一平さんの自己紹介と背景
COCOAトーク、シェア活で活力みなぎる人生と社会をつくろう。この番組では、人生・社会という畑を実り豊かにするために、理想な相棒関係を共に探求していきます。
こんにちは、パーソナリティを務めます、シェア活コミュニティCOCOA主催のナーミンです。
同じく、パーソナリティを務めます、旦那の福民です。
はい、ということで、今回はゲスト回ということで、ココメイトの三浦一平さんに今日は来ていただいてます。
一平さん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい。ココメイトがゲストなのは、NSさん以来かなと思うんですけど、結構いろいろ一緒に活動させてもらったりとか、いろいろ交流もさせてもらっている中で、やっぱり一平さんってすごい面白い人なので、
あとは福民がとっても大好きな人なので、
そうなんですか。
そうなんです。
一平さんと話した後、福民がいつもですね、一平さんいいわって、いつもつぶやいててですね。
なので、そんな一平さんのことをもっと知りたいなっていうところと、ぜひもっとおしゃべりしたいなっていうので、今回ゲストに来ていただいてます。よろしくお願いします。
ありがとうございます。ちょっと顔赤くなってます。
ありがとうございます。ちょっとまず最初、簡単に一平さんの方から自己紹介をお願いしたいなと思うんですけど、
ここでどんなことやってるかっていうよりは、一平さん自身、どんなキャリアもそうですし、人生もそうですし、なんかちょっとみんなに紹介したいなと思うご自身のことを、ちょっとつらつらと話してもらえたらなと思いますが、いかがですか。
一番びっくりされるのは年齢のことなんですけど、僕今46歳なんですね。初対面の人に46歳ですって言うと大体びっくりされるんですが、ラジオだとあんまり伝わらないですから。
びっくりした。
ほとんど46年間でサラリーマン23から普通にやってるんですけど、サラリーマン40歳ぐらいまではもう本当にザサラリーマン、普通のサラリーマンです。
で、そこから父親の病気をきっかけにコーチングを受けることになって、自分もコーチング学びたいってなって、人生が変わっていったっていう感じなんで。だからこの6年、6、7年ですね、激動というか。
そうなんだ、そうなんだ。
そうですね。じゃあ今何をやってるかっていうと、フリーランスで主に研修講師とかファシリテーションみたいなことをしながら、奥さんと2人で、子供が最近生まれまして。
一平さんの職業経験
おめでとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
なので今ですね、お仕事が1週間のうちの3ぐらいの割合で、家事、育児が4ぐらいの割合で生きてるものでございます。
ありがとうございます。そうか、40歳までは会社員として生きてきたけど、でもその中で、あれですか、お仕事はいくつかされてたりとかしたんでしたっけ。
そうですね。最初は製薬会社でMRっていう、営業ですね。営業3年弱やって、でも超ブラック企業だったんですよ。
いや、そうですよね。めちゃくちゃ厳しいって聞きますもんね。
はい。で、それを失踪しちゃったんですけど。
失踪したの?
