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ランニング、はじめました
2026-09-16 47:24

ランニング、はじめました

健康のために始めたランニングが、いつの間にか「頭のキャッシュ」を消し、街との関わりを取り戻す時間になっていた。足の痛みやランナーズハイでの失敗談から、健康を自己責任化する「ヘルシズム」への違和感まで、走ることの功罪を話します。

さらに、車の入れない遊歩道、早朝のブランコ、100円ショップ、若者がたまれる場所をめぐり、「用事もお金もなくても居ていい場所」が街から消えていないかという東京論へ。ランニングから身体と街の余白を考える回です。

番組への感想・質問はこちら:

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【バグキャストについて】

『バグキャスト』は、音楽家・鈴木とプログラマー・伊藤が、音楽、プログラミング、カルチャー、映画、最近読んだ本などについて話すポッドキャストです。

さまざまな話題がゆるやかにつながっていく、総合誌のような番組を目指しています。

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サマリー

今回のバグキャストでは、鈴木さんが健康のために始めたランニングが、思考の整理や街との新たな関わりを生む時間へと変化していった経験が語られます。ランニング中に経験した足の痛みやランナーズハイの失敗談、そして健康を自己責任化する「ヘルシズム」への違和感について触れられています。 さらに、車の入れない遊歩道でのランニング体験から、目的を持たずに街を歩くことの価値や、現代社会における「用事がなくても居ていい場所」の減少について考察が深まります。100円ショップの魅力や、若者が集まる場所の必要性といった話題にも及び、最終的には都市におけるジェントリフィケーションと、文化の創出余地の喪失という東京論へと展開していきます。身体と街の余白を考える、示唆に富んだ回となりました。

ランニングを始めたきっかけと身体の不調
はい、こんにちは。バグキャストです。この番組は音楽家の鈴木とプログラマーの伊藤が社会や文化について気になったことを調べたり、面白がったりしながら話すポッドキャストです。今回は第29回ですね。いやいや伊藤さん。
なんですか?タイガ君。
はい、今日はね、ちょっとね、取り留めもない自分語りの回になっちゃいそうなんですけど。
おお、いいですね。
あの、ここ1年くらい僕はランニングを走ることを習慣にしてて。
おお、素敵な趣味ですね。
あ、まあ素敵かどうかわかんないですけど。
よしとされているでしょ。
まあね。
ランニング。
伊藤さんはどうですか?何か普段運動とかされてます?
なんか年間1ヶ月とか2ヶ月くらい急に俺は運動するんだって言い出して、毎日歩いたりする時あるんだけど。
はいはいはい。
今はそのブームじゃないですか。
なるほどね。
じっとしてますね。
あのね、今日はね、ちょっとね、ランニングにまつわるあれこれ。
取り留めもない話になっちゃうんですけど。
それについてね、ちょっとね、話してみたいんですよね。
ここ1年くらい続けてた習慣なんですけど。
うーん。
はい。
そんな感じの回になっていきます。
はい。
はい。
はい。
はい。
えっとね、そもそもね、ランニングを始めたきっかけはね、仕事がね、在宅ワーク中心になったんですよ。
うんうん。
僕。
で、通勤もなくなって、1日のほとんどを机の前で過ごしてるなと。
さすがに運動不足になっちゃうので、健康のために走り始めたってとこがきっかけなんですよね。
うーん。
で、今ね、大体一度に5キロぐらい走ってる。
おお。
で、48時間ぐらい空けてまた5キロ走るみたいな。
あー、毎日っていうことじゃなくて、ちゃんと空けてみたいな感じなんだ。
そうそう。だからね、1日走ったら翌日は休み、その次の日にまた走るみたいな感じで、1年ぐらい続けてたんですね。
でね、当然ね、順調だったわけではなくて、左足のかかとを痛めたりとか、シンスプリントっていうね、聞いたことある?シンスプリントって。
いや、聞いたことない。
はい。
あのね、すねの内側。
すねの内側。
そうそう。にね、痛みが出る症状があって、走れない時期もあったりしたんですけど、健康のために始めたのに、走ることで体をガンガン痛めていくっていうことが起きるわけですね。
これランニングをしたせいで起きたんだ、これが。
そうだね。
あのね、この左足のかかとってね、なかなかイメージがつかないと思うんだけど、俺足首が元からすごく硬いらしくて、
ランナーズハイと身体のリソース
ほう。
あのね、足首の可動域が狭いと、なんかね、アキレス腱の付け根がね、摩耗するらしいんだよね。
へー。
足首により、こうなんか、緩衝をうまく作れなくて、みたいな。
で、左足のかかとがなんで痛くなるかというと、その、アキレス腱が左足のかかとのあたりについてんの。
それが、引っ張られて摩耗するみたいなことらしいんだよね。
で、それですごい痛いんですよ。
へー。
で、常に痛い。
え、今も?
うん、今も触ったら痛いよ。
押したら痛いみたいな。
じゃあもう摩耗して、それもうしょうがないの?
もうしょうがないんだよ。
へー。
摩耗しちゃったんだ?
そう、摩耗しちゃった。
いや、だから、休めばなんとなく痛くなるんだけど、またちょっと痛くなったりするみたいな。
だからちょっと左足の足首の可動域を広げるストレッチとかをして、ちょっとずつ改善してるみたいな。
それでちゃんとストレッチしなきゃいけないっていうことなんだね。
あ、そうだね。
そうだね。
はいはいはい。
でね、大体ね、そんな感じで続けてるんだけど、続けてるうちにね、健康とは別にね、走ること自体の気持ちよさに気づいていくみたいな。
おー。
はい。
で、僕の場合ね、4キロメートル超えると、急にテンションが上がるんですよ。
あー、え、それあのランナーズハイみたいなやつ?
そうそうそうそう。
聞いたことはあります?
