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はい、始まりました。care-radioです。ということで、今日も撮っていきたいと思います。
ちょっとあれですね、なんかね、だらだら、バラバラと発信しているcare-radioなんですけど、
ちょっとこう、自分の中でも喋りたいことに割とカテゴリーがあるなという感じに思えてきたので、
ちょっとカテゴリーを分けて分かりやすくしつつ、皆さんにお届けできたらななんて思っています。
僕がこれまで話してきたことって、ケアに関すること、福祉領域の方をゲストに呼んだりとか、
社会のこと、社会構造のことであるとか、もうちょっとローカルなケア文脈の取り組みのこととか、そういうことを話してきたんですけど、
そういうケアに関わることっていう発信が世の中で大事だと思っていたので、割とないがしろにされがちというか、
そういうケアがあってこそ、人は仕事であったりとか、その他の活動とかに従事できるわけなんですけど、
どうしても家事、労働を例に挙げてみると分かりやすいと思うんですけど、そういったものってやっぱり重視されない世の中になっていて、
でもそれだとやっぱりよくないよねというか、社会って実は回っていかないんだよねということをちゃんと言っていかないといけないなというので、
ケアラジと名前を関してこのポッドキャストを始めたわけですけども、そこはちょっと引き続きやっていきたいなと思っているところです。
とはいえ、自分自身、僕自身のことを発信していったりとか、いろんな方に知っていただきたいなというのもあって、
それ以外にも何個かつらつら話していることの中に軸があるなと思っていて、若者支援を含むでいいと思うんですけど、やっぱり社会のこと、人文系、社会学系の発信というのが一つカテゴリーとしてはあるかなと思います。
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そこにこれまで語ってきたような若者支援のことも含まれるのかなと思っていて、なので、ケアってかなり広い定義なんで、そこも全部含まれるかもしれないですけど、一つはそういう人文系、社会学系のことですかね。
で、もう一つ軸があるとしたら、やっぱりその対人援助職というところですかね。
僕がこれまで介護職プラス若者支援、ユースワーク、あんまりユースワーカーとは自分のことは思っていないんですけど、というのもそこに特化しているわけじゃないので、僕の広い相談援助職の中の一領域としてユースワーク的な文脈はあるんですけど、
僕自身がユースワーカーなのかはちょっと定かではないというところですかね。
もうちょっとユースワーカーでもありつつというところなんでしょうけど、やっていることとしてはもうちょっと幅が広かったりするんで、ちょっと肩書きは悩んでいるところなんですけど、今。
そういう対人援助職の仕事論みたいなこと、そのあたりも語っていけたらいいのかなと思っています。
それぐらいが軸になると思います。
ケアラジで話していくのは広く社会学的なもの、人文学的なものが一つで、対人援助職の仕事論、あとは雑談会プラスゲスト会という感じですかね。
そんな感じでお届けしていこうと思っております。
社会のことと仕事のことって感じですかね。
今日はちょっと仕事論の話をしていこうと思っていて、日々仕事の中でいろいろ考えながら、皆さんもそうだと思うんですけど、
結構研修とかで言語化して、チームのメンバーに伝えたりすることも多い立場になってきたので、そういう形で整理していけたらと思っているので、
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僕もケアラジで話しながら整理して、それを聞いた方がちょっとでもヒントになってくれたらいいかなと思っているので、
今日は仕事論の1トピックをちょっと収録していけたらと思っています。
ちょっと前段長くなりましたが、何がいいかなと思っているんですけど、
対人援助職はじめの一歩じゃないですけど、
今日は共感をテーマに取り上げてみようかなと思っていて、
これは取扱い注意かなと思っているので、この共感をまず取り上げてみようかなと思っています。
これはまっさらなんで、共感をしゃべっていくうちに何かいろいろ出てきたりとか形になっていくと思うんですけど、
いろんな文脈で共感が大事だということを言われ始めていると思っていて、
マーケティング的な文脈でも共感的な要素があった方がいいとかそういう意味でも共感って使われるし、
寄り添うとか言葉も対人援助職、我々の業界の中ではよく品質ワードとして出てくるわけですけど、
とにかく共感して寄り添うみたいなことについてちょっと考えようと思うんですけど、
まず大前提として共感とかいろんなキーワードが出てくると思うんですね。
たぶん対人援助をやるにあたって寄り添うとか、あとは伴奏とか、
放牧の奥田智さんとか伴奏型支援みたいなことを奥田さんがおっしゃって、
割と生活困窮者支援文脈では伴奏型支援ということが言われるようになっていて、
