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【ケアラジ Vol.14】ゲスト:とよなかESDネットワーク 上村有里さん
2022-12-25 55:20

【ケアラジ Vol.14】ゲスト:とよなかESDネットワーク 上村有里さん

「ケア的な人」を招いて対談を行うケアラジ。第十四回目のゲストはとよなかESDネットワーク事務局長の上村有里さんです。子どもの居場所をはじめとして様々な地域活動をサポートする「中間支援」を豊中で実践されています。「話を聞く」「待つ」ということが、ケアの本質なのかなぁと改めて色々と考えた時間でした。ぜひお聞きください!

感想

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00:01
はい、始まりました。【ケアラジ】です。【ケアラジ】は、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、
ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。
今回のゲストは、豊中ESDネットワーク事務局長の上村有里さんです。
上村さんとは、豊中市の子どもの居場所ネットワーク事業で、
ICOTというウェブサイトを運営したりとか、
あとはコーディネーターさんを派遣して、子どもの居場所、子ども食堂とか、
学習支援とかの居場所を作っている運営者さんの支援をしたりとか、
というところで繋がりがあるんですが、
今回、豊中レジェンドシリーズの第3弾ということで、
第1弾目は、キッサピー国の上柴市さん。
第2弾は、上村さんと同じく豊中ESDネットワークの小池茂子さん。
今回、ケアラジ自体も久々の収録だったんですが、
満を持してというか、今回は上村さんにお願いしたいということで、
豊中レジェンドシリーズ第3弾ということで、上村さんにお願いしたという感じです。
結構、僕自身も上村さんと多分3年くらいの付き合いになるんですが、
お話、やっぱりこの収録の中でも話がしやすくて、
いろいろ普段聞けないお話も聞けたし、
自分自身も普段話せないようなことも話したりして、
またケアの本質的な部分だったりとかがお話できたんじゃないかなと思いますので、
ぜひ聞いてください。
では、結構久しぶりの収録なんですけども、
今回のゲストは豊中ESDネットワーク事務局長の上村優里さんです。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
すいません、お忙しい中。
今日はクリスマスなので、クリスマスでさらに日曜日の朝からお時間いただきまして、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
上村さんと、先に段取りを忘れている。
簡単に自己紹介いただいてもいいですか。
ありがとうございます。
私は長野県生まれの東北育ちで、いろんな具縁で関西の方に来まして、もう25、6年になりますかね。
豊中在住も結構な年月になりました。
豊中でいろんなボランティアをやっている中で、私自身そういったボランティアの部分から、
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ボランティアしている人たちをサポートしたいなということで、
中間支援のようなことをやっているのと、それからもう一つ、教育っていうところに主軸を置きたいなっていうところがあって、
入り口は環境教育というところからなんですけど、さまざまな環境っていろんな側面があるので、
そういったところを何か進められないかなと思っているときに出会ったのがESDという、今のSDGsにつながるような部分なので、
そういった教育のことを進めていきたいなと試行錯誤しつつ、豊中ESDネットワークというNPO法人を立ち上げて、
今年7期目になるのかな、そこのチーム局長をしているというのが、NOWのところです。
なうですね。
はい、そういう感じです。
いろいろ、うよ曲折あっていう感じだと思うので、
今日はその辺を聞きながら、僕いつも趣旨を忘れちゃうんですけど、このケアラジっていう、ケアについていろんな方と話すという趣旨なので、
ちょっとその辺りも話していけたらなと思うんですけど。
はい。
じゃあこのESDネットワークも7期目ということなんですけど、これを始められた当初のことって、
僕は何年ぐらいかな、多分加川上村さんと知り合って3年ぐらい経つかなと思うんですけど、
そのあんまりこの初期のESDネットワークのことってあんまり知らなくて、その辺からちょっと伺ってもいいですか。
はい、ありがとうございます。
もともと私が豊中で子どもを育てる中で、日々いろんなことを感じながらボランティアをやっていたんですね。
あと先ほどちょっとお伝えしたように環境教育っていうのに興味がある。
それは自分がすごく理系でいろいろ産業というか、けっこう馬形学のお仕事をしてたんですけど、
そこで物作りをする中で、これって物作ることによって環境を壊してるんじゃないかとか、
