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【ケアラジ Vol.3】ゲスト:とよなかESDネットワーク 小池繁子さん
2022-09-20 1:00:47

【ケアラジ Vol.3】ゲスト:とよなかESDネットワーク 小池繁子さん

「ケア的な人」を招いて対談を行うケアラジ。第三回目のゲストはとよなかESDネットワークで、子どもの居場所づくりや学習支援をされている小池繁子さんです。普段、僕自身が思っている「豊中の母」であり、今でも子どもたちの姿を現場で見て、柔軟に考え、学び直されている姿が印象的でした。ぜひお聞きください!

感想

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00:02
はい、始まりました。【ケアラジ】です。【ケアラジ】は、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩めて、
ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。第3回目のゲストは、豊中ESDネットワークの小池繁子さんです。
はい、ではお聞きください。第3回目のゲストは、豊中ESDネットワークの小池繁子さんです。よろしくお願いします。
【小池繁子】ありがとうございます。【加藤】はい。【小池繁子】はい。【加藤】じゃあ、えっとですね、まず皆さんに最初、自己紹介いただいてて、
【小池繁子】はい。【加藤】なんか、もう自己紹介いただいてもいいですか?【小池繁子】どこまで遡るかなんですけど、【加藤】はい。【小池繁子】でも私の、あの、
【小池繁子】自己紹介をするのに、やっぱり出身地は欠かせないっていうのがあって、【加藤】はい。【小池繁子】私は大阪市の、当時南区っていう場所で生まれて育ったんですけど、
【加藤】はい。【小池繁子】隣の駅が震災橋だったんですね。だから、震災橋生まれるっていうのは言ってます。【加藤】南って。【小池繁子】はい。
【小池繁子】もう、かれこれ、20、あ、20年、違う、60年以上前なんですけど。【加藤】震災橋。【小池繁子】そう、万博もまだ始まってない頃、始まってなかった頃。
【小池繁子】二道筋が両面通行だった頃ですね。【加藤】へぇー。【小池繁子】はい。【加藤】ふんふんふん。【小池繁子】で、そこから、えっと、まあ、ずっと学生時代過ごして、就職したのも大阪市だったんです。
【加藤】大阪市内なんですね。【小池繁子】そう、大阪市に、えっと、保育園、保育所の保育士として就職しました。【加藤】ふんふんふん。【小池繁子】で、そこから、まあ、子育てというか、子どもに関するそういう自分の仕事が始まったって感じなんですけど、タイが大好きで、10年経って、タイに行きたすぎて、役所辞めました。【加藤】タイに行きたすぎて、はい。【小池繁子】行きたすぎて辞めました。
で、半年ぐらい行ったのかな。で、仕事を辞めて。で、えっと、そこで就職するつもりで、就労ビザに書き換えて日本に来たら、日本に帰ってきたら、おばあちゃんが具合悪くて、ふらふらしてたのが私だけだったので、おばあちゃんの面倒を見るみたいな形になって、そこからもうタイに行くこともなく、もう何十年ですね。
だからすごく、そこのところですごい大きな転機があったのかなっていうのがあって、それから結婚をして、子どもを3人産んで、結婚するの遅かったんですけど、とりあえず40までに仕上げましたね。3人ババババと産んで仕上げました。
03:10
バババと仕上げ。バババと仕上げましたね。
でも、子どもがちっちゃい頃から、留学生の方のホストファミリーとか、そこからやっぱり自分が向こうでタイでお世話になったみたいなのがあって、帰ってきてもやっぱりそんなボランティアから始めましたね。
だからそれが一番下の子が、今22なんですけど、1歳ぐらいの時から始めてるので、もう20年以上ボランティアをずっとそういうふうな形で始まったのがそれがきっかけで、国際交流協会で日本語のボランティアやったり、そういう外国人の人と関わる仕事じゃない、ボランティア、親子で日本語って今もあるんですけど、
外国人親子のそういった集まりというか、場所づくりとかもしてましたね。
最初は子どもっていうよりかは、どっちかというと外国留学生?
そうですね。外国人でしたね。
外国人の方のそういうボランティアを始めて、いまだに初めてホストファミリーをやった子が、フィジーの出身の子なんですけど、いまだに日本にいて、家庭も持って、子どもも住んでいるっていう、
すごい。
そんな感じですね。
で、ウガンダの子もいるんですけど、その子は男性なんですけど、その方ももう何十年いるのかな、20年以上いて、
その人は日本人じゃなくて、カーボベルデっていうアフリカ出身の女性と結婚をして、子どもが2人いるんだけど、今日本で子育てをしてるんです。
そんな感じですね。今も彼らとは付き合いもずっと続いているし、やっぱりそれが、今息子はオーストラリアにいるんですけど、
そういう外に向く素地が、そういう時からできてたのかなっていうのは今思っていて、そこからボランティアを始めて、ずっと、全部ね、子どもからのきっかけなんですよね。
家でした子がおるとか、お父さんにどつかれてる子がおるとか、そういうのを子どもに聞いて、じゃあもう家にいるのがあれやったら家に連れてきたらいいよ、みたいな形で話してたり、実際連れてきた子もおったし、
そういう形で結局そこから始まったのが、外国ルーツの子と一人親家庭の子どもたちの学習支援を10年ちょっと前から始めたっていう、たまたまコミュニティカフェやってたっていうのもあるんですけどね。
06:15
場所があったっていうので、そこでそういう支援を始めて、そこからですよね、学習支援とか居場所づくりとか始まったのが。
もうそれがじゃあ10年ぐらい。
そうですね、もう10年以上前になりますね。
なるほどなぁ。
どうぞ。
いやいや、お子さんがきっかけっていうのが、なんかこう意外というか。
そうですか。
こうやったんやと思って。
意外となんかこう、何でも話をするというか、あんまり家庭を帰りみず外に出てた私なんですけど、一応何でも話ができる雰囲気には、家の中はなってたのかなっていうのがあって。
例えばいじめられてどうのこうのとかやったら、いつでもお母さんに言ったら仕返しに行ったりとか。
そういうことはいつも言ってましたね。
確かに、こういけファミリーはすごいオープンな印象というか、僕はご主人もちょっと知っているので余計になるんですけど、なんかもう僕も入っていけるぐらいの。
誰でもオッケーなんですよ。
それが結局、私も全然気づいてなかったんですけど、つい最近というか本当に大人になってからわかったのは、やっぱり小さい時の震災橋で育った環境がもう本当に誰でもオッケーみたいな。
なるほど。
商売してて、従業員さんも昔ね、金の卵って言って中学卒業で集団就職する人たちとかいらっしゃったんですよ。
うちの会社にもそういう人たちが一緒に住んでいて、寮みたいな横でね。
で、まだ御用機器がある。御用機器ってわかります?
