感謝の月
Hello, my friends and beautiful souls.
今日もありがとうございます。感謝、感謝です。
12月入ってもう10日、今日12月10日なんですけど、本当に早いね。
あっという間、もうね、終わってしまうわって感じで。
まだあるけどね。
今ね、感謝月間にしていて、12月は今年の振り返りと、
あともうひたすら感謝しまくりの12月にしようって思っていて。
もうね、あらゆることに感謝してるんですけど、
感謝はね、たくさんしてもね、しすぎとかないですから。
もうとにかく感謝できるだけしていこうと思っているんですけど、
今ね、一番感謝してるのはね、洗濯機ですね。
もうね、毎日回してるんですけど、
うち、やっぱ冬になってきたから、
夏よりね、やっぱりね、
男さんにいるから、でかいっていうかね、もこもこしたね、
かさばるものを着るから、この時期は、
もう本当いっぱいになっちゃうんですよね、一日の。
で、やっぱね、女の子はどうかわからないけどね、
男のね、一日着た服って、もうほんと汚くて、
もうその辺平気で座るし、
あの、葉っぱとかくっついてね、
砂とかね、ザーってね、何してきたんだろうっていう感じで、
もう家、入ったらすぐ脱いでもらってるんだけど、
だからね、もうなんだったら2回ぐらい回してんのかな、毎日。
入りきらないなと思って。
ね、かさばってね。
で、それをね、野球をね、週末やっているから、まあそれはそれでさ、ユニフォームってね、
すごいもう練習着とかもう泥だらけのね、やばいやつ。
あれを、あのちょっと強めの洗浄でね、やってんだけど、
またすっごいハードワーカーなんですよ、洗濯機、うちのね。
もう毎日毎日あんなハードに使われて、
あの、1回ね、今年ね、
あの、ちょっと調子悪くなっちゃって。
でも5年ぐらい?
5年、4年とかかな、4年、5年って言っちゃ、もう買い替えのタイミングと、
ね、なんかそういうふうに言う人は、なんか電気屋さんに言われたかな、5年ぐらい使えばもう買い替えみたいなもんですね、みたいな、なんか言われた気がするんだけど、
でもなんかよくよく考えたら、もう結構高い機種を買っていて、
で、
いやーこれ、このレベルをまた5年で買い替えかーなんて思ってたんだけど、
ちょっと思い切って、あの部品交換、修理をお願いしたら、
だいぶ安くできて、まあ普通に動くようになったから、
あー良かったと思って、まだいけるわと思って、なんかもうそれね、修理してくれたおじさんにも感謝だし、
部品にも感謝だし、あの、その部品によってはなんか10万円ぐらいかかる、
なんか、なんて言うんだろう、中のね、大きな何かパーツを交換するみたいな、
そういうので、物によっては10万ぐらいしちゃうから、
だったら買い替えちゃった方がーって、
ね、思う人もいると思うよって言ってたんだけど、
まあ今回ね、交換したパーツは、
あの、5万…
あ、あれだな、
あのその手待ちっていうのかな、技術、技術料込みで、
5万弱ぐらいしたんだけど、まあでもね、洗濯機まるっと買えるよりは、
全然、低価格で終わったので、済んだので、
うん、いや良かったと思って、だからほんと洗濯機がね、
毎日回ってくれてるっていうのは、ほんとありがたいですよ。
あのー、もう、だってコインランドリー行くって言ったって、
結構あれ、行ったり来たりするしね、
待ってる人もいるけど、
なかなかやっぱり、あんまり出たがりじゃないからね、私が、
ちょっとね、ハードなんですよね。
まあ、いざね、そうなってしまったらするんだけど、
ね、だから、
洗濯機が動いてくれて、ありがとうですよ。
退職前のメモ
今ね、一番感謝してます。
そうだ、そういうね、あのー、人とか、そういうものだけじゃなくて、
まあそういうなんちゅんだろうな、機械とかね、
あるものに、ほんと感謝するっていうので、
だから感謝が途切れるっていうのかな、
し尽くしてしまうっていうことはないなって思います。
うん、で、えっと、私が結構つらかった時に書いたメモがね、いきなり発見されて、
で、まあずっと持ってることはないだろうなって思うから、
ちょっと今、残しておこうかなと思って、
えっとね、これ2022年の3月12日で、私が退職する1年前ですね、
2023年の3月末で退職したので、
えっと20年近く働いてた職場をね、退職したんだけど、
