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はい、始まりました。care-radioです。ということで、今日も配信していきたいと思いますが、
今日は7月の2日、木曜日です。ということで、連日の配信ということで、
今日ちょっと短めに撮っていこうと思うんですが、どうですかね。
2026年後半戦という感じで、皆さん、どんな半年だったか、いろんな半年があったと思うんですが、
僕は掃除て、何でしょうね、相変わらず忙しくしておるというところではあるんですが、
掃除てみたときはいい感じなのかなという気がしていて、
旅行に行ったりとか島根旅行に行けたりとか、仕事自体は忙しいんですけど、
フェルマータに関してはいよいよ木は熟してきたという感じで、前回も話したんですけど、
とにかく積み重ねてきたものが、積み重ねていくことがしかないんだなっていうふうに思っているというか、
それが誰に知られるとか、もちろん直接やり取りしているクライアントの皆さんに対しては積み上がっていくんでしょうけど、
それが世間的に知られているわけではないですよね、もちろん僕らは自宅事業をやっているので。
で、今その裏側でコンダクターの用意をしているわけですわ。
なので結局そういうことなんだろうなって思うんですよね。
目の前のことをしっかりやっていくと。
やっぱりクオリティは大事だと思うんで、目の前のことを取り込みながら、改善・改良を加えていくということで。
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で、結局何かやるとき、仕事でもそうですし、何か新しいことをやるときに、よく聞くのが自信がないんですっていうことをよく聞くんですよ。
僕は若者支援をやっているので、自信ないくってとかね。
不安があるんであれば、不安を取り除くことはしましょうと言うんですけど、でもそもそも自信って何なのかねっていう話をよくするんですよね。
自信ってやる前からつくもんじゃないんですよね。当たり前なんですけど。何かを積み重ねるからこそ、やっぱり自信っていうのは身についていくもので。
で、それが悪いというわけではないんですが、やっぱり自信がないっていうことは、物事を実行しないための上等区になっていると。
だし、やっぱり世間的なコンセンサスを得ている、踏み出さないための上等区っていう気がしてて、実は関係ないんですよね。自信ないって。
だし、自信ってやらないとつかないんで、そもそも。自信ないっていうのは、そういうことなんですよ。何も言ってないに実は等しいけど、なんとなくコンセンサスは得られるというか、
そうだよね、自信ないからちょっと難しいよね、みたいな風に言ってもらえるというか、みんな同じ感覚を持っているから。でも実は関係ないっていう話かなと思ってて。
うん。なんかすごく厳しいことを言っているようですが、あんまり取り合わないことが多いですかね。自信ないっていうのは、そうなんだって。自信って何なんだろうね、みたいなことを言って。
うん。だってその自信がないからできないとしたら、じゃあその自信をどうしたらいいんだろうっていうのを具体にも考える必要があって。そう。で、ちょっと考えてみると、
いや自信って確かにやらないとつかないよなーみたいな。やるしかないよなーっていう風になるんで。ただその自信と不安っていうのはちょっと違うんで。
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うん。まあその不安を言い換えてるのかもしれないですけどね。でもなんか不安があるっていうのってちょっとネガティブに聞こえちゃうから、自信がないっていう風に言ってるみたい。
うん。自信がないと不安があるっていうのが入れ子構造になってて。うん。でも僕不安は対処しやすいと思うんですよね。不安はあるので、あるものを消していけばいいので、消せるように情報収集したりとか、
事前に対策ができるんですけど、自信がないものをないものをあるようにするっていうのは土台難しくて、なので結局は不安の、自信っていうのはちょっとつかないよねっていう話をして、逆にやるときに不安ってあるんですかーみたいなことで、一個一個不安を潰していくと。
まあいうことをサポートしてるかなと思いますね。うん。現実にあるものしかコントロールできないので。
はい。なんでこんな話になったかちょっとよくわかんないですけど、まあまあそんなことを普段若者たちといろいろ話してるわけですけど、はい。
で、まあ半年ね、だから積み上げてきたって言いましたけど、別に僕は自信があるとかないとかあんまなくて、なんなら自信って今でもないですよ。
