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【ケアラジ Vol.4(1/3)】ゲスト:喫茶ピーコック 上芝英司さん 〜第一部:応援経済と消費経済〜
2022-09-26 45:27

【ケアラジ Vol.4(1/3)】ゲスト:喫茶ピーコック 上芝英司さん 〜第一部:応援経済と消費経済〜

「ケア的な人」を招いて対談を行うケアラジ。第四回目のゲストは大阪豊中市の服部天神に1964年からある喫茶ピーコックの3代目店主である「上芝英司」さんにお越しいただきました。喫茶店経営をしながら、地域でのイベントや実験性のある取り組みをされています。今回は3部構成となりますが、1部は喫茶をしながら見えてきた「応援経済と消費経済」についてです。ぜひお聞きください。

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00:01
はい、ということで始まりました、【ケアラジ】です。
【ケアラジ】は、仕事・家事・育児・勉強など、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、
ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。
今回のゲストは、大阪豊中市服部店地にある喫茶ピーコックの店主、上芝英司さんです。
僕が相談員をしている団体の事務所が、服部店地にあって、
という関係もあり、普段からお世話になっていたりとか、
僕もピーコックさんにはよく通わせていただいていて、
上芝さんとは就労支援の仕事の中で知り合ったんですが、
同じ服部店陣の地域の一員として一緒にバンドしたこともあったりとか、
それこそ職場体験でお世話になったりとか、
僕が豊中に来てから関係性が深い、大変お世話になっている方でもあります。
今回は2時間近くの収録になって、
いつも上芝さんと話すときは2時間ぐらいお話することも多いんですが、
3部構成ぐらいでお届けしていこうと思います。
ピーコックは1964年から喫茶店を続けられていて、
上芝さんで3代目ということなんですが、
約60年ぐらい地域で喫茶店を続けてきた、
そういった中から見えてきた景色みたいなものを一緒に話していったので、
第1回目は経済についての話を中心にお送りします。
これは応援経済と消費経済という感じの話が出てきたので、
そこから2部、3部とケアの話にもつながっていったりはしているんですが、
まず第1部、ぜひお聞きいただけたらと思います。
ではケアラジ始まりました。
今回のゲストはピーコックの上芝英二さんです。
よろしくお願いします。
豊中シリーズで考えていて、第3回が小池重子さんで、
03:03
上芝さんも知っていると思うんですけども、
豊中レジェンドシリーズみたいな感じで。
並びがちょっと激しいですけどね、僕勤まるからっていう。
全然もうお世話になっている。
今回で伝説作ることにします。
今回で電動入りするような回になればいいですね。
でもちょっと普段から僕就労支援の仕事をしている中、
そこで知り合ったんですよね。
あれは職親というか、
多分職親とか職場体験とかその辺かなと思いますね。
地域ですごいいい関わりをしてくださる経営者の方とかに、
インタビューみたいなところに僕もなぜか同席して、
そこで上芝さんと出会ったっていうのが、
だから4年前ぐらいなんですよね。
そうですね、多分その辺。
めちゃくちゃ長くて、上芝さんと話したいなっていう、
あんまりけやらじという一応趣旨があるんですけど、
もうそこはもういいやと思って聞いていただいたっていうことなんですけど、
この前P国さんに行って、
よく外勤行って帰ったとりにオフィスというか事務所があるので、
僕も外から帰ってきたら、だいたいP国に行ってカレー食べたり、
この前はちょっとお腹あんまり調子良くなかったんでミックスさん食べたりという感じなんですけど、
P国さんすごい長いことやってるじゃないですか。
で、なんかめっちゃ長いですよね。
60年ですね、100。
60年。
だからそういうところで、
なんか最近持続可能性だなんだって言って、
なんかちょっと流行りというかバズワードみたいなの出てきて、
SDGなんだって。
でも実はこのローカルにそういう秘訣というか、
落ちてるんじゃないかなっていうのもあって、
ちょっとそういう視点から植芝さんに話を聞いてみようかな。
なるほど。
1964ってよく、ウェブサイトとかも1964って書いてあるので、
06:04
トータルで何年になるんですか。
えっとね、1964年、昭和39年の創業ですね。
僕で東京オリンピックの年ですね。
ちょうど東京オリンピックがあって、
1970年に大阪万博があるので、
ちょうど今と同じようなオリンピックがあって万博があるっていう、
この並びの中で来てるっていう。
もうなんか一世代回ったというか。
なんかそうそうそう。
で、そこでちょうど、官歴みたいなもんなんですよね。
だから60年やから。
で、今58年目ですね。
58年目。
8年目。
僕は3代目で、
僕が25の時に店に入って、24か、4の時に入ってるので、
18年目というか僕が。
すごい感じですね。
自己紹介的なことしてなかったですけど大丈夫ですか?