高屋さんとか小売屋さんとかいろんな人が家を出入りするんですね。
会には行くけど、持ってくる。
サザエさんが出てくるね。
名前忘れちゃいましたけど。
三河屋さんかな。
三河屋さんね。
通い帳みたいなのがこういう紙にあって、そこに書いていて、そういうような人たちも出入りしてたし、もちろん会社で従業員さんたちっていう人はいたし、とにかくいろんな人が家の中で入ってた。
で、うちの父親が7人兄弟の長男だったんですよ。
09:04
すごいですね。
私が生まれた時にまだ妹とか弟、だから私するとおじさんとかおばさんが一緒に住んでた。
で、もちろんおじいちゃんもおばあちゃんもいる。
どんな家みたいな。
やったし、周りに住んでる人たち、イーデスハンソンって知ってる?
聞いたことある?
わかんないです。ないです。
そういう人がつい斜め前ぐらいに住んでたり、双子のお姉ちゃんたちがいた。
私、双子を初めてその時に見てすごい衝撃を受けました。
人生でそれ以上に見ると衝撃ですよね、多分。
で、いろんな南南で旅会やってる家とか、いろんな商売やってるお家の人がいたし、そこにもちろんパチンコ屋の中国人の子たちもいたし。
で、水道筋のところにはもうすでに路上生活者の方もいたし。
なんかね、混沌としてたんですよ。
で、高度成長期でしょ。
それこそ70年安保の頃に週末にはデモ隊が通ってて、私らも安保ごっこって言って。
安保って私が言うと妹が粉砕って言って、家の中を。
すごいごっこですね。
そういうような時代でしたよね。
確かに水道筋、結構パレードする、いまだにね、デモとかは。
なるほど。
だから、そういうのがすごく今の自分を作っていて、そういう環境がね。
だから、ぐちゃぐちゃいる、混沌とした中で障害も持ってる。
もちろん小学校の時にすごいバリアフリーで、下半身、義足の子がいてっていうような人も一緒に学校で勉強してたとか。
なんかね、すごい本当に多様性に満ち溢れてたっていうか、場所だったので、そういう環境だったので。
それがなんかすごく大きく影響してるなっていう。
だから、川を見たり海を見たり、自然の中で走り回るとかではなく、震災橋の中で鬼ごっこして、うまく人とどれだけ当たらないで走るかとか。
デパート行って百貨店で遊ぶとか、そういう感じだった。
なるほどな、それが小池さんを作ったんですね、きっとね。
たぶんね。この影響ってすごいんやなって思った。
12:02
静かなそういう自然に囲まれた場所で穏やかに過ごしてる人とは訳が違うっていうか。
そうですよね。僕どっちかっていうともう田舎で育ったんで、普通の子とヤンキーとみたいな田舎で。
割と固定されたメンバーっていうか、育ってきて、なので割と人見知りでっていう感じなんですけど。
結構、豊中に来て、小池さんと知り合って、木吉さんってご主人とも、それは仕事で知り合ったんですけど。
なんかほんまに小池さんって豊中中に息子がいるんやろうなと思うんですけど。
いや本当にね。今、私すごい子供やっぱり保育士やってたので、子供好きだったから、ちょっと不純なあれなんですけど、なった理由はね。
でも、やっぱりいっぱい子供が欲しかったんだけど、初めて子供を産んだのが35歳だったので、そんなに間がなかったんですよね。
たくさん産むには。でも、かろうじて35、36、39で3人産んだので、バーッと。
ホストファミリーしたのも、いろんな国に息子とか娘がいるといいなぁみたいな感じで始めて、結局そういう風に今いっぱいいてますね。
確かに。みんななんかうちの子みたい。
豊中のお父ちゃんお母ちゃんっていう感じが。
そこまであれですけど、でも自分自身はそういうのにはすごい恵まれたなっていうのは思ってる。
確かに。
なんかね、ちょっとしんどいとき小池さんと飲みに行きたいなとかちょっと思ったりするんで。
なんか小池が足りないって言ってくださってる。
小池不足が。
やっぱなんか、この前も飲ましてもらって、ベロベロに酔っ払っちゃってなんかすごい愚痴ってた記憶があるんですけど。
大丈夫、みんなそうですから。
私って気も飲まないので、ベロベロに酔って言ってること本人は忘れてるんだけど、私はちゃんと覚えてるっていう。
ガチガチに恐ろしい情報をたぶん小池さんいっぱい持ってると思うんですけど。
でもそういうなんかやっぱり、納得っていうか今の話聞き小池さんその育ってこられた環境と今されてること本当にリンクしてるなーっていうのを感じたところなんですけど。
そうで、この一応ラジオ立て付けが一応あって、そのケアっていうもの。
15:05
ケア。
ケアちょっと広い概念ですけど、ケアラジなのケアについて語らせて。
一応あるんですよ。
おいで。
すみません何も。
いえいえ。
でやっぱり保育っていうのもケア的なお仕事ですし。
で、今されてる、これからちょっとまた詳しく聞きたいんですけど、学習支援の仕事もどっちかっていうとケア的な。
学習支援っていう一応の立て付けはありながらも、小池さんがされてるのどっちかっていうと、そことプラスアルファで子どもたちのケアっていう側面もあるんですけど。
なんかちょっと質問が難しいんですけど、ざっくり子どもの学習支援10年されてる中でどういうふうに考えながら、日々支援っていうか関わられてるのかなっていうのをちょっと聞きたいんですけど。
学習支援、あのね、私住んでるところが豊中市の南部なんですね。
ご存知の庄内っていうところに引っ越してきたんですよ、2年前に。
それは親を介護しないといけないっていうのと、子どもたちももうみんな育っちゃったので、こっちの方に来たんですけど。
