良いも悪いもないんだけど、結果がどうなのっていうところかなと思う。さっきの紙一重の話でも、自分が自分がで言ってて、結果得れてるんだったら、自分が得たい結果、それでいいと思う。どんだけ煙たがられようが、なんか成すものは成してるわけじゃん。
そうやね。
そう。で、なんかタイミングかかうっていうのも、タイミングかかった結果、得たいものを得れてるんだったら、良いじゃんって思うよね。でもなんか私は、それで言うと、お花のワークショップをこれからやっていきたいっていう思いはあるんだけど、結構それを対企業とか組織とかそういう、なんか自主開催だけじゃなくて、いろんな会社さんとかに提供していきたいなっていう思いがすごいあって、
なんか提案をしていきたい気持ちはあるけど、なんかその企業の話を聞けば聞くほど、今なのかなとか思っちゃう。なんかそこでその提案のタイミングを先送りにしてる自分がちょっと想像できちゃったのよ。
でもそれは別にさ、ビビってるわけじゃないんでしょ? ミレイ なんかビビってんのかなとも思った。 ああ、そうなんだ。
ミレイ うん、でもこう、なんだろうな、どっちかっていうと、今なのか?みたいなタイミングを伺って、なんか様子を伺っているみたいな感覚の方が近いかもね。
強者ムーブやな。様子を伺うみたいなのは。
ミレイ 強者ムーブ?どういうことどういうこと? 例えばすごく追い詰められてて、ミッチもサッチもいかない状態だったらさ、待ってらんないじゃん。様子なんか伺ってらんないじゃん。いや本当にいいんですよ、これはみたいなさ、感じになるだろうなと思って。
でも、その余裕があるとかそういうわけではないけど、なんかやっぱりこの追い詰められてる立場の人じゃないムーブだなとは思うわけよ。
ミレイ 様子を見てる人。 だから、様子を見て腕組んで、はいはい、そのタイミングね、みたいな感じで様子を見てる。 ミレイ えっ、なんか嫌なやつ、嫌だ。
別にそんな感じではないけど、でもなんか様子を伺うって、なんかその余裕があるからできる人なんやろうなってのはちょっと思った。 ミレイ あ、そうなんだ。そうか、そうなのかもしれないね。
だから、なんか余裕があるっていうのは別に悪いことじゃないと思っていて、なんだろう、タイミングを伺えるってさ、すごくいいことだと思うのよ。もう俺こんな偉そうなこと言ってるけど、俺はめちゃくちゃ主体性じゃないから。
ミレイ そうなの?じゃあ、その話もまた。 そうやね。だから、なんか気持ちはめちゃくちゃわかるし、俺もなんかどっちかというと空気をね、ジャブ打っていくタイプだったりするし、だからこそなんか主体性に生きるってどういうことなんだろうなっていうのは、やっぱ思うんだよね。
ミレイ なんかやっぱその、昔さ、このポッドキャストでアクション、リアクションみたいな話したね。私は今リアクションに回っているなっていう感覚なのよね。そのアクションとリアクションで、そのアクションに対して反応するのがリアクションだよねってなったときに、どっちが先に何かを生み出してるかというか発信してるかって、やっぱアクションしてる人。アクションしてる人がいないとリアクションする人って生まれない。
確かにね。
ミレイ そこのアクションを自分は今できてないなっていう感覚があった。
そういうことね。
ミレイ そうそうそう。
なるほど。何かを生み出すためには、やっぱアクションが必要だよね、主体性が必要だよねっていう話なわけね。
ミレイ そこで主体性にいきなりはつながんないのよ、私の中で。今のは自分の今の状態を見つめたときに、何でこんなに自分のスタンスを決めきれてないんだろうとか、やりたいと口では言ってるのに、やらねばみたいな状態になってないのは何でなんだろうなみたいなことを見つめていったときに、
リアクションをしてる状態だなって自分が思って。でもそれって要は、人の目を見て自分の見なりを決めているというか、自分の動き方を決めてるっていう反射してる感じ?
でも自分がやりたいことって、何か新しい点を持っていきたいっていう、こういうことをしませんかっていうのを言っていきたいはずなのに、何かすごくごてごてしてるというか。
なるほど。
なと思って、そういうアクションリアクションの話を出したんだけど、主体的にっていうのは、何かその文脈でいくと、ごてかせんてかみたいならしいだし、何かもっと大きく言うと、自分がやりたい、むしろ何かやると決めてることを、何て言うんだろうな、やらない理由を探すじゃないけど、やらない理由を作るのはさ、超簡単やん。
そうやね。
時間がないとかさ、準備が整ってないとかさ、超簡単だけど、何かそれやってる時って、すごい何か言い訳してるなというか。
確かにね。何かさ、気分も乗らないよね。何かこう、分かってんだよねみたいな状態になっちゃう。
そうね。
やらなきゃいけないのは分かってんだけどねって言ってる自分にまたテンション下がるみたいなさ。
私の中で結構、お花のワークショップはすごく、めちゃくちゃいいものだなっていう確信は割と得てるのよね。
でも、それを広げていきたい、もっと活動をやりたいってなった時に、今何か主体的になってねえなっていうのは感じていて、
でも、ワークショップを通じて伝えたいことっていうのも、結構キーワードが主体性だから、
なんかすごい自分に問われてるなっていうのを、今何か感じながら過ごしている。
なるほどね。確かにこないだナーミンのワークショップ参加させてもらってさ、めっちゃ主体性を促すようなワークだったよね。
そうなの?そう感じた?
