社交辞令の苦手意識
こんばんは、幸せを数えてひと息つくラジオ、この番組は出張セラピストの私、ゆいが、東京の下町からお届けするおやすみラジオです。
今日はさ、ちょっと相談したいことあって、相談?教えてほしいこと?あるんだけど、社交辞令ってあるじゃない?
社会人が身につけておくべきスキルのひとつ、社交辞令ですよ。
円滑な人間関係を築くために使えたほうがいいんでしょ?
私その社交辞令がだいぶ苦手なんですよね。
だから社交辞令使いこなしてる人にちょっと聞きたい。
どんな気持ちで社交辞令を使っているのか。
ちょっと今日の私めんどくさいかもしれないですね。
ちょっとだいぶめんどくさいかもしれないんだけど。
社交辞令ね。
私ね、基本的に思ってもないようなことを言うのすごく苦手なんですよね。
なんだけど、社交辞令とかいう文化があるせいでさ、
あれもしかしたら社交辞令で言ってくれてるのかな?みたいな。
私は本心から言ってたとしても、
もしかして社交辞令で言ってくれてるだけかもしれないと思わせてしまう。
そういうストレスを与えてしまう可能性がどうやらあるらしいと。
大変不本意なんですけどそれ。
だから苦手なんだけど社交辞令って。
みんなどんな気持ちで社交辞令を使って、
これは社交辞令で、これは社交辞令じゃないっていう
見極めのコツとかあればぜひ教えてほしいなと思って。
苦手なんですよね。見極めね。
苦手な人多いんですかね?
みんな苦手だなと思いながら頑張って使ってるのかな?
どうなんですか?
得意な人いたらぜひいろいろ教えていただきたいんですけど。
本当に私社交辞令が苦手。
社交辞令言うのも言われるのも苦手なんですよね。
社交辞令の見極め
あまりね、仕事で社交辞令を使った方が良さそうな場面っていうのがそもそもあんまりないんだけどさ。
取引先とかっていう関係、
分かんないけどね、会社でいうところの取引先みたいな、
利益を得るために偽りの発言をしてでも関係を円滑にした方が良さそうな相手っていうのが
そもそもあんまりいないので、
あんまり使わなきゃいけない場面も幸いなことにないんですけど、
分かんない。どうなんですかね?
お客さん相手にめちゃくちゃ使ってる人は使ってるんだろうなと思うけど、
別に使わなくても成り立ちはするので、
あんまり使わないんだけどさ。
社交辞令を使われた場合、
そもそも私あんまり自分で使わないから、
使われた場合ね、
しかもその仕事関係じゃなくて、
ちょっと知り合いとかその程度の人から、
例えば社交辞令っぽい何かを投げかけられた場合、
私がどんなことを考えてるかっていうとさ、
例えば社交辞令の代表例、
今度飲みに行きましょう。
みたいなのあるじゃないですか。
ありますよね。今度ご飯行きましょう。
社交辞令の代表なんですか?
ネットに載ってた。
よくあるパターンとしてこんなものがあります。
社交辞令かもしれない言葉を投げかけられた場合ね、
これは社交辞令だって判断する場合と、
これは本当に誘ってくれてるんだって判断する場合ってあるじゃないですか。
まずそれを見極めるのがまずそもそもめんどくさいんですけど、
めんどくさがりだからさ、めんどくさい。
大人めんどくさいってなるんだけど、
それで何とか考えて、
これ本当に誘ってくれてるんだって本気にした場合ね、
私どうなるかっていうと、
嬉しい、楽しみって喜ぶパターンありますよね。
そうじゃないパターンとしては、
うわーなんか食事誘われたんだけどめんどくさってなるパターン?