うん。
あの、苦しかったのが、なんかこう、慣れて、呼吸が楽になってくるみたいな。
で、もう少し走れる、まだ走れるって感覚が出てくるんですよ。
楽しくなってんだ。
そうそう。これがね、だからいわゆるランナーズハイなのかなっていう感じですね。
へー。
でね、その感覚をね、味わうとね、本当にどこまでも走り続けられるような感じで活かして、
うん。
それでね、最初この感覚が来た時に、調子に乗ってね、どんどん距離を伸ばしていったんですよ。
あ、まだいける。俺はまだいけるみたいな。
へー。
で、そしたらね、8キロメートルを過ぎたところでね、突然一歩も前に進めなくなるの。
え?うん。
すごいね。
さっきまで、もうどこまでもいけるってなってたのが、完全にガス欠になって、頭痛と吐き気で動けなくなるのね。
うわ。
へー。
限界だ。
そう、これはね、すごいきつかったですね。
すごいね。
そうそう。だから体がね、気持ちいいなっていう風にして感じるってことと、実際にどこまで動けるかっていうのが別みたいな。
そういうことだよね。
そうそう。
ドラッグで動き続けたみたいなことでしょ。
そうだね。だからなんかこう、体のリソースの限界をね、この時知りましたね。
え?ランナーズハイって、僕、8年くらいサッカーやってたんですけど、その時一度も感じたことなかったんですよ。
うーん、そうね。
だからランナーズハイって嘘なのかなってずっと思ってて、もっとすごいプロスポーツ選手とかなら感じるけど、
いやー、そんなことなくて、たぶんね、その時感じてたんだと思うよ、伊藤。
あー、なるほど。
だからサッカーのランニングでどれくらい走るかわかんないけど、ある程度走ってても別に疲れないっていう時があったんだと思うんだよね、動ける時って。
それがある種のランナーズハイとかでもあったりとか。
そうなんだね。
それかちょっと負荷が足りないとかね。もっとガンガン走ったりしないといけないかもしれない。
みたいなね。
ランニングによる思考の整理とヘルシズムへの疑問
だからね、走ることを続けてるのはね、走った後にね、体だけじゃなくてね、頭も少し軽くなるんですよ。
うーん。
普段生活してると、どこからともなく将来への不安がやってきたりとか、あと過去の後悔がバーッとくる。
すごい。
ことってあるじゃないですか。
まあまあ、ないとは言わないけど。
みたいな。
あるじゃないですか。
僕はね、結構これがあって。
そんなに力強いあるじゃないですかって言われると、あるんだね。
あんまないですか。将来への不安って思ったりしない?
ああ、まあなくはないけど、まあなんかそんなに気にしてなかったかも。
あと黒歴史が来てさ、叫び出したくなるみたいな。
ああいうことね。僕が結構これがあって、こんなこと考えていても仕方ないじゃん。
まあね、理屈ではね。
そうそう。でも、なんかぐるぐる後悔が回り続けるみたいなね。
そういうもんだよね。
でもこの時にね、走るっていうのがすごいいいんですよ。
へー。
走ってる間はね、呼吸とか足の動きに意識を向けなきゃいけないから、そうした思考からね、一度距離を取れるんですよね。
もちろんね、走ったからといって何か解決するわけじゃないんだけど、でもとりあえず頭の中を占有される状態からは、まあ一旦抜け出せるみたいな。
苦しいから忘れられるみたいなね。別のことを苦しくなるから。
めちゃくちゃ集中してるからってことだよね。
そうね。
僕、虫歯めっちゃ痛かった時に、ほっぺを思いっきりビンタして、紛らわせたりとかしてたから、そういうことだね。
まあそうね。それに近いかもしれない。でもね、やっぱりね、頭の中に溜まってた不要なキャッシュが消去されて、思考の余白が戻ってくるみたいな感覚になるのよ。
いい表現だね。
あの、走り終わった後。
はい、キャッシュの消去。
そうそうそう。で、これはね、走り始めてから気づいたことです。
でね、ここまで話してくると、健康について、つまり運動は健康にいいからみんなも走った方がいいみたいな話に聞こえるじゃないですか。
まあ確かに。やっぱいいんだなと思ったよ。
そう、でもね、そういう話にはあんまりしたくないなと思ってて、つまり健康であることと健康であると求められることはちょっと違うじゃないですか。
ほうほうほう。
ここでね、ちょっと引用したいのがね、医療社会学者のロバート・クロフォードって人がいて、この人の論文を最近読んだんですけど、
健康の問題をその人の努力や生活習慣の問題として捉える傾向について、ヘルシズムって呼んでるのね。
ヘルスから来てるのか。
そうそうそう。
あの、例えば僕が運動不足になった背景には、仕事が在宅ワーク中心になり、体を動かす機会が減ったことにありますよね。
つまり、本人の心がけだけではなく、働き方や生活環境とも関係している。
それでも解決策は自分で走って自分の体を管理するっていう個人的なものになるじゃないですか。
これは最近の筋トレブームにも似たところがあって、筋肉は裏切らないみたいな言葉が流行したように、筋トレは努力した分だけ体が応えてくれるものとして語られている。
さらに体を鍛えれば自信がつく、自己管理能力が上がる、仕事の能力も上がるといった話にもよく繋がってるんですよ。
だけどそうなると、鍛えられた体がその人の努力や自己管理能力を示すものになってくるじゃないですか。
その裏側では、運動していない人や健康を損ねた人が努力していないかのように見られてしまうみたいな。
平らな生活してるんでしょうみたいな。
そうそうそうそう。
だからそういうような、健康の問題と自己責任論の繋がりみたいなものを、
ロバート・クロフォードはヘルシズムとして批判してるわけですね。
これすごく大事な視点だと思いますね。
だからもちろんね、運動によって気分が軽くなったり、自信がついたりするっていう実感はいいんだけど、
僕自身それ感じるしね。
ただ、自分にとって良かったから、みんなもやった方がいいよみたいな話にはあんまりしたくないみたいなことはちょっと言っておきたいみたいなことですね。
なるほど。
だから僕にとってね、ランニングは健康になるためだけの手段ではなくなってて、
なんかこう走ること自体がそもそも楽しいし、
あと不安とか後悔から一時的に距離を取れるし、
あとね、走ってる間はね、具体的にデバイスの支配からも逃れられる。
わー、なるほど。
大事なことだね。
そうそうそう。
SNSとか見なくて済むみたいなね。
SNSとかやっぱ見ちゃいますか?
暇な時間とか。
いや、俺はやばいよ、SNSは。SNSは相当見てるよ。
そうなんだ。
相当見てますね。
で、やばいなと思いつつみたいな感じなんだね。
いや、やばいなとももはや思わなくなってるのが中毒者のやばいところじゃないですか。
ってことでしょ。
走ってる時は、見たいと思わないんだみたいな感じ。
だから、ほら苦しくてそんなこと考えてる余裕がない。
みたいなね。
それになんか、開放感というかあるんだね。
あるある。それはすごいあるね。
なるほど。
健康になるために走っているっていうよりも、そうじゃない理由?
みたいなことを結構見つけてるとこが結構大きいみたいなね。
いうところですね。
ランニングウェアと街での違和感
で、こっからね、めっちゃね、取り留めもない細かい話になってくるんですけど、
走ってる時の格好についてね、ちょっとね、聞いてみたいみたいなとこがあって、
ランニングで走る時の格好って薄手になるじゃないですか。
実際にランニング用のシャツって肩が出るもので、下も短パンで走ってるんですよ、僕。
あー、まあそっか。いわゆるランニングシャツってそうだよね。
うん。
袖がないというか。
走り始めてると暑くなるので、だいたい冬でも基本的にその格好で走ってるんですけど、
走ってる間はね、それで全く気にならないんだけど、
あのね、これいかにもランニングをしてる格好だし、
周囲から見ても今運動してる人なんだなって分かるような格好なのね。
で、その格好でコンビニに入るってなるとちょっと気が引けるんですよね。
へー。
いや、つまりあまりにも薄着だし。
あんまりだから、日常で見かけない人だから、
ちょっと違和感あるなって自分で思うわけだ。
そう、だからちょっとこのおじさんがそんな薄着で、
コンビニとか入ったら行けないかなっていう感じに何かなるんだよね。
あー、なるほど。
そうそうそう。普段してない格好だし。
はいはい。
で、そんなことをね、なんとなく考えてたら、
この間ね、街中を上半身裸で走ってる人がいた。
おー。
これさ、
なかなか見ないね。
上半身裸って、街中でいていいの?
