すべてが悪いとは思いませんが、家庭でも社会でも、まずは自分を満たしてからでないと周りも幸せにできないなと最近は思います。
私はあすさのラジオがきっかけで、初めて自分の素直で柔らかい気持ちを認めていいんだと思うようになりましたが、今回のお話もそれと通じるものがあると思いました。
あと相手に興味を持つという話や、結果をすぐに求めない、遅延してやってくるというお話も印象に残っています。
半年ほど前にコンパッションのことを知りましたが、その時はどんなふうに夫婦関係改善に役立つのか正直よく分かりませんでした。
でも自分なりにセルフコンパッションを取り入れながら、今は関係が良くなっている実感があります。
夫の顔を見るのも辛かったから、ストレスがない状態へ、そして安心感が感じられるまでに、それでも時々パートナーに変わってほしいと思うことがあります。
あと、追伸的な感じで、話が少しずれますが、今海外で暮らしているのですが、現地の人は休みたいというふうに言っているのですが、
自分の家族や家族との関係に関しては、自分の家族との関係に関しては、自分の家族との関係に関係に関しては、
自分の家族との関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に関係に
話が少しずれますが、今海外で暮らしているのですが、現地の人は休みたいときは休む。したくないことはしない。
その代わりに相手にも強要しない。私は自由。あなたも自由。これもある意味コンパッションなのかなと感じることがあります。
これからの放送も心から楽しみにしています。と言っていただきました。ありがとうございます。
ありがとうございます。
ラジオネームみたいな?
そうですね。いちこさん。いちこさんからいただきました。
ありがとうございます。
いちこさん、ありがとうございます。
で、内容、自分なりにセルフコンパッションを取り入れていて、
昔は夫の顔を見るのも辛かったという状態から、RC感を感じられるまでに変わってきたと。
だけど、時々この人に変わってほしいなと。自分は変わっているんだけど、パートナーに対して変わってほしいなと思うことがあると。
その度にストレスを感じて、呼吸を整えたり、体を動かしたり、自分に対して慈悲の言葉をかけたりするんだけど、
それだけではどうしてもモヤモヤが残っちゃうと。この人に変わってほしい。
何とか変えたいというのはコントロールしたいという感情というふうにいちこさんは表現していると思うんですけど、
相手を変えたい、相手をコントロールしたいと思ってしまった時には、どのようにしたらいいのかという話ですね。
どうですか?
まず大前提として、いちこさんが、そもそもセルフコンパッションに出会ったっていうのは素晴らしい幸運ですよね。
旦那さんとの環境の中でどういうふうに伝えていけばいいのか、最善を探っている感じがするんで、
すごくコントロールしたい気持ちを全面に出して、
例えば喧嘩をするとか、あるいは自分の主張をして攻撃的な言動を取ってしまうっていうことにはなってないんじゃないかなと。
そうですね、なってないですね。
多分言いたいんだけどちょっと抑えてる感じとかがあるんだと思うんですよね。
言っちゃいけないんだろうなって言っちゃいけないんだろうけど、
でもこのままだとこの人変わらないそうだしどうしたらいいんだろうなっていう葛藤もすごく見えますよね。
ちょっと脱線かもしれないんですけれども、
このセルフコンパションの概念を提唱したクリスティーン・ネフ先生の新しい本の本ですね。
力を解き放つセルフコンパションっていう。
なるほど、これですかね。
そちらですね。
そこの中で、例えばクリスティーン・ネフ先生が旦那さんとかパートナーとかに自分の怒りをぶちまけてしまうと。
変わってほしいとか、これこれが嫌だったんだっていう。
ありがちですね。
その後にセルフコンパション向けて、でもその感情は真実だから認めてあげよう。
でもそれは自分にとって大事な感情だから分かってほしかったっていう風に認めてあげて、
でも何か違和感とか何かその不全感みたいなところにも気づいていて、
じゃあ今後どういう風に適切に言っていけばいいのかっていうところを何て言うんでしょう、
っていうところに象徴を当てるみたいな話を書いてあるんですよね。
なので、まず。
言っちゃうことはいいことなんですか?
そうなんですよ。
あなたはこんなのよって、私ばっかりであんたは変わらないじゃないって言っちゃうことはいいことなんですか?
そうなんですよ。
このコメントの方はおそらく言っちゃいけないからコントロールの話をされてると思うんですけど、
僕もそう思ってました。
言ってもいいし言わなくてもいいっていう、両方正解っていうことですよね。
ただ、もちろんコントロールして抑え気味になると怒りが爆発してしまうし、
言ってしまったら言ってしまったら相手を傷つけてしまうっていうことで、
ああまたやっちゃったっていう風なところもあると思うんで、
いずれにしても言ってしまってもセルフコンパションを受けられるし、言わなくても。
言ってしまった後に自分に対してセルフコンパションを受けられるってことですか?
そうですね。言ってしまった自分に対してその怒りの気持ちとか、
コントロールしたくなっちゃう気持ちって分かるよねとか、
誰しもがあなたの立場だったらそう言っちゃうよね、そう感じるよね、
だからあなたの感情は間違いないよっていうことを基本的にはアクセプタンス、受け入れていくっていうことですよね。
怒りの感情を放出されたら自分の言動とかその気持ちに対して、
しっかりと受け入れていくっていうことが大事なんですよね。
なるほど。相手を変えたいと思ってしまう気持ちもそう思ってしまうよね、
そう思ってしまうのも当然だよねって受け止めてあげるってことですか?
そうそう。そこに多分ヒントがあると思うんですよね。
自分の気持ちを受け入れる、コントロールしたくなっちゃうよねとか、
っていうのをまず受け入れてみるっていうのがヒントかもしれませんね。
なるほど。
我慢するのもおそらく、もし怒りをブチ撒けてしまったら、
せっかくセルコンパッション練習してるのに、
何て言うんでしょうね、うまくいってないなって思うきっかけになっちゃうかもしれないし、
やっちゃったなとかって思っちゃいそうですよね。
そう、やっちゃったなとか我慢できないなって、
もしかしたら自分のことを責めてしまうってことにつながるじゃないですか。
だけど我慢するのもある意味ポジティブな側面ですね。
例えば相手との関係性を考えたときに、
ちょっと強めに言ってしまうとパートナーが傷つけてしまうっていうところになるんで、
そういう直接的には言いたくない気持ちも受け入れていくっていうところがある。
どっち言ったとしても自分の気持ちをまず受け入れてみることからスタートするっていうのが1個ありますよね。
1個その場合は多分、そう思っちゃいけないって思ってると思うんですよね。
相手をコントロールしたいと思ってはいけない。
それはダメなことなんだって思って辛くなってると思うんだけど、
そうじゃなくてそう思ってしまうのも当然だよねっていう気持ちで、
もう認めてあげた方が気持ちは楽になる。
そうですね。
で、やっぱり我々いろんな常識の中で生きてるじゃないですか。
だからこれやっちゃいけないとか。
心理の本を手に取っていろいろな書籍を見てみると、
コントロールするのは、例えばよく書かれてるのはですよ。
僕の意見じゃないですよ。
よく書かれているのは、例えば相手をコントロールしたい気持ちっていうのは、
まずは大前提として他者が、他者は変わらないですよねっていう回答があるわけです。
よく言いますよね。変えられないのは自分だけで、相手は変えられないってよく言いますよね。