対戦よろしくお願いします。
対戦よろしくお願いします。
ということでちょっと対戦テーマをね、
彼らくんが持ってきてくれたっていうところがあるらしいので、
どんなテーマでしょうか。
人狼ゲームとは。
人狼ゲームとは。
人狼ゲーム。
人生である。
人生である、言ったね。
主語でかーい。
ちょっと主語でかすぎて、
よくない人みたいになっちゃったかもしれないんですけど。
このところだと、いいえ人生ではありませんね。
スタンスね、スタンス。
僕の負けで終わりたいです。
明らかに言い過ぎですね、スタンスとして。
人狼ゲームと最初の出会いはいつぐらいだった?
中学1、2年生ぐらいですかね。
早いね。
そもそも人狼ゲームとはっていうのをちょっとカラナイの言葉で説明して。
人狼ゲームとは。
すごく簡単に言うと、
狼と村人がいて、村人は狼を見つけて殺す。
狼は村人をバレないように殺すというゲームですね。
結構こういう招待院徳系と呼ばれるゲームジャンルの中では、
結構一応メジャーなものというか。
メジャーなものです。
ではあるよね。
とっても有名だと思います。
おそらく日本で一番有名な招待院徳ゲームじゃないかな。
テレビとかでもやったりするもんね。
そうですそうです。
見てるだけでも楽しいしね。
面白いですね、あれは本当に。
が、人生だと。
人生はちょっと言い過ぎたんですね。
いやいや、スタンスを曲げるな。
持論をしっかり持て。
人生みたいなもんだと思ってますね、僕は。
人生において大事なことを教えてくれるゲームだと思ってます。
ざっくり何を学んだっていうのがでかい。
まずは意見の接中ですよね。
これすごく大きな部分だと思っていて。
どこまで自我を通して、
どこまで相手を尊重するか。
なるほどね。
そもそも人狼ゲームって、
討論ゲームだっていう人がよくいるんですけど、
あのゲームは僕討論のゲームでは全くないと思っていて。
討論だと思ってるよ。
よく討論になるもんね、あれは。
あのゲームの本質どこかっていうところを振り返っていくと、
そもそも双方の陣営の勝利条件って、
村人は人狼を全員殺すことが目的なんですよ。
人狼は村人の数を自分たちの動数以下に持っていくっていう風なところがゴールなんですよ。
つまりあのゲームは討論をする過程において最終的な結論を求めているゲーム。
つまり何が一番大事かっていうと、
1票でも多く票を集めて敵対する陣営を殺さなくちゃいけない。
つまり票集めのゲーム。
討論の中に正しさを求めて正しさに票を貸す人間もいれば、
感情的になって感情に泣かされて票を貸す人物もいると。
つまりその場における大多数の意見を収集して集めて、
適度なところで折れて、もしかしたら自分たちが論争し合ってる相手が
ただの村人かもしれないわけ。
バカな村人もいれば超賢い村人もいるし、
バカな陣狼もいれば超賢い陣狼もいるみたいなところの
どこまでが最適行動で、
どこまでがこの人で陣狼でできるんだろう、村人でやっちゃってるんだろうみたいな
落ち土探しみたいなところをするのがすごく楽しい。
でも最初に陣狼をやった時とかって、
ロジカルシンキング側の人って、
今さっきの発言がああいうふうなところだったから、
こういうふうにココココって言ってたら、
なんかあいつ怖いってなって、すぐに処刑されるみたいな。
オオカミかどうかとかじゃなくて、
あいつがいたら場を消化されるので、排除しますみたいな形でやられるから、
結構一時陣狼嫌いだったんだけど、
まさに今の政治っていうふうに捉えるというか、
仲間として捉えると、正しいことを言うことが正義ではないっていう。
怖がられたら遊んでくれないんですよ。
そもそもあのゲームで。
っていうふうな観点で、僕は途中から論理を捨てることもよくありました。
そこはそういう演技というか、できんねえや彼ら。
できますね。
それをもう無意識でやれるようになったのが、
あのゲームのおかげっていうか、
これがだから日常に落とし込まれてる。
彼らのすごい頭いいけれども、
なんか親しみじゃないけれども、
俺はミヤムとかよく後輩力とかって言ってるけれども、
なんかそれが結構培われたのが、
陣狼ゲームっていうこと。
僕の中では。
説中盤を探すってのは面白いね。
乗すじゃないんだね。
そうです。
だって乗そうと思ったら言っちゃ悪いですけど、
絶対乗せますもん。申し訳ないですけど。
でもその乗すってことをするとさっきみたいな感じで、
みんな怖いというふうに思って、
それがまあね、意見に。
誰も僕と対話をしてくれないから。
平等な視線で。
あれ、上手い人と下手な人の
なんか別れ道って何になる?