逆にいろんな自然環境を学ぶっていうものがいっぱいあるのに、
なんかもっとオルマイティな環境のことをみんなで学んだり知るっていうこと、なかなか機会がないなと思いながら、
実は仕事をしていたっていう経緯があるんですね。
自分が出産をして子育てをしていく中で、もっと身近な環境だったり、町作りとか地域っていうところにフォーカスしたものが必要だよなと思って、
子育て支援の活動であったりとか、絵本のような見聞かせの活動であったりとか、
あとは外国人の方々と関わるような国際交流とか、日本語ボランティアとかそういった活動とか、
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あとは町作り、たまたまその時は千里ニュータウンとか千里の町作りだったり、もちろん地元の活動もいろいろしてたんですけど、
そういった滝にわたる活動を一人でやっている中で、みんなになんか物好きな人とか、いろんなことやってますね、すごいねって言われながら、
でも私自身は、それって全部子供の成長だったり、私たちが生きていく中で必要なものなのに、なんで全部縦割りなんだろうと思いながら、それぞれの分野の活動をしていたんですね。
それぞれの分野でいろんな人たちに出会って、この人素敵だな、この人と一緒に活動したいなとか、この分野でもうちょっと掘り下げていきたいなと思いながら、
だいたい10年ぐらい活動していく中で、出会えたのがESDっていうものだったんですね。
その時は、そんなNPO法人作るとかあんまり思ってなくて、まずは子育てしている、赤ちゃん育てているお母さんたちと身近な地域の環境を見つめ直していこうということで、
街歩きをしたりとか、学校に行っていろんな子供たちにいろんなことを伝えたいとか、そういうことを結構個人レベルでやっていたんですね。
その活動を続けていく中で、いろいろな人と出会い、新たな活動を生み出していきたいなと思った時に、やっぱり組織立ててやっていくことが必要だなと思ったのと、
もう一つは、私が動けなくなった時に、このことを伝えてくれる人を育てなきゃいけないなっていう、次世代を育てるっていうところに、自分の気持ちがスイッチしていったなっていうところがあって、
それでこのケアラジにも出てくるって言った小池さんとか、他にも私が一緒にやりたいなっていう仲間、分野を横断するように人を選んで。
確かに、いろんな分野の方がいらっしゃる印象があって。
そうなんです。その方々と一緒に、とりあえず何か始めたいと思っているので集まってってお願いをして作ったのが、このNPO法人豊中ESDネットワークっていう団体になります。
なるほどな。やっぱり最初は、一番まず意外なのは化け学のお仕事をしてたっていうのが、僕も結構言われるんですよね。理系で、僕の場合システムエンジニアで、こういう人と関わることをしてるっていうので、そこでなんかリアクションがあるっていうか、何で来たんですか?みたいな。結構言われませんか?
言われます言われます。でもそういう理系のことって、やってる人だけがやればいいとか、割と文献の人から見たら、あ、それ難しいからその話いいわとか言われることが多くて、それをどうしてもっと分かりやすい言葉で伝えられないんだろうとか。
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なんかそこをうまく言語化できて、優しい言葉に伝えられたら、もっとみんなが環境のことを考えてくれるんじゃないかとか思い出したのが、たぶん私が環境教育をしたいなとか子どもに関わりたいなと思ったところで、理系の考え方思った人があえてそうじゃないところにチャレンジすることに意味があるのかなっていうのは最初少し思ってました。
なんかちょっと分かる気がしますね。
そうですか。
なんか伝えないといけないっていうのが結構根っこにあるんだなっていう風に今話聞いて思って、個人的にやってた活動をやっぱり更新に伝えないといけないとか、伝えられる人を育てるとかっていうことだと思うんですけど、それで団体を立ち上げたっていうことだったんですね。
はい、そうです。
なるほど。
いろんな、本当に環境っておっしゃったみたいに、いわゆる環境ですね、自然だったりとか、ちょっと公害に関わるようなこととかも、どっちかというとそういうイメージされる方が多いんですけど、ではなくプラスアルファで子どもに関わることとか教育のこともやっていると。
そうですね。
感じですよね。
でも名前が特徴的で。
はい。
ななと思ったんです。ESDは、何でしたっけ、持続可能なみたいな。
はい、持続可能な開発のための教育。
教育、本当にSDGsにつながっている考え方で。
法人名、ネットワークが入っているっていうのが、僕はよく知っているから余計に思うんですけど、豊中ESDネットワーク、よくてんさんとかって言うんですけど、てんさんの特徴もほんまに表しているなという気がしてて、これは何か得た。
ありがとうございます。
あえてつけたっていう感じですか。
これはですね、本当に小池茂子さんの思いつき。
出た。
凄い彼女のインスピレーションというのは、もともと豊中ESDネットワークがつく前に、TとEとNの点は最初に決まったんですよ。
