やっぱそこの領域においてすごく生きる考え方なんだろうなっていうのが俺も思うな。
なので、ちょっとココアというコミュニティを中心にちょっと話を進めていきたいなと思うんですけど、
まず一番言いたいことというか、今感じていることとしては、よくココアのイベントの中で分かち合いの文化を土台にして理想の相棒関係を探求するコミュニティカンパニーを作っていきますっていうことを毎回言ってるのね。
毎週言ってるから今暗記で言えちゃった。
何も今メモしなくて言ったけどびっくりしているんですが、そういう言葉をですね、毎週伝えてまして、このコミュニティカンパニーのことを特に伝えてないのね、みんなには。
たしかにね。
コミュニティカンパニー作るんだなーみたいな感じで多分聞いてくれてると思うんだけど、参加してる人たちは。
ただ私はの中でこのコミュニティカンパニーっていう存在は別造語では、私の造語ではなくて、私がまた別のコミュニティでコミュマネーというかコミュニティ運営をやらせてもらっている、テバナスケーラボラトリーという会社があって、ディクソを作ってるというか運営してる会社でもあるっていうところなんですけど、
ここもコミュニティカンパニーというふうに提唱していて、私はそこで初めて知ったこの概念を。コミュニティカンパニーって楽しさやなーみたいな。
聞かないよね、コミュニティカンパニーってね。
でも、その概念をいろいろ説明していくといろいろあるんだけど、すごく端的に言うと、コミュニティって共感で集まった共同体で、カンパニーは事業を推進していく会社、事業、会社っていうところで、ここが一体になっている。
けれども、ちゃんと分かれてはいるっていう。でも境界線が曖昧みたいな。つきそうでつかないみたいな。だから、丸が重なり合ってるみたいなイメージ。
ちょっと図で表すとね。で、その重なってるところで、事業にも関わってるし、コミュニティにも関わってる。人もいれば、事業にがっつり関わっているけど、あんまりコミュニティには関わらないみたいな人もいれば、
コミュニティはめちゃくちゃ関わってるんだけど、事業にはあまり関わっていないみたいな人もいて、でもそれもいろいろいろんな関わり方があっていいよねっていう前提で、
このラボってみんな呼んでるんだけど、そのラボに関わっている人たちがいろんな関わり方があっていいよね、自分で選べるよねっていうことを許容するための器みたいな風に私は理解をしていて。
コミュニティカンパニーというものが。例えばそのラボのことは好きなんだけど、事業をやりたいわけではないってなったときに、コミュニティがなかったら、もう関わり代がお客さんしかないわけよ。
サービスを買うっていうことしかなくなるんだけど、でもコミュニティでいろんな人と関わり合ってイベントを開いたり参加したりとか、誰かと喋ったりとか、そういうことをやっていくのも一つの関わり方だよね。
それは必ずしも利益を生むとか、契約を取るとか、事業を推進するってことに繋がらないかもしれないけど、大きく見ると繋がってるよねみたいな。
っていうような考え方があったときに、そのコミュニティカンパニーを私も作っていきたいっていうのが大前提にあって。
だからココアは今コミュニティなんだけど、コミュニティとしてずっとやっていきたいというよりは、やっぱりコミュニティカンパニーにしていきたいなっていう気持ちがある中で、
ラボと少し違う部分としては、ラボはもともと採用コンサルとかをやってる会社だったのね。だから株式会社。
普通の会社だよね。
いわゆるよく聞く会社っていうので、事業をやっていて採用もしていて、普通に経営をしていたっていう中からコミュニティを作ろうっていう話になって、コミュニティカンパニーになってきたんだけど、
ココアって今まだ会社がないから、後人格も立ててないし、コミュニティとして人は集まってはいるんだけど、そこにカンパニー機能はないっていう状況。
で、なんかこのステップというかさ、流れが、私は結構数ヶ月前ぐらいまで、何て言うんだろうな、なんか劣等感っていう言葉が正しいのか、大丈夫かなみたいな。
カンパニーできるかなみたいな。
そうそうそうそう。なんかこのコミュニティとゆるい感じで集まった人たちで本当にカンパニーってやっていけるのかなみたいな気持ちは結構あって。
そのさ、テバラボは先にカンパニーがあって後からコミュニティができてるわけじゃん。
そうそうそうそう。
でも逆パターンだから大丈夫かなっていう風になってたってこと?