たぶん研修とか行ったらいろいろ聞くと思うんですけど、
新しく入ってというか入職してこういう研修とかいろいろ受けると思うんですけど、
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ここの背景を理解しておく必要がまずあって、
伴奏型支援はちょっとそうなのかわからないんですけど、いろんな手法をですね、
それ以外にも各団体が何か手法的なことをそういうわかりやすい名称をつけて、
研修として広めていくということがあるんですけど、
これは良い面悪い面あるよねというところで、
その良いノウハウを吸収できるという意味ではこういう研修を受けるのは非常に良いと思うんですけど、
ただそれをそのまま適用できるわけではないし、
どんな手法もどんな技術もやっぱりどんな文脈で使うかというのがめちゃくちゃ大事なので、
例えば伴奏型支援の研修を受けて、これをいきなり自分の現場でそのまま適用しようとか、
あとは伴奏型支援が最上級であってめちゃくちゃ良いものであるからこれをしないといけないというのは多分ちょっと違っているのかなというふうに思います。
伴奏型支援が合う現場もあれば、伴奏型支援が決して適合しない現場もあると思うので、
ここがまず要注意かなと思います。
いきなりそんな技術が現場に適用するかどうかの判断って難しいと思うんですけど、
それが正解ではないというふうに前提を持っていくことは大事かなと思います。
そういう前提があった上で、その万能の銀の弾丸みたいに言われがちな、
分かんないですけど、なんとなく僕はそう思っている人が多いなと思って、
新しく入職されてきた方とか、もうちょっと共感しなくていいんですかねとか、
ここは共感がいると思いますとかというのを聞くので、
この共感も万能ではないということを理解しておく必要があるかなと思います。
ちょっと喉がガラガラなんでコーヒーを飲んでもいいですかね。
別に断りいらんと思うんですけど、
共感万能論みたいな感じに思っているとしたら、
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そうではないんじゃないですかということですね。
まず共感とは何ぞやというところから行ったほうがいいと思うんですけど、
ちょっとググってみましょうかね。
これね、共感。
共感いろいろあるんですけど、
これがエンパシーとも言いますよね。
一応このジェミニが、GoogleのAIのジェミニが出してくれているもので言うと、
共感とは他者の考えや感情を自分と同じように感じることまたはその気持ちを指しますと書いていますね。
要はこれってあるあるですよね。
あるあると感じることを共感と言っている。
こういう定義もありますね。
心理学的な見地から言うと、
いろいろあって常動的共感とか感情がちょっと移ってしまうようなときですよね。
クライアントさんが悲しいと思っていたらちょっと引きずられて自分もメンタルダウンしちゃうとかよくあることですけど、
あとは認知的共感性というのもありますね。
そういうふうに感情を同期させるというよりかは、
様子を見ることによって認知としてクライアントさんが悲しんでいるなと知るということが認知的共感性と言ったりします。
が、そうなんですよね。
ここでなんで共感が必要かという話になってくると、やっぱり現場によると思うんですけど、
相談援助の場だとしたら、
割と本当に自分がつらい目にあったとか非常に困っている状況だというときに、
わかりますよとか、それはつらいですねとか共感されることってプラスに感じる方もいらっしゃると思いますね。
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だし、孤独孤立の文脈で言ったとしても、今まで自分と同じように悩んでいる人っていないんじゃないかなとか、
そういう状況にいた方は自分と同じような立場の人もいるんだとか共感されることによって、
自己肯定感を回復させるといったことはなきにしもあらずとは思います。
ただ、じゃあなんで相談援助が必要かって考えたときに、
一つ自由な視点としてやっぱりバウンダリー、境界線の話があると思っていて、
距離感ですよね。クライアントさんとの距離感が一つあると思います。
その共感っていうのはかなり距離としては近い行為だと思うんで、
この人はわかってくれるんだとか、自分の味方だとかね、
そういうふうにかなり距離が近づいてしまう方もいるので、
ここはちょっとやっぱり気をつけないといけないのかなとは思いますね。
だからまずバウンダリー、距離感の問題に共感はちょっと関わってくるっていうのが一つですね。
あともう一つはやっぱり対人援助職が何をなす役割として存在しているのかっていうことが、
入職したてだとあんまりピンとこないと思うんですよね。
現場によってそれはまちまちで、どこにクライアントさんを導いていくのかっていうのは
ゴールはいろいろあるんで、そこをまず把握していくことからだと思うんですけど、
例えば僕でいうと若者支援の窓口で、特に就労支援の窓口なので、
