2026-02-04 18:10

#220 過去形になったはずのがんをまざまざ思い出すこの頃

同病の友人の手術で思い出したことがあって
そういう経験も本にしていけたらいいなあ。

⏰タイムスタンプ⏰
WSお申込みありがとうございました!

がん友さんの卵巣摘出手術
きゃっとのケース
病気が過去になりつつある
「100%産めない」はショック大

同じタイミングでお互い思い出して連絡とってた
病理結果どうあってもツライ

婦人科と産科が同じ待合室って残酷

このことを本にできたらいいなあ


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サマリー

このエピソードでは、がん治療を経た方が人生の選択や心の葛藤について語っています。特に、乳がんや子宮がんの治療を受けた経験を通じて、友人との関係や妊娠の可能性について深く考察しています。がんや手術を通して思い出される様々な感情についても触れています。また、友達とのつながりや健康の大切さを再確認する内容です。

がん治療のプロセス
こんばんは、本作家のきゃっとえいぶるです。
まず最初にね、お礼を言うのを忘れてたと思って、
大変失礼なもので申し訳ないんですけれども、
先日までね、お茶と刺繍で癒される五感ワークショップっていうのの
プロモーションというか募集をしていたんですけれども、
無事プロモーション期間というか、申し込み期間が終わりまして、
お申し込みいただいた方がいらっしゃって、本当に私はワクワクしています。
ここからね、来てくださる皆さんに楽しんでいただけるようにね、
頑張っていきたいなと思っているので、どうぞよろしくお願いします。
そして、応援してくださった方も本当にどうもありがとうございました。
ちょっとね、私こういうの初めての経験だったので、
いろいろしでかしたこともあるなとは思っているんですけれども、
でもこの経験を生かしてね、どんどんどんどん成長していけたらいいなと思っているので、
これからも応援よろしくお願いします。
というわけで、今日の話題に移りたいと思います。
今日はですね、友達からね、サムネの画像にしようかなと思っているんだけど、
紅茶とフォークをいただいたんですよね。
それはね、友達が、私のね、がんになった時の友達がね、
心の葛藤と選択
その友達も乳がらん相関症候群で、乳がんの方は手術しているんだけど、
ちょうど私と同じくらいの時期に乳がんを治療していたんだけど、
その子も乳がんになる可能性が高いということで、
それに要請だと保険適用で乳がん、乳がんとか乳がんの適室ができるんですよね。
でもその友達は手術は今までしていなかったんだけど、
でもこの間、ついこの間ね、ついに受けることに決めたっていう話を聞いて、
それでお見舞い送ったら、それのお礼というか、
そういう感じでね、この紅茶とフォークを送ってくださったんですけどね。
なんかすごくね、私は乳がんになった時と子宮大がんになった時がすごく近くてというか、
子宮大がんは子宮大がんになったから取ったっていうよりかは、
子宮大がんの前の状態の子宮内膜異形増殖症という症状が出ていて、
それでもう子宮大がんに準ずる治療になるから、
子宮適室をするしかありませんねっていう感じだったんですよ。
それで適室してみて、病理結果で子宮大がんになってたっていうのが分かったみたいな、
そういう状況だったんですね。
子宮を取ってしまったらもう卵巣も取るだろうっていうこともあって、
私もBRCA2っていうのに陽性で卵巣肝になる可能性が高いって言われることはその前から分かってたんだけど、
それで治療に行くたんびに遺伝子外来の人が来て、
私のタイミングでいいけど卵巣肝も取りましょうってずっと言われてたんですよね。
ずっとって言ってもその間の期間がそんなにないから、
ずっとって言うわけでもないのかもしれないんだけど、
でもその頃はしょっちゅう診察に行ってたから、
診察に行くたんびに遺伝子外来の人が来られて、
看護師さんが来られて、取ることも検討してくださいね。
取りましょうと言わないんだよね。取ることを検討しましょうみたいな感じで言ってたんですよ。
でも私は絶対に取りたくないと思ってて、私は取りませんって言ってたんだけど、
子宮を取るんだったら卵巣も取ってしまった方がいいでしょうっていう感じで、
私の場合はあれよあれよという間に決まっていってっていう感じで、
だから5月に乳がんの手術してるんだけど、
9月にはもう子宮も卵巣も卵管も全部摘出みたいな、