いいんだっけ?
ってちょっと思ったんだよね、その時。
うーん、そうだね。
で、この辺を?
この辺を。
あー。
この辺を普通に上半身裸で走ってるの。
つまり、俺はランニングウェアでコンビニに入ることもちょっとためらってるんだけど。
そうだよね。
その人は上半身裸で普通に街を走ってるのね。
でも走ってはいるんだ。
走ってる。
だからランニングのユニフォームとして、
上裸を選んでるってこと。
そう、っていう風にして理解はできるんだけど。
ちょっとビビるね。
そうなんだよね。
違和感って意味では。
そうそうそうそう。
だからさ、街中を上半身裸で走るって、マナー的にも許されてるんだっけ?
うーん、なんか許されてないと思ってるけどね。
許されてないよね。
個人的には。
ちょっと通報されても文句言えない感じがする。
そうだよね。
でもじゃあ別に具体的に捕まるかって言ったら捕まらないよね。
例えば全裸で走ってたら捕まるじゃん。
全裸で走ってたら捕まるよね。
でも上半身裸は捕まらないってことね。
ってこと?
待って、全裸で走ってたら警察が来て連れてかれちゃうよ。
そうそうそうそう。
上半身裸の人は、俺は警察呼んでもいいと思うの。
呼んでもいい。
いいと思ってる。
警察が注意するみたいな。
ちょっと今度から来てくださいねって注意して逃がされるぐらいのラインかなと思う。
なるほどね。
だから基本的にはそれはなしっていう判断だよね。
なしだとこの街っていうか、いわゆる一般的な街では。
別にトレーニング場とかジムとかだったら全然ありなわけじゃん。
ジムはありだね。
みたいなね。
そういう人たちの場所ならありだよね。
そうそうそうそう。
だからこのおじさんが上半身裸で歩いてたら、
結構怖いわけ。
そうなんだよね。
走ってるからギリ。
そうなんだよね。
そういうタイプの人かって思える。
つまり理解可能な範疇には来るよね。
っていう風にして思って。
これ服装の規定?
どうなってんだっけ?
しっかりとしたレギュレーションが。
っていうかね、俺ね、上半身裸が全然ありっていう世の中なんだとしたら、
別に俺も上半身裸で走れるもんなら走りたいなって気もするんだよね。
それはその暑さとか考えた。
っていうのがあって。
っていう風にしてちょっと思って、
あれこれってありなんだっけ?ってこの間ちょっと思ったっていう。
確かに絶妙なラインのおじさんに出会ったんだ。
そうそうそう。
でもなんかさ、これさ、多分昔だったらそんな問題じゃないんじゃないのかな。
やっぱり今のマナーの範疇とかが変わってきてるってこともあるんじゃないのかな。
確かに上半身裸のおじさんと出会う確率は減ったね。
そうだね。
子供の頃はね、いた気がする。
近所、日曜日とかさ、上半身裸で水とか巻いてたりして、
それぐらいなら許されるのかって感じだったけど、
今はちょっとあんまり見かけないですよね。
なんかダメになってる気がしますよね。
っていうね。
遊歩道でのランニングと街の余白
でね、僕ね、いつも走ってるのはね、
近所にあるね、サイクリングロードなんですけど、
近所にね、結構長いサイクリングロードがあるんですよ。
で、ここはね、車やバイクが入って来られないような形になってて、
歩行者と自転車だけが通る遊歩道みたいな道になってるのね。
で、ここをね、すごいいつも走ってる。
で、僕夜型なんで、走るのは深夜だったり、
あるいは早朝が多いんですけど、
どの時間になってもね、ここね、すごい人がいるんですよ。
走ってるってこと?
走ってる人もいるし、
なんか歩いてる人もいるみたいな。
普通に。
散歩してる。
あとベンチがこう、あるから、そこに座ってる人とか。
結構な夜中でもいるのね、人が。
そういう場所になってて、
いつもね、完全な無人にならないんですよね。
で、ここ、なんか道なんだけど、
ある種の公園みたいな感じになってるんだよね。
うーん、なるほどね。
はいはいはい。
で、これね、やっぱりね、
車が入って来られないってことは結構重要な気がする。
うーん。
つまりさ、普通の道路だと車の速さを前提にして、
さまざまなものが作られてるじゃん。
つまり信号とか横断歩道みたいなものとかって。
だから、人間の側がその流れに合わせて動いてるよね。
でも、遊歩道だと、走る人、自転車に乗る人、
ゆっくり歩く人、
途中で立ち止まる人がね、
それぞれの速さで過ごしてんの。
うーん。
だから、ただベンチに座っていてもいいし、
みたいな。
どこか急いで向かう必要もなくて、
ただ散歩してるっていうのがあり、みたいな。
だから、街の中にあるんだけど、
そこだけね、なんか時間の流れがちょっと違う感じがするんだよね。
へー。
独特の空気がある。
そう、独特の空気がある。
だから、散歩するための場所みたいなさ。
はいはいはい。
みたいな感じになってるのね、道なのに。
だから、そこがね、あの、気づきですね。
で、ランニングを始めてからね、
こういう場所っていうのは結構財産だなって思ったんだよね、街の。
なんか、とにかく何かを買わなくてもそこにいていい、みたいな。
用事がなくてもそこにいていい、みたいな。
なるほど。
そうそう。
本当に利用されてる公園とか、そういう感じなんだね。
そうだね。
空間としてね。
だから、以前のね、僕はそんな場所が近所にあるってことをね、
知らなかったし、意識もしてなかったんだけど、
これはね、なんかね、面白いなと思いましたね。
うーん。
そういうところに出会えたんだね。
そうそうそう、走ってる。
つまりさ、俺もさ、走って、つまりさ、道ってさ、ある場所に行くために、
うん。
必要なものじゃん。
つまり目的のために作られたものじゃん。
でも、その遊歩道は実際には目的もないのにいるんだよ、人が。
うん。
みたいな。
どこかに行くために、そこを移動してるわけじゃなくて。
そう、ただぼんやりと歩いてる人。
はいはい。
あるいは俺みたいに走ってる人とか、っていうのがすごいいる。
で、走るっていうのも謎なわけじゃん、行為としては。
つまりさ、走るのさ、ある場所に行くから走るのに。
急いだ時に走るんだからね。
そう、俺は走ること自体が目的になっちゃってるわけ。
みたいな、そういうなんか、変な場所。
なるほど。
で、それはね、でもすごい重要な場所なんでね。
で、そういう場所って、車が入ってこれないとかっていうのが、
すごい重要だって気がした。
うーん。
目的のない外出と街との関わり
車がいるともうね、全然気をつけるものとかも違うしね。
うーん。
フィジカルのギャップがね。
確かに。
すごいからね。
うーん。
みたいなね。
でね、これね、思い出したのはね、目的もなく街へ出かける経験?
