実はこちらのリクエスト、1年以上前にいただいていたので、2024年の暮れ頃でしたでしょうか。
だから今はもう今度の4月で3年目になられるところかもしれないですね。
お仕事どうでしょうか。いかがお過ごしですか。
すごく遅くなってしまってすみません。
でもずっとこのお便りを心に残っていたんですね。
青臭いなとかありがちな悩みだななんて思っていませんけれども、
焦ったり前に進んでいる実感がなくて、モヤモヤするのは当然ですし、
やれる仕事は限られている割に、ささいな、さまつな仕事が結構多くて、
しかし重要だからちょっと失敗も許されないという感じでね、
なんとなく日々がどんどん過ぎていくっていうのは想像つきますね。
でもなんかこの俊介さんの短い中にもまとえた表現といいますか、
1年目だから当たり前かもしれませんが、
さまつなでも重要な仕事という言い方が絶妙だなと思って、
きっと優秀な新入社員なんだろうなと思っていました。
私も1年ちょっと前までいただいた頃には人事部長だったので、
ちょうど配属になって半年ぐらい経った新入社員が、
まさに俊介さんのような状況に多分結構みんな直面していて、
そんな中で自分もちょっと当事者すぎて、
このイシューとの距離が近すぎて、うまく答えられる自信がなかったんですね。
うまく答える、うまいことを言う必要はないですけどね、
何を紹介したもんだかと思っていたんですけれども、
やっとぜひこれを俊介さんに読んでほしいなという本に出会えました。
さて今夜の勝手に貸し出しカードは、
小川さとしさんの言語化するための小説志向という本にしました。
こちらは口談社から出ている本です。
この本はですね、小説家の小川さとしさんが、
小説を書くという作業を通じて読者に読んでくださっている人たちに、
伝わる言葉を探す思考の手順というか、思考法を開示した本になっています。
開設した本という言い方よりは開示しているといった方が正確かなと思ったのは、
この本の前書きに、本書には僕が小説を書くときに考えていることを可能な限り言葉にしてみようという、
試みの奇跡が記されているとあったからです。
そうあるとおり、まさに小川さんの小説を書くときの頭の中をハッキングしているような、
階調をいただいて覗き見させてもらっているみたいな、そんな本です。
なのであまり直接的なハウツーですとか、文章術と言われるようなものとか、
言語化のノウハウみたいなことを期待するとちょっと違うかなと思うんですけど、
キャリアとかお仕事ハックに関する本でも全くないんですね。
なぜしゅんすけさんに紹介したかったかという話は、この後させていただくとして、
この本にはどういうことが書かれているのか、どこを私がすごい面白いなと思ったのか紹介しますね。
例えばですね、この中にあるストーリーが1個出てくるんですけど、
主人公の私、男性がですね、マッチングアプリで知り合った女性と採用面接の場で、
お互い面接官と受験者という立場で再会してしまうというある小説のシーン、
例えばのストーリーがあるとして、それはどのように小説の文章にするかっていうのを、
小川さんが例文を出してくれているんですね。
ちょっとそこはせっかくなんで、ぜひ読んでいただきたいので、読み上げずに置きますけれども、
数行、数十行なんですが、まあ読みやすい、パッと頭に入って、小説の中にスッと入っていけるような文章なんですよ。
読みやすいっていう言い方をしてしまったけれども、読みやすいって何なんでしょうねっていう、
読みやすいって小説において果たして褒め言葉なんだろうかという話は一旦置いておいて、
私がすぐに読みやすいって文字通り感じてしまった、感じられた種明かしを小川さんがしてくれています。
それは情報の順番にあると、情報の出し方の順番にありますよと。
小川さんが例文としてあげた文章では、最初にまず読んで冒頭で、ここが今面接の会場だってことが分かって、
主人公である自分、私は面接官としてこの場にいて、そこに例のマッチングアプリで会ったことのある女性が入ってきて、
それですぐ気づくんですね。この人ってなってやべえってなる。
なぜやべえってなったかっていうのを、2つ理由も説明されていて、
マッチングアプリでプロフィールの年収を偽っていたという、ありがちなね。
面接を受けに来てるってことはですよ、この会社がいくらくらいの年収を得られる会社なのか、