何かプロジェクトをやるとか、こういうシステムを作るとかね、ウェブサイトを作るとか、それこそないものを作り上げるので、自信なんてないんですよ。
あったら怖いっていうか。なので、自信はないけど、全力を尽くすっていう意思はあるんですよね。
そう。なんかベクトルの問題でこういう多分何かことをなすってことは。で、自信はないけど、ベクトルは向いてるっていう。
クライアントさんに事業であるとかがうまくいくように全力を尽くすベクトルは僕持ってると思うんで、だから全力でやりますと。
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で、もちろん仕事発注する側っていうのは、ある程度のことができるんだなとか実績がないと発注しないので、ある程度その実績は見てくれてる上での発注なんで、僕はそこに向けて全力を尽くすだけというか。
だから自信がないっていうのは、そのベクトルがまずモテてないっていうこととちゃんと読み換えた方が良くて。
僕も今その自分のベクトルを何ていうか再構築してるっていうんですかね。
フェルマーターの仕事、今クライアントさんからは信頼を得てお仕事していると。
私相談員の仕事も丸8年やってきて、やっぱり自分の中での蓄積をすごく感じるし、変な話相談員の領域ではすごく自信があるんですよね。
それはやってきたベースがあるんで、それは自信があるんですけど。
それをどうフォーカスして、どの領域でどうこの力を生かしていくかっていうのは、ちょっと考えていく残り半年になるのかなという気がしてて。
なんとなくボヤーンと考えてはきてるっていう感じですかね。
そのためにちょっとウェブサイトをリニューアルをしていたり、フェルマーターの。
無事有志が受けられることになったんで。
それもね、言ったら借金が増えるんで。
返せる自信があるんですかって言われると、いやどうやろうっていう感じなんですけど。
でもそれを生かすも殺すもやっぱり僕のベクトル次第なんで、とにかくやりますと。
やるんですという。
それがやるんですの中身がある程度見えてるからお金を借りれると思うんですよね。
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それがないと不安ですよね。
自分がやりたいことわかってないのにお金借りるってね。
それはちょっと何とかギャンブルでしかないので。
やりたいことわかってるし、そこに全力を尽くすっていうベクトルがあるっていうか。
これモチベーションとは違うんですよね。
モチベーションってもう人間の生理現象でしかなくて。
だから自信とモチベーションはちょっとマジックワードっていうか。
そんなもん実はないんだよっていう気がしますね。
モチベーションはあるんですけど。
それは日内変動もするし、もちろん朝は眠いなぁ、やる気出ないなぁ。
夜は眠いなぁとかそうなるわけです。
これは別にマッチョな話ではなくて、事実はそうっていう。
僕は分析的なところがあるので、すごくリアルにいろいろ考えた結果、その結論に至ったというか。
モチベーションっていうものはとか、モチベーションちょっと上がらなくてとか。
自信なくてっていうのは別にいいんですよ。
いいんですけど、皮むいていくと何もないっていうことなんですよね。
でもこれを人生の中でこういうことを自分の時間を使ってやっていきたいんだっていうベクトルがあれば、
モチベーション下がるときあっても、下がること自体は当たり前のことなんで。
人間の体は生き物なんで、人間はね。
とか、やったことないからできるかなっていう不安はあるし、それを自信がないと言い換えてもいいんですけど。
ベクトルがあればリカバリすると思うんですよね。
じゃあそのベクトルって何かっていうと、またそれを見つけようみたいな話になってきて。
でも見つからないと思いますっていう。
これが何か自分のやりたいことが分からないんです。
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その分からんてっていう話で。
急に具合が悪くなるっていう本と、宮野真希子さんと磯野真帆さんの往復書館ですけど。
これね、よく考えると2019年とかに出てるんですね。2020年ぐらいかな。
コロナ禍なんかな。
多分時期同じくして、青木さんの悲願の図書館とかも出てて。
多分同時期ぐらいなんかな。
悲願の図書館は、これは何年だろう。
この時期を見るとそうですよね。
初版が2019年ですね。
僕が持ってるのは第2冊って書いてるんで。
2020年ですね。
でも多分時期同じくしてね。
出てる本なんですけど。
これは本当に僕がやってるというか、
エアノリトーっていうサイトを作って、
課金システム作ったんですけど、
