就活とガクチカ
真夜中の読書会、おしゃべりな図書室へようこそ。
こんばんは。第221話を迎えました。今夜のお便りをご紹介します。ペンネームSHOWさんから頂きました。
最近、就活関連の投稿ノートで探していて、このポッドキャストを知りました。
僕は大学2年生です。就活まではまだ少しありますが、サークルの先輩の話を聞いたりすると、
ガクチカとして語れることを何か今のうちから作っておいた方がいいよとよく言われるのですが、
何をしたらいいか焦る気持ちと、めんどくさいなぁと思う気持ちが半々です。
海外に行ったこともないし、学力、語学力から行って、海外留学やボランティアとかも全然考えられません。
採用に関わるお仕事をしているバタやんさんから見て、学生の時にこれだけはやっておいた方がいい、
やっておけばよかったと思うことがあれば教えてください。またお勧めの本があれば知りたいです。
といただきました。ありがとうございます。
そうそうガクチカっていう言葉をね、私も人事部に来て初めて知ったんですけども、
学生の頃、力を入れていたこと、入れていることっていう就職面接の際の定番の質問の一つなんですよね。
自分が学生だった、就活してた時もそういう質問はもちろんあったと思うんですけど、
いくつかの質問のパターンの一つって感じで、必ず聞かれるものっていう印象はなかったんですよね。
だからガクチカ用意してなかった記憶なんですけど、
あとどちらかというと、学生が、所詮学生がっていう言い方をしたらあれですけど、
今力を入れていることなんて、社会人から見ればママごとっていうか何かの真似事みたいな感じで、
下に見られてるって言ったら言い過ぎかな。
なんかそういう印象が私にはあって、何とか研究会で、例えばサークルで、あるいはゼミでこんなこともこんなこともやってきましたとか、
企業に交渉してお金を集めたり、チームをまとめ上げる役割を担ってましたとかって言っても、
あまりアピールしすぎるのは逆効果だっていう風に言われたりした印象がありますね。
なんかそのまま会社に入って通用すると思うなよって感じで、圧迫質問を逆に受けるだけだったと言いますか。
それは私が女子学生だったし、就職氷河期はただ中って言われる2002年とかそういう時代だったからかもしれないんですけどね。
だから今の方が学生さんが今力を入れていることを成し遂げたと自負していることに対して敬意があるという感じがします。
自分たちより私なんかよりよっぽどいろんな経験をしているって思って話を聞いている感覚はありますね。
さて何を今のうちにするのがオススメかと言われたら、海外に限らずですけど旅をすることはすごくオススメだと思います。
私がやっておけばよかったって思うことは、留学は確かにそうかもしれないですね。
とはいえ海外経験があれば留学してたから有利かって言うとそうでもないとも、今その会社の人事関係の部署にいて思いますね。
そういう人もたくさんいるし、もちろん職種にもよるとは思いますけど、あんまりこう就職が親の経済力競争みたいになっている傾向もいいとは個人的には思ってないですね。
さて人生における移動の距離が経済的な成功につながるとかっていう記事を読んだりとか、移動とキャリア形成をひも付けたような本も結構ヒットしている本もたくさん出ていますし、
特にコロナ禍以降は場所に縛られない働き方みたいなのももてはやされましたしね。
なんかそういう理論論調に私はちょっとだけ嫌な感じというか、ザラッとした心がザラザラする印象を持っていまして、
なんでだろうってよくわかってなかったんですけど、それを解明してくれた本がありました。
というわけでちょっと前置きが長くなりましたが、今日の勝手に貸し出しカードは伊藤正人さんの移動と階級という本にしました。
こちらは講談社新書から出ていますので、よかったらちょっとチェックしてみてください。
この本では移動格差、モビリティギャップについて掘り下げられています。
移動できるできないっていうのは移動の自由度ですね。移動の自由度っていうのは収入とか社会的役割、ジェンダー、地域によって不均衡なものである、不公平なものであると。
またその移動の自由度は移動する側にだけあるわけに由来する原因があるわけじゃなくて、移動を支える社会とかインフラサービスの問題であるところも大きいというようなことが書かれています。
だから通説で言われる移動すれば成功するっていう発想は、実は一部の特権層に限られることがあるよっていう継承をならしてくれた本なんですね。
