代名詞の不思議
英語に関する素朴な疑問です。 なぜ she の所有格と目的格は herと同じ形になるのですか、という疑問です。
これは確かに非常に素朴な疑問で、言われてみればということになるかと思うんですね。
他の認証代名詞を考えてみますと、すべて所有格と目的格で、形態は異なっています。
I, my, me ですよね。
You, your, you となります。
He, his, him となる。
It, its, it.
We, our, us.
They, their, them というふうに異なっています。
この三認証、女性単数代名詞 she のみが her, her という形で、
所有格と目的格が一致してしまっているということになります。
確かに不思議です。
名詞について考えてみても、名詞には代名詞にあるような格という意識は希薄なわけですが、
それでも現代語には一応所有格と目的格といいますが、それ以外の格、共通の格ということで通格といいますが、
例えば、boy に対して所有格は boys、mary に対して marys というふうに図の有無で、
やはり所有格と目的格、それ以外の格というのはちゃんと区別されているわけです。
したがって、代名詞のみならず名詞も、つまり広く名詞類全体が所有格と目的格というのを形状分けているのに、
詞だけが her, her と一緒になってしまっているという点では、確かに広い視点から見てもユニークな事実ということになります。
したがって、この素朴な疑問も極めて自然な問いということになります。
言語の歴史的背景
英語詞の立場からこの問題に迫ってみたいと思います。
1000年以上前に話されていた小英語では、この her にあたる所有格、目的格の her にあたるものは、実はもうすでに同じ形なんですね。
her ではなく、ひえれという形です。
これが少し短くなって her、現代の her に繋がるのですが、ひえれという形で、
もう小英語の段階から所有格と目的格が同じ形だったのです。
ということは、この素朴な疑問は英語の歴史の枠内に留まっていては解けない問題ということになります。
さらに遡る必要があります。
実際には小英語よりさらに遡った段階というのは、文献上しっかりとは残っていませんので、
小英語の姉妹言語たち、周囲にある言語で、小英語よりも古い段階の言語を反映しているとされる英語の仲間たちを見てみたいと思います。
ドイツ語の古い段階ですね。古いドイツ語では、この所有格、この c に対応するものの所有格は イラと言いました。
そして目的格はイルと言いました。
つまりイラとイル。微妙と言えば微妙です。
終わりの母音が異なるというわけですが、微妙ながらも形態がしっかり区別されていたということになります。
他には現代の北欧諸語の祖先であるコーノルド語という言語も、所有格はヘンナル、そして目的格はヘンネとなっていました。
さらに今は無き言語なんですが、ゴート語というかなり古い形を留めている言語なんですが、
これは所有格はイゾウスとなり、そして目的格はイザイというふうに、明らかに違う形だったわけです。
つまり、古英語よりもさらに古い段階では、この c に相当する代名詞の所有格と目的格は、
他の代名詞と同様にですね、やはり区別された異なる形を取っていたということなんですね。
しかし区別されていたとは言っても、先ほどの古いドイツ語のイラとイルのように、語尾がほんのちょっと違うというところで区別されていたに過ぎず、
もしその語尾の部分が弱く発音されてしまえば、区別がすぐにでも失われてしまうという可能性をはらんでいたわけですね。
実際そのことが、古英語までに起こってしまっていたということです。
したがって、古英語の段階ではもうすでにヒエレという形で、合一してしまっていたということなんですね。
このように見てくると、実は I, my, me の my と me だって、から you, you are you だって、結構似ていると言えば似ているわけですね。
語末のちょっとした母音であるとか、死音というところで、ギリギリこの所有格と目的格が区別されているに過ぎないわけで、
実際早い発音などでは、事実上は合一してしまっているということも少なくないと思うんですね。
ただ、この her に関しては、他の代名詞よりも早い段階で、英語ではこの合一ということが起こってしまったということです。
したがって、この素朴な疑問、なぜ C の所有格と目的格は her で同じ形になっているのかという疑問に端的に答えるのであれば、
もともとは異なった形態をとっていたものが、後の音変化の結果、たまたま同じ形に合一してしまったということになります。
この問題については、ヘログの4080番の記事を参照ください。