うわーってどうやって断ろうってなるパターンもあるじゃないですか。
それも嫌なんだけどさ。
結局相手が本心で言ってた場合は別にいいですよ。
私が本気にしちゃった間に受けちゃったんだけど、
相手は実は社交事例でしたっていう事態は起こり得るじゃないですか。
すれ違っちゃった場合ね。
そんな時にもしそうだった場合、
私は本気にしちゃったけど、
実は相手はただの社交事例だったってなった場合さ、
喜んだパターンだったらさ、がっかりするじゃん。
あんだ、喜んだ、楽しみにしてたのに悲しいってなるじゃん。
社交辞令の使用方法
悲しいじゃん。
でね、まあ嫌だったパターンね、どうやって断ろうって
頭を悩ませていたパターンだった場合は、
なんだよ余計なストレスかけやがってってなるのよ。
ちょっと嫌なやつかもしれないけどね。
率直に言うならば、なんだよって。
無駄なストレスをかけやがってってなる。
ちょっとめんどくさいでしょ。
で、社交事例っぽい社交事例をさ、
私もちゃんと社交事例として受け止めた場合、
これはまあ別にね、そうですねとか、
時間あったらみたいな感じで返事をすると思うんだけど、
見かけ上はさ、円滑に形式的には会話が成り立っているわけなんだけど、
そこで私は何を考えるかっていうと、
相手は本当に社交事例で言ってたのか?
っていうね、疑問が湧いてくるわけですよ。
わかんないじゃん。聞くわけじゃないから。
私は社交事例と判断したけど、
相手は本当に社交事例のつもりだったのかなって。
もし相手が本心から言ってた場合、
しかも私の社交事例的な返事を間に受けた場合、
今度飲み行きましょうよ。そうですね。って。
やった!誘ったら。乗り気だった。嬉しい。いつ行こう。みたいな。
喜んじゃってるかもしれない。でしょ?
それで私が、ごめんなさい、社交事例だと思って、
社交事例の返事返しました。だった場合ね、
申し訳ないじゃん。申し訳ない気持ちよ。
それは。
罪悪感に苛まれて、もう私耐えられない。そんなの。
ね。ってなっちゃうよね。
もしね、わかんないよ。わかんないけど、
例えば相手が本当、本気で言ってたと仮定して、
私の社交事例の返事も本気で受け取っちゃった場合の話ね。
そう。申し訳ない。罪悪感。
相手が社交事例で言ってて、私も社交事例の返しをして、
お互いに社交事例だってわかればね、
何事もなく平和的解決なんですけど、
私の社交事例的返事がちょっと下手くそでさ、
本気で受け取ったっぽく聞こえちゃう場合もあるじゃないですか。
そしたらさ、相手はさ、あれ?これ社交事例で言ったのに、
どうやら本気にされたっぽいなぁ、みたいなね。
っていう、うわ、めんどくせーっていうストレスを与えてしまうことになるじゃないですか。
ね。で、一番最悪なのがさ、
相手が私みたいにぐるぐる考えちゃうタイプの人だった場合、
もうね、本当は社交事例なんか得意じゃないのに、
まあ、たしなみとして社交事例を使うべきかなと思って、
頑張って社交事例を使ってくれた場合、
もしくは本心でね、ただ単に誘ってくれた場合でもいいんだけど、
もうね、社交事例かもしれないっていうのがあるせいでさ、
ぐるぐる考えちゃうんですよね、たぶんね。
私がそうであるように。
しかも考えても答え出ないのがね、問題なんですよね。
で、そう、だからさ、そんなことになるぐらいだったら、
罪悪感に苛まれるのも嫌だし、
いろいろぐるぐる考えても分かんないこと考えるのもほんとさ、
嫌なのよ。苦しくなっちゃうから。
だから、もうだったら最初から社交事例使わないっていう選択をしてるんですよね。
そう、私はね。
で、それがただ相手に伝わらないっていうのがね、
ほんと難しいところでね、
できるだけ本心だよっていうことを、
できるだけ表現できるように頑張ってね、
伝えるようにはしてるんだけど、
なかなかね、
例えばその対面してね、
直接面と向かってそれを表現するっていうんだったら、
一番ね、分かりやすいかなと思うんだけど、
例えば、このポッドキャストもそうだけどさ、
声だけじゃなかなか伝わらなかったりとか、
文字だけとかってなると余計にね、
だからね、文字のやりとりあんまり得意じゃないんだけどさ、
私もいろいろ考えちゃうし、
相手にもその同じストレスを与えてるかもしれないと思うとね、
いたたまれない気持ちになっちゃうしね、
分かんないよ、そんなこと考えてない人が多いのかもしれないもしかしたら、
そんなことで悩んでる人もしかしたら少ないのかもしれないけど、
考えちゃうんだね、伝わってるかなーってね、
もしかしたら伝わってなかったのかもしれないっていうね、
出来事がちょっとあったからさ、
分かんない、私の考えすぎかもしれないんだけど、
難しいなーと思って、
社交辞令を普段から使っている方はね、
そのあたりどうお考えなのかなって、
何も考えずに、
大人なんだから使えて当たり前だろって、
何も疑うことなく受け入れてる人がいるんだとしたら、
ちょっとそういうのを押し付けるのやめてほしいっていうか、
いるか分かんないけどさ、そんな人がね、
分かんないんだけど、
そんなの押し付けられても困るよって感じだしね、
どうなんですか?