失踪しちゃったんです。
失踪したんだ。走り出しちゃったんだ。
あ、そっちの綺麗な方の失踪じゃない。
いなくなった方の失踪。
走り出したじゃないんだ。
そうなんですよ。もう親にも会社にも言わずにいきなりいなくなっちゃって、で日本中を旅して、親に見つかっても連れ戻されるみたいな。
えー、なんかドラマみたいですね。
そうなんですよ。
ただの会社員ではないですね。
ああ、確かに。
そういう意味ではね。
そこから公認会計士の資格試験を受けるという名目でちょっとプー太郎みたいなこと、プー太郎って今言わないですね。
ニートみたいなことを3年弱ぐらい。
で、その後に外資系の生命保険会社の経理の仕事に就いて、そこ13年。
長いですね、そこ。
そうなんですよ。そこがキャリアのメインですね、今のところ。
私あの話も好きなのでぜひお願いしたいんですけど、お笑いの活動もされてたっていうの最近聞いて、ゆっぺさん引き出し多くない?ってちょっとなってるんですけど。
仕事環境と個人の成長
これはもともと大学の時に吹奏楽サークルに入ってたんですね。
で、吹奏楽って演奏会でいろいろやるんですよ。踊りをやったりとか、ちょっとコミックバンド的なことやったりとか、ちょっと寸劇みたいなこともやったりとか。
僕らその中でゲームミュージックのバンドをサークルの中で立ち上げてたっていうか、立ち上げてる先輩たちがいて、そこに入ってですね。
それが一番面白くなってて、スーパーマリオブラザーズの曲を耳コピーして自分たちで吹奏楽でやりつつ、
楽しそう。
舞台の上でゲームの様子を再現するみたいな。
それでめちゃくちゃマニアックなお客さんが来るんですけど、その中で僕ら寸劇を主にやっていたので、
それで仲間と社会人になって、吹奏楽って人数多く練習たくさんやらないとなかなか満足いくものができないし、
当時僕は部落企業に入っていたので、ほぼ休日出勤とかもしてた状態で、
でもなんか殺されてしまうと、社会に。このままだと。
少しでも息ができる場所を見つけたいと思って、
寸劇をコントにしたら、練習する時間も場所も選ばないから、これやれるんじゃないかみたいな感じで、
学生の頃からちょっとやってはいたんですけど、それは本格的に趣味をするようになったっていう感じなんですけど、
今結構増えてきてるんですけど、当時趣味でコントやってる人なんていなかったから、
みんなテレビで見るお笑いみたいなことを見れると思って、
僕とか友達とか声かけて、劇場にお客さん100人とか呼ぶんですけど、
吹奏楽でお客さんを呼ぶノウハウとかはあったので、
劇場に100人とか、割と本格的な劇場とか借りちゃって。
借りちゃって。
1時間ぐらい自分たちでいろいろコントとかやるんですけど、本当に1回も笑いが来ないみたいな。
つらいな。
7年ぐらい続いたっすね。
めちゃめちゃ続いてる。
悔しくて、やめられなくてですね。
なんか結構本当になんだろうな、さっきのいきなり失踪して旅に出ちゃうみたいなところもそうですけど、
なんかすごい予測不可能なアクションを取られるような話だけ聞いてると、
なんでそうなった?みたいな。なんかタイミングがちょくちょく来てるような感覚が私にはあるんですけど。
なるほど。
なんかそう言われるとどうですか?
たぶんあれなんでしょうね。タメコンで爆発するタイプなんでしょうね。
その製薬会社の営業も入った瞬間合わないなと思ってたんですけど、
瞬間から。
やばい会社に入っちゃったと思って、なんか工場の前に朝、新人で最初の研修の一番最初の研修が朝から工場に並んで、
工場の前に並んで、もう工場に出勤してきてくれる人たちに向かって、新人がもう全員大声で挨拶みたいな。
そのもう徹夜でその会社の歌を覚えて、それをなんか教育担当の目の前で大声で歌うんですけど、
すごい。
声が小さい聞こえないって怒られるんです。
目の前で歌ってんの?
これお笑い?お笑い?違う?聞こえない?みたいな。
これは本気でやってます。
本気だったんだ。だいぶ耳遠いなってなる。
そういう結構強烈な最初の会社の体験があって、でも我慢したんですよね。3年弱。
だからもうたまに溜まった言葉があるんで、ちょっととっぴな行動に出ちゃうみたいなことが結構あるかもしれないですね。
さっきいっぺいさん46でおっしゃってくださって、ふくみん今41なので、ちょっと先輩ではあると思うんですけど、5歳差なので、
わりと生きてる時代って言ったらあれですけど、世代としてはわりと近いなと思ったときに、
ふくみんから見ていっぺいさんの職場環境だったりとか、わりとよく聞く話だったの、昔は。
でも今と比べたらわりとよく聞く話かなって思う。
10人に1人ぐらいはそういう会社勤めてるな。
そうそう。
そんぐらいのイメージ。
なるほどね。みんなではないけど、友達の中に1人はいるなみたいな。
そうそう。そういう会社なのかみたいなのは、飲み会とか行くと聞くよねみたいな。
なるほどね。引き当てるあれがあるんですね。力があるんですね。
でも大かれ少なかれ、会社って今よりももうちょっとそっち寄りだったというところはありまして、どの会社もパワハラ上司は絶対いましたし。
そうですね。時間外の概念とかなかったりしますかね。
なかったです。
2時とかも普通に仕事してたこととかあったし。
確かに。そういうのでふくみんは逆に目の前で歌を歌うとか、そういうちょっと今を考えるとやばくない?あれみたいなのあったりしたの?
