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【ケアラジ Vol.2】ゲスト:人文系私設図書館ルチャリブロ 青木真兵さん
2022-09-19 1:12:31

【ケアラジ Vol.2】ゲスト:人文系私設図書館ルチャリブロ 青木真兵さん

「ケア的な人」を招いて対談を行うケアラジ。第二回目のゲストは奈良県東吉野村にて、人文系私設図書館「ルチャ・リブロ」をご夫婦で運営されながら、就労支援のお仕事をされている青木真平さんです。いやー、もうね聞いてください。資本(お金)とケアの関係、その狭間で僕たちが行っている就労支援という仕事など色々語りました。

感想

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00:01
はい、【ケアラジ】始まりました。【ケアラジ】はですね、日々忙しい現代社会のスピードを少し緩め、
ケアの視点から様々な論点を考察するラジオとなっております。
第2回になるんですけども、ルチャリブロの青木真兵さんをゲストにお迎えして、色々ケアについてだったりとか、
青木さんと僕との共通項である就労支援について、本当に色んな話ができたと思ってますので、
ぜひお聞きください。
はい、大丈夫ですかね。
はい。
何度はいと言うんだ。
はい。
じゃあ、【ケアラジ】、これ第2回なんですけど。
やったー、すごい。
はい、ありがとうございます。
おめでとうございます。
第2回ということで。
はい。
今日のゲストは、なんと青木真兵さんでございます。
はい。
よろしくお願いします。
初めまして。
初めまして。
よろしくお願いします。
ちょっと緊張しております。
いやいやいや。
はい。
緊張。
でも、もう直接1回お会いしましたし、
そうですね。
オンラインでも2回。
2回。
これが2回だ。
ということで、そうですよね。
えっと、じゃあ簡単に、簡単にできるかちょっとわからないですが、自己紹介いただいてもいいですか。
そうですよね。
今、奈良県の東吉野村っていう人口線越してきた頃には1700だってなってたんですけども、最近1600っていうふうに。
減ったんですね。
減ってますよね。
そうですね。
ということで、そういう産村に暮らしつつ、自宅を図書館として開きつつ、普段は就労支援の仕事をしていると。
そういうものです。
はい、ありがとうございます。
いろいろこう、本も書かれていて。
ありがとうございます。
で、青木さんとまさか僕こうしてお話しできるようになるって思いも寄らずって感じで。
いや、そうですよね。
出会いは僕がTwitterで、青木新平さんと就労支援の話したいなって言って。
本当につぶやいたんですよね。
本当につぶやいて。
ボソッと。
ボソッとね。
はい。
アットマークとかも何もつけずに。
何もなく。
で、あれですよね、エゴサしてた青木さんとか。
そうそう。
ちょうどなんかエゴサ。
ちょうどなんかっていうか、1日1回は少なくともするんですけど。
03:02
エゴサをしてたら、就労支援について話したいなっていう風に言ってくれてたので。
はい。
で、なんかどんな人なんだろうと思って見てみたら、なんかわかんないですけど、ちゃんとした人だなって思ったんですよ。
そうなんですね。
そうなんですよ。
で、なんかわかんないんですけど、プロフィールとか。
本名でやってますよね、ツイッターのアカウントとか。
そうですね、僕本名でやってて。
そこは1つ信頼ポイントですよね。
そうかも、あんまり言ってないですもんね。
そうなんですよね。
顔出しで僕やってるので。
そうそう。
それだったら、ある種責任というか、自分の発言に責任を持ってツイッターやってる人なんだなと思ったんで。
そうやったら、っていうのもあるし、その発達障害の方をデジタルデバイスっていうか、そういうものを使って支援してるっていうことで、すごい面白そうだなという風に思って。
そういう方が就労支援について。
言ってみれば、さっきもおっしゃっていただきましたけど、本を何冊か僕も書いてはいるんですけど、ただメインは地方移住っていう、僕ももともと神戸とか西宮に住んでて、
それで東吉野村っていうところに2016年、だから今から6年ぐらい前に引っ越してっていうんで、その街の、僕はよく言うのは街の原理っていうのと村の原理っていうのが違っていて、
それで今の世の中は街の原理っていうか資本の原理っていうか、そういうものだけになってしまってて生きづらいよねっていうような、ちょっと今の社会を相対化するような、相対化した上で自分たちどうやって生きていったらいいのかとか、
あとは自宅を図書館にしてたりするので、僕はもともとは歴史の研究をしてたりもしてたんで、歴史的な話とか本の話とか、そういうようなことをしてた、本で書いてたんで、
ちょっと就労支援って、僕は実はその1週間のうち5日間は就労支援やってるんで、実は1日の、1週間のスケジュールのうちのメインっていうのは就労支援をやってるわけですけど、書いてる本って就労支援のことは直接的には書いてない?