多分もうこれ、ここあたりもピークだったと思う。
えっとね、1年前ね、
いつも何かに追われている。
いつも時間がないと悲しんでいる。
できなかったと落ち込む。
休みたい。
ぼーっとしたい。
無になりたい気持ち。
私にはできることがあるのに、それを考える余裕がない。
試す時間がない。
あれもこれもとなってしまう。
今の仕事を手放して、リセットして、自分を取り戻したいという思い。
って書いてあって。
こんなこと書いてたんだってもうね忘れちゃってるんだけど、
なんか私この時まだヒューマンデザインには出会ってなかったと思うんだよね。
でもなんかコーチングのセッションとかはもう、
あのそういうコーチについてもらってセッション受けたりとか、
あと自分も勉強してたかなぁ。
まだしてないかな。
この後かな。
コーチングとかそういうマインドセットを学ぶ、学んでるのかな。
なんかね、そうまあとにかくヒューマンデザインには会ってないと思うんですよね。
で、もうねすでに自分を取り戻したいって書いてるから、
自分をどっかにやってしまったってなんか気づいてるんだなぁって思って。
で、もう一回本当の自分のしたいこととか、
なんかこう、なんて言うんだろうな。
自分を大切にするみたいなね。
これは本来の私ではないって多分思ってただろうから、自分を取り戻したいって書いてるんだと思うんだけど、
なんかこの時からそういうふうに思ってたんだなぁと思って。
自己認識の旅
ヒューマンデザインをね、あの自分のそのタイプっていうのを知って、
で自分の性質っていうか気質とか、その生まれ持った
そのブループリントっていうのを読み解いていくとさ、
あの、あ、そうそう、
そう、そんな感じだった私って本当はみたいな、なんかそういう感覚と、
え、それはなんかピンとこないなぁ、そうなんだっていう、なんかちょっと受け入れられない、受け入れにくいところとあって。
で私の場合は、自分がプロジェクターっていう割とレアなタイプっていうところで、
あのすごくね、あの、ほっとした感じをすごく覚えていて、
だからなんだなぁって、なんかね自分の中でものすごくね、
あ、こう、答えが確認できたっていうのかな。
なんか、なんか違うなぁって、割となんか自分が大人数の中にいると、
なんかちょっとみんなと馴染んでないような、
まあ会う人もいるんだけど、割とこうずれてる感じがあるなぁっていうのは思っていて、
だからこそなんか、あの、会社員の時はね、めちゃめちゃ神経めちゃめちゃ使って張り詰めて、
普通の状態、普通ができるっていうところ、普通に私も働けるっていうね、
波、ゼロ、マイナスがスタートだったから、ゼロに行くっていう感じで、
でもそれは自然な状態じゃなくて、結構一生懸命やってた。
みんなが普通にゼロからスタートだったら、私はマイナスからで、結構そこでかなり気を使って、
あの、なんて言うんだろう、みんなより頑張る、頑張らないとまずゼロにはいけないっていう、なんかそういう感じがあったんだよね。
なんかそういうね、なんかちょっとみんなとちょっとずれてるかもっていう感覚が、
ああ、だからかっていう感じで、あの、なんかすっきりしたっていうか、安心感みたいなものがあったのが、
本当ヒューマンデザインを私も学ぼうって思えた、まあきっかけの一つではあるんだよね。
で、この2022年の3月の時はまだヒューマンデザインでやってなかったと思うんだけど、
そのマインドセットとか、えっと、インナーチャイルドと向き合うっていう、そういうプログラムを、
ああ、それこの後だね、2022年の6月くらいに多分始めたんだと思う、そのジャーニーを始めて、
自分の中にある、こう、なんて言うんだろう、完全に自分の中の思い込みの世界、それを持って生きてきたっていうところ。
で、その思い込みっていうのを、こう、解いていく感じ。
で、一つ一つのワークをこう、進めていって、最初はね、よくわからなかったんだけど、
よくわからないし、ワークも全然進まないっていうか、書けなくて。
で、なんか全然、これしか書けないなぁとか、これしか出てこないとか、なんかそんな感じだったんだけど、
もう本当に深めていくと、
ああってなんかある時、すごいボンボン出てきて、もうめっちゃペンが進むみたいなね。
あの本当なんか、どっかの自分と繋がった感じ。