私、庄内レッグって言って、豊中市と共同事業をずっとやっていて、もう17年ぐらいになるんですけど、17、18年ぐらいになる。
でもそれいよいよ庄内のコラボセンターが終わるので、終了するんですけど。
その庄内レッグが始まるときに、やはり豊中の南北問題っていうのが、豊中市の方はご存知な方多いと思うんですけど、やはりその格差がすごいと。
簡単に言うと、私もそのとき聞いてびっくりしたんですけど、全国統一テストかな、学力テストみたいなのあるじゃないですか。
小学校と中学校でやる。
で、その全国の学力テストの中で、上位と一番上の本当の上の方と一番下の方が豊中市にある。
だからそれほど全国レベルのテストで、下の方の学校と本当の下の方と上の方の学校が一緒にその市の中にあるっていうのを聞いて、ああ、みたいなのがあって。
できた当時に、やっぱりその北を、豊中の北の人たちの学力に追いつかないかもしれないけれども、南部の子たちも学力をつけていかないといけないっていう声がすごくあったんです。
18:10
もちろん今もあるんですけど。
でもなんか、ちょっと違うかなって、ちょっと違うなって私思っていて。
で、省内レッグでは、だからそれをせずに、北の子らが塾に行ってる時に、その時間をもっとその文化体験であるとか、そういったものを本物に触れさせ体験をさせたいっていうのがあって、プログラム的にそういうのをいろいろ作った子ども向けのプログラム。
キャンプ行ったり、子どもの歌舞伎やったり、なんかそういうのをやって、この子らが大人になった時に、なんか南の子ええやんみたいなね。
なんかそういうような風な子らにしたいなっていうのがあって、ただ勉強だけじゃなくて、勉強は大事だけど、だから省内レッグではそういうのをやりました。
文化体験を。
本物に出会わせるっていうのを本当にもう17年、16年、17年前からしていて、そんな感じでしたね。
今はちょっともう子どもの、そういった具体的なプログラムっていうのはないんですけど、そんな感じですよね。
なるほどな。なんかやっぱり学力っていうのも大事じゃないとは言わないんですけど、なんか確かに追いつけみたいな感じで、やるところへの違和感っていうのはあったんですね。
そうですね、なんかちょっと違うかなっていう、それよりもなんかもっと気持ちというか、人間味っていうか、人間を作るのに大事なもの、そういうような気がしてて、今もだから結局、今も学習支援からやっぱり家庭が大変な子どもたちが集まっている場所を作ってるけれども、
そこでも結局社会文化体験が足りない、圧倒的に足りないっていうのが課題としてあるので、やっぱり勉強もさせないといけないけど、生きるための元になるような体験っていうのは必要だし、やっぱり学校の先生の方からもそれはすごく言われますね。
そういう体験をするのが圧倒的に少ないので、そういうことをさせてあげたいと思っているっていうのはあるけれども、学校としてはやっぱり限りがあるのでっていう、そういう話もすることありますね。
21:00
なるほどなぁ。やっぱり少なく、僕も最近すごいそこに興味があって、新書だと思うんですけど、教育格差っていう本を読んで、やっぱり親の大卒、卒業してる家庭とそうでない家庭と中卒家庭と、ずっとデータが延々と語られてる本で、そこが如実に相関関係があって、
南部はその土地のルーツがあると思うんですけど、どうしても経済的に格差があって、そういう体験が得られなかったりとかする子たちがすごい多いっていう感じですよね、その土地で言うと。
なるほどなぁ。
文化的な体験とか、本当にちっちゃいことも実はあるのかなと思って。
本当に全部そうですよね。子供の時に子供らしいことをしていないっていう。
なるほどなぁ。
だから、南部の問題と北の問題って内容的にはちょっと違うのかもしれないけど、私はそこで集約されると思うんです。
なるほど、確かに。
だから勉強してる、もっと遊ばないといけない時に、もううちの子が通ってた小学校なんか3年生ぐらいでも6割ぐらいは塾行ってたし、もう6年生になったら8割以上塾行ってたと思うんですね。
で、やっぱり普通の小学校なの。
やっぱり校長先生がその時に、やっぱり子供らしい体験をいっぱいさせてあげてほしいと。塾に行くのも大事だけどっていうような話をされた時に、もう次の日に保護者から大ブーイングで。
何かね、そういうようなこともありました。だから、いろんなこと言ったらあかんよね、校長先生とか思って。私は本当そうですよねって思って拍手しかけたぐらいだけども、圧倒的多数の親はそうじゃなかったっていう。
なるほど。逆にこんなにね、私らが勉強頑張ってしてんのに、そんなに言わんといてよみたいな。
北は北で、豊中の北は北で、そういう勉強勉強ばっかりで、子供の時代にしといた方がいいような、そういう体験があんまり。
だからできてないっていうか、圧倒的に少ないのかもしれないけど、でもお金があるので、お金があるお家はびっくりしたのが、夏休みに動物見てきたと話してるんだよね。
24:07
私は動物園に行ったと思うじゃないですか。ケニアに行って、キリンに餌やってるとか、ツイッターが走ってるのを見たとか、そういうのを聞いて振り返ったことがある。
それはほんまにあれですね、文化体験の格差っていうか、そこもお金がすごい関わってきますよね。
すごい良いご家庭で、本当に子供はすくすく健全にというか、小柄かでっていうような良いご家庭なんですけど、みんながみんなそういうご家庭でもなかったし、