感じた。
どこどこで感じた?
例えば、テーマがさ、抱負みたいな感じだったじゃん。
2025年の自分に送るみたいな感じ?
自分は一年間こういう風に頑張っていきますよみたいな感じのやつでさ、それをシェアするみたいな感じだったじゃん。
で、できれば話しかけたことがない人だとか、話したことない人に5人ぐらいにシェアしましょうみたいなさ。
俺あれ陽キャのやることだと思ってるわけよ。
陽キャのやること?
なんかあれって、自分の話を聞いてもらいたいっていう主体性がないとなかなかさ、言えないと思ってて。言えないっていうか、5人も集められないと思っていて。
で、俺はさ、結構焦虐的な人間だからさ、ドギマギしてたらさ、なんかやっぱ話しかけてくれるよね、陽キャたちが。
陽キャたち、言い方言い方。
めちゃくちゃさ、いい人たちばっかりでさ、明るい人たちばっかりで、だからこそなんかこう思う存分自分も出せたみたいなところはあったりするけど、
なんかああいうのを、要は自分の抱負をシェアしようみたいなところは、やっぱ主体的な活動だと思うんだよね。
自分の話を聞いてくれとかさ、自分の思いを見てくれとかさ、自分を見てくれみたいなところってさ、やっぱ主体性がないとできないと思うんだよね。
だからそういうのも含めて、なんかやっぱそういう主体性を感じられるワークだったなっていうのは思う。
なんか、福民からさ、話しかけた?誰かに。
なんかね、3人目ぐらいからは話しかけられたのに。
へえ、いやそれすごい嬉しい。なんか、私全体を見てたしみんなもあったからさ、誰がどう話しかけてるとか全然キャッチできんかったんやけどさ、
なんかそういうのを作りたかったのよ。なんか最初はそういうの得意な社交的な人がどんどん聞いてくださいみたいな感じで行くけど、
なんかそれをしてもらった結果、自分も次行こうって思える体験になってたんだとしたら、なんかめちゃくちゃ嬉しい。
だってさ、ほとんどの人初めましてだったじゃん。なんか最後の方さ、めっちゃ仲良くなってたじゃん。
なんかそれこそこのキャラクターズのことについてみんな一生懸命ワイワイワイワイ考えてくれてたじゃん。
なんかやっぱすごくいい雰囲気だなとも感じたし、仲良くなってんなってのも感じたし。
仲良くしたかったわけではないんやけど、でも自分の考えとか思いを知っている人たちと同じ時間を過ごすのか、
自分のことなんて誰も知らないし興味もないよねっていうふうに思ってる状態で同じ時間を過ごすのって、なんか全然体感違う。
いや全然違うよ。マジ交流会とかすげえ苦痛だったもん。早く終わんねえから時計もう一本気に見るみたいなさ。
おもろない授業みたいな。
そうね。なんかそれが自分としてはすごく大事な要素だったなと思っていて、その主体性を発揮するっていうのも、さっきそのサラリーマンの人が発揮しづらい環境だよなみたいなのが、
会社がどうしても主語になるっていうところもそうだし、なんかやっぱ授業とか仕事とかお客さんのこととか、なんか今自分たちがミッションとしてやらないといけないことを中心に会話をするっていうのは、
意見を持ってる持ってないとか、スキルがあるないとか、そういうのもあるんだけど、でもなんか根本こうどういう思いでそれを言ってるのかとか、最終的にその人のバックグラウンドとか、その人が大事にしてることからそういう話が出てくると思うけど、そこって見えないし、そこって考慮されないし、
なんだろうな、なんかその発信した言葉は、なんて言うんだろうな、なんかうまく言えないけど、その人から出てきたものではあるんだけど、でもやっぱその自分のことではないわけだから、結局その自分自身がどうしたいかみたいな観点で、会社とかの中にいると、どんどんどんどん、なんかね小さくなっていく感覚があるのよ、私の中で。
なんかそれは会社で話すことじゃないみたいな、仕事で持ち出すものではないみたいな、自分がどうしたいかとかどう生きたいかとか、何が好きで嫌いでみたいなところって、仕事がうまくいってるんだったら話してもいいけどみたいな、でも仕事がまずうまくいくのが先だよねとか、
自分の中での優先順位が、自分のことがどんどん下がっていく、優先順位の中で、結果的に主体性を奪っているのではと、なんか私はすごい思うよね。
いや、それはすごい思うし、何かだから業務の中でその主体性を発揮させるみたいなのって結構難しいと思っていて。