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共感できないこともあるわけですよね。
というか共感してはいけないこともあると思うんですよ。
それはクライアントさんのフェーズにはいえるんですけど、
さっきも冒頭話したように、自分も分かる分かるっていうことなので、
今の話でいう共感の定義でいうと、あるあるというか、自分もそんなことあったよとか分かるよということなんですけど、
それが例えば全然働く意味って分からないんですよねみたいなことだとしたら、
それは就労支援員としてのこちら側は共感していいのかという問題も出てくるわけですよね。
なので、もちろんカウンセラー側というか、私たち側が素直に感じたことをアイメッセージで伝えるということは必要だと思うんですけど、
一、個人としてクライアントと接するというときに何でもかんでも分かる分かるっていうのはちょっと違うかなと思いますね。
それは逆に不誠実な気が浮かばしていて、私はそれには分からない、共感できないけど、
A君がそう考えているのはよく分かったっていう感じの態度の取り方を僕はよくしますね。
それはやっぱり一、個人として相対していると思っているので、分かるときには分かるわとかって共感するときもありますけど、
基本的には僕は僕としてクライアントさんに相対しているので、
なのでそう考えてみると、こと対人援助という意味では特に相談スタイルの対人援助職でいうと、
僕はあんまり共感というのを使わないかもしれないですね。
共感より大事なことは、やっぱりクライアントさんがどう感じているかということを知ることなんですよね。
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何か出来事があったときに、そういうふうに捉えて、そういうふうに感じが動くんですねということを僕たちは支援をする上で知っていく必要があるわけですよね。
そういう物事の捉え方、感情の動き方が、そのクライアントさんが迎えたいゴールに向かっていくときに、
果たしてそれがその認知のままでいいのか悪いのかというジャッジがあって、そこは捉え方を直した方がいいということであれば、
共感している場合なんかではなくて、それはこういう場合にこういうことが起きてしまうと思うから修正した方がいいんだと思うけど、
それはどう思うとかそういうことが支援になっていくので、
こういうのを内的準拠枠とかって言うんですけど、
クライアントさんのいろんな子と一緒にお話をする中で、その方を知っていく。
それは何で知っていくかというと、これは仲良くなるためでは決してなくて、プロとして現場に立つのであれば、
そういう内的準拠枠を把握していく作業なんですよね。
もちろん人と人として相対しているので、心を通わせることもあるし、
例えば就労支援でいうと就職された時とか、何か新しいステップに進まれた時っていうのはめちゃくちゃ嬉しいですし、
お互い信頼関係というのはもちろん築くんですけど、
ここもあくまでもプロとして現場に立つのであれば、共感して仲良くなることが目的ではなく、
内的準拠枠を知っていくことが面談の結構大きな目的の一つ、面談する場合ですけどね。
それは面談スタイルじゃなくてもオープンな、居場所的な取り組みであったとしても、
こういう場面にこういうふうに感じるんだな、この子はとか、そういうところを見ていくわけなので、
はい。なので共感ってあんまり重要スキルとしては、僕はあんまり捉えていないっていうところですかね。
どちらかというと、僕の場合は無理に共感するというよりかは、ちょっと違う形というか、
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これはロジャーズの共感に近いんですけど、もうちょっとクラウドさんの中に入り込むというか、
A君ってこういう、それも内的準拠枠を把握していないとそういうことはできないんですけど、
A君って前こういうことがあって、多分こういうときこういうふうな感じ方すると思うから、
今回のパターンのときってこう思ったと思うけどどう思うみたいなことを聞くと、
あ、なんで分かるんですかみたいな話になってきて、
そこで僕のことを信頼してもらうというか、何か自分のこと分かってもらってるなっていう感覚になってくれるクラウドさんも多いんですけど、
これはあるあるの共感とはちょっと違いますよね。
あるある分かってくれるというよりかは、自分に共感してくれるというよりかは、
自分の身になってというのともちょっと違うんですけど、
自分の視点に立ってというほうが近いですかね。
自分の視点に立って問題解決しようとしてくれてるんだなっていうのを、
感じてもらうことのほうが共感よりも、こと対人援助という意味では重要かなと思ってますね。
ちょっとまとまりなく話してしまいましたが、
なのでこう、よく分かるよ君の気持ちっていうのは、どっちかというと僕はあれですね。
何か場を作ったときに、僕以外の方、同じような立場の方から、