はい。
みたいなことについてね、なんかちょっと最近思い出したんですよね。
うーん。
うーん。
つまりさ、あの、かつてだったら、見たい作品が決まってなくても映画館に行ったりとか、
なんか、用もないのに本屋に行くとか。
うん。
で、何が行われてるか知らないけどライブハウスに行くみたいな。
ってことって結構やってたんですよ。
で、まあ、吉祥寺に行くとか、その下北沢に行くとか、新宿に行くとかっていう風にしてやってたんだけど、
そういう経験がね、実はね、コロナ禍以降なくなったなっていうのはね、前からちょっと思ってたんですけど。
で、実際にそれをやってももうなんか楽しめなくなってる。
なんとなく本屋に行っても楽しめないし。
うーん。
映画も特に、あの、家でサブスクで見るのが中心になっちゃったし、みたいな。
はいはいはい。なるほどね。
ランダムな出会いを求めて、なんか楽しいことあるんじゃないかって行くみたいなが、かなり難しいんだ。
そう、目的もなく街に行くみたいなね。
で、それがね、走るっていう、ランニング始めてからなんか戻ってきた感じがある。
あー、街との関わり?
そう、街との関わり。
うん。
街になんとなく自分の居場所があるってことだよね。
うーん。
言い換えるとね。
なるほど、なるほど。
だからね、ランニングではね、5キロ走るっていう距離は、まあもちろん決まってるんだけど、ほよそね。
だけど用事があってどっかに向かってるわけじゃなくて、
ただ、走って、折り返して、戻って終了、みたいな。
で、これがね、なんかいいんだよね、確かに。
で、それはその言うほどの設計がいいのかもしれないけど、
うん。
実はね。
だから、走るようになったことで、目的がないまま街へ出かける時間が、
少しだけなんかこう、自分に戻ってきたな、みたいな風にして感じてて。
で、伊藤はさ、散歩みたいに、
特に用事がなくても、外へ出かけることとかってあったりする?
あー、と、散歩そのものを目的として出るってことは、
伊藤さんのストレス解消法と街の徘徊
うん。
あるかな。
なんか、ストレス解消でやることがあって、
なんかストレスが溜まってて、
うまくいかないなとか、煮詰まってるなってときは、
よくわからないところで寝っ転がってみるとか、
逆立ちをしてみるとか、するんですよ。
だからやっぱり体だよね。
体の刺激を与えるみたいな。
なんか、いつもと違う状態にしてみるみたいな感じがあって、
その一個で、よくやるのは、西に行くみたいな。
ただひたすら西に向かって歩いて、疲れたところで帰ってくるとか、
なんか知らない駅で降りてみるとか、
そういうことをして、刺激。
え、それらさ、どれくらいやってんの?
えっとね、最近めっきり減っちゃったなって思うけど。
それ、徘徊でしょ?
徘徊。
なんか、なら月1、2回だけど、
もっと言うと、多分1年とかの単位の、
この時期、1週間で、
毎日出かけちゃったとか。
それはさ、つまりその時期、
すごいストレスが溜まってたみたいな話。
みたいな感じかな。
で、なんか、
全く知らない場所の、
全く知らない道の、
よくわからない汚れとかを見て、
なんか落ち着くみたいな、
そういう経験、体験というか。
なるほどね。
そういうのを求めちゃう時期みたいのはあるけど。
いまだにじゃあそんなことしてるんだ。
あー、たまにあるかな。
ちょっと忙しくてできないなと思うけど、
そろそろやりたい気はする。
なるほどね。
でもね、それ、
もう学生時代からずっとやってるから、
この辺を、
最初は発見ばっかだったんだけど、
もう巡り尽くしちゃって、
確かに。
知らない域も減っちゃって、
どう、
その、
よくわからない場所に行くか、
みたいなのが、
1個テーマになってるかも。
なるほどね。
コロナ禍以降の街と居場所の喪失
でもさ、それ、
それやっぱりさ、
伊藤それやってる時ってさ、
ある種、
街と一体感があるわけでしょ。
うん、そうだね。
みたいなさ。
俺さ、
それがさ、
コロナ禍以降、
本当になくなったなと思ってて、
なんか、
新宿とか歩いてても、
ただ、
しんどいだけなんだよね。
なるほど。
溶け込めないんだ。
溶け込めない。
うん。
なんか、
癒されない。
つまり、
なんか、
とりあえず、
本屋に行って、
ブラブラしてたら、
癒されるっていうのがあるわけだよね。
みたいな。
それがね、
本当になくなったなって思ってて。
それさ、
さっき聞いてて、
俺もこう、
目的もなく、
映画館に行って、
やってる映画見てみようとか、
昔やれてたけど、
今やれてないなって、
確かに思ったの。
その時のことを思い出して、
その時の自分は、
なんか、
家とかに、
そんなになんか、
居場所感がなくて、
その、
外に、
なるほどね。
行ってたなって、
思ったのが、
自分はね。
で、
今は、
自分の居場所感っていうか、
落ち着いちゃってさ。
なるほどね。
別に、
そこに行く必要ないなって、
感覚になってる気がしてて、
なんか、
それは年齢なのか、
コロナとかね、
環境で、
一回こう、
外に行く機会が、
ばっつり絶たれた。
みたいなことあんのか、
わかんないけど、
居場所が、
なかった。
昔。
なるほどね。
だから、
自分の家が居心地悪かった。
そうそうそう。
自分の街とかが嫌だった。
なるほどね。
っていう感覚が、
あった気がするな。
今思い返すとね。
早朝の公園とブランコを漕ぐ少女
あのさ、
なんかさ、
俺いつも、
朝とか、
早朝走ること多いんですよ。
朝5時とか。
そうするとさ、
いつも、
その、
遊歩道沿いの公園に、
女の子が、
いんのね。
お、
朝。
朝。
5時とかよ。
はいはい。
いつも、
いんのよ。
これってさ、
どうなんだろう。
大丈夫なのかなと、
思うんだけどさ。
女の子って、
どれくらいの女の子?