そういえば。
してなかった。
僕ケアラジファンなんで、全部の回を聞いてるんですけど、
なんか最初に軽い自己紹介あったなって。
ちょっとすいません、僕も慣れずでいきなり。
知りすぎてるから多分そこ飛ばしちゃうなっていうのはあって。
確かに確かに。
じゃあちょっと簡単に。
じゃあ軽く。
簡単に。
自己紹介。
はい、植柴英二と言います。
43歳です。
豊中市の服部店陣というところの駅前で、
喫茶ピーコック、喫茶店をやってます。
昭和39年、さっきの話で言った創業で、
僕が3代目というところですね。
喫茶店やりながら街のイベントしたり、
商店会絡みでしたり、
個人的に全職がイベンターなのもあって、
なんか変な企画を作って、
友達と遊ぶっていうことに、
そこになんかちょっと社会課題みたいなものが垣間見えた時に、
若干モテるっていう、
打ち合わせされるっていう。
それに味を占めて、
最近は社会課題を扱うっていう感じですかね。
でも個人的に、
経営とかとは別に、
さっき言うと経済とか、
コミュニティとか、
よく言う街づくり的な話とか、
個人的な興味があって、
それを実践する場として、
09:00
店が結構装置としてあるっていう感じではありますね。
本で書いてあったことを店でやってみようみたいなことが、
すぐできる環境に自分がいるっていう。
それは強いかもしれないしね。
そんな感じでやってますというところです。
確かにめちゃくちゃ、
ただの店主じゃないっていう。
でも店のお客さんは結構、
普通に喫茶店の、
ただ本棚とかを見ると、
やっぱ変な本並んでるなとか、
はあるかもしれないですけどね。
普通にピーコックさんに行ってるお客さんは、
ただのマスターだっていう感じかもしれないですね。
確かに。
ただやけに、
慣れ慣れしいみたいな感じは多分あって、
その辺の本間の都会のカフェみたいな、
カフェチェーンみたいなところよりは、
全然ローカルだし、
人懐っこさはあって、
それはでももう、
僕が店に入った時すでにそういう店やったっていう感じですね。
家業なんで、
親もそんな人、
親父も、
母親も、
お祖母ちゃんとかも、
みんなそういう距離感で、
地元と付き合ってるというか、
そもそも、
親父も僕も、
中手島小学校の四中っていう、
地元の人が行く当たり前の、
服部幼稚園、中手島小学校、第四中学校っていう感じなんで、
遊び場、生まれた場所もここやし、
子供の時自転車でウロウロしてるのもこの辺やし、
っていう中で、
商売をしてるっていう感じですよね。
しに来てるわけじゃないんで。
そこも地元好きというか。
もうデフォルトでそういう立ち位置におるっていう感じじゃないですかね。
なるほどな。
そしたら、
でも上柴さんすごい、
実証実験みたいなことをやってたりとか、
イベントとかもそうだと思うんですけど、
なんかその辺の、
前回オリンピックあってから、
オリンピックがあるまでずっとお店を、
そういう歴史がある中で、
上柴さん自体も18年間、
経営というか、
地域で。
店やって。
そうです。
されてきて、
意外とこの辺の話って、
なんていうんですか、
イベント的なこともわーって発信されたりとか、
いると思うんですけど、
12:00
ちょっとピーコックの経営というか、
そこから見えてきたものって、
あんまり実は。
あんまりしゃべる機会ないですよね。
なんかその辺は聞いてみたいなというか。
うんうんうんうん。
そうですね。
だから、
イベントとかしたり、
なんかこう、
特にFacebookとか、
言い出したのって、
多分2016年ぐらいからなんで、
ほんまにものの5年とかぐらいで、
その前に12、3年、
僕はがっつり店をやってて、
そうですよね。
っていうところは、