これは結構論理的な話になっちゃうんですけど、
ちょっと難しい言い方になっちゃうんですけど、
変数と定数がどこにあるかを
間違えてしまうこと。
具体的に言うと?
例えば13人で陣狼ゲームをした場合って、
6回処刑が行われるっていう事実は、
もうねじ曲げることができない。
つまり村人側が陣狼が3匹いた場合って、
間違えることができる回数は3回までだ。
この3回は逆に言うと、間違えてもいい。
なるほどね。
物であるっていうようなところは、
ある程度定数的にも決まっている部分。
なんですけど、自分の
村人は釣られてはならないっていう価値観の下で、
この定数を変数だと間違えてしまって、
村人だから釣られちゃいけない、めっちゃ反発する
みたいなことをする人が下手な人っていう感じですね。
なるほどね。
それも感情の部分よね。
そうですそうです。
どっちかというと、
客観的な事実としてあるものを、
自分が支えたらいけないんだっていうところになっちゃう。
もうねじ曲げられない事実を、
感情でねじ曲げてしまうっていう感じですね。
難しいな。
それ頭に入ってるから、
別に村人だけど、
今回は殺されてもしょうがないかって、
メタで思って、
途中からこの反論を諦めていった時があるんだけど、
こんなに安々と釣られるなんて怪しい。
そう。
え?どうしたらいいの?
そうですよね。
人生の話につながっちゃうんですけど、
人狼ゲームって会話の時間が決まってるじゃないですか。
はい。
会話っていう一番大事な議論のリソースがある中で、
それを意図的に放棄できるミヤムさんみたいな素敵な人もいれば、
そうじゃなくてそれを独占しようとする人もいるわけで、
みたいな意味で会話リソースを取らないようにしようとかもそこで学んだ。
はいはい。
絶対に会話を最初に切り出すやつっているもんな。
いますね。
強く感じるもんなそれ。
そうなんですよ。
それ自体はすごく価値のあることですね。
喋ってないから釣られるとかね。
あるある。
さっきあんだけ言われたから喋らなくなったら釣られるとかもあるし。
突然喋れるようになった。
そうそうそう。
神老が死んだからじゃないとか。
確かにコミュニケーションっていうところにおける人生っていうのはすごくわかるかも。
神老の一週目、一日目なんてさ、
もうメタじゃないのあれ。
これがですね、これまた人生の話と繋げるね、
直感と論理を死ぬほど勉強できる場所なんですよ。
僕が普段人狼ゲームやってる人の中に、
僕が生まれた時から人狼ゲームやってるような人が時折いるんですよ。
怖い。
彼ら恐ろしくてですね、朝目を開けた瞬間に大半の人の役職がわかる人がいるんですよ。
すっぴーとかではなく。
これは本当に直感です。経験則に基づくもの。
それを僕も一回言語化して論理でやろうとしたんです、メンタリズム的なこと。
でもうまくいかないんです。
メンタリズムじゃないんや。逆にこういうふうな役の人がこういうふうな仕草になっちゃいがちだよねとかじゃなくてってこと?