そういうのはなかったけど、やっぱり俺も車の営業だったから、もう車売れるまで帰ってくるんだとか普通に言われてた。
もう歌を歌えとかはなかった。
業務じゃないもん。
誰よりも早く出社して、車磨いとけとか普通に言われてた。
まあまあまあ。でもまだなんかその業務な感じはありますよね。
まあまあそうね、業務な感じは。
ちょっとなんかね、徹夜で覚えて歌、目の前で歌って聞こえないって言われるのはちょっと業務ではないかなっていう気持ちはなるんですけど。
そうですね、まあ新人研修だったので、今で言う新人研修ですか。
今でもそこは新人研修ですか。
そこは新人研修ですけど、ミッションビジョンバリューみたいな、組織風土みたいな、そういうのを昔はもうちょっと割と上から叩き込むような感じ。
一端だったんでしょうね、きっと。
結構あれなんですか、一社目が営業で会計士の勉強を経て、経理のお仕事に就かれて。
そっちの二社目のところでは、そういった叩き込まれるみたいな環境とかではなく、割と気持ちよくというか、気分よくお仕事できてた感じなんですか。
真逆のカルチャーで、外資だったんですよ。
だから、金曜日は私服でよかったですし、あとは上司とかも結構みんな趣味とか多彩な人たちばっかりだったりとか。
会社での苦労と変化
入った瞬間も、これ会社なのっていうぐらい、最初の会社とのギャップを感じて、オアシスだと思ってましたね、最初。
こんな場所が存在するのかみたいな。
会社の中で何食べても別にいいし、コーヒーとか飲みながら仕事できる。今はみんなやってると思いますけど。
そっかそっか。あれですね、実際12年でしたっけ、13年。
結構長くそこは勤められてたと思うので、割とお仕事してる中での不満とか、そういうのはあまりなく。
逆に40から、コーチングを受けることから始めてっていうところは、やっぱりさっきおっしゃったお父さんの業態の変化がきっかけで、経理の仕事も変わられてみたいな感じなんですか。
仕事は、入ってすぐ会社が倒産っていうか、リーマーショックがあったんですね。
それで親会社が変わっちゃって、同じアメリカの親会社だったんですけど、全くカルチャーが違う。
最初の親会社はどっちかっていうと、本人主義で、日本人勝手にやってくださいっていう感じだったんで、楽しかったんですけど。
次の親会社は、最初は様子見で、2、3年はあんまり親会社変わっても雰囲気変わらないなと思ってたけど、
社長筆頭に役員全員クビになって、3年くらい経った。
そこからものすごいあれやれこれやれが出始めて、本当にカルチャーが変わって、人がどんどん辞めていってみたいなことが起きたんですけど、
逆にでもそれがあったおかげで、最初に楽しかったっていう記憶があるから、もう一回楽しくしたいなと思って。
それでこのチームの関係性を良くするような、今でいうエンゲージメントとかの活動ですよね。
それこそ毎朝朝礼やって、その司会者を持ち回りでやって、一番最後にフリートークでちょっと自己開示するみたいなのを毎日やっていって、
徐々にさめきったチームが仲良くなっていって、常務の改善とかもやるようになってみたいな、そういう楽しさはあったんですけど、
でもそういう徐々に親会社がより力を増していったら、チームが仲良くなっても結局その会社の方針は変わらないから、
最終的には部署ごとリストラみたいになったんですよ。
だから僕は自分から出てたっていうよりは、リストラにあったんですけども、
でもその時に僕はもう大体そういうことする会社だなって思ってたから、働いててもこの会社のために働きたいなと思ってなかったんですね。
フリーランスへの道
そんなタイミングで父親が病気になって、コーチングを受けて学ぶようになって、こういうことを仕事にできたほうが世の中の役に立つなと思って。