あのお父さんがどつくみたいな。
そういうのは子供の話の中でいろいろ聞こえてきてたので、一概に決めつけることは全然できないんですけど、やっぱり子供のしんどさというか、生きづらさというか、そういうのはそれぞれにどこの地域でもあって、
圧倒的な子供らしい体験っていうのは、中身は全然違うと思うんですよ。中身は違うかもしれないけど、やっぱりやるべき時期にやることをやっていないと、やっぱりちょっとそこで歪みが出てくるとか、何か積み重なってそこから出てくる力っていうのが弱くなっているとか、そういうのはやっぱり感じるところですね。
何かこの10年で子供たちの変化って感じますか、小池さん。
あのね、子供たちの変化はやっぱり圧倒的に携帯だと思います。
まだうちの頃はあんまり高校、中学は親と軽食を、まだそのラインとかそういうものっていうのが、そんなにまだクラスのラインとかそういうのがまだなかったところだったと思うので、でも今はもう携帯なかったら駄目でしょ。
当然、当たり前。でも、使いこなしてるとは思うんです。
だから、圧倒的にコミュニケーション能力は、私らがリアルでしかできなかった以外のツールというか、そういうものを持っているので、本当にリアルにクラスでいじめられて友達がいなくても、例えばネット上で全世界にこういう関係が広がってるとか、ゲームを通してね。
27:08
そういうのはあるんじゃないかなとかって思います。逆に、記録がつかないと不安とか、そういうすごい辛労さもあるんやろうなぁとは思いますけど。
でも、悪いとこだけじゃないってことですよね。
私はそう思っていて、ずっと携帯持ってるから携帯の依存やとか、携帯は何時までとかっていうような人もいるけど、でも依存はしてないような気もするんです。
トイレに持って行くわけでもないし、まあ依存、そういう子もいるのかわからへんけど、でも悪いことばっかりではないと私は思ってて、やっぱりそこでの繋がりとか、なんかめんどくさい。
今、日常法あるじゃないですか。友達同士で、誰それがどこの公園におるとかね、こんなこと言うんですよ。
で、例えばヤンちゃんの子らうち多いから、またどこか飛び出したお母さんが、でもどこどこの公園におるから安心とか、いくら偉そうなこと言っても、偉そうなこと言って飛び出してても、お母さんがおるとこわかってるっていう。
なるほど。
あれすごいなと思って、もうめっちゃ嫌やなと思いましたよね。
自分が子供やったとしたら嫌ですよね。
絶対嫌、今でも嫌でしょ。
今でも嫌ですね。
もし僕たちが、彼は今そこで飲んでるとか、嫌です。
それちょっとこう、自由じゃないっていうか、監視されてるというかね。
それはちょっと嫌やなと思いましたけどね。
まあお母さんにしたら安心なんですよ、でも。
まあね。
安心材料としてはあるけど、なんか自由気ままにやってる風なのに、結局携帯の中で囚われてるみたいな。
確かに確かに。
文化体験もそうなんですけど、なんとなく僕があの就労期の、もうちょっとお兄ちゃんたち、お姉ちゃんたちの支援なので。
やっぱりね、なんかこう、まあその影響とは多分あんまり関係あるか相関があるかわかんないですけど。
うん。
やっぱこうネガティブな感情をちょっと抱えきれない子がすごい増えてて。
まあ昔で言う切れやすいっていう感じでもなく、フェードアウトしちゃうっていうか。
うん。
関係性がもう切れたらもう終わりとか、なんかそういう子がすごい増えてて、でも働くってなると、こうなんか上司に嫌なこと言われたとか。
30:04
うん。
とか仕事で失敗しちゃったとか、そういうネガティブな感情が結構起きるところを、まあそれはそれでよくって。
そっかこうリカバリーして、またこう関係性を結び直したりとか。
うん。
なんかそういう力が圧倒的になくって、でそれをちょっとずつちょっとずつ一緒にトレーニングしたりとか。
うん。
その時こうしたらよかったんじゃないみたいなこと言いながら、徐々にそのネガティブケイパビリティとかって言いますけど。
うん。
それをちょっとずつこうね広げていくみたいなことをやっていて、なんかその辺でこう子供たちの対人関係とかって。
うん。
小池さんの中でどんなふうに思いますか。
あのまだうち来てる子のほとんどが中学生なんですね。
で、あのやっぱり育ってきた環境が。
うんうん。
えっと、まあ一般よりもちょっとしんどいような。
うん。
家庭で、まあ生活保護であったり。
はい。
シングルマザーであったり。
うん。
ステップファミリーであったり。
うんうん。
で、もちろんヤングキャラだし。
うん。
で、お母さんもえっと病気で病気精神疾患で働けないとか。
うん。
なんかそういうようなもういっぱいいろんなものを重なってね一つじゃなくって。
うんうん。
重層的に抱えてる子供たちが多くて。
で、その中で今ちょっと私らもやってて気がついたんだけど。
はい。
やっぱり言葉がすごく少ない。
うんうんうん。
っていうのに気がついて。
うん。
それこそ対話をするとか。
はい。
あの言葉のあのゲーム。
なんかカタカナ使っちゃダメっていうようなボードゲームっていうか。
あのカードゲーム。
あーそうね。
あーいうのとかそういうのをやってるとすごく面白くて。
本当にもうなんかこれであの子たちがもっと言葉、使える言葉を持てば。
うん。
もっと変わってくるんじゃないかなっていう。
うざとかしねとかよく言うじゃないですか。
うんうん。