えっとね、
小学生、
高学年ぐらい。
ああ、
なるほどね。
の女の子が。
ちょっと気になるね。
ちょっと気になるよね。
で、
ちょっと気になるじゃん。
でも、
ここから先、
ちょっと考えてほしいんだけど、
その女の子が、
ブランコに、
いつも、
いるの。
で、
そのブランコを、
全力で漕いでんの。
うわ。
じゃあ、
この場合はどう?
こうなるとさ、
ちょっと話変わってくるじゃん。
なんか、
寂しそうに、
一人でブランコに座ってるんじゃなくて、
全力でブランコ漕いでるわけ。
なんか、
その、
うまく言えないけど、
大丈夫感が増したね。
そうなんだよ。
全力で漕いでんだ。
だから、
そんだけ楽しいってことなのか?
みたいな。
だから、
毎夜祭やっちゃってるのか?
みたいな。
はいはいはい。
でも、
どう思う?
でも、
でも朝5時とか6時よ。
うわー、
すごいね。
それから、
さっき言ってた、
上半身裸のおじさんが、
歩いてると怖いけど、
走ってると大丈夫みたいな、
なんか、
その、
違和感のライン?
うん。
を感じるね。
でもさ、
小学生が、
外に一人でいていい時間って、
5時は多分早いじゃん。
まあ、
そうだよね。
だいたいだから、
夜中の10時から、
朝の5時までは、
そうだね。
出歩かないでみたいな、
イメージあるよね。
そうだね。
本当に、
ブランコに乗って、
下を向いて、
じっとしてたら、
大丈夫?
ってなるけど、
全力が、
こう入れたら、
ああーってなる。
あとさ、
声かけづらいじゃん。
つまりさ、
揺れてるから、
先行は。
だからさ、
どのタイミングで、
声かけてもいいかも、
分かんないはずだよね。
こっちは、
おじさんだしね。
そうなんだよね。
そういう難しさもあるよね。
そうそう。
つまり、
声かけすること自体が、
ある種の、
事案化する可能性もあるから、
俺は、
まあ、
特に、
何かアクションすることは、
できないんだけど、
でも、
なんか気になるんだよね。
気にはなるね。
あの子、
毎朝いるな、
みたいな。
みたいなこと、
気になっちゃう。
みたいな。
いなかったりしたら、
逆にね。
ああ、
いないんだ。
いや、
いない時もあるんだけど、
そうね。
まあ、
どうなんだろうな、
と思って、
これ、
本当は、
誰かが声かけるべきなのか、
みたいな風にして、
ちょっと思っちゃったり、
してます。
だから、
それはさ、
夕方さ、
学校終わりの、
放課後ぐらいの時間に、
それ見ても、
何の違和感もない。
何の違和感もない。
やっぱその、
朝方の、
そこでしか起きない、
違和感っていうのを、
そう。
体験してるんだ。
みたいな。
こんにちはって言ってみたいね。
街に「いていい場所」の必要性
あ、
おはようございます。
おはようございます。
おはようって。
そうね。
ギリ、
ギリ不審じゃない感じ。
そうだね。
まあ、
でも、
いつもいる、
その、
夜中いつも、
ここのベンチに座ってる男性、
携帯いじってる人、
とか、
街灯の下に座ってるおばあさん、
とかって、
面白いね。
いつ面がいるわけ。
まあ、
いずれにせよね、
そういう、
謎のあてどもない人たちが、
溜まってるのが、
その場所なんですよね。
いいね。
うん、
そう。
なんか、
結構人間模様あるな、
っていう風にして、
思いましたね。
やっぱ人がいる空間っていうのは、
いいよね。
だから、
結構言うほどは大事で、
人に、
こう、
居場所を提供してるな、
って気がしますね。
まあ、
そんな感じの行動だったんですけど、
どうですか?
健康とかについて、
普段意識するって、
さっき聞いちゃったけど、
もう、
全く、
ノーガード。
いや、
意識はしてるんですよ。
行動してないだけで。
うん、
でも、
あるあるだよね。
なかなか運動、
続かねえな、
とかさ。
まあ、
でもさ、
伊藤はさ、
その、
不健康になってないからでもあるよね。
健康だから、
そんな意識しなくてもいいってこと。
まあ、
すごい、
なんか、
これがダメだみたいにはなってないね。
だから、
緩やかに、
例えば、
ゆるやかに置いていってる。
だから、
食べ過ぎて、
胃が荒れちゃうとか、
そういうのは、
避けるようになったりとかね。
これはもう、
やめとこう。
腹8分目を身につけるとか、
運動も、
一切、
3日間とか、
一切家から出ないとか、
あるんだけど、
ちょっとやばいかな。
多少、
汗でもかいたほうがいいから。
とかを、
まあ、
常識的な範囲で、
やってはいる。
え、
自分に合った運動とジムへの抵抗感
3日間とかさ、
家出ないっていうのもあるんだ。
ある?
全然ある。
それはやっぱり、
システムエンジニアだから。
まあ、
家で完結しちゃうってことでしょ?
まあ、
家で完結できるし、
外出たいって思わないんだよね。
嫌な夢とか見ない?
ずっと家にいると。
え、
ない?
俺、
それあるんだよね。
ずっと部屋の中にいると、
その、
変な夢見るみたいな。
なんか、
何かあるんだろうね、
きっとね。
そうだね。
で、
これ結構よく言われてるよ。
あ、
そうなんだ。
そうそうそうそう。
なるほどね。
多分、
学生時代とかは、
なんか、
あれ、
あれ、
あるじゃん。
あの、
昼過ぎとかさ、
夕方前、
3時とかに起きちゃってさ、
うわ、
もう、
最悪みたいな。
1日終わるみたいな。
で、
テンション下がって、
でも、
体疲れてないから寝れなくて、
また、
朝方に寝て、
で、
次の日もみたいな。
地獄みたいな気分、
あったけど、
今は全然、
3時とかに起きても、
あ、
3時に起きたな、
みたいな。
今夜も夜更かしだ。
ああ、
なるほどね。
自分を受け入れている。
なるほどね。
でも、
タイガーがさ、
一旦最初にね、
健康のために走ろう、
とか言って、
走り始めて、
ある程度続けたから、
健康以外の喜びに気づけた。
そうだね。
ある程度続けるっていうのがさ、
やろうと思っても、
なかなかできない人も結構いるじゃないですか。
それはなんか、
普通にただ自然とできちゃった。
いや、
えっと、
俺ね、
それ、
たまに、
それを持って、
運動を始めることって、
今までもあったんですよ。
でも、
他の種目は、
だいたい辞めてたのね、
途中で。
飽きて。
でも、
なんか走るだけは残ってるって感じだね。
だから、
とにかく、
なんか自分に合う運動があるんだと思うよ。
なるほどね。
別に競技とかでもいいわけじゃん。
野球とかサッカーみたいなさ。
それだと運動できるみたいな人もいると思うから、
なんか、
続けようと思ったら、
いろいろやるとかじゃない?
