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2025-12-08 28:31

#2-33【共感資本社会を生きる編 2/3】「知らない、怖い」を乗り越える!共感のスタートは“知ること”から

【今回のエピソードについて】

新シリーズ「共感資本社会を生きる編」第2回です。

今回は、『共感資本社会を生きる』を読み終えたばかりのふくみんの心に染みたポイントを深掘りします!

特に「全ては知ることから始まる」と「今を生きる」という2つのテーマを中心に、共感資本社会を生きる上で重要な、関係性やつながりについて語り合いました。


【今回の本編ハイライト】

・「全ては知ることから始まる」:共感と分断の根っこにあるもの

・「知的障害」を飛び越えた、少年時代のふくみんのエピソード

・「怖い」は「知らない」から生まれる。知的好奇心が共感の始まり?

・未来のためではなく「今を生きる」ことの大切さ

・目的を持たない繋がりから「心が向かいたい目的地」が立ち上がってくる感覚


【COCOAトピックス】・今週のイベント:12/11(木) 「知識と経験のシェア活」〜ゆいちさんによる『世界のために動いたら私が満たされていた話』


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▼パーソナリティ

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サマリー

共感資本社会において、知ることが共感の出発点であることの重要性が語られています。特に、障害者との接触経験を通じて、理解と気付きが深まる様子が描かれています。このエピソードでは、共感資本社会の重要性や、それを達成するための「知ること」や「経験すること」の大切さについて議論されています。また、目的のない交流が生む喜びや豊かさについても触れられています。さらに、12月の知識と経験のシェアカツについて詳しく紹介され、特にゆいちさんの体験を通じた共感の重要性が語られています。イベントへの参加を通じて、知識と経験が循環するエネルギーの重要性が強調されています。