なんで点かっていう、ロゴにもね、点ってどこか入ってるんですけど、10が地点になったっていうのは、実は世界でESDを始めて10年目なんですよ。
そうなんです。
ヨハネスブルグサミットで、ESDを世界で進めていこうって提唱されてからちょうど10年で、いろんな世界が、ESDもう必要ないんじゃないとか、ESD一区切りだよねとか、豊中氏もそうだったんですけど、ESDもういいんじゃないのって、まだSDGsってあまり言われてなかった頃なんですけれど、
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いやいや、私たちの始める、これからの10年の方が大事っていうことで、とりあえず10、点っていうのをつけたいなと思ったときに、Tは豊中だよね。
で、TはESDだよね。
もうNはネットワークしかないよね。
そういうことだ。
あいうえお作文的にじゃあ。
そうなんだよね。
まさかの。
でも縄体を表すようになってますよね。
本当そうですよね。
僕的にやっぱり、小池さんもそうですけど、なんか豊中に上村ありぐらいの。
それはない。
いろんな方とネットワークがあるっていうのがやっぱり特徴だなと思ってて。
そうですね。
僕、子供の居場所ネットワーク事業の中で、ICOTというね、サイト運営、一緒にそれこそ上村さんと共同でサイトを作るときからずっと一緒にやってきたんですが、
そこでもやっぱりね、すごい居場所運営者の方が、最初に上村さんに相談に行って、
それだったらあの人のところ行ったらいいですよとか、こういう資源がありますよみたいなのをどんどんどんどん繋いでいって、
さらにプラスアルファで伴走支援をしていくっていうようなのが、あそこでもよくあることだなと思ったので、本当に縄体を表すで、っていう感じですよね。
そうですね。
自分が持っている資源というかリソースを独り占めしちゃいけないだってすごく思っていて、どんどんどんどん地域で使ってもらってなんぼかなって思ってるところがすごくあるんです。
無駄にいっぱいボランティアしてきたわけじゃないというか、本当にそれまでやってきたことで、今やれてないことはいっぱいあるんですけれど、
でも活動の中でつながった人とのつながりっていうのは今でも生きていて、そこってすごい財産だと思うんですよね。
私もそこの中ですごく育てて、いろんな世代の人たちに育ててもらったので、なんか恩返しというか、そこの資源を今度は次のやりたい人だったり若い人たちにどんどんつないでいくっていうことが必要かなと思ったときに、
ネットワークっていうつながりを本当に作っていこうっていうのが、今もう多分メンバーみんながそこを実践しているのかなというふうに思います。
ですよね。子供も割と中心的に活動の中心にあると思うんですけど、とはいえ普通に利権で価格の分野でお仕事されてて、お子さんの子育てがカラーだと思うんですけど、
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でも普通にそのお仕事にまた復職する方もいるし、実は今の社会でそんなに地域と関わりなく生きていけるっちゃいけるじゃないですか。
そうですね。
なので何がそういうふうにシフトさせていったのかなっていうのをちょっと聞いてみたいんですけども。
そうですね。こういう活動をしていると何でしてるんですかとか、本当によくご家族の理解はあるんですかとか、余計なお世話だと思うこともあるんですけど。
聞かれますよね。
めちゃくちゃ聞かれますね。ご主人はこれを了解してくれてるんですかとか、結構夜の会議とかに出てくると、
家族の協力みたいなところはすごく言われることがあって、自分自身も何でこういうことしてるかなっていうのをとっても考える機会っていうのは都度都度ありましたね。
でも生きていく中、これまでのいろいろ生きながら活動しながら、その時々にその理由は違うのかなというふうに思っていて、
子育てしている中でいくと、私自身がいろんな中でつながってこういう活動をすることは、きっと子供に帰っていくんじゃないかなっていうふうに思っていて、
社会とのつながりが子育てを豊かにするっていうのが一つかなっていうのと、もう一つ、私は子供一人しかいないんですけど、結構子供ができなくて悩んでいたときがあって、
なので、それでも一人授かったっていうことで大事に育てようとは思ってはいるんですけれど、その中で子供にばっかり自分の気持ちがいってしまうと、子供がしんどいんだろうなって思うことも結構ある。
だから、なるべく子供を社会で育ててもらうとか、地域で育ててもらう、私の子も育ててもらうから、私はよその子を育てていくみたいな。
我が子は一人しかいないけど、地域に子供がいっぱいいることで、みんなのお母さんになれたらいいなとか、みんなのお母さんを助ける側に回りたいなっていうのが一つありますね。
それが多分、子育てシーンをやっているときにすごく問われて思っていたことが一つかなと思うのと、もう一つは、いろんな人に出会う中で、自主遺族の会を立ち上げた友達がいたんですね。
