ドストエフスキーの導入
今日も改めましてこんにちは、バロンです。 好き語る好き語れの第2回を始めます。
今回から僕の一人語りに余裕、余白を持たせたいなと考えています。 前回は台本を読み上げるだけになってしまっていたので、もう少し
ゆるりとゆったりと話していきたいなと思っています。 というわけで
少し自分の考えを話しますけど、 世界には自分が楽しめる、面白がれるコンテンツがたくさんあるのに、自分はそれを知らないでいる
到達できないでいるっていう感覚が僕にはありまして、そうなった時に僕は導線、 導き線を求めているんだなって気づきます。
これの解決策は、アンテナを張るってことをやり続けるしかないと思うんですけど、 基本的にこれしかないんですよね。
そこで僕が好きなものを語って、この番組があなたの導線問題の助けに少しでもなれば嬉しいです。 という導入で、今回のテーマ
ドステフスキーを語っていきます。 皆さんはドステフスキーにどんな印象を持っていますか?
ドステフスキーは言わずと知れた世界的に有名な文豪です。 しかし一般的には難しい、テーマが重たいと見られて、なかなか読まない、
読み始めても読了できないという問題を抱えています。 僕個人はドステフスキーが大好きで、今までに死の家の記録、
罪と罰、悪霊、未成年、 カラマー族の兄弟の5作を読んでいます。
今回はこの僕の読書体験からドステフスキーの好きなポイント、 推しポイントを伝えていきます。
作品のテーマと特徴
まずドステフスキーの作品が持つ大テーマ、主要テーマは実はベタなんだよってことを言いたいです。
例えば神とか愛だとかをテーマとすると、 神様や愛情ってものをテーマにすると、これは人間にとって重たい、超重大なテーマです。
だけど神とか愛をそれだけポンって出されたらどうですか? ピンとこないし、どこか間抜けに感じる時がありませんか?
2時間ドラマや映画のキャッチコピーにも出てくるはずです。 だから重たいテーマっていうのは思ったより僕らに身近でありふれているもので、
やり方を誤るとチープに思われてしまいます。 で、ドステフスキーがその作品でどうしているかというと、
この重大テーマに真正面から逃げずに、とてつもない文章量で語ります。 その圧倒的なヒッチで僕を、僕らを魅了します。
ドステフスキーの人間観察力はずば抜けていて、そこからくる迫力のある描写はすごいです。
本当に卓越しています。 だからドステフスキーはテーマが重たいんじゃなくて、やり方が重たいんだと僕はそう考えています。
でも逆に言うと細かなところにこだわりがあって、ボリュームもすごくて、一度ハマり込んだら抜け出せない沼なんだと、そういうことができます。
本当に使ったら、一度面白みを見つけたらハマりがいのある沼なので、あなたもドステフスキーを読むことに一度と言わず何度でも挑戦してみてください。
続いて僕が好きなシーンを語ります。 ここから一つ注意ですが、ここからの語りはかなり前に読んだ記憶を
頼りにしています。 図書館で借りて読んでいるので参照できる本もありません。
なので細かなところが違っていたり、勘違いがあったりすると思います。すみません。 それでは僕の一番好きなシーンを語ります。
ネタバレを含むと思われますが、100年以上前の名所ですので、多めに見てもらえるとありがたいです。 はい、僕の記憶に最も残っているのは
罪と罰でラスコーリニコフって名前の主人公が罪を犯すわけですが、 その主人公が自主死に行くシーンです。
これがね、いいです。 これがいいのは一回自主できずに外へ出るんですよ。
一回外へ出てしまう。 警察の方も流れ作業というか、
お役所仕事というか、主人公が全然疑われていないので帰らされてしまう。
で、出てきてしまった主人公がヒロインのソーニャを見てまた入っていき、 今度は自主を。大きな決断を完遂する。
これがね、好きです。 細かな演出が噛みがかっていて素晴らしいです。
僕の記憶に焼き付く名シーンですね。 好きな場面、
記憶に残っている場面についてはいろんな方の意見を聞いてみたいですね。 リスナーの皆さん、あなたの一番好きなシーンは何ですか?