なんか別に発揮させなくてもいい場面で発揮させようとするじゃん、なんか。
なんかね、とにかく主体性だって。
もっと頑張れよみたいなさ、もっと自分の意見ないの?みたいな。
だってないよ、ないんだもんみたいなね。
そうそうそうそう。
なんかないものはないで、なんかそれをないってだめだよねっていうのも私は不自然だと思う。
いや、それはそう、ほんとに。
ないものはないっていう。
別になくてもええやんみたいなさ。
なんかそれって文化だと思うのよね。なくてもいいよね、別に。だってこの人は別に今意見がない、ただそれだけだよね。ある人はあっていいけどっていう。
そこのこう、なんだろうな、なんかでこぼこ感というか、なんかみんながみんな均一に、なんか会社に対してこう思いがあるわけでもないしとか、会社にいる目的もさ、ちょっとずつ違ったりするわけで、なんかそこをこう、なんだろうな、なんか見つめ合いつつ、でも自分はこうなんですっていうのが言える状態が一番こう、
なんか私ね、すごい組織に求めてるものが自然かどうかなの。
ナチュラル?
ナチュラル。なんかね、アンナチュラル嫌なの。不自然。
どういうのが不自然なの?
例えば、強制的に人を動かすとか、お金とかでモチベになって動くとか全然いいんだけど、それも自然だなと思うから、お金もっと欲しい、頑張るみたいなのって自然だけど、例えばやりがいを強要したりだとか、あとはこういう会社ってこういうもんだから、みたいな感じの固定概念で人を縛って、
なんかそこにはめようとするようなことだったり、あとは結構その、私MLMあんまりこう、なんかね、昔からあんま受け付けないのよ、なんか感覚的に。で別になんか制度自体、紹介で広げていくみたいなものだと思うから、そのマルチレベルマーケティングってさ、その
名前の通りやもんな。
そうそう、なんかこう、一人の人から派生していって、どんどんその、何その人のレコメンドでいいなってなって、どんどん連鎖していくっていうものだと思うから、なんかそれ自体は普通の自然のこと、いいと思ったものは進めたいよねっていう自然なことだなと思うけど、なんか不自然だなと思うのは、なんかランキング形式になっていくこと、そのマルチレベルっていう、なんかレベルをつけられていく。
だからその、たくさん紹介出した人が偉いみたいな感じの、その構造になっていくっていうのが、私は不自然だなと思うのよね。
なるほどね。
でもある目的においては、必要なことかもしれないけど、例えばその商品を浸透させる、もういろんなところに手を伸ばすためには、マーケット広げるためには必要かもしれないけど、自然か不自然かで言うと、私は不自然だなって感じるのよ。
だって、なんか偉いも偉くないもなくないっていう、そのたくさん紹介出した人が偉いっていうのは、なんかその会社のためにはなるかもしれないけど、その人にとってはどっちでもよくない、紹介出そうか出さないかっていうのが自然だなと思うのよね。
なるほどね。
でもこれはなんかすごい感覚的なものがすごい多いから、なんかあんまりうまくしゃべれてる気がしないけど。
まあでも自然か不自然かって言ったらさ、なんかどこかに歪みを生むような仕組みだなって思うから、なんかやっぱそれは不自然だよなって思うよね。
そうね、なんかやっぱ自然の節理というか、なんか自然界と同じ法則で。
弱肉強食みたいな感じ?
弱肉強食もそうだし、なんか例えば森があって、森の中で生物の弱肉強食とかあるかもしれないけど、でも全体として調和しつつ、朽ちるものもあれば生まれてくるものもあって、それが何かものとか種を運んで、なんか新しい生命を生み出したりとか、なんかその流れの中に私たちっているよねっていう、
なんかその循環の中にいるかどうかみたいな。
なるほどな。
それこそMLMもそうだけど、なんか不自然だなと思うものって、マンパワーで領地拡大してるみたいなイメージなの。
マーケットを拡大するみたいなのって、私の中ではすごく違和感のある言葉だよね。
へえ、そうなんだ。
そのじゃあ、事業をスケールするとか、そういうのも違和感あるの?
何のために?とは思っちゃうかも。何のためにスケールするの?とは思う。
例えばさ、もっと幸せな人を増やしたいから、その幸せを増やしたいためには、もっとやっぱり自分の理念…
今回はここまで。次回に続く。