飽きない。
自分が飽きないやつを。
なるほど。
っていうのがいいんだと思う。
ああ、
自分に合った運動を見つける。
そうそう。
俺はね、
本当はね、
レスリングとかやりたいんだよね。
へー。
やったらいい。
でも、
お金かかるじゃん、
ジムに行ったら。
まあね、
ちゃんと習ったりしてる。
それが、
あれだけど、
確かに、
ランニングはただだもんね。
あと、
ジムに行くことについて、
俺はね、
すごい抵抗感があるんですよ。
これ、
前も話したんだけど。
いや、
俺、
ジム、
本当はすごい大事な場所だと思ってるんだけど、
つまり、
現代人、
都会に住む現代人に対して、
健康を与えてくれるし、
居場所にもなるし、
人間関係もそこで生まれるから、
めっちゃいいんだけど、
どうしても自分の中には、
ジムに対する抵抗感があって、
やっぱり、
運動っていうのは、
訳の分からないものをするものだ、
っていう固定観念が、
なんかあるんだよね、
俺の中で。
ただ走るとかってこと?
そう、
つまり、
ロッキーとかが好きだから。
なるほどね。
ロッキーとか、
巨人の星とか、
あしたのジョーみたいなもので、
が、
俺にとっての運動だから。
訳の分からない。
不条理感みたいなのが、
必要なんだ。
そうそう。
それ、
なんか、
ジムってなんか、
合理的じゃん、
すごい。
そうだね。
っていうのがね、
どうしても、
なんか、
受け入れられないんでね。
合理的に、
体を疲れさせるみたいなのが、
マッチしない。
なんか、
違うって気がしちゃうんだよね。
だから、
木登りをひたすらやるとか、
俺はそういうことじゃんってこと。
そういうのがいい。
って思ってた。
それの、
ちょうど間に走るっていうのが、
ある感じかな。
みたいな。
整備された道だけど、
走るって行為自体はね、
すごくこう、
原始的な。
そうそう、
野生じゃん。
野生が必要なんだ。
そう。
だから、
思っちゃったんだよね、
ジムはね。
俺にはね。
でも、
本当はすごい大事な場所でしょ、
明らかにジムって。
まあね、
かなりいろんな人にね、
寄与しているよね。
と思うけどね。
みたいなね。
100円ショップの魅力と商品の回転率
まあ、
そんな感じで話してきたわけですけど、
あとね、
自分の住んでる街に、
これがあるとありがたいなって場所。
うん。
で、
俺はね、
遊歩道ってね、
やっぱり結構発見だった。
この先ちょっと、
引っ越すとしても、
走れる場所が、
近くにある場所がいいな、
みたいな。
結構大事な、
あれになってるんだ。
ちょっと思ってるね、
今ね。
どう?
こういうのがあるといいな、
みたいな。
例えば、
人によってはさ、
カフェとか、
欲しいって思う人っているわけじゃん。
うん。
みたいな。
僕はね、
今パッと思いつくのはね、
100円ショップ。
100円ショップが大好きなんですよ。
いろんな100円ショップ。
いや、
なんでって思うでしょ。
それは、
運動しない人が、
走ってる人を見て、
なんでって思う。
感じるのと一緒だと思う。
別に何買うわけでもなく、
100円ショップに行くわけ。
で、
いろいろ見る。
うわ、
便利なものあるなーとか、
よく思いついたな、
こんなの。
って思いながら、
店の中をぐるぐる回って、
あ、
これはあれに使えるかも、
とか。
いや、
でもこれ買ったら、
後で邪魔になるかなー、
っていうのを、
やる。
それってさ、
ホームセンターとかじゃ、
いけないの?
ホームセンターでも、
いいんだけど、
でもその100円ショップっていうのが、
絶妙にいいんだよね。
しかも、
でもさ、
いや、
100円ショップ面白いのは、
分かるんだけど、
飽きないの?
それ。
飽きないね。
飽きないんだ。
うん。
なぜなぜ、
100円ショップの、
商品の入れ替え率、
半端じゃないんですよ。
へー、
なるほどね。
ダイソーとかだと、
1ヶ月で、
3割ぐらいの商品が、
ガンガン入れ替わってくる。
それは面白いね。
全く同じ商品なのに、
パッケージ変わってたりとか、
すっげー細かいマイナーチェンジがあって、
で、
アップデートが、
アップデートがすごいんですよ。
すごいされるゲームみたいなね。
あのー、
なるほど。
代表的なところで、
ダイソー、
セリア、
シルク、
あとキャンドゥ、
ありますけど、
うわ、
これって、
あのー、
セリアにしか置いてないよな、
みたいなのがあったりするわけ。
でもそれが、
あ、
ダイソーでも出たの?
とか、
なるほど。
ダイソーでめっちゃバズった商品が、
あ、
キャンドゥでマイナーチェンジされて、
導入されたんだとか、
なるほどね。
商品などの配置が変わる。
じゃあもうそれはシーンがあるってことね。
ある。
なるほどね。
それを聞いてちょっとわかった。
そんなことなんだ。
なるほどね。
で、
その、
フラッと行ける感がすごいんだよね。
ホームセンターとかってさ、
すげーホームセンターじゃん。
確かに。
だからホームセンターに行く人しかいないじゃん。
だけど100円ショップでさ、
いろんな人がいて。
で、
確かに、
あのー、
夕方の3時とか4時ぐらいに行くと、
小学生がいっぱいいるなとか。
なるほどね。
日曜日は子供連れが多いんだとか、
そういう公園的な要素もあるわけ。
なるほどね。
だからホームセンターだとそれこそ目的、
これが欲しいから買いに行くって人が多いけど、
あの、
客層とか、
さまざまだよね。
100円ショップの。
で、
その、
ちょっとした文房具を見に行くんだけど、
でも、
並んじゃってるから、
それを見たりするわけじゃん。
なるほど。
それでなんか、
あ、
面白いなーとか、
便利な世の中だぜーとか、
なるほどね。
思ったりするっていうのが、
俺の割とこう落ち着く、
何の意味もなく行く場所。
100円ショップ。
行って、
あれ何のために行ったんだっけって思うけど、
来たんだっけって思うけど、
まあでも一回一周するかみたいな。
それが結構楽しいってことね。
だから以前なんかさ、
靴下を100円ショップで買ってるみたいなこと、
そういうの言ってたよね。
言ってます。
私、
靴下100円ショップ派ですね。
汚れたら捨てちゃう。
あー、
なるほどね。
入れ替えていくみたいな。
それやっぱり100円ショップの靴下は、
あの、
脆い的な?
