞いてくださってどうもありがとうございました。
またお会いしましょう。小春でした。
17:22

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