00:05
こんばんは、絵本作家を目指しているキャットエイブルです。
この番組、猫耳の大丈夫ラジオでは、
キャットエイブルが絵本作家になりたいと、もがく日々を発信しています。
生きているといろんなことがありますよね。
でも、大丈夫なんです。今生きている。
それだけで今の自分は大正解。
これからのびのびと一緒に生きていきましょう。
今日は、がんりがんで失ったものと得たものという配信です。
最初にお知らせです。
ハンドメイドマーケットミンネにて、猫耳ギャラリーというショップを開いています。
オリジナル絵本やグッズを販売しております。
概要欄にURLを掲載しておりますので、
ぜひフォローしてチェックしていただけると嬉しいです。
またLINEスタンプも作っております。
概要欄にリンクを載せますので、どうぞよろしくお願いいたします。
そちらもぜひご覧くださいね。
それでは本題です。
今日はちょっと思いないように聞こえちゃうかなとも思ったんですけれども、
今日ね、ふと思ったというか、ちょっとだけ気持ちが軽くなったことがあって、
今日仕事だったんですけど、帰り道に財布の民間配信社の茨城かりんさんの配信で、
配信が大事ですっていう配信を聞いたので、
ちょっと思ったことをちょっと素直に話してみようかななんて思って、
今日珍しく、いつも日曜日とか土日に撮っていることが多いんですけど、
珍しく今日は平日の夜に発信しています。
私は今40代半ばなんですけど、
40代の初めの頃に、3年前?4年前?
何かもう分からなくなっちゃった。
がんになったんですよね。
最初ね、そんなにショックでもなかったというか、
うちすごくすごいがん家系で、
私の祖母も私と同じぐらいの時に乳がんで亡くなっているし、
おばも乳がんになったり、膵臓がんになったりとか、
ほとんどの父方の親戚なんですけど、
ほとんどの親戚ががんになっているんじゃないかっていうぐらいがんになってたので、
自分もいつかなるんじゃないかなって思いつつも、
がんですって言われても、あんまり最初実感が湧かなかったというか、
本当に、え?みたいな感じで、
当時絵本作っていて、クラウドファンディングで絵本を出していたんですけど、
それに迷惑がかかっちゃうかもとか、
そういう方はすごい考えてたんだけど、
自分がどうなるとか、あんまり実感が湧かなかったんですよね。
私の経歴というか、話すと、
03:00
今独身で、罰位置とかでもなくて見込んで、子供もいないっていう感じなんですよね。
それで、うまく話せるかわからないんですけど、
あんまり元々結婚願望って強くなかったっていうか、
そこまで考えられなかったっていう方が正しいかもしれないんだけど、
自分の生活に必死すぎて、あまり結婚とか考えられなくて、
でも結婚したいと思ってた人はいて、
フラリテとかそこら辺の話はまたいつかするかもしれないんだけど、
それで30代後半40代ってなって、だんだん焦りが出るじゃないですか。
あれ、私このままでいいのかなとか、
このままどうしよう、私の人生設計みたいな感じで思って、
特に子供とか産むのにはタイムリミットってあるだろうなと思ってたので、
でも私ずっと20代ぐらいの最初の頃からメンタルもちょっと病んでた時期があって、
薬だけずっと飲んでて、薬飲まないとやっぱ体調悪くなっちゃうっていうのもあって、
薬やめることもできないしって思ってる部分もあって、
そうすると私はいつ子供産むんだろうとか、そこら辺を直視してこれなかったっていうのもあって、
でもさすがに30代後半40代ってきて、
このままじゃ私本当に子供産めないやって思って、
友達で不妊治療されたっていう方の話を聞いたりして、
大変そうだな、こういうことしなきゃいけないのかな、
でもどうしよう、本も作りたいし、そんなこと言ってられないのかなとか、
そこら辺ですごいもがいて葛藤している時に、
でも自分の中では子供を産みたいっていう気持ちがすごく強くなってたんですよね。
子供、自分の憎しみ、自分の子供を自分で産みたいっていうふうにすごく強く思ってて、
でも別に付き合っている人がいるっていうわけでもないし、みたいな感じだったんですよね。
そういう時にガンですってなって、
私、抗がん剤治療はしていないんですけど、
抗がん剤やるかどうかっていうのの可能性って、
手術してからじゃないとわからないって、
整形をしてからじゃないとわからないっていうふうになって、
病理検査をしないとわからないって言われていて、
それでもガン生殖外来みたいなのがあって、
そういうところで話を聞いて、
そこで多分妊幼性温存、
私の場合はパートナーとかがいるわけじゃないから、
06:02