そうなんですよ、だったんで、だから就労支援の関係者とかのことを話せる人って周りにも、自分の法人のところにはいるけど、でもいなかったんですよね。
06:00
だから僕もちょっとお話し、誰かとしたいなというふうには思ってたっていうのがありますね。
そこに僕が就労支援ってキーワードでつぶやいたのは結構タイムリーに。
そうですね。
よかった、つぶやいてみるもんですね。
ありがたい、つぶやいてみるもんだし、エゴサもしてみるもんだなっていう感じで。
僕最初は内田達郎さんの撤退論の中に青木さんの一個論考が入ってて、それで初めて多分、なんか面白い人だなと思って、その後に手作りのアジール読んだりとか、
そっちだったかな、就労支援をしててみたいなのがポサッと書いてあって、あ、就労支援してるんだと思って、なんか僕とすごい親和性があるというか、逆にちょっと教えていただきたいなみたいな話もあって、それでつぶやいたっていう感じなんですけどね。
そうですよね、なんかただ僕ももともと、寺尾さんもそうだけど、もともと福祉畑の人間じゃないじゃないですか。
そうですね。
就労して東吉野村に引っ越すと同時にその就労支援の事業所に入ったんですね、たまたまなんですけど、だから今まで自分がやってきた経験とか言葉とかで就労支援をやっているので、
だから、合っているのかどうかわかんないっていうのが結構あって。
それはね、あります僕も。
はい。
その辺の話もちょっと、うかがっていいですか。
何でしたっけ、逃走みたいな言い方もされてますけど、結局こうちょっと逃げてきたんだみたいな表現もされていて、その辺のちょっと青木さんのストーリーみたいなのを、多分その後経験もあって、就労支援っていうところに繋がっていくんだろうなと思っていて、
ちょっとそのこう、逃亡のストーリーというか。
そうですね、まずその神戸とか西宮に住んでたんですね、僕ら住んでて、2010年の秋ぐらいから住んでて、だから5、6年か、5、6年住んでたんですけど、
で、その前は大阪にいたりとか、大阪の水田にいたりとか、僕は。
そうなんですよ。で、その前は埼玉県の浦和市っていうところで、ベッドタウンなんですけど、そういうところにずっと住んでいて、
09:05
で、まあ結果的に何でしょうね、働きすぎて体調崩したっていうところがあるんですけど、それが働きすぎるっていうのが何なのかと。
なんで僕たちは働きすぎてしまうんだろうっていう、だから何ですかね、何か原因があるはずだというふうに思ってたところはあって、
まあただ体調崩しちゃったんで、で、町でいると一つ家賃も高いし、お金も稼がなきゃいけない、ある程度稼がなきゃいけないっていうんで、
で、僕は大学院を出て歴史の研究で、大学院に博士課程まで行って出て、いわゆるポストドクっていうポストドクター、博士号を取った後の人の就職先がない問題っていうのがあって、
それで、大学の非常勤講師とか塾の先生とか、博物館の研究員とか、いろいろ駆け持ちしながら働いてたんですよね。
で、大学の教員を目指してたんですけど、大学の教員になるためには論文も書かなきゃいけないしとかっていうので、
なんかやっぱり就職するとかお金を稼ぐっていうことが目的になって、そこに全部全人的な生活とかね、そういうものを投入しないと生きていけないような状況になって、
で、年ってお金少なかれ、どんどん特に90年代後半以降は経験が悪くなってきたりとかっていうのもあって、だと思うんですけど、どんどん社会に余裕がなくなってきて、
社会で生きるとか社会で役に立つっていうのが、全部お金を稼ぐことに直結してしまってて、
でも僕、研究ってお金稼ぐためにやりたいわけじゃないなって感じなんですけど、だからその辺で、一つはやっぱり僕は自分がちょっと違うだろうっていうふうに思っちゃうと、
なかなかそこに、いやとはいえ社会で生きていくためには働かなきゃいけないんだからとかっていう、そういう社会人としての振る舞いっていうのができない人間で、そもそも。
そういうとこで、もう嫌なもの、嫌なものこっち抱えながら働くっていうのがしんどくなって、多分そういうので体調も崩していって、ということで、それでも、
弾き飛ばされるように東吉野村っていうところにボーンって引っ越しちゃって、全然環境がらっと変えて、もうやっていかないともう生きていけないんじゃないかっていうぐらいになっちゃって、
12:08
逃げるとかって言ってるわけなんですけど、とはいえ、地方に越したからといって、そこで自給自足で生きていくって、それはすごいしんどいことなんで、どうやって生きていったらいいのかなって言ったときに、逃げることは逃げるんだけども、
何のために逃げるかっていうと、今の都市のシステムとか社会の常識とかを一旦ちょっと一歩離れてみることで、それを分析して、できそうなことはやるんだけど、できそうもないことはちょっともうやらなくて、
違うやり方で、自分なりの良いやり方で生きていく手法を見つけるために、都市とちょっと距離を置くっていう、資本主義と適切な距離を取るみたいな言い方をするんですけど、そのために逃げる、だから戦うために逃げるって僕はよく言うんですけど、
戦うって言葉も出てきますもんね。
はい、そうなんです。っていうので、だから逃げるっていうのはまあ、ここは嫌だって言ってもう身をそこから離そうっていうのはもちろんそうなんですけど、とはいえなんか、全部多分都市って悪いわけでもちろんなくて、
いいことももちろんあるわけだから、お金使って暮らすっていうのはすごく自由な、自由にね、自己実現ができたりっていうところもあるんだから、そこはそこをうまく使いつつ、とはいえなんか使われないように、使われて消耗自分がしちゃわないようにするには、
ちょっと一から資本主義とか都市との付き合い方を考えなきゃいかんなっていうところで、今、山村にいていろいろと研究をしているという感じですね。
なるほどなー、なんかすごい僕のストーリーとも重なってて、はい、あの、そうそう、もともと大学の先輩っていうことがこの前分かって、同じ大学で、僕もやっぱり東京にいてて、社会人になってからずっと大阪の人間なんですけど、東京に出て、
本当に病んでまさに精神的なちょっと疾患にかかって、僕の場合はこう、まず移住みたいなことはなかったんですけど、とりあえず27ぐらいのときに働けなくなって、
15:07
で、全然違うケアのお仕事に、高齢者介護の仕事に入ったんですけど、それで移住したわけじゃないんですけど、結構今までの自分と距離が取れたっていうか、働くこととか、
そういう社会との距離みたいなところに割と考えることができたのかなと思っていて、その辺の何か類似性みたいなのもちょっと感じるなぁと思って、
たまたまですね、東吉野村に引っ越してきたいなと思っていたときに、東吉野の最寄りの駅の廃原駅っていうところに事業所ができるよという話があって、
