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2025-01-16 22:29

#44 Back to 1989(後編) 世界初のノートPCやゲームボーイが発売され「ガキの使い」が始まりセルシオが発売されたちょっとバブリーな1989年を振り返ります

栃木、新潟、沖縄という離れたところでたまたま同じような仕事をしている同世代のおっさんたちの場末の会話。今回も1989年を振り返ります。振り返るとやっぱりバブルなこの時代。いい時代だったなぁと眼を細めるおっさんたちでした。


※うろ覚えで徒然なるままに話しています。不正確な情報も多々ありますが、場末のおっさんの話としてご容赦ください。

サマリー

1989年は、世界初のノートPCであるダイナブックやゲームボーイが発売された年であり、当時の技術革新が思い出されます。また、経済的なバブルの影響を受けた社会の雰囲気も振り返られます。この年にはダウンタウンの「ガキの使いやあらへん」の放送が始まり、バブリーな出来事が数多くありました。さらに、この年にセルシオやスカイラインなどの新車が登場し、様々な文化が変化しています。

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時間や社会にとらわれず、雑談をするとき、つかのまおっさんたちは自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずものを語るという行為、この行為こそが現代人に平等に与えられた最高の癒しと言えるのである。
場末のラジオ シーズン2
はい、場末のラジオでございます。今回もこの3人でお送りいたします。ハッシーです。
はい、佐藤さんです。
小澤さんです。みんなよろしくね、と。
はい、よろしくお願いします。
お願いします。
ノートPCの登場
はい、今回はBack to 1989ということですね。
昭和64年でもあり、平成元年でもある1989年について振り返っておりますと。
前半は芸能界のこととか、いろいろ世の中の動きを振り返ってまいりましたが、
後半は抜粋的にはIT系のほうを見ていきたいと思うんですが、何か気になったことはございますか。
IT系で言えばこの年はダイナブックですよ。
ダイナブック。
そうなの?ダイナブックの日なの?
最初のノートパソコンですよ。
鈴木あぐり。
鈴木あぐりがCMしてたの?
ダイナブック。
ダイナブックって言ったらね。
あれ、世界初のノートパソコンですもんね。
そうですそうです。
そうなの?NECと思ってた。
そこね、実は年表見るとちょっと面白い話があるんですよ。
実際に出たのは、ダイナブックが1989年の7月で、PC286のノートが9月なんですよ。
でも製品発表されたのは、実はエプソンのほうが先なんですよ。
6月に発表されて、6月の7日発表で、ダイナブックが6月26日発表なんですよ。
だから公表されたのだと、286のほうが先で、こっちが世界初って言ってるんですよ。
なるほど。
でも出たのはダイナブック先だから、一応世の中的にはダイナブックが世界初。
転倒にならなかったっていうのがダイナブックが先だったってこと?
そうそうそう。
なるほどね。
これはちょっとね。
面白いね。
まあどっちにしても日本が世界初のノートPCを出したってことですかね。
そうそうそう。それは間違いない。
すごかったのにね、昔そういう技術ね。
当時載ってるのって、会社独自のOSってことか?
いや、MS-DOSじゃない。
MS-DOSが載ってるの?