もちろん人ごとにおける適応はあるんです。
例えば大木さんという人物がこういう時に嘘をつく癖があるよねとかはあるんですけど、
それを一般化して落とし込んだ時の役どこまでいっても直感にしかならないんですよね。
まあそういうことね、なるほどね。
面白い。
面白いんですよ。
めっちゃやりたくないな彼らと。
そう思われたくないから直感を使いすぎないようにもしてます。
みたいな感じでどこまでじゃあ手を抜くって言い方したら失礼ですけど、
この場においてはどこまでやっていいのか。
遊ぶ相手に合わせるんだ。
人狼接待プレイができんか君は。
人生だと思ってます僕は。
接待ゴルフってたぶんよっぽど気持ちいいもんね。
知的ゲームで接待でなんか気づかないうちに東大生めちゃくちゃ賢い会話に勝ってるみたいな感じって。
それは最強の女性術やねそれは。
そうなんですよ。おかげさまでとっても良いゲームに学ばせていただいたなと思います。
石を通すだけではままならないもんな。
何をしたいんだろうこの人何を言いたいんだろうを組むっていう。
俺でも人狼ガチ勢って彼がガチ勢としていられた時に彼らとあともう一人アヤーとかいう2人ぐらいしか正直知らなくて、
確かにその2人ともどっちも頭もいいしコミュニケーション能力も高いしっていう2人ではあるんだけど、
それ以外の人俺あんま会ったことないから、
だからそれがすごいできる人とかは例えばこの場にポンって放り込んでも会話もバンバンできるしっていうことなのかな人狼スキル高い人って。
いや僕は結構レアなケースだと思ってます。
人狼を人生に落とし込んでまで考えた人はあまりいなくて、
僕は純粋にpdcを回すのが好きだから人狼をどう人生に落とし込むのか考えた時に、
人狼ゲームってすごい人生と共通してるとこあるなって気づいてそこからその観点で人狼ゲームを見ていった。
単純にじゃあ人狼強い人とまた別なんやん彼らはその。
別ですね。もちろん強くあることもできたと思うんですけど、
数千回か。
それだけやったらPDCはとんでもなく回るじゃないですか。
そうね。それしかも人生側にも活かそうという意識で後半やりだしたからそっちにもいけてるってことか。
そうですね。
人狼前後で彼らのコミュニケーションみたいなのが明確に変わった?
はるかに良くなったと思います。中学の頃とか本当にひどいコミュニケーションだったと今でも思います。
具体的には?
相手のことを組まないコミュニケーションですよね。
一方的に話す。会話のリソースを奪い続ける。相手が別に面白くない自分の話をする。
会話のリソース奪う人についてはよく我々は話すもんな。
これね。
ドリブルしたがる人ね。
ドリブルって呼んでんねんけど。
確かにドリブルっすね。ずっと。
そう。ドリブルして自分でシュートいっちゃう人ね。
絶対映えるならいいで。めっちゃ映えるなって思うんやったらエピソードトークの回して。お願いって思うけど。
そうそうそう。しかもチームでやってる会話。会話って基本チームプレイやからさ。
そうですね。
まあそこはあるけど。そうね。でもやっぱ意識してないとそういう風になっちゃうというか。
まあ俯瞰的見た時はそこそこ人狼ゲームをやったりすると自分が喋りすぎると、あ、あの票が集まんないなってかっていう風になってくからそういう奴も気づくかもしれへんね。
そうですね。
だから強制って言ってたらいいんちゃう?そいつらはだから。
確かにね。
お前はもう一回人狼ゲームやってこいと思って。
ブートキャンプやったら多分お金稼げると思ってるぐらい体系化はできてると思ってますね。
ああでもいいと思うなあ。ドリブラーがいたらドリブラーを集めてその人狼ゲーム放り込んで。
彼らみたいな上手い奴らにやった時にドリブラーしすぎてバーンってなって。それであ、ダメなんだっていう風にしてどんどんコミュニケーションずつ学んでいく強制プログラム。
企業の新人研修2泊3日人狼。
いいと思うよ。
いいと思いますけどね。すごく。
だから営業とかさ、よく向こうに喋られちゃった方がいいみたいなそれこそ術としてあるけどさ、なんかそれやん。人狼に関してもコミュニケーションずつとして使える。
押し売られてる。論理的には正しいけど押し売られてるって思ったら買わないもんね。
嫌だってなりますよ。買わないからね。そこを上手く使うみたいなタイミングで。