タイミングでリストラだったので、ラッキーだったなと思って。
振り返ればっていう感じではありますよね、きっと。
当時からガッツポーズで。
そうなんだ。
本当はそういう今みたいな働き方したかったんですけど、フリーランスで。
当時はもう正社員じゃなきゃいけないとか、年収下げれないとか、そういうのがめちゃくちゃ強くて、自分からは動けなかったんですよね。
そうなんだ。ある意味その流れとして、仕方ないよねっていうので前向くしかないよねっていう状況にどんどん追いやられていったみたいな感じもあったんですね。
なるほど。
ぜひ独立してから、フリーランスになってからの話もよかったら聞きたいなと思うんですけど、
多分めちゃくちゃ濃密だと思うので、話しきれないと思うんですが、
ちょっと今日のこの場で、この7年間ですかね、6年7年ぐらいの間で、
一平さんはどんなこと、どんな旅をしてきたんですかっていうところをぜひ聞きたいなと思うんですけど。
レストランになっていきなりフリーランスになったわけじゃなくて、徐々になんですよね。
徐々にブロックを、自分の中の思い込みを外していったっていう感覚があるんですけど、
最初だから正社員の経理をずっとやってて、その後正社員の研修講師の仕事になったんです。
でもそこで年収はもう半分ぐらい下がってる。
研修講師もコロナで対面の研修しかやってない研修会社だったから、
研修全部なくなっちゃって、いろいろあって適応障害になっちゃって、
その会社でも働けなくなった。
その後フルリモートで契約社員のコーチングの仕事があったんですね。
ここで契約社員でブロックを外さざるを得ないというか。
その後さらにその会社も潰れちゃったんですよ。
正確に言うと日本から撤退しちゃって、日本人全員クビみたいになっちゃって。
それでフリーランスやろうっていう感じでフリーランスになったので、
自分から前へ前へっていうよりは流されて流されて、結局やりたいことやってるみたいな状態。
今も完全なフリーランスではなくて、業務委託でお仕事もらってる会社があって、
なので業務委託の仕事もやりつつ、それ以外の時間で単発でお仕事をともらって、
自分でやったりとかするっていうのが今4年ぐらい続いてる感じですね。
なるほどなるほど。ありがとうございます。
どう? 福民から見ての一平さんのキャリアってどう見えてるの?
なんか腹も万丈だなってすごい感じていて、
僕は結構ずっと同じ会社で働いてることがコンプレックスでもあったんですよね。
多分一平さんと同じようにリストラに会いましたっていう風になったとすると、
今の僕はもしかしたらガッツポーズするかもしれないですけど、
3年前の僕は多分すごいショックで動けなくなるみたいな状態になるんじゃないかなってちょっと聞いてて思って、
それをガッツポーズして乗り越えていろいろやってきてるのがそもそもすごいなっていう風に感じましたね。
なんか結構会社が潰れるとか、リストラに会うとかって結構大きな出来事じゃないですか。
それを何回も経験されてるなって思って。
確かに。
それが今の一平さんの授業力を引き立ててるんだろうなと思いました。
授業力。
なるほどね、確かに確かに。
会社とか組織の個人のやる気とかじゃなくて、組織のドタバタにすごく合いやすい体質というか。
私そんなに変わっていく組織とかもちろんありますけど、
そういう会社の都合でというか、給食とか退職を求められたりとか首を切られたりみたいな経験はないですし、
今でこそ就寝雇用じゃないよってなっても長いので、そういう経験をされてる方って一定数いらっしゃると思うんですけど、
みんなが通る経験ではないなっていうのはすごい感じていて。
一平さん自身のここまでの歩みはどんなふうに受け止められてるんですか?