で、そこで働かないっていう話をもらったんですね。
で、もともとは東吉野で家を借りて、でも住むのはもうちょっと街中に住もうかなとも思ってて、
2拠点と言ったらいいのかな、とはいえ図書館活動とかをやりたいなと思っていたので、自宅を開いて、図書館を作るってことをやりたいなと思っていたので、図書館は図書館で、
で、住むところはもうちょっと大阪寄りに住もうかなと思ってたときもあったんですけど、ちょうど事業所ができるよということであったり、そのときに今も勤めてる法人の先輩がいて、その人とお話ししたときに、その人の考えがすごく僕はしっくりきたっていうところですよね。
で、言ってみればそのときは進学塾でも僕バイトしてて、教育、あとは大学でもね、教えたりもしてたんですけど、教育って何なのかなって言ったときに、例えば進学塾だったらテストでいい点を取るとか、そこが目的ですよね。
で、大学だったら単位を取ると、単位を取るっていうのは何のためかって言ったら就職するためだっていうんで、なんかあんま本質的じゃないことをみんなやってるし、やらなきゃいけないよなっていうふうに思ってたんですよね。
で、そのときに就労支援の先輩と会ったときに、エンパワーメントっていう言葉を聞いて、僕が本当教育っていう分野でやりたいことって、なんか今教育って言われてるものではなくて、エンパワーメントの方がやりたいんだなって思って、
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それでなんか、あ、じゃあちょっと就労支援って面白そうだなと思って。
なるほど。
そうか、なんか教育の世界って確かに僕、学校結構嫌いだったんですよ。自分を振り返ると。
で、先生のことがまず僕大嫌いで、っていうのも結構理不尽じゃないですか。ルールがあったりとか、それも納得できないっていうか、そういう立ちの感じだったんですけど、学校の先生にエンパワーメントされた経験ってあんまり話聞いてないなと思って、そういう先生ももちろんいらっしゃると思うんですけど、
なんか確かに、目的と手段が入れ替わってるっていうか、何のために勉強を教えてるんだろうとか、そういう違和感はずっと僕の中にもあった気がしますね。
そうですよね。とはいえ就労支援をやってみると、本当に企業に就職することだけを考えてる人たちも、そういう支援者もいたりもするから、なかなか就労支援すりゃいいかって言われたらそうじゃないんですけど、とはいえやっぱり僕もどうしても学校っていうとルールが決まってたり、
なんか知らんけどみんなと同じことやらなきゃいけないとか、それがよくわからないと。よくわかんないから、あんまりそれに例えばね、更新とか体育のね更新とか、なんかなんでこれみんなと同じ動きしなきゃいけないのとかって、理由がよくわからないじゃないですか。
なんなのこれはって。やっぱり、僕が小学校中学校とか行ってて思ってた時は、すごい学校ってなんか軍隊みたいだよなと思ってて、なんでみんなと同じ動きをしなきゃいけないんだっていうのだけなんかすごく思ってて、すまんねーなっていうふうに思ってたっていうのがあって。
それでエンパワーメントとか、あと僕が今やってる就労支援っていうのはやっぱり形が決まっているわけじゃなくて、基本的には本人は自立っていうか本人は本人で力を持っているんだっていうところが前提にあって、本人の力が出ていないっていうのはやっぱり社会的な環境とか、
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その人が置かれているような、周辺の環境がその人の力が出ないように阻害してるんだっていうふうに考えると、じゃあその環境を整えればその人の力はおのずと出てくるんじゃないかっていうような考え方、その方が僕はしっくりきたんですよね。
なんかそうですよね。結構僕も就労支援、今年丸4年になって、割とやっぱりこうノウハウ的なものは身についていくっていうか、でも基本的にその福祉の世界の炎上理論的に言うとやっぱりそういう感じですよね。
エンパワーして、ご自身の自己決定だったりとか、僕の前に言った介護の世界だとやっぱりすごい尊重とか叩き込まれるというか最初に、割とそこに一番のボリュームがあって、
そういう方法論っていうのは多分僕も全然福祉畑に入るまでは考えもしなかったというか、確かに結構エンパワーメントとかで発想の転換というかされたことなかったから。
そうですよね。
あったんでしょうけど、それはどっちかというと家庭とか友達とかなんとなく社会的じゃないというかもうちょっと狭い世界での話だったんですけど、それをちゃんと技術体系があるとこないとこあると思うんですけど、あって一応理論的には。
それを仕事にしてるっていうのは結構衝撃というか、あったかなと僕は思いますけどね。
そうですよね。僕も全くそうで、多分なんか僕って仲良くしてる人と仲良くできない人っていうのがいて、それなんなんだろうと思ってたんですけど、多分今の話で僕に対してもエンパワーメントしてくれるというかやっぱりその尊重してくれる人とは一緒にいれるんだと思うんですよね。
それはたぶん小学、ちっちゃい頃からその感覚がずっとたぶんあって、男なんだからとか長男なんだからとか若いんだからとかって言われるともうなんか途端にね、この人とはもう話せないわとかね、話しても時間の無駄だとか思っちゃったりして。
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そういうこと言わない人ってなんかそういう人を見つけて、そういう人たちとずっと付き合ってきて、だからそれが一番だから内田先生とかってね、まさにそういうこと言わない人なので。
だからすごいなと。内田先生がなぜそういうこと言わないのかって言ったらやっぱり背景には一つは合気道っていうものがあって、合気道もできるだけ力を抜くわけですよね。
力を抜くと力が出るっていうかその力っていうのはその人の筋力と鍛えてどうにかなるっていうものじゃなくて、自然にある遠心力であったりとかそういうものを体を通してその自分のものにするっていうか、そういう考え方なんですよね。
僕はエンパーメイドとちょっと似てるっていうか、合気道って自分で自分の周辺環境を自分に合ったように整えていくっていう、このことによってより力が出るっていう考え方なんで、自分がこの資格を取るんだとか、もっと勉強して、
それも必要なことではあるんですけど、自分の努力によって成果を得ていくんだっていう、もちろんそれもあるんですけど、それだけじゃなくて、できるだけ頑張らない。頑張らないで周りの協力を得たりとか、もう既にあるものを使うとか、そういう発想なんですよね。
なるほどな。