ならそのうざいでもなんか気持ち悪いのか何なのかっていうそのうざいっていう言葉のもうちょっと具体的ないろんな言葉を知ってたら少しはこう通じやすい。
だからどういう時にしねって言ってんのかっていうのは一緒にいる間に分かってくるんだけれども。
うん。
こういう時にしねって使うよねとか。
うん。
全然意味ないよねって意味なく使ってるよね感情だけでとか。
33:00
だからなんか意味のある言葉を使わせたいっていうか。
うん。
なんか単なる言葉だけ単語だけじゃなくて。
うんうんうん。
それすごい大事やなって最近思ってるところ。
なるほどね。
いやーそれはあるかもなー。
それで結局そのお母さん家庭内だからお母さんにどれだけこう言葉掛けをしてもらったかとかやっぱり小さい時には親の言葉掛け大切ですよとかっていうのはねあの子育て中にどっかから聞いたりするし。
うーん。
あの実際そういうの大事だとかもっとなんかね愛着っていうのかななんかそういうものをしっかりそういう環境を作りましょうみたいなところで言葉掛けは大事みたいな感じになるけど。
うんうん。
でもみんながみんなそんなことしてる暇もなくとか。
そうですね働いたりするし。
若かったり若くて子供を産んだりしてるとそれどころじゃないしわからないし。
うんうん。
でやっぱりそこでまあいろんな弊害が出てくるっていうのが今の子供の姿であって決してあの子らがどうのこうのではなくやっぱりあの子らの置かれていった環境がたまたまそうだった。
うんうん。
っていう感じなのかなって思うので。
今からそれに気づいた私らはやっぱり今からそれをあの子らに獲得させなければならないというかそれも大事なことの一つなんじゃないかなっていうのは思ってると思います。
それはめっちゃ多分わかる人はわかるって感じですよねこの話でその僕らもその就労支援してて一番品質ワードがめんどくさいなんですよね。
そうそう。
めんどくさいとか言って。
絶対そううざいとめんどくさいはよく言うよね。
そこをなんか最初はなんでめんどくさいってなんでなんみたいなのを解きほぐしていってこっちが言葉にしていってそうそうみたいなところから一気にこう距離が縮まって。
だからそう。
君のめんどくささってこういうことやろみたいな。
はいはいはい。
せやねみたいなところから。
言葉を言語化のお手伝いをするっていうのを結構してるので。
まさしくそうよね。
めっちゃ面白いって言うとあれですけど。
でも本当に言葉って大事だなっていうのは思うしね。
だからそのめんどくさいってよく言うのね。
うちの子らでも来てる子らでも言うんだけど。
そのめんどくさいっていうその言葉の裏には体がしんどいっていうこともあるときがあんねんね。
36:05
そうなってきたときにご飯食べてないこと。
やっぱり家でお母さんが家でご飯作らないのでご飯食べてない。
食べてもコンビニ飯とか。
なんかそういう食事をちゃんととっていない。
夏休みなんか特になんだけど。
昼夜逆転している。
睡眠時間をちゃんととっていないとか。
なんか原因になるようなことってやっぱり体を作る。
その睡眠であるとか食べるっていうことであるとか。
そういうことが最低限できていない。
っていうところから体が動かなくて頭がぼーっとしててめんどくさいのか。
それかそれに興味がなくってそんなことしたくないからめんどくさいのかとか。
例えば今めんどくさいっていうワードが出たけれども。
めんどくさいっていう一つの言葉に何が隠れているかっていうのを自分たちが見極める力をつけるっていうのは大事かなっていうのは思ってます。
これはちょっとみんなに聞いてほしいですね本当。
それは分からないけど。
例えばそういうことなんですっていうのは本当に私夏休みこの夏休みすごい子らと一緒にいて。
火曜日から土曜日まで昼から夜までずっと一緒にいる。
昼ご飯食べさせて夕ご飯食べさせて。
そういうようないつも明けてたんですけどやっぱりそれだけ一緒にいると。
昨日わからなかっためんどくさいの意味が今日わかったとか。
そういうのってあるんですよね。
いつもいることで今日寝てへんやろうとか。
最近ご飯ちゃんと食べてるとか。
そういうふうなところに質問というか私らの意識もいくようになるし。
ずっと会うって大事やなとか。
だから2、3日来てなかったらご飯食べてへんのにちゃうかなって思う子にお腹減ってるやろうからって言って揚げ物をガンガン食べさせたらお腹壊すんですよ。
ほんまにお腹壊すの。
すごい胃腸が弱いし。
初めは食べ盛りやし、いろんなもの食べさそうと思ってガンガンそういうようなものを健康盛り作って食べてみたいな感じやったのが。
ちょっとそれでは体調を崩す。
だからご飯食べてないのに食べさすとお腹を壊すっていうことも初めて知ったし。
39:02
食べてないがゆえにね。
そういう腸がっていうのもあったし。
すぐに体調を壊すのでやっぱりその体調に応じた栄養を取らせるとか、料理の仕方を考えるとか。
なんかそういうふうなのはすごく夏休み勉強になりました。
だから様子見ながらそれに応じたものを提供していくとか。
そうか、それはすごいなんかケア的ですよね本当に。
そうですね、そういうふうにもなる。
だから僕らもやっぱり今の話聞いてて長くどうしても支援とかって行政でも実はそうで、行政とか支援施策になると。
例えば就職だと年間実績がこうですみたいなところで評価されちゃうと、そこがちょっと抜け落ちちゃうというか。
ただただ一緒にいることがすごい、万全と一緒にいるだけだとダメですけど、一緒に過ごすからこそ見えてくる変化っていうんですかね。