それまで、なんか切断されていた部分のところと、今のこの意識の自分っていうのが、なんかちょっと繋がった感じがあって、
そしたらもう、ボンボンボンボン出てきて、そこまで行くとね、すごい早い。
進みとか、理解度っていうのかな、がすごく早かったんだよね。
あああれは、本当なんか小さな世界の擦り込みだったんだなぁっていうところに気がついて、
そういう結論にたどり着いたっていうか、
私はものすごく小さなところの呪いの言葉で、自分を制限していたんだな、締め付けていた、縛り付けていたんだなぁってわかったんだよね。
だからこれは違うって、違うよって、思えたんだよね。
もう40過ぎって言ったよね、40とか41ぐらい?40ぐらい?だったと思うんだけど、
もうね本当、先にこうやってほら自分を取り戻したいとか、もう余裕がないとか、
なんか休みたい、ぼーっとしたいとかってなってるから、もうミッドライフクラシスみたいなもんだよね。
でもこういうふうには本当思わなかったから、今まで。
なんとか疲れてるし、疲れてはいたけど、でもなんとかやってきたんだよね、それまでは。
やってきたつもりが、やっぱどっかでごまかしていたんだと思う。
この習慣になっているような、この生活のスタイルっていうのをやり切るっていうのが、
どっかにあって、
やり切った後に、自分のやりたいことをやりたいなとか、
きっと、仕事の職場の中では、
昇給とかして、そういうポジションにも、もしかしたら、
いるかもしれないし、いないかもしれないけど、女子からあんまり疲れてなかったからね。
他の同じくらいの人たちよりは、私は全然ゆっくりっていうか、全然スローだったんだけど、
とにかく安定した収入っていうのはあるし、
自己成長の旅
やり切るだけだなーなんて思っていたんだけど、
休みの日にやりたいことができたら、子育てで忙しいときはできないんだけど、その間は全然見れないんだけど、
ちょっと余裕が出てきたら、そのうちやりたいことも休みの日にできるさ、みたいな、そういう感じだろうなって、
先がそういうふうに見通せてたっていうか、そうだろうなっていうのがおおよそ、
こう、わーっと、
紙に書かれた状態を見えてるっていうかさ、だったんだけど、
もう疲れ切ってて、
あまりにも自分の本来の、
望みとか、したいこととか、気持ちのいい、
なんか、範囲内の、
なんていうんだろうね、心地の良さっていうのかな、そこからもう駆け離れすぎて、
ちょっとこうね、
ごちゃごちゃ、
ガチャガチャ、ぐしゃぐしゃしてきたっていう、
のがこの時期だったのかなって、
もうなんかあれだよね、本当に、
インナーチャイルドと、
自分を引っ張り上げて、
自分の目の前でっていうかさ、意識上で向き合うっていうことをしてこなかったから、
だからインナーチャイルドの本当のところの言葉がちょっとここに出てるよなって思って、
ちょっと繋がってきたのかもしれないね、ちょっと繋がってきたっていうか、出てきちゃってるっていうか、
抑え込めなくなってきてる?
多分それまでのもう意識でやっていたんだったら、
いやもうそんなもうやるだけだろうみたいな、
ね、疲れた、疲れたっていうのはあるかもしれないけどさ、
でもやるしかないよねみたいな、なんかそっちが勝っちゃって、
なんとかそういう、そのなんていうんだろう、お尻ペンペン叩いて、
動かすみたいなね、自分を、
もうそれすらできないくらいに追い込まれていたんだろうなって思う。
だからね、もう本当来るべきタイミングで、なんかそういうのって来るんだなって思って、
この意識の、意識の世界の学びとかね、
もう全然だから自分の人生軸上に出てこなかった、なんか学びだったから、
もうだから40年なくって、知らなくって、気が付きもしなくって、
学びたいとかもだから思わなかったのに、
このタイミングで、なんかもう本当に誘導されたような感じ、導かれたような感じで、
もうそっから一気にそっちの方にもうグーって曲がっていったから、それにもびっくりなんだけど、
へーそうなんだーって流してね、
また普通にそれまでと同じ道を行くっていうこともできたし、むしろそういう生き方だっただろうけど、
グイーンって曲がっていったから、
なんか本当人生ってどこでどうなるかってわからないなって思ったね。
その前にさ、私は30歳、29歳ぐらいの時に、
もう本当これもすごい出会い方をしたんだけど、
マクロビオティックの世界に触れて、これは私が学ぶことだってやっぱり思って、