そういうような感じだったんですよね。
過去を振り返る
だからというわけじゃないかもしれないけど、
結構未だに乳がんの方はホルモン療法って言って薬を飲んでたりもするし、
子宮タイガーの方はもうすぐで、
がん後の経過観察が今度の秋を通過したら、
大学病院での通院は多分おしまいになるようなことを言ってたんですよね。
ただ乳がん卵巣が症候群になっている人っていうのは、
腹膜がんになる可能性が高いという風にリスクが高いと言われていて、
10年間経過観察なんですよね。
でもそれは近所のクリニックで見てもらってくださいってなるんじゃないかな、
みたいな感じのことを去年の暮れの時にはそういう風に話があって、
だから私にとってはだんだん病気が過去のものになっていっているという部分はすごくあるんだけど、
でもその友達はずっとそこら辺で悩んで来られたんだろうなと思うと、
心の負担ってすごく大きかっただろうなって思うんですよね。
やっぱりその友達もお子さんがいらっしゃらない友達なので、
年齢的にももちろん産むことができる年齢がどんどんリミットを迫ってきているという部分もあるので、
人それぞれ考え方はいろいろあると思うんだけど、
私の場合は自分が手術した時、入学になったのが42歳の終わり頃で、
手術したのが43歳の頃なんだけど、
40代になるともともと子供を産むか産まないかというところになると、
もう瀬戸際になってくるし、不妊治療とかで補助が出るような年齢でもなくなってしまうというのもあってね、
もともと私に子供は縁がなかったんだというふうに思ったりもするんだけど、
でもやっぱり100%も絶対埋めらせんっていう状態と、
埋めるのかな埋めないのかなっていう状態って、
やっぱりちょっと心の負荷のかかり方みたいなのは違うかなっていう気がしていて、
私の場合はね、ホルモン療法するっていうことが結構初めから言われていたことであって、
ホルモン療法って10年なので、
42、43から53までであったと、
もしかしたらホルモン療法が終わった時に、
もう一回生理が復活することがあるかもしれないけどねとは言われてたんだけど、
その間、この10年でもうほぼほぼ子供を産めないじゃんってなって、
それでね、主要の生殖外来みたいなのがあるんですけど、
そういうところで相談しに行ってね、
それで妊養性の温存しますかっていう話をしたんだけど、
私としては妊養性の温存したかったんだけど、
その話を家族会議にかけてどうするかみたいな話をした時に、
結論としては産むことはできないだろうねっていう話になって、
その場で私はものすごい発狂することがあったんですよね。
あの時が一番辛かったなぁとは思うんだけど、
そこで一応産まないっていう選択をしたんだけど、
それでもまだ心のどこかでは、
もしかしたらみたいなものがあったりして、
それで支給を取るっていう決断をしたときからも、
ずっと悩んでたんですよね。
本当にこれでいいんだろうか、本当にこれでいいんだろうかってすごい悩んでて。
で、本当にセカンドオピニオンとかも受けたんですよね。
でもそのセカンドオピニオンの結果とかも、
私の場合、別に結婚してるわけでもなかったし、
パートナーがいるわけでもないっていうね、
ただ子供が欲しかっただけっていうか、
産める努力ができる状況にあるわけじゃないけど、
子供が欲しかったっていう、そういう状況だったので、
セカンドオピニオンした先生からも、
これは、ここまで自分が踏み込んでいっていいことかわからないけど、
もし子供が欲しいって思うんだったら、
子供を産める環境というか、相手を見つけるとかね、
そういう努力もした方がいいんじゃないですか、みたいな感じのことを言われたんですよね。
そういうこととかをね、すごく思い出したなっていうかね。
今ね、絵本というかコミックエッセイのために、
その頃の記録とかを読み返してたりとかしてたので、
ますますそういうのがあったりもしたんだけど、
なんかすごく不思議だなって思うのは、
去年、私がんのアカウントとかを持ってたりとかしたんだけど、
最近全然更新してないし、結構バタバタバタバタ忙しくて、
更新も見てもいなかったんです。
自分のアカウントも見てなかったしっていう感じで、
しばらく離れてたんですよ。
それで、しばらく離れてたんだけど、
友達との再会
ふっと気になってね、その友達に年賀状を送ったんですよね。
年賀状を送った後で、その友達からDMが届いて、
年賀状が届いたからDMをくれたのかなって思ってたんだけど、
その後で年賀状が届いたっていうのが分かったみたいな感じの話が来て、