共感の重要性
COCOAトーク、生活で活力みなぎる人生と社会をつくろう。この番組では、人生・社会という畑を実り豊かにするために、理想の相棒関係を共に探求していきます。
こんにちは、パーソナリティを務めます、生活コミュニティCOCOAオーナーのナーミンです。
同じく、パーソナリティを務めます、旦那のふくみんです。
COCOAトーク第33回目、始めていきます。
よろしくお願いします。
じゃあ、ちょっと前回、共感資本社会を生きるシリーズ第1回目を収録しましたが、本の紹介とか言いつつさ、めちゃくちゃさ、自分たちがしゃべりたいこと、しゃべりまくった結果さ、結構長くなるっていうね。
あるあるよね。俺らあるある。
まあまあ、エネルギーが乗ったということで。
そうなんだよね。乗っちゃうと止まんねえから。
でもね、すごく質感というか、ただ概要を一緒になぞるだけじゃなくて、この本の質感みたいなものを感じてもらえてたら嬉しいなっていう気持ちと、よりそこを感じてもらえる回に今回はしたいなと。
そうだね。
思っているので、ちょっと今回は福民がですね、今日の午前中に読み終わったっていうね、すごくホットな、ホットホットな状態。
ホットホットな状態。
すごいホットな状態。ちょっと大事なこと2回繰り返してみました。ホットホットな状態。なので、ぜひなんか福民がこう読んでて、なんか印象に残ったことをちょっとテーマに少し深めていくような時間をとれたらいいかなと思っているんですけど。
そうね。本当になんかやっぱ気になるワードとかさ、言ってることとかめちゃくちゃ多いのよ。
めっちゃあるよね。
めっちゃある。
なんかさ、私メモ取りながらさ、やっててんけどさ、読んでてんけどさ、まじで1ページ開くたびにメモ取りたくなってさ、これキリねえわと思って。
途中からちょっと雑に言ったけど、なんかそれぐらい気になるっていうかなんか染みるワードとかは大事だよなって思う表現がね、たくさん出てきたよね。
たくさん出てくるんだよ、本当に。なんか読んでるとさ、そのワードからこう思い起こされるエピソードみたいなのが俺の中で出てきたりとかして、毎回こう上向きながら止まるみたいな。
泣いた泣いた。
泣きそうに泣きながらね。
いいねいいね。
なんかやっぱそんくらい染みるワードが多いんだけど、なんかその中でもなんかちょっとここはなんかこうポッドキャストで話したいなみたいな思ったところをちょっといくつかピックアップしたので、ちょっとそれを簡単に紹介できればなって思うんだけど、
そのタイトルというかその副題みたいな感じでさ、チャプター全部で3つ分かれてるんだけど、まあそれぞれタイトルみたいなのがついてるわけよ。
なんかその中で全ては知ることから始まるっていうものがあって、まあそうだよなって感じなんだけど、なんかここはすごくこの共感っていうところにおいてはめちゃくちゃ大事だなって思ったのよね。
共感資本をね、資本社会の中で生きてくれるのね、大事なんだよね。
大事。なんか1話でも言ったけどさ、絶対共感に相手がいるなって思うよね。なんか自分一人で立ってたらなんも共感しない。
俺共感みたいな。
俺が俺に共感とかないじゃない。
だって俺だもんね。
我思うしかないじゃん。
確かに確かに。
で、なんか共感のスタートは知ることっていう風にも書いてあるんだよね。
障害者との接触
その中でその著者の方のお姉さんがその知的障害を持っていたみたいなエピソードが紹介されるんだけど、なんかそこですごく思い出したエピソードがあって、
俺の小学校にその障害を持っている方たちが集まっているクラスみたいなのがあったのよね。
で、結構なんか離れてからさ、隔離されてあったのよ。
なんか普通の一般の校舎とは別にその体育館に向かう途中の校舎のところにあるみたいなところだから、なんかこう通常だと結構分担されてる。
物理的にも離れみたいな。
離れみたいになってて、だから行かないと会えないみたいな状態になる。
で、向こうが来ることもないみたいな。
ないんや。
ほとんどないかったと思う。ちょっと小学校時代の思い出だからさ。
確かに記憶がね。
記憶は薄いけどそういう状況だったのよね。
で、でもなんか知らないけど俺遊びによく行ってたのよ。
なんか覚えてるのは、そこの部屋にだけ自分が乗れる電動バイクみたいのがあって。
乗りに行ってた。