卵子を出して凍結してとか、
そういうことが多分可能だと思いますよみたいな話があったんですよね。
それにはすごいお金がかかって、
1回やるだけでも多分100万ぐらいはかかるみたいな感じのことを言われて、
経済的なことでいうと、
1回ぐらいだったらチャレンジしてもいいのかなとか思ったりもしたんですよね。
でもその話を家族にしたら、
母がすごい反対して、
反対したわけじゃないのかもしれないけど、
そんなこと現実的じゃない、
あなた子供なんて育てられないでしょみたいな感じになって、
私多分その晩が、
人生で一番つらかった日なんじゃないかなって思うぐらい、
発狂するほど泣いて、
私にはもう子供が産めないんだみたいな感じで、
ものすごいつらかったですね。
その時本当につらくて、
でも結局やっぱり、
精神科のほうの薬も確かにやめられなくて、
子供に障害が残ってしまったりするかもしれないとか、
そういうことも考えたりして、
結局入院せんどんしませんっていう決断をして、
でも結局ね、
その後、私がかかったの乳がんだったんだけど、
その乳がんのタイプっていうのがあるんですけど、
それで私はホルモン需要多様性乳がんなんですね。
それでタノキシフェンっていう薬を、
ホルモンの作用を抑えるような薬を飲んで、
リュープリンっていう注射を打って、
ホルモンを止めるような注射を打って、
みたいな治療を最初してたんですよ。
ただそれをすると、
今度は子宮体がんになる可能性が高いっていうふうになるんですね。
それもあるから、
子宮体がんの検査もするために婦人科にも行ってくださいねって言って、
婦人科に行ったら、
それが薬の副作用によるものなのか、
もともとのものなのかはちょっとわからないんだけど、
これはっていう話になって、
結局子宮体がんにもなってしまっていて、
なおかつ私、
遺伝性乳がん乱層がん症候群、
HBOGっていうのがあって、
何年か前にアメリカの女優さんが、
それで乳がんになっているわけじゃないけど、
前摘して話題になったっていうことがあって、
結構知られているものがあるんですけど、
09:02
それの陽性だっていうことがわかっていて、
乱層がんにもかかりやすいっていうリスクがあって、
それで乱層も乱感も全部取ってしまうっていう手術をしたんですよね。
ある意味、最初の妊養性温存をしていたとしても、
100万円かけていたとしても、
その後、結局子宮も乱層も取っちゃう手術をすることになったっていうことを考えると、
あそこで100万円度分にしてなくてよかったっていう見方もできるんだけど、
子宮対岸の方は病理結果で子宮対岸だったっていうのがわかったっていう感じで、
子宮大膜下増殖症っていう症状だったんですよ。
それは子宮対岸ではないんだけど、
がんに準ずる治療をするっていうのが基本治療になっていて、
それで全滞を進められたっていう感じなんですよ。
全滞して病理結果で調べたら子宮対岸もあったっていう形で、
ある意味、子宮対岸だったっていうのがあったから、
自分の中でまだ取ってよかったのかって思えたっていう部分もあると思うんだけど、
やっぱりそこもすごい最初はでもがんじゃないかもしれないっていうのがあったので、
すごく悩んだんですよね。
セカンドオピニオンとかもして、本当に取るべきなのかみたいな感じの悩みなんですけど、
そのセキャンドオピニオンをしてくださった先生の方から、
これはこんなこと私が言うのも違うかもしれないけど、
あなたの場合、残された道は3つしかありませんと言われて、
1つは子供を産んで、自分が納得して子宮を取り除くっていう決断をするっていう方法と、
あと、取り除かないでがんになるっていうのと、
あと何だったかな、3つって言われてるような気がしたけど、
とにかくそのぐらいがんになるのをただあなたは待つんですか?みたいな感じのことを言われて、
子供が欲しいって言っても、あなたは今付き合っている人もいるわけでもなくて、付き合う予定もなくて、
それでただひたすらがんになるのを待っているっていうのは意思としては進められないみたいな感じのことを言われて、
妙にそこに納得して、じゃあ受けますっていう感じで手術受けたんですけど、
そんな感じで、でもすごく自分としては子供欲しかったっていう思いがすごく強くて、
12:04
本当に育てられたかどうかっていうのはわかんないんだけど、
でも子供欲しかったなっていう思いがすごく強くて、やっぱりちょっとつらかったんですよね。
周りはどんどんみんな子供生まれて、幸せそうに見えて、
大体私ぐらいの年になると子供とかいるじゃないですか。
お子さんの世話が大変とかって聞いているのを聞くと、
ああ、そういう悩み。