もともと環境教育を一緒にやっていた仲間で、ご自身の経験からそういった活動をしたいって言われたときに、そのときは本当に友達だから協力するねっていう形で、ずっとその活動に参加していたんですけれど、自分自身もふっと気づいたときに、私自身も実は自主遺族だったなっていうことを思い出したんですね。
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高校3年生のときに父親を自治で亡くしているんですけど、そこからなかなかこういう話って人前で語ることって難しく、みんなでも家族はなかなかそれを人に言えないまま苦しさを家族間でも語れないわけですよ。
そういうことをなかなか外には出せない時代の中で、心に蓋をしたまま何十年も生きてきたわけなんですね。ところがそういった活動の中でグリーフケアとかゲートキーパーみたいな話をして研修を自分で受けていく中で、私自身が癒されるようになってきた。
誰かに語ることだったり、そういった安心安全の場で語ることによって、おそらく自分が今まで背負ってきたものを一つずつ肩のに下ろしていくというか、そういった場面に出会うことがすごく多かったんですね。
その中で人の話を聞く技術であったり、本当に辛い人の話を聞くんですよね。そういう実践を通して学ぶ中で、話を聞くっていうことはとっても大事だなっていうことを体感したのと、もう一つは亡くなった父であったり、母も亡くしているんですけれど、病気で。
母にもできなかったことだったり、自分の今の現状の家族にいろんな事情でできないことを地域の人たちだったり、今身近で困っている人たちに返していきたいんだなって。
そうすることによって、私が今までの人生で家族にできなかったことを、その代償っていうんですかね、代わりにやることで、きっとこう社会の中でつながっていって、それは今会えない人たちにも思いが伝わるのかなって。きっとそう思ってやってるんだなぁとなんか気づいたときに、自分の中でストンと整理がついたというか。
人たぶん生きている限りずっと続けるだろうし、それは仕事とかそういうことと関係なくライフワークとして、ずっとこう誰かのために何かというか地域のために何かとか、社会のために何かっていうのは続けていくなっていうのはすごく実感しています。
なんかすごいわかるなと思って。
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僕も両親いないというか、父は正確に言うとまだ生きてるんですけど、本当もう寝たきりで意識もなくて、しゃべれない状態。7年ぐらいになるんですかね。
そうですか。
母ももう亡くなってて、っていうことがあるんです。でもやっぱり家族にできなかったこととか、しかし人にできなかったことを今、家族でない人にやってる感覚っていうのはすごいわかるなと思って。
抱えしようがないものっていうか、ある種の不細ではないけど、そういう側面もありつつ、確かに。
まあ母親は結構、割といい予感やったなと思ってて、父がちょっともう、ギャンブル依存でみたいな感じの親父だったので、大体3人でいることが多かったんで、姉と。
で、母が妊娠になって、みたいなこともあり、だいぶ前なので、亡くなったのは一昨年ぐらいなんですけど、結構多分4年ぐらいはずっと妊娠の状態で、僕の中で1回亡くなってるに近いんですよね。
で、かなり時間が経って、実際亡くなった時に、なんかあんまり最初ね、何もなかったんですよ。あんまり感情が動かないというか、もう亡くなってたので。
でもやっぱり実際に亡くなった時に、元々のおかんに対する気持ちみたいなのがふわっと出てきたりして、姉と3人で最後見とって、みたいな場面があったんですけど、そこで初めて泣けたというか。
でもなんかそういう、いろいろしてきてもらったな、みたいな不細感みたいな、どこに返そうみたいなの確か僕の中にあって、ある種の原動力でありますよね。
ケアの仕事をしてる人ってやっぱりそういう、ちょっと原体験を持ってる人は多いなと思うんですけどね。
神奈さんもそうやったんですね。でもね、僕も初めて今、うかがったので。
そうなんです。あんまり私は人の話を聞くことあっても、私の話を聞いてくれる人はあんまりいないと。
そうなんですよ。だからこそこのラジオも意味があるなと思って。
ケアワーカーの人って、僕も話聞く毎日、年間で言うと多分何百回ぐらい話を聞くので、結構ケアワーカーの人に話を聞いてもらうことないですよね。
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そうなんですよ。だからケアワーカーの人たちの話を聞いてあげる、聞いてあげると拝ましいですけど、聞くような立場にいるっていうのはすごく大事だなと思っていて。
今これから私がしていくのは、きっとケアしている人のケアかなと思ってますね。
結構最近なんてやっとね、その辺注目され始めてるというか、信者支援みたいな言葉も出てきてると思うんですけど、今どうですか?
中間支援とかっていう言い方もずっとされてきてますけど、活動の中心としてやっぱり子どもの居場所を、子ども食堂とか運営されてる方のサポートとか、他なんかどういったことをされてるんですか?