それがすごく面白くて、それを乗りに行ったのが多分初めてのきっかけだったと思うんだけど。
だからそこにいる子たちともね、わりと仲良しだったのよ。
で、それをすごい近所に住んでる子が一人いて、そのお父さんにほんと仲良くしてくれてありがとうみたいなめちゃくちゃ感謝されたことがあったのよね。
今思うとしみるというか。
思い返してね。
そう。なんかその時は友達とかは当たり前でしょみたいな感じなんだけど、結構俺すごいことしてたんだなって。
すごいことしてたんだなって。
今は思う。
でも今はすごいことだったなって思うんだ。
思う今は。
なんでそう思ったの?
なんかやっぱさ、大人になってさ、いろんな分断されたものを見て、やっぱ自分たちとは違うものみたいな形で、やっぱちょっと触れ合う機会がないから、そういうふうな認識をしているんだろうなと思って今も。
なかなかないじゃない?なんか障害を持った方たちとさ、触れる機会って大人になった今もうない。
でもそれが例えば俺の今の日常にあったとしたら、多分今の俺も思わないのよね。
だって別に一緒にやってるから何も変わらなくないみたいな話なんだけど、今まさに今生きている俺が分断されちゃってるから、昔の俺はすごいことしてたなって思うわけ。
そこの分断を軽々と飛び越えていく。
そうそう。
電動バイクで。
電動バイクで、きっと向こうのお父さんもそういうふうな形の見方をしてたから、仲良くしてくれてありがとうって言ってきたと思うわけよね。
それを容易に飛び越えてくる少年含みがいたから。
少年含みに。
そう。なんかそういうエピソードとかも思い出して、なんかやっぱ昔はさ、友達だったわけよ。
だから何とも思わなかったけど、今は友達じゃないし触れ合ってないから、なんかどう接したらいいのかが分からない。
確かにね。
だからちょっとなんか怖いみたいな。
はいはい。
腫れ者に扱うじゃないけど、なんかそういうふうにしちゃうような自分もいるんじゃないかなって思って。
確かに確かに。
だからこそ、なんかこう知らないから怖いっていうのがあると思うんだよね。
でも例えば今友達いたとしたらさ、怖くないじゃん。
うんうん。
だから本当に知るっていうのは、なんかやっぱ共感のスタートなんだなっていうのはちょっと改めて思った。
確かにね。
なんかさ、この障害みたいなのってさ、どこからが障害なのかみたいなのもさ、結構難しいなって思っててさ。
例えばADHDみたいなのもさ、多動症みたいなのもさ、ある種のラベリングだけどさ。
でも別にそういうラベリングがなかったらさ、わたわたしてる人だなみたいな感じのさ、なんか印象で終わるやん。
でもそれがなんか知的障害者、ADHDはちょっとわかんないんだけど、知的障害者ですみたいな感じでくくられることで、あ、私と違う人なんだっていうふうになんか分断されちゃうというか。
で、それをそこにでも関心を持つのか持たないのかっていうのはでも自分たちで選べることだし、
ある種そのラベリングを、障害というラベリングをするかどうかっていうところだけじゃなく、
日本人、イタリア人みたいなさ、国のラベリングとか女性と男性とジェンダーのラベリングもあるしさ、
いろんなそういう私たちはそのラベリングカテゴライズすることで、
あ、福民は40代の男性で既婚者でみたいな、日本人でみたいな、なんかそういうそのさラベルがあって福民という存在が認識される。
で、これは一定便利だし、一定なんかこういろんなことを簡単にするなって考えることとかを簡単にするなと思う反面、
考えずに決めつけてしまうもの可能性もすごくあるなと思って。
さっきのその知的障害、知的じゃないのかな、なんかその障害を持ったその友達が少年福民からしたら、
別にそんなラベルはあんまり大したことではなく、ただの友達だったって。
ここにこのでも障害を持ったっていう形容詞がつくことで、ある人と一つラベルが出て、
なんかそれを知らない人からすると、なんかそのラベルで判断しちゃうというか。
そういうのってなんかお互いにやり合ってるなっていう感覚はすごくあってさ。
知識の探求
確かに確かに。
日常で触れ合ってない人であればあるほど、そう思いがちだよなーっていうのはやっぱ改めて思ったね。
確かに。なんか俺が今さ、仕事で関わってるそのスミナスさんってさ、障害の領域で就労支援してるところだからさ、