脆いっすね。
うん。
でもまあ、
だからこれを、
えーと、
1ヶ月半とか使えば、
まあ普通の靴下買うのと、
同じくらい。
ペイできるかな、
みたいな。
なるほど。
ふうに思うと、
まあ細かく、
うん。
常に新しいものの方が、
確かに。
自分としてはコストが低い。
なるほどね、確かに。
だから割と使い捨て。
うん。
えー、
多いかな、
いろんなものが。
なるほどね。
安かろう悪かろうで、
うん。
どんどん回転させるみたいな。
そんなの初めて聞いたわ。
100円ショップね。
そうそう。
100円ショップがあるといいんだ。
いいんです。
なるほどね。
新しい街とかに行くと、
うわ、
ここのダイソー、
すげー工具置いてるわーとか、
あるんですよね。
なるほどね。
だからそのさ、
アップデされるっていうのが、
新しい視点だわ。
確かに。
そうなんだ。
そうなんだ。
次々と新商品とか、
全然違う。
マイナーチェンジが行われるってことね。
だから、
あの、
3日間連続とか行くと、
全然更新されてないじゃん。
そうすると、
いつもの感動がなくて、
うわ、
俺着すぎだ。
って思ったりするときもある。
なるほどね。
なるほどね。
いいですよ。
100円ショップおすすめです。
錦糸町の巨大ダイソーと100円ショップシーン
伊藤のさ、
ここの100円ショップが面白かった場所とかってあったりする?
あー、
まあでも、
面白いものがいっぱいあるのは、
やっぱダイソーなんですけど。
そうなんだ。
えっとね、
場所どこだったかな。
錦糸町に、
確か、
国内最大級のダイソーがあってですね。
ビルの、
なんか、
ここから、
ここまで何階から何階まで、
全部ダイソーみたいな。
そのでっかいビルは、
でもダイソーってもはや、
300円のもの、
500円のもの、
1000円のものとか、
普通に置いてて、
100円ショップって何?
って感じではあるんだけど、
でも、
もうすんごいわけよ。
ムラーっと品揃えが。
で、
もうちょっとしたお皿だけでも、
もうこの、
一角全部、
ちょっとした小皿コーナーですよ。
なるほどね。
感動するね。
じゃあ、
100円ショップシーンというものが、
確かにあり、
ある。
それは結構、
面白いんだっていう視点ね。
いや、
これはね、
意外と、
一つのコンテンツっていうか、
として、
共感してくれる人いると思います。
なるほどね。
あります。
100円ショップのシーン。
しかも安いから、
気軽に買えちゃうしね。
気軽に。
ちょっと試してみて言えるじゃん。
確かにね。
なるほどね。
ちょっと今思いつきましたね。
なるほどね。
そういえば、
街に欲しい「曖昧な場所」と若者の居場所
語りながら、
俺めっちゃ好きじゃんって思いながら、
ちょっと熱くなってたけど。
100円ショップ。
どう?
他にはさ、
100円ショップっていうのが、
俺意外すぎたけど、
街にこれがあってほしい。
何があってほしいかな。
でもなんかその、
ただぼんやりとさ、
ベンチに座ってるみたいな。
でもそれって、
家でやってもいいんだけど、
ただ座るなら。
外の風を浴びながら、
誰かに見られてるような、
見られてないような、
みたいな、
曖昧な場所は、
すごく欲しいなと思うんだよね。
デパートにさ、
ベンチとかがあってさ、
なんか子供たちがさ、
カードゲームやってたりとかさ、
お年寄りがなんか雑談してるみたいな、
場所。
あれは、
どんどん減る一方だと思ってるんですよ。
体感的には。
ああいう、
なんか広くて、
誰がいてもよくて、
なんかそれなりにマナーを守りながら、
うまいことやってく、
無料の場所。
っていうのが、
あったら嬉しいかな、
って思うかな。
あのさ、
俺さ、
ちょっと今話してて思い出したのがさ、
ライブハウスというか、
音楽スタジオで働いてた時があって、
そこで受付とかやってたりしたのね。
そうするとさ、
スタジオの時間が、
自分たちの練習時間が来るまで、
待ってる、
待合室みたいなとこがあるわけ。
そこにさ、
文化祭の時期になると、
大学生がよく溜まってたのよ。
でね、
一時期ね、
朝から晩まで大学生がいた時があった。
それは、
割と誰でも入れる場所なの?
まあそうだね。
マナー的にさ、
利用する人しか来ないはずではあるけど。
スタジオの中の待合室だからね。
ちょっとした机とテーブルがあって、
横に自販機があるぐらいの。
そこにね、
本当にね、
もちろん大学生は利用客でもあったんだけど、
本当に朝から晩までいる、
人たちがいたのよ。
でもね、
俺これ、
なんで、
もう早く帰ってほしいなとかって思ってたけど、
今から考えたら、
やっぱり大学生の居場所ってもうないんだよね、
おそらくね。
なるほどね。
大学すらもずっと行っちゃいけない場所になっちゃってるし、
だからもう街に、
僕が働いてたのは吉祥寺だけど、
吉祥寺の街に、
確かに大学生みたいなお金のない人たちが、
カフェ行くにしても、
ファミレス行くにしても、
なんかお金かかる。
何かしらお金かかるからね。
ずっといられる場所っていうのがね、
本当になくなってるんだよね。
流れ流れてそこに来たのかもね、
その人たちはね。
そうそう。
でも奇妙に居心地もいいんだと思うんだよね。
別にすごく人が来る場所でもない。
ファミレスとか、
カフェとかだったら、
座り心地が悪かったりもするわけじゃない。
当然、
客の回転率を上げるために。
だからね、
そこはね、
なんかね、
憩いの場になっちゃってたね。
うーん。
で、
こういう若い人たちがずっといる場所っていうのは、
確かにもう、
街の中から消えてんだろうなぁと思って、
思ってたね。
うーん。
だから追い出すのもどうなのかなぁ、
みたいな風にして結構葛藤してたの。
思いながらね、
大人としては。
そうそう。
そういうのは、
例えばさ、
店長とかが、
お金払ってないやつなら使えないよ、
とか言って、
追い出しといてね、
とか言うと、
またその子たち弾かれて、
どっかに行くみたいになるんだろうね。
そうだね。
で、
俺ね、
一回ね、
あーっと思ったのはね、
まあ当然さ、
あの、
営業時間があるから、
営業時間終わったら出てもらわないといけないじゃん。
確かに。
で、
出てもらった、
じゃあ、
ちょっと閉店なんで、
って言って、
出てもらったじゃん。
で、
自分が締め作業して、
じゃあ、
はい、
帰ろうと思って、
店閉めて、
外出たら、
道に座って、
その大学生が溜まってたのを見たときがあって、
そのときに心が痛くなったね。
まあちょっと追い出して、
そこに、
そうそう、
つまりさ、
道に追いやったみたいな。
うん、
つまり本当にいる場所がないんだなーっていう風にして、
思ったんだよね、
なんか。
うん。
それはね、
やっぱり俺ね、
なんかね、
吉祥寺っていう街はね、
設計ミスってると思う。
あー。
めっちゃあの人が来るようになってるんだけど、
で、
ヨドバシカメラとかなんかあるよね。
まあ、
大きいよね。
大きい。
そういう商業施設あって、
人を集めてるんだけど、
あのね、
やっぱ大学生とか若い人たちがいる場所っていうのは、
本当にない街なんだよね、
おそらくね。
うーん。
っていう風にしてなってるなーと思って、
うんうん。
良くないなー、
これはと思った。
そうだね。
若者がね、
なんか、
溜まる?