もちろん豊中地域創生塾という教育プログラムの、教育プログラムというか市民大学に関わる人のサポートもしたりとか、もちろんESDなので、学校教育に関わることっていうところが主軸ではあったりしますし、市民向けの講座の講師なんかももちろんしてはいるんですけれども、
基本になるところはそういう人の話を聞くところだなと思っているところがあって、例えばその居場所のネットワーク事業もやっぱり立ち上げたいと思う人が、そのモチベーションを保ち続けられるかっていうところがすごく大事で、
何かやりたいっていう背景には、いろんな辛い思いをご自身もしていたりとか、そういった人たちが近くにいたりとか、なんかきっかけがあるんですよね、寺野さんや私のように、きっとこう過去に自分の生きていく中で何かあって、だからこそ何か一歩踏み出したい、誰かのために何かしたいっていう人たちをいかにお話を聞いて、
そして次に向けての背中を押してあげられるか、結構最初の一歩っていうのは簡単に出るんですけど、この一歩を踏み出し続けるっていうのは結構大事で、そこに疲れた時に、やめてもいいんだよっていうことも大事だし、違うやり方もあるよねっていうことだったり、
そこで別の繋がり方、そこでネットワークが生きてくるのかなと思っていて、この人とやってみるとか、この場所でやってみるとか、そういう違う視点のヒントやアイディアを向けられるっていうことがきっと大事で、そこがコーディネーターとして求められているところかなと私思ってるんですね。
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それって別に市民団体の支援とかネットワーク事業関係なく、私が日々いろんな活動をする中で、人と関わる中で、きっとどこにも通じることで、個人レベルで相談に来た人に対しても、私は専門家でもなんでもないので、本当に心理的なケアっていうのは何もサポートできないし、
そういう医療的なケアもできないんですけど、話を聞いて、なんかこう違う視点を持ってもらうヒントを伝えられるとか、違う繋がり、今まで繋がり得なかったところとちょっと繋がってもらうことによって、また別の踏み出し方を考えてもらえるとか、
聞くのと別次元でのステップを踏んでもらうみたいなところがすごく大事かなと思ってますね。
そうですよね。でもなんか僕も支援業やってますけど、結構コアなところは多分僕も一緒と思ってて、僕はあの介護、高齢介護から福祉の世界に入ったんですけど、今はでちょっとシフトして若者支援で、
旗障害のある方とか、普通にちょっと働くに困ってる若者の支援をしてるんですけど、全然違うようで多分一緒だと思ってて、その対するクライアントさんの背景にある課題が違うだけで、一緒やんって思ってて。
人ですもんね。
そうなんですよ。だから困ってることに対して背景をちゃんと理解して、本当にコーディネートですよね。自分だけで支援するって言ったらもう行き詰まっちゃうので、とかアイデアもやっぱ乏しいので、そういういろんな繋がりからアイデアを引き出してきて、それを提供するっていう。
あとは話を聞くっていうことはもう本当にケアの基本なのかなっていうので、納得というか、そんな気がしますね。
今私がという中、ESDネットワークの組織づくりの中でも大事だなと思っていて、もちろん外に対してのそういう話を聞くとか、事業を始める、やっていく中での人の話を聞くとか、そういった得意を伸ばすってことも大事なんですが、組織をどれだけ今度は世代交代も含めて新しいフェーズに乗せていくかっていうところも、私に今課せられたミッションだと思ってるんですよね。
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そういうところがあるんです。
幸い若いスタッフが今たくさん増えている中で、その人たちの一人一人の話を聞くっていうことも大切だなと思うと同時に、信じることってすごく大事だなと思っているんですね。
子供に関わるときも一緒なんですけど、目の前にいる人に気持ちを託す、託すって言うと主にかもしれないんですけど、あなたならやれるって思うことが大事だと思っていて、だから信じたらきっと、あとは環境整備だと思うんですよ。
うまくやれる環境をどれだけ作ってあげられるかっていうところをやるのが年長者の役割であって、あとはその中でどんなことに気づいて学んで成長できるかっていうのはその相手次第、うちで言うとこのスタッフ一人一人だなと思っていて、すごくこう合う合わないっていうのもあると思うんです。
そういうところもあるんですけれども、チャレンジできる場をいっぱい作ってあげたいなっていうのがこれから積極的にやれるところ、寺野さんも関わった人のチャレンジする場ってたくさん作ってらっしゃるなっていうのは関わりの中ですごく思うんですけど、今何でもやれるから年長者がやっちゃうっていうことたくさんあるかなと思うんですけど、
自分がやれそうだなと思っても、これは若い人たちがやった方がいいなと思うことだったり、年齢関係なく〇〇さんにやってもらいたいなとか、そういうこう信じることの大切さっていうところを大事にしながら育てる、育てるというとおこがましいですけれど、
次の人たちが活躍できるステージをいっぱい作っていくっていうことが大事かなと思ってます。
いやそうですね、だからちょっと最初の方に聞く話をして、それもスキルだと思うんですよ。スキルで、話聞くってなんかスキルと思われてない節があって、
確かに。