分かってきてるだろうなっていうと、まあ気まずいですよねっていう感じで進んでいくんですね。
これがなぜ読みやすいかというと、視点の中心人物、つまり主人公である私と読者である私の間に、
情報量の差がない形で進んでいくからだということなんですね。
なるほどと思いまして、もちろんどういう状況なのとか、どういう心境っていうのが全然わかんないなっていうまま進んでいく小説もあるし、
それはそれでそのギャップが大きいまま進んでいって、最後そう繋がってたのかっていうのがカタルシスというか、
面白いケースもありますし、そういうのも私も好きですけれども、
結構ですね、これって気力小説にグッて入って読むぞっていう気力、あるいは作家さんへの信頼というか、
その人の小説を何度も読んだことがあって、大丈夫この人は絶対こう連れて行ってくれるっていうかなりの経験に基づく期待値がないと入っていけないかな。
だから最初に離脱しちゃうケースもリスクもありますよね。
先ほどの面接の話でいうと、小川さんの文章はですね、そのことを読んだだけで、この後この女の人はどうなるんだろう、採用されるのかなとか、
私、彼はどんな質問をできるんだろうとか、すでにこの先の展開がすごく気になってしまったわけなんですよ。
ということで小川さんは、例えば新人賞応募策とかなんかでは、冒頭で今からあなたをどこへ連れてきますよっていう提示が非常に重要だと説いていまして、
どれくらいのリアリティ感、リアリティのある話っぽい感じで行くのか、共感がありそうな感じで行くのか、あるいは全然とっぴな話なのかとか、
不幸な話なのか、ほっこりする話なのかとかですかね。だからさっきも言ったような、何度か読んだことある作家さんとか、
もうある程度知られた作家さんだと、その最初の自己紹介的な部分を小説の冒頭でやらなくても、
どこへ連れてくのか、湊カナエさんだったらこんな感じとかっていうのがあるのかもしれないですけど、
特に新人賞応募策なんかは、こういう今からこういうとこに行くのかなっていうのを提示しとくっていうのが大事なのかもしれないですね。
小説というのはコミュニケーションなのだということが何度もこの本に書いてありまして、
だから読者がどう受け取るかっていうのを徹底的に計算をする。これが伝わるということであり、
これがタイトルにもある小説思考ということなのかなと認識しました。
多くの場合は自分が言いたいことっていうのを書いてしまうから、伝えるっていう方に重きを置いてしまうんだけど、
伝わるっていうことにいかに神経を使うかという話で、このあたりは小説に限らずあらゆる文章とかコミュニケーション、
誰かに何かを伝わってほしいって思う全てのことに言えることなのかなと思いました。
なるほどなと思ったのは、お母さんは書いた後に自分のために書いた文を徹底的に削るとあって、これは耳が痛いなと思いました。
自分の言い訳のためだけに書いてしまう、足してしまう文章ってありますよね。
これをいかに後から削るのかっていうのは大事であるということでした。
だからさっきの私がどうして紹介が遅くなってしまったかという言い訳とかですね、最近ちょっと更新が滞ってましてっていう言い訳とかは、
読者というかリスナーの方にはあまり関係ないので、つらつら言う必要はなくって、そこは削った方がいいですよっていうことですね。
例えば密室のミステリーなんかで山奥の山荘で誰か犯人が複数いたとして、
今まで一回も出てこなかった、もともとその山荘に潜んでた人が犯人だったら、びっくりはするけど納得はしないですよね。
そんなのずるいってなっちゃう。もう一人いるかもしれないっていうのをちょっとちらつかしとかないと、
読む側の人たちのルール違反だろうって感じになっちゃうってことなんだと思うんですけど、
小川さん曰く小説というのはそもそもすべての描写が何かを暗示をしたり副次的な役割を果たしていて、
そういった役割のない情景描写っていうのは必要がないくらいだと、むしろ回収されない伏線はあってはいけないので、
この小説は伏線回収がすごいっていう褒め言葉はナンセンスだともありました。
私、キャリアの伏線回収という話を最近あちこちでしているんですよ。
私自身は40代後半になってきて、伏線を回収するフェーズに入りつつあるなと実感しているんですけれども、