なんかそこの施設長の人とかってさ、すごい愛おしくなんかそこの、ちょっと泣きそう。
泣いちゃう?泣いちゃう?福民泣いちゃう?
その施設で描かれたその絵のことを語ったりするんだよね。
はいはいはい、そうだね。実際私も見たもんね。
あれすごいいいなって今ちょっと話してて思った。
そうだよね、そうだよね。
あそこにラベリングとかないんだろうなと思って。
その人が描いた絵をただただ素晴らしい絵として紹介してくれるわけじゃない。
で俺らもそれに対してうわーすげーかっけーとかなるわけじゃない。
実際さ、めっちゃ上手いよね。
めっちゃ上手い。めっちゃ好きな絵が。
ようこんな細かいの描くなーみたいな感じだったしね。
確かにね。なんかそういう知ることによって、なんかこうラベルを張っちゃうみたいなところはあるじゃない。結構。
みんなあると思う。ないは嘘でしょって思う。
そうね。そこをなんかどう受け取るかみたいなさっていうのもなんかこれからなんかまた考えていくところでもあるなと思うかな。
確かにね。なんかそのさ、知ることっていうのはさ、なんか知的好奇心みたいなところでもあるのかなと思ってさ。
なんか知りたいことってあるくない。なんかどうなってるかわからないから知りたいみたいな。
私昔すごい失礼なことを言って今でも覚えてる記憶がさ、それは本人に、本人というかその当事者に言ったわけじゃないんだけど、
なんか友達と喋ってる時に、いや私ゲイの友達欲しいよねって言ったのよ。
それを聞いた、その相手の聞いてた子がめっちゃ目まんまるして、え?みたいな顔して。
私なんかやばいこと言ったかなって思って、後から思い返すと、なんかゲイだからどうとかないよなって思ったのよ。
そのラベルでめちゃくちゃ判断してたなと思って、その時の自分。
でも同時にその時の私の本位というか気持ちとしては、自分に持ってない感覚とか、ゲイというその自分自身を認識することってどういう感覚なんだろうっていうのを純粋になんか興味があったのよね。
知ることの重要性
そう、なんか自分とは違うっていう意味で知りたいっていう気持ちが、自分にとっては知的好奇心だったんだけど、それが言い回しとしてすごく失礼だったりとか、
ジャッジメンタルな感じに判断するみたいな、なんか分断を生むような言葉をその時は使っちゃったなっていうのはすごい今でも結構反省していて。
でもなんかそれって知ることって必ずしも義務的な何かその事前的なものではなくて、知的好奇心がなんかあればいいのかなっていう、
なんかそれってどんどん知れていくことってたくさんあるのかなっていうのも同時に思ったっていうのがなんかここで今思ったことかな。
確かに。なんかでもその知るだけじゃなくてさ、なんかやっぱ体験するとかさ、経験するみたいなところめちゃくちゃ大事じゃん。
なんか俺がよくポッドキャスターで言ってたそのタレントプレーナーのさ、経験とか体験とかってさ、俺にとって初めてのものだったのよ。
初めての自己投資でさ、大人になってからこんな友達ができるなんて思ってなかったみたいなさ。
あれはまさにその経験とか体験をしたことによってやっぱめちゃくちゃ豊かになったのよね。なんかこう人生的に。
なんかそういう知るから始まって、なんかその体験する、経験するみたいなところを経ていくと、なんかやっぱ人生は豊かになっていくなって単純に思うわけ。
だからなんかそれってまさにその共感のつながりというかさ、共感資本社会になんか足を踏み入れてるなって感覚。
だってそれってお金のつながりじゃないじゃん、全く。
その人といて楽しいからいくみたいなさ。
なんかその本の中で、なんかこう定価っていう概念があんまり良くないみたいなっていう話があってさ。
目的のない交流
なんかそもそも、なんかそのタレントプレーナーってその起業家スクールだからさ、なんか自分たちで事業をやってる人とかが多いわけよね。
で、例えばその事業をやってる人が、なんかワークショップやりますとかさ、マルシェやりますっていうふうになったときに、そこに行こうって思うわけよ。
で、そこで買おうって思うわけよね。その人がいるから。
で、それを買いに行って、例えばじゃあそれが2000円です、5000円ですってなったときに買うわけよ。
別になんかお金が高かろうが買うみたいな状況が生まれてるよね、そこって。