僕自身が?
うんうん、気になる。
不思議なもんで、それこそコーチングとか受けて振り返る機会があるからかもしれないんですけど、
どっちが先かも自分ではわかんなくなってるというか、
というのは自分の中でこういう状態がいいなっていう願ってる状態があるわけですよ。
で、その解像度が上がれば上がるほど、今の状態との違和感みたいなのが出てくるんですね。
そのタイミングで、外部から何かリストだとかいろいろあるんですけど、
結局でもそれがあったおかげで、自分のありたい姿に一歩近づくっていうことが起きるので、
これね、願ったからそうなってるんじゃないかなと思うときもたまにあって。
だから不思議な感覚ですね。
なるべくしてなってきたな、みたいな感覚が強い。
なんかその時もヤバいなと思ったことを後から振り返ると、
本当に次の一歩の、むしろきっかけになってることの方が多いなって思いますね。
いやでもこれ、いっぺいさんはそう言いますけど、きっかけにしたのは運じゃないと思うんです。
つかみにいく力じゃないですけど、しがみついていくというか、
1個1個目の前のことに。
それをやったから、結果としてあれがきっかけだったなってなるなと思うんですよね。
確かにそれを言ってもらって、自分の中で行動したなと思うのは、
例えば経理でリストラにあった人ってほとんど同じような仕事探すんですよね。
あとは同じような練習であったりとか。
それで僕だけ異質だったというか、全く違う仕事を練習半分でやるみたいな。
何の条件もかみ合ってない。
しかも40歳みたいな。
それが僕が本当に願ってる仕事だったから。
あとは契約社員を日本人がクビになった時も、
ちょうど自分がやりたい仕事があったので、
他の人だったら、それこそ練習を減らしたくないから、
同じタイミングでクビになった人たちでよく起こったのが、
ブラック企業に入っちゃうんですよ。
もう自分がクビになったっていう追い目があるから、
すぐ次の仕事を見つけなくちゃいけないとか、
あとは自分の価値を下げちゃって、
クビになってしまったんだから練習を下げてでももっと働きますみたいな風に、
マインドがそうなっちゃうんですけど、
たまたまそのコーチングを受け続けていたから、
これはチャンスだと思えたから、
そこから半年間本当に仕事してないんですよ。
次の業務委託先を探している中で、
最初は正社員で探してたんですけど、
受かった会社にも、週3日で働きたいって言い続けてたんですね。
ブラックな働き方は二度としたくないっていうのが、
次の僕の理想の在り方だったんです。
余白を持ちながら、家族を大切にしながら生きていきたいって思ってたから、
そうじゃないことはしたくなかったんですね。
と思ったら本当にそういう会社と出会えて、
今週3日で働けるっていう業務委託先と出会えてたりするので、
そこのありたい姿みたいなのを、
一般的にはピンチなことを、その次の一歩に切り替えることができたのかなっていうのは、
聞いてもらってちょっとそう思いました。
新しい出会いと活動
素敵。
ありがとうございます。
その流れの中で、去年の10月ぐらいですかね、9月とかに、
COCOAにも出会っていただいて、
その中で、ココアにも出会っていただいて、
今は一緒にいろいろおしゃべりしたり活動したり、
みたいなことをさせてもらっているので、
一旦ちょっと前半はこんな感じで終えさせていただいて、
COCOAコミュニティの遊びのシェア活動
後半は、いろんなピンチをチャンスに変えてきた一平さんと
COCOAの重なりみたいなところをテーマに話していきたいなと思うので、
また続きをお楽しみにいただけたらなと思います。
ここからはCOCOAトピックについて、
生まれ変わります。
はい。
何度目の生まれ変わりでしょうか?