まあ確かに人生か、彼らにとっては人生だろうなっていうのはすごい感じたし、それを人生って言えるまでにコミュニケーションを上手くするゲームとして落とし込んだ時に人狼ゲームって確かにすごく使えそうだなっていうのは。
ポテンシャルはすごくあるゲームだと思います。
そうね、でもやっぱり先行して怖いとかそこがあるから一回やってもそれで抜けちゃうとかっていうのも広めれそうですね。
確かにね。私は飲み会は人生だと思ってるから。
人生っていろいろあるわけや。まるまる人生系の戦いになってきたこれは。
聞いてみたら多分言いたいことは彼らとあんまり変わらなくて。
本質一緒ですよね、絶対に。
飲めるやつとか盛り上げられるやつで気が利いて、君お酒なくなってるから次何がいいって言えるやつみたいなポジションをちゃんと自分で取れるかとか。
呼ばれるやつっていうのはいろんな能力値が高いもそうだし、すべからく全体的にうまくできるやつが継続的に呼ばれるなと思う。
突破力があるみたいなのは、弾使い切ったなって思われたりしたら、次第にフェードアウトしてるなっていう印象があった。
なるほどね、確かに。
火力が高いやつじゃない、なんかこいつがいるとだいたい会話回るなみたいな。
新しい人が飲み会に来ても結構広いってくれるし、気の利いた質問をしてくれるしみたいな。
飲み会うまいなみたいなのは多分めっちゃそれで感じるの。
その人生において自分のポジションとして何を身につけるべきかをメタで見て語学圏を広げていくみたいな。
いいことですね。
人狼も多分全部のパートを勉強しなきゃいけない。
そうですね。
占い師もやったりとか、教人もやってみたいな。
そのこいつは何を考えているだろうに自分の身を置くっていうのはすごい大事で。
人の気持ちに立つって大事ですよ。
確かにめっちゃ似てるなと思いつつ、飲み会と人狼で違うパラメータとか軸があるとしたら何やと思う?
飲む力。
僕も飲む力とでかい声を出す力とかだと思います。
身体的なね。
靴とかね。
飲み会ってさ、飲めない、アルコールいけない奴は基本活躍できない?
解放とかね。
あれそれっていてほしい人なの?飲み会に。
いてくれたらバフがかかるというか。
その人がいてくれて、信頼できる人だったら全然俺迷惑だと思ってないよ、かかってこいよみたいな感じのノンワル君だったら。
なるほどね。
すっげーであるね。
シラフで周りのこと助けてくれるし、でもちゃんと場に自ら行っていくかっていう。
周りも気を遣いすぎず楽しめる。
こいつがいると安心して飲めるなみたいな。
もちろんその利用という感覚、旗から見たら利用してるじゃんってなるかもしれないけど、別にそいつのことも気遣ってノンワルだけで楽しませられるように盛り上げる奴はそいつのことも気遣って、相互関係が働いてるみたいなのが本物。
なるほどね。
俺の○○の人生なんやろうって、ちょっとねここで言うのはあれやけど、会話になっちゃうよね。
でも会話もツールですからね。
なんかやっぱ喋れる人間でよかった、喋れる人間じゃなくて人間という会話ができるような生物でよかったっていうのはすごく思う。
緑虫とかだったかもしれない。
だからこれはすごく感謝してるね。最近はこの会話の楽しさにはすごく感じてきたから、ここにあとは感情を乗せたいなっていうのは今俺は。
対面する相手の会話力を上げてあげたいみたいな、そっちはあんまり思わない。
会話力っていうのが俺の中であんまりまだスキルとしてちゃんと言語化というのができてなくて、
なんか喋れる奴じゃ喋れるし、喋れない奴じゃ喋れない。
喋れる奴に共通してるのは日々思考しているというか、なぜを自分の中で繰り返している、自分自身を繰り返しているっていうのはあるんやけど、
そうじゃない人はなぜ自分自身を繰り返さないんだねっていうふうに思っちゃうから、そこで止まっちゃうって感じ。
そうだよな。
許せない。許せないは言い過ぎた。
許せないというか、よくわからない、不思議。
ある事象が起きた時に、たぶん自然にこうやってなんでだろうって考えていって、自分の中でこれだっていう。
それが世の中の絶対の正解というよりかは、自分が納得できる一個を見つけるまでたぶん俺たちって何かしらやると思うよ。
そこをせずにいる状態ってすごく気持ち悪いから、そこで留まれる人ってどういう感じなのやろっていうのがわかんないって感じかも。
でもたぶんカルラ的に言ったら、この夜の占いはこいつに決まってるのになんでそいついったんみたいな感じだよなって。
でももう期待はしてないですからね。