それはその人との関係性があるから、みたいな感じだから、なんかこれは金融資本社会じゃないなって思う、この関係性は。
逆にさ、それをさ、これくらいでも売れるんだって思っちゃうとさ、なんかそれはそれでちょっと抜けてしまうというかさ。
関係性があって、応援的な意味も含めて買うよって言ってくれてるんだみたいなことを、なんか自覚しとくのは同時に大事だなと思った。
確かに確かに。
なんかいくらでも売れるわじゃないやん。
もし例えばそこがさ、ユーモでやりとりっていうふうになったら、なお良いよね、たぶん。
確かにね、確かにね。
だってそれってこういうお金のやりとりだよねっていう共通認識があるわけだからさ。
確かに確かに。
なんかめちゃくちゃいい、そこで今日から資本社会の関係性が生まれるなって感じがするよね。
なるほどね、いいね。なんか既に関係性があるところでユーモを使うっていうのもまた一つ良さそうってことだよね。
ね、ね。
確かに確かに、いいですね。
っていうところかな。
あともう一個は、今を生きるって言葉が出てくるんだけど。
またシンプルな。
これシンプルだけど深いなって思って。
シンプルなことって深いよね。
シンプルなことって深いよね。
うるせえうるせえ。繰り返すな繰り返すな。
なんかさ、結構今生きてないなって思うわけよ。
例えば今頑張ってるのって何のためって言ったら、例えば未来を良くしたいとか、今お金貯めてるの何のためって言ったら、例えば老後問題を解決するためみたいなさ。
結構将来のために頑張ってるみたいなさ、ことの方が多いなと思って。
よく今の自分の行動を棚下ろしするとそういう風になってるよね。
そうそう。そう考えると今を生きてないなって思うわけよ。
だから改めて今を生きるってすごい大事だなっていう風に思ったのと、この文脈の中でどういうことが今を生きてるのかっていうと、例えば何も目的がなく寄り合い所みたいなところが。
寄り合い所。日本語。
で、そこにいた誰かしらいて、その人たちと喋ってたらなんか楽しいみたいな。
それ今生きてるじゃん。将来的なためにこの人と喋ってる感じですとかじゃないじゃん。
でもそこで生まれるものってあると思うんだよね。じゃあ明日遊び行こうぜとかさ。
じゃあ何か来週キャンプ行こうぜとかさ。
それってまさに今生きてるなと思っていて、そこで生まれるものってめちゃくちゃワクワクするなって思うわけよ。
だから何も目的がないところっていうのって結構大事だな。
そこで目的がない同士で人が集まるとか、そこでたわいもない共感しあったりとかさ、会話をしたりとか、意見をぶつけあったりみたいなところってまさに今どんどんアップデートされてってるみたいなところだから、
なんかこの今を生きるっていう概念というかさ、っていうのは結構今失われてるものだなって思う。
なんかさ、私10月末にさ、キューズというコミュニケーターっていう仕事を卒業したんだけどさ、1年間働いたのね。
で、1年前になぜキューズに行こうと思ったかって、もっと言うと仕事、手に仕事というか、雇われ仕事というかお給料仕事をやろうと思ったかっていうとこが、
目的を持って人と会うことに疲れたからなのよね。
で、結構それまでめちゃくちゃいろんな人と会ってきたし、いろんなビジネスコミュニティみたいなのがいっぱい入ってきたし、そこでみんな目的を持って集まってるわけよ。
で、それ自体はもちろん素晴らしいことなんだけど、一人一人の活動は。
でもやっぱ出会う人出会う人に対して、やっぱその、私はそのときコーチングをやってたから、どこかやっぱコーチングの見込み顧客、見込みクライアントになるかどうかみたいな目線で見てる自分っていたのよね。
なんかこの人見込みか?みたいな感じで。
行けるか?みたいな。
そうそう。行けそうだったらグッと行くみたいな。
で、なんかそういう、それが悪いわけじゃないよ、もちろん。悪いわけじゃないけど、でもそういう関わりしかやってない自分ってなんか貧しいなと思って。
すごく苦しかったのよね。
で、純粋にこの人との今の時間を楽しみたいっていう風に思って、じゃあそのときの私の状況としては、やっぱ自分で契約を取っていかないとお仕事が回っていかない状態だったから、一旦ちょっとそうじゃない要素を入れたいと思ってQ'sに行ったのよ。
なるほどね。