メールアドレス登録してる人をみんな見れるようにしようと思ってて。
ベータ版でやったりしてたんですけど。
ここはオープンにしてね、皆さんに。
興味ある方は読めるようにしようと思ってて。
そこにも読書録を置いていけるところがあるんで、
そこで書いてるので、その文章を読んでもらえたらと思うんですけど。
その本は僕はこの短い時間では語り得ないので、
これはもう読んでくださいという、
読んで損しないのでって言いそうになったんですけど、
損得を超えて、
生きたいなというか、生きていこうって思える内容なんですよね。
ちょっとこれは文章にするのははばかられたんで、
エアノリトーの読書録には書いてないんですけど、
むちゃくちゃ宮野さんに会いたいなって思ったんですよね。
なんか会って話したかったなっていうのはすごい思ったっていうか。
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映画化されましたけど、浜口監督も同じ感覚になったんちゃうかなと思うんですよね。
伊佐野さんは医療人類学がご専門なんで、
文化人類学の中の一分野だと思うんですけど、記録見たら。
文化人類学者といえば、
ティム・インゴルドっていう人がいていて、
その人がラインズっていう本を書いてて、
これちょっと僕も未読なんで、
ラインズは読みたいなと思うんですけど、
まだ横田先生って小樽外見にいらっしゃるんですけど、
横田先生の事務所に蔵書がたくさんあるんで、
インゴルドの応答し続けよう、まだお借りしてて全然読めてないんでね。
まずこっちを読もうと思って。
でもラインズも読みたいんですけど、
伊佐野さんがラインズを引いていて、
これも説明しづらいんですけど、
インゴルドが輸送機関っていう議論をしてて、
輸送機関と歩くことを対比してるんですけど、
これは僕が最近よく引用してる福太久美さんという哲学者の方の
お気配的とすごく近くて、
本来は荷物を届けること、その人に届けるっていう意味があると思うんですけど、
昨今、それこそ輸送機関ですよ。
座標だけの話になってて、
そのものがA地点からB地点に移動したっていうことだけがシステム上取り扱われてると。
人とのコミュニケーションに対して、
伊佐野さんはインゴルドの輸送機関っていうアイデアを転用していて、
要は適切な言葉みたいな、よくありますよね。
例えばですけど、LGBTQの人に対してどう接したらいいかとか、
肌障害のある方にどう接したらいいかとか、
もちろんセオリーっていうのはある程度はあるんでしょうけど、
でもそうすることで、それこそ輸送機関的に正しい言葉を人に届けるとか、
その人が傷つかないように言葉を届けるみたいに、
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関係性が固定化されてしまう。
宮野さんはがん患者であって、
がん患者に対しての適切な言葉を届けるみたいなことになって、
それは契約関係ですね。
僕らみたいな専門的に対人援助をやってる人間とクライアントさんであれば、
契約関係を結んで、あなたのこういう目的とか課題を解決するために、
契約を結んでやっていきましょうっていう。
契約関係にあれば、その適した言葉であるとかっていうのは、
適用されて然るべきなんですけど、
それが一般に啓蒙された結果、すごく関係性が固着してしまうと。
同時に宮野さん、磯野さんが、
これちょっと名前忘れちゃったんですけど、
医療人類学の人から、民間セクターと民族セクターと、
専門セクターか専門家セクターっていう3つのセクターに分けてて、
その医療を受けるときに、専門セクターは医療者ですよね。
民間セクターは家族とか友達とか。
民族セクターっていうのは、どこかお祈りに行くとかもそうですし、
だいたい両方も結構そこに入ってくるのかなと思うんですよね。
この水を飲むといいとかね。
その輸送機関的になっちゃうと、
契約を結んでないのにもかかわらず、契約的な関係に固定されてしまうと、関係性が。
ってなったときに、すごく民間セクターが痩せ細るんですよね。
そのことに対して、たぶんすごく疑義をしてて、磯野さんは。
僕もめちゃくちゃ分かるんですよね、それ。
自分の言葉がすごく契約的であるっていうか。
でも、どっちかというと、ユースワークの世界って、なんかそんな感じじゃないんですよね。
そうそうそう。そうなんです。
やっぱなんか、専門セクターとしての顔で入って、
民間セクターに位相をずらしていくみたいな感覚がすごく僕の中にはあるっていうかね。
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うん。そうなんです。
