転機の世代の兆候
Hello, my friends and beautiful souls. 今日もお転機雨の降る世代、聞いていただきありがとうございます。
このタイトルなんですけど、転機の世代ってね、人生の転機っていうことで、それは40代くらいかなって思っています。
だいたい38歳くらいから感じる人は、気が付くというか、感じてくると思っていて、
結構ね、言葉にできないっていうか、なんだろうっていう、そういう違和感だと思っていて、
言語未満っていうのかな、そういう異変みたいなのをキャッチしてできるっていうか、
それが38歳くらいからだと思っていて、私が39歳とか40歳くらいの手前くらいで来たので、
私よりもちょっと早い人もいるんじゃないかなと思って、
だいたい38歳から40代、51歳、52歳くらいまでには感じるんじゃないかなっていう、
転機の世代っていうのを、晴れてる空に雨がパラパラって降る、お天気雨ってあるじゃないですか、
あれに例えていて、一時的に降る雨みたいなね、空晴れてるんだけど、あれって、そんな違和感?
こういう世代、これは私の表現なんですけど、勝手にね、お天気雨の世代っていう風にして、
お天気雨の降る世代っていうタイトルにしています。
働き方と心の変化
なので、言語未満のもやもやみたいなのを、何とか言葉にできたらなぁと思っています。
同じような年齢を迎える方とか、私みたいなちょっと異変とか、違和感を感じている人に、
それをね、クリアにしていくっていうか、
ちょっとこの先のね、このもやがかった世界、霞んだ世界からちょっと晴れる感じ、
そこに行けるようなヒントみたいなのがね、どこかにあればいいなって思います。
私が伝えたいことは、Born This Wayって、レディ・ガガの曲のタイトルにもあるんだけど、
本当、彼女が歌っているBorn This Wayっていう曲のね、そのまんまなんですよね。
歌詞をね、ちょっと見ていただければわかるかなと思うんですけど、
わかる方に引き続き聞いていただきたいなとは思うんですけど、
そのまんまのね、まるっと自分っていうのをこの世で生かすっていうのかな、
そういうヒントを、ヒントがこう見えてきたらいいなって思っています。
私はヒューマンデザインと旧世紀学をミックスした視点から、
カードを使って、絵が描いてあるんだけど、
潜在意識にアプローチしていくセッションっていうのを提供していて、
ガイダンスっていうのかな、そういうのをやっているんですけど、
どういう人が自己理解としてね、これはやっていく人、やっていくんですけど、
私もスタートは、自己理解というかね、
なんて言うんだろうな、やっぱり違和感なんですよね。
それまで何も感じないでやれてきたことに、
うんって変な感じ、違和感、異変をキャッチしたのが、
さっき言ってた39歳とか40歳あたりだったんですよ。
私ずっと会社員として安定してたんですよ。
安定に至ったのは、その前に不安定な時があったから、
安定したいっていうのがあって、
会社に働くようになって、
その会社に続けることで、安定的な自分を維持できるっていうの。
だから、会社で引き落とされる人間でいないといけないっていうのがどっかにあったんですよ。
でも、ここ以外にはないってね、
隣の芝は青く見えるじゃないけど、ここじゃない、
もうちょっと違うところにも経験っていうかさ、
転職とか考えると思うんですけど、
僕もすごく揺れた時はあったんだけど、全然違う職種の。
多分それは本当にやりたい方だったと思う。
私が本当にやりたい方のジャンルっていうか。
でもやっぱり私には、やってる仕事は好きじゃないけど、
なんかもう辛いし、しんどいし、
ストレスすごいっていうの分かってたから、
ストレスたくさん積み上げて、
家帰った時に、ストレスってね、
キューって体がキューって閉まってしまうんですよね。
だから夕方になってくると頭痛とかしてきて、
頭痛薬と、
手が震えてくるっていうか、すごい低血糖っていうのかな、
そういう状態になってしまって、
ペンで字も書けなくって、
今はほぼほぼパソコンでできるかもしれないけど、
まだ手書きで残す書類とかがあったので、
その手が震えてしまって書けない、
冷や汗とかも出てくるような状態になって、
でも今やらないといけない場合っていうのは、
応急処置として、
アーモンドチョコレートを私はブワーッと食べるんですよ。
すっごい勢いで。
そうすると、フーッて落ち着くっていうね。
低血糖だから血糖値がグーッと下がりすぎちゃって、
そうなってたわけでしょ。
それをチョコレートで一気にまた急上昇させるっていうのかな。
グワーッと上げる。
だからすごくね、
そういう体にめちゃめちゃ負担をかけるような、
そういう働き方っていうのをしていたんですよね。
体に負担をかけるんだけど、
血糖値を急に上げて急に落ちるんだよね。
ああいう体の仕組みっていうのはすごくて、
グワッと上げたらガンって落ちる。