うん、そうです。
DOSが載ってるんだ。そっか。なるほど。
どれくらい扱ったんだろうね。
いや、ワンプロ的な感じでしょう。
ワンプロ的な感じか。じゃあ、3、4センチ的な感じかな。
800、600くらいかな。違うかな。640くらいかな。
いや、640クラスっすね。
きっとそうだよね。
Lotus 1、2、3とね。
うんうんうん。Lotusね。
っていう感じで、鈴木アクリが壊しちゃった。
Lotus 1、鈴木アクリ欲しいなー。
今、東芝も売りに出しちゃって、ダイナブックっていうブランドでは残ってますけどね。
ブランドはね。
あとは、あれですかね。シリアル。
シリアル。シリアルだよ。ザッツ。ザッツだよ。
太陽有電。
そう、有電だよ。この時は私PC持ってないから全く縁がないんだけどね。
CDとビデオカメラ
この年はCD、だってまずCDログ自体も、まだFMタウンズがこの年出たんだっけ。
そう、この年です。
ですよね。あそこでハイパーマルチメディアパソコンっていうCD-ROMを積んで出てきましたよね。
そっか、その時にもうRがあったんだ。
だからその時にRって、いやーでもなんかイメージなかったけどね。
一般的には全然ですよね。
まだフロッピー5インチガチャッコガチャッコいったんじゃないですか。
そうですよね。
1枚単価もすごく高かったんだはずね、きっとね。
そう思う。
そうだよな。いつ頃かな。Windows98。98だからだいぶ後だよね。10年ぐらいか。
いやでも95ぐらいの時はもうCDドライブはあったけど、まだその時でもCD-Rはあんまりあれだったよな。
なかったような気がするよね。
だってまだZIPとかあんなの言ってた時代ですもん。
98あたりのマシンにプレクスターのスカジーデイルって言ってる気がするよ。
そうですね。
でもCDにする技術があったわけだからCD-Rもあって。
タイヨウユーデンが開発したんですね。CD-Rってね。すごいね。
タイヨウユーデンね。
群馬の企業が。
近くじゃん、近く。
工場は新潟の上越にありました。
ああ、そうなんですね。
そうなんだ。
このブランドは安定してるみたいだね。
Zは間違いないっていうね。
そう、間違いない。
国産って言うと。
50枚組でもZを選べば間違いないみたいな感じですね。
エラーは出ない。
エラーだらけだったもんな。安いやつが。
見たら横に台湾産とか書いたりした。なんでTDKで台湾産なんだよとか思いながら見てたけど。
台湾まだいいんですよ。
フィリピンとかね。
ブランド買いが出てこない。イメーションぐらいしか出てこない。
50枚やって1割以上エラー出たときも名店になりましたもんね。
これ安い意味ねえじゃんとか思ったもんね。
なんなんとか。
ケース付き買えばよかったよみたいな。1枚1枚ばらけ。
対象にも程がある。
これCDRの文句になっちゃうな。
太余裕でえらいなぞ。
太余裕でいいんですよ。
長い。
そうするとさっきのFMタウンズが出たりですね。
あとビデオカメラ。
ビデオカメラ。
パスポートサイズ。
あともう一個ね。この年のどでかい製品があるんですよ。
何何何何。
ゲームボーイの影響
ゲームボーイ。
出た。
ゲームボーイ。
まあ雑。
ゲームボーイってさ、個人的なイメージはさ、ポケットモンスターあたりくらいから。
ポケットモンスターあたりくらいから。
ポケモンくらいからのイメージなんだけど。
ゲームボーイ初期はあれですよ。ゲームボーイファンのグラディウスのネメージスがあったりとかね。
あれさ、ここを言っちゃなんだけどさ。
劇場の残像がさ。
言いたいことはわかる。
でも言わないのは大人があれですよね。
でもやっぱゲームボーイの初期の一作はやっぱテトリスですよ。
テトリスはこれで有名になりましたもんね。
テトリスがこの手のひらでできるっていうのと。
あとやっぱ初期のヒット作でその後も続いたのはサガですよね。
サガか。サガシリーズか。
あのシリーズの最初はゲームボーイですから。
ゲームボーイか。
S.A.C.A.サガ。
剣じゃない方。剣じゃない方。
そうそう、ゴジラじゃない方ね。
えー、サガだったか。そうか。
あれもやっぱゲームボーイ初期のヒット作ですね。
ゲームボーイってさ、ファミコンモードじゃなかったっけ。
あれはファミコンか。
覚えてないな。
なんかあったような気がするんだよな。
あれ白黒だもんね。
カラーにするフィルターみたいなのなかったでしたっけ。
フィルターは覚えてないけど。
で、隠すのがあったよ。レンズで。
うん、それもあったあった。
でも画期的なのはさ、ケーブル繋げて対戦ができるっていう考え方じゃなかったっけ。
あー、はいはいはいはい。
で、電池で動く。
うん、そう。
電池で動くってそうね。
ポータブルゲーム機自体はあったんだよね。
PCエンジンのやつもあったもんね。
PCエンジンのポータブルはもうちょっと後じゃないかな。
セガは?セガも後か。
セガは持った後。セガは90年代入ってからゲームギア。
そっか。で、やっぱりニンテンドーなんだね。
やっぱほら、昔のゲームウォッチの流れで。
そうそうそうそう。
個人的にさ、もうこのぐらいから20代に近いじゃん。
だからゲーム機って言うよりはさ、
あ、白黒の液晶の画面だなってしか思わなかった。
だからあんまりこれをゲーム機として見てなかったんだけど、
自分より下の世代はこれゲーム機だよね。
と思ったりする、話聞いてたら。
いやー、やっぱこれを見てたらゲーム機でしょ、やっぱり。
うん。
このちっちゃい画面で大変だなーと思いながらも。
ネメシスね。
ネメシスね。
ネメシスね。
あれ、あと平安郷エリアンもなんかやったよな、確か。
ある?