でも結構それもスキルだし、僕は信じるのもスキルだと思ってて、なので任せるっていうこともスキルとして身につけて、たぶんね、年長者の人はとか管理職の人はやっていかないといけないと思うんですけどね、
任せる、まあ頑張ってねというか、できるよっていう気持ちで見守るのもね、一個ちょっと大事な仕事のうちで、
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あとは、そこでも支援業界だとか、こういう対人の領域で難しいので、失敗ができないというところで、みんな任せるのを躊躇しちゃうっていう、
で、結局バーってこう自分たちが入っちゃうっていうのがあるんですけど、それをやるとやっぱりワーカーも育たないので、
むずかしいですね。
より難しい。
バランスですよね。
そうですね。
対人支援ってなってしまうとおっしゃるように、失敗しましたごめんなさいですまわないとかももちろんあるので、ある程度の関与はいりますよね。
バランス感覚が問われるなあっていう、でも本当にそれも相互関係なのかなと思って、こうなってはいけないというか失敗しちゃいけないということではなくて、
クライアントに対してもやっぱり失敗することも絶対ね、僕らでもあるので、
そうですよね。
失敗をちょっと一緒に歩んでもらえるような形で、僕も数々の失敗をしてきたので、会合の時もそうですし、会合の時は特に大失敗ばかりしましたんで、距離が近すぎたりとか、
やりすぎちゃうみたいなものもあったり、若手ワーカーは多いと思うんですけど、とか会合、デイサービスの転倒とかね、転倒事故だったりとか、いろいろお怪我させてしまったりとかもありましたし、
それはリスクとして確かにあるんですけど、そこでこうやっぱり学ばせてもらうっていう経験がないと、次につなげていくこともできないので、ここはちょっとね、上がちゃんとそのリスクも把握した上で任せるっていうか、結構、弾力がいりますよね。
【森】そうですね。でも失敗から学ぶってすごく大きいと思うんですよ。失敗しないようにするだけでは何も学びはないと思っていて、小さな失敗のうちにフォローできるってことが体制としては大事かなと思うんですが、そもそもね、もちろん怪我っていうのはね、あってはいけないことかと思うんですけれども、その許容範囲かなと思っていて、
何が成功で何が失敗かっていうのも、私たちのところではまだまだ未知の部分がいっぱいあるので、そこは本当に全ての人が本当に対等に学びながらって進めていけたらいいのかなと思っているところがありますね。
僕たちも学んでいくし、当然下の世代の子も学んで、一緒に学んでるって感じだと思うので、なんかわかんないですけど、それがしにくいのかなという気もしてて。
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そうですね。
学校教育からそうなのかもしれないですけどね、子供たち自身もあまりはみ出ないっていうか、飛行がそれこそ、飛行はいいのかどうかわからないですけど、飛行はもうなくなって、
やんちゃんみたいな感じのね。
外に出すっていう、あんまりないし、その中でもそれが良い悪いっていうよりかは、そういう環境の中でどうチャレンジを作っていただけられるかなっていう感じをしてて。
何でもスピード感を求められすぎですよね。
そうかもしれないですね。
だから余裕がないというか、結果を早く出そう、出させようとか思う大人が多い中で、子供自身の余白がないとか、それを大人同士もそうかもしれないですね。
確かに確かに。余裕がない。
でも若者ってそんなすぐ育たないんですよね。
そうですよね。
2年ぐらい見てあげないと、2、3年かかるかもっとかかるかもしれないですけど、本来はそれぐらいのタイムスパンで考えないといけないんですけど、結構1年ぐらいで、もうダメだっていう楽に押しちゃったりとか、
僕も今の組織で後輩くんがいるんですけど、結構もう3年ぐらいかけて、手塩にかけてみんなで育ててきたって感じで、やっぱりまだフニャフニャしてる部分はあるんですけど、でも育ってきたなっていうか、全然違うなっていう感じもあるので、
とにかく待ってあげることなのかなと思って。
そうですね。待つっていうキーワードもすごく大事だなと思いますね。
教育ってやっぱり待つことだと思うんですよ。
すぐにパッとできる人もいれば、やっぱり5年10年経って初めてあの時の言葉が分かりました。
そういうこともね、あるじゃないですか。でも周りは待ってないんですよね。費用対効果みたいなことを求められたりして、いやいや時間かかるんだよ教育はみたいな、学びってやっぱり人によってペースが違うし、そこをいかに周囲の年長者が待ってあげられるか、
出る環境づくりができるかっていうところが、すごくこの社会に失われているところだなって思っちゃいますね。
いや本当そうですね。待つ、だからこうなんて言うんですか、そのためにお金を稼がないといけないとか、そういうこともやっぱり実は大事で、しっかりお金っていうのは時間に変換できるので、お金があればその分ちょっとゆっくり時間かけて教育してあげられたりとか、
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っていう意味でやっぱり僕もなんか割と焦りがちのタイプだったりするので、でもなんかことを人に関しては、そんなになんか早く成長してよとか、それでこうけんけん怒ったりってあんまないタイプなので、
でもそのためにはやっぱりお金はいるなとか、事業はいるなっていうことを思ったりするので、去年、今年1年と来年ぐらいはなんかそういうちゃんと育てられる仕組みづくりみたいなのは、割と意識してやってて、