そう。
最初だってUber行こうかなとか言ってたもんね。
Uberいいとしようかなとか言って、福美にダメですって言われて、結果的にQ'sという素晴らしい施設を見つけるに至ったんだけど、Q'sでやってたことってマジでその場で目的なくおしゃべりするみたいなことだったわけよ。めっちゃ楽しかったよね。
確かに。そうよね。そういうのあんまりないなって思うもん。今の俺の生活において。唯一だとしたらキャンプ行くぐらいかな。
はいはい。目的なく。
今は好きだから行ってるだけで、キャンプ場で何かしようみたいな目的とかなんもないわけよ。そこで寒いとか、死の危険を味わったりとかね。そこで出てきた太陽の温かさに命の恵みを感じたりとか。
これは本当に目的ないから生まれたものだなって感じはするわけよね。こういう経験とか体験とかは必要だなって思う。それをどんどん自分の心を豊かにしていったり開いていったりするものなんだろうなって。
同時に今聞いてて思ったのは、とはいえその場その場だけで生きていけますかって言われても、生きたいかどうかは別として難しいと思ってて。
確かにね。
なんかやっぱその、とはいえみたいな気持ちもあるし、なんかじゃあ何のために生きていくのってなった時にさ、なんか自分自身の進みたい方向性みたいなものは、やっぱみんなそれぞれ持ってると思っていて。
なんかそれを踏まえた時に、なんかその目的なく人と会ったり目的なく行動したり何かをしたりした結果、目的が立ち上がってくるみたいなものってあるのかなっていうのはすごい感じて。
それって頭で考えた目的じゃなくて、心が向かいたい目的地になるのかなっていうふうに思って。
やっぱさその、今そのCOCOAをもうすぐ1年ぐらいになって、別に最初さそのCOCOAでなんか人儲けしてやろうみたいな全然なかったわけ。
だからイベントをとにかく毎週開くということしか決まってなくて。
一生懸命開いて、一生懸命来てきてって言って、誰も来ないみたいなことをさ、繰り返してたらさ、半年経ちもうすぐ1年になるみたいな状況で。
でも、結果目的なくみんなでシェア活動しようよって言ってたら、今ちょっと目的らしきものが立ち上がってきている感覚もあってさ、なんかそれはちょっと次話したいなと。
確かに。
だけど、なんかすごく立ち上がってくるっていう表現が自分の中ですごいしっくりくるなと思った。
なんかそれはさ、やっぱ人が集まってきたからだと思うんだよね。
やっぱ俺とナーミンだけだと生まれなかったものがさ、別の人が加わることによって、なんか別の共感が生まれて、新しい何かが生まれるみたいな感じがあるわけじゃない。
やっぱこう人と人との関係性っていうのは、目的を生むみたいな観点でもそうだし、なんかこう人生を豊かにするって観点でもそうだし、なんかやっぱ必要なんだろうなって感じは改めて。
人にとって必要って感じがね。
そうね。
なんか、だからそのお金はあるし生活はしていけるけど孤独感があるみたいなことってさ、将来のためにとか今後のために今を犠牲にするっていうさ、生き方だとどうしてもやっぱそういう気持ちにはなっちゃうよね。
孤独感とかね。
いや大事ですね。染みますね。
なんかこういう染みるワードがいっぱいあるんだよ。
今なんか2つしか紹介してないけど、もうなんか100個ぐらいあるから。
孤独感と人間関係
100個で足りる?
足りないかもしれない。
ほんとにね。
なんかそれぜひね、やっぱ一人一人感じるワードとかさ、は違うと思うから、なんかやっぱ読んでみてもらいたいよね。
やっぱこれ毎回言うことになりたいよね。
そう。
やっぱなんか前回も言ったよね。
前回も最後に言った。
ぜひね。
読まないとね、これ分かんないと思う。
分かんないね。だから読んだら語ろう?
うん。染みるつって。
いやめっちゃ染みたくないみたいな感じでね、それをね、シェアカツにしたいなと思いました今。
はい。
はい。ありがとうございます。じゃあ今回はこんなところで終わりたいと思います。
はい。ありがとうございました。
知識と経験のシェアカツ
ここからはコアトピックスの時間です。今週のトピックスは、12月の知識と経験のシェアカツについてお知らせします。
はい。よろしくお願いします。
はい。今月は12月11日、もうすぐだね。
そうだね。