それを内田先生は、内田先生流の言葉で話してたって、そこに僕はすごく共感をしていて、でもそれが就労支援をやってみたら、え、この分野にまとまってんじゃんみたいな。
確かに。
体系が。
そうそう、体系立てられて、ある程度ね、いるんだっていうことを知って、それでなんか、あ、面白いなって思ったっていうのはあります。ただ、とはいえ社会福祉士の勉強をして資格取ったんですけど、社会福祉士の勉強してみると、就労支援ってめちゃくちゃマイナーな。
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そうかもしれない。僕、社会福祉士の勉強したことないですけど、どちらかと言うと高齢とかなんですかね、高齢だったり生活困窮者支援とか。
そうなんですよ。障害者福祉もそんなに多くないし、その中で就労支援なんてもっと狭いっていうか、分野としては、というか出題が、出題数が少ないわけですよ。
結局それって国の社会保障費の問題で、どこに社会保障費一番使われてるんだって言ったら、そこから多分優先度がそこで割り振られてるような気もするんですよね。
そういうのがあって、それでそうなのって言うと、社会福祉全体の中だと就労支援ってすごい端っこにあるんだなっていうのも分かったことでもあり、ただ確かに厚労省の中でも、障害者相互支援法もそうだし、法律が違うじゃないですか、労働分野と福祉分野で。
だからその意味では福祉の端っこでもあるけど、労働の端っこでもあるっていう形で、そこを2つをブリッジしてるっていう意味では面白いなっていう。
そうなんですよね。産業分野と福祉のちょっと間みたいなところ。そこの面白さもありつつ、難しさもありつつっていうか。
青木さんは就労移行支援だと思うんですけど、僕は厚労省の地域若者サポートステーションっていう事業で。
若サポテル。
そうです、若サポテル、サポステーとか言われる。
それが一応、基本的には労働施策なんですよね、やっぱり。
で、働くに困った人、皆さんどうぞみたいな感じで、ただそこが労働施策と福祉の領域がかなり接近してて、っていうのが最近の僕の印象で。
ほぼ福祉的っていうか、でも建前上は労働意欲のある人とかって言うんですけど、みんなやっぱり働かないといけないっていうのがあるので。
結局、肌障害を持っているっていうか、特性上環境とマッチしなくて働けないっていう人が、結局それって肌障害の診断が出たり、結果的にはするんですけど。
本当にそういう方が、産業構造が変わってきたとか、肌障害ですごく増えてるって言われてるんですけど。
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とにかくそういう肌障害だったりとかグレーゾーンとかって言われる方がもう多分半分ぐらいの印象で。
なんかちょっとこう、そういう構造も実は変わってきてるんじゃないかなと思うので。
だから、なんかそういう予算配分とまた違う実像というか、ほんま元に力かけたらいいんじゃないかなとか。
変わらざるを得ないですよね。
つまり、国としても働いてもらわないと困るっていう部分があって。
そうですね。
だし、それはその、すごいざっくり言うとブルーカラー的な仕事からホワイトカラー的な仕事に産業構造が移ってきていて。
その中で必要とされる能力っていうのが、僕らから見るとすごく単一的になってきていて。
そこに当てはまらないと、それは仕事だけじゃなくてコミュニケーションの面でも多分そうだと思うんですけど。
その能力が、なんていうのかな。
能力というか得意じゃないと障害っていう風に言われる。
だから、これもさっき言ってた就労支援の先輩と話してて、そうだなと思ったんですけど。
日本って今少子高齢化で人口が減ってるわけじゃないですか。
減ってるのに支援学校とかが増えてるっていう。
であったり、障害者が増えてるわけですよね。障害者手帳を取る人が増えてるっていう。
そうですね。
どういうことなの?っていうことで、世界的に見るといわゆる統合教育とか、健常者と障害者と一緒になって学びましょうなんだけど。
日本はそうじゃなくて支援学校が増えてるっていうことは、健常者と障害者っていうのを分けましょうっていう流れが加速してるっていう。
教育とかって言いますよね。
これって、確かに障害者手帳を取ったり、障害者雇用っていうので合理的配慮っていうのを受けながら働くっていうことの方が働きやすいっていう。
それはすごくよくわかる話ですけど、でもそもそも例えば特例子会社っていうことであったり、そもそも健常者と障害者を分けるっていうことから話が始まってるっていうのが、
それはちょっとやっぱりおかしいよねって、日本の社会のあり方が、とは思いますね。
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でもそんなこと言っても始まらないから、特例子会社さんに就職ができるように支援とかはもちろんしますけど、
でもやっぱりそもそもこの社会のあり方は間違ってるよなとは思います。
そうですよ。だからその産業分野にいる一番のジレンマってそこで、結局働くとかお金を稼ぐっていうことにすごいゴールは結局そこなわけで、
でもやっぱりおかしいなって感じてる自分がいてるというか、だから地上戦ではすごいサバイバル的にやっぱり働かなかったから、
就職してねみたいなのとか、就職したらちょっと喜んだりして、
そりゃそうですよ。
でも、それはやっぱりこの仕事の醍醐味でもあるので、
でもなんかこれでいいんだっけっていうのは常にあるので、
地上戦としては戦いながら、空中戦的にちょっとおかしくないですかっていうのも同時にできる分野なのかなっていうか、
僕らそういう課題に接してる福祉ってそういうところがあるなと思って、
常に社会の課題に対して一番の前線にいられるっていうのはいいところであり、
それで背負いすぎて潰れちゃう福祉職の人もいるんですけど、
やっぱりそういうことを言っていかないといけないなっていうのはあるので、そこのジレンマは結構ありますよね。
だから就職することを目指すんじゃなくて、やっぱりそれこそエンパワーメントとかその人の力が発揮されるっていうかね、
その人が力が発揮できるようになって、その過程として就職があるっていう風に僕たちが常に思ってないと、
それはやっぱり就労支援じゃなくてなんか雇用支援みたいな。
そうですね。なんかそこが就職者数が、それこそさっきの最初の塾とか教育の話と一緒になってきて、
手段と目的がやっぱり変わってきて、就職者数を増やすことが目的になっちゃうと、
なんかそれは支援のあり方としてはちょっと良くないなっていうか、
これはもうなんか長くやっぱり働いていくっていうか、なんか良い生き方をしてほしいっていうか、良い人生を送ってほしいっていうところで、