割とあんまりみんな知らないっていうか、
僕もそんなにあんまり言ってないんですけど、
っていうところですよね。
で、
なんていうんやろ、
店に、
24の時に入って、
よく聞かれるのは、
なんで都合と思ったんかみたいなことは聞かれるんですけど、
それはよく聞かれますね。
っていうのは、
それまでにやりたいこと全部やり尽くして、
もうすることなくなったんですよ。
確か。
もう思いつく、
20歳ぐらい前後の自分が、
こうやってみたらどうか、
ああやってみたらどうかっていう、
なんかその自分の人生生きるぞみたいなことを、
やり切って、
なんかどれも違うってなって、
一回フラットになった時に、
初めてなんか、
そういえば店あるなっていうか、
家族の、
家の問題みたいな、
この店言うたら自分がやらへんかったら終わるっていう、
感じやったんで、
初めてそこでやっと、
なんか自分の燃料を燃やし尽くした後、
やっと周り見えるみたいな感じで、
そこで店やろうかなと思って、
話したっていう感じですね。
そこで店入って、
それでも飲食店ずっとやってたし、
喫茶店でも2、3軒働いてたんで、
もう入った時すでに店長みたいな、
もう当日からサンドイッチ作ったりとか、
もう分かるよなみたいな感じでしたね。
ある種の下積みはちゃんとできていたというか、
そうそう包丁も使えたし、
コーヒーも入れれたんで、
そんなに苦労はなかったんですけど、
ちょうどやり始めた頃に、
この店はなんでこんなに忙しいんやろうとか、
言うたら親がやってきたことを、
僕なりに、
見た時にやっぱり今で言う昭和レトロ喫茶みたいな、
ナチュラルなやつやったんで、
15:00
和解なりにああしたい、こうしたいとか、
こんなことをしてたらあかんとか、
いろいろあるんですけど、
その反面、
なんでこんなに人来んねんとか、
この感じはどうやって作ってんねんっていうのがあったんで、
変えていいとこと変えたらあかんとこっていうのが絶対にあるわと思って、
3年ぐらいは観察してたんですよ。
変えずに、
定点観測みたいな、日記を毎日、
ずっと日記つけてて、
3年ぐらいやってる時が結構ずっと、
本質ってそんな難しくたぶん当時は考えてないんですけど、
何が骨で、何が筋肉なんやみたいな、
筋肉は変えていいけど骨は変えてあかんみたいな感じで、
そこを結構見てたんですよね。
それが絶対今にも生きてて、
ある意味だから、
なんで長く続けてるかとか、
いうのは、特にこういうコロナが来た時のハンドリングって、
A、Bを瞬時に選択せなあかんみたいな時に、
基準がいるんですけど、
やっぱりそこは最初の頃に見てた、
このミステが成立してる理由みたいなのを、
結構早い段階で入れてたから、
なんとかなったなっていうのが、
そこの3年がやっぱり基準になって、
その時点でもすでに植芝さんやなっていう、
感覚がね。
そこの3年、どこが骨なんやっていう、
やっぱりすごい言語化が分析するっていうところが、
植芝さんやなっていう。
分析は好きですね。
それでいろいろやって、
めっちゃ分かりやすく言ったら、
町の一部になってるかどうかっていう、
要は必要とされるかどうかっていうことなんですよ。
時代の、
そういう名前だと思うんですよ。
要は淘汰されていくか、されないかっていうのは、
日常生活に極端に言うと必要とされるかどうか、
必要か必要じゃないかっていうところと、
あとは必要じゃなさそうなものは、
例えば広告で必要であるかのように見せるとか、
いうのが多分今の経済の大きな、
これまでの流れだったと思うんですよ。
まだ持ってへんの?みたいなこととか、
みんな持ってます?みたいな。
消費喚起するっていうところ。
18:03
そうですね、
消費経済みたいなところがあって、