いや私も一緒やわとか言っちゃ分かるわって、
そういう場に連れていくことのほうが大事かなと思っているというところですかね。
僕はあくまでも対人援助職というナビゲーターでしかないんで、
僕が共感してクライアントさんと同化するということはちょっと危険だと思っていて、
最終的にやっぱり一人の人間として課題に取り組んで、それをクリアしていただく必要があるので、
同化してはいけないんですよね。
やっぱり客観的な視点を持ちつつ、クライアントさんと信頼関係で結ばれ、
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クライアントさんがこうしていきたいんだという方向に向かって、
課題を一つ一緒に解決していくパートナーでしかないので、
なので共感というものが本当にその必要なフェーズにあるんであれば、
僕自身が分かるよというよりかは、そういう場にお連れすることの方が選択肢としては取りますかね。
ということで共感についてつらつらしゃべってきましたが、
まず前提として必ずしも全ての技術とか方法論ですね。
寄り添うとか、寄り添うもあまりよく分からないところもあるんですけど、
そういう支援の中で出てくるキーワードですよね。
寄り添うとか伴奏型支援というものに関しても、
それはその団体さん、例えば研修をしている団体さんが培ってきたナラティブですよね。
そういうストーリーの中で紡ぎ出されたものであって、
その文脈ごと受け取るのはいいと思うんですけど、
じゃあ自分たちの団体のストーリーの中でちゃんと位置づけられるかなとか、
鵜呑みにせずにそれがめちゃくちゃ有効なのかもしれないですけど、
そういう全部が全部、万能なツールというのはないという前提を持っておいた方がいいということと、
共感は必ずしも対人援助の中で、
対人援助職側が示さないといけないものではないということかなと思います。
例えば面談が悪い面談ではないので、
僕らの使命というのは、僕らが担っているお仕事というのは、
クライアントさんをその方が持っている状態像に導いていくことなので、
パートナーなので、クライアントさんと同化してしまわないように気をつけるというところです。
どちらかというと、共感の使いどころでいうと、
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例えばですけど、じゃあ共感いらんのかいということになってもあれなので、
さっき言ったように、本当に自分と同じような立場の方と出会い直して、
自分自身の存在をちゃんと肯定できるようになるというのは、
めちゃくちゃ必要なんですけど、
例えば自助会アノニマスグループみたいなところにご紹介したりとか、
そういうことで共感できる場におつなぎするということ、
それは僕もよくやることです。
共感はしてもらうということは必ず自分の存在肯定のためには必要だと思うので、
面談の中ではやらなくていいということが一つと、
あとは、本当は自分たちの支援が必要だと思っているけど、
ニーズとして顕在化されていない場合もありますよね。
今はいらんとか、その段階じゃないってそのクライアントさん自身が思ってしまっている場合に、
でも関係が切れてしまうと、ちょっとこの方はもうどこともつながれないんじゃないだろうか、
とかいうときには、共感というよりかは何か興味を持ってもらえるものの話をするとか、
そこにチャンネルを合わせていって、それを決してこっちが知らなくてもいいんですけど、
ただそういう話をしていただくとか、
何かここって自分の興味も関心のあることを話していい場所なんだな、
じゃあ次も来てみようかなと思っていただきたいので、
そういうときにはちょっと共感的にそういう話題を話すということがあるかもしれないですね。
そこを皮切りに本来あるべき信頼関係を結んでいくと思うんですけど、
なので共感というのはそういうふうには使えると思うんですけど、
決して必要十分条件ではない、いい支援の必要十分条件ではないとは思います。
共感なくてもクライアントさんが向かいたい場所に必要な情報を提供しただけで終わる支援というのもあるので、
情報だけでいいのに、そういうケースの場合にいちいち共感されていたら鬱陶しいと思うので、
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また同じことの繰り返しになりますけど、
僕たちの発言とか態度とかその共感とか同感とか、
その一つ一つがやっぱりクライアントさんを導いていくための一つのツールでしかないという意識をまず、
持っていく必要があるなということで、
ちょっと今回は事前に話したとおりに対自演助職の仕事論の、
これまでもいろいろ話してきてはいるんですけど、
この前もラポール形成について話しましたけど、
そこと似た感じもありますが、
共感の意味、対自演助職における共感の意味みたいな形でお話しさせていただきました。
また対自演助職の仕事論シリーズも発信していけたらなと思いますので、
よかったら聞いてみてください。
それでは。