そうね、そうね、なんか本当はじゃあカンパニーが先にあった方がいいんじゃないかなみたいなことを結構思っていた。
だから割とね、9月中旬ぐらいまでは自分で何か事業やらなきゃってずっと思ってた。じゃないとカンパニーにならないと思ってた。
なるほどね。
っていうのはすごく正直な気持ちとしてその時あって、でも最近はコミュニティからカンパニーが立ち上がっていきそうな予感がしていて。
それは実際にそういう話をね、し始めてる人がいたりするんだけど、いろんな目論みというか企みもあったりするから、そういう話はまたおいおいしていけたらなと思ってるんだけど、すごく今の私の感覚としては優しいプロセスを感じるというか。
なんかこうゆるーくなんかこういいね、いいねで集まってきた人たちの中から一つその事業が立ち上がっていくっていうこのプロセスがすごくなんか優しい感じがしていて、なんていうんだろうな。
なんかちょっとわかる。
わかる?
なんかさ、ちょっと違うかもしれないけど畑で例えるとさ、なんかそのふかふかの畑があって、そこから急に芽がポコって生えたみたいな感じかなって思ったね。
自分で耕して耕して一生懸命やって種をまいてその芽が出ましたって感じじゃなくて、なんか知んないけどタンポポの綿毛飛んできて芽が出ましたみたいな。
なるほどね。
そんな感じかなってちょっと今は思った。
なんかそれで言うと、そのコミュニティを今の状態、全然まだまだだとは思ってるんだけど状態としてね。
でもこう去年、今年の初めから比べたらだいぶいろいろこう充実してきているし、関わってる人の数もすごい増えてきているっていうのを考えた時に、最初は確かに一生懸命耕してたなと思う。
土を一生懸命耕して種をまいてまいてっていうのをやってたけど、一旦なんか自分の家の裏庭ぐらいは耕せたみたいな感覚がある。
そうね。
そういう意味ではなんか別に焦らずともそこから芽生えるよね、そりゃみたいな、なんかそういうことは一つ言えるかもしれないね。
なるほどね。確かになんかこのコミュニティからできるカンパニーってさ、なんて言うんだろうな、カンパニーって要は会社であり事業なわけじゃない。
だからなんかそのやりたいことがないとさ、出てこないじゃん。そのなんて言うんだろうな、目的みたいなものがそのコミュニティにあったとして、ココアにあったとしてさ、なんかそこに沿ってないとダメかもしれないだったりとかさ。
なんかそういうのをなんか考えちゃうじゃない。なんかコミュニティから事業作ろうってなると。でもなんかその今そのココアで生まれてるものってさ、そういうものではなくて、なんか楽しそうだからやろうみたいなさ、感じで生まれてきてるじゃない。
コミュニティ活動がね。
そうそうそうそう。だからこそなんかその優しいものに感じてるんだろうなっていうのもあるけど。
でもなんかそれで言うと私の中では割とね、なんかそこは割と分けてる気がする。
そうなの。
そのコミュニティ活動としてやっていることと、事業としてやっていくこととっていうのは結構違う脳みそを使っている感覚はあるのね。
でもその土台はコミュニティだし、コミュニティがなければ事業は生まれていないっていう、生まれていかないっていうことはすごく前提条件として考えているから、
それはそのラボとは違う。そのラボは別にコミュニティは最初存在しなかったけど、会社として存在していた。
ってことはなんかそのコミュニティがあったからこそ事業も生まれたってことだよね。
そうそうそうそう。なんか私はそう感じている。っていうのがすごく、なんかラボ、コミュニティカンパニーという概念としては近いものを目指しているんだけど、成り立ちというかプロセスがすごく違うことに対して、なんか可能性でもあり、面白さも感じているし、
確かに。
どうなるかはわかんないから、でもどうにかなっちゃう気もするっていう。なんかそういうことを、なんかまず共感資本社会という前提というか、そのこういう社会観の中で生まれてきているものでもあるのかなっていう、ココアという存在自体が。
確かにココア自体はやっぱさ、共感資本社会の中で生きてるなーって感じはするよね。
する?