それは別に悪くないですけど、
うちの場合は、もともとそういうタイプのお店じゃなく、
多分シンプルに、
いかにルーティンに入るかっていうか、
その人の日常の一部になるかっていうところを、
結構大事にしてて、
それが、
ものじゃなかったんですよね。
親父が言って衝撃を受けたのは、
挨拶はされたら負けやって言ったんですよ。
おはようございますって後ろから言われたら、
しまったってなるらしいですね。
すごいな。
もう先に言うっていう感じを、
言ってて、
だから別に、
街の人の日常の一部になるっていうのは、
何もコーヒーとかパンを売るとか、
食事を提供するという話ではなく、
いかに一員になっているかみたいなことだと思うんですよね。
はい。
それを、
結構そう感じつつ、
やっていきながら、
最近やっと海に落ちたっていうのが大きくて、
僕が入った当時、
親父は多分、
50歳くらいなんですけど、
親父も20代前半で店に入ってるんで、
ほとんど、
同じルートを辿ってるんですけど、
じゃあ親父さんもやりきって、
親父もボーリングとB.A.R.でやりきって、
アカンってなって帰ってきて、店やるわっていう。
僕もバンドとかやりきって、
店やるわっていうのがほぼ同じ時期で、
それで、
さっき言う店入っていろいろやって、
自分が調理とか飲食やってたんで、
やってる中で、こんなメニューもできる、
この設備やったらこんなのできる、今は便利なこんなものがあるから、
こんなメニューも出せるとか言って、
やっぱり一時期メニューをすごい増やしていって、
その分仕込みの時間がある、仕入れが増える、
スタッフを増やす、
いろんなことをして、
実際売り上げも並行して上がっていって、
あの店、
コロナの前の、
ちょっとその前ぐらいまでは、
4人とかでやったんですよ。
ホール2人とキッチン2人っていう状態で、
昼やってたりとかして、
もう合席とかもバンバンしてたし、
今の1日の売り上げを、
21:01
昼までに売り上げるみたいな店やったんですけど、
規模感で言うと。
それでそれやってる時に、
ちょうど親父も自分も若い時に、
いろんなメニューを広げたと、
という話は聞いてて、
別に僕にやることに対して、
反対とか全くしない人なんで、
いろいろあるよとは言ってて、
自分なりにいろいろやって、
コロナが来て、
席数を減らさなあかんくなって、
スタッフも、
抜けていく子を埋めるっていうのができなくなったんで、
新たに雇わずに、
なんとなく規模を、
席数とか客数に合わせて、
縮小させていった結果、
メニューも限定されていたら、
あんまり手をかけられないって、
限定していったけど、
そんなに売り上げはびっくりするほど落ちなくて、
なくなったら別のもの食べるみたいな感じで、
そんなに物を食べに来てなかったっていう、
例えば、安くて量があるから来てて、
じゃあ安くて量ないんやったら、
安くて量ある店に行くとかじゃなく、
店の感じについてきてくれるお客さんが多くて、
これで、
どんどん、
シンプルになっていって、
この春また、
改装して、
ちょっとメニュー構成も変えるんですけど、
入った時に戻ってるんですよね。
メニュー少なっていう、
もっとできるやろっていう、
これとこれあるんやったら、あれできるやんみたいな、
結構、無限に増えていくんですよ喫茶店って。
例えば、
ハムと卵あんやったらハムエッグできるやん、
みたいなこととかで、
無限に増えていくんですけど、
そういうのも結局オペレーションのこと考えて、
この規模でこの人数でやるんやったら、
このぐらいのメニューで抑えとくかな、手回らんなとか、
考えていくと、
改めてメニュー書き出してみたら、
20年前に僕が見て、
このままじゃいかんと思ったメニューとほぼ一緒っていうことになって、
