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あちらの奥のテーブル席に、ITに詳しい3人が、黎明期のインターネットについて語ってますよ。ちょっと聞きに来てください。
はい、始まりました。場末のラジオでございます。
はい、8Cでございます。よろしくお願いします。
はい、佐藤さんです。よろしくお願いします。
はい、小蔵さんです。よろしくお願いします。
3人のファンでやってまいります。
はい、やってまいります。
前回からオープニングが変わりまして、佐藤さんに作っていただきまして、
若干土曜の浴衣かなっていう感じがしますけども、平日の昼間に収録しております。
よろしくお願いします。
気分はいつでも週末だからね。
今回からテーマが変わります。
今回のテーマはWindows 95です。
Windows 95、いろいろ今のWindowsの実質的な元祖と言えるものですかね。
午前0時に販売開始したあれですよね。
これは確か日本では秋口だった記憶がありますけれども、11月でしたっけ?
11月だったと思います。
1995年の11月ぐらいでしたかね。
そうですね。
買いましたか?
いやいやいや、その時は全然。
ニュースで見てたレベルです。
僕もMacユーザーだったので、そういうのが出るぞという話は聞いていたんですが、
確か11月だったので祝日があってですね、金融感謝の日だったのかな?
特番があったんですよ。
マイクロソフト一社提供。
コマーシャルの間中ずっとWindows 95のコマーシャルをやってるんですけど、
ローリングストーンのスタートボタンっていうのがね。
スタートボタンが出てきたのはWindows 95ですね。
カタカナ?カタカナ表記だったらスタートボタンって。
日本版はカタカナ表記。
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MacOSとどう差別化してくるのかっていうのを気にしてたんですけど、
左上にMacの場合はAppleメニューってリンゴのマークがあったんですけど、
左下に来たかって。
そっか、それであれなんだ、位置が違うんだね。
なるほど。
その前はWindows 3.1というものがあったんですけども、
Macユーザーからすると何て使いづらいものなんだろうっていうレベルの内容だったと思うんですが、
DOSの人からすればちょっとDOSよりは使いやすいかなっていう感じですよね。
そうよね、確かにね。
佐藤さんはDOSの頃から使ってましたか?
DOSはあんまり使ってなくて、実は仕事場で使ってたパソコンが
IBMのOSワープに3.1を乗っけたやつだったんですよ。
ほうほうほう。
で、使ってて。
ファイルマネージャーはでもなんかDOSっぽい感じで、
あれに慣れてた時点でExplorerを使った時にすっげえ使いにくいなっていう印象だったんですよね。
なるほど。
最初にGUIベースっていうあれがどうも慣れなくて、
やっぱファイルマネージャーだとパスを指定してっていう感じだったんで、
そっちの感覚なんですよね。
完全なGUIに移行した初めてのWindowsっていうことですよね。
実際に使ってはいましたか?
実は95が入ったパソコンっていうのが、私は自分で買った最初のパソコンなんですよ。
ちょうど96年の夏前だったんですけど、
職場でパソコン使って事務しなきゃいけないけれども、
職場にあるパソコンはみんな使ってて仕事ができないっていうので自分で買う羽目になったんですけど、
当時パソコンが高かったわけですよ。
ノートパソコンになればなおさらないわけじゃないですか。
ノートパソコン高かったですよね。
そのときに買ったやつがソーテックですよ。
まだ日本企業だった頃のソーテックですよ。
あの当時はiMacのバクリみたいなのじゃなかったですよね。
じゃなかったはず、もっと後だったはずですよね。まだですよね。
あれはもっと後ですね。
ソーテックのノートパソコンで、当時変態仕様だったんですよね。
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ドッキングステーションが付いてるっていう。
みんな大好きドッキングね。
当時のWindows95でLANポートが付けられるっていうので。
ドッキングステーション側にステレオタブウーハーのスピーカーを付けて、
10BASE-TのLANポートを付けてみたいなドッキングステーションが付けられる。
覚えがあるな、そういうの見た覚えが。
そうか。変態だ。
81インチでメモリ8メガ積んで。