うん。なんかなんだろうな、2話で言ったさ、その何も目的がなくても集まってるみたいなさ、状況は生まれつつあるなと思って。なんかそのイベントに来てくれるみたいなところ、イベントが楽しいから来るみたいなさ、ところもあるかもしれないけどさ、なんかここに来たら誰かいるみたいな状況なわけじゃない。で、その人とおしゃべりができるみたいなさ。
なんかそれは、そのなんだろうな、なんかここで何かを得ようとか。
確かに。
なんかそういう目的じゃない気がする。
はいはいはい。なんかね、ココアで何かを得たい人はいない気がする。
確かに。確かにって言い方もあれだけど。
味ワインに来てくるって感じかもなー。
そうね。染みに来てくる。
染みに来てる。なんかいいよね、みたいな感じで来てくれてて。なんかそれがすごいやっぱ象徴的なのが、知識と経験のシェア活動だよね、私の中で。
確かに確かに。
私で聞き手目線で言うと別に、そのノウハウとかないわけよ。みんなの人生のストーリーとか、その中で自分、その人自身のテーマ性みたいなものを色々ね、シェアしてくれることが多いんだけど。
確かにな。
それを聞いたとてさ、明日の自分のさ、仕事の仕方に活かされたりはさ、すぐにはしないじゃん。でもそれをみんな味ワインに聞きに来てくれてる感じはすごいするから。
確かに。
なるほどね。金融資本における赤字ってことね。
そう。自分が使っている時間がお金に換算されているかっていうと、そりゃ赤字だよっていう。
そこで売り上げが上がってるんですかって言うと、別に上がってませんよ。
でも、それは金融資本という軸で見た話でしかないから、赤字覚悟って言ってたけど、結果的にめちゃくちゃ得られてる資本がたくさんあるなっていう風に感じていて。
それはそうだわ。
それはそう?感じる?
それはそう。確かにそうだわ。
で、いろんなところで私も資本主義とかの話を聞く中で、資本って実は9つあるみたいな話を言ってる人がいて、この資本の整理の仕方は多分人それぞれなのよね。
別に一つの正解だけじゃなくて、なぜかというと資本という言葉の意味が事業活動や価値創出に必要なあらゆる要素っていう風に整理されていて。
何でもオッケー。
あらゆる要素なの。
そうそうそうそう。だから何かをやろうとした時に必要になってくるものを資本という風に呼んでいた時に、お金もそうじゃん。必要じゃん。
まあそうね。なんかよく言うのは人物お金とかさ。
そうそうそう。
販分類とかよく言われるよね。
人がいて、金があって、その設備というかさ。
例えば飲食店やると場所とか建物とかキッチン設備とか。
机とかね。
そういうのも全部物に入るよねっていう。そういう風な分け方が今まで割とよく聞くものだったけど。
9つの資本に整理している人がいて、それにのっとるとまず金融資本があって、社会資本。人との繋がりや影響力。
人としてしている限りものすごく自由になってくる。
3つ目が物質的資本。石、鉄、木、化石燃料とか道具、建物。
まあいろんなまあこれは手触り感のある物質も資本だし、生命資本。水、土、動植物、菌類、パーマカルチャーはこれに特化しているみたいな話があるんだけど、確かにそうだよな。
生きてく上で水確かに必要だなみたいな。
生きてないとさ、事業も生み出せないじゃんみたいなこと考えたらね。
これは自然資本という風にも読めるかもしれない。
知的資本。自分だったり他の人のアイディアや知識、科学などっていうところ。
6つ目が経験資本。体験を通していろんなことができるようになること。
これさっき言ってたね、経験とか体験大事だよねみたいな話。
これもその人の中に蓄積されている資本だよねっていう。
確かにね。
だってマーケティングを経験している人としてない人、どっちの方がその知的資本ありますかって言ったら、経験してる人の方が資本あるよねっていう。
考えたらわかるよね。
ノウハウとかもそういう感じだよね、きっと。
それがどっかの誰かが言ったことじゃなくて、自分自身がそれを体験しているということが、そのものが資本なんだっていう考え方だと思うな。
体で覚えるよね。
精神的資本。自分より大きな何かを信じることから生まれる力。精神性みたいなね、言うけど。
こういうものもあるよね。資本だよね。
そして文化資本。歴史の中で積み上げられてきた伝統など。食文化とかお祭りとか民謡とか。
あれなんか、これ8個しかない。
8個しかない。
8個しかないね。
たくさんあるよってこと?