結構僕らの法人も結構そういう考えで支援をしていて、働いてからもずっと続いていくというか、
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就労以降だとあれですよね、ちょっと限りがあるんですよね、追っかけられる。
ありますけどね、就労以降、サービスの期限が2年とか延長して3年とか、それが終わって定着支援っていうのができれば、
定着も3年、プラス3年っていうところなんですけど、
そういえば僕が常に言うのは別に、うちの法人の卒業生だから、そこには期限はないからっていうふうに。
でもそうですよね、生活とか人生って、人生はね、死んじゃったら、確か終わりって終わりだけど、死ぬまでは一応続いてるし、
死んだってもしかしたらなんかわかんないですけど、終わんないのかもしれないとかなんかわかんないけど、
そんな感じだから、あんまりサービスで考えちゃうと、でも仕事って言われきって考えちゃうと、サービスって考えちゃうわけですけど、
やっぱりそうなりたくはないなとは思いますよね、集団としてサービスを使って。
そう思える支援者が増えるといいなと思う。
なんかなかなか、やっぱりこれもいろんな考え方があるというか、難しいところではあるんですけど、
ちょっと青木さんと今日話したかったのが、僕らいわゆるエンパワーメントだとか、ギア的な仕事をすごいしてて、
でもエッセンシャルワーカーとかすごいこのコロナ禍で、言葉としてはバズっているというか、
医療従事者の人に、青色でメインカラーみたいな感じなんですかね、青色の旗とかそういったもので応援しようとかっていうのがあるんですけど、
一体としてはエッセンシャルワーカーってすごいお給料も低いし、拍手送られるだけみたいな。
そういうケアがないがしろにされてるところにどういう構造があるのかなっていうのは、
ちょっと最近興味があって、でも僕とか26歳ぐらいで介護の世界に入って、その時めっちゃ言われたんですよ、なんでこんなとこにいるのみたいな。
もったいないからまた戻んなさいとか、高齢者介護なんでご家族の方に言われたりとか、別にエガなんとかちょっと心の中で思ってたんですけど、
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結構やっぱ言われるんですよね。そういうのってジェンダーの話もあるし、青木さんはどんなふうに考えられるかなと思って。
本当に一つはお給料が安いということに関しては、やっぱり国が悪いしろっていうのはめちゃくちゃ思いますよね。
経済成長の時期があって、高齢者よりも若者が多くて、ある種イケイケの時代があって、
ある程度経済成長したら、どこの先進国もそうだと思うんですけど、成熟化していくと言われて、成熟化したら物を作るんじゃなくて、
ある程度発展してきた社会の中でどう充実した生活をするのかっていうふうに、やっぱり国の考え方がシフトしないと本当はいけないと思うんですけど、
それがやっぱりそうはなってないですよね。結局、いわゆる生産性っていうか、お金をより多く生み出す人が強いものであって、
お金を生み出せない仕事につかざるを得ない人っていうのはもう自己責任だみたいなことの構造をそのままというか、
そのままやってるっていう日本社会がやっぱりおかしいでしょうっていうふうに思うんですよね。
なんでかって言うと、たぶん僕らの感覚って似てると思うんですけど、もう新しいものを何か生み出すとか、どんどんどんどん成長させようとか、もう別にいいじゃんって。
もう身の回りにあるもの十分だし、これをうまく使ってもうちょっと働きすぎなくてゆったり人間的な生活ができるとか、
もうちょっと月に1回2回は映画を見たりとか、もうちょっと家族との時間とか友達との時間をもうちょっと持って、やっぱりその豊かさですよね。
お金に換算されない豊かさを得た生活をやっぱりしたいしって思うじゃないですか。
だから、でも僕それがそのケア的っていうことじゃないかなと思っていて、
だからお金をどんどん稼ぐんだっていうじゃなくて、やっぱり一人一人を生き物として扱って尊厳、それぞれに尊厳があるっていう関係を作っていく、その社会として作っていくっていう、
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そういう社会にシフトしていかないと、生きていたくないですよねっていうこの社会で。
生きていたくないし、これ何のために生きてるのっていうね、このより早くより正確にお金を稼ぐっていうことであれば、
それこそAIであったり、人間ができるだけやらない方がいいし、人間ができるだけ関わらない方がいいっていう社会って、それは僕は生きづらい社会だと思うので、
だから、お金になることがより社会にとっていいことで、お金にならないことがよくないんだっていうメッセージが、僕は日本という国から発せられている気がして、
それはやっぱり国がおかしいだろうっていうのが一つ思うところではあるけど、とはいえお給料が安いんだけれども、だから僕が今やってるっていうのはお給料が安い中で、
もう一個の軸を自分で作って、お給料だけじゃないんですけど、精神的な充足っていうのも、僕の場合は自宅を図書館にするっていう活動をすることによって精神的にも充足を得て、就労支援っていうのと、
2つお行ったり来たりとかって言ってるんですけど、そんなちょっと百姓的な活動、働き方をしつつ、なんとかこっちの安いお給料ってことは、安く、安いっていうか低い評価をされてるみたいなことを、なんとか自分の中でこっちの自分の活動としてバランスとるみたいな、
これをでも一人一人がある種自己責任でやらなきゃいけないっていうのはやっぱり社会としておかしいだろうって思いますね。
そうですね、僕は対人援助食の価値を上げたいなっていうのはあって、どっちかっていうとお金の論理ではあるんですけど、やっぱりそこは価値があるんだっていうふうにしていきたいなと思ってて、
でも他方でやっぱり食べていかないといけないし、僕もそれこそ、沖さんの本を読んで自分がやってることが、ちょっとこう、よりクリアになったというか、僕も会社作って、
アプリの開発したりとかしつつ、どっちかというとやりたい仕事、両方やりたい仕事なんですけど、ケアってお金が生まれないんで、やりたいのはケア的な仕事で、
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そういうの両方行き来してるっていうのは、これでいいかなってちょっと思えたところはあって、無理にどっちかの原理にやっぱり、世の中ケア的であるべきだっていう感じで、
言ったら労働闘争的にやるやり方もあるんですけど、ちょっと違うやり方で、僕も沖さんみたいなスタイルでもいいのかなとかちょっと思えたりしたんで、それは本当に良かったなっていう感じと、確かに今話聞いてて、