しゅんすけさんとかはきっと今どんどん伏線を張っているフェーズですよね。
就職したということで1個大きな伏線を回収したとも言えるかもしれないですけど、
この先また何者かに向かっていろんな伏線を張っているフェーズだと思うんです。
小さい伏線もあるけど、象徴的で大きい出来事がゆくゆくつながって、点と点がつながっていてですね、
今の自分が何者かっていうのを形作っているのかなと私自身も思ったりします。
いきなり全然違う何者かになるっていうのはやっぱなかなか難しくって、
世界で活躍するテック系の大富豪とかに急になるってことはできなくて、
そもそも学生の頃に海外にゆかりがあったとか、
その会社に、テック系の会社に声をかけてくれた知人との出会いがあるとか、
そういう前振りは絶対あると思うんですよね。
だから今、駿助さんが出会った、ここの3年、2、3年で出会った、
目をかけてくれている人、駿助くんいいよねと頑張ってるよねって見てくれているなって思える人とか、
そのおっしゃってた、さまつだけど重要な仕事の中に見出した自分なりのコツみたいなものは、
後々大きな伏線になる可能性が絶対にあると思いますね。
特に3年目ぐらいとかは、三つ子の魂なんちゃらじゃないですけど、
3年目ぐらいで出会った象徴的で大きな出来事っていうやつは、
何者かに影響する可能性が大きいと思うなとお伝えしておきます。
っていうのはまあ私の理論なんですけれども、
小川さんのこの本からもちょっと紙フレーズをご紹介して終わりたいと思います。
僕は普段プロットを作らずに小説を書いているのだが、
プロットがないのに小説を書くことができるのは、
書いてしまった文章をいかにして伏線にするかという、
倒作した発想で物語を構築しているからに他ならないとあります。
なるほど、キャリアも人生もプロットがない、
先にプロットが提示されていない物語だと思うんですよね。
だからここにあるように書いてしまった文章をいかに伏線にするかかもしれないですね。
いかに伏線にするかは意思ですね。意思と維持みたいなものかもしれません。
ちょっと話がそれるんですけど、私今MWクレイブンさんの
グレイラッドの殺人っていう海外ミステリーをちょうど読んでるんです。
その解説に、解説を先に読んじゃうタイプなんですけど、
解説にこの小説が娯楽小説として優れているポイントの一つ、テクニックの一つとして、
伏線のほかに心善の技法が多く使われているって書いてあって、
心善という言葉を私初めて知りました。漢字が難しくて、
衣編に親しいって書いて心、染めると書いて善と読むんですね。
2文字で心善だそうです。
元は肌着を染める、下染めするみたいな意味だそうですが、
小説の技法としては、物語の重要な部分の効果を発揮するために
前もってさりげなく仕込みをしておく、ネタを撒いておくっていうようなことを指して心善というそうなんです。
読者の興味を引くほのめかしとか、前もって土壌を作っておくみたいな、
ああこうなると思ってたっていう染み込みを作るための前振りって感じでしょうか。
伏線と似てますけれども、私の解釈としてはもうちょっと明らさまっていうか、
ああそうなると思ったっていう予想させるほのめかし方を言うのかなと思いましたね。
ミステリーとかサスペンスだと悪い方の予感に使うことが多そうですね。
ああやばそうって思ってたとか、絶対この人やばいって気づいてたよとか、
そういった悪い前振り、ほのめかしがあって先が気になるっていう、
ああやっぱりそうだったっていうカタルシスを生んでくれるって感じですかね。
心善っていうのは良い方のほのめかしもあると思いますし、
肌着を染めておく、下染めしておくっていうのは、きれいな発色とか長持ちをさせるとか、
殺菌効果、消臭効果なんかもあったそうですからね。心善って大事ですね。
そんなわけでしゅんすけさんも心善をしていると思って、しっかり心善をしておきましょう。
あああいつそうなると思ってたよっていうね、若い時ちょっと面倒を見てた時から、
俺はわかってたよっていう前振りをしておきましょう。
リクエストありがとうございました。
さて、そろそろお時間になってしまいました。
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また水曜日の夜にお会いしましょう。
おやすみなさい。おやすみ。