この間、
親父も一周回って、
今僕の時に息子が見たら、
多分少なって思うと思う。
僕からしたら一周回ってるから、
いろいろやった結果これやでって僕は思ってて、
っていう感じで一周回ってるんじゃないかっていう、
なんですね。
24:00
ということは僕は今大事にしてる、
物を売ってるんじゃなくて、
関係性を作っていくとか、
壊さない、
街にとって必要な場所であるとか、
必要な人であるとか、
その人にとってすごく大切な、
結び目みたいになってるっていうところが、
この店の存在理由だとしたら、
コーヒーとかっていうのは、
間にある口実みたいなものなんですよね。
500円持ってコーヒーっていうだけで、
会えるとか喋れるとか、
握手券とかと近いかもしれないですね。
その口実として成立して売ってるだけで、
それ自体には価値があるようなないような、
みたいな感じが、
多分親父が一周回って、
たどり着いたのが、
料理作ってる日もあったら喋れみたいな、
お客さんと愛想よく喋って、
下向いて傑作みたいな、
インスタ映えするように盛り付けて、
どうやらみたいなの出すぐらいだったら、
パッと作って最近どうですかっていう方が、
ええんちゃうかっていうののような気がして、
それが一周回って、
今僕は肌カンとしてイベントとかもやったり、
地域の来たお客さんと喋ったりする中で、
そっちかなって思ってるのは、
そこですね。
なんか面白いですね。
親父さんも、
俺の道を歩んでるなじゃないですけど、
持ってはったのかもしれないですよね。
だからコロナで、
応援経済っていう言葉が結構出てて、
クラファンとか、
そういうワードが結構出てたんですけど、
多分経済っていうのはそもそも応援っていうか、
わかります?
応援経済って今更言わなくても、
多分ずっと残ってるお店って、
その下地は応援経済で、
その上に消費経済がちょっと乗ってるっていう。
多分割合で言うとそういう風にしないと、
消費経済の割合が高くて応援割合が少なかったら、
結局広告し続けないと集客できなかったり、
なんかしんどい時に、
パフォーマンスが出せない時に、
お客さんつかないっていう。
でも応援経済が、
例えば7割とかあると、
3割広告売ってなかったり、
こういうイレギュラーな情勢で、
パフォーマンス出せなくても、
7割は素のままでいいよみたいな人が、
27:02
お客さんとしているってなったら、
そっちが強いし、
多分100年企業みたいな人たちは、
京都の古い漬物屋さんとかああいう人たちは、
多分そこが結構残ってて、
そういうお店って割と確かに、
新しいものバンバンやってるというよりかは、
京都のお漬物屋さんやったら、
ここのこれやからいいねみたいな、
ピーコックさんやとカレーとかが食べたいねとか、
それこそ植芝さんに会いに行くみたいなことも、
あるじゃないですか。
確かにそもそも、
経済って、
要は応援じゃないけど、
自分ができないことをやってもらってるっていうのが、
多分そもそもで、
なので元々経済って応援的だったのが、
どんどんどんどん、
バンバンお金かけて消費を喚起する、
風に偏っているというか、
それは悪いわけじゃないくって、
そっちの応援的な部分が、
どんどん減っていってるけど、
植芝さんが一周回って、
戻ってきたっていうのが、
すごい面白いなというか、
そうですね。
本間かどうかわかんないですけど、
要はさっき言う応援経済と消費経済っていうのが、
仮にあったとして、
応援経済っていうのは、
関係性の中で、
強くなっていく経済だとして、
消費経済っていうのが、
特に広告で煽っていくモデルだとしたら、
例えば、
高度経済成長とか、
都市部に人が流れていくっていう状況が起こるじゃないですか、