そうそうそうそう。
だからやっぱり毎日見てるのと、1週間に1遍見るのと、2週間に1遍見るのとじゃ、その2週間の間に本当にいろんなことがあると思うし。
1日でもなんかちょっと今日気が悪いやん、昨日寝てへんやろとか。
なんか今日学校行ったんでいつも聞いて、最近はいつも聞くんですけど。
なんかそういうようなことであったり。
やっぱりそういう一緒にいることでできる関係とか見えてくるものっていうのはすごい大事だし。
私らは数字を追うこと、一応考えないといけないかもしれないけど、他の仕事よりは数字とは関係なくすごく見えにくいですよね。
数字でわかればいいんだけど、どれだけその子が成長してるかなんてなかなかわからないんで。
そこの評価の仕方っていうのは自分らで考えないといけないなっていうのもあるけれども、その子らが云々というよりも私らの気づきの方がやっぱりすごく多くて。
だから例えば生きる力をつけましょうみたいなね、成り割術っていう授業をやってるんだけど、やっぱりそこでは自分自身が生活する上で大事な技術を身につけようっていう風にまず考えてしまって。
料理をさせて自分たち作って食べるとかね、そういうことをやらせたら、私らよりも率なく作ってお弁当だってパパッと作ってパパッと出来上がっちゃうみたいなぐらい何でもできるんですよね。
42:05
でもよく考えたら、お母さん病気でも仕事もしない、家のことできないとかなってきたら自分がやるしかないんですよね。
妹とか弟に食べさせるためにとか。
そんなんええよな別に。私よりも上手くやるのに、ちゃんとしっかり水分を飛ばしたいとかってやってるのに、何がやねんみたいな。自分ら何やって、私ら何考えてんねんみたいな感じで、今ちょっとそれはちゃうなっていう。
だからさっきもちょっと言ったけど、みんながヤングキャラやってるのはそこやねんね。ヤングキャラは何でもできるっていう、なんか変な言い方だけど。
だからそのくらいに何をさせるんではなく、何もさせないっていうところに今来ていて、家ではゆっくりくつろげない。
妹とか弟が居る、自分のだけの静かな部屋を持てないとかっていうのがあったとしたら、家に来て静かに、思う存分自分だけの時間を楽しむとか、ゴロゴロするとか、ご飯やったら作るんじゃなくて、何食べたいって聞くとか。
そういうのやなぁみたいな。
なるほど。
なるほど。
だから、初めね、何食べたいって聞いてもね、ずっと始めの頃、授業が始まった頃に、別に何も食べたないとか、別にそんなに聞かれたこともないし、何が食べたいとか、そんな別に何もないって、そういうのに全然興味を示さなかった。
けども、今は今日何作る、何食べたい、あれ食べたい。
で、もう冷蔵庫も大きくなったので、自分たちで出して、自分たちで作ってるとか。
へー。
そういうのもあるんですよ。
だから、なんかね、やっぱりハンバーグ食べたいとか、唐揚げおいしいから唐揚げにしてほしいとか、そういうことを言わなかったのが言えるようになってきたっていうのは、すごく大きな一歩だっていうことを他から聞いて、あ、そうなんやみたいな。
で、やっぱりそれを自分の思いを言えるっていうことが、しんどい時に助けてって言えたり、困ってることを相談したりする言葉を話すっていうきっかけというか、力になっていく第一歩だからみたいな、好きなものを見つけるっていう、口に出すっていうのは聞いたので、あ、なるほどなっていう。
いや、確かに何もさせないっていうのが一番の今、ケアになり得るっていうか、まあそういう、小池さんも知ってると思うんですけど、僕とイエズニーネットワークさんにも行ってた方、具体のケースの話しちゃっていいのかわからない。
45:13
まあそういう子がいて、その子もヤングケアラーで、いう状況でしたけど、やっぱりこう、なんていうんですか、助けが求められないっていう感じが最初すごかったですよね。
子供の居場所の子たちもみんな、最初はそうかもしれないですけど、結構顔も、顔つきがちょっと厳しいっていうか、怖いくらいの、ちょっとバリアを張ってるっていうか、その子たちに何もさせないっていうか、それも1回ではダメっていうか、あれここ何も求められへんなみたいな。
ああ、うん、そんな感じかな。
1回だけでは、ずっと来てて、あれ?みたいな、これは行けるぞみたいなのが。
うん、たぶん。
そこにやっぱり夏休みも経て、このずっと、まあ何年かの、何ヶ月、数ヶ月、1年っていう、時間がないと、その時間の共有がないと子どもたちもそう思えないっていうか。
積み重ねやもんね。
ね、結局積み重ねなんだろうなぁと思って。
あ、この人は、大丈夫っていうか、何かしても手を離さないなっていうか。
ねえ。
あたりから離さない。
いちいち言わないっていうか。
ね、うんうん。
うん、だからね、たまにね、やっぱり大人が来て、なんか片付けろだの、なんだよだって、やっぱり言うんですよ。
言うでしょ。
言うでしょ、なんかね。
でもそんなこと言われて、最近っていうか、そこでは言われたことがないので。
うん。
ええ、みたいな。
うんうん。
その人言うやん、みたいな。
そういうのあったりする。
うんうん。
でもそこの、あの何て言うんかな、難しいと思うんですけどね。
やらさなければならないことっていうのもあるやろう。
うん、うちはそうですね。
でも、つい何かさせようとするので、何もさせないっていうのは、なかなか難しいですよ。
確かにそれは、何て言うか、僕らが持ってる固定観念みたいなのを取り払う作業であると。