あの時いくつだったっけな。まだギガもない頃ですよね。
そうだよね、きっとね。
それでドッキングステーション付きで全部で40万っていうね。
すごい。今から考えた。
すごいね、この業界の進化は。
あの頃、最低でも20万ぐらいはしましたかね、18万とかね。
デスクトップでもね。
そうだよね、高かったよね。
Windows95から結構日本のメーカーもいろいろ参入しましたよね。
そうですね。
あの当時、日本の企業っていうとメジャーなところの今でも出てるNEC富士通。
ああいうところですけれども。でもソテックみたいな、ショップブランドっぽい感じのところってのもちょこちょこありはありましたよね。
フェイスみたいなところとか。
フェイス懐かしいね。
あとツートップとかね。
ツートップありましたね。
出てくるね、名前が。
懐かしいな。
じゃあその頃から残ってるのって今ってもうGoodwillのパソコン工房とかぐらいかな。
そうですね。
歴史あるじゃん。
懐かしい。
IBMがまだパソコンを作ってた時代ですよね。
そうですそうです。
アプティバというパソコン。
ありましたね。
IBMスラッシュPCとか言ってた時代?違うか。
の次ですね。
懐かしいな。コンパクトか。
デスクトップがアプティバで、ノートがシンクパッド。
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そうですね。
当時からシンクパッドなんだね、名前がね。
あの赤いポッチもついてたの?
あれはもうありました。
すごいな。IBMの商標みたいなものなんだね。赤いのがついてたのね。
あのモデルがWindows95のモデルが当時のオフィスのソフトで言うと、
まだ今ほどWord、Excelが前世じゃなかった時代ですよね。
まだ日本語はプロはイチタロウが強かった時代で。
イチタロウ、ロータススーパーオフィスモデルとかいうのが販売されていましたね。
あとマイクロソフトオフィスはオフィスか。
95か。
キリとかもなかったっけ?
キリはデータベースですね。
バンドルはされてなかったですね。
プロはされてなかったんだ。
あと別売りでOASISのWindows版があったんですよね。
ありましたね。
OASISのWindows版って切り替えて使うの?
あくまでアプリとして独自なんで、そこに独自の日本語入力のOAKっていうのがあったんですよ。
あれが当時なかなか頭良かったんですよね。少なくともMSIMEより良かった。
おばかちゃんだったからな、確かにな。
ATOCのほうが良いよっていう感じでしたよね。
それはもう間違いないですけど。
時代が流れてインターネットに接続されて、それで言葉を収集し始めるようになって変わってきたんだったっけ?
その流れがね。
GoogleのIMEとかね。
そうですね。
なるほどね。
まだ日本語入力のことについて競っていた時代ですね。
どれだけ詰め込めるかみたいなパッケージにしてって感じだったっけ?
市太郎なんかだと、5つ発変換と入れても1発変換になりますよとか。
なるほどね。
売りでコマーシャルをやったりしてましたよね。
入力ミスがあってもちゃんと変換されて出てきますとか。
そうなんだ。それは初めて知ったな。
オアシスのOAKもやっぱりワープロで培った変換制度みたいな感じの言い方をしてたんですよね。
なるほど。日本のメーカーだから日本語に強いっていうのが売りだったんだね。
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本当だったらその頃のワープロのメーカー、例えばNECだったら文豪とかシャープの書員とかっていうの、
そのままアプリ化することでもしかしたらシェアを取れた可能性もなきにしもあらずですよね。
そうですね。実際オアシスのWindows版もオアシスワープロの文章を読み込めるっていうのを売りにはしてたんで。
あったね。そういえばね。
ただどうしても引っかかってくるのが互換性の無さですよね。
結局はやっぱり今みたいにファイルのやり取りっていうのがネットワーク時代になってくると、どうしても共通フォーマットになっちゃうってことですよね。
そうですよね。
結局Word、Excelの落ち着くってどこになっちゃうんですかね。
Windowsの戦略の一つだったんだとバンドルして付けますっていうのがWordとExcelを付けて。
じゃあ前半はこんな感じで。
また後半はですね、もうちょっとその時代のコンピュータ、パソコン、Windowsのパソコンについて取り下げてみたいと思います。
後半もよろしくね。
はい。後半もよろしくお願いします。
お願いします。