変化への恐れと服の購入
私、絶えず変化し続ける自分が怖かったんです。 お店で新しい服を目の当たりにするたび、その時の気分やテンションがそれぞれのタイミングで違って、
その都度、その都度、服を購入してしまう自分が怖かったんです。 前回、人は変化する、諸行無常を前提とする生き物という話をしたんですが、
もう一年スパンとかじゃないレベルで、もう一つのシーズンでも本当にコロコロコロコロ、 その日その日で欲しい服、期待服の気分が変わる。
だから、よく考えないで買ってることのループなんですけど、 なんかその捉えきれない自分の感情、気分の変化、なんかそれがただただ怖かったなって思います。
手放すことの得意さとミニマリズムへの憧れ
今どんどん服が入ってきちゃうって話をしたんですけど、 一方で服が手放せないっていう声もたくさん聞いてるんですね。
こうやって人は変化していくからこそ、 クローゼットが今ここにフィットした状態であることっていうのが一つ大事でもあると思うんですよ。
で、良くも悪くも私すごく手放すの得意だったんですよね。 得意っていうか躊躇なく手放せちゃうみたいな。
生理習能アドバイザーの二級をジナの妊娠中に勇気あげて取ったっていうのもあるんですけど、 あと昔からミニマリストに憧れたりとか、
少数生のクローゼットっていうのにすごい憧れはずっとずっと抱いていて、 だからダンシャリの本とかも結構いっぱい読んで、
なんかいろんなマインドをなんか徐々に吸収して、なんか手放すのに躊躇がなくなったっていう感じですかね。
過去の服とクローゼットの現状
一つまずあるのが、過去に囚われているお洋服は今とはもう繋がってないっていうことかな。
それってやっぱり過去の自分、過去の自分の価値観やライフスタイル、体型もそうですけど、選んでるから、
そういう過去の、もう今は着ないなっていうものが占領されているクローゼットの中にあって、 占領されているそのものに、地点で選びづらくなっちゃうよなっていう感覚はあります。
あとなんか、物がお役目修了しているのに、いつまでもクローゼットに縛られている状態なのは良くないっていうのをいろんな本で読んできて、
窓際族にいるおじさんと一緒とか、それこそ見知らぬ小さいおっさんがそこに宿ってるとか、なんかそのものが変な気を放ってるとか、いろんな本を読んできたんですけど、
なんかそういう今ここじゃないものっていうのは、やっぱりクローゼットにいると良くないもの、服に限らずもの全体的にいろんなものがそうなんですけど、
っていうマインドは漠然とある。ちょっとこれはもうちょっと私もしっかり言語化して、手放せないって人にも届けられるように、ちょっと勉強しなきゃいけないなって思ってるんですけど、
未来の自分への服の購入と固定観念
今自分の記憶でふんわり話してる感じなんですけど。で、よくセールとかで、もうその季節は終わっちゃうんだけれども、来年の自分のために買おうみたいな時とかあると思うんですけど、
あれも、未来の自分って本当に気分とか価値観とかライフスタイルとかどうなってるかわかんないじゃないですか。
人の人生って本当に何が起きてどう変化するかなんてわからないから、未来をそうやって固定してしまうのもあんまり良くないんじゃないかなって個人的には思います。
「今ここ」にフォーカスしたクローゼットの適正量
だから、ベストは前回適正量の話をしたと思うんですけど、今ここにフォーカスした状態で適正量でクローゼットに服があるっていう状態が一番いいんだと思います。
過去にもとらわれず、未来を縛ることもなく、とにかく今ここでベスト。服って長くて4年とか言われてたかな。2年から4年スパンのイメージっていうのを確か本で読んだんですけど、
なんかそのぐらいのイメージで、私みたいに秋っぽいタイプはそれこそ本当にたくさん迎え入れちゃうと着れないままそのシーズン終わったりとか、
よくあるパターンなんですけど、だからこそどれくらいのローテーションなのか、私も今自分で実験しているところっていうのはあります。
だから人は変化していくっていう前提で、だからこそ持ちすぎてもいけないし、
そういった意味で今ここの感覚や感情、価値観を大切にした服選びと適正量が大切なんだと思います。
まとめと感謝
ということで今日もご視聴ありがとうございました。