集団就職とか、
街の中に関係性を持たない人たちが、
大量に流れ込んできた時には、
消費経済を回した方が、
物は多分売れるんですよね。
外人に派手な物を売るみたいな感じになると思うんですよ。
外人って、
外から入って、観光のために来た人には、
やっぱり派手な物、一回きりの物を売った方がいい。
でも、なかなか、
消費経済で回していくと、
時代的に田舎の人が都市にやってきたら、
都市部の人は、
目新しいものとか、
強いメッセージで、どんどん消費させていくっていう。
企業がそっちに力を入れていったら、
応援経済の方を削っていかないといけないんで、
30:01
ずっと広告モデルで回さなあかんっていう。
確かに。原宿みたいな。
そうそう。物を売るか、人を売るか、
みたいな感じで言うと、
うちの場合は、あまり派手に物を売らずに、
ずっと人を売るというか、
売ってきたから、そんなに跳ねてないけど、
そんなにダメージないっていう、
感じになっているのかなっていう気はしますね。
別にどっちがいいとか正解ってなくて、
たぶん戦い方で、場所にもよると思うんで、
うちがたぶんこんな鳩みたいな場所にあって、
地元の人間やから、
こういう仕組みを取ってて、
僕が例えば、市内とかに出て、
大阪市内に出て、
南東で店をやるってなったら、
たぶん広告モデルを回さないといけないのもあるかもしれないし。
土地によってやっぱり、
人の関係性の密度がちょっと、
変わってくるみたいな話かなと思って。
そうですね。
この話は結構微妙なとこなんで、
人によってはちょっと嫌かもしれないですけど、
コロナで人との距離とか、
飲食店って特に、
シビアにジャッジされた、
業種やと思うんですけど、
僕があの時に、
この店にパーテーションを立てるかどうかっていう、
特技に、
パーテーションを立てると確かに、
感染とかいう面で言うと、
心理的な安全性とかは、
確保されるかもしれないけど、
今いる人たち、
特に僕らが関係性のある常連さんと言われるような人とか、
いつものお客さんからすると、
俺らはこんなピーコックに来たかったんじゃないっていう、
要は、
ピーコックっていうのはしっきりとか、
衛生のことは一旦置いといて、
単にビジュアルとか空間にお金を払って、
居心地とかにお金を払っているとしたら、
パーテーションを立てることで居心地が良くなるという人ももちろんいるけれど、
居心地が悪くなるという人もいて、
そこで僕は立てないことにしたんですね。
だから、うち一回も立ててないんですよ。
透明のアクリル板を。
もちろん咳は甘びいたし、
アルコールとか換気とか、その辺はもちろんやるんですけど、
33:01
パーテーションだけは、
うちとピーコックとお客さんの関係性においては、
あまり良くないなと思ったんですね。
だから、多少減るやろうけど、
なしで行こうと思って。
その当時は、ちゃんとしたら補助金が出たり、
パーテーションももちろんお金もゼロ円で立てれたんですけど、
誰に対して商売してるかっていう感じになった。
保険所にOKもらうのが仕事かっていうと、
いや、お客さんにOKもらうのが仕事だろうと思うし、
そのOKを出すお客さんは誰なのかっていうところもあって、
っていうのを突き詰めて考えたら、
ペルソナみたいなものが目の前にいるんで、
ペルソナというか、ほぼ毎日何十年と顔を合わせている人がいるんで、
この人は多分っていうのが結構自分の中であって、
うちはもうそっちを取った。
それが正解かどうかって、ABを同時に走らせてないから、
もしかしたらパーテーション立てた方がダメージ少なかったかもしれないですけど、
それはもう実証できないのでわかんないですけど、
その時にやっぱり結構思いましたね。