だから私はそのさっき言った成功は移動距離に比例するみたいな理論にちょっと心がザラザラするなあっていうもやもやはそこにあったのかとすっきりしました。
シドニーの都市設計
海外機内を留学した方がいいよとか、アインの通勤電車に、働く場所に縛られないワークライフバランスが取れた、働き方っていいよねとかっていうのには、特権的発想、強者の理論を少し感じるところがあるからかもしれないですね。
例えばこの本には移動の自由度には男女に差があるという話が出てきます。
車を使う使わない持ってる持ってないというと男性の方が持ってる率が高いわけですよね。
男性の方が運転する車を使う率は高いんですけど、にもかかわらず事故った時に怪我する重傷を負う率は女性の方が高いんですって。
そう聞くと女性は運転が下手だもんねと思う人もいるかもしれないんですけど。
この本には自動車というものがそもそも平均的な男性の体格に馴染むように作られていて、腕の長さとか身長に合わせて多少シートを調整できるようになったとはいえ、
衝撃安全テストとかその車の規制の試験は長らく男性の体格を前提にモニタリングされていたそうなんですね。
アメリカの衝撃安全テストで女性のダミーも含めるようになったのは2011年のこととこの本にありましたから、つい最近と言えますね10年ちょっとしか経ってないんですね。
結構びっくりしました。自動車で移動をするっていうこと自体がちょっと男性優位に設計されていて、さらにそれを車があれば移動できるかというとそれを支えるインフラがないとできないわけで、
インフラ都市設計というものもそもそも男性中心社会が設計してきたので、男性を前提にしている、無意識に男性を前提にしていることが多いじゃないかというようなことも書かれていまして、なるほどなぁと思いました。
そういえば確かにと思ったことがあってちょっと話が飛ぶんですけど、去年私シドニーに行ったんですね。テック系のカンファレンスに出席したんですけど、そうやって海外に出張で行けるとかっていうのも移動強者の側ですけれども、
ちょうどそのテック系のカンファレンスでジェンダーと都市デザインというセッションに参加したんですよ。興味があったので、シドニー私その時初めて訪れて感動するぐらい非常に美しい街設計と言いますか、街並みで道路とかも綺麗だし公共機関も綺麗に整備されてまして、いい都市だな、素敵な都市だなっていう印象だったんです。
でも一つちょっと不便だなって思ったのが、信号が切り替わるのがめっちゃ早い。早すぎるよって思ったのね。
そしたらそのセッションに登壇されていた都市開発とか都市デザインをやってらっしゃる女性の方だったかな。あれは本当にまさに健常な成人男性を前提に設計されたシドニーの悪い事例の最たるものだ、みたいなことを言ってたんですね。
例えば子供の手を引いているお母さんとか、たくさん荷物を抱えている時とか、あるいは足腰が少し弱った高齢者の方とかだと、渡り切れないと広い道路だったりすると、本当そのぐらい青信号の時間が短いんですよね。
星ボタン式が多かった印象なんですけど、私はそして結構早足な方なんですが、その時は観光客、初めて来た観光客だから、あれこの道で合ってるかなとか、これは何ストリートだとかってもたもたしていると、せっかくボタンをしたのにあっという間にまた赤に変わっちゃうんですね。
やっぱり大都市は、そこで働く、その都市で働く健常な成人男性を想定して作られがちであると、勝手しったるな人たちが葛藤するっていうのに向けて考えられているんじゃないかとね。
今は建築とかデザイン都市開発の養殖ポジションにも女性が増えてきつつあるというようなことを言ってた記憶ですけれども、私も東京では異動強者のカテゴリーに入ると思います。
違う都市、違う国に行くと、国内でも国外でもマイノリティー側になると言いますか、車運転できないので、ちょっとこう旅行に、国内旅行に行った時も急に移動の自由度がすごい下がるわけですよね。
バスを待って、グーグルとか調べたらあるはずだったバスが運休しているとか、いろんな事情で本数が減っているとか言うと、あれ、ホテルに帰れないかもみたいに急になると。
そういう意味で、いつもの場所以外のところに行くっていうのは大事な経験だなとは思いますけど、異動強者と弱者を両方経験するっていう意味ではね。
移動の自由と女性の課題
ショウさんも学生の頃にそういう経験は大事な経験かなとは思いますが、ちょっとまた話が逸れてしまいましたけれども、ミドルエイジの女性向けのメディアのミモレっていう媒体に私、人事部に来る前はいまして、その時もですね、