次は好きが故に出るドストエフスキーへの不満、 またそこから僕なりに考察したことを話していきます。
それでは発表しますと、 1番は結末がキリスト教的な倫理観による救済で終わる、
ということです。 これがね、
1000ページ以上の物語がたどり着くところとして弱い、物足りないんですよね。 特に現代は情報社会、情報時代ですので余計にそう感じてしまいます。
あれだけ丁寧にキャラクターたち個人の苦悩を描いておいて、盛り上げておいてそれかい? ってなってしまいます。
でもドストエフスキーをかばうこともできて、まずそれだけ丹念に積み上げた苦悩に対して、 万民が納得できる答えなんて描けないってことです。
そうなったら当時のヨーロッパ、ロシアで支配的だったキリスト教に頼る、 というのも作家の選択肢として理解できるし、
出しかたないと思います。 つまりこれはドストエフスキーの限界というより、世間に作品を出す作家の構造的限界と言っていいと思います。
個別作品の紹介
だって全く個人的な、自分勝手な結末、 答えを置いても読者はハテナマークが浮かぶだけですからね。
だから結論としてドストエフ作品は、そのキャラクターたちのプロセス、 過程をじっくりと楽しむ。
共感したり、否定したり、戦慄したり、感動したり、 そういう体験なんだと僕は考えます。
そしてその体験から、僕たちの人生はストーリーじゃないので、 自分事とする、自分事として自らの生活を体験する、
してくってことだと僕は思います。 はい、次にそれぞれの読書体験を語ります。
ネタバレのないようにっていうのと、皆さんが読みたくなるようにっていうのを できるだけ両立するように話しますので、よかったら参考にしてみてください。
まず、死の家の記録。僕らと罪人は違うものか。 この作品では、
物語の都合上、登場人物がほぼほぼ犯罪者なのですが、 印象的なのはその犯罪者たちが生き生きと描かれていることですね。
それは、カイジの福本信行の作品内でも描かれていることですが、 犯罪とか社会の闇の部分が僕たちと地続きの場所にある
ということを語りたいのではないかと思います。 特殊な環境を描くことで、人間の普遍的なものがどこにあるか
っていうのを描き出したいのではないかと僕は感じました。 物語の最後の結末の部分でキャラがごきげんようって挨拶を交わすシーンがあるんですけど、
確かそういう文、翻訳だったと思うんですけど、これが僕の記憶に妙に残っていて、 なぜキャラがそういう普段使わないだろう挨拶を交わす気分になったのか、
そういう気持ちになったのか、ぜひ見届けてほしいと思います。 次は、罪と罰、目的のためなの手段を正当化されるか。
まあこれほど若者の悩みにフィットする話はありませんよね。 自分に能力があったら、その手段はどこまでも強化されていくわけですが、
できることはどんどん増えるわけですが、それにかなう目的とは何か。 逆に高潔な目的があったら、そのために何をしてもいいのか。
自分のための世界なのか。世界のための自分なのか。 そういう問いに結論は出なくとも、その問いをとことん突き詰めた作品です。
あと、言いたいのは、 罪と罰はサスペンスとして読むのは物足りないと僕は思います。
この作品はそういうサスペンスの原型、 先駆けとなっていますので、
それからサスペンスでジャンルが進化、進歩してきているので、 現代のやつと比べてしまうと、そういう強度はないかなと僕は思います。
でも、そういういろんなものの方が芽生えを感じられるめちゃくちゃ良いものです。 続きまして、悪霊。僕らの延長にある狂気。
この作品はエピグラフと言えばいいんでしょうか。 冒頭にある引用がとても印象的で、とても不気味です。
悪霊のテーマは、狂気もまた地続きであるということです。 僕らの日常は簡単に狂気に繋がってしまう、狂ってしまうということを、これでもかと教えてくれます。
この作品を包み込む虚無、暗い雰囲気はめちゃくちゃ味がします。 個人的にはその空気感は好きでした。