どんな気持ちでみんな悩みながら使ってるの?
悩みながら使ってるんだとしたら、
もうそんなのやめちゃえばいいのにとかちょっと思ったりも、
するような、しないような?
みんな悩んでるんだったら、
そんなのやめちゃえばいいのにって、
そういうの求めてる相手には使えばいいのかな?
本当に仲良くしたい相手だったら、
社交辞令なんか使わないか。
社交辞令使われたらもうその時点で、
その程度の関係ってことだもんな。
あー難しいな。
だからさ、もうめんどくさがりの私は、
だから社交辞令をできるだけ使わないっていう選択をして、
社交辞令っぽい何かを言われた時も、
もう常に本気で受け取ったことにするようにしてるんですよね。
今度飲み行きましょうよって言われたら、
行きたかったらもう本当に是非って。
いつがいいですか?とまでは言わないけど、
私あの何曜日だったら空いてるんで、
時間合えば是非行きましょうねみたいな感じになったりするかな。
断るにしてもさ、
あったの?なんかこれ社交辞令なのかな?分かんないけど。
何なんだろうこれっていうね。
今度飲み行きましょうっていうのを、
職場の同僚から言われたことが以前ね、あってね。
多分これ聞いてないから大丈夫だと思うんだけどさ。
多分大丈夫だと思うんだけど。
そこの飲み行きましょうっていうのがあって、
うーんってね、
すごいめちゃくちゃ、
社交辞令の複雑さ
えー行きたいです、いつがいいですか?っていうテンションでもなくて、
まだ人見知りを発動しててね、
その人相手に、
どうなんだろうみたいな。
その2人じゃなくて、
もう1人ね、3人でみたいな感じだったんで、
1対1よりは大丈夫かな?でも、
どうなんだろう?大丈夫かな?それ私言ってみたいな。
結局、元気があるときなら、
お金と元気があるときにぜひって、
返したんですよね。
それは本当にね、
いろいろ考えた結果、まずお金に余裕があって、
めちゃくちゃお酒飲む人だからさ、
どうやらね、私以外の2人がめちゃくちゃお酒を飲むらしいって聞いてたから、
どのくらいの額になるか分かんないからさ、
お金に余裕があって、
で、ものすごい酔っ払った2人に
ついていけるだけの元気が
私にあるときなら、
で、しかもタイミングが合えば、
休みのタイミングとかね、あるからさ、
っていうね、返事を送ったんだけど、
結局だから、それって社交事例だったのかな?