こんなこと言われるとすごい不謹慎だって怒られちゃうかもしれない。
お母さんの悩みってお母さんの悩みであるんだと思うんですけど、
でもそこ、私から見ると本当そんな悩みを持っているなんてっていうくらい、
心もひねた部分があったのかなと思うし。
私ががんになったのと前後するくらいで、
私、名子が二人いるんだけど、
二人目の名子がちょうど弟のお嫁さんに赤ちゃんができたっていう話があって、
私ちょっと心配だったんですよ。
新しい名子が生まれて、でも自分はもう子供を産めなくて、
誕生を喜べなかったらどうしようってすごい心配してたんだけど、
それは大丈夫でした。
もう名子ちゃんメロメロなぐらい、すごいかわいいね、名子ちゃんでね。
なんかもうおばさんメロメロっていう感じなんだけど、
だから本当にいくら自分が子供を産めなくなっても、
子供がかわいいとか、子供が好きだなって思う気持ちとか、
そういうのって別に失われるわけじゃないんだなみたいなものは、
自分でちょっと安心したんだけど、
だから他のよそのお子さんとか、
やっぱり友達と遊ぶと子連れで遊ぶっていうことも結構多いじゃないですか。
私結構ちっちゃい子といるの結構好きなので、
そこら辺はね、たぶん、
もしかしたら人によって違うかもしれない部分もあるかもしれないけど、
でも自分が子供を産めないから子供が嫌いになるとか、
うらやましくて嫌いになるみたいなことはたぶんそんなに、
もし似たような境遇の方で悩んでいらっしゃる方も聞いていらっしゃったら、
それはたぶんそんなに気にしなくてもなくて、
たぶん普通に子供を見ていると楽しいんじゃないかなって、
まあ人によるかもしれないですね。
なんかまあそんな感じで、
でもやっぱりね、なんかそのことってずっと心の中でね、
傷というか、やっぱ子供欲しかったなって思って、
年齢的に私の場合は子供が産める年じゃそもそもなくなって、
今もしかしたらもう子供を産める年じゃないのかもしれないってね、
思ったりするんですよ。
15:02
だけどそのはっきりと可能性が途絶えるわけですよね。
だから40代、41とか42とかそのくらいの年だったと思うので、
まだギリ子供を産むチャンスがあるかないかぐらいの、
そういうぐらいの年で経過的平均という形になって、
はっきりどうなるのかなーってフワフワ思っている状態から、
はっきりパツッともう絶対に100%自分の子供を産めないという状態になって、
可能性が途絶えたって思いがなんかすごいずーっと、
もう3,4年苛まれてきていたところなんだけど、
今日ね、初めてなんか前向きに考えられたって思ったんですよ。
結局可能性は途絶えたんだけど、
それって迷うところが減ったっていうことなんだなって、
今日初めて思えたんですよ。
本当にふっと。
もちろんね、可能性途絶えちゃうのはすごい悲しいことではあるんだけど、
でも自分の中でどうしようどうしようって思って、
絵本も描きたいし、でも子供も産んでみたいし、
でも付き合っている人がいるわけでもないのに、
どうしようみたいな感じで思うところから、
そこの部分排除してもいいわけじゃない?
排除してもいいってか、排除されちゃったわけじゃないですか。
結婚はいつするかわからないものだと思うからわからないけど、
でも結婚したとしても子供を産むという選択肢は私にはもうないんですよ。
ないんだけど、そこはもう考えなくていいんですよね。
自分の人生設計、教育費とかは考えなくていいんですよ、私。
だからわからないですよ。
もしかしたらね、例えばめいっこちゃんを何かの事情で育てなきゃいけないってなって、
やっぱり教育費いるとか、そういう可能性あるかもしれないし、
私が育てるまでじゃなくても何らかの感じで援助するとか、
そういうことはあるかもしれないけど、
でも自分の実の子を育てるっていう、
そういう責任はもう私はしなくていいって。
だから私はもう本当に自分のことと絵本のことと、
あと親を養うぐらい。
そのぐらいで、責任ってそんなものなんだなっていう。
そこら辺で初めて、
ああ、それもそういう人生なんだってちょっと前向きになれたかなっていう。
前向きになれたと言ってもね、またすぐにウジウジしちゃったりするのかもしれないんだけど。
そんなふうに思って。
ごめんなさい。
どういう話かうまく話せなかった部分もあるかなと思ったし、
ちょっと長くなっちゃったので、
18:00
このぐらいにしておこうかなと思うんですけど。
こんなもやもやした思いを最後までお聞きいただいてありがとうございました。
今日も明日も明後日も自由に楽しく生きていきましょう。
大丈夫です。
それではまた次の配信で。
またね。