そう、だから自分たちの持ってる概念を崩していくっていう。
だから、子供の時に概念崩しってやっぱりあるんですよ。
へー。
そういうその固定概念というか、もっと自由な表現であるとか、そういうものを延ばしていくために、子供に対するその概念崩し。
それがね、砂場遊びやったり、積み木遊びやったりするんですよ。
こうグワーって作って、グワーってして、またグワーってやるみたいなね。
うんうん。
なんかそういうのはやっぱりあって。
48:02
へー。
そういうのっていうのはだから、私らにもまだ必要なことなんやって。
うんうん。
すごい固定概念にとらわれず。で、ないとね、もう一個ね、いまだに私ちょっと崩れてないのが、
はい。
あの、もちろん宿題なんてしなくていいと思うんですけど、
うんうん。
とにかく勉強をしないんですよ。
あー、勉強。
全くしない。
うん。
授業中は寝てる。夏休みの宿題はゴミ箱に捨てる。
ははは。
で、もう綺麗なまんま置いてる。
うん。
もうだからそれを我慢するのになんかもう、にゅみにゅみやがって。
なるほど。
うん。
なんか別にその、絶対しないといけないものでもないし、
うん。
もうね、分かってるんだけど、
うん。
いや、ちょっとぐらいしてもいいんちゃうんかなとか思ったりしてしまうの。
うん。
うん。
いや、テスト前やからテスト勉強ぐらいちょっとすればとか、
そこはダメやねん。なんか思った。
なるほどなー。
まあでも、それは分かってることは大事なんですよね。
まだダメやって思えることが。
ねー、でもちょっと勉強した方がいいんじゃないみたいなのは思うねんけど。
ははは。
でも、やっぱりそれもきっかけだと思っていて、
うん。
例えば、高校どこそこに行きたいとか、こういうことをやりたいっていうことが分かれば、
そのために何をしないといけないかとか、
うん。
なんかそういうのっていうのは、自分で気づくとやり始めるのかなーっていう気はしてる。
そこがないと、宿題だけやれって言っても、なんかその先がないと、
これやっても意味ないやんっていう。
うん。だってもう勉強分からないので、
うん。
答え移すしかないんやねん。やるって言って。
うんうん。
だから、その普段の勉強っていうか、
勉強するっていうことにどんな興味を持つか、
うんうんうん。
っていうのが大事かなっていうのはあって、
うんうん。
やっぱりあの、モデンで地理を勉強するっていう、
あ、私この間フェイスブックの中に書いてあった。
あ、見ました見ました。拝見しました。
あれって大事よね、やっぱり。
いや、
単なる地図じゃなくて。
うん。
いや、ゲームも結構僕は可能性あるかなと。
ある、すごいある。
思いますけどね。
うん。
うん。
だから、だいぶ言って、やっとDS買ってもらって。
ふふふふ。
ね。
おチリとかだってあれね、ピンピンピンピンとこう。
おー。
ラジオでこのピンピンとか言っちゃいましたけど。
うん。
位置関係が分かると思うしね。
ね。
で、岡山は例えばこう、きび団子めっちゃ売ってるとか。
うんうん。
表津やったら分かるので。
分かりますよね。
ね。
うん。
そんなんで、あ、そっか、ここ行ってみたいなとかなるかもしれないですね。
51:03
あ、そうそうそうそう。
ね。
本当にね、もちろん検証する大事なんて分かってないんだけど、
何県がどこら辺にあるとかっていうのが、
うん。
分かってない子らも多いかな。
うん。
だから結局そういうことなんよね。
うん。
すべてが。
知らない、教えてもらわない、行かない。
うん。
そういうきっかけがないっていうことで知らない。
うんうん。
っていうことが多いので。
うんうん。
やっぱりなんかの、こう、なんていうかな、機会に、
まあ例えば、雪山に行ってスノーボスで見るとか、そういうのももちろんそうだし。
うん。
なんかもう、すべてのことが結局全部つながってんのかなっていうのは。
うん。
ね。
そうやな。
だから僕も、そんな裕福な家じゃなかったので、
なんていうか旅館とか行ったことなかったんですよ。
家族旅行で。
うんうん。
で、旅館泊まって、ホテルのなんかどうこうとかシステムが全く分かんなくて大人になって。
うんうんうん。
で、友達とかそういう話してるわけなんですよ。
うんうん。
旅館のタオルがどうこうとか。
はいはいはいはい。
え、何それみたいな。
うんうんうん。
で、ちょっとこう話し入れずに。
うんうん。
まあいいやみたいなとか。
うんうんうん。
結局そういうすごい文化体験の壁みたいなので、
もういいやめんどくさいっていうとか、
その積み上げがなくて。
うんうんうん。
結局分かれへんやん。
もういいやめんどくさいとか。
うんうんうんうん。
で、そこを大人が何ていうの努力してない、ここから努力したらいいんやとか。
うんうんうん。
なかなかね言えないなっていうのが。
そうやね。
だからほんのりめんどくさいっていう言葉一つでも裏に何が隠れてるかってすごい大きいでしょ。
体験がなくてそこに行くのがなんか自分としてはちょっと記憶でするのでめんどくさいのかとかっていうのもそうだもんね。
そうですよね。
いやもうこれ時間足りないですね。
いやちょうど1時55分なんで。
はい、じゃあ終わりましょう。
もうさらっと。
なんかそうですね、昨日あのちょうど青木新平さんっていう方と話して、
ままとめなくていいんじゃないですかみたいな言ってくださって。
うんうんうん。
ここ開いた感じで終わっていきゃいいやと僕も思ってて。