って考えちゃうし、
私はいろいろ考えた結果、
本当のことを送ったんだけど、
それってほら、お時間合えばぜひっていう、
典型的な社交事例としての返し、
本当は行きたくないと思ってんだけど、
断るのちょっと角が立つから、
とりあえず返事したテンプレートに
ちょっと似たような感じになっちゃったから、
もしかしたら嫌がってると思われたかもしれないなとかね、
考えちゃうんですよね。
難しいですよね。
難しいなと思って、
できるだけね、本心を伝えるようにしてる。
だから、嬉しいと思ったら嬉しいって言うし、
嫌だと思ったら嫌だって言うし、
気持ち悪いと思ったら気持ち悪いって。
それちょっとひどいかもしれないけどね。
相手との関係性にもよるかもしれない。
そこまではっきり言うかどうかは、
ちょっと遠回しに言うかもしれないけどね。
でも、相手にかかる負担を
最小限にすると思って、
できるだけね、本当のことを
言うようにはしてるんですよね。
のみに誘われて嫌だったらもう
嫌だって言うし、
のみに誘われて気持ち悪いと思ったら
気持ち悪いって言うようにはしてるんだけどね。
それは流石に伝わるか、
本当に言ってるって。
だから、否定的な答えの場合はね、
本当にそう思ってるんだなって
伝わる確率が高いと思うので、
100じゃないと思うんだけどさ。
まあいいんだけど、
本当に嬉しかった場合ってさ、
社交辞令の返事と似たような感じになっちゃったら
もうちょっと難しいよねと思って、
本当に嬉しいんだっていうことを伝えるのって
もしかしてちょっと
結構難しいのかなって思ったりとかね、
してたんだよね。
どうなんですかね。
社交辞令使う人ってさ、
私はだからそのね、
社交辞令かどうかも考えずに
全部本気で受け止めることにしちゃったから
その手間が省けてすごい楽ちんになったんだけど、
社交辞令を使ってくる方たちはさ、
一応相手が本気にするかもしれないっていう
受け止め方の悩み
リスクも踏まえた上で使ってるんですかね。
そうだと信じたいんだけど。
うーん、
言ってくる側はさ、
相手が本気で受け止める可能性、
リスクを承知の上で
言ってきてるんですかね。
どうなんですか。それも聞きたかった。
一応それも踏まえた上で、
承知した上で使ってるんですか。
使ってる方は。
そうだと信じたいんだけど。
ねえ、私は交辞令で言ったのに
こいつ本気にしやがったって思われてること
何回かあると思うんだけどさ、
そんなんでね、うわーってストレス感じるのは
自業自得だから、存分にストレス感じていただきたいんだけど、
どうなんですかね。
分かってるんですかね。
いや、そうだと信じたい。
その可能性も一応考慮してるって信じたいんだけど、
昔一回怒られたことあってさ、
昔ね、お客さんのとこ行ったらさ、
お姉さんかわいいねーだかなんだか
褒められたんですよ。
おじさんにね、お客さんのおじさんだったんだけど。
で、私はその瞬間
このおじさん下心で言ってるなって
思ったんだけど、もうその時にはすでに
もうめんどくさくて、全力で受け止める
マンだったからさ、ありがとうございます
って返事したんですよね。
したらさ、お前ありがとうじゃねえだろって
めっちゃ怒られたんでしょうね。
小学生じゃねえんだからさ、
ありがとうじゃねえだろって。
酔っ払ったおっさんだったんだけどさ、
その時のお客さんさ。
なんなんこいつって思いましたけど、
もしかしたらそういう人も
いるのかなって。
相手が本気で受け止める可能性をちゃんと
考えた上で社交辞令みんな使ってると信じたいんだけど
そういうおじさんに出くわして
出くわしてしまった経験がちょっと
私を惑わせるのよ。
もしかして
本気で受け止められることそもそも想定してない
人も結構いるのかしらと思ってね。
だから使ってる人たちはどうなんですかね。
本気で受け止められる可能性をちゃんと考慮
してくれてるんだったら私
堂々と全部本気で受け止めていきたい所存
なんだけどね。
その辺もね
気になるのですね。
社交辞令使い慣れてる方
ぜひ教えてください。
なんかアドバイスとかあればね。
もうこのめんどくさい
めんどくさがりの私が
社交辞令とうまく付き合っていく
何か別の方法があればね
ぜひ参考にさせていただきたいので
ぜひ教えてほしいなっていう
そんな回でした。
ねえ社交辞令
社交辞令大人なのにね
いい歳した大人なのに
社交辞令もうまく使いこなせなくて
本当に恥ずかしい限りなんだけど
性格の問題ですね。
ちょっと難しいね。
なかなかね。
だからもしね
これ聞いてて私と同じタイプの人がいたらね
ぜひ社交辞令抜きで
仲良くしましょうね。
そんな感じですね今日は。
よくわかんない話だったかもしれないんだけど
たまにはこういうこともあるよ。
何かアドバイスあったら
ぜひ待ってます。
最後まで聞いてくれてありがとうございました。
明日も
幸せな一日になりますように。
おやすみなさい。