でもすごい投資をしてね、
当時はまだ結婚もちょっとまだするかしないかぐらいの時で、子供もいなかったから、
もう大きな金額をバーンって払って、
もう本当に専門的にそのスクールで学んだんだよね。
マクロビオティックの世界も本当にすごい私の、なんて言うんだろう、
すごい会ってるっていう感じの、
なんか、
はいはいはいはいってこう受け入れられるっていうのかな。
すごい素直にオープンで吸収できる感じだったんだけど、
なんか会ってたんだろうね、私と。
なんか全然反発心がなくて、もう抵抗感がないっていうのか。
マクロビオティックのそういうのをまた教える、広める人になりたいなとかって思ったんだけど、
その時にね、
その時もだからお知らせっていうかさ、
じゃあ会社員辞めて、どこかのタイミングで辞めて、マクロビオティックスの先生になって教えよう、みんなにとかって思ってたんだけど、
なんかね結局ね、その毎月入ってくる安定の給料とかね、
その生活スタイルっていうのを手放せなくって、
でも忙しい中でいたから、
そのほら、
マクロビオティックってあの玄米採植なんだけど、
玄米を炊く余裕もないし、もう家帰ったらなんだったらお酒をガンガン飲んで、なんかもう緩めるっていうかさ、
それもさ、陰陽のね、
よく自分を観察すれば陰陽の調和っていうところを自分でとってたんだけど、
仕事でガチガチに陽性になったところをさ、家帰って緩ませるためにお酒飲んでとかさ、
なんかそういう感じで、もう極端に陰と陽を行ったり来たりしてたんだと思うんだけど、
もうその時まだやっぱり若かったから、
あーちょっとマクロビやりたいけどちょっとこれはできないわーって思って、
まあ本当はやりたいという気持ちはあったんだけど、それをやっぱり抑えて、
もう本当にすぐ、
今持ってるもの、
これからも持ち続けたいって思ってるものをにしがみついてしまったんだよね。
本当ね、でもね、いいものをいいタイミングでなんか学べて、
なんかほんとね、人生ってなんか、
なんか何のために自分がいるんだろうとかっていう、なんかその自分なりの答えが出てくる感じにようやくなってきたっていうか、
まあそういうね、なんか私はこんな感じだけど、
なんかこういうのって人によって、そういうお知らせの来た時とか、
まあ気づかない人もいるけど、そういう人生を線でビーって自分の人生引っ張ったら、
ポイントポイントで丸いね、点みたいなのをこう、
なんかそういうターニングポイント的な転換期とか、
ヒューマンデザインの活用
きっかけとか、
そういうのがあると思うんだけど、そういうのもね、なんかこれからいろんな人とね、
これから出会う人とか、あとそういうところの話をしてこなかった人とか、
なんか聞けたらいいなぁとかって思っていて、
なんかそういうのもね、
まあどのくらいあとね、
何歳で、何歳まで生きるかなぁなんていうのは分からないんだけど、
だからこそね、やっていきたいなぁとかって思うし、
興味があるからね、やりたい。
まあ興味と好奇心が本当私の原動力なので、
あとは、
そうヒューマンデザインをね、
もう本当にこれを、
これで私はもうライフワークにしていくって決めてるので、
ヒューマンデザインだけじゃないんだけどね、
ヒューマンデザインも使う。
ヒューマンデザインと旧正規学の視点からっていう風にしてるんだけども、
ほぼほぼヒューマンデザインでね、割と、
まかなえちゃうっていうか、これがすごくパワフルなシステムだから、
これだけヒューマンデザインだけ使っていても、
すごい壮大なジャーニーが待っていて、
私もまだその途中だし、
今の解釈と、今ね44歳なんだけど、この解釈と、
来年10年後とか、
60歳になった時の私の解釈って違うから、
その時に、そのポイントポイントでどういう風に理解をしていくのかっていうのも、
変わっていくのかっていうのも楽しみだし、
もうね、その自分で生きて大丈夫っていうね、
安心感っていうのを与えたいし、
安心感を得られるよっていうところを伝えていきたいから、
意識のね、潜在意識の方のワークっていうかさ、
セッションとかプログラムとミックスして、
そういうメソッドで、
みんなにね、みんなのガイドをしていきたいなって思っています。
というわけで、
またひとりがたり、
もし聞いていただけたらありがとうございます。