それが期待してないっていう負の方向じゃなくて、それが普通であるっていう思考に最近はなってるので、それもすごい人生でしたね。
はいはいはい、人生でしたねっていう。
だから俺も普通、最近だから関西にいたっていうのがでかくて、関西であんま会話できひん人ってそんなにやっぱ
打ち返しが早いのはあるね。
基本どんな人でもなんか会話はできてた気がしたから、これが当たり前だと思っていて、こっちに出てきて、仲良くしてるのも基本関西のメンバーが多かったから、
普通にやっぱ会話できてるよねって思ってたときに、違う地域って言ったらすごいあれやけど、地域のせいじゃないんやけど、会話ができない人とかっていうのがいたときに、
あ、なんかこれはみんなができるもんじゃないんやっていうふうに思ったっていうのが一個、大人になってとか、結構最近は7、8年前とかになんか起きたことかもしれない。
会話になってないなって一番思う、例えばトークパターンってどういうのがある?
会話になってないなーって思うか、でも率直に自分の意見を言えない人、そこに差し出せない人はなんか会話できてないなっていうふうに思う。
うなずくだけの人とか多いよね。
まあまあまあね。
相撃ちして、共感はしてくれるけれども、そこに対して自分はこう思ったよねっていうふうにことを言えないような人っていうのは会話じゃねえなっていう。
われわれは全部に持論を立ててるのかな。
いや僕もねそれ思ってて、必ずしも持論は持ってるものではないし、思想をどちらでも良いよねっていう思想を持ってる人も結構います。
ああそうそうそう、全然でもそれはそれでいいと思ってて、なんかちょうど友達に淡い会議来てみてよみたいなときに、これは結構その自分で持論っていうのをあんまり持ってなくて、
何でかって言うと世の中に対して基本的にどうでもいいと思ってるからみたいな、だから別に白であろうか黒であろうかどっちでもいいと思ってるから持論とかないんだよねって言われて、なんか結構なるほどなーと思った。
それは僕が旅行に誕生日くれれた人でしたね、たぶん。
そうですね。
そうそうそう、その人なんですけど。
なるほどね。
そう、まあだから別に持論、でも逆にじゃあその人と、その人だからと言って会話できないとは別に思わなくて、
そうですよね。
なるほどな、だから意見を持論、意見を持ってない。
だからそういう人との会話は、その一つのことを今我々がやってるのはさ、テーマに沿ってテーマを深堀るみたいな。
ああまあそうね、会話って言ってもいろんなものがあるもんね。
そうそう、X軸Y軸だとY軸方向にその高さを出す深さを出すみたいな会話をやってるけど、
その旅行に行った彼とかは横にコロコロ転がっていくのよ、会話が。
そのこの前見たドラマの話で、ドラマの話してたら、
なんかドラマにすれ違うような、なんか現実世界のこともあって、コロコロコロコロって。
でその女の子ってこういう子で、だからコロコロコロって。横にずっと転がり続けながら2時間3時間経ってるの。
っていうのは、その能力もすごいなと思う。
ああそうね。
芸人さんのラジオとかそっちがでかいね。
そうですね。
ああわかるわかる。だからまあ一人でバーバー喋れる人とかってね、結構その会話、なんかあれ会話、
だから俺は会話と思ってんのかな、雑談だと思ってんのかなあろうな。結局やっぱ投げ合いなんかなそれは。
まあまあ基本に近いじゃない、大きく分けたらね。
うんうんうん。
多分。
同じ論点について深く深く話してる。
そうね。リングの中でやろうぜって思ってるタイプと、あの散歩しようぜって思ってるタイプ。
すごいいい例えですよね。
そうね。
枠組みが多分ないんだよ向こうに。
うんうんうんうん。
そんな横並びで歩いてたらいいじゃんみたいな。
そうね。だからまあその意味でさね、俺が言ってる会話っていうのはどっちかっていうとまあディスカッションとかには言われへんけれども、
まあいわゆる俺らが淡い会議って呼んでるようなこういうテーマがあったときにそれに対しての持論をぶつけ合うっていうのを会話っていう風に言ったらそういう風になっちゃうけれども、
もっと広く雑談とかただ喋るっていうことだけでいくとまあ確かにもっともっといろいろあるよねとは思うな。
そうね。
うん。
いろんなトークバラエティーとかあるけど、そのお散歩番組をやってるか、その三万五点みたいなものをやってるかみたいな。
そうね。
確かに。