あったよな、確かゲームボーイ場の平安郷エリアン。
平安郷エリアンか。
えー、そうなんだ。
ここは。
で、よくあんな白黒でポケモンとかやってましたよね。
でも、まあ楽しそうだった。
楽しそうだったなー、見てて。
子供たちがキャーキャー言いながらね。
18歳が遠くで見る。
ピープ音でポケモン、何のポケモンかをちゃんと聞き分けてるってあの恐ろしさ。
そうだね。
え、そうなの?そんな強者がいたの?
なんかそんなの昔聞いたことありますよ。
えー、これ何が違うんとか思いながら。
なんか、ウルトラなんとかイントロクイズみたいな感じだね。
そういうレベルですよ。
ピ、ホーンみたいな。
そうそう。
人影とかね。
それ分かんない。
あとは何だろう。
個人的には話が変わるけど、免許取った年なんだよ。
自動車免許。
2月生まれだから、2月にならないと、
ん?仮免だったっけ?本免だったっけ?
しか起きられないんだよ、確かね。誕生日来ないと。
あー、なるほど。
なったような覚えがあるから。
学生生活が、学生が4月から始まるじゃん。
準備とかがあって、2月に間に合わなくて、
学校始まってても通ってて、ひいひいって覚えがある。
坂の上の小高い学校に行くのに、
俺はこんなに歩いていくんだ、みたいな。
汗だくになりながらって覚えがあるな。
で、免許取った。
1989年のバブル経済
89年、まだバブルでしたね。
バブルだったから、ロックフェラーを買収したりとかね。
車もセルシオが発売されたり、インスパイアが発売されたり。
ロードスターもそうじゃない?
ロードスターもそうですね。
スカイラインもそうだった。R32の。
R32がこの年か。
GT-Rが。
そうっすねー。
マッシブだったよなー。
そっかそっか、ユーノスができたのはこの年ですね、ロードスターのね。
ホンダがアスコットを出したりね。
アスコットか。
トヨタからエキシブが出たりね。
エキシブね。
ベイブリッジ。
ラグジュアリーカー的なやつがある。
そうですね。
ラグジュアリーカー。
ベイブリッジが開通して、ソニーがコロンビアピクチャーズを買収して、今ソニーピクチャーズになってますけどね。
この年か。
ジャパンマネーみたいなね。
課題指摘してるんですね。
前回お話ししてた朝日ビールが、昭和64年の1月1日に朝日牧種から朝日ビールに変わったように言いました。
うーうーうーではなくて、ビールの泡の方。
あれが竣工したのもこの年ですね。
なるほどね。はいはいはい。
すごく残りがありますね。いろんなところでね。
まだそうなんですよね。バブルだったんだよな。
華やかね。そう考えたら。
音楽とテレビの文化
マグアリメセもこの年できてますね。
一方でテレビ番組。
テレビ番組なんと所さんのメガテン。
この年ですね。
へー。
そしてダウンタウンのガキの使いやあらへんでもこの年から。
やってんの?
はい。放送開始ですね。
長いなあ。
確か氷菌族はこの年に終わったんじゃなかった?