だからすごい起伏が激しいっていうのかな。
よくないですよね。
なだらかなのが一番いいわけで。
でもそんな状況じゃないから、
急に下がったら上げるしかないから、
そういう非常にアンヘルシーな働き方をしてたんですよ。
でもそれは安定を維持するための方法としては、
そうするしかなかったから。
で、家に帰ったら、
またね、キューッと閉まった状態を緩めるためにお酒を飲んだりして、
フーッてね、
フニャフニャになるっていうのかな。
そういう日々を送っていたのが、
20代ですかね、30代前半くらいまではそんな感じでしたね。
インナージャーニーの探求
で、
2人目のね、
産休育休明け、
ちょうどね、育休中にコロナが出始めていて、
私は学科社とかに行っていないから、
世間からちょっと離れたところから眺める感じだったんですけど、
家の中で赤ちゃんを抱っこしながら、
もちろん上にもう一人いるから、
迎えに行ったりとか、いろいろ忙しい中で、
テレビのニュースでコロナがとかってなってきたときに、
コロナがわーって広がってきたあたりが、
私が社会復帰っていうのかな、
職場に復帰するタイミングで、
そこが結構一つの転換期の最初ではあったんだと思います。
すごくやる気を、やる気満ちた状態で、
またよし頑張ろうって、
一人目の時もそうだったんだけど、
よしやるぞ、また頑張るぞみたいなね、
また必要とされる人間でいるぞとかね、
働くぞ、ちゃんとお給料を毎月毎月稼ぐぞ、
っていうすごいやる気をに満ちた状態で、
職場復帰をしたんだけど、
最初は必死だったから、
麻痺してたっていうのかな、
割と普通にできたんだけど、
すごい勢いでぐわーってやってると、
二人ながらっていうのは結構きつくて、
さらに鞭を打って、
自分の体を動かしていたっていう感じだったんだけど、
結構疲れてきてしまって早々とね、
ものすごく疲れたのをすごく覚えていて、
それでもやらないとなっていう気持ちがあったんだけど、
そんな中で、いろいろあって、
私の場合はインナージャーニーっていうのを
ちょうどスタートしていたんですよ。
これは自然に気が付いたらもう、
私もやってみようっていう風に
入っていった世界なんだけど、
その時にね、
森の中で、
7歳から8歳くらいの自分に出会うっていうね、
ビジュアライゼーションっていうのかな、
そういうワークがあって、
それはワークショップでやったものなんだけど、
8歳くらいの自分に出会って、
今のあなただったら何て言う?
その頃の自分にね、
あなただったら何て言う?っていうのをイメージして書くっていう。
その次に、またしばらく歩いていくと、
今度は80歳の自分に会いました。
彼女は、今のあなたに何て言っている?っていう
そういうイメージワークっていうのがあって、
また書くんだけど、
それをやっている時に、
すごく揺れたのを覚えていて、
私はこれをやった時に、
その時のね、ワークショップをやっていたコーチについて
ガイダンスをもらおうって思ったんですよ。
そこで初めてチャージして、
そういうプログラムを受けるっていうね、
それがスタートで、
それをやって、
そういえばって思い出したことがたくさんあって、
だんだん本当の自分は何がしたいんだろうとか、
どう生きたいんだろうっていうところに入っていって、
そういう気持ちが湧いてくると、
今やっている、自分が安定を
安定のためにしていたライスワークが、
すごいズレみたいなのが出てきちゃって、
違和感を感じるようになってきてしまったんですよね。
でね、なんか、
今その時の気持ちを思い返しているんだけど、
内面的な違和感との対話
私このままいつまでやり続けるんだろうこれって、
あと12年は多分できないな、無理だなって、
もうほら、内側の深いところにいる自分とさ、
自分をもう意識の方に引っ張り合いだくしているから、
そういう対話ができるようになっちゃって、
それまではさ、何言ってんだそんなの、
ビシビシ、もう来んじゃねえって、
めちゃめちゃ跳ね返してたところを、
もう入口開けてウェルカムもしてるから、
すごく本心がめちゃめちゃ出てくる、
もうアクセスしてるんですよね。
表面のそれまでの自分と、
本心の自分がもう合う状態になっているから、
その時に、
私これいつまでやり続けるんだろうとか、
いやもう12年これは続かないんじゃないとかね、
いや無理だよねって、
いやもうそんなやり続ける自信がないよ、
っていうのから10年はできないなっていうのが、
5年になったりとかして、
でも来年もやってないとかね、
最終的にやめようってなったんだよね。
それ結構短いスパンで一気に来て、
そもそも結構長いことやってきたじゃないか、
っていうのもあったんですよ。
やったよって、
すごいやってたと思うよって。
もうこれをやり切るのが、
私はやらなくちゃいけないって思っていたんだけど、
そうじゃなくてもうやってきたじゃん、
っていうところ?