最近気になった話とかさ、親に言っていないことみたいなトークテーマがあって、私こういうのがありまして。
そうね。しかもそこに対して自分もエピソードトーク重ねてもいいし、何かしら意見を持って言ってもいいしっていうところか。
まあそうね。じゃあもっと端的に今話していて俺が思いついたのは、好きな映画何とか好きなもの何って聞いたときに、
それ何が好きなのって言われて、一往復二往復とかで止まっちゃう人は、ああってなっちゃうかもね。
会話が点で止まっちゃう。
好きな言語かってこれめっちゃむずい話だと思ってて、昔付き合ってた人に好きな理由を聞いたら好きに理由はないと。
それもすごいわかるよ。
よく言いますよね。
でもそれを言ってくれるのは一個いいんよ俺は。好きに理由はないもある種正しいかもなと思って。
論理としてやるかもしれない。
そうそうそう。けどそれを言えるのと言えないのって全然違うんで。
なるほどね。
なんで好きなんやろうって言われたら、ダメーってなる。
お前の中に意思はないのかと。
そうそうそう。好きって思ってるのに言語化してへんねやっていう風になっちゃう。
だけど、好きでもなぜか理由わからない。は確かにそういう風に考え持ってんねんなって思う。
好きに理由はないと言われたら聞いてしまいそうにならへん。深掘りたくならん。
深掘りたくなりますね。
なるほどね。
だからそこで深掘っていって、じゃあ他の好きなもの聞かせてっていう風に聞いていって、俺が共通点見つけてあげる。
でそれに対して言った時にこういう風なところって言ったら、それに対して打ち返しができるよね。その人に関しては。って思うな。
興味がなくなることが嫌って感じなんすかね。
でもそうかも。自分がせっかく好きってさ、こんだけ3人でさ、例えば会話ができるってラベルで括ったら一緒の人間やとした時にさ、そういう人間であっても好きなものって全然違うわけやんみんなで。
そうですね。
でそれに対してその人がその人であるから好きになったものであるのに、そこを自分がいいと思った理由っていうのを深掘らないっていうのはもったいないなと思ってて。
深掘っていくとその好きなものに出会える確率が高くなるから。やっぱそれをした方が豊かになると思うし、それをやってほしいなって思うから、
助かってって言われたら手伝えるかもしれないけども、止まっちゃうと一回萎えちゃうっていうのがあるかもね。
なるほどな。
うん。
ほどっこしだったりとか導きはできるだろうなっていう感じかな。
そうね。問いを投げていって好きの言語化をしてあげることはできるから、したいなって人がいたらどうぞお便りをしてくださいって感じかな。
確かにな。我々が考えすぎてるのかもしれないな。好きとか。
考えすぎもね、良くないのは良くないと思う。それで言うと。
そう、たぶん。
言語化もしすぎね。
しすぎ。たぶんね、我々は癖になってる。
そうね。
我々って…
あなたも入ってますよ。
あなたはたぶんね、言語化できてるのはたぶんできてるけど、その人狼ゲームで学んだ癖で、この人にここまで言ってはダメだをすごく気にしてるから、割と表層しか言わないみたいなことが多い。
そうですね。言わないですね。相手がそこまで知りたいと思うなら全部話すって言いますね。
聞かれないと喋らないもんね。
彼らはそこで距離感を感じるっていうのはあるね。そこに気づいてしまうと、上辺でって言ったらすごい言い方は冷たいけど、上辺でコミュニケーションしてるなって思っちゃうタイミングとかが彼らとかにあったりするし。
ありますよね。
だから本音でそれこそ、明らかにこいつ本当のテンションで楽しいって言ってるなみたいなやつとかの方が裏表ないなって。裏とか表とかって話じゃないんだけどね。本気で今ぶつかってきてくれてるかみたいなところ。
だから僕は差しが好きなんですよ。
差しだったらいけんねんそれを。
だって差しだと、たとえば4人とかいて、僕が本気のコミュニケーションを取ってしまった場合に、絶対に1人か2人はつまらないと感じる人がいるし。
ああなるほどね。まあ確かに全員に会うわけじゃないからね。
だから差しで話した人はすごく仲良くなるんですよ。
差しで話しててもさ、差しの相手もさ、チャンネルを合わせていくような感覚だと俺は思ってんねん。関羽裏は。
だからチャンネルを合わせていったときに、その人は差しであっても多分素を出しきれないみたいなところって絶対出てくるかなと思ってんねんけど。
それはそうなん?差しでは基本的には出せんの?