ケアってめっちゃ人間として本質的なとこだけど、お金は直接的に生まないっていうのが確かにあって、それでないがしろにされてたりとか、ずっとジェンダー的に言うと女性に押し付けられていたっていうので、
でも実は価値があるのにっていうところが、その構造が変わってないというか、やっぱりそのケアが、お金を払うっていうことは、これ多分平川さんの本に書いてあったと思うんですけど、お金って立ち切るみたいな意味がすごいあって、
全部、さっきもサービスの話が出てきて、サービス化するってことは契約関係ですよみたいな、そういうケア的な関係というより、契約だからやってますみたいな風になっちゃって、どんどんどんどん社会が、その方がGDPが上がるから、どんどんどんどん全部がサービス化されていって、経営的なものが失われていって、ケアを受けるにはお金払わないといけないみたいな、
ことになっていってるのは何かちょっとおかしいのかなとか、これちょっと難しいですけど。
僕は、契約関係って、ある種すごくフェアだなと思ってて、いわゆる措置から契約へとか言って、
今までは措置だったわけですよね。だから、その行政側が救ってあげるよとか、助けてあげるよみたいな、選択権があんまりなく、これですみたいな。
そうですよね。全てフェアじゃないよねっていう。契約になったら、選択権は当事者の人の方にもあるし、基本的にはそっちにあるっていうことで、それによっていろんな問題が起きてると思うんですけど、
でも僕はやっぱり、契約的な考え方っていうのは、フェアな社会を生み出すためには必要だと思っていて、ただし、日高さんもそうだし、僕も本当そうだと思うんですけど、
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お金で払うとかっていうのは、何かしてもらって対価を払って、何かしてもらった分の対価だから、それでもチャラだねっていうことじゃないですか。
そうですね。
これがサービスっていうことだと思うんですけど、僕らがなんで図書館をやってるのか、なんで本屋じゃなくて図書館なのかって言ったら、図書館っていうのは、本を借りたら返しに来なきゃいけないっていう。
チャラにならないんですよね。
どこかでちょっと過分だったり、ちょっと過小だったりとかっていうのがあって、だからそのサービス化が進行している資本主義社会がどんどんどんどん無縁社会になっていくっていうのはそれはそうで、
一歩一歩のアクションでチャラにしていってるわけだから全部をね、それはフェアではあるんだけども無縁であるという、どんどん個人っていうものが周りとの縁を切っていってしまうっていうのはある種フェアだし、ある種無縁であるんだけども、
僕らが図書館やってるっていうのは図書館を貸し出す側と借りる側って、これはある種フェアではないわけですよね。貸し出す方が偉いとか偉くないんじゃないんですけど、貸し出す方がまずあって借りに来るっていう関係だから、そこは立場としてはやっぱり貸し出すっていう人が強いわけですよね。
だけど、これを借りていって、また返して借りてっていう風にしていくと、無縁ではなくて、いわゆる縁があると書いてある、無縁というわけですけど、縁を生み出す関係にあるわけですよね。
これ僕、両方大事だと思ってて。さっきも言ったように、こういう福祉的な活動とか就労支援っていうのがあって、手段としてサービスを使っている。
ということは、この手段では補いきれないものってあるよねっていう、ここが前提なわけですよね。そこはサービス外として、そんなに困ってんだったらもうサービスとか関係なくて、もうちょっと動くわっていう。
よくある風景ですよね、多分ね。
だけど、それがないと成立しないわけじゃないですか。
福祉も成立しないし、人間関係だって成立しないし、社会は成立しないんですよね。
どっかでちょっと過分に何かがあったりとかで縁が繋がっていくというか。
だからそれが僕はベースだと思うんで、そういう縁が繋がった社会を、縁で繋がった社会ってほっとくと、どんどんどんどん閉じていくし、それがしがらみになっていくわけですよね。
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しがらみになるとそれは不自由なので、それがしがらみとして、どんどん閉鎖的にならないように契約っていうのを入れていくこと、サービスとかを入れることによって、風通しを良くするっていう。
だから僕が二つの原理とかって言ってるのは、やっぱりそういう風通しを良くして、閉鎖的にならないように。
閉鎖的になるとどんどんどんどん一つの原理になってしまうので、二つの原理に保つってことはどうにかして風通しを良くしないと二つの原理には保てないので。
でもやっぱり二つの原理っていうのは社会の中ではそもそも存在してて、
そういう社会に戻すというかね。
やっぱりどうしても資本主義社会の中では資本の方の原理が強くなりすぎちゃっているんですけど、そうじゃなくてもうちょっとさっきの言葉で言った無縁と有縁とかサービスとサービスじゃない部分とか、そこのバランスをもうちょっと取っていかないと。
ちょっとお金の方だったりとか、無縁側にかなり触れてるって感じで捉えた方がいいかもしれないですよね。
それが悪いとかじゃなくて、それを縁だったりとかお金じゃない部分に揺り戻していくみたいな。
そうですそうです。だから意図的にちょっとサービスじゃないものをやってみたりとか、それ大事だし、とはいえそれをやってりゃいいのかというとそうじゃなくて、サービスとか契約っていうのもやっぱり資本主義っていうのも僕はフェアな社会の実現のためには必要なことだと思うので、
とはいえやっぱりそのフェアな社会を実現するための道具、道具でしかないと思うんですね。資本主義とかサービス契約っていうのは。やっぱり僕はケア、ケア関係の方が本質だと思いますね。人間が生きてくれれば。
それをどうカゼ同士のいいものとして、自由なケア関係っていうの、ケア社会を築いていくのかっていうのは、そのために資本主義とかサービスとかっていうのをどう使うかっていう、そういう発想を持っていたいなとは思いますね。
そうですね。よりケア的であるためにはやっぱりそういうサービスも必要かもしれないですよね。例えば生活ができないとそもそもケア的ではいられなかったりとかするかもしれないですし。
結構でもね、割と青木さんもそうですけど、ちょっとそういう地方とかでも図書館関係というか、本屋さんの場合もあるんですけど、そういうある種の揺り戻すための動きっていうのは割と起きてきているような気がするんですけど。
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青木さんの目から見てはどうですか?