あーなるほどってすごい思ったのは、土日にしょっちゅうイベントをやってたんですよね。トークショーとか何とか体験会とかやってたんですけど、そこにいらっしゃった読者の方とお話をすると、このイベントに出てくるの大変だったんですよってよく言われました。
会場の場所が遠いとか、移動自体が大変だったって意味じゃなくて、土日にお母さんが家を開けるっていうのが、いかに大変かと家族に許しをこう、あるいはご飯を用意してから出てくるとか、いろんな片付けを朝のうちにすごい済ませて出てくるとかっていう、そういう段取りが大変だったっていう話をよく聞きまして、
これも移動の自由の話だと思うんです。土日に東京のある場所でやるイベントに出かける、それに対してお父さんとか子供たちが嫌な顔するくらいだったらもう出かけないっていう選択をしてた人もたくさんいらっしゃったと思うんですよね。
来てる人は、いろんな段取りを乗り越えてきているんですけども、そもそももうそういうことに応募しないっていう選択をしてた方もたくさんいらっしゃるでしょうし、移動の不平等っていうのは自分でも自覚していないところに存在するのかもしれないと思いました。
さて今日はこの本から紙フレーズをご紹介して終わりたいと思います。
私が専門とする社会学という分野には、社会問題とはそこに常に存在するのではなく、人々が社会問題だと認識して初めて社会問題となり、存在するようになるという考え方がある。
この本で目指したのは、移動をめぐってみんなが感じたり、もやもやしていた現象に移動格差という新たな概念を生むことで、そういう問題があるんだなとか、確かにそういうことあるかもねっていうふうに意識してもらうということを目指してこの本を書きましたよっていう話なんです。
なるほどなぁと思って、社会問題っていうのは、そこに常にある、常にあるってことではなくて、あるんでしょうけど、社会の問題であるっていう認識されて初めて存在するようになる。
名前がついて初めて問題意識が生まれるとかってことなのかな。移動格差っていう名前がついて初めて確かにっていう意識が始まるって感じでしょうか。
例えばさっきの車の運転とか信号機の話で言うと、私は背が低いから、ちびだから、車の運転も向いてないし、報道も間に合わないっていうふうに自分の体格のせいだって思ったけど、それはジェンダー格差の問題にもつながっていて、
そもそも設計から排除されていたっていう背景を知ると、それは個人の問題じゃなくて社会の問題だったんだなぁって思うわけですよ。
ちょっとショーさんのご相談からは話がそれていってしまったんですけれども、ショーさんはご自身は自分の移動を自分で決めて実行できる方だと言えるでしょうか。
この前床を聞いてくださっている方もちょっと自分自身で考えてみてください。
私は移動の自由が結構あって、それを実行、割とできてるなぁって思うか、意外と移動の自由が少ないなぁって思うか、どうでしょうね。
学生さんということなので、金銭的な贅沢さえ言わなければ、時間とそして体力があるならば、ぜひ旅行とか遠出するとか、ちょっといつもの街から離れた違う街で働いてみるとかっていう移動体験を積極的にするっていうのは、私はすごいいいと思いますね。
学生の時期に時間と体力的な自由がある時期にそういうことをやるっていうのはめっちゃいいと思います。
でも、もし逆に今そんなに移動の自由度が少ない、何らかわからないですけど制約があって、
そうはできないんだっていうご事情とか、実感があるとするならば、それをあまり自分のせいと思わずに、あるいは自分の家族のせいというふうに小さい枠の中のせいと思わずに、そこには移動の自由があって、
そこには、もしかしたら社会課題が隠されているかもしれないっていうのをね、せっかくなのでぜひ考えてみてください。
バリアフリーのその先のモビリティフリーな未来の社会っていう感じですかね。
リクエストありがとうございました。学生生活、大学生活、ぜひあんまりこれをやると就活に有利かなとか考えすぎずに、ぜひ楽しんでもらえたらと思ってます。応援しています。
さて、そろそろお時間になってしまいました。
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お届けしたのは講談社のバタヤンこと川端理恵でした。
また水曜日の夜にお会いしましょう。
おやすみなさい。
おやすみ。