差しでは基本的には出せて、ただ使う言語が変わってくるっていう感じです。
だからもうラジオの電波曲を合わせるみたいな感覚。
だけど言ってる内容の本質は変わらないし、使う言語がちょっと優しくなったりとかっていうことはあったりするかもしれない。
自分で素って思うときってどういうのが関羽裏の素?
素はもう分からない。でも今日はかなり素ですね。
それも本物なのかって俺今ちょっと思って聞いちゃってるけど。
でもかなり素っぽくないですか?今日の会話の内容って。
今までで一番距離感は感じないというか、そこは確かにある。
そうですね。
でも素が分からないもあるよね。
だからやっぱりいつも彼らの後輩力みたいな話でもいくと、すごく人に対して褒める。
その褒めることも別に全部が嘘じゃないよ。
例えば大会試合にめっちゃその服装いいですねとかっていうことに対しても、服装がいいねって思ってること自体は本当みたいな。
ただその基準で言ったときに、あえて口に彼らが出すほどかって言うと別にそうじゃなさそうだけども、出してるみたいな感じのを結構彼らから感じる。
だからそういうのも後輩力として一応見てはいる俺は。
私最初の最初こびられてると思ってたよ。
難しいよく言われますね。
怖いからさ、私が。
すごいこますっと顔みたいに思われてるのかなと思って気づかんといてマジでずっと思ってたけど、
これは多分感謝とか褒めとかを言うのが好きな人だと思ってたら、好きなことしてはんねやって思うようになった。
それからすごい心を開いてくださる。
言いたくて言ってんだよなと。
でもわかるかも。そこに気づき始めて、俺も彼らはそういうコミュニケーションの人だしっていう風になってて。
帽子かわいいですねって。
今日もね来たときにね。そういうのもなかなか言わんからさ。表でもええやんとかっていう風に言うけど、やっぱりあれをあえて言葉にして言うとかっていうのを自然にできるようになってくるし、でも最初の方に大人はどうしてもそれを
素直に受け取ってくれないんですよね。
そう言ってんなみたいな感じの。後輩やってんなみたいな感じで思っちゃうって人もいるのも事実よね。
本当にそうですね。
これは男女差分なくやっちゃう。
男女差分なくやるので、女性にもかわいいと言いますし。
これさ、彼女がいるときに他の女性も本当にシンプルに褒めるのが好きということでやってしまった場合にムッとされない。
まあでもそういう人間であると分かってくれる人としか付き合わない。
あーなるほどね。
昔それで揉めたこともあるので。そこからの勉強ですけど。
あーなるほどね。だから嫉妬するような、そういうので嫉妬するような人とは基本的に付き合いしないってことか。
俺そういうことで言うとやっぱり後輩みたいなムーブってやっぱり人生でそんなにやってなかったかな。
後輩の、先輩のイメージもないね。
オッキーさん。
オッキー単独で生きてる。
どういうふうに見えてるんですか?何単独で生きてるって。
なんか上下があんまり見えへんねんの。
うらやましいですけどね。
それはそれで。
ということは上下が見えへんで。
後輩に慕われてるオッキーもイメージつかないし、あの先輩と仲良いんだよねあの先輩と仲良いオッキーもイメージつかない。
マジでオッキーさんですよね。
濡れず。ただ子としてあるみたいな。
ミアムに言われるのはあれやけどね。
だいぶどっちもやる後輩。
まあそうね。ミアム意外とだからね、俺昔の印象ミアムリンダマンやと思った。
リンダマン。
リンダマンのフローズで出てくるヤンキーの中のグループの中にいないんだけど、グループが外れたとこにいるけどめっちゃ最強の孤立のやつみたいなやつのイメージやってんけど、
実は意外と結構コミュニティーはすごい気持ってるし、その中でもうまくムーブするっていう。
俺の方がリンダマンなんじゃねっていう。
そうね確かに。
俺の方がリンダマンなんじゃね。
っていうのは。
いい言葉ですね。
ありすぎたけど。
まあそうね、上下関係ってむずいよね。
うやまったことはあるの?人。
どういう質問?