本当にそう思いますね。起きていると思いますし、そういう本だけの分野じゃなくて、福祉分野もそうですけど、確かに福祉も本もめちゃくちゃ儲かんないんですよ。
本もそうなんですかね、やっぱり。
本屋さんなんて全然儲かんないですよね。
どっちかというと、やっぱりそれこそ資本の源じゃないですけど、Amazonとかだったり、そもそも本自体が売れなくなってきている感じもあるのかな。
人口が減っているというのはもちろんあるんですけど、本というもの自体がなんていうか、いわゆる人文地みたいな。
そういうのもあるし、書者がいて、編集者がいて、出版社がいて、取り継ぎがいて、書店がいるっていう。
だいたいこんな関係だと思うんですけど、やっぱりなんですかね、これが上手い具合に利益が配分されてないっていう。
なるほど。
本屋さんが多分一番儲からないんじゃないかな。
本屋さんって出版社から本を仕入れて、それを売るわけじゃないですか。
はい。
だからなんていうかな、農家みたいに自分どこで野菜作って、その野菜売ってるわけじゃないから、どっかから野菜買ってきて、それをまたスーパーとかみんなそうかもしれないけど、売るわけですもんね。
そんなにバンバン売れないじゃないですか、本って。
そうですよね。
バックするとかもあんまないですしね。
ないですからね。
ってことを考えると、だから若いのにケアワークしてるなんてね、もうそんなのって。
言うぐらいやっぱり本屋さんやるって、何かの思いとかね、何か事情がないと本屋さんもやんないだろうし。
いわゆるケア的な世界が本当にさっきの問題関心の通りで、ケア的な部分ってものすごい僕も大事だと思うし、今の社会、いわゆる社会的再生産と言いますけど、
社会がね、また子供が生まれて育っていって大人になって死んでいってっていうこの循環がこのままだとケアが足りなすぎて、社会が再生産されないっていう状態だから、僕はケアがもう本当に不可欠だと思うんですけど、
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それがお金にならなすぎて、みんな不可欠だと思いつつも、そこを職業にできないっていう状況だと思うんですよね。
でも、とはいえやっぱり必要だよねっていう人もいるし、あとは今の社会、ケアなき社会がしんどすぎて体調崩すみたいな、我々のような人も増えてるかな。
これはこのケアの部分どうにかしないと、社会の中で継続的にケアワークができるような状態にしないとまずいよねっていうので、一般社会というか株式会社とかそういう資本主義の社会の中でもSDGsとかESG投資とか、
やっぱりそういうね、お金になる部分だけじゃないよねみたいな動きもしてるっちゃしてる。だけど、とはいえやっぱりこれはどうやってそのケアワーク、広い意味ではケアワークね、本屋さんもそこに僕は含めますけど、
お金にならないけど大事なことをケアワークと総称する場合、これどうやっていったらいいんかなっていうのはやっぱり思いますよね。
いや、ほんとそうですね。不登校児の数って子どもがかなり減ってますけど、高止まりしてる状態で、子ども減ってるのに不登校児は、要は割合が増えていってるってことだと思うんですけど、なんかそういうのって、なんかおかしいと思うんですよね。
絶対おかしいはずなんですよ。でもなんかこう、なんていうんですか、誰もそんなに取り合わないっていうか。
それって僕がさっき言ってた、人口減ってんのに障害者が増えてるみたいな、それとなんか似ているっていうか。
そうですよね。
なんか、標準とされているものがどんどん狭まっていっている感じ?
確かに、そうですね。
相当なんか、これもそんなこと僕はないと思うけど、能力が高いっていうかなんていうかな、日本社会にうまく日本社会に合ってる人、能力の高い低いじゃなくて、日本社会のあり方に合ってる人しか標準に当てはまらなくなっていって。
そうですよね。
なんか包括性みたいなものがすごい少なくなってて、それが多分ケアがやっぱり、ケア的なものが足りてないってことかなと思って。
1:00:08
確かにさっきの合気道の話で、なんていうんですか、僕らの支援の仕事って相手の力を売って引き出したりとかだと思うんですけど、そういう経験がなかったりとか。
僕、自己責任とか、自己肯定感か、すごいあんまり好きじゃなくて、そのこと。
自己肯定感が低いとか、なんかそれって関係性の中で生まれてくるものなんだな、自分も肯定できるかどうかって。
じゃなくて、日本って他者肯定感が低すぎると思ってて。
そもそもね。
自己肯定感じゃないでしょうって思うんです。
割と就労支援してると多分、学例期にボロボロになっちゃうっていう子が多くて、そのままボロボロになってる状態で就職もやっぱり難しくて。
でも働かなかんしどうしたらいいですかって子たちがほとんどなので。
そんな中でやっぱり難しいですけど、やっぱりそういうケアの力というかね。
福祉的な観点って言ってもいいと思うんですけど、割と福祉畑の人、こういう話したら全然通じるっていうか。
そうそう、通じますよね。通じるけど、やっぱり福祉の世界から出れない感じ?