マジで淫惨な破滅が待ってます。 そういうのが好きな人はオススメですね。
悪霊のもう一つの主軸はカリスマです。 カリスマ性が持つ危うさ、危険性を示してくれています。
パフォーマンスがいい、立ち振る舞いがいいっていうことの中身はどうなの? っていうのを考えた作品です。
どんどん行きます。 未成年、スタート地点に立つプロセス。
これは社会に出る通過儀礼、イニシエーションっていうものをテーマにした作品です。 ちょうどいい例え、他作品の例を見つけまして
フェイトゼロのウェーバー君ですね。 あれに似たものが描かれています。
僕は結構社会に拒絶されていると言いますか、 僕の方が社会を拒絶した過去がありまして、そういう人、僕は社会への参加権
っていうものを必要としてきた、欲しがっていたと思うんです。 これは僕の個人的なテーマですが、未成年もそういうものと重なる部分があったと思います。
未成年はこの未成年ってタイトルと 作品内での仕掛け、ガジェットがちゃんとリンクしてたと僕は思ってて
だからこの未成年ってタイトルが気に入った人にはおすすめです。 最後はカラマーゾフの兄弟、みかんの人間。
これもエピグラフが良くて、聖書の引用ですけど
一粒の麦は地に落ちて死ななければ一粒のままである。 だが死ねば多くの実を結ぶ。
いやーこの時点で物語への期待感が高まりますね。 カラマーゾフのテーマは親殺しです。
3人の兄弟がいて長男は豪快な人、 次男は知性があって賢い人、
3男は信仰に熱くて宗教家となっています。 僕はカラマーゾフが一番好きでぜひ皆さんに読んでもらいたいんですけど
カラマーゾフはドストエフスキーの集大成って強く感じるので最初に読む作品として適しているかっていうのはちょっと分かりません。
カラマーゾフはしっかり綺麗に完結しているんですけど、 ドストエフスキーには続きの構想があったと言われています。
読んでみると3男のキャラクターには続きがあるとしか思えない描写があります。 僕は3男推しなので
続きがめちゃくちゃ気になりますね。 僕はもし実現不可能な願いが一つ叶うならって言われたら
カラマーゾフの続きを読ませてくれって言うかもしれません。 こんな感じで僕の読書体験について語りました。
では最後にコラム 信仰ひも解く不条理な現実を生きる僕らの普遍世界の抽出
共犯化と題してお届けします。 おまけという体で僕の考えを話します。
苦悩と信仰の探求
まず最初にお伝えしますが、僕の個人的意気を述べる上で宗教について研究している 箇所がこれまでとこれからもあると思いますが、
僕個人は宗教って営みを素晴らしいものと思っています。 社会の現実の中で対処していくってことは必要で尊敬していますが、もし配慮の足らない
点があったら申し訳ないです。 ごめんなさい。
というわけで枕話しに行きます。 ここからフリートークです。
僕はというより人はっていう言い方をしたいですけど、 人は極意や奥義を知りたいと思うわけです。
できれば簡単に知りたいとそう思います。 でも
この極意や奥義っていうものは 伝わりづらいし伝えにくい性質を持っていると思います。
この情報というかそういう極意が役に立つほど 価値があるほど
それと反比例して 伝わる人は少数になっていく、伝達可能になっていくと僕は思います。
この仕組み、現象っていうのを 何とか名付けられないかと考えていたら
ヤスパースっていう哲学者の人の本を読みまして そこでヤスパースが暗号っていう言葉でこれを表現していて
なるほどなぁと思いました。 この暗号っていう
言語表現が素敵やなぁと思いましたね。 暗号っていうのは
解読法を知らない人にとっては 意味不明な文章になりますけど
解読法さえ知っていればそれが情報として意味を持って その情報が有意義であればその有意義な情報を享受できるっていう
この構造がまさにこの 極意や奥義が伝わりにくいというか伝えにくいものであるっていうのと
正確なことだなぁと思いました。 これから僕が言うことっていうのはこの暗号と同じで