そうですね。氷菌族はこの年終わりました。だからやっぱりちょっと世代交代っていうね。
感じするね。
感じですよね。
この頃って竹志さんがもう出てなかったんじゃないかな。
あーそうなんだ。
なんかそんな感じがするなあ。
どうやって終わったのかがわかんないんだよね。こういうのってね。
なんか見たような気がするけど、覚えてないなあ。
えーでもザリッドはこっちからなんだ。すごいなあ。
すごい長いですね。
長いねえ。
平成で考えるとだから今年36年だから。
36年やってるってことね。
マガリナリキュー。
はいはい。メガテンもね。
こっちの方がすごいね。
すごいなあ。あんな朝4時から科学の番組が。
人生の半分以上はやってるってことですね。
そうですよね。
ねえ。
所さんはそうか。
だからギャラは当時のまんまだみたいな話聞いたことありますけどね。
寝上がりせず。寝上げ静か。
本人が楽しんでやってるからみたいな感じですかね。
あーでもなんかわかるような気がするなあ。そう言われると。
確かに。
楽しそうだもんな。
楽しさが優先しないと仕事を続かないんだよ。
ねえ。
この時代か89年のオリコンヒットチャート年間上位を見ると。
何だろう。
上位2曲がプリンセスプリンセスですよ。
そっか。
ダイヤモンドと世界で一番。
平成バージョンね。
時代感じるね。
そこにウインクが入り。
あーそうね。
工藤静香があり。
あーそうそうそう。
砂漠の方。
そうそうそうそう。
高砂の方ね。
高砂に吹かれてる。
中島みゆきとのタッグでね。
ヒットワンワン飛ばしてましたね。
女性陣なんだね、上位がね。
でも男性陣だとやっぱりアイドル系のヒカルゲンジがいて。
男組が入ってる。
ヒカルゲンジって現役だったんだね、この時もね。
ちょっと前ですよ、デビューは。
あ、そうなの?あれ?
ダメだな、歳とるとな。感覚がずれてるな。
僕が中1、中2ぐらいの時がヒカルゲンジがすごい大旋風を巻き起こして。
ローラースケート入って。
この頃はちょっとスタビになりかけてたところかな。
男組が確かこの年デビューなはずなんですよね。
タイムゾーンが確かこれそうなはずだから。
メジャーデビューって言った方がいいか。
デビューはデイブレイクじゃないですか。
デイブレイクか。
タイムゾーン3曲目ぐらいじゃん。
3曲目か。
タイムゾーンってカバー曲?
いや違います、オリジナル。
オリジナルだったっけ?
でも結構これもやっぱり代表曲になりますね。
そうですね、これ何か腕時計か何かの子面白かったのかな。
そうそうそう。
確かそう。
そうですね。
男組か。
いやーこのラインナップはねー。
すごいですねー。
すごいねー。
漢字だよ漢字。
男組って。
漢字使う人たち今いる?
楽曲の人いる。
いるか。
いるな。
バンド名でバンド名で。
岸田んとかいますけど。
同じ系統です。
シナモンは好きだよ。
牛若丸サブロータっていうのいますけどね。
24時間。
懐かしいなー。
Xが、今XジャパンですけどXがメジャーデビューしたのもこの年ですね。
ちょっと前に元気が出るテレビのヘビメタでちょっと出てましたけど。
あとビーズもこの年デビューですね。
豊作だね。
そうですねこの年はそうですね。
ブームもね。
ブームもこの年デビューですね。
なんとなくわかるような気がするね確かにね。
いやーそっか。
まあいい時代だったな。
いい時代だったな。
確かにそうだな振り返ると。
振り返ってばっかりだ。
中山美穂のロゼカラーとかバージンアイズなんてのもこの年。
ちょっとどっちかっていうとアイドルからアーティストっぽい感じにシフトし始まった頃なのかな。
そんな中山美穂さんも12月に急にお亡くなりになられてですね。
いろいろこれに関しては語りたいこともありますので、
次回の収録で中山美穂さんについてみんなで話をしたいと思っております。
ということで、今回は1989年を振り返ってまいりました。
ということで、この辺でありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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