最後に今いろいろ子どもの支援のこと聞いてきて、今後小池さんがこれ散々聞かれてるかもしれないですけど、
次何するんですかっていうのをちょっと聞いて。
次はまあ庄内コラボセンターができるので、うちから歩いても2分ぐらいのところにできるんですね。
でそこでいろんな新しいことをやりたいなとは思っているんですが、
54:02
今ちょうどあのうちの団体には若い子たちがたくさん入ってきているので、
あの現場っていうか多分私は自分の家をこうみんなにおいでって言ってやってたりもしていくんかなと思うんだけど、
団体としてそのちゃんと仕事をしていくっていう上ではもう若い人たちを育成しながらっていうところらへんのことを自分はやらないといけないのかなっていう、
そういう立場と自分の今の団体の立場としてはそう思うし、
あともうどんどん歳いってくるので、今の子どもたちが面倒見てくれるようになるかなと思って。
あの庄内において、小池さんあこっか!みたいな。
なんか迷子になっとったら絶対家に連れて帰ってくれるとか、
なんか食べたいもあるか?なんか買おうか?とか。
そういうようななんか、だから老後はちょっと楽しみ。
いっぱい子どもがいるので、誰かがこうかまってくれそう。
いや小池さんなんかこんな感じらしいで、みたいな聞いたらたぶん行きますもん。
かなる人はありますね。
だから今おばあちゃんがいるんですけど、その介護が終わったら、
もう家はもうそのままいつも鍵開けといて、勝手に来ればみたいな。
なおかつ私のご飯も作って帰ってみたいなぐらいのこともできるのかなと思うんだけど、
たぶんまだもうちょっとはやっていくかなって。
親支援とか貧困の連鎖を断すとかっていうような言葉ってよく聞くじゃないですか。
それで今親を同行するのはもう難しいので、
今中学生である子らが少なくとも何年か先にはすぐ親になると思ってるんです。
できるだけ若年妊娠は避けようと思ってその予防もしてるんですけど、
だからそうならないように、親教育を今の若い子らにしてるようなことをするので、
それはやっぱり追っかけてやっていきたいなっていうのはあります。
その子らが今度子供を産んだときに、今度はまたその子供たちをちょっとでもしんどくないように。
そっからたぶん私家庭ひっくるめて見れていけるような気がする。
今の子供たちが親になるとき。
今の親でひっくるめてその子をどうのこうのっていうのはすごく難しい。
だからあの子らが親になるときにずっとそういう支援というか関わりを持っていて、
57:04
みんなは無理ですよ。それを大きく一般的なシステムにするのは無理かもしれないけど、
少なくとも今来てる子たちをどないかしてしんどくない。
ちょっとでも楽しく過ごしてもらったらいいかなっていうのは思ってるので、
たぶん追っかけてずっとサポートはしていくんだろうなと思っています。
やりたいことっていうのはそういう感じかな。
なるほどな。
やっぱり途切れない。
役所の仕事っていうか、やっぱりそういうものだけにとらわれると、
お金が切れると終わるっていう風になるじゃないですか。
だから仕組みはお金をもらってるときに作ってしまわないといけないと思ってるんですね。
こういうところに気が付いたので、こういうところをもっと強化した方がいいとか。
でも自分自身としてはもっと追っかけたいというか、継続したい。
今外国人の親子の支援やってたときに、その子らが今大人になっているので、
今はそういう付き合いないけれども、やっぱり自分の子供って結婚するとか、
孫ができるとか、ずっとやっぱり親子関係続いていくから、
そういう関係を持てるうちはやっぱり持ち続けたいなっていうのはありますね。
そうですね。どうしてもサービスになっちゃうと、
それが終わったら終わりですみたいな。
それがあくまでも手段であって。
あるし、それは支援者側が自分を守るための境界線にはなるんですけど、
どっちかっていうと、僕も小池さんに近くて、これは手段でしかなくて、
その人の人生を支えていったりとか関わっていくためのツールというか、
そういう支援者が増えたらいいなとはすごい思ってますね。
これは支援者の話は今日できなかったので、支援者側の立場の話はいっぱいあるので、また読んでください。
じゃあまた、それはちょっと支援者編ということで。
ですね。支援者も多分悩んでる。
ね、そうなんですよ。
悩んでる。支援者の支援をどうするか。
ボランティアをしたい。続けていくためにどうやって私らが支援するかっていう。
ここら辺ですよね。
あ、そうですね。ちょっとESDネットワークさんはもうそういう中間支援機関というか、
支援者支援をやっているので、これあれですね、上村さん読んでやりましょうか。
上村さんはもう一押しですので、どうぞ。
1:00:01
本当に。
ちょっと僕のこの豊中シリーズで一本走ってて、まず小池さん来ていただいたんで。
豊中のレジェンドたちを次々読んでいこうと思ってますので。
ぜひぜひ。
めんどくさいを考えるっていう。
そうですね。めんどくさいを考える。
今日はめんどくさいから発展しましたね。
いや、面白かったですよ。やっぱり。
はい、ということで。
ありがとうございました。
第3回目のケアラジのゲストは豊中ESDネットワークの小池茂子さんでした。
ありがとうございました。また読んでください。
01:00:47

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