もう一個ね、余裕資本。
余裕。
時間がある、心の余裕がある。
大事。
これを書いた人が、ないということも資本だよねみたいなことを言い回しをしてて、余裕があるっていうのは、何もやることがないというふうにも捉えられる。
別に切羽詰まってないみたいな。
それってでも、それでさえ資本だよねっていう。
その状況が資本だよねってことね。
余裕があるから、ゆっくり物事考えれたりとか、焦らず一つずつこなしていけたりとかするよねっていう、この余裕資本っていうのはすごく今までの考え方とはちょっと違うベクトルの考え方だなみたいなことを整理している人がいてさ。
そこに当てはめて、これを元に考えていったときに、私はそのココア含めていろんなコミュニティ運営をやる中で、社会資本とか知的資本、経験資本、精神的資本、文化資本とかがね、なんかこういういろんな資本がめちゃくちゃ集まってきてるなっていうふうに感じていて。
で、なんかこれを集める、集まってきているのは、お金があるからじゃなくて、ココアで言うとココメイトがいるから集まってきてるなって思うわけよ。
たしかに。
お金で言うと全然ないからさ。だって事業やってないからさ。
だからなんかすごく、お金があるから何かができるっていうのはすごく思い込みだったんだなって思ってさ。
たしかにな。
なんか資金調達とか言うやんか。何か事業スタートアップとかだったら資金調達何億やりましたとかさ、もちろん大事だしさ、必要なときはもちろんあるんだけど、でもその調達した資金で何するかって言ったらさ、
もちろん設備投資とかもあるけど、でも人件費がほとんどじゃん。
そうだね。
基本的にね。でなったときに、結局人を動かすためのお金なわけよ。
でも人がすでにいるわけよ、ココアには。
たしかに。
これえぐいなっていうふうに思ってて。で、もちろんなんかいるから全てオッケーってわけじゃないし、ここから色々模索していったり、なんか紐解いていくべきことたくさんあるなと思うんだけど、
でもなんかすごくスタートラインとしては、なんかすでにたくさんの資本が今手元に、手元というか、ここにある状態で考えていけるんだなって思うと、なんかすげえなって思って。
赤字どころか、鬼黒字やみたいな。
なんかそもそもさ、この金融資本以外のさ、概念でさ、全部黒字だよね。
物質的資本はあんまないかもしれないけどね。
まあそうね。
でもほとんど、なんかまさに社会資本なんて人とのつながりなんてさ、もう黒字でしかないじゃん。
むしろそれしかないぐらいのね、あれではあるけどさ。
考えるとやっぱそうよね。
だからやっぱ今こういう状態、なんかたくさんのものがあるんだな、たくさんの資本があるんだなっていうのは、なんか改めて今回本を読んですごく再認識したっていう。
だから赤字覚悟っていう言葉は、ちょっと適切じゃなかったなっていう気持ちになって、訂正したかったっていう話でございます。
ここに来て。
ここに来て。
アップデートされちゃった。
アップデートされましたっていう。
なので、なんかじゃあそれで全部が全部うまくいくわけではなく、なんかその中でもやっぱ私たちは生きていかなきゃいけないとか、ちょっとベーシックインカムが実装されるにはまだちょっと少し時間がかかるから、なんかその金融資本ももちろん大事だっていうことを踏まえた上で、今ココアに一緒にいてくれてる人たちとどう一緒に活動していくかっていうことを考えるっていうことは、
イコール、このいろんな資本を大切にするにはどうしたらいいんだろうっていうことを考えることでもあるのかなっていうのを、この資本というね、あえてね、言葉で整理すると感じたから、資本ってさ、必要なものでもあるけど、なんかそれをそのものを大切にするという意味でも、なんか捉えられるのかなって。