21時から22時で、毎月第2木曜日にやっている知識と経験のシェアカツを開きます。
この回は毎月1人の方に、ココメイトの方に語り手になってもらって、その人がシェアしたいことをまるっと1時間シェアしちゃってくださいという時間になっています。
はい。なので、毎月その人がシェアしたいことがシェアされるので、すごく個性が光る時間になっているので、ぜひ遊びに来てもらえると嬉しいなと思っています。
一応そのココアイベントの、俺の一押しイベントです。
そうなんや。
ここはすごくいろんな視点で、みんな知識と経験をシェアしてくれるから、普通に毎週同じイベントではあるけど、毎月違うから。
飽きない?
飽きない。
いいね。実際やったやん。ココメも。
やらせていただきました。
やった側の目線ではどうなの?
やった側の目線では、一つのアウトプットみたいな感じになるわけよ。
自分ってこんなこと考えてるんだ、だったりとか、こういうことって伝えたいと思ってるんだ、みたいな気づきにもつながったりするから、やるのも面白いよね。
いいね、いいね。私としてはみんなにやってほしいなっていう気持ちだし、実際結構来てくれるのよね。
人がね。
ちょっとびっくりしていて、最近。え、こんなに来る?みたいな。
もちろんお誘いをさせてもらってるんだけども、時間作って来てくれる人がすごく多くて、すごく嬉しいエネルギー循環というか。
確かにね。
循環してるなっていう気持ちになっている、ここ最近の知識と経験のシェア活なんですが、今月はですね、ゆいちさんという女性の方にシェアをいただきます。
ゆいちさんの体験
で、今回タイトル、一緒にいつも決めさせてもらってるんですけど、今月のタイトル、ゆいちさんに、ゆいちさんだって普段言ってないからずっと、ゆいちのタイトルとしては、世界のために動いたら私が満たされていた話。
サブタイトルとして価値観が揺さぶられた体験のシェア活っていうタイトルになってます。
いいね。
どう、なんかこのファーストインプレッション的に。
いや、なんかまず世界のために動くって何なんだろうって思う。
俺はなんか世界のために動いたことないなみたいな、ちょっと自覚があるから。
そうなんだ。
どういうことが、ゆいちの中で世界のために動くって考えてるのかなだったりとか、そういうの興味があるよね。
いいねいいね。
なんかすごく、あまり前情報なしにぜひ聞いてほしいなって思うから、私からなんか、ゆいちはこんな子でねみたいなことあんまり言わないでおこうかなって。
思うんだけど、すごくこの前半ももちろんすごくなんか彼女らしいタイトルだなと思うんだけど、後半のこの私が満たされていったっていうのも、今回いろいろこのタイトルを考えるにあたって話していて、なんかすごくゆいちはね、一つ情報を言うと、シェア活大好きですっていうリアクションが返ってきた唯一のココメーターなのね。
シェアハッピーの人ってことね。
そうそうそう。だから私がシェアハッピーじゃねって言ったら、みんなまあ確かにねっていう感じなのよね。シェアハッピーじゃないみたいな。
はいはいはい。
唯一だけは、シェアハッピー私も大好きですっていう風に、同じ熱量でこのシェアの楽しさを語れる友達なのね。
なるほどね。
そんな彼女がシェアしたいっていうことが、この私が満たされていった話をね、したいよっていうのは、個人的にはすごくポイントだなっていう風に感じているので、ぜひぜひちょっとこれだけじゃね、何の話するんだろうなっていう感じだと思うので、それはぜひ当日参加して聞いてもらえたらなと思います。
はい。
はい。そんな感じなのでぜひ楽しみにしててください。
はい。楽しみにしてます。
12月11日の21時から22時の1時間になります。
はい。
はい。ということで、この番組は毎週月曜朝7時に配信しています。番組のお便りどしどし募集中です。概要欄のお便りフォームから質問・感想をお寄せください。
また、COCOAがどんなコミュニティなのかを知りたいという方は、COCOAの公式LINEで友達になっていただき、ワンワン説明会にお申し込みいただければお話できるので、ぜひお話ししましょう。
ということで、これからも生活楽しんでいきましょう。
それじゃ、またね。
28:31

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