ダベる?
みたいな。
でも確かに若者って、
ダベっててうるさかったりとか、
迷惑かけちゃったりするんだよね。
でもとはいえ、
街に、
地べたに座らせておくのは良くないので、
うん。
ある程度、
遊歩道ぐらいの場所、
うん。
があって、
とりあえずここのベンチに座ってたら、
人に迷惑かけないぐらいの場所、
っていうのを用意してあげないといけないとは思うんだよね。
そうなんだよね。
それがなんかね、
東京のジェントリフィケーションと文化の創出
さっき言われて、
その近くのデパートに、
昔あったんだよ。
みんながただ座るだけの謎の空間。
おじいちゃんおばあちゃんが座ってたんだけど、
それがなくなったわけ。
で、
自販機が置かれて、
で、
効率化されたんだよね。
その空間を有効活用されたわけ。
ここにいた人たちは、
どこに行ったんだろうと思ったわけ。
そうなんだよね。
なんかそういう、
まあでもデパートとかは、
まあ商業施設だから、
むずいかもしんないけど、
なんかそういうさ、
生産的ではないけど、
場所、
っていうのが、
まああったら、
で、
そこを使ってる人たちを、
ただ見るだけでも、
多分俺は、
幸せな気持ちになれる気がする。
なるほど。
確かにね。
だから河原とかでしょ。
そう、
河原とか。
河原とかだよね。
そう、
何なの?
みたいな。
誰のものなのか、
分かんないけど、
いる場所?
そうね。
結局さ、
ほら、
ジェントリフィケーションの問題だよね。
なんとか公園が、
なんというか、
いられない、
ずっといられる場所じゃなくする。
そうすると、
迷惑をかける人たちも、
いなくなるんだけど、
でもそれって、
どうなの問題っていうのがあって、
で、
それはあって、
で、
結局東京はもうかなり今、
ジェントリフィケーションされてて、
犯罪とかもなくなってるけど、
人の居場所もなくなってるみたいなことが起きてるわけだよね。
だからそれは、
なんか、
考えてみたい、
論点の一つではあるよね。
ジェントリフィケーション。
人がいる場所がなくなってるんじゃないのか問題。
そして東京は、
かなりそうなってるぞって話ね。
で、
俺ね、
多分ね、
東京って、
ジェントリフィケーションがすごい進んでるので、
もうね、
文化が新しく生まれてくる街じゃなくなってると思う。
俺の体感ね。
まあ、
俺の体感だけど、
例えば新宿とかブラブラ歩いてて楽しいっていう感覚がもう本当にない。
うーん。
っていう風にして思う。
もうこの街はね、
もう何かを発信できる街じゃないんだと思うね。
新しいものが生み出されるような、
余剰が。
そうそうそう。
なくなってる。
とにかく目的もなくフラフラしてる奴らが、
何か、
その街の雰囲気とか、
エネルギーを作るんだよね。
で、
それこそがまさにライブハウスとか劇場とかが持ってたもの、
エネルギーなんだけど、
そういう力がもうないよね。
うーん。
だからもうね、
この街は終わりだ。
もう終わりだ。
小さく共同体みたいな、
いられる場所を作る、
個人が作っていくしかない。
うーん。
って感じだね。
でもかつて東京ってさ、
すごい可能性があった街だったわけじゃん。
うん。
少なくともアジアの単位で見たら、
東京が一番文化の中心だったわけじゃん。
戦後。
長らく。
そうだね。
浅草があって、
上野があって、
渋谷に移って、
で、
その渋谷から今池袋に移ってるわけだけど、
うーん。
集まる場所っていうのはね。
でもそれ以降、
多分なんか、
音楽とか、
演劇とか、
そういうさ、
文化の発信の街では、
もうなくなっちゃってる。
うーん。
それはジェントリフィケーションが進んでいった結果なんだと思う。
うーん。
で、
その結果、
犯罪とかはなくなって、
街は安心、
安全、
便利、
快適になっていった。
うーん。
でも同時に何かが生まれる、
何かを生むっていうこともないんだよね、
文化は。
この問題は深い。
深いところに。
深いよ。
そうだね。
つまり東京論なんだけど、
これ。
東京ってもうね、
何、
ダメになっちゃってるね。
うーん。
そう、
思いますね。
ランニングから気づく身体と街との関係性
みたいな、
まあ、
なんか感じで、
ちょっと話が転がっちゃったわけですけど。
はい。
転がってね。
いや、
ちょっとこれ可能性があるので、
東京論ね。
そうだね。
別の会で、
ちゃんと拾いたいですけどね。
まあ、
そんな感じで、
僕はちょっと走ってますよと、
いうところが、
今日の。
そうだったね。
そういう話だったね。
趣旨だったわけですけど。
まあ、
走ってみたら、
気づけたものがあったということ。
そうだね。
結構、
気づけましたね。
街との一体感みたいなものを、
改めてちょっと感じましたね。
やっぱりね。
どうでしょうか。
今日の、
話してみての感想、
伊藤くん。
そうだね。
ランニングにまつわる、
あれこれってことだけど、
だから健康っていうことではなくて、
なんだろうね、
その、
肉体ってことと、
あと街ってことだよね。
そうだね。
その辺を、
気づくきっかけが、
ランニングにあった。
そうそう。
なんか街と、
自分の身体との、
なんかこう、
合理的じゃない、
交換の場所。
みたいな。
そうだね。
そういうふうに見えると、
まあ、
散歩もそうだろうし、
通勤、
通学の、
なんかちょっとした、
ルーティーンとか、
マイルールとか、
そういうものにも、
多分あるのかなという。
誰しもね。
さすがに外に出ない人って、
なかなかいないからね。
街と自分がどう関わってるのかなっていうのは、
今言われて、
学生時代、
小学生とか、
中学生ぐらいの時と、
高校生、
大学の時と、
それ以降とで、
確かに関わり方変わってきてる気がするし、
ってことは、
自分が変わったのか、
街が変わったのか、
みたいなふうに、
ちょっと思った、
回でしたね。
伊藤、締めをお願いします。
皆さんもね、
なんか身の回りで、
それこそランニングしてる人はいっぱいいると思うけど、
感想お便り等ありましたら、
概要欄の方からお願いします。
番組のフォローもぜひお願いします。
それではまた次回。
はい、また次回です。
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