おそらく皆さんにとっては訳のわからないことを言うと思いますけど なんとか繋がりができて
いつかどこかで ああそういえばあいつあんなこと言ってたなぁと思い出してもらえたら嬉しいです
はい では問題の進行について
語っていきたいとおもいます 僕が語りたいアイディアっていうのがこの進行っていうのが
不縁世界の抽出と言い換えることができないかというものです はいちょっと思考が
散らかってきたので整理するために一旦閉じて 帰ってきました
不縁世界の抽出っていうものをできるだけわかりやすく説明するために考えてきました
で トロッコ問題っていう試行実験があるじゃないですか
これを仮で説明します トロッコ問題っていうのは
トロッコが走っていてその先に2つ分かれたレールがあって 1つの先に5人がいて
もう一つの先に1人がいる でこのままトロッコが走っていくと5人の命が断たれる状態に
5人の命が断たれる状態を目の前にしている で目の前に切り替えるスイッチというか
そういうものがあって あなたはこれを切り替えますかっていうものですね
つまり5人の命を取るか それとも1人の命を取るかっていう問題なんですよね
で これって答えが出ないじゃないですか 正しい答えはないとっていい そういう問題ですよね
でも僕らはこれは極端な例にしても こういう不条理な場面というか問題と
対峙していると思うんですよね
そういう問題を解決とまでは言わなくとも処理しながら
自分の生活 人生を生き抜かねばならない そういうシステムというか世界にいると思います
これが不条理な現実を生きるっていう 言葉に託した思いです
で 不変世界の抽出の説明に戻りますけど
例えばこのトロッコ問題に僕らは正しい答えがある
さっきは正しい答えはないって言いましたけど 正しい答えがあるって想像するというか
想定してしまうというか 正しい答えがあると信じる 信じてしまうと言えると思います
でも 僕らにはそういう正しい答え
不変世界には 不変世界を知ることはできないので
僕ら個人はその正しい答え 不変世界を個人的に抽出することしかできないっていうアイデアです
で 人間って再現性って大好きじゃないですか
いつも2匹目の土壌を取りに行ってる いつでも正しい答えを探してしまう
でも本来世界に正しい状態とか間違った状態とかないんですよね
それでも僕らは不条理な世界と対峙してそれを生き抜くために 知ることのできない不変世界を想定して
埋めていく 保管する 信仰しているのではないかという話でした
共犯化の概念
続きまして共犯化について語ります
共犯化はこれは人間が社会を形成していくことの一表現になります
ちなみに この共犯化って言葉は
僕がAIと壁打ちしている中でAIがくれた表現です
この共犯化 言葉で説明するのが難しいですが
人間が繋がること その繋がり方を
同じ罪を共有する共犯関係ってものに託して 一言で表したかったのではないかと思います
例えばテクノロジー的には 科学技術としてはさっき語った不変世界の抽出を協力してやって再現性を高める
ってことなのかなと思いますし 信仰を共にするって形にすると宗教になるのではないかと思います
他にも家族は 血の繋がりによって
強制的に共犯化を推し進めることなのかなとか いろんな例が挙げられると思います
そもそも僕らは人間と枠を共有していますが その一致度 一体感を上げていく そこにフォーカスしていくって感じです
人間が群れることで発展してきたとして そういう繋がりを形作ること
その方法や仕組みを考察する上で発見した 共犯化のお話でした
僕がこのポッドキャストを始めたのも そういう繋がりを求めていたからで 孤独な作業が嫌になったからです
僕はこの番組が繋がりの一つになって 賑やかな場になることを夢見て実行していきます
いやー 結局 書いたことをそのまま言うだけになってた部分も多かったです
今度はもっとキーワードを煮詰めていきます 第2回のテーマはドストエフスキーでした
聞いていただいてありがとうございました よかったら次回もお会いしましょう