っていう風に覚えるようになったっていうのがすごい大きい。
すごい変化。
多分この違和感は、
今は変わらないと消えないぞっていうのも分かってたし、
自己理解の深まり
またね本当は、
前みたいに戻りたい。
戻れるんだったら戻れば、
こんなもう苦しまなくていいし、
前みたいにガーってやれば、
ずっと安定もキープできるし、
お給料だって上がっていくし、
ちょっとずつだけどね。
上がっていくし、下がることはなかったから、
すごく家庭も安定。
ハッピーじゃんみたいな。
でも自分はそれやっててハッピーなのかなって考えるとさ、
ハッピーじゃないよなっていうのと、
それ言ったらさ、みんなそうだよってみんな我慢して、
ハッピーじゃないけど、
安定のためにやってるんだよってなっちゃうんだけど、
そうするとまたどんどんどんどんね、
ゴワっといけちゃうから、
やめない続ける理由っていうのに繋がっていってしまうんだけど、
なんか本当に自分の深いところにいる、
自分と私が対話できるようになっちゃったので、
いやまぁ無理だよってなって、
退職するっていう風に決めたんだけど、
決めたはいいんだけどそっからがまた長くて、
言えなかったんですよね今度は上司に。
言えない、もうやめるってもう言い切る自信がない。
でもまぁ、ちょっとねまたその間に、
話がまたね長くなっちゃうから、
ちょっと別で残しておきたいなとは思うんだけど、
今回はちょっと残さないではしょっちゃうんだけど、
これはもう上司に言おうっていうきっかけと、
自分の中での決意っていうのが固まった出来事があって、
それで言うことをちゃんと上司に伝えることができて、
納得もしてもらって、
退職をしたんだけど、
まぁその内側にね、
違和感っていうのとか、
違和感ってねなんだろう直すことができるんだけど、
キャッチできたら結構ラッキーっていうか、
大体は流しちゃうと思うんですよね。
気のせい気のせいとかね、そんなことはないって言って、
いろんな用事とか、これやんなきゃみたいなそういうことをやることで、
消されてしまうことが多いと思っていて、
SNSをそれこそチェックするとか、
メッセージのチェックとか、
YouTube見るとか、
買い物あれとあれが足りないから買いに行かなきゃなーって、
お母さんだったら仕事が終わってからその後のことを、
タイムスケジュールというかね、
そういうルーティーンを頭の中で一回考えてみるとかね、
そういう現実的なやることで、
違和感とかその異変を、
なかなかキャッチできないのではないかなって思っていて、
キャッチできたら本当ラッキーっていうか、
本当それは変化のサインだよって言いたくて、
なんていうんだろうね、漠然とした理由、
これってはっきり言えないんだけど、
なんか生きにくくなってくるんですよね。
人生の天気ってこうやってくるんだなって思っていて、
ライフステージの変化だよね。
そのなんか本当一連のこの私が感じたこれっていうのは、
本当ステージの変化のサインだと思っていて、
自分が本当に望む生き方ってなんだろうっていうところを、
本当しっかり見るっていうのかな。
なんか理由がいっぱいあって、
そんなこと言ったってもう子供二人もいて、
家庭を安定させていくには稼がなくちゃいけないでしょ、
仕事働き続けなくちゃいけないじゃないとかって出てくるんですよね。
自分らしい生き方の探求
子供の教育費だってもうどのくらい将来的にかかるかなんて予測ができないし、
これから本当先のことなんてわからない、どうなってるかわからない。
不安だみたいな。不安しかないみたいなね。
私の場合はインナージャーニーっていうのをやっていて、
本当の自分っていうところは実は違うんじゃないかっていうところから、
軌道を修正していったっていうかさ、
ちょっと今まで走っていた国道をちょっと脇道に反れたっていうのかな。
あえて意識的にそっちに行ってみた。
みんなまっすぐ国道をブワーって行ってるけど、
私はちょっとこうね、