で、さっきの、ちょっと3分的なんですけど、さっきのベクトロの話に戻すと、
自信っていうのはないんですよ。
自分がやっていきたい道なんて見つかるわけがなくて、何もしてない。
僕は急に具合が悪くなるから受け取ったメッセージは、やっぱり、
宮野さんが研究してたその偶然性。
久喜修蔵という哲学者は、偶然性の問題というのを取り扱ってたんですけど、
こう、世界と接することで、自分というものは立ち現れるんだっていうこと。
宮野さんは、それこそ命を懸けて言葉を紡いで、
その答えというか、それがもう宮野さんの生きた証っていうか、
それは宮野さんと磯野さんの関係性であったりとか、
久喜修蔵との出会いもそうだったかもしれないし、
世界と開講して出会って、選択するっていう行為。
選択するっていうことは、まだ物事が不確定であるっていうことを含んでいて、
選択するっていうのは、世の中の不確定さみたいな、
未確定なものであるっていうことを受け入れるっていうことでもあって、
それでも選ぶ。選んだ結果、自分が立ち現れていくと。
選択肢があるわけじゃなくて、これは難しいんですけど、
選ぶことによって、自分がこういう人間だから選ぶじゃなくて、
選ぶことで自分がそういう人間であるということが立ち上がってくるっていうか、
やっぱりその意思の話だと思うんですよね。
自分がそういうふうに生きていくんだっていう意思の話っていうか。
だからそこを僕はやっぱりずっと、すごく共感を持って読んだんですよね。
だから、そういう意思の力みたいなものを感じるには、
やっぱりまず世界に接しないといけないっていうことで、
なので、僕は8年の中でいろいろやってきて、
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自分自身もそうだし、とにかく世界と出会わないといけなくて、
そうなんですよ。
とにかく世界と出会うために歩くし、歩いていくんですよ、いろんなところに。
自分がいろんなことを感じて、
そこで立ち上がってくるものに対して自分が選択をしていくっていう。
生きるってそういうことなので、世界ってそういうことなので、
自信がないとか関係ないんですよね。
なので、そういうことをやっていくってことですね、僕のベクトルは。
松本 嶺亜さんが、すごく宮野さんと磯野さんが生きてきたラインっていうのが、
2人が交わったからこそ作り上げられたラインっていうものが、
すごく自分の人生の中にも入り込んできてて、
それってすごいことだなと思って。
やっぱり浜口監督もこのラインを紡ぎたいってすごい思ったと思うんですよね。
僕もそうだし。
うん。
世界と、世界で生きることって、やっぱり素晴らしいことなんだよっていうことなんですよ。
広く言うとね、僕のベクトルは今、
でも自分が持ってるスキルとか経験とかって生かせる場所が違うと思うので、
広くはやっぱりそういう世界と出会って、
自分で選んで何か立ち上がっていくっていうプロセスをやっぱり応援したい。
そこに立ち会うことで僕も新たな自分を獲得できるでしょうし、
獲得っていうか感じることができる。
そう。そうなんです。
ちょっと厚がたりをしてしまいましたが、
とにかく、すごいエネルギーのある本に出会ったなっていう気がしますね。
僕はさっき例に出した「ひがの図書館に出会ったときもそうだし、
これもよくよく例に出せるプシコのアオティカもそうだし、
あと最近出た青木みや子さんの
「図書館やまえわけいるも」はすごく
みや子さんがどう世界と出会っているかっていうことを
強烈に感じられる本だし、
これちょっと「図書館やまえわけいるも」ケアラジの中で話そうかなと思ってるんですけど、
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めちゃくちゃいい章が何個かあって。
ということです。
半年の振り返りプラス、
この半年の中のトピックとして、
急に具合が悪くなるという映画と本は、
今後の人生にも大きく影響を与えてくれるものと出会えたなという気がしてて、
あとは、ビデオポトキャストでも出してますけど、
オールドオークもそういう作品だなと。
すごく希望が持てたこの半年だったかもしれないですね。
今これから僕は40歳になっていくんですけど、
ちゃんと世界で生きていこうと思えた半年なんじゃないかなと思います。
ぜひ感想などコメントで寄せていただいたら嬉しいなと思います。
カトリーさんのように、
めちゃくちゃ嬉しいんですよね。
別に何か利益を求めてケアラジをやってるわけじゃないんですけど、
ああいうふうにコメントいただけるとかすごくすごく嬉しいので、
気軽にコメントいただけたらなと思って嬉しいんでね。
それでは今日はこんなところで終わります。