さっき言う応援経済だったり、古くからの常連産だったり、
ピーコックの骨みたいなものは何なのかっていうのを結構真剣に考えて、
だから今の話で言うと、もしかしたらパーテーションを立てることで、
ピーコックもそっち側かよってなって骨が折れたかもしれない。
これはわかんないですけど、そう思いたいっていうのもあるし。
ただやっぱり支えられてるっていう感じとか、
残るものっていうのは基本的に必要とされてるものだって思う。
大阪城とか全く必要ないじゃないですか。
なんていうか、昨日で言ったら全くあんな場所に、
あんないいとこにあんなもん絶対いらんっていう感じじゃないですか。
でも意味としてあれやっぱりあるし、
みんながあそこにあれはないと困るっていうか、
あったほうがいいということで、やっぱりあるっていうのがあるから、
やっぱりピーコックあってほしいなとか、
駅前にあそこにあれがないとむつむつするなっていうか、
よく閉店したり建物取り壊される時に名残惜しいみたいな、
ニュースとかでありますけど、
ああいう風にならないと、
36:00
これが何円ですよっていうものを繰り返してても、
結構それはしんどいというか、
100円のものを売って100円もらうっていう、
この一行為、交換っていう行為をするのが商売なんですけど、
僕らの場合はそこに余計な会話とか挟んだり、
変なちょっとバグを生んで、
100円交換して10回やれば1000円なんですけど、
多分ピーコック的な話で100円を10回やると、
1000円プラス、
変なちょっと友達になったなっていうか、
いらっしゃいますがこんにちはになるみたいな、
副産物がちょっとずつ生まれてるんですよね。
だからちょっとずつ得してるっていうか、
1000円を1回するより100円を10回した方が、
1000円プラスなんかちょっとつながりみたいなのが、
生まれてるっていう、
生む仕組みを作らないとあかんっていう感じですね。
いや、なんかそれ2回目に青木さん、
青木さんという方に出ていただいて、
青木さんは多分そういう同じことで、
ちょっと仮文にお金以外の、
図書館をやってるのはそういう理由なんですって言って貼って、
売っちゃったら円が切れるから。
円が切れるから借りたら返すっていうので、
円がつながっていくっていう感じとすごい似てるなって今思って。
そうですね。
ピコクってメンバーズカードっていう、
昔で言うコーヒーチケットっていう、
10回買ったら1杯分付いてるよっていうようなやつがあって、
そのプリペイドカードなんで先に買ってもらうんですけど、
3500円ぐらいで。
10%付いてるのかな。
50円ぐらい返してる感じなんですね。
普通に来るより50円引きになってるっていう仕組みなんですけど、
やっぱり値札を、
例えば値札を400円にしたら、
常連さんも400円やし、
それこそさっき言う外人の話じゃないですけど、
1回しか来ない人、
保険の契約のためだけに、
反抗したいからちょっと入りましょうみたいな、
その人は悪くないですけど、
そういう人も定価が400円にしてしまうと、
同じ値段でしか売れないんですよね。
僕らが関係性を作りたいのは毎日来る地元の人で。
39:01
だから、
定価を上げて、
表示価格をちょっと高めに設定して、
ぼったくりとかそういう意味じゃなくて、
保険屋さんも見ても全然おかしくない値段にして、
地元の人にしたら、
たまに来る人からちゃんと取って、
よく来る人に返すっていう感じですね。
ファーストクラスとエコノミークラスみたいな、
ファーストクラスの人がいるから、
エコノミークラスが値段下がって、
飛行機飛べるみたいな感じで、
だから常連さんが、
漢字的には、
一元さんがいるから常連さんが安く飲めてるっていう、
一元さんのありがたいっていう漢字なんですけど、