とんでもないですよ。
あるある。全然あるけど、なんかその、歳が上だからとか下だからとかで、別にうやまうとかうやまえないとかじゃなくて、
自分がいい人だな、この部分で別に年下であっても自分よりすごい好きと思ってるとか、年上だけどもこの部分で自分より下だとかっていう風に。
絶対あると思ってて。そういうのもあるから、別になんか年だけで上下ってのは俺は絶対ないとは思ってる。
から、横並びでなんかやれるっていうのはすごく重視している。
ので、仲間っていう存在としてみんなを結構見ているかもなっていうところがある。
僕は割とその縦軸だったり横軸みたいなのをだいぶ意識しながら、どうゲームメイクするかみたいな考えるけど、
大きい見たら、男女差別もさほどないし、年齢差別もさほどないんだよね。なのでこのタグとして見てるみたいな。
タグ?
タグ付けとして、22歳であるみたいな。
そうねそうね。
すごく平面な人間関係、コミュニケーションをする人だなってめっちゃ思う。
そうね、その中に単純に自分の中での友達度合というか、っていうところのグラデーションというか差分はあるけれども、
そうね、属性みたいなところではあんまり。
確かに。
まあなんかさすがにこれは敬語を使わないと相手が不快に感じてコミュニケーションにならないなって時とかは敬語を使ったりするっていうのはもちろんやるけれども、
そうね、それ以外の部分であんまりなんかその上だからとかっていうのですごいへりくだってとかはないから、
でもここはどうなんやろ、河村くん別にへりくだってとかじゃないよ、すごい後輩ムーブってのは何なのかっていうところは、
でもなんか全員に対して別に上だからとかじゃなくて、基本人を敬っているというか、人のいいところを見つけようとしているみたいなところは、
すごい感じるなと思うけど。
リスペクトこそ一番だと思って生きているので、相手の良いところを見つけるもそうだし、
仲良くなって急に態度悪くなる人いるじゃないですか。一番嫌いで僕それが。
相手に対して常にリスペクトを持たなくちゃいけないという思想だからこそこの動きに必然的になってしまうっていう感じですね。
こちら側がすごく丁寧なコミュニケーションするからっていうのもあるだろうね、彼ら側がね。
だと思います。僕をすごく尊重してくれるから。
うーん。
舐めてる人に会ったときは一瞬でそれもわかっちゃうので、逆に言うと。そういう人はすごく嫌いだし、僕も距離を置いて褒めたりとか絶対にしないんですよ、僕から。
はいはいはい。
これ聞いてくださっている中には子育て中のママとかもいるかもしれないんですけど、どうやったらその性格に育ちますか?
彼らのように。
俺のように、俺のように。
いやいやいや。
違う。
いや。
でも両親は愛を注いでくれた。
ああ、そうなんだ。
ですよね、僕。でも逆に言うと、じゃあ勉強をできるようにしてくれたかというと、そうでも別になかった。お金とかはもちろん提供してくれましたけど。