いろんな講座を作ったりしてるのももちろんその一環ではあるんですけど、ちょっと大人になってきたなっていうか、自分。
そうですか。成長してるんですね。
成長した、成長しようっていう感じで、あえてこう自分が自分が自分がみたいな感じのタイプなんです、たぶん元は。
俺やでみたいな。
そこはちょっと、今年、来年、やっぱり引き継いでいったりとか学びのサイクルがちゃんと回るような仕組みを作りたいなと思っているので、待つですね、やっぱね。
キーワードは。
そうですね、待つことですよね。待てない、待てる大人になろうみたいなのは本当に思います。
なんで待てないんですかね。
なんかそれは思うところありますか。
なんで待てないのかな。結果を早く求められちゃうから。
世の中のスピードがいろいろ早いですよね。
確かに変化も早いじゃないですか。コロナでよりいろんなことが劇的に変わってきて、どんどんいろんなこう、昨日のスタンダードが明日のスタンダードじゃないみたいなところがあって、きっとそこで振り回されてしんどくなっちゃう人もいるのかなと思うんですけれど、
私はすごくコロナ禍を持ったのは、考え続けることが大事だなと思っているんです。SDGsと呼ばれていろんなところで、このゴールとか本当に一個一個のターゲットを個別に達成したような気になっている人だったり、事業者もいっぱいいる中で、私が一番大事なのは人権であったりとか、
それぞれが相反することがいっぱい出てくるんですよね。人を大事にすると環境がお隣になったりとか、すごく環境を大事にしようと思うと経済がお隣になったりとか、そういう自分で講座の中で語りながら、すごく矛盾を皆さんと一緒に考えるんですよ。
42:13
大事なのはやっぱり考え続けることなんですよねっていう話をよくしていて、そこでこれでいこうか、あれでいこうかっていう相談しながら、それこそつながるとかパートナーシップっていうところにやっぱり帰っていくんですけれども、そこでみんなで考えながら待ちながら、でも走るみたいな。
すごく難しいんですけれど、そこに降り落とされちゃう人もやっぱりいるのかもしれないんですけれど、できる人ができるときにやるっていうことだったりとか、何かこう、役割分担でもないのかな、とにかく考え続けることが大事っていうのはすごく思いますね。
待てないこととの話のつながり、うまくピンとこないかもしれないけど。
なんかそうですね、つながりで言うと、クリアに何か達成するっていうことを求めすぎてるというか、KPIみたいな話で、それは大事なんですけど、それは手段でしかないよねっていうことだったり、なんか単純に考えやすしすぎるというか、そんな気がしますね。
あとその時々のベスト、だから多分正解はないんだけれども、今この時点でこれが最善かなみたいな、今ここまでかなっていうのを常に考え続けることが必要かなと思っていて、それをこう、やれる人がやっていく中で動けない人のことは待ってあげるというか、
そこかな。
確かに。
やっぱり複雑であることをちゃんと許容するっていうことが、今の社会に必要だし、それってすごいケア的だと思うんですよね。
人間ってすっごい複雑なので、ともすれば教育ってコントロールになっちゃうので、でもこの子は何を考えてるんやとか、思いもよらないことを考えて立ち止まっていたりするし、それは自分の考えと違う考えだったりとか、それこそ脳の構造が違う人もいれば、
45:00
育った環境が違う人もいるので、とにかくそういうのを複雑なまま考えるというか、これはタイプAの人だから、じゃあタイプAの対策をしようとかっていうのって、
ちょっと個人モデルというか、その人に原因があるみたいな感じになっちゃうので、複雑なその人としてちゃんと相対するっていうか、
それっていうのはすごいケア的なんだろうなと思うので、割と入れ子構造ですよね。タイ個人もそうだし、組織もそうだし、もっと広く社会っていう感じで広がっていって、
全部そういうちょっと関係ないので、そういうところがすごい今の社会の振動さに関係してる気がしてて。
そうですね。
いろんなことが複雑に絡み合ってる。まさに入れ子で一つのダイヤルが回っていくと、他のところも同時にくるくる回っていってる中で、そこで疲れちゃう人もいるし、
そのくるくる回る中で、タイミング的にね、今この人のこれ活かせるんじゃないかとか、ここだったらちょっと僕は祈りできますみたいな、なんかそういう人にタイミングで出会えることもあったりもして、だからきっとマツなのかもしれないですね。
今のこのタイミングでは求められてなかったりとか、今このタイミングで会わせるのはしんどいと思ってる人が、次の節目何かのタイミングで、今ならこういう活躍の仕方があるとか、ここならこの流れに乗れるみたいな、そういうことを多分俯瞰してみれる存在。
っていうのも大事かなっていうのは思いますね。
なんか時間軸がないですよね、今のね。
本当そう思いますね。
人とのつながりで、10年後ぐらいにまたみたいなことをあんまり考えないというか。
うんうんうん。
オンラインとかで距離感がすごいね、SNSですぐやり取りできるっていう中で、本当に物理的な距離感もあまり感じなかったりもする中で。
確かに。
すごくこう長いスパンで物を考えるってことが少し苦手になってきてるかもしれないですね。
もう習慣がなくなっているので、あえてそういうちょっと遠いことを考えたりとか、そういうものすごい昔のことを考えてみたりとか、