ちょっとそこは変な漢字なんですけど、
でも、ちゃんといただけるところからきちんといただいて、
長く続くお客さんには返していくっていうのが、
コーヒーチケットとかの仕組みで、
コーヒーチケット考えた人、
最初にいると思うんですけど、
あの仕組みやっぱりすげえなと思って、
昔の喫茶店行ったら今でもそうだと思うんですけど、
ABCDEFGっていう、
横軸がアルファベットでなって、
縦軸が1,2,3,4,5ってなって、
例えばEの5番が株式会社何々様、
Fの6番は山田さんみたいな感じで、
箱があって、
例えば25マスとか50マスみたいに、
限定やったんですよ。
だからコーヒー券も買うのにちょっとプレミアが厚い、
数が限定になってて、
その人が買わない、誰かがどかない限りそこに入れないっていう、
すごいボトルキープとか、
スナックとかの、
あと銭湯の月決めロッカーみたいな、
ちゃんと来る人しか使えないみたいな仕組みになってて、
より常連さんになりたい人が、
頑張ってチケット買って、
部下連れて行って、
Aの5で2枚切っておいてとか言えるんですよ。
なるほどな。
会社でそれを月決めにしてたりとか、
お店が請求書出して経費でやったりとか、
そういう昔の人が考えた商売の仕組みとかって、
42:03
いろんなことを試した結果、
このやり方すげえいいぞっていうのが、
生まれてるから、
僕が20年前に入って、
メニュー少ないなこれとか、もっとポテンシャルあるやろとか、
親父がやってた店に対して思ったけど、
親父ももしかしたら若い時にそれを持って、
結局おじいさんのやり方習得してるかもしれないし、
それこそ万博からいったらここ50年くらいと思うんですけど、
それ以前に、
商人ですよね。
江戸とかずっと来てる。
商人と人間って変わってないじゃないですか。
思考とかいろいろ心理とかも変わってないから、
結局青海商人とか江戸の商人とか大阪の商人とかが、
編み出したいろんな仕組みは、
なんだかんだ言って、
ローカルにおいては特に、昔はそんなグローバルじゃなかったから、
ローカルにおいては昔の人が編み出した、
さっきの言う貸し借りで言うと、
うちでもたまに出前行くんですけど、
手空いてる時サンドイッチ、洋服屋さんに持って行ったりするんですけど、
それもあるし、うどん屋さんとかお寿司屋さんって、
昔はオケで持って行ったり、それを回収しに行ったり、
小池さんが言ってた御用機器とかもそうですし、
三河屋さんスタイルとか、
なんだかんだ、
いかに縁を切らないかっていうか、
売り切ってしまわないかとか、
買い切らせてもらえないってすごい仕組みだと思います。
決済っていうのができへんっていう、
ちょっともらっちゃうっていう、
ラーメン屋さんとかでラーメン食べたら、
次回50円引き券渡されるのが、
それのすごい簡易版だと思うんですけど、
でもスナックのママさんが昔言ってた、
お客さんが一人もおらへんっていう1日よりも、
ボトルキープのボトルが全部なくなるか、
つけが完全に生産された時とかの方が怖いっていう、
別に誰も来なくても、
ボトルが並んでたら来るし、
つけが残ってたら来る理由になるっていう、
ただ今満席でも、
ボトルゼロ、つけゼロやったら、
この人らが帰ったらマジでゼロって、
要はプラマイゼロに戻るっていうことなんで、
45:01
それが一番やばいっていう感じなんですよね。
だからもう与えるか、
こっちに借りがある状態、借りを作ってるか、
借りがある状態をいかに引きするかっていう、
そこが結構ローカルの戦い方やなっていう、
気はしますね。
45:27

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