やっぱり、3週目はさ、生まれ変わりのシェアカツよね。
そういう星のもとに生まれてきてる感じあるよね、3週目の子はね。
そうです。
祝いのシェアカツから、おしのシェアカツから、
おしゃべりのシェアカツから、
やっぱりね、
そういう、
3週目の子は、
生まれ変わると、
いろんなことが起こるので、
シェアカツから、推しのシェアカツから、えっと、何だっけ?
そこから…
対話…対話の…何だっけ?
思考のシェアカツ。
思考のシェアカツから、探求のシェアカツになり、
今回、遊びのシェアカツになる ということで、
生まれ変わり続けて、何千里みたいな 感じですけども、
ちょっとどんなことをやるかっていうのは、
またちょっと来週ね、お知らせを していきたいなと思いますので、
楽しみにしていただければな と思いますが、
簡単に言っちゃうと、遊ぼうっていうね。
簡単に言ったね。
ちょっと経緯、良ければシェアしてよ。
経緯?
経緯は、なんか、ふくみん 最近、遊んでないよねっていう。
俺に足りてないのは、遊びだったんだ ってことに気づいて、
ココアのイベントに乗っとった。
これは、ふくみんスタートで 生まれてきたものなんだね。
そうね。
初めての、俺のね、わがままで生まれた。
いやいや、大事よ。
そういうふうに、コミュニティが育まれると いいなって、私は思っているよ。
私が提供したものを、みんなが 受け取るんじゃなくてさ、
みんながうずいて、生み出したものを みんなが受け取っていくみたいなさ、
それのかけだしになりそうな 感じがあるよね。
ぜひとも、ちょっといろいろ ネリネリしていきましょう。
そうね。
また、いつ変わるか分からない 3週目ですけど、
しばらくは、遊びのシェアかつ 楽しんでいただければなと思いますので。
一旦ね、やってみるっていう感じでね、 やっていきたいなと思うので、
ぜひみんなで遊びましょう っていうような時間になります。
阿部翔さんのイベント紹介
はい。
また、今週のココアイベントのお知らせです。
2月12日21時からは、知識と経験のシェアかつです。
はい。
もう毎月恒例になってるんですけど、
今月は、阿部翔さんという方に シェアをしていただきます。
タイトルがですね、 自己中で何が悪いっていう。
いいタイトルよね。
これ、いろいろ壁打ちをさせてもらって、 やったんですけど、
すごく、前提でめちゃめちゃ優しいのよ、 阿部翔さんって。
そうだね。
優しいですって顔してるやん。
してる。
でも、それって本当に優しいんだけど、
でも、自分のこうしたいっていうのも ちゃんと持ってる人だから、
そういうものをね、 ちゃんと出していくっていうことは、
やっぱり阿部翔さんにとって、 結構チャレンジだったりする中で、
ここのね、自己中で何が悪いっていうところを、
一つ今回は、とっかかりというかテーマとして、
いろんなことをシェアしてくれるかなと思うので、
ぜひ楽しみにしてもらえたらなっていうところと、
あとは、このタイミングでシェアするよって 言ってくれた理由が、
2月末で独立される経緯になっているので、
すごいね。
そういう節目っていうのもあって、
ぜひシェアしたいっていうふうに 言ってくれたので、
ぜひぜひそういった意味でも、
すごく見に来てもらえたり、
遊びに来てもらえると嬉しいなというふうに 思っています。
すごく楽しみにしてます。
楽しんでいきたいなと思います。
はい、ということで、
この番組は毎週月曜朝7時に配信しています。
番組のお便りはどしどし募集中です。
概要欄のお便りフォームから 質問・感想を寄せください。
また、ココアがどんなコミュニティなのか 知りたい方は、
ココアの公式LINEで友達になっていただき、
ワンワン説明会でお話ししましょう。
一緒に シェア活動を楽しんでいきましょう。
それじゃあ、またね。