なんかそういう時間の幅を持っていかないと、だから不登校とかね、子供がしんどいのもそういうところが、のびのびやらしてよって思うじゃないですか。
48:01
そんなん、じゃあ将来何になるんですかとか、どこの学校行くのとか、何勉強したいのとか、そんなんもうちょっと大人になって考えるから待てよみたいな。
そうそう。
あると思うんですよね。
うんうん。
それはしんどくなるわっていう。
大人が楽しそうに働いてないのに、僕たち将来に目なんか描けませんって言われたことがあって、やっぱり本当そうですよね。
本当に私たちがもっと楽しそうに生きなきゃいけないなっていうのは思いますね。
でもなんか僕の中では本当、上村さんは楽しそうに働いてる大人の一人というか、代表格なのに。
はい、確かに充実してるなと思います。
なので僕たちもやっぱり楽しく働けるっていうか、楽しく働くっていうのはすごい大事ですよね。
そうですね。楽しく生きるというか、どうしたらそうなるのかな。
どうしたら。
みんながそうなるといいですよね。
どうなんでしょうね。
でもなんなんだろう。やっぱりやりたいことをやる。
すっごい単純なんですけど、やりたいことでもないんですけど、必然性がやっぱり自分の中にあるとか、そこはやっぱりキーポイントなんだろうなっていうふうに思ってて、
必然性のないことをやるっていうのはやっぱりすごいしんどいので、生活のためにっていうのはある種必然性なんですけど、
ちょっとそれでも足りないというか、これは僕がやるべき仕事なんだって思えてるとか、
そういうことが大事なんですけどね。
でもそれって、やっぱり待つって、自分でも一緒かなって感じですよね。
そうかもしれないですね。自分に対して。
そこが、なんかここじゃないかもな、次行ってみようかなとか、自分に対してもなんかこう可能性を閉じないっていうか、
この場所ではポンコツやったけど、こっちに行ったら全然っていうことは普通にあり得るので、
僕はそれを実体験としてやっぱり経験してるので、
そういうやっぱり長い時間スパンで、
子どもだったり若者を待ってあげられるようなネットワークだったりっていうのを作っていくしかないのかなっていう気がしてきましたね、今話してて。
待ってる大人になるのと、あと自分自身が自分を信じられるかっていうところかもしれないですね。
51:04
そうですよね。
いやー、そんな感じで、
はい。
5時間になったので。
あっという間ですね。
あっという間ですね。
好きなことを適当に喋りました。ごめんなさい。
いやいや、普段聞けなかったこともやっぱり聞けましたし、
僕もなんかやっぱりこのケアラジアって本当に気づかされることがたくさんあって、
でもケアってそういうことだなっていうか、
でもそれはなんかあえてこう曖昧な感じにしてて、
はい。
ケアってすっごい広く捉えられる言葉なので、
なんか毎回ケアって、あ、それはケアですねみたいな、
結局ないよねみたいな、
それでいいかなと思って、
みんなも聞きながら皆さんも考えてくださったらいいかなとか思いつつ。
そうですね、はい。
はい。
じゃあ最後、今後の展望というか、
こういうことしていきたいでもいいんですけど、
全然今と繋がりなくても、
10年後とかどういう社会になってたらいいなとかでもいいんですけど、
その辺をちょっと上村さんの思いを聞いて終わっていこうと思うんですけど。
私自身もですけど、
NPO法人としてのミッション、ビジョンみたいなところにも重なるんですけど、
やっぱり楽しく生きていけられる、
自分らしく生きていけるっていうところを軸に、
楽しい街になればいいなって思ってますね。
楽しめるっていろんな価値観があって、
本当に小さなことでも楽しめる時間があれば、
人生は豊かになると思うし、
9割しんどいことかもしれないけど、
1割のほんの束の間の楽しみがあったら、
たぶん生きていけるんじゃないかなと思うし、
楽しいっていうのは伝染するんじゃないかとは思っていて、
そこをいろんな価値観でお互いの楽しみとか、
尊重し合える社会っていうのになればいいな、
そのための教育だったりとか、街づくりだったり、
本当にケアすることなのかなっていうふうに考えます。
だからそのためのたぶんいろんな仕掛けはいろいろしていくと思うし、
いろんな世代の人たちとも関わりたいなと思ってるし、
もっともっと豊田区だけに限らず、
広いいろんな地域にも関わっていきたいなと思ってるのが、
世界っていうのは言い過ぎかもしれないですね。
はい、世界行きましょう。
大平 そうですね。
54:00
本当に広くいろんな方々と、人も出し地域も出し、
関わっていきたいなと思ってるので、
キーワードは楽しいとか面白いとか、
おもろいっていうところかなって思います。
ああ、素晴らしいですね。
はい、なんかいいですね。
僕も楽しく働く、楽しく生きるが、
最終そこやんっていう、
そこが実現できたら何でもいいんかなと思ってるので、
まあ、豊田区からもちろん。
でも僕も世界に行きたいなと思ってね。
一緒に世界を目指せたら、
ぜひぜひいろんな世界中行けるような形で頑張っていきたいと思います。
はい、では終わります。
はい、どんな感じで終わってたかな。
はい、じゃあ今回のゲストは、
豊田区ESDネットワーク事務局長の上村優里さんでした。
はい、ありがとうございました。
ありがとうございました。
録画の止め方がわからない。
あれ?
ここだ。
55:20

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