獣道みたいなところにちょっと行ったとかね、外れたっていうのかな。
そもそもが周りの期待に応えようとして生きてるっていうのにも気づいたし、
完全に自分自身をどっかにやって、
ひたすら毎日毎日決まった作り物っていうのかな。
決まったことをやるみたいな。
自分らしさが全くないっていうか、もう出す余裕もなかったから、
あれをでも本当にやり続ける。
よくやってたなって本当に今では思っていて、
これ退職してから元同僚っていうか先輩にはなるんだけど、
その方ね、まだね、私がいた職場にまだいるんだけど、
よくやってたよねって。
今でもお付き合いがあって仲良くしてもらってるんですけど、
よくやってたよねって言ってくれるんですよね。
こないだも言われて、よくあれをやってたよって。
でも私がさ、いやいやいや、そんなことはないです。
もっとやってる人いますからとかね。
私が理想とするワーキングマザーっていうのはこんなもんじゃないと。
そういう変な強がりみたいなのもあったので認めなかったんだけど、
今だったら本当にごめんねってそれしかなくって、
しばらく本当に謝罪みたいなね。
傷ついてボロボロになったら自分をとにかく休ませてあげるっていう。
そういう期間もすごく必要だったんですけど、
インナージャーニーをやってる時に多分もっと自分を知りたいっていうそこから、
もっと自分自身を知りたい探求心みたいなものに変わって出てきたっていうのが、
私のヒューマンデザインの入り口だったと思うんですけど、
同じそのコーチが、
ちょっと彼女も自分のステージに合わせていろいろ修正とかをしていくときに、
彼女もヒューマンデザインを先に学んでいて、
私が彼女からヒューマンデザインというものをいろいろガイダンスを受けたっていうか、
彼女からいろいろ教えてもらっていたんですけど、
それでいろいろ自分というものを知っていくと、
あれはなんか、自分のせいではなかったんだなぁとか、
それは具体的な出来事とかそういうことに対してではなくて、
あの変な生きにくさみたいなもの、感じていた生きにくさとか生きづらさっていうのは、
自分が悪いわけではなかったんだなぁとか、
私はこれでいいんだっていう、これが私なんだっていう気づきみたいなものがあって、
ああ、だからかっていうね、もうほんとそれ、だからねっていう、
もうほんとこれだけ、この感覚が大きくて、
それで体の中が喜ぶっていうか、気づいたっていう、
なんとも言えない変な揺さぶりみたいなものがあって、
で、私もっと知りたいなとか、もっと自分のことも知りたいし、周りのことも知りたいって思うようになって、
で、今に至るっていうね。
なんかもう周りに合わせて結構演じてるんだよね、みんな割と。
なかなかこう自分をそのもので生きてる人って、なかなかいないと思っていて、
それこそ表現をしている人、表現をライフワークにしている人っていうのは、
自分をそのものを何かで表現しているのではないかなって思うので、
そういう方は割と、何て言うんだろう、あまりいないけど、
自己理解と受容
割と自分そのもので生きているのではないかなって思ったりするんですけど、
なんか周りに合わせて演じてね、私みたいなのは、
そうやっていかないと変な存在、おかしい存在だから、
そうやってやらないといけないんだって思っていたんですよね。
もう自分は拒否感っていうのかな、拒絶みたいな。
だからヒューマンデザインで自分を少しずつ理解していくと、
自分をまるっと受容した感じ、受け入れたっていう感じが出てきてあって、
私でいいんだなって、本当素直にそう思えたっていうのは結構感動的でした。
とにかく自分で自分をいじめていたので、
だから周りにもすごく厳しく見てたところがあるんですよ。
自分は完璧を割と突き詰めていくっていうか求めて、
それは自然な状態じゃないわけ、ナチュラルじゃなくて、
もう全然不健康に完璧主義をただしさおうっていうところで生きているから、
周りもそうでないとっていうね。
私がこんなやってるんだから周りもやるのが当然でしょっていうね。