確かにね。
なんか人って別に道具じゃないじゃん。人そのものを大切にするっていうことだって大事だけど、でもその人が活躍することで何か新しい授業が生まれていったりするっていうことでもあるからさ、なんかここが一見矛盾してるように見えるけど、矛盾を越えていくみたいなことをどうやったらできるのかなっていうことを考えていける状況になってきたのかなっていうのがすごくですね、私としてはありがたいというか。
すげーなーって思ってる。
へー。
そんな感じです。
面白い。
なんかだいぶ私がね、語りたいことは語ってしまったんだけど、福満はずっと聞いててどうですか。
いやなんかさ、さっきのさ、コミュニティカンパニーの話ちょっと戻っちゃうんだけどさ、なんか俺がナーミンから聞いてるコミュニティカンパニーの概念で好きなのは採用の概念なのよね。
共感してくれる、自分たちのそのカンパニーに共感してくれる人たちがコミュニティにいるわけじゃない。
ってことは、そのコミュニティにいる人たちがカンパニーに手伝ってくれるのが一番いいじゃん。
っていうのが成り立つのがコミュニティカンパニーだと思うのよね。
やっぱそこを支えるのは、そのやってることに対しての共感だと思うのよ。
で、ココアの場合だとさ、もう先に共感が始まってるわけじゃない。
だから、その共感の中で生まれてきたカンパニーっていうのは、やっぱみんなが知らずと応援してくれるような形のものになるんだろうなって思うと、なんかそのコミュニティからできるカンパニーってすごいワクワクするものになりそうだな。
優しくない?
優しい。優しいし、なんかさっき言ったさ、なんかこの何もないところから生まれるものだからさ、未知数でありワクワクするみたいな。
わかんないよね、どうなるかね。
どんなものができるんだろうかって。だからなんかそういうのをすごくこうなんだろうな、ワクワクするようなものがココアから誕生しそうだなっていう、ワクワク?
ワクワクしました〇みたいな。
しみるなーって感じ。
そう、言語化がね、限界が来るよね。
言語化はね、限界が来る。別に言語化しなくてもいいと思う。
ポッドキャストでそれ言うみたいな感じですけども。
確かにね。ぜひね、読んでもらえたらわかるから。
やっぱ3回目も言った、最後も言ったね。
言わればと。
もう毎回言うみたいな。
そう、言わればと。
ぜひぜひ読んでほしいなと思うし、その上でココアに関わってくれてる人には本当に感謝だし、改めてここから面白いことを一緒にやっていけたら嬉しいなっていう気持ちがあるので、そこも含めてみんなで諸行錯誤をしていけたらいいなと思っております。
ということで3回にわたって共感資本社会を生きるシリーズをやってきましたが、いかがでしたでしょうかということで、ぜひお便りお待ちしておりますので。
これはね、お便りしがいがあると思うよ。だいぶこうなんだろう。
自分で言うね。
熱を込めて語らせていただいたので。
あとは次回ちょっとゲスト回を予定していて、ちょっと今回のこの共感資本社会を生きるっていう本であったりあとユーモと結構近いところにあるテーマで活動している方にちょっと一緒にポトキャスト撮ろうよっていう話をしているので。
めっちゃくちゃ楽しみ。
これを踏まえてのちょっとまた話もできるんじゃないかなと思っているので、ぜひぜひ楽しみにしていただけたらなと思います。
ということで今回はこんな感じで終わっていきたいと思います。
ありがとうございます。
ここからはココアトピックスの時間です。