それでその友達が、私はその友達が手術を受けるって知らなくて年賀状を送ってて、
その友達は友達で手術を受けるっていうことを決めていて、
それで私のことを思い出しててくれたみたいで、
それで年賀状が来てるって知らないでDMをくれたらしいんですよね。
それでお互いに通じ合うものがあったっていうかね。
お互いに両方同じタイミングで思い出して、連絡をお互いに取ってみたっていうような感じでね。
なんかすごく、そういうことって本当にあるんだなって思ったんですよね。
そんなこんなをしていたら、その頃の頃の話を思い出すことを、
コミックエッセイとかでもその辺のテーマで書くことになるかもしれなくて、
すごくね、きっと今私がここと向き合うべきタイミングなんだなっていうのをすごく思ったんですよね。
まだどういう風にしようっていうのが全然できてないんだけど、
今きっとこれは私にとってそれを向き合うタイミングっていうことなんだなと思ってね。
がんと婦人科の難しさ
なんかその、なんか友達も無事手術終わったみたいで良かったなぁとは思うんだけど、
まぁ良かった。でもやっぱ辛いだろうなぁ。
なんかその、やっぱりね、その、私の場合は乱走感にはなってなかったんだけど、
支給対岸になってたっていうのが病理結果でわかったから、
まぁ仕方なかったかっていう諦めもついたんだけど、
なんかその当時の記録でもね、そこらへんすごく揺れてるんですよ。
その病理結果聞く前の私がね。
もし病理結果で癌になってたってなったらそれはそれで大変なことだろうし、
なんかその、癌じゃなかったってなったら私はとって良かったんだろうか、
健康な臓器をとって良かったんだろうかって思うような気がするみたいな感じで、
すごいずっとうじうじ悩んでるとかね、なんか書いてあったりして。
でまぁ私の場合はね、なんかその、まぁ癌だ。
まぁ支給の方ですけどね、癌だっていうのがわかって、
でなおかつその程度がね、すごく軽かったから、
なんか別にそんなに辛い治療するわけでもなくみたいな感じのところもあってね、
あったんですけどね。
なんかでもすごく病理結果が良くても悪くても悩むようになっているっていうのがこの治療だよなっていうのも、
あとやっぱり婦人科系ってなんかすごいスパルタな気がするんですよね。
なんかその産科と婦人科って隣り合ってるんですよね。
でお産って本当に、私お産したことないからわかんないけど、
やっぱりもうなんか発狂に残った残ったみたいな感じでバシバシいくような感じのイメージが自分の中であって、
なんかやっぱ産科と婦人科に似てるから婦人科もスパルタなのかなって思うぐらい、
なんかすごい入院期間短いのになんか全然私なんか具合が良くならなくて、
一番しんどくて一番辛かったみたいなのがあったりもして、
なんかそうでもね産科と婦人科近いけど、
なんか産科ってまあいろいろなケースあるとは思うけど、
基本的にはなんか喜ばしいことのケースが多いじゃないですか。
でも婦人科ってだいたい悲しいケースが多いじゃないですか。
なんかここ隣り合わせというか、その向かい合わせで同じ待ち合わせで使うってなんか結構残酷だよなーって毎回思いながらね、
そのお腹大きくて幸せそうな妊婦さんとかを横目で見ながら自分は産めないんだなーみたいな、
なんかそこら辺の悲しさっていうのがあったなーって、あったなーっていうかまあ今でもそれはあるかなとは思うんですけどね。
なんかそんなことを思ったんですけどね。
なんか今日友達からのプレゼントを見てね、
なんか私頑張ってこのことを本にできたらいいなーって改めて思ったんですよね。
なんか昨日ね、いがらしかりんさんのアフノンチキのグルコンに参加させていただいてね、
そのグルコンの時に、そういう本を読みたいと思っている人っていうか、それを読んで元気づけられる人いると思いますよって、
他のね、参加してくださった方からおっしゃっていただいて、
そうだよなー、そういう人に向けて書きたいよなーっていう風に改めて思ったというかね。
なんかすごい長くなっちゃって、すみません。
なんかそんな感じでね、思ったっていうお話でした。
今日も聞いてくださってありがとうございました。
生きてるといろんなことありますよね。
でも大丈夫なんです。今生きている。
それだけで今までの自分は大正解。
今日も明日も明後日も自由に楽しくのびのび生きていきましょう。
それではまた次の配信で。またね。
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