あんたもやって当然でしょみたいなそういう態度っていうかがあったんだけど、
そこですごくほぐされていって、魔法から解けたみたいな、呪いから解けたみたいなね。
あ、いいんだ私でっていう、私がふわーっと開放されたような感じでいると、
周りに対しても優しくなれるっていうか、
この人はこの人のオリジナルな要素でできていて、人生を生きていって、
だからみんなそれぞれの同じ人生をっていうのは全くなくって、
この人はこの人の人生、旅、ジャーニーがあって送り出していくような感じ。
私は私の人生があって、あ、じゃああなたの人生、ジャーニー行ってらっしゃいみたいなね。
そうするとすごく自然と優しくなれるっていうか、
なんて言うんだろうね、感じることだから難しいんだけど、
まあ寛大になったっていうか、
だから本当、なんて言うんだろう、こういうのってエネルギーを読み解くっていうか、
見えないところを、でも少しずつ理解をしていくっていうか、
受け入れにくい部分も出てくるんですよね。
でもその受け入れにくいところっていうのは、結構自分の中でのブロックとして存在していても、
それ以上は立ち入り禁止みたいな状態だからこそ受け入れないっていうね、
体が受け入れないってなってることだったりするので、
そういうのもちょっとほぐしてほぐして、
それはやっぱりガイダンスをする人がどういう言葉を使ってとか、
どういうアプローチをしていくかっていうことで、相性ですよね。
どういう言葉をその人が使うのかっていうところで、
この人のことだったら聞き入れてもいいかもとか、
なんかちょっとそうかもって思える気がするとかね。
それも全てがそうではないので、人生っていうのは本当に何をどうどこでどう経験するかなんて、
それこそボンボン後付けで、
ヒューマンデザインっていう設計図があったら、
肉付けはまたそれぞれで、いろんなハプニングがあって、
自分で選んでいるようだけど、それは設計図に基づいて自分で選んでいく。
だから必然的にそうなったのかもしれないし、
あるいはすごく外からの影響で、見るもの聞くものとかでね、
影響をポンとオプションみたいな感じで付けて取り込んでいってるのかもしれないし、
だから本当に同じものは全くないっていうところですごく興味深い見方だなって思っていて、
私は人に興味がありませんって言ってた時期があるんですけど、
実はそうではなくて、実は私は人の人生だったり、人の話を聞くとかね、
ストーリー、その人の考え方とか、そういうのを聞くのがすごく好きっていうか興味があるよっていうのに気づいたので、
あんなに拒否してたのは多分もううるさすぎる周りの環境にすごく疲れていたんだと思うんですよね。
だからもう聞きたくないとかってね、なっていたんだと思うんですけど、
私が苦手としている世界にいて、そこでの言語っていうのが私にとってはすごく不快なものだったのではないかなって思っていて、
それが心地いい世界の方の言語っていうのはやっぱり耳に入ってくる言葉もすごく気持ちよくって、
もっと知りたいなとか、もっと話したいとか、もっと聞きたいっていう、そういう興味とかになっていて、
好奇心というもので私は動いていくっていう風に思っているんですけど、
私の自己分析としてはね、それでいいっていうね、こうでないとダメっていうのからもう解放されると自分の気持ちいいもの、
フィーリングっていうものを選んで生きていくだけっていう、それはすごく良かった。
今私44歳でゾロ目の年で、またこの年に入ってからの変化、ここ2ヶ月くらい、3ヶ月、2ヶ月くらいものすごいまた変化が起きてですね、
これは私はめちゃめちゃ今本当転換期をもうすぐ完了するのではないかなって思っているくらいで、
そんな感じで今回は終わります。結局またたっぷり30分超えになってしまいました。
本当は10分とかそのくらいでサクッと聞きやすいものにしたいなとか思っているんですけど、
こんな感じです。めっちゃ倍速で聞いてください。ありがとう。