そうなんです。僕も青木さんもやっぱり外部から来てるから、あれ何かおかしくないみたいな。
結構あって、僕も、だから会社経営者ほんと良かったと思って。
なんか福祉の人だと、もっと雇えみたいな、例えばね。
社会的運動、さっきの労働闘争的な、ちょっと前の前時代的な動きになっちゃうんですけど。
なんか経営者見たら、一人雇うのってどんだけ大変やねんみたいな。
そっちの原理がわかったっていうか。
だからそっちのロジックから言ったら、そりゃ戦力欲しいよねっていう話になるじゃないですか。
それだけの利益を生み出すとめちゃくちゃ難しいことだなっていうのは。
そこにはね、なんていうか既得権益的なものももちろんあったりとか、雇う余力がある企業もあったりするんでしょうけど、
なんかやっぱりそっちに立った時に、福祉が福祉の中でしかちょっといられないというか、
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割とビジネス的なことが語れなかったりとか、今でいうとITの知識が全然ない就労支援がいてて、
そしたらその利用者さんの道が狭まっちゃったりとか、
そんなこともあるので、やっぱり福祉のケア的な世界もちょっとずつ、
資本的な考えも入れていって。
僕もそう思いますね。
ケア分野だと、ケア分野の価値って、僕は生き物としての価値って言ってるんですけど、
生きてるだけでいいんですよ。
その人が存在するだけで良くって。
確かにそれはそうなんだけど、とはいえ本当に存在してるだけでいいのかって言ったら、
それはやっぱり、その人本人からしたら、もっと社会の中で活躍したいって思うだろうし、
そこの道を、あなたは生きてるだけでいいんだよっていうことによって、
そこを塞いでしまうっていうのも、それはそれで僕は良くないと思っているので、
そういう意味では、生き物としての価値と、
社会の中で就職して頑張って働いてお給料もらうであったり、
やった活動が表彰されるであったりとか、
やっぱりその対価としてきちんともらえるっていう世界もきちんと残しておくっていうのが、
残すっていうか、そっちも持っておく。
僕はその生き物としての価値と社会的な価値とか言ってるんですけど、
これ両方、まあそれこそ言ったり来たりじゃないんですけど、両方大事で、
生き物としての価値っていうのも、それがさっき言うね、自己肯定感ってことかもしれないけど、
自分の存在、自分の生き物としての存在価値っていうのが、
意識的にも無意識的にも認められていないと、どうしても社会の中で、
頑張って活動するっていうのは難しくなってきたりとか。
だからそこの悩みっていうか、ありますよね、就労支援してると、
そこのちゃんと働けてないとか、働いてないことの葛藤だったりとか、
すごいものがあって、どんだけそれで自分を責めるねんっていう感じ。
もうそれで鬱になったりとかね、それで引きこもりになっちゃうっていうので、
ただなんか割と、さっきの一番最初の話で言うと福祉の中で、就労支援って本当にちょこっとしかなくて、
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割と嫌われ者だと思うんですよ。
今までだと、そういうもっとエンパワーする、ケア的に扱うっていうか、
居場所が必要だっていうような意見もありますし、
でも就労支援してると、働いたりとかすることでのエンパワーメントもあるなっていうのが分かってきて、
それってちょっとしたことでもなくて、最初は就職してほしいですけど、
草刈りに行ってみたいな、おばあちゃんの家に行って草刈りして、一緒に帰ってきたりしたんですけど、
それだけですごいエンパワーされて、その方自身も誰かに価値を提供してるわけなんですけど、
そこからすごいリカバリーを受けて、おばあちゃんにありがとうみたいな言われたっていうだけなんですけど、
そっからなんかもう、うわーって走り出すみたいなことをやっぱり見てるので、
ちょっとでも何かできたとか社会の役に立ってるってことが、どれだけ人をエンパワーするのかっていうのが。
そうですよね。それめっちゃ大事だと思うので、どっちかじゃないっていうかね。
そうですね。
両方が必ずリンクしてくるし、どっちが表でどっちが裏っていうのでも向かないと思って、
どっちがA面B面、社会的な方がA面、お金が稼げる方がA面で、
お金稼げないんだけど、存在してるだけでいいんだよがB面っていうわけじゃ全然なくて、
両A面だと思ってて。
どっちも大事。
そうそう。
どっちもメイン曲というか。
そうそう。
なるほどなー。
いやーなんかこういう、この2つの理論が広まっていくとめっちゃいいなと思いますね。
すごい原理主義的になっちゃうじゃないですか。
そうなんです。
なんかホリエモンみたいな感じの人と、成人みたいな、お金いけませんみたいな。
奥田智志さんみたいな。
あーそうですね。
めっちゃすごいですけど、あの人も。
そうですね。
この間に売れるといいんですけど、そういう意味もあって相対的にケアっていうところが今は少なくなっているのかなっていう。
そう思います。
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だからちょっと、それをケアの部分を一人で盛り上げようっていうのは大変なんで、
そういうふうな同じような思いを持っている人同士が違う分野、微妙に違う分野であってもつながりつつ、
それこそエンパワーメントし合うじゃないんだけど、そういうのが大事かなと思うので。
はい、そうですね。
そういう場になっていただけたら嬉しいですね。
ケア的な人とちょっとつながって。
このラジオを僕が始めようと思ったら、青木さんの影響が95%ぐらいあって。
ほんとですか?
どんどん。
なんかめっちゃいい。
こうやってどんどんいろんな方と接触する言い訳になるっていうか、
それがすごいいいなっていう。
分かります。
いや、すごい良かったです。
なんかね、ラジオっていう場を設定するとある程度みんなちゃんと喋ろうとするじゃないですか。
そうですね。僕がそうでした。
雑談でちょっと話しましょうとかってなると、
なんかね、そんなに、第3者を想定しないんで、
ちゃんとした話にしようという気がだいぶ薄れてしまうんですけど、
ラジオっていう設定を入れるだけで、一応第3者を聞いているということで、
確かに。
そうそうそうそう。ちょっとちゃんと喋るっていう。
それがなんかちょうどいい気がしますね。
いいですね。
いやー、まさか僕がラジオを自分で始めるとは思ってなかったです。
こうやって青木さんに来てもらえるとは思ってなかったです。
ぜひこちらのオムラスラジオの方にもぜひ行ってください。
オムラジニ。あのオムラジニっていう感じですよね。
局所的にね。局所的にはそういう風に言ってくれる人もいますけど。
すごい嬉しいんで、ぜひ。
なんかちょっとまとめに入ろうと思うんですけど、
すっごいまとめ方が、今頭の中で全くまとまってないんですけど。
いいんじゃないですか、まとめないで。
いいですかね。
いいと思います。
言いっぱなしの。
まとめない方がいいんじゃないですか。
次に繋がるんじゃないですか。
次、じゃあまたオムラジでも話しますし、
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またこれに懲りずに。
そうですね。
その後の青木さんと僕の活動がどうなったかみたいな感じで。
閉じずに。
そうですね。
終わります。
ぜひ。
はい、じゃあ。
今後とも。
はい、今後とも。
よろしくお願いします。
ありがとうございました、今日は。
ありがとうございます。
はい、じゃあ2回目のケアラジゲスト青木真平さんでした。
ありがとうございました。
さようなら。
さようなら。
01:12:31

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